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No.39565の一覧
[0] 【習作】アルマちゃんのクロスボウ(ベルセルク、TS)[タッタカター](2015/08/09 22:36)
[1] 一話[タッタカター](2015/08/09 21:52)
[2] 二話[タッタカター](2014/03/06 05:28)
[3] 三話[タッタカター](2014/08/24 17:16)
[4] 四話[タッタカター](2015/08/06 16:37)
[5] 五話[タッタカター](2015/08/11 22:31)
[6] 六話[タッタカター](2015/08/13 13:51)
[7] 七話[タッタカター](2015/08/19 11:44)
[8] 八話[タッタカター](2015/12/10 02:13)
[9] 九話[タッタカター](2015/12/21 00:01)
[10] 十話[タッタカター](2015/12/25 02:42)
[11] 十一話[タッタカター](2015/12/27 21:46)
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[39565] 五話
Name: タッタカター◆fd8b296b ID:70504ea8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/08/11 22:31
グリフィス率いる鷹の団六十余名は、数刻前に目的を達成したのち、エッガース伯爵領に向けて行軍している最中にあった。

夜間の行軍は本来なら避けるべきである。
足元を取られる。夜襲への警戒の必要がある。目的地を見失いやすい。
思ったよりも行軍距離が伸びず、その労力に見合わない成果しか得られない。
故に木々生い茂る暗闇の中、兵全員が騎乗のものではないということも相まって、団は未だ村周辺の森から脱し切れていなかった。

そんな団の縦に伸びた隊列の前方、栗色の馬の上に、全体の指揮を執る白銀の髪の青年の姿がある。

傭兵団鷹の団団長、グリフィスである。

しかし平時と異なり、続く団員がその後ろ姿に向ける目はどこか懐疑的であった。
先ほどから自分たちの団長の見せる、らしくもなく手元に広げた地図に四苦八苦している様子。
それが明らかに行軍速度が伸びない一因であるように思えるのだ。

しばらくして。
すぐ後ろでその姿を眺めていた一人、団の中では比較的新参のコルカスが、とうとう我慢の限界を迎えて口を開いた。

「グリフィス! なに手間取ってんだらしくもねぇ! オレが変わりに団長やってもいいんだぜ!?」
「おいコルカス…」

古参の短剣使いジュドーに諌められ、ブツブツと言いながらも怒りを鎮めるコルカス。
新参者で元盗賊頭。グリフィスを特別だと思う気持ちはあるが、その忠誠心は未だ薄かった。

「……ったく」

一息ついたジュドーがふと団の後ろに視線をやると、そこにはコルカスと共に鷹の団に入団した元盗賊の悪餓鬼たちの不満顔がある。
それを少し不安に思ったジュドーは先頭を行くグリフィスの元へと馬を駆けさせ、その肩を軽く叩いた。

「よう、どうしたよ」
「いや…な。少し道に迷っちまったらしい」

少しも悪びれた様子なくそう言ったグリフィスに、ジュドーも半眼で応える。

「嘘つけ。あいつらにゃ分からないだろうが……俺たち、もうずっとこの辺りをぐるぐるしてるぜ。お前がそんなミスをするかよ」
「うーん、しないか?」
「無理がある」

二人が顔を合わせ、笑い合う。

「お前のそういう、分かってても何も言わずについて来てくれる所、得難いと思うよ。いつも感謝してる」
「誤魔化すなよ。あの嬢ちゃんを待ってんだろ。珍しく気に入ってる感じだったもんなぁ……アルマだっけ?」

ジュドーはあの生意気だった少女の、全てを明かされたときの絶望に満ちた顔を思い出した。

「無理だろ。来ないと思うぜ? かなり怨まれてたし」
「怨んでるからこそ来るのさ」

うげー悪趣味ー、と嫌な顔をするジュドー。

「もしこの場に現れたとして、どーやって入団させんだよ。剣で一刺しさせてやるつもりか?」
「剣じゃなく矢だな。今まさに俺の眉間を狙ってる頃だろうさ」
「おいおい…」

途端に辺りの警戒を強めるジュドー。

「……あの子、腕の方はどうなんだ? クロスボウ持ってたよな」
「かなり良い。天性のものだろう、隠れ潜むのが上手い」
「へぇ…天性の狩人ねぇ」
「狙うものを変えれば天性の暗殺者さ。戦場での働きに期待だな」
「はぁ?」

過大評価の過ぎるグリフィスに、ジュドーが眉を寄せる。

「あの子の細腕で剣が振れるとでも? 見た感じかなり痩せ細ってたぜ?」
「筋力は必要ない。ただ引き金が引ければそれで良い」
「だが戦となったらそれだけじゃ済まねぇだろ。腕っ節も必要になる……それにクロスボウだけ使わせても、弦の強いやつとなりゃ引くときに力がいるぜ」
「そうだな。だから戦場では、アルマに二人の護衛を付けることになるだろう」

ジュドーが目を見張る。

「護衛だぁ!?」
「ああ。護衛役はーー」

グリフィスが言うには、二人の護衛役はアルマの代わりに剣を振るい、そしてクロスボウの弦を引く役割を担うのだという。そうすることで力のないアルマでも板バネの強い、飛距離のあるクロスボウを使うことができるのだと。

アルマの働きはただ人差し指を動かすこと。それだけなのだと。

「…………」

その説明に、ジュドーは呆れを通り越して驚いていた。
グリフィスがここまで言うからには、あの少女にはそれだけの才能が秘められているのだろう。
ということはつまり、ジュドーにはただの村娘にしか見えなかったあのアルマが、護衛役含め三人分の戦働きをするということになる。

「三人分なんてものじゃないさ。上手くいけば五人、十人…」

その先を、グリフィスは敢えて口にすることなく飲み込んだ。

「……まじで?」
「まじで」

二人が顔を見合わせる。
今度は片方が笑っていなかった。

「ジュドー。流石のお前も信じられないか」
「そりゃあな……こう、具体的な理由とかないのか?」

その問いかけに、グリフィスは一つ頷く。

「今朝……もう昨日だな。アルマと初めて会ったとき、あいつは狩りの最中だった。オレは林の中に潜むあいつに、不覚にも全く気付けなかったよ。獲物に矢が突き刺さるまで……オレたちが30フィート(約9メートル)ほどしか離れていなかったにも関わらずだ」

グリフィスがさも愉快そうに話すのに対し、ジュドーは中々ピンとこない。「普通気付かないよな?」と頭を捻っている。
その様子を見て仕方ないと肩を竦めたグリフィスは、これ以上の説明を諦め、代わりにこの暗闇のどこかに潜んでいるであろう少女に想いを馳せた。

「さぁ、入団試験だアルマ。オレを失望させてくれるな」




死を覚悟した人間の足は早かった。

まず、疲れを感じない。
息切れが酷くなっても、足が痛んでも、不思議と休みたいという気持ちが湧いてこなかった。
この後に訪れるであろう死の苦痛に、体が備えているのかもしれない。
俺はそんな取り止めのないことを考えながら、森の中をひた走っていた。

「(エッガースの兵団は1時間くらい前に追い越した。鷹の団が村を出立したのは兵団の数時間前。普通に考えればまだ追いつくはずないが……こんな挑戦状叩きつけてきたくらいだ)」

手元のクロスボウへと目をやる。

「(絶対にいる! 追いつけるはず!)」

一層踏み込みを強くする。
既に葉や枝で切れて身体中傷だらけだが、そんなことはどうでもよかった。崖を転がり落ち、木の根に引っかかり、幹に肩をぶつけ。
それでも尚走り続ける。

そして、もう夜が明けようかとした頃。

「……っ!」

いた。
鷹の団。
そしてその先頭に立つグリフィス。

エッガースの領地ではなく、村の方へと向かって、荒れた獣道を逆走している。

やはり奴は、俺を待っていた。

いま俺と奴は向かい合うような状態。このままでは射る前に、こちらの存在を知られしまう。

咄嗟に道の傍にそれ、草木の中に身を隠した。
そして、その途端に深い疲労を自覚して足が止まった。
息はひゅーひゅーと今にも止まりそうなほどに荒れ、両足は頼りなく震えて既に立てそうもない。
しかし、それでも尚この体を支えているものがある。

憎しみだ。
あの傭兵への果てない憎しみ。
この俺を裏切り者にしくさりやがった憎っくきグリフィス。

今だけは、今だけは全ての責任を奴になすり付けよう。

村長が死んだのはグリフィスのせい。
村人が死んだのはグリフィスのせい。
俺がみんなから責められたのはグリフィスのせい。

「グリフィス…グリフィス…グリフィス…」

荒れた息を無理やり押し殺した。
もう、一秒だって長く奴をこの地上に存在させていたくなかった。

動かないはずの足を動かす。
酸欠と怒りで朦朧とした頭に無理やり血を回し、血走った目で理想的な射撃場所を探す。

……見つからない。

しかし焦らない。
勿論この身を焦がすような怒りは、その全てが奴への害意となって俺の五体を支配している。

それを意志の力で押さえ込む。

「(まだだ…場所が悪い。機を待て…)」

空が、ほんの僅かに白み始めてきた。
夜が明ける。

「……っ」

途方も無い恐怖と焦燥感だった。
このまま夜が終われば奇襲は一気に難しくなる。
そうなれば俺は万全を期して次の夜を待つだろう。

この疲労と憎しみ、そして皆の怨嗟の声を背負って丸一日を過ごすことになる。

とても耐えられそうになかった。

「(嫌だ……早く、早く殺させろ…グリフィスを……そしてその次に俺を…)」

真っ赤な目で周囲を見渡す。

……あった。

小高い崖の上。
グリフィスの進む獣道を見下ろすようにして、二本の木々が並んで生えている。

「(あれだ…!)」

俺は山猫のような身のこなしでそのポイントへと陣取った。
この真下をグリフィスは通過する。しかしそれでは近すぎる。

二十五メートル。
最低でも距離二十五までは奴を引きつけよう。

「(夜が明ける少し前…奴らの警戒が緩む…その瞬間こそが好機)」

グリフィスとの距離は未だ六十メートルほど。まだ遠い。
体を伏せ、不自然にならないよう注意を払って葉を寄せる。

五十メートル。遠い。
矢を台座に固定し、射撃体制をとる。

四十メートル。遠い。
引き金に指をかける。

三十メートル。遠い。
引き金を絞り始める。

二十五。

二十四。

二十三。

「……っ」

そして、その時はきた。


ーーこれは当たる。


機が来たとき、自然とそう確信が持てた。
何度か経験したことのある感覚。
大物に出くわしたとき、大人数の前で腕を競ったとき、食べ物が早急に必要だったとき。
総じて「何があっても絶対に外せない瞬間」にこの万能感はどこからともなく現れ、そしていつでも俺に最高の結果をもたらしてくれた。

呼吸が和らぐ。
心臓の鼓動が緩やかになる。
体は緊張を残したまま。
しかしそこに殺意はない。
憎しみは遥か彼方に置き去りにされた。
体温が下がる。
無機質になる。
狙いなどつけなくとも良い。
全て無意識がやってくれる。

確信がある。
この一撃は必ず当たる。


俺はグリフィスを殺す。


ビン。

ーー射った。
いつの間にか矢は飛び出していた。
まるで人差し指に独立した意識があって、そいつが俺の脳に許可を求めることなく引き金を引いたようだった。
結果は見ずとも分かる。
なぜならこの人差し指に住まう住人は百発百中の射手。ひとたび姿を表せばその狙いから逃れる全てを許さない。
故に、いま目標へと向かって飛翔するあの矢は絶対必殺の一撃。

心臓、首、頭。
どの急所に狙いをつけたかなど、そんなもの俺には知る由もない。また知る必要もない。

結果さえあれば良い。
グリフィスの死という結果さえ。

「(当たれ…!)」

俺の全てが宿った一撃。
絶対に外れることのない、絶対に避けきれない死を与える一矢。

それは、間違いなくグリフィスの心臓へと突き刺さった。

「あ…」

グリフィスの体が、傾いでいく。

「や、やった…」

野鳥がざわめき、血飛沫が舞った。

「!! き、奇襲だ!」
「団長! 大丈夫ですか!?」
「グリフィス! 野郎、どこから撃ってきやがった!」

突然の攻撃に、他の団員たちは目を覚ましたように警戒を始めた。
しかしそんなことはどうでもいい。
弦を引けない俺では二射目は望めない。やつらが何をしようと何もできないし、するつもりもない。
また居場所など知られようが構わない。もう隠れる理由もない。もともと死ぬつもり。嬲られようと、それはそれで俺にはお似合いの最後だろう。

グリフィスを殺した。
次は俺の番だ。

「グリフィスは大丈夫なのか!?」
「団長は!」
「どうなってる! 死んじまったのか!?」

慌てふためく団員が、口々に死んだのか? などと馬鹿なことを聞いている。今の光景を見てまだそんなことを言っているなら、奴らは史上最高のノロマ傭兵団だろう。
奴は死んだのだ。

「グリフィスは無事だ! 俺たちの団長は生きているぞ!」

ーー!?

俺は立ち上がり、今の一撃の行く末を追った。

「は、ははは……何だ、ちゃんと死んでるじゃねぇか…」

矢は確かに、鎧越しにグリフィスの心臓へと突き立っていた。
奴も目を閉じて倒れ伏している。血も流れている。
そしてあれ程の威力、手応え。
心臓まで達するには十分過ぎるほど。

グリフィスは死んだ。
俺の復讐は成された。

「……?」

待て。
矢と鎧との間に何かが挟まっている。

赤黒い何か。グリフィスの血に染まって、てらてらと光る……あれは鳥の死骸?

「居たっ! そこだ! その崖の上!」
「あんなとこから…」
「どうでもいい! 誰か引きずってこい!」

そうだ、鳥の死骸。
ということは、あの流れる血はグリフィスの血液ではなく、野鳥のものということか?

奴は……生きている?

「…………」

グリフィスが目を開いた。
奴はこちらを見て、間抜け面を晒す俺を無邪気に笑った。
矢は鎧を貫いていたわけではなかった。死骸が血液で鎧へと張り付いていたため、そう見えていただけだったのだ。

二度目の奇跡。

「……ありえない」

射線に野鳥が入った。
なるほど、それならば何とか納得はできる。たまたま運が悪かっただけだと。そういうこともあるかもしれないと。少なくとも理屈の面では。

問題は、夜が明け切る前の暗い空に、夜目が利かず、まだ活動しているはずもない鳥が飛んでいたということだ。

一体、何が彼らを突き動かしたというのだろう。

「……っ」

俺は咄嗟に胸元のベヘリットへと手をやっていた。
そうせずにはいられなかった。

一度目はこれだった。
この真紅のネックレスに弾かれ、俺の矢は奴の心臓から外された。

だから勘違いしていた。

「……ベヘリットじゃない」

そう、俺が見た奇跡の正体はこんな石コロなどではなかった。

「グリフィスだ。グリフィスが特別だったんだ」

二度起こるものを、人は奇跡とは呼ばない。
グリフィスの身に起こる全てのことは、紛れもない必然なのだ。

運命、神、そんな超常の何かを味方につけた、決して犯されることのない絶対の存在。それが奴。奇跡の正体。

俺は、ようやくグリフィスに敵わないことを悟った。




「よう、さっきぶりだな。アルマ」
「……」
「随分と憔悴している。よほどオレを殺したかったんだろう」
「……」
「簡潔に言おう。鷹の団に入れ」
「嫌だ」

掠れた声で即答した。

俺は今、両腕を二人の団員に固定され、立膝をつかされてグリフィスと対面している。
グリフィスの隣には昼に会ったソバカスの男、ジュドーもいて、興味なさ気にこちらを見ていた。

「アルマ」

グリフィスに名を呼ばれる。
しかし俺は、もう目を合わせることもしなかった。
グリフィスに対する戦意はもうポッキリと折られてしまっている。俺の中のヒエラルキーの上位に、この男は君臨していた。

もう、歯向かう気力も湧いてこない。

「殺せよ…」

だからそれだけ呟く。
喉が乾燥していて声を発するだけでも痛かった。

しかしグリフィスはそんな俺に頓着せずに言葉を続ける。

「鷹の団に入れ。戦で功を立てれば、あの気の毒な村人たちのために墓をたててやることもできる」

真っ平らな感情の中で尚も浮かんできた怒りに、思わずグリフィスを睨み付けた。

「気の毒だと…お前がそれを言うのか」
「言うさ。使えるものは死人でも使う。奴らにはお前を勧誘するためのダシになって貰おう」
「誰が入るか! 今ので完全に心に決めた! 俺はお前の望む行動の一切を取らない!」
「それは無理ってやつだな。何故ならお前は、もう既に俺の期待通りの反応を返してくれた。アルマ、お前も傭兵狩りの連中と同じだ」
「てめっ…!」

挑発されている。
俺の怒りを再熱させようとしているのだ。言い返せば思う壺。視線を切り、何を言われても反応しないのが最善。

「話さないつもりか?」
「…………」
「そうか。おい、猿轡を噛ませろ。舌を噛まれても面倒だ」

グリフィスはそう言うと、次々に指示を飛ばしながら団員たちの中へと消えていった。

「(長期戦にするつもりか…?)」

そこまでして俺を団に入れたいのか? そもそも、奴は何故そこまでして俺に拘る?

「弓の腕だとよ」
「……!」
「よう。昼に会ったろ、ジュドーだ」

敵意を込めて睨む。
グリフィスならともかく、こんなソバカスにまで見下されて黙っている理由は無かった。

「おーこわっ、グリフィスには妙に従順だった癖に。しかし…ふーん、このちんちくりんが天才暗殺者さまねぇ……とてもそうは見えねぇけど」
「……?」
「初耳か? あいつがそう言ってたぜ。お前は生まれながらの殺し屋なんだとよ」

勝手に決めんじゃねぇよ。
そう思って目に力を込める。

「信じられねぇよな。だがグリフィスの言うことだ。あいつの言うことは何でも当たる……まるで最初からそうなることが決まってたみてぇにさ」
「…………」

奇しくもそれは、俺があいつを仕止め損なったときに抱いた感情と似通っていた。

「だから多分、これからお前もグリフィスの言う通りになるぜ。ってことでこれからよろしくな新入り!」

ぽん。と頭を叩かれる。
即座に振り払おうとしたが、身動きがとれずに断念せざるを得なかった。

ジュドーは格好をつけてその場から去っていった。

そして、そのまましばらく時間は経過する。

俺はその間、猿轡の上から水を飲まされたり、鷹の団の団員たちに件の射撃ポイントへと連れていかれたりしていた。
無理矢理場所を移されたときは陵辱展開かと身構えたものだったが、しかしそんなことはなく、寧ろ気の毒な目で見られる始末だった。
気になって視線の主を辿ると、どうやら俺の右腕を抑えていたのがドミニクーー俺とグリフィスと共に村へと向かった男だーーであったらしい。睨み付けると、黙って目を逸らされた。

「来たぞ!」

そうこうしていると、眼下が何やら騒がしくなった。
聞こえるのは馬蹄の踏みしめる音。金属同士がこすれ合う音。馬車の車輪が凸凹の地面を進む男。

俺たちを置いて鷹の団が行軍を再開したのか? そう思ったが、グリフィス含む鷹の団は獣道の上でぴくりともしていない。
行軍音は、獣道を辿って村の方角から聞こえていた。

「エッガース兵団だよ。団長は、あんたにこれを見せるために待機してたんだ」

俺の腕を拘束したまま、ドミニクがそう説明する。
眼下では、エッガース兵団の指揮官らしき人物とグリフィスとが親しげに会話をしていた。

「(これが俺に見せたかったものだと…?)」

グリフィスが頭を掻いて地図を差し出す。
指揮官は大声で笑い、グリフィスの肩を叩いた。
指揮官が親指で隊の後ろを指差す。付いて来いと言っているらしい。
グリフィスは恐縮して断り、頭を下げた。

「(あの男、勘違いしている…グリフィスは別に道に迷ったわけじゃない。俺を待っていたんだ。そもそも奴がそんな間抜けじゃないことくらいすぐに分かるだろ。凡人のくせにグリフィス見下してんじゃねぇよ。お前もヘコヘコしてんじゃねぇぞクソが。テメェそんなタマじゃねぇだろ猫かぶってんじゃねぇよボケクソコラ)」

何故だかイライラしていると、ドミニクに小声で話しかけられる。

「違う。団長じゃない。あれだ。あれを見てくれ」

ドミニクが指差したのは、エッガース兵団が引き連れる馬車だった。
質素な作りながら、それが貴婦人用のものであることは一目瞭然で、隊の中央に守るように配置していることからも、その中にエッガースの三女がいることは明白だった。

「(お前たちも罪のない貴族の令嬢を拉致した、人のことを言える立場じゃない……そういうことか?)」

グリフィスの狙いを推察し、下らないと口の中で吐き捨てる。
何をするかと思えばてんで見当違いである。今さらそんなもので俺が揺らぐはずがない。
そうやって、何故か失望の感情を抱く自分を不思議に思っていると、令嬢を乗せた馬車に動きがあった。

「(えっ…)」

どこからか飛来した二条の銀閃のあと、馬車の後ろを覆っていたカーテンのような布が地面に落ちる。

その馬車の中に、鷹の団が救出したはずの令嬢の姿は……無かった。

「(……?)」

見渡しても、貴人用の馬車は他に見当たらない。
困惑する俺を尻目に、エッガース兵は慌てて布を掛け直すと、兵団は足早にその場を去っていった。

「猿轡をとってやれ」

いつの間にか、眼下にいたグリフィスが俺の隣まで来ている。
動揺して気付けなかったらしい。
いや、何を動揺する必要がある。
簡単なことだ。貴婦人用の馬車は囮だった。令嬢は他の馬車に寝かされていた。

「見たか? お前たちが大事に仕舞っていた伯爵令嬢の正体を」
「……黙れ」
「伯爵はお前たちを潰す正当な理由を得るため、偽物をお前たちに掴ませた。鷹の団があの地下牢から救出したのは、元はただ使用人だ」
「嘘つくな」
「本当さ。現に、馬車の中に令嬢の姿は無かった。今頃、お前の同郷と肩を並べて吊るされているだろう」
「うるせぇよ」
「お前たちは何から何まで伯爵の手のひらの上だった。気付いているんだろう、本当の仇に。真に憎むべき相手に」
「うっせぇんだよ!!」

叫ぶ。
現実が受け入れられない。

そもそも、俺が鷹の団に令嬢の救出を依頼したのはそれが勿論本物で、発覚すれば村は唯では済まないと考えていたからだった。
そのため危険を冒して傭兵と接触を持ち、それがこの結果に繋がった。

しかしその前提さえも覆るとなると「村の為」という俺の唯一の免罪符さえ無かったものにーー

「それは違う」

グリフィスが俺の両頬を掴み、断言した。

「もし令嬢が本物だったとしても、お前の行動は村に何の利益ももたらさなかった。何故なら、全ては初めから決められていたことだったからだ」

この目を見てはいけない。
これは一種のマインドコントロール。
グリフィスは他人の感情の芽を思い通りに成長させる術を持っているのだ。
そうやって人の心の中へと容易く上がり込み、思い通りに操る。

しかし、抗いようがなかった。

この目を見れば楽になれる。
それがわかりきっていたからだ。

俺はグリフィスと目を合わせ、その声を聞いた。

「伯爵だ。全ては伯爵の陰謀だった。お前の村は大きな力を持つ者の操り人形にされ、そしてその通りになった。人形の一人であるお前が何をしたところで、その結果が変わるはずはもなかった」

グリフィスの瞳が、悔しそうな色を見せる。

「俺も伯爵の人形の内の一人だ」
「お前も…?」

グリフィスの不死性、絶対性を信じる俺にとって、それは単純な驚きだった。

「そうだ。例え鷹の団が今回の作戦に参加せずとも、俺たちの役目は別の者が負っていただろう。お前とオレが出会おうと、そうでなかろうと、どちらにせよ村は壊滅していた」
「…………」

確かにその通りだ。
鷹の団に変わる傭兵団など掃いて捨てるほどいるし、もし俺がその傭兵団を信頼できず内通者とならずに済んだとしても、作戦は続行されていたはず。
グリフィスの言うとおり、どちらにせよ村は壊滅していた。

「で、でも、そういう問題じゃない。理屈じゃないんだ。俺は…俺は感情で動いている。復讐っていうのはそういうものだ。俺はお前が憎いから、お前を殺すんだ」
「ならば何故、伯爵を野放しにしておく?」

その問いかけは、俺の心に抉りこんできた。

「何故お前たちの村にとっての諸悪の根源を見ようとせず、下っ端も甚だしい俺たちにその怨みの全てをぶつけようとする。何故それが失敗すれば諦めて死を選ぶ。何故だ。そも、お前が最も憎むべきは一体誰なんだ」
「…………」
「いい加減、見ない振りをするのは止めろ」
「…………くそ…」

薄々分かってはいた。
しかしその強大さに、貴族という看板に無意識に怯え、目を逸らし続けていた。

「お前が真に復讐を果たすべきは、エッガース伯爵だ」

俺と同じ平民であるはずのこの男は、毅然としてそう言い放った。

「オレにはできるぞ。今は無理でも、いつかお前の前にあの肥え太った豚を引き摺り出すことが。お前の復讐を遂げさせてやることが。だから来い。その日が来るまでオレたちに協力しろ。鷹の団に入れ、アルマ」

強い眼差しだった。

「…………何で、そこまで俺を。天才暗殺者だって? そんなの本当に信じてるのか?」
「ああ。しかしそれだけじゃない」

グリフィスの手が伸びる。
思わず身構える俺の頭を掴み、その胸にかき抱いた。

「言っただろ、お前を気に入ってるってさ」
「…………」

正常な判断などできない。
昨日今日と、色んなことがありすぎた。
村を裏切り、皆に責められ、育ての親に悪魔と蔑まれ、全てを失って復讐を誓った。それすら失敗に終わり、今その仇の胸の中で涙を流している。

「グリフィス…お前を、許してはいない……いくら言い繕ったところで、実行犯はお前だ。お前への復讐は必ず果たす…」
「構わない」
「利用するだけだ…お互いに。俺は伯爵を殺すため、お前は戦場で俺を使うため」
「それでいい。さぁ誓え、鷹の団の一員になると、お前の口から言ってみろ」

抱擁したまま俺を見下ろし、今まさに俺という人形に糸を括り付けようとしているグリフィス。
そこに慈愛の気持ちは欠片もない。あるのはただ、目の前の有用な駒をどう手に入れるか。ただそれだけだった。

「…………」

どうやら俺は、あのジュドーとかいうソバカス男の言う通りになってしまうらしい。
まぁそれもいいだろう。

しかしその前に、この男にはさせておくべきことがある。
俺は胸元からベヘリットを取り出し、目の前に掲げた。

「誓おう。俺は鷹の団に入団し、お前に尽くす。だからお前も誓え……この俺の復讐を必ず果たさせると。伯爵の首を必ず俺に取らせると」

グリフィスの言うことはその全てが現実のものとなる。
であるなら、今ここでこの男が明言さえすれば、俺の復讐が叶うことがこの瞬間に決定するのだ。

グリフィスはニコリと笑んで、ベヘリットを受け取った。

「ああ、誓おう。伯爵の首をお前に捧げる。そしてお前が鷹の一翼であり続ける限り、オレがこの誓いに背くことはない」

取引はなった。俺の復讐が確約された。
これで俺は、この男を決して裏切ることはしないだろう。

「ようこそアルマ、鷹の団へ。オレたちはお前を歓迎する」



この日、俺は憎むべき相手の元に下った。
なるようにしてそうなった。

全ては初めから決められていること。
グリフィスとの出会いも、村人の死も、鷹の団への加入も。

そしてその結末さえ。

運命という巨大な流れに、人はいつだって飲み込まれることしかできない。

俺たちは今日も、このあらかじめ定められた一本道を往く。
そこに無限の可能性が広がっていると信じ込んで。




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