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No.39311の一覧
[0] 【ネタ】僕は修羅場が少ない[コモド](2014/01/23 22:21)
[1] 僕はぬくもりが少ない[コモド](2014/01/23 22:24)
[2] 僕は何かが少ない[コモド](2014/01/23 22:24)
[3] 僕はタイトルとかどうでもいいや[コモド](2014/01/23 22:25)
[4] 僕は自業自得で友達がいない[コモド](2014/01/23 22:26)
[5] 僕は点数が少ない[コモド](2014/01/23 22:27)
[6] 僕は具材が少ない[コモド](2014/01/23 23:46)
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[39311] 僕は具材が少ない
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81 前を表示する
Date: 2014/01/23 23:46
「タコパをしましょう」

 いつもどおりの益体のない部活の最中に、理科ちゃんが切り出した。

「タコパ?」
「なにそれ。タコのパフェのこと?」

 僕が聞き返し、星奈が略称の名前を推測した。僕もまったく同じことを思い浮かべた。
 三日月さんが本から目を離し、顎に手をあてて言った。

「聞いたことがあるな。タコパ、たこ焼きパーティーの略で、友達の家に集まって自家製たこ焼きを食べて騒ぐホームパーティーだ。
 ブログにDQNどもが写真を上げていたから、よく憶えている」
「たこ焼きか! 自慢じゃないが、俺はたこ焼きにはうるさいぞ。なにせ本場大阪で舌を肥やしたからな。
 学校帰りによく買い食いしたなぁ、ひとりで」

 小鷹も声高にたこ焼き通をアピールした。ついでに自虐も。

「小鷹先輩の似非関西人アピールは置いといて、夜空先輩の言うように、友達同士で集まってワイワイやるのに向いてると思いませんか?
 たこ焼きなら作るのも簡単ですし、みんなで具材を持参して色んな味も楽しめて一石二鳥ですよ」
「待て! たこ焼きが簡単だと? ふざけるな! お前みたいな味を舐めてる関東人がいるから、素人が作るチェーン店なんかが繁盛するんだ。あれはたこ焼きじゃなくてたこ揚げだろうがッ!」
「ふむ、どっかの関西人気取りがうるさいが、リア充どもの予習には適しているかもしれんな。今度、やってみるか」
「え? たこ焼きが食べられるのか!? はい! ワタシたこ焼き食べたいです!」
「なんか貧乏臭いけど、ちょっと楽しそう。ふーふーして食べるのよね」
「聞けよ! お前ら広島風お好み焼きとか言う口だろ? 関西のは混ぜ焼きなんだよ!
 広島のこそ本物のお好み焼きなんだよ! 福岡だって豚骨ばっか食ってると思ってんだろ! うどんだっつーの! だいたい豚骨は作ると臭いんだよ! 小鳩が好物だから偶に作るけど、処理が大変なんだよ!」
「あ、あにきがあらぶって……」

 大好きなものを貶された小鷹がヒートアップし、幸村くんに止められていた。
 それを僕以外の三人が冷ややかな目で見る。

「今度は広島県民、福岡県民アピールし始めたぞ」
「理科に言わせれば、どっちもソースかけた粉物としか思えないのですが」
「どうせ一年も定住してなかったくせに、なに地元民気取ってんのよ」

 女性陣の辛辣な言葉が小鷹に刺さってゆく。小鷹には厳しいよね、みんな。
 冷淡に突き放された小鷹は、よろよろと後ずさった。

「な、なんだよお前ら……ずるいぞ、いつもいつも女子で結託しやがって!」

 いちおう幸村くんと僕も男なのだが、小鷹的には幸村くんも含めて女の子なのかもしれない。
 外見が小鷹以外は女の子だからねえ。小鷹が駆け出す。

「憶えてろよお前ら! 俺が当日は本物のたこ焼きを見せてやるからな! あまりの美味さに舌を巻いても知らねえからな!」

 捨て台詞が小物臭いのが、不良っぽい外見も相まって妙に似合っていた。
 小鷹って凝り性な一面もあるから、こうなった時はめんどくさい。

「とりあえず、各々好みの具材を持って集合だ。器材は……」
「あ、それは理科が用意するので心配しなくて結構です」
「パーティーかぁ。楽しみね。ドレス何着てこうかしら」

 星奈が変な勘違いをしていたが、僕も楽しみだった。
 ちょっと奮発してみよう。



「と、言うわけで、タコパ決行の日がやってきたわけだが……」

 部長の三日月さんがテーブルに雑然と並べられた具材を見渡す。

「誰だ、赤ワインなんて持ってきたのは……」
「あ、僕です」

 挙手すると、ズイと身を乗り出した三日月さんに睨まれた。

「なぜアルコールなんて持ってきた、クソビッチ。貴様はここを何だと思っている? 学校だぞ、未成年だぞ?
 そんなに未成年を酔わせて乱交でもしたいのか? ん?」
「ちょ、調味酒ですよ! それに以前、僕が食べた美味しいたこ焼きには、赤ワインを使っているところがありました!」
「……これヴィンテージワインじゃないか?」

 手にとって、小鷹が古めかしい標号を凝視する。なぜか頭にねじりハチマキを巻いていた。

「このメーカーの1984は不作だから大した酒じゃないわよ。つーか、夜空の発想がそこらのエロオヤジと同レベルなのがウケるんだけど。
 エロ小説の読みすぎで頭が常時桃色なんじゃないの?」
「霜が降り過ぎて廃棄された駄肉は黙ってろ」
「はぁ? エキノコックスに感染されてるクソギツネこそ隔離して処分するべきでしょうが!」

 例のごとく、罵倒し合う二人に僕と理科ちゃんが呆れ顔になる。実は喧嘩するふりしてイチャついてるだけじゃないか疑りたくなる頻度で発生するので、もう慣れてしまったが、割と本気で仲が悪そうだ。
 その二人を止めるのはだいたい小鷹なのだが、その当人は一人黙々とたこ焼きの生地作りをしていた。
 ねじりハチマキと難しそうな顔の相乗効果で形相がその筋の人みたいになっている。

「ブツブツ……薄力粉とベーキングパウダーの比率は……」
「小鷹先輩、たこ焼きの粉使うので一から作らなくても大丈夫ですよ」
「市販の味で本物のたこ焼きが作れるかッ!」

 カッと吼える。あまりの声量に罵り合っていた二人も閉口してしまった。
 幸村くんだけが首肯する。

「あくまでほんものにこだわるその姿勢……心服いたしました。あにきこそまことのしょくにんです」
「……ねぇ、これってホームパーティーじゃないの? 場違いな暑苦しいのがいるんだけど」

 星奈が小声で僕に耳打ちする。小鷹は今も周りに耳を貸さず、額に汗して生地作りに没頭していた。
 確かに想像していたのと違う。みんなでたこ焼きを転がしながらワイワイやるものじゃないのか。
 小鷹から発せられる重圧に押し黙る僕ら。その重苦しい部室のドアが唐突に開き、一斉に視線が闖入者に集まる。

「くっくっくっ。ここが我が半身の囚われている監獄か……」
「何ですか、この子」
「やだ、何この子。痛々しくて可愛い……!」

 目元でピースサインをし、挨拶がわりに良くわからない言葉を発した金髪の小柄な少女が室内を見回す。
 星奈同様に浮世離れした美少女だった。人形のようと形容する他ない端麗な容姿に妙ちくりんなゴスロリも似合っている。
 少女は、不乱に生地を混ぜる小鷹の姿を見つけると、気取った顔を綻ばせた。

「あんちゃん!」
「ん? 小鳩! お前、どうしてここに……」
「くっくっくっ。我が半身が技術の粋を凝らした贄を披露するとあって駆けつけてきたのだ」
「ああ、たこ焼き作るって言ったから我慢できずに来ちゃったのか」
「ちゃ、ちゃうもん!」

 図星をつかれたのか、素で否定する。ああ、やっぱりキャラを作ってたのか。
 というより、この反応……

「小鷹、その子はなんだ?」
「俺の妹の小鳩だよ。ほら、前に話した」
「え……」

 幸村くん以外の全員が絶句した。信じられない、と表情に胸のうちが如実に出ている。
 可愛いって言ってたの、肉親の欲目とかじゃなかったんだ。

「い、妹!? こんな可愛い子がアンタの妹!?」
「そうだよ」
「い、遺伝子レベルから造りが違いますよ!? 小鷹先輩と同じ胤でどうしてこうも違いがっ!?」
「お前ら好き勝手言いすぎだろ!」

 美女と野獣っていうか、妖精と不良だもの。カラコンを入れているのだと思われる赤と青のオッドアイは彫りが深くパッチリとしていて、けれど兄の小鷹は三白眼甚だしい黒い日本人の顔立ち。
 メンデル先生、これって遺伝の法則に則ってますか? 遺伝の妙を感じざるを得ない。
 僕らが小鷹の妹に釘付けになっていると、目を輝かせてたこ焼きを待っていたマリア先生が両手を威嚇するように掲げて吠えた。

「コラーッ! お前ら、ワタシはたいへんお腹が減っているんだぞ! 早くたこ焼きを作れ馬鹿共!」
「あ、悪い」

 小鷹がすぐさま作業を再開する。ガス式のたこ焼き器は理科ちゃんがこの日の為に自作したらしく、一度に五十個も焼けるらしい。
 円型だからみんなでつつくのにも便利だ。小鷹のたこ焼きにかける熱意は並々ならぬものがあり、たこ焼きの熱気以外にも小鷹の背後からオーラが立ち上っているように見える。
 兄が作業に集中して忘れられた妹の小鳩ちゃんは、さっそく星奈と理科ちゃんに包囲されていた。

「やだ……見れば見るほど『真紅の精霊遣い』のアイリスそっくり……!」
「ちょ、ちょっとで良いので遺伝子の一部をお持ち帰りさせて頂けませんかね、げへへ……先っちょ、先っちょだけでいいから!」
「ひっ! あ、あんちゃん!」

 歪んだお姉さんに囲まれた小鳩ちゃんが小鷹に助けを求めるが、小鷹はたこ焼きに精を出していて気に留めていない。
 妹よりたこ焼きなのか……
 可哀想になった僕は、暴走気味の二人と小鳩ちゃんの間に割って入った。

「ふ、二人とも、小学生を怯えさせたらダメでしょ?」
「大淫婦バビロンめ……虚言を持って我を陥れようとは、何と浅はかな……」
「へ?」

 低い声で紡がれた罵りは、誰に向かってのものか、しばらく検討がつかなかった。
 振り向いたら、僕が睨まれていた。え、僕?

「大淫婦バビロンって、もしかして僕のこと?」
「そうじゃ……じゃなくて、そうだ。忌まわしい娼婦め。今宵は我が半身を誑かす淫乱な女を成敗すべく、我が直々に足を運んだのだ」
「ブフゥーーーっ!」

 三日月さんがコーヒーを吹き出して、腹を抱えて大笑した。

「だ、大淫婦バビロン……アハハハハハ! い、良い――ビッチにふさわしいアダ名だな。あははは!」
「半身って小鷹先輩のことですか? そこはかとなくエッチな響きですね」
「エッチちゃうわ!」
「やーん。その素になると出てくる方言もかーわいい!」
「なあなあ! もう具を入れてもいいのか!?」
「ああ、たくさん入れろ」
「わーい!」

 収拾がつかなくなってきた部内でなおもマイペースな小鷹、マリア先生、幸村くんが羨ましい。
 碧眼を輝かせながら具材を放り込むマリア先生から目を離し、小休止でこちらを振り向く小鷹が呆れた眼差しで言う。

「まったくお前らは……たこ焼きを前にはしゃぐのはわかるが、もう少し落ち着きをだな」
「じゃあ、理科たちが焼いてもいいんですか?」
「ふざけんな! 素人に任せられるか! 俺は一人で焼くぞ!」
「なら勝手に焼いててくださいよ」

 理科ちゃんが肩を竦める。横では星奈が小鳩ちゃんを追い詰めていて、三日月さんが笑い転げ、幸村くんは澄ました態度で佇んでいた。
 小鷹はたこ焼きを無心に転がしていて、マリア先生はそれを眺めて瞳を輝かせている。僕は、初対面の小学生にすらビッチと罵られることにショックを受けて放心していた。
 そんなにビッチに見える?

「よし、できた!」

 額の汗を拭って、小鷹が声高に叫んだ。プレートにはこんがりときつね色の焼き色がついたたこ焼きが整然と並んでいる。
 たこ焼き通を自称するだけあって見栄えは綺麗だった。皆が感心して、「おぉ~」と唸る。

「ふむ、言うだけあって上手いな」
「口だけじゃなかったんですね、小鷹先輩」
「ははっ、大阪には一家に一台たこ焼き器があるからな。これくらい当然だ」

 真偽が疑わしいことを言って、得意げに胸を張る。年少の小鳩ちゃんとマリア先生の瞳がこれ以上ないくらい輝いて宝石みたいだった。
 マリア先生に至ってはよだれを垂らしている。

「わー、美味そうだなー。これ食べていいのか?」
「たくさんあるし、どんどん食べていいぞ」
「わーい!」
「あ、ウチが先じゃボケ!」

 マリア先生が身を乗り出して箸でたこ焼きをつまみ、口に運ぶ。出来立てだから熱かったらしく、ほくほくと熱気を口で冷ましていた。

「あつ、あつ! ……ん~! 外はカリカリで中はトロトロだ」
「そうだろそうだろ。これが本場のたこ焼きだぞ」

 うんうんと頷く小鷹。鼻が伸びている。

「ん? これ何が入っているのだ? やわらか――ぐはあッ!」

 噛みながら首を傾げたマリア先生が、突如、たこ焼きを吐き出した。鼻から鼻水と生地が飛び出て、白目を剥いている。

「ま、マリア!?」
「ちょ、なになになに!?」

 ビクン、ビクンと痙攣するマリア先生に狼狽する。その中で冷静だった理科ちゃんが顔を寄せ、マリア先生が吐き出した物を確かめた。

「わさびですね。大量に入ってます」
「え?」

 見れば生地の肌色に混じって緑色が混じっているのが確認できた。嫌な予感がして、テーブルに散乱する具材を確かめると、半分以上使われているわさびのチューブがあった。
 他にも、どう見てもたこ焼きに合わない食材が使用された形跡がある。

「もしかして、この中に変なのがたくさん入ってるんじゃないの?」

 星奈が言うと、全員の視線が小鷹に向いた。

「小鷹先輩、焼く前に何が入ってるか確かめましたか?」
「いや……マリアが入れたの見て、すぐに回したから……」
「肝心のタコが全然使われてないぞ……」

 空気が重くなる。え、これを食べるの?
 全員の視線が再び、咎めるように小鷹に向けられた。

「し、知らなかったんだ! 俺は悪くない!」
「あんちゃん……」
「やめろ……小鳩、そんな目で俺を見るな!」
「小鷹を責めるのは置いておいて、まずこの兵器をどうするかだ」

 顎に手を添えて、難しい表情で三日月さんが呟いた。星奈がかぶりを振って叫ぶ。

「あたしは嫌よ! 何が入ってるかわからないものなんて食べるわけないじゃない!」
「逃げるのか?」
「はぁ?」
「この程度で臆すとは……やはり世間知らずのお嬢様は軟弱だな。日頃から徹底的に衛生管理された食べ物でなければ食べられないのか。
 貴様はアレだろ、林間学校でみんなで作ったカレーを『灰が入ってるから嫌』とか言って顰蹙買ってたタイプだろう。
 皆、肉は食べないそうだから私たちだけで食べよう。あ、肉は帰っていいぞ」
「そ、そんなこと言ってないわよ! 食べる、食べればいいんでしょ!」
「星奈……」

 簡単に乗せられて、この危険極まりないたこ焼きを食べることになった星奈にため息が漏れる。
 どれだけちょろいの……この場合は仲間はずれにされるのが嫌だったのだろうけど。

「理科はちょっとワクワクしますね。ロシアンルーレットみたいで」
「テレビの企画で似たようなのやってたな、そういえば」
「食べ物を粗末にしたら苦情が来ますからね。まぁ、スタッフが美味しく頂きましたとでも言えば問題ないですが」

 何故か理科ちゃんは乗り気で、心なしか小鷹も前向きだった。本当に食べる気なのか……
 小鳩ちゃんは失神しているマリア先生と原因のたこ焼きとを交互に視線を行き来させ、人形を抱きしめながらオロオロとし出す。

「あ、あんちゃん……」
「あー……せっかく来てもらって悪いが小鳩、別に無理して食べる必要はないぞ。こうなっちまったらパーティどころじゃないし」

 パーティーどころか罰ゲームだものね。しかし、小鳩ちゃんは逡巡してから、椅子に座った。

「く……クックックッ。我が半身が残るのであれば、主人たる我が去るわけにはいくまい」
「わー、麗しき兄妹愛ですね。ね、陽香先輩」

 理科ちゃんに逃げ場を防がれて、僕は縋るように幸村くんを見た。

「武士は食わねど高楊枝といいます。真の漢たるもの、食にこだわらずに誇りをたべていきているのです」

 すっと席につく幸村くんに僕も覚悟を決めた。肩をがくっと落として。



 失神したマリア先生が無事なのを確認して、ソファに寝かせ、罰ゲーム――いや、タコパが開催された。
 テーブルに円卓形式で座り、中央に置かれたたこ焼きに目線が集中する。
 残るたこ焼きは四十九個、人数は僕、小鷹、星奈、三日月さん、理科ちゃん、幸村くん、小鳩ちゃんの計七人。
 単純計算でひとり七個食べればいい。厳正な方法(じゃんけん)の結果、順番は僕→三日月さん→小鳩ちゃん→小鷹→理科ちゃん→幸村くん→星奈に決まった。
 トップか……僕は具材の跡を一瞥した。何とか食べられそうなものを当てなければ……
 目を凝らし、具材がたこ焼きからはみ出ていないか見遣るが、大玉のたこ焼きを小鷹は物の見事に仕上げてくれたため、外見から中身を判断するのは不可能なようだ。

「さっさとしろ。あとがつかえる」
「はい」

 三日月さんに急かされて、一番手前にあるたこ焼きを小皿に移した。

「一度箸をつけたものは必ず食べる、それは厳密化しよう」
「ソースをつけるのはダメですか?」
「それは構わんだろう」
「クソ、ソースも作ってくればよかったな……それにたこ焼きは爪楊枝だろうが……」

 また小鷹がぶつぶつ言っていたが、無視してソースを多めにかけた。これで外れだったときのダメージが薄れるのを期待して。
 掴んだ箸が震えるが、深呼吸をして口を開けた。

「いきます!」

 一口で口に入れ、勢いに任せて噛んだ。すると、もちもちとした感触が口内に広がり、歯にくっつく。

「あ……美味しい。餅です」
『チッ』

 三日月さんと小鳩ちゃんが舌打ちした。安堵と意外な美味しさにあまりショックは受けなかった。
 熱さに口元を抑えながら、ホクホクと咀嚼する。

「餅か。まぁ定番だよな」
「当たりですか……薄幸そうなのに運がいいですね」

 何となく理科ちゃんが僕に懐いているイメージがわかった。

「次は私か……」

 三日月さんがたこ焼き器に視線を巡らした。時間をかけて吟味する三日月さんに星奈がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて煽る。

「なによ、ビビってんのチキン夜空。まー、あんたはコソコソ狡賢い策を練るタイプだから度胸はないわよね」
「黙れ、淫乱に皮を被せた腐肉が。ふん、こんなもの、適当に取ればいいんだ」

 そう言って、むんずと掴み、何もかけずに口に運んでしまった。三日月さんも三日月さんで挑発に弱すぎないか。
 注目が集まる中、三日月さんは数回噛んで、不敵な笑みを浮かべた。

「ウィンナーだな。美味かった」
「チッ」

 星奈が頬杖をついて舌打ちした。やだ、何でこんなに険悪なのこの部活。
 その後、小鳩ちゃん、小鷹、理科ちゃんと無難な品が続き、実はたいしたことないんじゃないか、というムードになっていた。
 長寛な空気の中で余裕綽々な星奈がたこ焼きを取る。

「ふふん。何よ、拍子抜けしちゃったわ。マリアもそこまで常識ないわけじゃないのよ。怖がって損したわ」
「いいからさっさと食え」
「うっさいわね。言われなくても食べるわよ」

 罵り合う二人に挟まれた僕の肩身が狭い。ずっと罵倒しあっているんだよね、この二人。飽きないのかな。
 息を吹きかけて冷ましてから、星奈が味わうように噛む。

「んー? なにかしらこゲボッ!?」
「うわ、汚な!」

 唐突に全部吐き出した星奈に皆が席を立って避難した。星奈は噎せながら吐いたものを凝視して、

「イ、 イカ……イカの塩辛……!」
「だ、だいじょうぶ?」

 涙目で口を抑える星奈の背をさすり、水を差し出す。それを勢い良く飲む星奈を見届けて、吐いたものの後始末をする。さすがに精神的にきつい。

「イカ臭いな、近寄るな肉。私の半径ニキロ以内で息をするな」
「うっっっさい!」
「えと、どうする星奈。やめる?」

 僕もやめたい。が、こう言われるとムキになるのが星奈であり三日月さんである。

「やめるわけないでしょ! クソ夜空にも同じ目を合わせないと気が済まないわ! 続行よ!」
「往生際の悪い肉だ」

 いつの間にか勝ち負けを競うものになってないか。僕が小鷹に目を遣ると、諦観めいた表情で静かに首を振った。
 やるしかないようだ。

「……」

 恐る恐るたこ焼きを掴み、口に運ぶ。濃厚な乳製品の味――チーズだ。

「チーズでした」
「チッ……ビッチだから白くてミルクっぽいものばかり当たるんだな」

 もう何をしても難癖をつけて罵倒される。思うんだが、実は三日月さんが一番耳年増なのではないだろうか。
その三日月さんが眉を顰めながらたこ焼きを食べて――

「……なんだ?」
「外れたの!?」
「いや、何というか、味がしない。やけに歯ごたえがあって、匂いも強いな」
「もしかして、トリュフじゃないですか?」
「トリュフ!?」

 声を荒げる三日月さんに白トリュフの缶詰を見せた。開封された跡があるから、たぶんそうだ。
 じっくりと味わってから嚥下した三日月さんは、微妙な顔で呟いた。

「……あまり良い物ではないな」
「そりゃそうよ。トリュフの匂いって雄豚のフェロモンの匂いだもん」
「ならお前は見つけるのが得意そうだな、肉」
「どういう意味よ!」

啀み合う二人は置いといて、次の小鳩ちゃんにバトンが回る。よくわからない決めポーズでたこ焼きをつまみ、口元に運んだ。

「くっくっく。我の第六感が外れることはない」
「そういうフラグをたてると……」

 理科ちゃんが言った瞬間だった。一噛みした小鳩ちゃんが口を開けて小皿に吐き出した。

「小鳩!?」
「あ、ああぁぁ、ああぁあんちゃああああああああああああああん!」

 顔を真っ赤にし、大量に汗を掻いて涙目になりながら小鷹に縋り付いて暴れだした。
 僕らが小皿を見ると、全部真っ赤だった。臭気だけで目がしみる。

「タバスコですね」
「えげつないな、あのガキ……」

 未だに目を覚まさないマリア先生の入れたものの恐怖が部室に満ちる。無邪気って怖い。

「大丈夫か、小鳩」
「……っ」

水をコクコクと飲む小鳩ちゃんは、口が痛くて話せないのか、ぶんぶんとかぶりを振った。
あの様子じゃもう食べられないだろう。小鳩ちゃんがリタイヤした。

「……」

 初めての脱落者が出たことで、一気に空気が引き締まった。もうみんな和気藹々と騒ぐことが最初の目的だったことを忘れて、如何にして自分が外れを引かないかだけを考えている。
 小鳩ちゃんはソファに座ってグスグスと泣いていた。僕もそっちに行きたい。
 次の小鷹はじゃがいも、理科ちゃんはキムチと無難なものが続き、幸村くんの番となった。
 表情を変えずに淡々とたこ焼きを食す姿は、とても様になっている。靭やかな背筋や佇まいは凛々しいのに、どうしてメイド服なんて着ているんだろう。もったいないな。
 黙々と口を動かし、飲み込んだのを見て、当たりだったことを悟る。

「何だったんだ、幸村」

 小鷹が尋ねるが、反応がない。怪訝に思った僕らが幸村くんの顔を覗き込むと――目が死んでいた。

「幸村……お前……」
「あ、あにきのつくったものを無碍にするなど、できません……」
「もういい……! 休め……休め幸村……!」
「あにき……」

 震える手で箸を伸ばそうとする幸村くんの肩を抑え、小鷹が制した。またひとり散った……理科ちゃんからは鼻血が散った。
 星奈の顔が青褪める。まだ二巡目も終わってないのに、部員の三人がダウンしている。しかも星奈は一巡目で外れを引いている。未知の味や食感がトラウマになっていてもおかしくない。

「早くしろ」
「わかってるわよ!」

 殺伐としてきた緊迫感に呑まれる星奈を三日月さんが煽る。
 もう誰もこれを余興だとか遊びだなんて思っていなかった。
 半ば強制される活動の中で意地を張って度胸を示し、豪胆さと運を見せつける場だ。
 僕らは今、ロシアン・ルーレットに臨む人々の心境になっている。その覚悟は推して知るべしだ。
 だから、その闖入者にそんな態度を取ったのも必然だった。

「こらーっ! 何をしてるんですか、あなたたちは!」
「は?」
「誰だ、この空気を読まない小動物は」
「不愉快だけど同感だわ。誰か知らないけど消えなさいよ」
「はぁぁ!? こ、この間話したばかりじゃないですか!」

 けたたましい音を立てて入室してきたのは、遊佐さんだった。二人に邪険に扱われて、ショックを受けて呆然としている。
 彼女を知らない小鷹たちも、「誰だコイツ」と疑惑の眼差しを向けていた。孤立無援の敵地の中でも遊佐さんは気丈に声を張った。

「い、いえ、この際、柏崎星奈はどうでもいいです。問題はこの部活動です! なんですか、ここは。毎日ダラダラと遊び倒してるだけじゃないですか!」
「遊んでいるだと……!?」

 殺気立った瞳で三日月さんが睥睨した。文字通り捕食者みたいに遊佐さんが小さく悲鳴を上げたが、健気にもまた立ち向かった。

「そ、そうです! 生産性のない日々を部活動の名を語って部室で過ごしているだけじゃないですか! 本を読んだり、ゲームをしたり、今日に至ってはタコパなんてして!
 この隣人部は部活動として相応しくありません! 生徒会役員として、私はこの部活を許せません!」

 どうやら、先日の一件で僕と星奈は相当に恨みを買ったようだ。自分で撒いた種なので僕が解決しようとしたが、明らかにイライラしている三日月さんが遊佐さんに噛み付いた。

「そうか、貴様は私たちが遊んでいるだけだと言いたいんだな」
「そうです。なんですか、お酒まであるじゃないですか。飲酒までしていたとしたら部活動だけの問題ではありませんよ」
「それは調理酒だ。赤ワイン使う料理なんて腐るほどあるだろう。それとも、貴様の貧困な知識と発想ではその用途も思いつけなかったのか?」
「なぁ……っ!」

 僕のミスだったのだが、僕と星奈の発言を流用して誤魔化した。開封してないからいくらでも言い訳はきいたのだが、もう言葉の攻撃性が高くていつもの罵倒になっている。
 目に見えて口喧嘩では三日月さんの方に分があったのだが、それでも遊佐さんは引き下がらなかった。
 それが僕らの琴線に触れた。

「で、ですが、あなたたちが目的もなくパーティをして楽しんでいたのは事実ではないですか!」
「パーティ……?」
「楽しむ……?」

 ドスの効いた低い声が、女性のしていい顔じゃない二人の口から出た。見れば、小鷹と理科ちゃんの目も据わっていた。
 三日月さんが顎をしゃくって空いた椅子をさす。

「なら貴様も混ざれ」
「え?」
「遊びだと言うのなら貴様も混ざってみろ。それで最後まで泣き言を言わずに通せたなら、私たちも遊びだと認めてやる」
「な、何を言ってるんですか。こんなに美味しそうなたこ焼きを……」
「ほら、ここ座って食べなさいよ」

 星奈がうそぶく遊佐さんを幸村くんの席に座らせた。予想外の闖入者が加入したため、星奈の前の遊佐さんからのスタートになる。
 用意された小皿と箸を持ち、心なしか浮き足立った様子で遊佐さんが言う。

「本当に頂いていいんですか?」
「さっさと食え」
「では遠慮無く。いただきま――フグググ!?」

 一口目から吐きそうになっていた。慌てて口を抑えて、吐き出すのを堪えている。
 顔を蒼白にし、無理やり嚥下させると水を呷った。よほど気持ち悪かったのか、全身を水浴びした犬みたいに震わせた。

「な、なんですかこれは!? な、ナマコ……? ナマコが……!」
「次だ」
「ええっ?」

 リアクションを待たずに星奈に順番が移る。無視された遊佐さんが何やら喚いていたが、星奈が間髪入れずに箸を伸ばした。

「ホアッ!? ~~~~っ! っシャア!」

 奇声を上げ、テーブルをダンダン叩きながらも飲み込んで男らしくガッツポーズを取る。
 淑女とか令嬢だとか、そんな面影のない星奈に遊佐さんが唖然としていたが、僕も空気に流されてたこ焼きを口に運んだ。

「コプフォ!」
「わあああ! だだ大丈夫ですか!?」

 狼狽して心配する遊佐さんに目も暮れず、一心不乱に噛んで飲む。これは……梅干し?
 酸味に驚いて吐いてしまったけど、飲み込めない程ではない。ゴクリと喉を鳴らして水をコップに入った飲み干す。

「次は、三日月さんですよ……」
「お前に言われなくてもわかっている」

 その三日月さんの具は、缶詰の秋刀魚の蒲焼だった。

「食えないわけではないが……不快な気分が溜まっていくな」

 三日月さんの言うように、決して食べられないわけではないが、絶妙に美味しくないものが増えてきて、胸が悪くなる。
 雰囲気が悪いのも、半分はそれが原因だろう。

「お、おぉおぉぉ! んっぷこはあああ! 食ったぞぉ!」
「理科は……理科はこの程度では負けませんよぉぉぉ!」

 段々と暑苦しいノリで遮二無二口に詰めては吐き気を堪えて飲み込み始めるようになった。
 もう奇人としか思えない形相で食べる小鷹と理科ちゃんに遊佐さんが怯えていた。

「み、皆さんおかしいです! どうして美味しくないものを無理して食べたりするんですか!? これはタコパなのに……」
「だから、初めから遊びじゃないと言ってるだろ!」
「ひいっ!」

 くわっと目を見開いて訴える三日月さんに遊佐さんが涙目になった。
 隣の星奈が遊佐さんを眇める。

「次はアンタの番よ……食べなさいよ」
「え、え……!?」
「食べろよ……」
「もちろん、食べますよね……遊びですもんね……?」
「あ、あ……ふ、藤宮さん!」

 救いを求めるように僕に哀願の視線を向ける遊佐さんに、僕は屈託なく笑った。

「遊佐さん、食べよう」

 その顔は、崖から飛び降りろと言われた人って、こんな顔してたんだろうな、と思わせるくらい悲愴だった。





 その後、残りを全部食べ終えてから、二周目を始めると三日月さんが宣言し、全員が悪乗りして変なものを入れまくり、それをひたすら順々に食べるチキンレースと化し――
 最終的に三日月さんと星奈が盛大に胃の中をぶちまけて、タコパは終了した。
 余談だが、無理やり参加させられた遊佐さんは、終わってから泣きながら帰っていった。
 全てが終わってから、そういえば何で来たんだろうと僕らは首を傾げた。
 二人の吐いた吐瀉物を片付けながら……


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