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No.39311の一覧
[0] 【ネタ】僕は修羅場が少ない[コモド](2014/01/23 22:21)
[1] 僕はぬくもりが少ない[コモド](2014/01/23 22:24)
[2] 僕は何かが少ない[コモド](2014/01/23 22:24)
[3] 僕はタイトルとかどうでもいいや[コモド](2014/01/23 22:25)
[4] 僕は自業自得で友達がいない[コモド](2014/01/23 22:26)
[5] 僕は点数が少ない[コモド](2014/01/23 22:27)
[6] 僕は具材が少ない[コモド](2014/01/23 23:46)
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[39311] 僕は点数が少ない
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/01/23 22:27


 中間試験が行われた。そして今日は順位発表の日だった。
一階の掲示板に全員の順位と点数が発表される、ある意味公開処刑の場に僕は訪れていた。
生徒のプライバシーとか、最近は色々と言われている中でもこの風習を続けているのは、一重に生徒に恥ずかしい思いをしたくないなら努力しろと発破をかけているからだろう。
結果は分かりきっていたが、一応、確認する。見上げると、一番上に星奈の名前があった。
 一位、柏崎星奈。二位、藤宮陽香。この並びを確認して、小さく息を零す。
去年からずっとこの順位を続けている。初めのうちは悔しくて発奮したが、どうにも勝てない。何回やっても微差で敗北するので、今となっては諦めた。
どうあがいても敵わない人はいる。身長が160cmに満たない人がNBAプレイヤーになれないのと同じように、短距離で黒人選手に白色人種、黄色人種が敵わないように、届かないものは確かにある。
綺麗事は嫌いだ。男の僕がちょっと努力すれば、女性の星奈と運動で張り合えてしまうのと同じことだ。運動能力の性差は埋めようがない。けれど、他の全てで僕は星奈に負けている。
劣等感はあるが、今は悔しくないのはなぜだろう。星奈があまりに飛び抜けているからか、いっそ清々しい気分だ。
 僕がらしくない晴れやかな気分に浸っている横で、女生徒が唸っていた。少しうるさい。
 僕がちらりと視線を向けると、彼女も瞳だけを動かして僕を見た。目が合う。すると、彼女が目を見開き、ワナワナと震えた。指さされる。

「あ、ああああああ……っ!」
「? なんですか?」
「ふ、藤宮陽香ッ!」
「はい」

 名前を叫ばれ、返事をした。小動物みたいな女の子だった。ウルフっぽい髪型で襟足は長い。小柄で犬歯が伸びていて、大きなどんぐり目が印象的で、挙動そのものは愛らしかった。
 誰だっけ?

「はいじゃないです! ムググ……何ですか、その余裕たっぷりな態度は。自分が勝者だからって、下の者を見下しているんですね!」
「はい?」
「だから、はいじゃないです!」

 難癖をつけられて、語尾のイントネーションが上がった。またしても怒鳴られる。全身で怒りを表現された。
 授業が終わったばかりの放課後に廊下で絡まれれば、注目も浴びる。ざわつきを感じながらも、仕方なく応じた。

「ごめんなさい。僕、あなたに何かしましたか?」
「何か!? 当たり前じゃないですか! いつもいつもされて……は、いませんでした」

 シュンと肩を落とした。何なんだ。相手にするのも億劫になってきたのだが、不意に顔を上げた彼女は掲示板を指さした。

「で、ですが、屈辱は味わわされています! 見てください、この順位を!」
「いつも通りじゃないですか」

 星奈が一位で僕が二位。入学してから変わらない序列だ。僕が素っ気なく言うと、彼女は地団駄を踏んだ。

「いつも通りなのが問題なのです! 何回やっても、どれだけ勉強しても、柏崎星奈とあなたがワンツーフィニッシュじゃないですか!」
「それがなにかしました?」
「下を! 下を見てください!」

 ブンブンと腕を振り、なおも掲示板を示す彼女につられ、三度掲示板に目を遣る。六位に三日月さんの名前があった。

「あ、三日月さんも頭良いんだ」
「誰ですか!? 違います! 自分が言っているのはひとつ下です!」
「……遊佐葵?」
「はい!」
「誰?」
「ええっ!?」

 愕然と口を開けたまま、固まった。声が大きい。再起動した彼女は僕に詰め寄ってきた。

「自分です! 遊佐葵! 二年三組、出席番号三十三番! 生徒会所属で学年三位の!」
「そうなんですか。三づくしですね」
「はい、遺憾ながら……いや、だから違います! 本当に自分を憶えてないのですか!?」

 難詰され、ちょっと困った。小さいけれど、それでも女の子だ。苦手意識が強い。
 恐る恐る頷くと、遊佐さんは余程ショックだったのか、涙目になって声を荒げた。

「ひとつ前の席で配布物があるときは必ず顔を見合わせるではないですか!」
「前の席なんですか?」

 反射的に驚くと、ますます遊佐さんの顔が悲壮に歪んだ。僕は失言を悔いたが、遅かった。

「し、四月に部活に誘ったのに! テストのたびにあなたたちに負けて万年三位に甘んじてるのに! 体育のときも学祭のときも柏崎星奈に負けないように張り合って……負けましたけれど、一生懸命肉薄したのに! 先日だってソフトボールであなたたちのバッテリーに誰もが三振する中、一人だけタイミングだけは合わせることができたのに! というより、何度もクラスでお話してるのに!
 ま、全く憶えられてないなんて……!」
「え? えーと……ごめんなさい」
「謝らないでください! 余計惨めになるじゃないですか!」

 どうしよう。どう対処していいか分からない。基本的に女子は目立つ星奈以外は、大雑把にその他と区分していたから、顔も名前も記憶にないのだ。
 半泣きで声を張り上げる遊佐さんと僕の組み合わせを、物珍しそうに野次馬が見物している。騒ぎになるのは困る。控えめな立場を演じてきたのに、台無しだ。
 そこに、人ごみを掻き分けて、二学年の頂点が鬱陶しそうに顔をしかめながらやってきた。

「邪魔ったらないわね、このゴミ共は。何してるのよ、陽香。さっさと部活に行きましょう」
「星奈……」
「か、柏崎星奈……!」

 奇しくも学年トップ3が出揃い、星奈に敵意を剥き出しにする遊佐さんに、僕は事態が収集のつかなくなったことを悟った。
 威嚇する小動物みたいな遊佐さんを、星奈は怪訝に一瞥した。

「誰コイツ?」
「はうっ!?」

 会心の一撃が炸裂した。胸を撃たれたようにふらつく遊佐さんだが、すんでの所で堪えた。気丈に立ち向かう。

「ゆ、遊佐葵です! 同じクラスの!」
「そうなの? 芥子粒ほども興味ないから全然憶えてなかったわ」
「あぅあぅあああ……!」

 無常にも容赦ない星奈の言葉が突き刺さってゆく。煽りでも何でもなく、事実なのだろう。
 言動からして、遊佐さんは一方的に僕らにライバル意識を懐いてたようだが、まさか歯牙どころか存在すら認識されていないとは思っていなかった筈だ。
 打ち拉がれる遊佐さんは、口を戦慄かせて、地獄の底から絞り出すような低い声を出した。

「ウグググ……こんな屈辱は生まれて初めてです。容姿だけならまだしも、勉強も運動も家柄も、果てにはその両者が友達同士で自分をコケにして、藤宮陽香に至ってはかっこいいカレシまでいるなんて……!」
「え? 友達に見える、あたしたち?」

 僕に寄り添い、肩に手を置いて、高揚した面持ちで言う。やはり僕が男だということは失念しているらしい。
 ――いや、その後に何かとんでもないこと言ってたような。

「はい……クラスの男子も綺麗所が仲良くしていて嬉しいと言ってました」
「あ……デヘヘヘェ。そっかあ、友達に見えちゃうかぁ」
「すいません、カレシって誰のですか?」

 頬に手を当ててトリップする星奈は置いておいて、スルーしてはならない言葉が出た。僕に彼氏? 何の冗談だ?

「藤宮陽香に決まっているではないですか。カレシいない歴=年齢の自分にわざわざ言い直させるなんて、何て酷いことを」
「僕、彼氏なんていませんよ」
「恍ける気ですね? あんなにかっこいいカレシがいて平然と嘘をつけるなんて、大した面の皮です」

 やさぐれているのか、埒があかない。

「その彼氏って誰のことですか?」

僕は語調を強めて言った。遊佐さんは斜め上を見て、

「コダワリのある金髪にズボンの裾を上げてオシャレをしている、眼力のあるカッコイイ男子生徒です! 自分のカレシを他人に評価させるなんて、どれだけ自信があるんですかっ!」

 確信した。小鷹だ。横の星奈がドン引きしていた。

「あれのどこがオシャレなのよ……眼力は、言い方を変えればそうね。でも、カッコイイ……?」
「顔立ちは整ってる方だと思うよ」
「良く見ればね。……てか、何で陽香が小鷹の彼女になってるのよ!」

 怒鳴られ、仕方なく思考を巡らせた。思い当たる理由は、けっこうあった。

「幸村くんの時に小鷹をストーキングしたり、ちょくちょく二人の教室に遊びに行っていたからかな」
「なにやってるのよバカ! 良い? 小鷹と絡むだけで悪評が立つんだから、公の場でアイツと話すのは止しなさい。これ以上、陽香が有象無象のオモチャにされるのは我慢できないの」
「星奈だってみんなに色々言われてるじゃない」
「あたしはいいのよ。塵になに言われても気にしないから。問題は陽香よ。アンタは繊細なんだから……ゴミクズの分際で陽香を傷つけるようなことがあったらタダじゃおかないわ」

 僕も、別に気にしないのだけれど。反駁しようとしたが、星奈の声と表情から真摯に僕を心配してくれているのが伝わってきて、口を閉ざした。
 ほんの少し、嬉しかった。女の子にこんなことを言われたのは初めてだったから。

「じ、自分は蚊帳の外ですか?」

 小さな手を握りしめて歯軋りしながら、遊佐さんが言った。僕は、場を弁えていないが、この状況に感動していた。
 もしかして、これは内輪ネタというものなのかな? これも初めての体験だ。
 僕が胸にじんわりと沁みる感動に浸っていると、星奈が興味無さげに遊佐さんを一瞥した。

「アンタ、まだ居たの?」
「本当に忘れていたんですか!? ヌグググ……! 何て鬼畜外道! 見てなさい、期末考査では自分が一位になってみせますから!」
「一位ねえ……」

 星奈が順位表を見上げた。星奈が897点、僕が891点、遊佐さんは851点だった。四十点以上の差がある。
 視線を遊佐さんに戻した星奈は、

「――ハッ」
「鼻で笑われた!?」

 見てるこちらが引くくらい冷酷な態度で挑戦状を一笑に伏した。普通、青春物語だと、こういう時は、「受けて立つぜ!」とか熱い遣り取りがあるはずなんだけど。
 相手にすらされていない遊佐さんは半泣きで喚き散らした。
 二人は忘れているが、ここは廊下だ。現在も部活に向かう生徒や帰宅部の人たちで溢れかえっている。
 そんな場所で女の子三人が騒げば、注目を集めるのは当然なわけで、

「どうしたどうした? 賑やかじゃないか。青春してるな、お前たち!」
「日向さん!?」

 またしても人混みを掻き分けて現れた闖入者に、僕たちはさらに混然としてきた。どうやら遊佐さんの知り合いらしい。

「誰よ?」
「何で知らないんですか!? ウチの学校の生徒会長ですよ!」

 星奈が僕の気持ちも代弁してくれた。あ、そうだったんだ。ということは上級生か。
 星奈の失礼な言動にも気にすることなく、生徒会長は端正な顔立ちを歪ませて豪快に笑った。

「くはは! 下級生に顔も憶えられていないとは、まだまだ私も未熟だな! 
 生徒会長の日高日向だ。葵が迷惑をかけて済まない。コイツがなかなか生徒会室に来ないから探しに来たんだが、道行く生徒に同級生と喧嘩していると聞いてな。
 すっ飛んできたんだ」
「あ! す、すいません日向さん……でも、本音は業務をサボりたかっただけでしょう?」
「生徒が揉め事を起こしたら解決するのも生徒会長の仕事だ! さぁ、不平不満があるなら私に言え! 全身全霊で解決してやるぞ!」

 豪胆な人、というのが第一印象。よく通る澄んだ声は心地よく耳に響き、活力に満ちた大きな黒曜石めいた瞳は、真っ直ぐな心根をひけらかすようだった。
 言うまでもなく苦手なタイプで、基本的に人に疎まれる僕と星奈は、生徒会長で人望も厚く、加えて熱血な彼女に腰が引け気味だった。

「そんなのないわよ。あっちが先に喧嘩売って来たんだし」
「む、そうか。うちの者が失礼した。済まなかったな」
「わわ、日向さんが謝る必要は……!」
「身内の粗相は私の責任だ。筋は通さなければならない」

 遊佐さんに代わって謝罪する生徒会長に星奈が引いていた。
 これは一見、生徒会長が格好良く見えるが、やってることは下の者の責任を明確にして晒し者にしているに過ぎない。
 結果的に自覚を促し、成長に繋がるなら良いが、裏目に出て潰れてしまう可能性もある。まあ、正しいなんて誰にも判らないのだから、批判もできない。結果論になる。
 遊佐さんは反省したのか、俯いた。よくよく考えたら、彼女が悪いのかも不透明なのだが。

「き、気にしてないから、謝らなくてもいいってば」
「そうか! なら、これで仲直りだな!」

 一転して笑顔になり、生徒会長は僕らと遊佐さんを見比べた。星奈が口元を引くつかせて水を差す。

「直るような仲じゃないわ。お互い面識すらなかったもの」
「去年から何回も話してますよ!?」

 あの星奈が押し負けるってよっぽどだな。悪意を持たずにグイグイと懐に入ってくる人が初めてだったからもしれない。
 生徒会長は、ほうほうと顎に手を当て、関心が深そうに視線を行き来させた。

「ならば、今から友達になればいいんじゃないか。うん、そうだな。それがいい!」
「なに言ってるんですか、日向さん」
「生憎だけど間に合ってるわ」
「僕も遠慮しておきます」

 三人同時に拒否すると、生徒会長は顔を曇らせた。ため息混じりに遊佐さんの肩を叩く。

「だ、そうだ。残念だったな、葵」
「勝手に言い出しておいて、自分が振られたみたいな感じにしないでください!」

 ギャーギャー吠える遊佐さんとそれをあやす生徒会長を眺めていた僕たちは、コントについて行けずに立ち尽くしていた。
 そろそろ部活行かないと。星奈に進言しようと思ったら、生徒会長が僕らをジロジロと値踏みするように見つめてきた。
 星奈が憮然となる。

「なによ」

 年上でも敬語を使う気は一切ないらしい。懐の大きな生徒会長は気に留めることもなく、得心してポンと手を叩いた。

「あぁ、何か見覚えがあると思ったら、お前たちが葵の言っていた凄い奴らか。葵が一回も勝てないと生徒会で嘆いていたぞ」
「わあああああ! 何で言うんですかーっ!」

 愚痴っていたのか。如何にも女の子らしい。女の子は秘密が大好きだけど、秘密を守ることはできない。
 生徒会長の周りをピョンピョン跳ねる遊佐さんが、恒星の周りを廻る惑星みたいで滑稽だった。
 喚く遊佐さんに動じることなく、生徒会長は口を開いた。

「聞けば文武両道、何をやらせても一位、二位になるそうじゃないか。優秀な生徒は大好きだぞ、私は」
「ふっ、当然でしょう。凡俗とは格が違うのよ」

 ドヤ、と腕を組んで胸を張る。豊かな胸元が強調され、男子の雄叫びが耳を突いた。
 生徒会長がフム、と相槌を打つ。

「なら、その優秀さをうちで活かしてみないか?」

 え? と、三人が口を揃えた。初めて意見が一致した瞬間だったかもしれない。
 真っ先に立ち直ったのは生徒会長の奇行に日頃から付き合わされている遊佐さんだった。

「こ、この二人を生徒会にって――」
「嫌か? 能力のある者は相応の役職でそれを活かすべき、とは葵の考えだったろう」
「それは、どうですけど」
「あたしは嫌よ。もう部活には入ってるし、何より面倒臭い」

 にべもなく星奈が断った。きっぱりとし過ぎて、取り付く島もない。生徒会長も期待はしていなかったのか、あっさり「そうか」とだけ頷いた。僕と目が合う。

「そっちの大人しい子はどうだ? キミなど、ウチの火輪と気が合いそうなんだが」
「僕は……ええと、遠慮しておきます」

 面倒だという思いもあったが、それ以上に僕が入ることで悪評が立つ懸念が先に立った。
 迷惑をかけるのも忍びなかったので頭を下げて丁重に断っておく。流石に星奈のように振る舞える度胸は僕にはなかった。
 生徒会長が眉尻を下げる。

「全滅か。葵、私も振られてしまったよ。同性でこれなら男性に告白して振られたら、もっと辛いんだろうな」
「公衆の面前で振られたのに自分を巻き込まないでください」

 額に手をあて、嘆く素振りを見せる生徒会長にどことなく辛辣な遊佐さん。いつもこんな感じらしい。
 やれやれと肩を竦めた彼女は、再び毅然とした面持ちで僕らに向き直った。

「ま、興味が湧いたらでいい。生徒会室に来てくれ。人手が少なくて困っているからな、いつでも大歓迎だ。皆も騒がせて済まなかったな」

 破顔してギャラリーに声をかけ、遊佐さんを伴って去ってゆく。強烈で嵐みたいな人だった。
 ギャラリーが疎らになってからも、何となく立ち尽くしていた僕らだったが、唐突に星奈が低い声で呟いた。

「なんかムカつくわ……」

 それは、優れている故の同族嫌悪なのか、日陰者としての妬みなのか。僕としては久しぶりに浴びた陽の光に眩暈を起こした気分だった。
 眩しくて、あんなところにいたら蒸発して死んでしまう。暗くてジメジメしている陰影が、やはり僕には似合っているようだ。

「いやー、青春してるねえ、君たち」

 げんなりとしている僕らの所に、また誰かがやってきた。コーラの缶片手に尻を掻きながら悠々と歩いてくるのは、担任のケイト先生だ。似ていると思ったが、どうやらマリア先生の姉らしい。
 下品なところまで似なくてもいいのに。

「見てたんですか?」
「うん。いいんでない? わたしは好きだよ、今みたいなやりとり。喧嘩も生徒会も、青春してるって雰囲気ビンビンじゃん」

 最初から見ていたらしい。止めてくれとも思ったが、シスターのくせに怠惰な空気が漂うこの先生に言っても無駄な気がした。
 この人、中身は不良中年だし。

「藤宮ちゃんは普段から色々と抑圧してる感じあったからねえ。何かに打ち込んだりして発散するのは良い事だよ。人間、溜め込むのは疲労とストレスだけだからね。
 最近、溜まってんじゃないのかい、ん?」
「生徒のお尻触りながら言うセリフじゃないですよ」

 自分の尻を掻いていた手で今度は僕の尻を揉む。やっぱり親父だった。星奈が無言でその手を叩いた。
 悪びれもせず、ケイト先生はコーラに口をつけた。

「おっと、失礼。まぁ減るもんじゃないし、いいじゃない」
「自尊心が減るらしいです」
「初体験は済ませたの?」
「それ以上言うとクビにするわよ」

 セクハラ発言が止まらないケイト先生に星奈が睨みを効かせた。流石に理事長行きは堪えたのか、ケイト先生も自重したようだ。
 あのコーラ、アルコールが入ってたりしないよね?

「あはは、怒られる前に退散しようかな」

 ケラケラと笑って背を向ける。直後、ボフッと女性が人前でしてはならない音が尻から出た。ガスと共に。

「おぉっと。屁が出た。ジェットエンジンってね」

 恥じらいなどあるはずもない。途中で盛大にゲップまでして、高笑いの残響を轟かせながらケイト先生が去っていった。

「本当にクビにしようかしら……」

 間近で放屁を浴びせられた星奈が碧眼を眇めながら呟いた。
 この学校の美人は、みんなどこかおかしい。




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