あたしメディアさん。今、貴方の隣にいるの。
さて、先ほど出会った根暗な男モーゼ。この人殺しは現在、指名手配されているようで、橋の上では兵士たちが彼を探し回っている声が聞こえる。
そこで私は彼にすばらしいAMZONESのダンボール箱を与え、彼が隠れるのを支援してあげたのだ。
旧約聖書の歴史がまた1ページ。
そうして私たちは今、水路にかかる土色の石橋の傍にて、ダンボールを被りながら身をかがめ夜を待っているのである。
で、それまで暇なので、おしゃべりなどをしていると、彼は私がそこまで聞いていないにも関わらず、罪状どころか生い立ちまで話し始めた。
正直、眠い。
「私はヘブライ人の奴隷の子として生まれたのです。母は私をエジプト人から隠そうと努力しましたが、赤ん坊の泣き声を完全に隠し通すなど無理な話だったのです」
エジプトのファラオであるセティ一世は、シリア遠征などを経て多くの戦争奴隷を獲得し、エジプトにもたらした。
その中には当然、ヘブライ人たちも混ざっていた。そうして大量の戦争奴隷がエジプトに労働力として流入したわけである。
とはいえ、奴隷だってご飯を食べる。養える奴隷の数は有限なのだ。ファラオは戦争奴隷たちが無制限に増えていくのを嫌い、出産制限を命ずることとなる。
しかしまあ、人類の本質は「産めよ増えよ地に満ちよ」であるので、ルールを設けようとも生まれるものは生まれるのだ。
マイナスよりもプラスが上回るその種族特性こそが人類の強み。まー、だから、洪水起こしてキレイキレイしたくなるのである。
多いという事はそれだけで気色が悪い。
「母は私をパピルスの小舟に乗せ、ナイルの流れにその運命を任せたのです」
育児放棄ともいう。女装させて育てればよかったのに。母の教えは「貴方はスカートです」でした。
「しかし、その小舟を拾ったのが、たまたま水浴びをしていたファラオの王妃でした。彼女は私を養育することとし、私は王宮にて王子であるラムセス2世と共に幼年期を過ごし、多くを学び、今に至りました」
なんと短い貴種流離譚。鬼が島で鬼退治とか、あとは針を使って鬼退治とかしないのだろうか?
一転の勝ち組み人生。わかりやすい主人公補正である。
しかし、それを棒に振るあたり、米帝を裏から操る国際金融ユダヤ人というのは本当にアカン連中やで。
「確かに私を後見したのは王妃でした。しかしながら、私の乳母となったのは私の実の母だったのです。私は王宮にて育ちながら、ヘブライ人として育つこととなったのです」
ちゃんと監督しろよエジプト人。つーか、王宮でヘブライ人教育とかマジで命知らずだな。
そもそも、それが全ての間違いだったんじゃないだろうか。
民族主義ほど厄介なものはない。バルカン半島とか二十世紀後半あたりからの私の故郷グルジア周辺とか見ると、本当に切実にそう思う。
昨日まで喜びを共にさえしてきた良き隣人は、私の祖父が彼らに理解できない言葉をしゃべっていたというだけで、私に銃口を向けてきました。
「戦争奴隷とはいえ、あの男は同胞であるヘブライ人を虐待していたのです。私はかっとなって男を殺してしまいました。私は彼を逆さまにして砂に埋めましたが、それをヘブライ人の男に見られていたようなのです」
かっとなってとか、気が短いなこの男。ヘブライ人たちの神は彼の罪を問わないかもしれないが、エジプト人の神々は許さないだろう。
さて、その被害者の遺体なのだけれど、風によって砂が飛ばされ、砂に頭を下にして逆さまに埋めた遺体は発見されてしまう。
砂の中から足だけ天に突き出して発見されたスケキヨ遺体はさぞシュールだっただろう。
同胞のヘブライ人による密告は既になされたらしい。おそらくは懸賞金目当ての密告に違いない。
ファラオであるセティ1世はそもそも王妃がヘブライ人を養育することを良く思ってはいなかったらしく、これ幸いと懸賞金を掛けたのだ。
「それでどうするんです?」
「私はこの地を離れようと思っています」
2つのダンボール箱が水辺で向かい合い話し合う。スケキヨ的な遺体もシュールだが、今この場で展開されるシーンも十分に滑稽である。
「しかし、あちらこちらで検問が作られ、どうにも逃げることが出来なさそうです。神々の加護があったとしても、難しいかもしれません」
「神々?」
「はい」
「え、お前らの神様1柱だけじゃないんですか?」
「何の話ですかそれ?」
「え?」
「え?」
私は箱の中で豆鉄砲を喰ったような表情となっているだろう。え、セム一神教だよね。神様一つだけだよね?
「確かに私は雷神ヤハウェを主に信仰していますが、ヘブライ人は他にも天空神エロヒムなど多くの神々を信仰していますよ」
「えー」
どうやら、この頃のユダヤ人どもは多神教だったらしい。
エロヒムは基本的にはウガリット神話の最高神イルを起源とし、あるいはメソポタミアの主神アヌと同じルーツを有している神らしい。
対するヤハウェは嵐や雷を司る荒ぶる神であり、そのルーツはウガリット神話の嵐の神バアルにある。
ちなみに、バアルは蠅の姿をした悪魔ベルゼブブの元だったりするから皮肉が効いている。
バアル・ゼブル(崇高なるバアル)をもじって、バアル・ゼブブ(蠅のバアル)にしたのだとか。
エロヒムは天空神として当初は最大の権能と神々の王としての地位を有していたが、そのうちに人気が衰え、ヤハウェにその地位を明け渡すことになったそうな。
この二つの神はバビロン捕囚を経て一つの神に融合するわけだけれども、旧約聖書のオリジナルに近いテキストにおいてはこの二つの神の性格の違いが表れているという。
慈悲深い神としてのエロヒム、怒りや嫉妬深い一面を示すヤハウェ。
このため、後の聖書では神の二重人格じみた性質を見ることになるわけである。
まあ、聖書の歴史なんて改竄の歴史と同義であるし、後世に創作されたエピソードが勝手に付け加えられて正典扱いされるのは当たり前なので、さほどおかしくない展開ではある。
誤字脱字の果てに意味の分からなくなった原文を修復するため、書記が知識を駆使して意味の通る文章にしました的な。
意味は通ったが、本来の教えは失われているというオチ。人の子とはかくも愚かなのである。
それはそれとして、この犯罪に対する報いがない聖書ってどういうことなの?
「まあ、お話は分かりました。アナタは有罪です」
「なっ、私は同胞を助けようと!」
私の結論に慌てたような声でモーゼが反論しようとする。いや、でも、お前、人殺しだから。
「もしその奴隷の主の行為が行き過ぎていたのだとしても、アナタはまず説得を試みるべきだった。アナタは王太子の学友だったのだから、多くの権限を行使できたはずです」
「……そ、それは」
「アナタは十分な資産を動かせる地位にあったはずです。なら、奴隷の待遇を買うことも出来たでしょう」
「しかし、それで救われるのはあの奴隷だけで…」
「アナタの行為で救われたのも、結局はその奴隷だけですよね」
本当に人間ってバカばっか。
考えたらわかるだろうに。
確かにその奴隷の主人は目に余る虐待をしていたのかもしれないが、しかし現状それは法的には合法だったのだろう。
であるなら、この男は多くの人間を説得し、奴隷の待遇改善を目指すべきだった。あるいは法にまで働きかけ、奴隷の扱いに関する法を王の口から制定させるべきだった。
この男にはそれが出来るだけのコネクションがあったはずなのだ。次代の王たるラムセス2世、王妃。王宮に住んでいたのなら、他にもツテはあったかもしれない。
「アナタが殺した男にも家族がいたはずです。もしかしたら、男は奴隷には厳しくとも家族には良き夫、父、息子であったかもしれない。なら、アナタはその家族に対してどのような贖いをするのです?」
戦争奴隷に厳しく当たったのはエジプト王国という社会であり、モーゼが殺した男はそのごく一部、構成員に過ぎない。
奴隷の扱いに異議を唱えるならば、その対象はエジプト王国そのものに対してでなければ意味がない。奴隷の主人は王国の常識に基づいて行動したに過ぎない。
これは完全なボタンの掛け違いだ。本来報いるべき相手を間違えている。
別の誰かによってもたらされた罪が、全く別の人間に罰として降り注いだとしたら、それは単なる罪の連鎖、呪いの拡散に過ぎない。
「良いですかヒトの子よ。人は人を裁くことはできないのです。罪の所在が常に行為者のみにあるわけではないのです。罪の裁きは神の領分。人が裁くのは、秩序を乱し、法を破った犯罪に対してのみなのですから」
ちなみにヘラクレスさんがやった場合は無罪です。いいね。
「わ、私はどうしたら…」
「そうですね…」
さて、どうしようか。
ここで彼を助ける。
↓
旧約聖書に私の素晴らしい行いが記述される。
↓
信仰が増えるよ! やったね、メディアちゃん!
げへへ。これは徳ポイントを稼ぐ絶好の機会。ここでセム一神教に取りいって、ゼウスへの牽制に使えればなお良し。
「神は言っている、ここで死ぬ運命ではないと」
「え…?」
「私はコルキス王国の王女メディア。貴方は未来、シナイ山にて、この世界の行く末に影響を与える重要な出来事に、運命に出会うでしょう」
ちなみに、運命に出会うのは夜と相場が決まっている。私は邪悪な愉悦に浸りながら笑みを浮かべ、モーゼに語る。
顛末をある程度知っているからこその超ハッタリ。
「貴方はこの罪を贖う役割を与えられるでしょう。その時が来るまで、貴方はここで死ぬ運命ではない」
「私の運命…」
「そうです。よって、私が貴方をエジプトから逃がしましょう」
「貴女はいったい…」
「私はただの魔女ですよ。フフーフ」
ここで旧約聖書に魔女の助けがあったなんて記述があれば、もしかしたら魔女狩りの受難に遭う人々の数が減るかもしれない。
まあ、あいつら、勝手に文章変えたり解釈変えたりするから、どの程度の効果があるかはしらないけれど。
すると、唐突に近くで知った声が。
「も、申し訳ございませんゼウス様、メディア姫めは必ずすぐにでも…」
「ふむ…、やはりメディアはもうこの街には居ないのかもしれぬ。ふっ、この我を出し抜くとは大した女ではないか。はっはっは」
小物臭しかしない元ゲス男の幼女と、威厳溢れる魅惑的なショタ声の少年の声。タイミングが悪い。私は慌てて押し黙る。
しかし、ぺリアスめ、完全にゼウスに取り入ろうとしてやがる。あの幼女は後で腹パンの刑に処すべきだろう。
とはいえ、私はこの場は忍ぶことを優先する。しかし、同時に車輪がガタゴト鳴り響く音がおそるべき速度で後方から近づいてきた。そしてっ、
「ぬおっ!? 危ないではないか! この我を誰と心得る!!」
「な、なんと乱暴な運転であるか」
という声と共に突風が吹き荒れた。かぶっていた段ボール箱が吹き飛ばされ、四つん這いの私たちの姿が太陽の下にさらされる。
「あ」
「お?」
ギャリギャリと車輪が道をドリフトして滑る音。私と馬車に乗る男の視線が交わる。厄介ごとに溢れた運命的なものを感じた。
同時に向こう側から送られる主神様の視線も感じる。クソ。
それはともかく、馬車の男だ。馬車は金銀宝石をふんだんにあしらった豪華なもので、両隣には褐色の美人を抱き寄せるように同席させている。
リア充爆ぜろ。
男は20代後半の色黒の美丈夫で、身に纏うものも金銀のアクセサリー。おおよそ一般人には見えず、何よりもその身に纏う空気には覇気すら感じ取れる。
男は道にペタンと座り込む形で見上げる私を上から下に舐めるように観察する。そして、
「…美しい」
男が不穏な一言を呟いた。
「なんという美しい娘だ。銀色の髪、真珠のような肌、憂いを秘めた瞳。娘よ、この俺の妾にならないか?」
男はイケメンスマイル、奥歯をキラリと輝かせる歯が命付きで私の手を取ろうと腕を伸ばした。イケメンは絶滅すれないい。
「あ、兄上っ」
と、ここでモーゼが声を上げた。兄上ってことは、つまり王族ってか、あー、大体コイツが何者なのか見えてきた。
やだ、ものすごい厄介なのにまた目を付けられたし。
美丈夫はモーゼに気付くとオーバーに両手を広げて馬車から降りると、モーゼに歩み寄った。
「おお、モーゼではないか。あまりにも美しい娘を見つけたせいで、周りが見えなかった。すまないな」
「いえ…」
「そう心配するでない弟よ。確かに父上はお怒りだが、この俺が説得してみせよう。なに、この次代の王たるこの俺に任せれば悪いようにはしない」
いい兄貴じゃないか。ただしイケメンは爆ぜろ。
次期ファラオのこの男が弁護すれば、あるいはファラオであるセティ1世の判断も曲がるかもしれない。
そう、このイケメンこそが古代エジプト王国にて最も偉大とされたファラオ、建築王ラムセス2世である。
今はまだ王位には就いていないものの、此度のエジプト観光の際には彼についての多くの噂を耳にしていた。
建築に深い造詣を持ちながらも、将としての才能も有し、また戦士としては一流とされる大王だ。
まあ、カデシュでは負けたのだけど。壁には勝ったなんて強がって書いてるけれど、実際には負けたのだけど。
そしてラムセス2世は再び私に向き直る。
「さあ、娘よ。返事を聞かせてもらおうか」
「そこまでにしてもらおうか人間」
だが、そんな王子の言葉を遮る声が。その正体は若作りショタ主神。案の定、話に割り込んできた。
これ、前門の虎後門の狼って奴じゃないですか。やだ、前から後ろからとかエロい。つか、逆ハー展開とか視聴者は望んでいませんので。
二人は視線を交わし、互いが油断できない相手であると認識し合う。
「なんだ、ガキは黙って見ていろ」
「くっくっ、この我の真の姿を知らぬとはいえ、無謀な物言いだな」
「どこの神かは知らんが、このエジプトでこの俺と対峙する愚かさを身を以て知ってみるか?」
「いいだろう若人。この我の雷霆にひれ伏すがいい」
何この人たち、血の気多過ぎ。野蛮すぎて文明人アイドルのメディアちゃん、ちょっとついていけない。
まるで雌を巡り争う野生動物の雄同士のように牽制するような睨みあい……、ああ、そのままの話でしたね。本当にアニマルな連中です。
「どりゃぁぁ!!」
「ふんがーっ!!」
まずは拳の応酬でから始まった。流石後世に名を残す両者、願いを叶える龍玉を探すマンガのZ版みたいな戦いが始まった。
つか、拳で衝撃波とか止めてください。周りに迷惑ですから。
暴風が吹き荒れ、屋台のテントはめくり上がり、砂埃は舞い上がり、女の子のスカートもめくり上がる●REC。
「ぐふぁっ!?」
「ごぉ!?」
あ、クロスカウンター。
少年の姿だった主神様はその変身を解いて、筋肉ムキムキのジジイの姿となっており、ラムセス2世と綺麗に腕を交差させる形で互いの頬に拳を叩きつけた。
二人は少しよろめき、口から一筋血を流して、互いに後ろに下がる。
「ようやくその若作りを止めたか」
「やるな小僧。少しばかりは認めてやってもよいぞ」
あれ、この話、いつの間に少年漫画みたいなバトルものに変わったんだろう。メディアちゃんマジ困惑。
「いいだろう、少しばかり我の力を見せてやる。後悔するなよファラオの息子よ」
「くっ、ならば俺も力の一端を見せようか。このエジプトの地で未来のファラオを敵に回した事を後悔するがいい!!」
ジジィゼウスが肉体から放電を始め、強烈なオーラ的なものを体から吹き出し始める。人間相手に大人げないなこの主神。
対するラムセス2世は太陽を見上げ、両手を大きく広げて祈りの言葉を声に出し始めた。太陽神ラーを讃える言葉。
「おおっ、我が神ラーよ。どうか貴方が創造した次代のファラオたるこの私に力を!!」
すると、彼の背後にて強大な神気が唐突に湧き上がった。それは徐々に形を為し、ハヤブサの頭を持つ巨大な人型へと具現化する。
それはエジプト神話最高神ラーのアヴァターだった。太陽神ラーはゆっくりと世界を見下ろし、そして口をひらく。
「ふがふが…、イシスさんや、お昼ご飯はまだかの~?」
「ただのボケ老神じゃないですか!!」
思わず突っ込みを入れた私は悪くない。つーか、私を見てイシスとか呼ばないでほしい。
「おおラーよ。昼餉は先ほどお供えしたではないですか」
「んんっ、そうじゃったかの。ところで、お主は誰じゃ」
「さっきも交信したではないですか我が神ラーよ。貴方の創造せし者、ラムセス2世です」
「おー、おー、お主か。少し見ない間に背が伸びたんじゃないのか?」
ダメだこの太陽神。
ボケてるって話は噂では聞いてたけれど、流石にこれはない。つか、オムツつけてやがるし。
太陽神ラー。実のところ、その後半の在り方は酷いものだ。ボケて涎を垂らしてるところで、イシスにその涎を採取され、魔術に用いられ、真の名をイシスに教えることになった。
後はそのまま神の王の座から転落である。まあ、ボケ老神に従わなければならない神様の不満もあったのだろう。
そうしている間に、おやつに釣られた太陽神ラーがラムセスへの助力を受け入れた。もうそれ以上、神様の威厳を損なうのは止めて。
ラーの依り代となり、強烈な光輝を放ちだすラムセス2世。手のひらを反してかかってこいとジェスチャーを。
対するゼウスはボディービルのように筋肉アピールのポーズをして私にウィンクをした。止めてください吐きそうです。
そして、準備が整ったのか、ギリシア最高神と(元)エジプト最高神の超バトルが開始される。
雷撃が舞い、火球が撒き散らされる。そしてぶつかり合う拳はTNTに換算して数トン。これ、放っておいたら街が大変なことになるんじゃ…。
私の目から輝きが失われ、諦観していると、ここでいきなり別の神様に話しかけられる。くちばしの長い鳥、トキの頭をした神様だ。
「えっと、手伝ってもらえます?」
「貴方は?」
「あっはい、自分、トートという者です」
丁寧に名刺を渡される。私は慌てて懐から名刺入れを取り出して、名刺交換をする。いやぁ、名刺はリーマンの基本的な装備ですからね。
「これはこれはご丁寧に、ほお、コルキス王国の姫君でしたか」
「いえいえ、私などギリシア神話の末席にすぎません。エジプト神話最大の賢者であるトート神様に会えるなんて光栄の至りです」
智慧を司る神々の宰相トート。智慧に加えて暦と魔術を司り、太陽神ラーの右腕として活躍する最上位の神だ。
だけど、なんかその表情は苦労しているというか、疲れた感じ。あ、わかります。あーゆー上司がいると困りますよね。
「では、一仕事してから手伝いましょう。人の子モーゼよ、今のうちに東に行くのです。そこで貴方は第一の出会いを得るでしょう」
「め、メディア姫、貴女はどうするのです?」
「私はこの争いによって苦しむ民草を救わねばなりません。これは貴方には出来ない事です」
「おお、なんという…」
モーゼが私に尊敬の眼差しを向けている。つーわけで、さっきからこっち見ているヤハウェさん、ちょっと便宜図ってもらえませんかね。
え、OK? よっしゃ、これで勝つる。
「分かりましたメディア姫、このご恩は決して」
「ええ、ではその箱は貴方に差し上げましょう。たとえ悪魔からでさえもその姿を隠し通す魔法の箱です」
「分かりました。この箱はヘブライ人皆の宝といたし、例えば神から何かを賜った時などはこの箱に入れて後世に伝えましょう」
そうしてモーゼはAMAZONESのダンボール箱を被ってこの場を後にする。
よかったよかった。これで私の名前も前向きな形で歴史に残るというものである。…あれ?
「あいつが神様から賜るものって確か…、え、じゃあ、それをあの箱の中に入れるってことは……、やっべ」
その事実に気づき、思わず私は口を覆ってしまう。なんてこった。つまりあれを巡って、将来、エキセントリックなアメリカ人考古学者とナチスが争うのか。
うん、まあ、そうなったらそうなったで仕方がない。私は悪くない。気を取り直し、私はトート神に向き直った。
「さて、お手伝いいたしますね」
「助かります」
「いえいえ、お互い様ですから」
ボケ老神とエロ主神の頭上での超バトルを横目に、私とトート様は壊れた建物とか死にかけた一般人の治癒などに奔走する。
なんで今のうちに逃げないって? そりゃあ、あれですよ。ヤハウェにもわたりを付けられましたし、トート様とのコネクション重要ですから。
トート神は女神イシスの魔術の師をしていたほどの神であり、ヘルメス・トリス・メギストスのルーツとなるほどの存在だ。
この辺りのコネがあれば、ゼウスもエジプトの地で好き勝手に私に手を出してはこないだろう
しかし、流石は2神とも人類を一掃しようとした前科もち。民草には一切の容赦がない。だから信仰が薄れていくのだ。
ギリシアでもゼウスはそれなりに敬われていたけれど、後代に入るとその好色ぶりが仇となって人気が衰えていく。
まあ、女神アテネの方が可愛いし処女だしで仕方ないよね。童貞はみんな処女厨だし。男はみんな、一度は童貞だったわけだし。
エジプトのラーはホルス神とオシリス神の人気が出て、最後には王座から引きずりおろされている。
「メディア、私も手伝おう」
「自分も手伝うのである」「手伝う」
おお、アタランテちゃんもイカロス親子も手伝ってくれるようです。持つべきものは友達だなあ。
「ぺリアスは?」
「そこでのびているな」
幼女は気絶していた。うわ、マジでコイツ役にたたねぇ。
「しかし、こう暴れられては追いつかないな」
「ですねぇ。誰かあの神話災害止めてくれないでしょうか。ああっ、こんな時にヒーローが颯爽と出てきてくれたら!」
とはいえ、喧嘩しているのは相当の力を有した神々だ。私程度ではとてもじゃないが介入できない。
しかし、
『おっけー』
どこからともなくそんな声が聞こえた。唐突に暗雲が立ち込めはじめ、その異常にゼウスとラーも天を見上げた。
そして雲の割れ目から現れたのは…、
「………」
それは、無言の圧力だった。しかし、その圧力には物理的な強制、作用すら感じさせる。神々しい姿だった。
「メジェド君、オリシスあたりに言われて出てきたかな?」
逆さまにした真っ白な袋を被り、すね毛の生えた両足だけを突きだしたシンプルな御姿。袋には切れ目の長い目があり、涼やかな瞳で争う2神を見つめる。
そして、その瞳から突然、電撃じみた見たことも聞いたことも無いエネルギービームが放たれ、暴れまわる2神を襲った。
「「あばばばばっ!?」」
「仲良くね」
2神を物理的に黙らせると、彼はそう言い残し、ゆっくりと天上へと登っていく。
風が吹いた。
ピラリと彼が身に纏う衣の裾が風にあおられた。そして、ちょっと見えた。
「すごく…大きいです」
「さて、このまま君がここに残っているとエジプトがまた騒乱に巻き込まれてしまうね」
「す、すみません」
「ああ、いいよ。責めているわけじゃない。彼らはいつだって理不尽だからね。それに、今回はラーのバカの責任でもあるし。助けが必要なら呼んでくれ」
「ありがとうございます」
エジプトの魔術の神の連絡先アドレスを手に入れた。やったねメディアちゃん。
「じゃあ、今日はありがとう」
「え、でも、まだ全部終わってませんけど」
周囲はまだ瓦礫の山だ。民衆の記憶操作だって完全じゃない。魔術の神との共同作業はとてもいい経験なのだけど。
「君には迎えが来ている。ほら」
トート様の言葉に促されて振り向くと、メイド服姿の少女がこちらに向かって走って(?)くる。
「メディアさまー! うわぶっ!?」
そして、まるで定められていたかのように、何もない場所でつまずき転んだ。
「スキュラじゃないですか、大丈夫ですか」
「えへへ、メディア様は優しいなぁ」
手を差すと、メイド少女がほわほわした感じのゆるい笑顔をこちらに向けてくる。昔ちょっとした事で知り合った女の子、スキュラだ。
伯母にあたる魔女キルケ―に呪われて化け物の姿と凶暴な性格に変わってしまったのだけれど、以前、釣りをしていた時にたまたま引っかかったので、呪いを解いてあげたのだ。
「それとスキュラ、スカートから触手が覗いてますよ」
「はわわっ、ご、ごめんなさいっ」
慌ててスキュラがスカートから出ていた触手を仕舞い込んだ。
ちゃんと人間の足に戻してあげたのだけど、たまに思い出したかのように下半身から触手が生える。お腹から犬も生える。
キルケ―おば様の嫉妬パワーにも頭が下がる思いである。
さて、そんなスキュラだけれど、その後、私の祖父であるオケアノスおじいさまのお屋敷に斡旋してあげて、それ以来、彼女はそこでメイドとして働いていたはずだが。
「それで、そうしたのですか?」
「はい、オケアノス様がお屋敷に来るようにと。ゼウス様とヘラ様から匿って下さるそうです」
「本当ですか?」
『ええ、本当ですメディア』
「ヘカテー様も」
巫女巫女通信が唐突に繋がる。久しぶりにヘカテー様の声を聞いた。
『ゼウス様とヘラから貴方を守る準備が整いました。ポセイドン様の助力も得られましたので、ゼウス様も手出しはできないでしょう』
「あ、ありがとうございます」
『今回はヘリオス様が積極的に動いていただけましたから』
どうやら、ヘカテー様が神々に根回しをしていたらしい。祖父のヘリオス様とオケアノス様が動くのは分かるとしても、ポセイドン様まで動かすとは…。
そして、川辺までやってきたのはアルゴー船。
「姫さん、さあ早く乗って!」
アルゴー船の管制人格『物言う木』が、かっこよくそんなセリフを言い放つ。工業製品(もの)のくせに生意気な。
あとで、質の良い防腐剤とかを塗ってあげましょう。
私は振り向き、トートに深く頭を下げると、救助作業に精を出すアタランテたちに声をかけた。
「それじゃあ、行きましょうかアタランテ! ダイダロス、イカロス!」
「うむ。ところで、これはどうする?」
アタランテがのびている幼女を指差した。
「……後でお仕置きです」
そうして私たちは船に乗り込み(ぺリアスを引きずりながら)、一路進路を西へ。オケアノスおじい様の屋敷を目指すこととなった。
◆
「起きましたか」
「ん…、ここは?」
ラムセス2世は痛む頭を押さえながら寝床より起き上がる。ぼーっとした思考。なにがったのか。
と、数秒してようやく頭が回り出す。
「そうだっ、あのギリシアの神と…。あの娘は…? あの美しい……」
「ほう、美しい娘ですか」
「ああ、とても美しい。私の新しい妾にぜひ……、って、あれ?」
ラムセス2世はようやくここが王宮であることに気付いた。そして、自分の傍にいる女性の事にも。
ギギギギと油の切れたブリキ人形のようにラムセス2世は女性に顔を向ける。めちゃくちゃニッコリ笑顔だった。
「ね、ね、ね、ネフェルタリ……」
「ひどく暴れたらしいですね」
ラムセス2世の額から大量の汗が噴き出る。黒髪褐色の美女であるネフェルタリさんは、その翡翠色の瞳を細めて、とってもニッコリ笑顔。
「ちちちち違っ、これはそのっ」
「しかも、嫌がる女性を無理やり妾にしようとしたとか」
「そそそそそそれは…」
ラムセス2世は未来のファラオである。この世に恐れるものなどあるだろうか、いやない。でも、今の彼はガクガク震えていた。そして、
「あ、俺が、いえ、僕が悪かったです許してください何でもしますか…、あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
その日、王宮からラムセス2世の悲鳴じみた叫び声が木霊したが、王宮の人々はいつものことかと特に気にも留めなかった。
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とりあえず、エジプト編はここまで。
失われた聖なる段ボール箱を巡り、インディアナ・ジョーンズ教授とフランス人考古学者ルネ・ベロックおよびドイツ国防軍ヘルマン・ディートリッヒ大佐が死闘を演じます。
魂の井戸に隠されていた段ボール箱をインディは探し出すも、ナチスとの間で何度も段ボール箱の奪い合いが繰り広げられるのです。(手に汗握る。)
クライマックス。Uボートによってクレタ島の秘密基地に運ばれた段ボール箱。ロケットランチャーを手にしたインディ、段ボール箱を盾にするルネ・ベロック。
段ボール箱はどうなってしまうのか!?
そして最後、アメリカによって回収された聖なる段ボール箱は、エリア51の地下倉庫、大量の段ボール箱が並ぶ保管場所に収められるのだった。