可愛い女の子だと思った? 残念っ、最高に可愛いメディアちゃんでした♪
うんっ♪ よぉし、メディアちゃんは今日もマーヴェラスかぅわいい♪ きゃはっ、みんなー、神代のアイドル、メディアちゃんだよー! よっろしくぅー!
というわけでぇ、5話の始まりです♪
「のぉ、この毎回一番最初にやるウザいのは何とかならんのか?」
「そういうメタ発言はやめるように。っていうか、なんで貴女が私の船に乗ってるんですかね?」
「ああ、それなら吾が連れてきた。助けてくれと懇願されてな」
「アタランテちゃん何やってんですか…。ペットの世話は自分でやってくださいね」
「ワシ、愛玩動物扱いなのかの?」
「ははっ、それ以外何があるっていうんですか、この無能幼女」
青い海に浮かぶ一隻の船。ウミネコが鳴きながら船の周りを旋回する。
イアソンと交渉して、金の延べ棒でこのアルゴー船を買い取ったのだ。目指すのはエジプト。ピラミッドとかスフィンクスを生で見たことが前世を含めて無かったので、観光旅行をしにいくのだ。
その際にアタランテちゃんを誘い、女二人で船旅としゃれこんだのであるが、幼女ペリアスたんが参入したので、女の子3人旅に変更と相成ったわけである。
アタランテもペリアスもエジプトには行ったことがないらしいので、二人とも楽しみにしているらしい。
「今のエジプトの王様はセティ1世陛下でしたね」
「宗教改革の混乱を収め、ヒッタイトと果敢に戦う偉大な王と伝わっておるの」
「宗教改革というより政治改革だったみたいですけどね」
60年ほど前にエジプトのファラオとなったアメンホテプ4世、自称アクエンアテンによる宗教改革をアマルナ改革といい、アメン神を中心とする神々を信仰していたエジプトの宗教をアテン神のみを崇拝する一神教に変えようとしたのだ。
このためにファラオは遷都まで敢行したのだが、当然として従来の神々を崇拝する神官たちから猛烈な反発を受けた。
この改革には当時絶大な権力を保有していたアメン神の神官団から、その権力を奪おうと画策する意味もあったのだけれど、これは既に前のファラオであるアメンホテプ3世の時代からファラオと神官たちの関係が悪化していたことに関係する。
アメンホテプ3世はその治世の末期においてアメン神官団との関係が致命的に悪化しており、これは病床にあった彼がアメン神ではなく妻の故郷であるミタンニ王国で信仰されていた女神イシュタルに救済を求めたことからも伺うことができる。
そうして行われた改革なのだけれども、それは儚く挫折し、息子の、あの有名なツタンカーメンがファラオになった時代にアメン神の信仰が復活され、その宗教改革は全て無かったことにされたわけである。
ちなみにアクエンアテンとツタンカーメンの間にいたファラオであるスメなんとかさんについてはあまりよく知らない。
さて、このアマルナ改革の時代は後世において酷い評価を得ているのだけれど、その理由の一つが対外政策の極度の消極化だ。
つまり、アテン信仰が戦争を否定するものであったためにヒッタイト帝国によるカナン(現在のパレスチナ)への進出を許してしまったというのが大きな失点とされている。
この失点は現在のセティ1世によってようやく取り返すことが出来た。
「まあ、ついでにアメン神の神官の権力も削ぎ落とすことに成功しちゃったんですが」
「先々代のファラオの改革じゃったか」
「混乱は必要だったんですよ。エジプトが新しく生まれ変わるには」
現在のファラオの父親であるラムセス1世を右腕に活躍した、軍人出身のファラオであるホルエムヘブは強権を用いて軍出身者を神官に据えることで神官団の権力を掌握し、さらに武力を背景にした改革を断行した人物である。
ただし即位した時には既に高齢で、子もいなかったので右腕であるラムセス1世を後継者として指名したという。
とまあ、アマルナ改革は散々だったわけだけれども、政治が腐敗していたのは事実であったし、アマルナ改革時代当時のエジプトの財政は実際に傾いていたのだ。
なので改革は確かに必要だった。だけれども、改革を実行したアメンホテプ4世、つまりアクエンアテンが無能だったので混乱を呼び込んだだけに過ぎなかったというのが結論である。
「メディア、少し小腹がすいたのだが」
「ん、そうですね。もうすぐお昼ですか。おい、工業製品、今はどこら辺ですか?」
「あー、キクラデス諸島らへんっスかねー」
アルゴー船の管制人格である『物言う木』が答える。朝から5時間ほど船に揺られているが、まあそれぐらいの位置になるだろうか。私もちょっと小腹がすいたのでお昼ご飯でも作ろうかしらん。
そうして私は船倉から大釜を呼び出す。取り出すのではなく、取り寄せ。アポートというやつ。私ったら魔女ですのでこの程度は簡単なのです。
「その釜を見ると、どうしてもあの日の事を思い出してしまうのじゃが」
「ペリアスが幼女になった時の事か。もう見る影もないな」
「あー、勢いって怖いですねー」
「それでメディア、何を作る気か?」
「ミートパイですよ」
「……釜で?」
「はい。釜で」
特殊なスープ、この場合は溶媒と呼ぶべき紫色の液面に小麦粉を投入する。さらに豚肉、タマネギ、山羊の乳、塩水、オリーブオイル、卵、クミンシード、セージなどを加えていく。もちろん釜にである。
アタランテちゃんとペリアスたんが何やってんだコイツ的な眉を顰める表情をしているが、そんな常識に囚われていたら神代やアーラ○ドでは生きていけないのである。
ちなみに油脂と生地の層を重ねて焼き上げるというパイ生地の歴史は古く、この時代には既に存在していたりする。
発祥はエジプトの『ウテン・ト』と呼ばれるお菓子と言われているものの、起源については良く分かっていない。
もちろん鍋の中で煮込んで出来上がるものではないのだが、魔法にはそんな科学的常識は通用しないのである。
『相変わらず周囲をドン引きさせているようで何よりですメディア』
「おや、ヘカテー様じゃないですか。どうしました?」
『好評につき、一曲歌いに来ました』
「帰れよ」
『最近、貴女の信仰に疑問符を投げかけざるをえないのですが…』
「気のせいですよ。ヘカテー様はいつだって私の心の嫁ですから」
『……? まあ、いいでしょう。ではそういう訳でお便りのコーナーに参りましょう。最初のお便りはピュロス出身のノラポンさんから。ヘラクレスさんにはオキシジェンデストロイヤー効きますか? だそうですよ』
「効くんじゃないですか? あの人の最後ってヒュドラの毒ですから、どくタイプに弱いんですよきっと。ベト○トンで対処するのがいいと思います」
『投げやりですね』
「いやー、かくとうタイプじゃないですかあの人」
ヘラクレスの最後は結構情けないもので、浮気しようとしたことが遠因となりヒュドラの毒が付着した下着を着てしまうのだ。
毒に苦しみにあえいだ彼は、自ら薪を積み上げそこに横たわり、自分を燃やしてくれと友人に頼んだというのが結末だ。
ヒュドラの毒で師たるケイロンを殺し、最後には同じ毒で自らも死ぬ。皮肉の効いた話で、ギリシア神話ではよくあることだ。
炎に包まれたヘラクレスは、死後に神に上げられることになる。
『なるほど。では次はデルフォイ在住の月狩朔夜さんからのお手紙ですね。この世界の日本の年末年始は毎回天照大神が老婆になって寿命を迎えて直後に幼女として復活するのですか? だそうですよ。どうなんです、メディア?』
「あー、日本とか懐かしいですねー。えっとですね、天照大神は太陽神のくせに冬至の祭りがないんですよねー」
一番近いのは新嘗祭なのだけれど、あれはどちらかと言えば農耕神としての側面が強すぎて、太陽の復活を祈ったり祝ったりする祭りとはいえない。ローマのサトゥルヌスの祝祭の方がより近いといえる。
冬至を一年の始まりと考えて、新しい季節の始まりに新しい穀物を神と共に食する農耕民の祭りなのだ。
「天岩戸神話は、どっちかっていうと女神デメテルの愛娘がいないから働かないボイコットに近いですし。ヒキコモリのあたりは良く似ていますよね」
『あー、デメテル様ですか。あの人も子供っぽい所有りますからね。冬はだいたい不貞寝してたり、ヤケ酒飲んでぐだまいて絡んできますから。延々とゼウス様とハデス様への罵倒を聞かされ続けるんですよ。まったく、私のお家は場末のバーじゃないんですから……』
「からみ上戸とかウザいですね。あと、寝坊したりすると餓死者が出るんですね分かります」
『で、結局のところ天照大神は老婆になるんですか?』
「ならないですよ。天岩戸神話は日食か冬至の神話ですけど、ここに老化とか衰弱の概念は入っていませんしね。エジプトの太陽神ラーが耄碌して認知症になるのとは大違いです」
『なるほど』
「ですから、アマテラスは永遠の幼女です」
『また貴女は適当な事を…』
「処女神だから年齢なんて関係ないんですよ」
ちなみに天照大神がちゃんと最高神あつかいされたのは明治以降で、明治維新の当時、薩摩と長州の間で最高神の決定に一悶着があったらしい。
まあ単純に最高位の天空神なら天之御中主神であるし、民衆からの人気を考えれば大国主命が本命だったりしたのだ。
記紀の記述でも、アマテラスは実のところそこまで重要視されていた存在ではない。
「お、ミートパイが出来たみたいですね」
「うおぅ…、鍋から出したというのに焼き色がついておる…」
大きな匙で大釜を掻き混ぜていたところ、いい具合の固形物が形成されたことを感触で確かめる。そうしてその固形物をすくうと、表面はパリパリ、こんがりキツネ色のミートパイが液面からすくい出された。
しかも、円形のものを6分割に切り分けた形で。うーん、こうばしい香りがします。上出来ですね。
「出来たてが美味しいのですよ」
「…メディア、これは食べられるのか?」
「もちろんです。一口食べれば分かりますよアタランテ」
「うむ、では」
そうしてアタランテがおそるおそるミートパイを手に取り、じっくりと観察する。ミートパイの中にはひき肉とタマネギがぎっしりと詰まっていて、それをパリパリのパイ生地が挟み込んでいる。
表面はキツネ色でツヤさえ見える。アタランテは鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎ、そうして一口齧りついた。そうして目を見開いた。
「うん、うむ、美味い。美味いなこれは」
「アタランテ、ほ、本当なのか? よし、ワシも……、うぐ、うぐ…ん? お、おお、外の皮がサクサク、中はしっとりして肉の旨みが溢れ出しておる。ハーブの香りが爽やかで、しかも肉の臭みが一切ない。うんま~~い!」
アタランテの様子を見てペリアスもミートパイを手に取り齧る。二人とも最初驚き、そして怪しんでいた態度はどこに行ったのか、次に貪るように齧りだした。
私も彼女らに全て取られないようにミートパイを一つ手に取り齧る。良い出来。6ピースあるけれども、私とペリアスは小食なのでほとんどをアタランテがもぐもぐする。
『さすが我が弟子です。全世界の料理人に喧嘩売ってますね』
「私は魔法使いなので。魔法使いたるもの、杖の一振りでパンを雨のように降らせなくては」
『パンを降らせるのは神の専売特許ですよメディア。ところで、私、貴女の知識を見てから一度言いたかったことがあるんです』
「なんですかヘカテー様?」
『親方! 空から女の子が!』
「へ?」
言葉につられて空を見上げる。すると太陽を影に翼の生えた人型が急速に落下してきた。え、いや、何これ? そんな事が起きる伏線とかあったか?
『5秒で受け止めろ!』
「いや、無理ゲーだろこれ」
そしてそれは何をする暇もなく大釜の中に落下した。ボチャーンと。中のスープが飛沫となって飛び散り、私は完全に固まったままそれを眺めていた。
いや、受け止めるとか無理だから。ヘカテー様はいつも警告するのが遅くって、たまにこの人は警告する気があるのかと疑ってしまう。
いや、ないな。神様ってそういうもんだった。
「な、何が起こった?」「ななな何事じゃ?」
「バードストライクですよ。まったく、何がどうなっているのやら」
突然の飛び込み音に他二人がビクリと反応し、生粋の狩人であるアタランテはすぐさま距離を取って弓を構えて戦闘態勢を取り、ただの幼女であるペリアスたんは尻餅をついて腰を抜かしていた。
私は厄介ごとかなと思って大釜の中を覗き込む。浮いてこない。まあ、魔法の大釜だから抵抗力のない人間は原初に還元してしまうのだけれど。
すると、次に上空から男の声が響いてきた。
「イ、 イカロースっ、無事か!? 返事をせんか!!」
「ヒトが飛んでおる……」
上空から船に近づいてきたのは鷲の様な褐色の大きな翼を腕に括り付けた中年の男だった。男はイカロスという名前を叫び、そうして私たちの乗る船を見つけると、翼をはばたかせながらやってくる。
「イカロスですか…。なるほど、確かあの歌の主人公もイカロスでしたね」
イカロスについては非常に有名な歌が日本で広まっていて、私も前世の子供の頃に知っていたし、そのメロディーや歌の一部だって歌う事が出来る。
ただし、イカロスの伝承自体にはまったく興味がなかったので、イカロスがどういう人間なのか、何故空を飛んだのかは知らない。そういえば、前世で見た漫画では…。
「おおっ、美しいお嬢さん方。この辺りに翼を手にした者が落ちるのを見なかったであるか?」
「見たと言うより、この大釜の中に落下したのですけど」
「…は?」
「うむ、この中に落ちたな」
「そうじゃな。豪快に、奇跡のように、この大釜に」
甲板に降り立ったオジサンはそれを聞いて凍りつき、沸騰する大釜の中を覗き込んだ後、膝から崩れ落ちて大声をあげて泣き出した。
イカロスのように翼を手に付けて飛び、そして落下したイカロスを追って来て、そして沸騰する大釜の中に落下したことをしって泣き出したということは、イカロスの父親とかそういうのだろうか?
そしてオジサンが泣き止むのを待った後、改めて話しかける。
「ところで貴方は何者です?」
「自分はダイダロス。アテナイの発明家ダイダロスである」
「ほお、ダイダロス様ですか」
それなら噂程度に聞いたことがある。
アテナイのダイダロスと言えば水準器や錘といった発明をしたという高名な発明家であり、またクレタ島のミノス王に依頼され、かの有名な大迷宮(ラビリュントス)を建築したとギリシャ中に名が通っている。
こんな所でこんな有名人と出逢うとは思いもしなかった。
「御嬢さん方は何者であるか? 女3人で船旅とは珍しいのである」
「私はコルキス王アイエテスの娘メディアです」
「吾はアルカディアの狩人アタランテ」
「ワシはイオルコスのペリアスじゃ」
「ぬぬ? アイエテス王の姫君であるか。ということはパシパエ様の…」
「姪になりますね」
パシパエは私の父親であるアイエテスの妹であり、そしてクレタの王ミノスの妻でもある。ミノス王に仕えていたダイダロスは、すなわちパシパエ叔母様の知り合いでもあるのだろう。
ちなみにパシパエ叔母様はかの怪物ミノタウロスの母親でもあり、また高名な魔女でもある。
「イカロスというのは、もしや貴方のお子さんですか?」
「そうである。あのバカ者めは自分があれほど太陽に近づくなと言っていたのに、不用意に高度を上げ、太陽の熱に翼を溶かされて墜落したのである。おお、イカロスよ……」
ダイダロスは今までの経緯を語りだす。それはテセウスのミノタウロス退治の話に起因しているらしい。
テセウスに一目惚れしたミノス王の娘アリアドネーが、ミノタウロスが幽閉された大迷宮を建造したダイダロスに大迷宮で迷わないようにするための助言を求めたのだ。
そしてダイダロスは糸玉を使ってこれを道標にすればいいと助言をし、そしてテセウスは無事にミノタウロスを退治して、アリアドネーを連れて去ってしまった。
これに怒ったミノス王はダイダロスとその子であるイカロスを塔に幽閉したのである。
だが、天才発明家ダイダロスは鳥の羽根と蝋を使って翼を造り上げ、イカロスと共に空を飛んで塔から脱出したのだ。
とはいえ蝋で固めた翼は脆く、低空では海の波飛沫に濡れて重くなってしまい、太陽に近づけば溶けてしまう。
ダイダロスは予めイカロスにその事を警告したのだが、空を飛ぶことに夢中になったイカロスは警告を忘れ…。
「メディア、どうにかならんのか?」
再び嘆きだしたダイダロスの様子を見て、アタランテが私に耳打ちをしてくる。
死者蘇生というのは奇跡の領域であり、神様の業である。それ故にかのアスクレピオスが死者を蘇らせた時には冥府の神ハデスが怒り、罰としてゼウスの雷霆に撃たれて死んだという神話がある。
ちょっとぐらいいいじゃないと思ってしまうのは人情というものか。
「まあ、まだ死んではいないんですけどね」
「っ!? メディア姫っ、今何と言ったのであるか!?」
「運がいいですね。我が魔法の大釜の中に落下するなんて。イカロスは死んでいませんよ。生きてもいないんですけどね」
太陽の魔女の大釜は死と再生の象徴であり、故にこの大釜の中で死ぬことは、再生されることと同義である。すなわち胎内回帰であり、大釜は子宮を示す。
内部に投入された存在は、より原初の根源的な存在に還元、分解された状態で漂っており、あらゆる観測から遮断されることで外に出るまで『何』になるか、生きているか、死んでいるかも決定されていないのだ。
「まさにシュレディンガーの猫状態。では…、アテナイの大工ダイダロス、どなたをこの世へ呼び戻すのじゃな?」
「…? イカロスである。もしイカロスを蘇らせていただけるのなら、このダイダロス、メディア姫のためにどのような事でもいたす所存なのである」
「されば、我が神殿に25シュケル(208.25g)の黄金のご寄付を。よろしいですかな?」
「ぬう、そのような財産は持っておらぬのである…」
「なんと、寄付をするにはお金が足りないではありませんか! おお、神よ許したまえ! こんなビンボーなヒトに無理な寄付を頼んだ私が悪かったのです!」
「…のうアタランテ、メディアの奴は何をノリノリでやっておるのじゃ?」
「知らない。しかし、おそらく死者を蘇生するのに必要な手順なのではないか? 自信は全くないが」
地獄の沙汰も金次第なのである。
とはいえ、お金がないからと言って医療行為を行わないのはアメリカンな世紀末的資本主義の狗的行為であるため、慈悲溢れるグルジア出身の私は共産主義的に無料で医療行為を行うことにする。
「おお、我が主よ! 全知全能のカミよ! 忠実なるカミの下僕イカロスの彷徨える御霊をいまここに呼び戻したまえ!」
私の神聖なる呪文により大釜の液体が湧きたち、そして黄金の光を放ち始める。そしてパイプオルガンっぽいタータータータータ~ンタ~ンターン♪ という効果音が鳴り響き儀式が完了した。
すると不透明な紫色の液面から腕がバシャッという音をあげて出てきた。
「おおっ、イカロス、蘇ったのであるか!?」
「ぷはっ!」
「!?」
そうしてイカロスが液面から腕で釜の縁を掴んで自らの上半身を引き上げた。ダイダロスが驚きの表情で固まり、口をパクパクさせている。
ストロベリーブロンドのショートカットの髪、エメラルドの瞳の、美しい桃色がかった白い翼を背中に生やした、水○月すう的な意味で豊満なバストと引き締まった腰の美少女が大釜から現れた。
「……ん、あれ…、私は……?」
「おおイカロスよ、死んでしまうとはなさけない。そなたにもう一度機会を与えよう。再びこのようなことがない様にな。ではゆけ! イカロスよ!」
完璧である。パーフェクツな蘇生術。
大釜に入った元のイカロスの肉体を構成していた分子を利用し、さらにあらかじめ投入されていた豚肉などのタンパク質や脂質をも再利用して、再構成したイカロスの新たな肉体は英雄クラスの身体能力を持ちながらも、生前よりも遥かに立派なおっぱいを有しているはずだ。
さらに付属していた人工の翼を利用して、背中に空を飛ぶための翼をおまけとしてつけておいた。
顔に関してはDNAの情報を元に構成したので、生前のそれとかなり近いものになっているだろう。ちょっと出来心で改造したけれども、本人もきっと喜んでくれるはず。
「……父上? 私は確か太陽に…」
「お、お主、イカロスなのであるか?」
「…? はい…って、えっ? 私、何故、女の子に?」
「へ?」
何やら今、聞き捨てならないセリフをイカロスが口にしたような。ダイダロスはプルプル震えており、イカロスは酷く狼狽しながら自分の身体を触って確かめている。
アタランテは腕を組んで溜息をつき、ペリアスはイカロスを指をさして笑っていた。え、何これ、私何かすごい勘違いしていました?
「ちょっ、ヘカテー様! アンタ、女の子が落ちて来たって言ってましたよね!?」
『ええ、ああいうシチュエーションは中々ないので。それとも上から来るぞ! 気を付けろ!! の方が良かったですか? しかし、貴女も好きですねぇ。ペリアスに続いてイカロスまで女の子にしてしまうとは。元ネタはアニメですか?』
「ハハ、テラワロス」
これがギリシア神話である。気を抜けば星座になるなど当たり前。
「メ、メディア姫! いかなる理由で我が息子イカロスが母親似の女にしたのであるか!?」
「え、えっとですね…。ああ、そうです! 貴方たち親子はミノス王に追われているはずです。恐らく今後も手配され、安住の地はないでしょう。ですが、姿かたちを大きく変えてしまえば、貴方たちがミノス王に追われるダイダロスとイカロスだなんて誰も思わなくなるはずです」
適当な理由をぶち上げる。そうだ、私は悪くない。これは神が定めた運命なのだ。私は謝らないし、責任も取らない。絶対にだ。
「な…なるほど、そうだったのであるか。だが、それならば、自分の姿が変わらなければ意味がないのではないか?」
「ええ、ですから、おまえもネコミミになれ!!」
「ぎゃーー!?」
そうして私はダイダロスを大釜の中に蹴り入れたのでした。
ああ、なんというギリシア神話的理不尽。こうしてダイダロスとイカロスの神話は後の世で大きく変化して伝わってしまうわけですね。
っていうか、女所帯に男なんて必要ないのである。ははっ、ははは、はははは……。
「着実に嘘を塗り固めておるの…。これは酷い」
「まあ、結果的にイカロスの命が救われたのだから良いのではないのか?」
「これだからギリシャの神々は…。関わると碌なことが起こらん」
「メディアは…、ああ、ほとんど神の眷属だったな」
「……ああ、父上が青い髪の女のヒトに」
◆
多島海を抜けて、クレタ島の東の岬を右手に通り、群青の地中海を南へと渡った先にとうとう大陸を目にした。
臨んだ陸地は東西に延々と伸びる荒涼とした砂漠であり、青い空と白い雲、そして群青の海と言う乏しい色彩は、どこか遠いという感慨を心に刻み付ける。
「ということで、やって来ましたエジプトですね」
「砂漠…、エジプトは豊かだと聞いていたが」
「それはナイルの沿岸だけじゃろう。ヌビアの砂漠は越えること、はなはだしく難しいと聞く」
「ナイルデルタはもっと東ですね。一応沿岸でも雨は降るはずですけど、どこまでも砂漠って感じですねぇ」
余りの色彩の乏しさに少しばかり飽きてしまう。日差しは非常に強く、肌を焼くようにジリジリと。砂漠は砂の海ではなく、岩や石ころが転がり、乾ききった背の低い木がちらほらと散在する荒地である。
面白みのない枯れた風景、そうして日差しを避けるために私は船の中へと戻る事にした。
船の中ではダイダロスとイカロスの親子が椅子に座って話していた。
ダイダロスは空色の長い髪の、イカロスに比べて身長が低くめで、胸も控えめのスレンダーな女性へとその姿を変えている。
最初はひどく落ち込んでいたが、すぐに復活してこの船の探検を始めた。技術者として、ひとりでに動く船に興味を抱いたらしい。
ということで、今は風を受ける帆を持たず、しかも櫂やオールも無しに進むこの船の推進システムについて考察しているらしい。
「水の中に櫂がある?」
「いや、船の後ろから勢いよく水流が出ているのを見たのである。おそらくは、水鳥の様な足を船の後ろに付けているのである」
「でも、音が違う。聞いたこともない音」
「確かにそうである。重低音…、水を噴き出しているのであるか?」
「ウォータージェットなんて使ってませんよ」
「おお、メディア姫であるか」
「スクリューで推進力を得ているんです。動力は魔法ですがね」
「スクリュー? 聞いたことがない」
「えっとですね、ちょっと待ってください」
そうして私は紙と鉛筆を取り出し、図を描いて説明を始める。暇つぶしには丁度いいだろう。
「こんな風な羽根を3枚軸に付けて、これを回転させることで水を後ろに押しのける事が出来るんですよ。これで水流を作って推進力を得ているのです」
「うむう、なるほど。これはコルキスでは当たり前の事なのであるか?」
「いえ、実用化したのはこの船が最初ですね。私が魔法で改造したんですが」
「姫様が考えたの?」
「え、えっと、まあ、そう言う事になるんですかねぇ」
目を泳がせる。いや、まあ、この時代に同じことを考えたり、発明した人間はいないので、時間軸的な意味で、私が発明したことに……、ならねぇよ。はい、パクリです。
でも大丈夫。この時代に特許権なんてありませんからね。へへーんだ。
「すごいのである! ところでメディア姫、その奇妙なペンは何であるか?」
「あ、えっと、鉛筆ですか?」
「(コクコク)」
「ど、どうぞ」
イカロスが私の右手の鉛筆を凝視していて、思わず鉛筆を手渡してしまう。
どうやらイカロスは発明家ダイダロスの子供というだけあって好奇心の強い技術者の卵らしく、興味深げに鉛筆を観察し、芯を指先で触ったり、指についた黒い炭を舐めたりしている。
そうしてイカロスが一通り鉛筆を検証すると、次にダイダロスに渡した。ダイダロスも同じように鉛筆を色々な方向から観察し、紙に文字を書いてみたりして鉛筆を観察する。
そうして二人は鉛筆について議論を始めた。何この二人、面白いんですけど。
「黒い炭を木の棒で挟むというのは画期的な発想である」
「ナイフで削って使う?」
「うむ。羽ペンはインクが必要であり、しかも書くたびにインクを付け足さなければならないのである。しかし、このペンはその必要がないのである」
「この炭、普通じゃない」
「うむ…、このように細い棒状に固めるとはいかなる手段であるか…。蝋と炭を練り固めたものであるか?」
「蝋の感じじゃない…。ニカワ?」
「それも少し違うのである。それではこれだけの硬さを再現できないのである」
「焼き物と同じですよ」
「焼き物…、粘土と混ぜて…」
「焼き固めたのであるか。なるほど、それならばこの硬さも納得なのである」
鉛筆がこの形になったのは近世に入った頃で、それまではインクを使ったペンだけしかなかったはずだ。
鉛筆の芯は粘土と黒鉛を混錬して、焼き固めたものであるが、コルキスでは質の良い黒鉛が見つからなかったので木炭を利用している。
グラファイトの方が書き心地が滑らかになるのだけれど、その辺りは蝋で何とか騙している。まあ、騙しきれないのであるが。
「すばらしいのである。これもメディア姫が発明したのであるか?」
「ええ、まあ、そういう事になるんですかねぇ」
「すごい」
ああ、尊敬と憧憬をたたえた純真な瞳が私を見つめている。
胸が痛い。パクリだなんて言えないし、言ったとしてもこの世界で鉛筆を使っているのは私だけだし、というか自分のためだけに作ったものなので、考案した人物は誰かと聞かれても答えられないし。
ああ、やめて、そのキラキラした瞳は止めて。
「父上、これ、パピルスじゃない」
「ぬぬ、羊皮紙とも違うのであるか…。白くて、破れにくいのである。メディア姫、これは…?」
「あはは、いいですよ。説明してやるです。耳をかっぽじって良く聞きやがれです!」
そうして木材チップや植物繊維からのパルプの作り方とか、紙のすきかたなんかを説明していく。
どんどん墓穴を掘り進めているような気がしないでもないが、もうどうにでもなーれという感じである。はは、どうしよう私。するとダイダロスとイカロスが真っ直ぐ私を見つめてきた。
「弟子にしてほしいのである!!」「同じく」
「やだー」
「そんな事を言わずに、お願いするのである!!」「同じく」
「やだったらやだー!」
そうして数時間ほど粘られて、最終的に不本意ながら私には弟子が二人出来てしまった。
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イカロスとダイダロスの容姿とかが詳しく知りたい人は、『そらのおとしもの』で検索すると幸せになります。