みっんなー、おっひさー☆ みんなのスーパープリティーアイドル、メディアちゃんだよー♪
可愛過ぎてゴッメンネー☆ミ えっ、私と恋人になりたい? ふふっ、嬉しいけどダーメ。私はみんなのアイドルだから、恋愛はNGなんだ☆ がっかりしないで♪
私、みんなのこと大好きDA・KA・RA☆
ふう、営業終了。古代のアイドル職の巫女さんは大変なのです。あ、アフロディーテ系列のプロダクションだと枕営業とかそういう大人のサービスしてるみたいだけれど、ヘカテー系列ではやってないので。
ウチではおさわりは厳禁です。止めてください。逮捕されて、ネットで名前とか住所とか小学校の時に書いた将来の夢とかさらされちゃうぞ♪
「というか、全員スッポンポンですか。モザイク処理が捗りますね」
「何を言っておる?」
「…お前はなぜここにいるのですか?」
「いや、ワシ、今は女子じゃから貴賓席にいるのはあたりまえじゃろう」
隣のアカスコスの妹であるペイシディケの膝の上で、栗色の髪の可愛らしい幼女が呑気に水割りワインを飲んでいる。
ペリアスたんである。幼女である。私が幼女にしてやった。全ギリシャの笑い者のはずのコイツが、何故呑気にこんな所にいるのだろうか?
「いや、娘たちの所にいないと、ワシ、即レイプじゃし」
「それを読者たちも望んでいるんでしょうに。腹パンされて、マワされて、快楽堕ちして、アヘ顔さらしてWピースするのがお前に課せられた運命じゃないです?」
「いや、ワシ幼女じゃから、そういうの色々と大人の都合でダメじゃん?」
「この紀元前にそんな規定はねぇですよ」
「おおっ、アカスコスのやつ頑張っておるの」
「裸族ですがね」
さて、空は快晴、運動会日和。ギリシャの太陽はいつにもまして元気いっぱい。お祖父様もう少し自重してください。
私は高貴な婦人たちと一緒に木陰の下、奴隷たちが大きな扇で風を送るのをよそに、男どもがマグナムを荒ぶらせながら草地で互いの身体能力を競うのを眺めていた。
運動会。現在イオルコスではイアソンが王位を継承したことを記念した競技大会が行われていた。
競技はスタディオン走と呼ばれる192mの短距離走、長距離走、槍投げ、円盤投げ、レスリング、ボクシング、自由闘技(パンクラチオン)、戦車競走などなど。躍動感あふれる肉体が力と技を競うのである。
まあ、それはいい。実に健康的。
しかし問題は競技を行う連中が全員裸体であることだ。スッポンポンなのである。裸族なのである。ムキムキ、プリプリ、プランプランなのである。男どもが笑いながら、杖を揺らして走るのである。
競技場はいわばヌーディストビーチ。モザイク処理がはかどるのである。
「でもさ、ペリアスたん。お前、この大会終わったら、イアソンとかにガッツンガツンに掘られるんじゃないですか? エロ同人みたいに。エロ同人みたいに。」
「…嫌な事を思い出させるでない」
「読者は見た目美幼女のお前のトロ顔とか期待していると思うのです」
「読者って誰じゃ…」
「神々のお仲間と思うがいいのです。腹ボテ幼女にどの程度の需要があるかは分かりませんがね。ああ、私は腹ボテって好きじゃないのです」
妊婦さんが嫌いなのではなく、そういう妊婦さんにエロいことする系のやつが苦手なのである。なんか、グロい…じゃなくて、痛いというか、中身が出てきそうというか、そういうのが怖くてヤダ。
あと、私は腹ボテになりたくない。女の子ですが、子供を産みたいとは思ったことがないのです。すごく痛いらしいじゃないですか。元おっちゃんとしてはガクブルです。
「女のお主が妊娠を嫌うとか、お主、アルテミスの信徒か?」
「アルテミスの信徒ならあそこで円盤投げているのです」
「…何故、女が参加しているのか」
みんな大好きアタランテちゃんが元気に円盤を放り投げている。
もちろん、女の身では男ども程の飛距離は出ない。もちろん英雄級の男どもに敵わないのであって、その他大勢の男どもには余裕で勝っているのだけど。
一応、彼女はビキニっぽくした布を纏う事を許されていて、というか、そうしないと周りが集中できないのだけれど。
さて、ペリアスたんが疑問に思うことはある意味当然なのである。
男の競技に女が参加することは基本的にありえないからだ。とはいえ、この時代においては女性が競技に参加することは認められていたりする。女人禁制になるのは時代が下ってからだ。
「あの女、なかなかやりおるの。高名な血筋の者なのか?」
「アルカディア王家の血筋ですよ。っていうか、王女ですけどね」
「ほう。姫君が男どもに交じって競技とは珍しい」
「父親が男子を求めて、女子である彼女を山に捨てたんですよ。ですが、それをアルテミスが送った雌熊が育てたっていう顛末でして」
「貴種流離譚か」
「ヘラクレスほどじゃないですがね」
高貴な血筋に連なる子供が、なんらかの事情で捨てられ、それを卑しい身分の者か動物に拾われて養われ、冒険をし、そして栄誉を勝ち取る神話や物語の定型だ。
洋の東西・新旧を問わず語られるヒロイック・ジャーニーであり、好まれる設定なのだが、やらされる側としては勘弁してほしい感じ。
「しかし、なんというか、貴女、性格が落ち着いたというか、そんな感じがしますが?」
「うむ。なんというか、憑き物が落ちた感じはするの」
男だった時はもっと権力にしがみついた、脂ぎってギラギラした感じのTHE・老害といった様子だったのだけれど、今のペリアスたんからはそういった雰囲気を感じる事はない。
あの自分が生き残るためには妻すら人質にとるゲスい性格はどこに行ってしまったのだろう。
「なんというかのう…。こうやっていとも簡単に全てを失うと、今まで執着してきたものがすっかり色あせて見えてきての…。この身体では再び政治の世界に戻る事もできんじゃろうしな」
「まあ、そうやって無害そうにしていればイアソンも見逃してくれるかもですよ」
「無理じゃろう」
「ですよねぇ」
「ふん。まあ、どうにかして逃げおおせて見せよう」
「しぶといですね」
円盤投げはアテナイの王であるテセウスが勝利したらしい。というか、王様が国をこんな長い期間に渡って放っておいて良いものなのだろうか?
イアソンはテセウスの活躍を褒め称え、少女がテセウスにオリーブの枝で作られた冠を彼の頭に載せた。
「イアソンの奴め。この世の春といったところか」
「でも、身体をおもいっきり動かすのも、楽しそうではありますね」
『では、貴女も参加してみては?』
「おっと、いきなりですか、ヘカテー様」
唐突に受信する巫女巫女通信。我が信仰対象である女神ヘカテー様なのだが、このように唐突に神託をしてくることは珍しい事だ。
お淑やかで比較的温厚な女神様なのだが、時々他の女神様とかに無茶振りされてストレスを溜める事があり、その発散とばかりに何故か私に愚痴を聞かせたりするのである。正直やめてほしい。
『ところで聞いて下さいメディア、今日、久しぶりにオリュンポスに呼ばれたと思ったらあの性悪のアフロディーテが…』
「あー、それは大変ですね。あの女神さまはスイーツ(笑)ですから」
『まあ、そういう訳でお便りのコーナーに参りましょう』
「唐突になんなんですか? お便りって、誰からなんです?」
『リスナーさんからですよ。最初のお手紙はテーバイ在住の酔いどれ狼さんからです。ペリアスたんの星座は黄道十二星座なんですか? 星座にした神様は誰ですか? ですって。メディア、そこのところはどうなんです?』
「時系列無視した質問してきますねヘカテー様。この幼女、まだ星座になってないんですけど…」
『ギリシャ神話に時系列を求めてはいけませんよメディア。ヘラクレス関連の逸話だけで既に破綻してますからね』
ヘラクレスは12の功業で《ネメアーの獅子》と《ヒュドラ》、《オルトロス》に《ケルベロス》や《ラドン》を退治する。
そしてその後、ギガースを神々と共に退治するギガントマキアに参加して、《ヒュドラ》の毒を用いた毒矢などを使って巨人を倒すのだ。
時系列的にはその後、ギガントマキアに勝利して増長した神々に怒った女神ガイアが最強の怪物《テュフォン》を生み出す。
ここで問題になるのが、この《テュフォン》という怪物は、実は12の功業でヘラクレスが退治した怪物たちの父親なのである。
さて、ここで問題が起きる。
《テュフォン》は《ヒュドラ》ら怪物の父であり、当然として《ヒュドラ》らよりも早く生まれているはずだが、神話の時系列では《テュフォン》が産み落とされるのは12の功業の後、正確にはギガントマキアの後になるはずなのだ。
つまり語られる神話では、《ヒュドラ》が退治された後に《テュフォン》が生まれる。だが、《テュフォン》は《ヒュドラ》の父親なのだ。
なんという矛盾。因果律の破綻。
だが、ギリシャ神話ではよくある事である。気にしたら負けなのだ。
まあ、この世界においての解釈を述べるなら、テュフォンはギガントマキア後ではなく、それ以前に生まれているとすべきなのだけれど。
「なんてメタな…。まあ、いいですけどね。アルゴー船関連の神話に由来する星座は黄道十二星座に入る可能性が高いので、もしかしたらそうなるかもしれませんね。星座する神様は、多分、この幼女の父親じゃないんですかねぇ」
『なるほど。では次はコリントス在住のУрааさんからのお手紙ですね。幼女座が黄道十二星座になるなら、どの星座と入れ替わるんですか? どうですメディア?』
「うお座でしょう。薔薇を咥えた美形の男の娘が装備するんですね、わかります」
『マイクロビキニなんですか? ロリロリデビルローズが必殺技なんですか? 私、気になります。さて、次はリュキア在住の淡木さんからのお手紙です。TSできるのに男に戻らないとか(笑)。あ、それ私も気になっていたんですよね。貴女、女の子が好きなら、なんで男にならないんですか?』
「え? だって、私、美少女が好きですから」
『だから聞いているんじゃないですか。女の子のままだと、女の子と恋愛できないでしょうに』
「はは。私は美少女が好きなんです。そして、私は今まさに美少女なんです。あとは分かるな?」
『(ホンモノだなこいつ…)』
「ついでに言えば、下半身的欲求が湧かないものですから。女の子とキャッキャウフフするには女の子のままの方がハードル低いですし。そういえば、ギリシャ神話って露骨に性転換する話が結構ありますよね」
『まあ、そうですね。ゼウス様もやらかしていますし』
処女女神アルテミスに処女の誓いを立てたアルカディアの王女カリストを手籠めにする際に、男に強い警戒心を持つ彼女に近づくためアルテミスの姿をとったという。
美女に変身した挙句、フタナリとか未来に生きてるなこの主神。
他にもアルゴナウタイに参加しているカイネウスなどは元女だったりする。
『というわけで、最後に音楽を流しますね。今日は美空ひばりで《哀愁波止場》です』
「演歌好きですね、ヘカテー様」
ヘカテー様がノリノリでコブシを利かせながら演歌を歌い始める。
いや、私、別に演歌とか好きじゃないんですけどね。前世での両親が演歌好きな人種で、家とか車のステレオでいつも鳴り響いてたんですよ。
ああ、どうでもいいですね。
競技大会は短距離走が終わり、長距離走が終盤に差し掛かっている。短距離を制したのは翼を持つ英雄ゼテスだ。そして長距離ではその兄弟であるカライスが制そうとしている。
この兄弟は北風の神ボレアスの息子たちだ。と、突然、巫女巫女通信で鳴り響いていたヘカテー様の歌がプツリと止まり、BGMがおどろおどろしいモノに切り替わる。
「BGMが変わっただと…?」
『メディア、警告です。そこから逃げなさいっ!』
「え?」
『ああっ、来るっ、奴がっ!!』
次の瞬間、私は大気の質の変化を感じ取り総毛立つ。
圧倒的な存在感。私は思わずその気配を放つ存在の方向へ振り向いた。周りの観衆たち、競技に参加していた者たちも一斉に同じ方向を見つめていた。
その視線の先に、男がいた。一人の男だ。だが、ただの人間であろうはずがなかった。
その男は身長は2m以上あるのではないかという巨体であり、ライオンの毛皮を纏い、弓矢を背負い、右手には棍棒を携えている。盛り上がった筋肉は鋼の如き硬度を保有しているだろう。
顔は整っているが、しかし般若の如き憤怒を表しており、その怒気は疑似的な熱を帯びて周囲の人間たちの肌をひりつかせる。
吐く息は冬でもないのに白い吐息となり、まるで唸りをあげる蒸気機関車のよう。
「ヘ…ヘラクレスだ……」
観衆の誰かがそう呟いた。人々がざわめき始める。そして大衆がモーゼの奇跡の如く二つに割れ、道を作り出す。
巨躯の男はゆっくりとその道を歩き始めた。アルゴナウタイの男たちは明らかに怯えていた。それはどう考えても、彼の怒りが自分たちに向けられていることを理解しているからだ。
「おっれはヘラクレース、大英雄。天下無双の男だぜ!!」
おい、その曲はJASRAC的に大丈夫なのか?
あ、目が合った。私はとっさに目をそらす。挙動不審なまでに目をそらす。アイツまじヤバイ。アイツまじ怖いです。おしっこ漏らしそうになった。というか、ちょっと緩んだ。
ペリアスたんはすでに漏らしていた。ヘラクレスさんまじ半端ない。コワイ!
「イィィィアァァァソンくゥゥゥゥゥゥゥゥん!!」
「は、はひぃぃぃ!?」
ヘラクレスさんがイアソンを呼びつける。イアソンはヘラクレスさんの前に駆けつけて、ビィィンッと的に当たったダーツのように震えながら直立して返事をした。
流石ヘラクレスさんやでぇ、どんな英雄でもパシリ扱いとか流石ですわぁ。いや、まじ尊敬します。えへ、えへへへ。
「イィィィアァァァソンくんよぉ! お前、俺に何か言う事あるんじゃないのかぁ? えぇ!?」
「いやですねぇ、自分は待とうと言ったんですグァっ!?」
ヘラクレスさんがイアソンのクソ野郎の頬をぶん殴…ワンパン…お撫でになられた。
するとどうだろう、イアソンのクソ野郎はボールのように弾け飛んで、地面をバウンドして、転がって、300mぐらいの所でようやく止まった。
すばらしい力です。尊敬するなぁ、さすがギリシャ最強の英雄だなぁ。えへへ。
ヘラクレスさんはコキコキと首を鳴らされると、イアソンのクソ野郎の所にお歩きになっていく。
愚かな観衆たちは完全に顔を引きつらせ、固まっている。馬鹿どもめ。そんな露骨な引き方をしていると、ヘラクレスさんのご機嫌が悪くなってしまうじゃないか。
さあ、拍手だ。さすがヘラクレスさんやでぇ、ちょっと撫でただけで人が吹き飛ぶとか、大英雄はスケールが違いますなあ。
私が拍手をし出すと、気の利いた市民が続いて拍手をしだし、そして平原は喝采に包まれた。
「なんなんじゃ、アレ。ヤバイとかそういうレベルじゃないんじゃが」
「馬鹿、ペリアス、拍手しとけ。殺されますよ」
ぺリアスたんが慌てて拍手に交じる。
「な、何ゆえ、ヘラクレスは怒っておるのじゃ?」
「さんをつけろよデコ助野郎。…アルゴナウタイの連中、旅の途中でヘラクレスさんを置き去りにしやがったんですよ」
「よくそんな勇気があったの…」
「あの方、気難しい所があるらしいですから。たまに発狂しますし」
英雄というのは古今東西性格に難があるものだが、ヘラクレスさんのそれは飛びぬけている。
例えばヘラクレスさんが軍勢を率いてイリオス(トロイア)を攻めた際に、テラモンが城壁を一番乗りで攻略したのだが、ヘラクレスさんは一番乗りを奪われたことに腹を立てて彼を殺そうとしたという理不尽な逸話があるほどである。
また、ヘラクレスさんは女神ヘラの呪いによって狂気を吹き込まれており、何かあるごとに発狂する癖がある。
例えば最初の奥さんとの子供3人を炎に投げ込み、また濡れ衣の罪に対して弁護してくれたイピトスを城壁の上から投げ落としたりと、いろいろやらかしているのである。
イケメン顔が変形したイアソンがヘラクレスさんに必死の弁明を行っている。どうやらヘラクレスさんを置き去りにしようと進言した人物がおり、責任は全てその人物にあると弁明しているらしい。
そしてイアソンが指さす先には翼を持つ兄弟がいた。
「お前ら、これは本当か?」
「あ、はい、そうですヘラクレスさん」
他のアルゴナウタイもまたそれに賛同し、兄弟を指さした。
すると先ほどの短距離走と長距離走で優勝した翼ある兄弟、ゼテスとカライスは冷や汗をかき、顔を引きつらせながら互いに目を見合わせ頷くと、翼をはばたかせて一目散に空へと逃げ出した。
ああ、それはきっと正しい判断なのだろう。だが、
「知らなかったのか? 大英雄からは逃げられない」
「あぁ…?」「え?」
天高く飛び上がった兄弟は信じられないものを目撃する。
彼らには翼があり、地を這うしかない人間には、彼らが本気になって逃げれば追う事などできないはずなのだから。
しかし、そんな常識はこの非常識には通用しなかった。
気がつけば大英雄は彼ら兄弟と同じ高度に、すぐ後ろにいた。そうして彼らが振り向く暇もなく大英雄は両手でむんずと兄弟の後頭部を鷲掴みしたのだ。
なぜこのような事が可能なのか。それは大英雄が人外の跳躍によって可能としたのだが、ついぞ二人の兄弟には結局その理由を知る未来も、推考する余暇さえも与えられなかった。
そうして大英雄が二人の兄弟を掴んで、そのまま地表へと急降下した。そうして、ゼテスとカライスは顔面をそのまま地表に叩きつけら…、あ、これアカンやつや。
グチャリ
― <しばらくお待ちください。(客船が北欧のフィヨルドを航行する差し替え映像)> ―
◆
楕円上のコースをいくつもの二頭引きのチャリオットが土煙を上げながら疾走する。
躍動する馬の筋肉は、それを覆う見栄えのする焦げ茶色の毛並みの光の反射がこれを観衆に見せつけ、激しく回転するホイールの軋む音、振動音が平原に鳴り響く。
操者は手綱を握って戦車から振り落とされないように力み、雄叫びをあげ、同時に繊細な操作で馬を御する。
「アタランテ、戦車競走は迫力がありますね」
「そうだな。操るのは難儀だと聞くが、吾にも出来るだろうか?」
「アタランテには普通の騎馬の方が似合うんじゃないですか?」
「ふむ、一理ある。戦車というのは性に合わない気がしていたのだ」
「あはは」
「うふふ」
私とアタランテは乾いた笑い声をあげた。アタランテちゃんも野生の勘で、逆らってはいけない相手ぐらいは本能的に理解しているのだ。
しかし、それでも緊張感のない幼女が一人。
「のう、ワシはさっき、何やらこの世のものとは思えない程の恐怖を目撃したような気がするのじゃが」
「おいバカやめろ。気にしちゃダメです」
「そうだな。忘れるに限る」
「…むう。そうじゃの。何もなかったことにしよう」
「それがいいですよ。ええ、何もなかったんです。ですから、あの真新しく埋め戻された土の所ですが、中に誰もいませんよ」
「あはは」
「うふふ」
「えへへ」
さて、この戦車競走であるが、優勝はエウペモスに決まった。彼は海神ポセイドンの息子であり、アルゴナウタイ随一の泳ぎの名手として知られている。
また、ポセイドン自身が馬を生み出したと伝えられる馬術の神であることから、その関連で彼は戦車競走の名手であるとも言える。
ちなみにチャリオットというか、この時代の車輪の付いた乗り物と言うのはすこぶる乗り心地が悪い。ゴムタイヤが無い事は当然で、またサスペンションなどというものもついてはいない。
振動はチャリオットを破壊しないように、床などの部材全体で受け止めるが、それ故に乗っている人間にダイレクトに振動が伝わるのだ。
バランスも悪く、すぐに横転してしまい危険極まりない。曲がるのだって一苦労。もちろん舗装された道路などほとんど無いに等しく、つまりとてもじゃないが落ち着いて乗れるものじゃない。
それでも人間より速く動けるので、この時代の戦争の花形であり、戦争の勝敗を決定するのは戦車の数と考えられている。
「ただし、山がちなギリシャでは運用しにくくて、結果として重装歩兵が発達するんですけどね」
「何か言ったか?」
「いえ」
ペルシア戦争において数に劣るギリシャ連合軍がアケメネス朝ペルシアの大軍に勝てたのはそのあたりが要因の一つでもある。
広大な平原において機動力と大軍運用を以て戦うことに洗練されたペルシアの軍隊は、局地防衛に特化したギリシャの重装歩兵との山地での戦いにおいて相性が悪かったのだ。
競技大会は何事もなく続行される。実に平和である。ボクシングではヘラクレスさんの異母兄弟といえるポリュデウケスとヘラクレスさんが一騎打ちをして、ポリュデウケスが判定勝ちを奪った。
この二人は父親が同じで、また二人とも賢者ケイロンの弟子であり、というかポリュデウケスの兄であるカストルがヘラクレスさんの武術における師範を務めたこともある。
「…ヘラクレスさん相手に良く勝てますよね」
座ってばかりも何なので、私は競技場の近くなどを歩き回る。男どもの裸体は見慣れたというか、見ても何も感じない。
いや、躍動する棒はあまり見たくないのだけれど、それでも格闘技の試合などはすごく迫力があって面白い。
槍投げは戦闘技術の基本中の基本なのか、多くの戦士たちが参加していて、神様の血が混ざった連中や、英雄と呼ばれる者たちの投擲はなかなかに見ごたえがある。
というか槍が意味の分からない飛距離をだしているのだけれど、ロケットエンジンでも付けているのだろうか?
そんな感じで槍投げ競技の結果、優勝者はカリュドーンの王子であるメレアグロスに決まった。噂によれば軍神アレスの息子との話もあり、槍投げの名手として広く知られている。
そして妻子持ちのくせにアタランテちゃんに一目惚れしており、倫理観と劣情の狭間で揺れ動く私の敵でもある。奥さんに言いつけてやろうか。
「次はレスリングですか」
レスリングというのはおそらくは最も歴史の古い競技だと思われる。世界中、少なくともユーラシア大陸・北アフリカに渡る四大文明圏に似たような競技が存在し、神事として神に捧げられている。
例えば日本では相撲があり、モンゴルのブフ、トルコのギュレシ、朝鮮半島のシルム。さらにペルシアを始めとした中東・インドではクシュティーがあり、中国の最古の格闘技シュアイジャオもレスリング系統のものだ。
起源に関しては不明としか言いようがなく、少なくとも紀元前3000年頃には成立していたのではと言われている。
殴る蹴るといった打撃を行わないために命にかかわるような事態を招くことが少ないため、身体を鍛え、互いの力と技を競う競技として盛んに行われることになった。
まあ、この競技に関していえば起源は人類共通の原始に遡るとでもしていた方が問題が起こらなくてよいのではないだろうか?
「ガチムチパンツレスリングどころか、素っ裸ですがね。ん?」
何やらもめ事らしい。英雄どもがうじゃうじゃいるこの場所で、よくもそういうことが出来るものだ。何やら焦げ茶色の髪の少年をイオルコスの青年たちが取り囲み、難癖を付けているようだった。
数個のリンゴを抱えた呆れたような表情の少年と、酷く興奮している男たち、そして地面に倒れ伏している男たちの仲間と思われる男。
「落ち着け、お前たち」
「何だよテメェっ、イキがってんじゃねぇぞ!」「ぶっ殺すぞこらぁ!」「ザッケンナコラー!」「スッゾスッゾスッゾコラー!!」
何があったんだろうと騒動を遠巻きに見ている野次馬に尋ねる。
「何やら少年が持っていたリンゴを奪おうとして、逆に投げ飛ばされたらしい」
「それで、頭にきて取り囲んでいる訳ですか」
「少しは腕に覚えがあるようだが、あれだけの男たちを相手には出来ないだろう。誰か英雄たちを連れて来てくれないだろうか?」
「それには及ばないわ」
と言う訳で、私は野次馬をかき分けて騒動の中心に近づく。まったく、身の程知らずも良い所だ。
私は軽く呪文を唱え、パチンと指を鳴らす。すると少年を取り囲んでいた男たちはすぐさま意識を失い地面に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか、少年」
「ん、お前は…魔術師か。ヘリオスとオケアノスの血筋を感じるが」
「まあ、そんな所です。では、私はここで…」
「待て、女。我を案内せよ」
あ、これどう考えても厄介ごとだ。
偉そうにふんぞり返り、命令してくる少年。焦げ茶色の良い髪質をした凛々しい美少年であり、いかなる女でも釘付けになるような魅力をたたえるが、私には通用しないので。
辞退してもいいですか? ダメですかそうですか。やだー。
そうして同時にヘカテー様から巫女巫女通信が。
ああ、はい、そうですね、わかります。分かりましたよ分かりました。やればいいんでしょう。まったく、連中ときたら下界の人間をなんと思っているのか。
ああ、ムカついたら洪水でキレイキレイする程度の存在でしたね。
「少年はどちらから来たんですか?」
「うむ、ティリンスということにしておけ、ヘカテーの巫女よ」
「ということは、目当てはヘラクレスさんですか」
「ファン…なのでな。レスリングには出場していないようだが」
「ボクシングで体力をかなり使ったみたいですからね。自由闘技(パンクラチオン)には出るみたいですよ」
「お前はヘラクレスが勝つと思うか?」
「パンクラチオンでヘラクレスさんに敵う英雄がいるとは思えませんね。ボクシングは見ごたえがありましたけど」
「そうだろうそうだろう」
上機嫌な少年である。まあ、ポリュデウケスとヘラクレスさんが活躍したのだから当然と言えば当然だが。
そうして私たちはレスリングの会場に辿りつく。ちょうど試合が始まっていて、ガチムチの男たちが棒を振り回しながら激しく体を絡ませており、女どもがキャーキャー黄色い声をあげている。
腐ってやがる、早すぎたんだ。
「おっ、すごいですね。こんな所で芋(ジャーマン)見れるとは思いませんでした」
「ふむ」
「っていうか、なんでアタランテが出場してるんでしょうかね。っていうか、勝ちやがったぞあの野生児。さすがアタランテ、私たちに出来ない事を平然とやってのける。そこにシビれもしませんし、憧れもしませんがね」
アイギナ島の英雄であるペーレウスを投げ飛ばし、アタランテが勝鬨をあげる。なかなか白熱した試合が続き、私も熱くなって応援してしまう。
少年も熱狂に当てられて興奮気味に試合を観戦し、応援し、どちらの選手が勝つかとか、今の技がどうだとか喧嘩気味に論じ合って、何故かすっかり意気投合してしまう。
レスリングの優勝者はなんとアタランテだった。
いや、ないわ。これはない。男どもを差し置いて優勝とか、ありえへん。でも、おっぱいが押し当てられた男どもは喜んでいたので、そっち方面での効果による勝利だったのかもしれない。
まったく、エロスどもが。
「ヘカテーの巫女よ、お前は少し変わっているな」
「そうですか? まあ、いろんな人から言われてますから、変わってるんでしょうけどね」
「うむ、我が知る女たちとはずいぶん違う。名を聞いていなかったな」
「メディアです。コルキス王アイエテスの子、メディアです」
「ほう、故に太陽神の血筋か。納得がいったぞ」
「マイナーですけどね。ところで、喉が渇きませんか? ワインを取ってきましょう」
「待て待て、酒なら我がもっている」
「…蜂蜜酒(ミード)ですか」
少年はどこからともなく黄金の酒杯と小さなアンフォラに似た容器を取り出した。私はそれを受け取り、少年の酒杯に酒を注ぐ。
黄金色の酒。というか、ネクタルなんて初めて見たし。
蜂蜜酒というのは酒の部類の中でも最古に位置するだろう物で、神話で語られる神酒は蜂蜜酒(ミード)だとする説もある。
オリュンポスの神々はアムブロシアと呼ばれる食べ物を喰い、ネクタルを飲むとされる。
ネクタルについては正体が蜂蜜酒と推察されているが、アムブロシアに関してはその正体は不明だったりする。
『不死』を意味する食べ物で、軟膏として用いる事が出来るらしいので、意外に桃だったりするのかもしれない。オートミールなら笑ってやるのだけれど。
「お前も飲め」
「いいんですか?」
「我が許す。お前も神の端くれなのだからな」
「じゃあ、有難く頂きます。あ、美味しい」
おそらくは、この世界に来て一番美味しいと感じた瞬間ではないだろうか。程よい甘味と、すっきりとした後味、トロリとした官能的な舌触りとのどごし。
南国の果物を思わせるフルーティーな芳醇な香りは甘く鼻に抜けて、心地よい余韻を残した。アルコール度数はそこまで高くないが、それでもこの時代の一般的なワインよりも高いのではないだろうか。
私の驚く顔を見て、少年がしてやったりといった表情を見せる。
「ご馳走様です」
「いや、かまわん」
「じゃあ、パンクラチオンを見に行きましょうか」
「うむ」
そうして私たちはパンクラチオンの会場へと向かった。
趨勢の分かり切った試合だけれども、流石は英雄たちで大英雄相手に善戦を繰り返す。
ヘラクレスさん贔屓の少年はヒートアップしていて、時々身を乗り出そうとしていて危なっかしかったが、まあ、久しぶりに無邪気にはしゃげた感があった。
そうして競技大会が終わり、少年が帰る時が来る。
「じゃあ、お別れですね少年」
「うむ、メディアよ、今日の事は感謝する。しかし、お前は我の名を聞かんのか?」
「分かり切った事を聞いても仕方がないでしょう」
「ふむ、それもそうだな。ではさらばだ」
そうして少年は光となって消滅した。後には何も残らず、風がそよいで少年の残り香もかき消してしまう。そうして私は踵を返して、ため息をついた。
「しかし、主神様も親バカなんですねぇ」
◆
「ゼウス様、どちらへ行っておられたのですか?」
「うむ、アポロンか。ちと、地上にな」
「楽しそうですが、良い事でも?」
「面白い女に会った。うむ、あれは面白い」
「…あまり奔放な行いは止めた方がよろしいのでは? ヘラ様がまたお怒りになられますよ」
「ふっ、こればかりは我の宿命でな。文句は人間どもに言うべきだろう?」
「全く、困った方だ」
豊かな白い髭と髪をもつ立派な体躯をした老人は、そうして笑いながら輝くような青年を引き連れて水晶の宮殿に踏み入れた。
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ヘラクレスさんがinしました。ああ、鉛色じゃないですよ。ちゃんと血色の良いイイ男です。