その日、我らが冥界の女神ヘカテー様はギリシア最高の演歌の歌い手を決定すべく、天下一歌謡会を開催した。
地獄の沙汰も演歌次第。天下一歌謡会で優勝すれば、一家どころか村全員の冥界での幸福が約束される。人々はそう信じた。
これが後の紅白歌合戦である。
しかし、この大会においての優勝候補はただ一人のみ。すなわち、女神ヘカテーが異国より連れ帰った巫女イシュキックに他ならない。
誰もが巫女の勝利を疑わなかったが、そこに思わぬダークホースが登場する。
「俺は演歌王になる男だ!」
彼の名はパリス。アナトリア半島の都市国家イリオスより出奔した王子であった。
彼は演歌狂いであり、王が引き止めるのも聞かず、己の演歌がギリシア本土に通じるかどうかを確かめるためにやって来た天才歌手だった。
そして彼は下馬評を乗り越え、見事に天下一歌謡会で優勝してしまう。
この偉業を称えた女神ヘカテーはパリスにいかなる褒美が欲しいのか問うた。
しかし、パリスは演歌馬鹿である。演歌以外は頭にない。とはいえ、優勝したことの報償は貰うべきだ。
そこで彼はヘカテーに願った。自身にとっての理想の伴侶を…と。それがすべての原因となった。
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ヘラクレスさんも随分と歳をとり、もはや老齢と言われてもおかしくない年齢に達していた。
しかし、やっぱり彼は最強だった。
ところがある日、彼はとある噂を耳にする。最近、アキレウスとかいう小僧がいい気になって、最強だなんだとチヤホヤされているらしい…と。
というわけで、ヘラクレスさんは考えた。こいつが一番いい気になっている時に、本当の大英雄がいったい誰なのかを思い知らせてやろうと。
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ヒッタイト帝国の王、トゥドゥハリヤ4世の悩みは深かった。
何故なら、王権の正統性を巡って二人の人物が相争う状況に陥っていたからだ。
一人は先代の王ハトゥッシリ3世の子トゥドゥハリヤ4世、もう一人は先々代の王ムルシリ3世の弟クルンタ。
トゥドゥハリヤ4世の悩みは、すなわち、彼の父が先々代の王から王位を簒奪した罪について。彼はその簒奪が罪深いことであると信じていたからだ。
そんなある日、彼は城壁から落下してしまう。それは暗殺者によるものだったが、しかし、彼の命は無事だった。
命だけは無事だった。
何故ならば、その城壁の下ではエルフ耳の女が何故か大釜をかき混ぜお昼ご飯を作っていたからだ。
後は分かるな?
立派なレディーとなったトゥドゥハリヤ4世は、しかしこれで自分は王権争いから外れるだろうと喜んだ。
しかし彼(彼女?)はそこで思わぬ言葉を女から聞く。
「お前ぇの国、あと50年ぐらいで滅びますから」と。
話を詳しく聞けば、将来、海の民なる蛮族が弱った祖国に攻め寄せて、ヒッタイト帝国は無残に滅ぼされてしまうだろうと。
滅びを回避すべくヤル気を出した彼女(彼?)はその日から積極的に動き出す。そうして彼女は、多くの人々の助けを借りてライバルを打倒し、とうとう祖国を安定させてしまう。
そんな時、彼女(もう彼女でいいや。)は驚くべき知らせを受けた。友邦であるイリオスが、海の向こうからやって来た軍隊に包囲されていると。
トゥドゥハリヤ4世は考えた。イリオスを襲う者たちこそ海の民に違いない。
こうして、ヒッタイト帝国は動き出す。そこにヘラクレスさんがいるとも知らずに。
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コルキスの王アイエテスは人生の絶頂期にあった。
彼の娘はオリュンポスの神々の王を降し、コルキスの国威は限りなく高まっていた。また、国は製鉄と新しい農産物のおかげで急速に力をつけていた。
国の勢いはそのまま国家の膨張という形で表出する。コルキスは黒海東岸地域と北岸地域を瞬く間に飲み込み始めた。
そうしてウクライナをジャガイモで征服したアイエテスは、次に黒海南岸地域、すなわちアナトリア半島に目を向ける。
どうやらギリシア連合軍がイリオスを攻めているらしいが、そこにヒッタイト帝国が介入するらしい。
もしここでギリシア軍に与して、ヒッタイト帝国を横合いから殴り付ければ、アナトリア半島も容易に征服できるだろう。
そこでアイエテスは重装騎士と弓騎兵を主力とする10万の軍団を編成すると、その軍にヒッタイト帝国侵略を命じた。
そこにヘラクレスさんがいるとも知らずに。