兵藤一誠は歯噛みしていた。
――俺は、なんでこんなに弱いんだ!
そう嘆く彼は『悪魔』である。
少々込み入った事情の末に人間から悪魔へと転生した一誠は今、夜空の下で必死に努力していた。
悪魔である彼の『主』となったリアス・グレモリーは優しい女性だった。あと乳がでかい。
彼と同じくリアスの下僕である、眷属仲間達とも馴染めてきたと思う。そして美人が多い。
少しだけスリリングで、とても楽しい時間だった。だからそれを引き裂くものがあるというのなら、抗うのもまた当然。
僅か数日後に訪れる、主リアス・グレモリーの未来を決める一戦。
勝てば将来の自由を得る。だが負ければあの美しい主は、彼女自身の事を見もしない、あのいけ好かない男と結婚する。
気に喰わない。許せない。ならば勝たねばならない。だが、――兵藤一誠は弱かった。
自身と同じリアスの眷属である他の誰よりも弱い。堕天使と争いながらも命長らえ、後に悪魔として迎え入れられた理由たる神滅具『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』を有していようと、己自身の弱さは誤魔化せない。
こうして日付が変わった後もずっと身体を苛め続けているが、こんなものが何の役に立つのか。
己の中の弱気に膝を折りつつあった彼の耳朶を、玲瓏たる声音が叩いた。
「くくく、天を支配する銀月の煌きに、己が無様を晒すか……!」
弾かれるように視線が走る。
そこに、居た。
聖銀を溶かしたかのような柔らかな銀の頭髪。あの瑞々しい浅黒い肌にこそ映える、表情豊かな月の色を思わせる蒼と金の双瞳。女好きを標榜しイケメンを唾棄する一誠でさえ息を呑む、その麗しき美貌。
「あんたは、――Zwei(ツヴァイ)!」
兵藤一誠が悪魔へと転生した切欠、アーシア・アルジェントとの運命の出会いと、彼女を救うために駆け抜けた数日間。その全てを共に戦った、一人の男。
『ふ、……Zwei(ツヴァイ)と。そう呼べ、戦友(とも)よ』
全てが終わり、一誠とアーシアの生命の保証が得られたその時。
喜びを分かち合おうとその姿を探す二人の前から忽然と姿を消した、――戦友。
「無事だったのか!」
「是。この身は不滅。かの『聖槍』とて滅ぼせぬさ」
ドヤ顔で語る姿さえ美しい。相も変らぬ奇矯な物言いに苦笑を零しつつも、再開の喜びに頬が緩む。
だがそんな感傷は許されない。いつだって、この輝くような男は一誠に厳しかったから。
「脆弱な有様だな。腑抜けたか、戦友よ」
突き刺すような視線だった。
己の弱さを全て見抜かれているような、人間であった最後の数日間に味わい慣れた、涼やかな瞳。
「……ああ。いや。負けたくないって思うんだ、でも」
「非才の身か。成程、言い訳としては有り触れるがな」
才能が無いというのは言い訳だろう? そう言われて思わず怒鳴りつけたくなったが、Zweiに貶める意図が無いのは経験から分かっている。分かっている、だが痛烈な物言いだ。歯噛みせずにはいられない。
才能が無いとは言われた。神器が非凡であろうと、使いこなせなければ意味が無い。どれだけ身体を鍛えても、強くなった実感など無いままで。役立たずなまま変われない自分に嫌気が差していた。
「手を貸してやろう」
「いっ、要らねえ!」
男の意地で拒否すれば、柔らかな笑みで迎え撃たれた。
――う、美しい……ハッ!
俺はノーマルだ! おっぱい最高! などと自己暗示を必要としたが、精一杯のしかめっ面で一誠は耐え忍ぶ。その最中にも神の造形、などという言葉が脳裏を過ぎった。兵藤一誠はこの日からしばらく、男は顔ではないと思いつつも、鏡を見る事が出来なくなる。
ぐぬぬ……、と葛藤している間に、男の手が一誠の左腕にある『赤龍帝の篭手』へと触れていた。
「あ――!?」
夜の帳を、僅かに黄金が引き裂き消える。
一秒にも満たない間に消えた輝きは、一誠の目には、触れる事さえ躊躇う荘厳な貴色として映った。
「ふ。似合わんな、俺には」
そう笑って、ようやく会えた戦友が森の中へと消えていく。
だから一誠は堪らず声をかけた。
「待てよ! アーシアだってあんたに会いたがってたんだ! せめて少しくらい――」
言葉は、向けられた掌によって止まる。遮られた想いが胸に詰まり、もう一誠には何も言えなかった。
「またいずれ、――相克する螺旋で待つ」
言い捨てて、彼の姿が消えた。
やはり何を言っているのか分からない。分からないままだが。
「また会えるってのは、間違いないんだな、戦友(ツヴァイ)」
小さくも雄々しい笑みを浮かべる一誠の左腕で。『赤龍帝』の息吹が、熱く、熱く、脈を打っていた。
そして森を駆ける男、Zweiはふと足を止める。
梢の茂る一角へと視線を向けて、掌で顔を覆うと。低く、何よりも鋭い声を叩きつけた。
「きさま! 見ているなッ!」
顔を覆う側と逆の手が指差す先には何も見えない。彼の指摘には音も返らず、だが行動への無反応とは裏腹に、Zweiは酷く上機嫌な様子で再度駆け出す。
その後を追う者は居なかった。
だが。
警戒の視線と共に、その頬に冷や汗を流す影は。
間違いなく、そこに居た。
「……あれが、イッセー達の言っていた?」
「ですわね。間違い無く察知などされていなかった筈ですのに……っ」
呟きはその場に留まる二人以外には届かず、走り去る男を追う者も居なかった。
「くくく、卜占の儀 開かれる時、凱旋の笛が鳴り響く!」
「んあ。二号じゃねーか、朝帰りかよお前」
「二号、不良になった?」
「ふ、友を持たぬ者には分かるまい……」
「誰がボッチだゴラァ!」
「――ドラゴンさん達、お部屋の中で暴れちゃ駄目だにょ」
◇
○Zwei(ツヴァイ)
今代の『赤龍帝』兵藤一誠が歴史の表舞台に姿を現した通称『聖女事件』において、同じく名を知られ始めた、謎の存在。神秘的な風貌と謎めいた数々の言動により、その実態は底知れない。
「風は偏在する」「我らが『太母』の望む静寂(へいわ)のために」「神滅具(ロンギヌス)を持たぬ者には分かるまい」「我は『王』の有する十三万千七十一の仮面(ペルソナ)が一つ」等々、特に『太母』や『王』と呼ばれる何者かの存在を示唆する発言により、何処かの地下勢力の所属構成員と見なされている。加えて、前述の言動から現状未確認の神滅具所有者とも察せられる。
戦闘記録は一切残されていないが、『聖女事件』において堕天使勢力を率いた幹部コカビエルと、独自の理由により戦場へ踏み込んだ上級悪魔ディオドラ・アスタロトの二名を、単独で撃破したとされている。が、真偽は不明。
兵藤一誠と彼、並びにグレモリー&シトリー両眷属の奮闘により、揺るぎかけた三勢力間同盟は無事継続される運びとなった。
あからさまに偽名であろう『Zwei(二号)』ではなく、彼自身が称した金色に輝く右目『邪王真眼』を暫定個体名称として、三勢力は彼とその背後組織の調査を開始することとなる。
◇
~あとがき~
Zwei……、一体分身何号なんだ……。という話。
ニートの方の1号2号が原作に関わる展開は思い付きませんでした。ニートですから。
多分曹操限定のカウンターとしてしか機能しないかと。