新たな住居を与えられ、しばしの時が過ぎた。
家具は上等で部屋の間取りも広く、冷蔵庫の中身さえ気が付けば補充されているという至れり尽くせりの状況に、俺もオーフィスもヘブン状態と言って差し支えない。
最低限の掃除と食材の調理さえ行えば良いので、俺の分身達も普段はボンバーマンの数合わせくらいにしか使わない。夜逃げを敢行した当時を考えるとどうにも拍子抜けではあるが、ニートとして満たされた生活だった。
「――そう。そんな貴女は要らない。だから『代わり』を用意するんだ」
満たされた生活、だった。
定期的に訪れていた中国さんが、『霧』と共に部屋へと現れた。
彼が傍らに連れた眼鏡の男が召喚した、メガテンに出てきそうな怪物にオーフィスが捕まり。状況に着いて行けず呆けていた俺に向けて――。
突き出された『槍』を遮ろうと飛び出した分身ごと、刺し貫かれた。
「残念だがこの一月で君の神器の能力は知れている。その応用性は計り知れないが、性能的には俺の『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』を抑え込むどころか対峙する事さえ叶わない」
――素手でも良かったのだが、そこは君への手向けと受け取って貰いたい。
笑いながら告げる中国を見て、今更ながらに状況の危険性を垣間見る事が出来た。
本当は、今も何が起こっているのか分からない。目に見えるものだけで満足していた俺は、必要が無いのだと思い、何も知ろうとしなかった。オーフィスの事情も、目の前の男の名前さえ。
ただ、こいつの目が尋常じゃない事くらいしか分からなかった。
「制御できないのは良い。だが行動の予測さえ出来ない強大過ぎる存在など不要だ。それを助長出来る君もまた、厄介だった」
やはり…私は…間違って……なかった…。
「もっとも、その結果『禍の団』から真っ先に離脱した旧魔王派は存外良く踊ってくれたよ。まさかその結果が三陣営の和平とは驚いたが。あそこまで多方面に波及すれば流石に――」
が……ま……。
「お陰でハーデスとのパイプが出来た。その末が今のこの状況だ、感謝しよう。ああ、――そういえば君の名前は何だったかな?」
一人 揚々と語りながら、黒い球体に包まれたオーフィスを助けるため中国野郎に立ち向かう分身達を『槍』で薙ぎ払う。
そんなに鬱憤が溜まっていたのか中国よ。お前の話す内容は殆ど理解できないが――。
お前が俺とオーフィスに悪意を持っている事くらいは、分かる。
『Increase!』
最早 見慣れた黄金光。
今までは派手な色だとしか思わなかったその色が、今は煌びやかな輝きとして目に映る。
「……監禁した初日にオーフィスの『蛇』を一匹、与えられたのを見た。だから或いは初撃を凌げるか、なんて想定はしていた、だが」
「ごちゃごちゃと五月蝿いぜ、中国。ああ、――そういえばお前の名前は何だったかな?」
分身が部屋を埋め尽くした。床は勿論家具の上にも、壁や天井にさえ張り付くように立ち尽くし、『槍』を持った中国を睨み付ける。
視界の端でオーフィスを捕まえた球体に触れた分身が、全身を金の燐光に還しながら消滅していった。いや、何やってんだお前ら。ここは精一杯格好を付ける場面だろうに。そのザマは出オチ過ぎるぞ。
『ペロ。こ、これは……龍殺し(ドラゴンスレイヤー)! ――勝手だが汚染された分身を処分するぞ、宿主!』
タタリ神が言っている事の意味は分からないが、別に絶対数の内 百や二百の分身が減ったところで何の問題も無いからいいんじゃね?という事で遅蒔きながら許可を出す。
ついでにそこの胡散臭い眼鏡野郎も叩き潰そう。
謎の召喚術師に関して分身に指示を出すと、俺自身は前へ踏み出した。
「ゲオルク!」
残念だけど、ゲオルク君は『転校』しちゃったんだ。ドナルドにもどうにも出来なかったよ。
「くくく、祝福と滅びの狭間を抉れ……!」
相変わらず意味の分からない分身二号は捨て置くとして。――おい、デュエルしろよ。
眼鏡の名前を叫ぼうとも、欠片も視線を逸らさずに俺を睨み付ける中国。だが、腹が立っているのはこっちの方だ。危うく臨死体験するところだったんだぜ。
あのタタリ神と一緒に、単行本に直すと二巻分くらいの大冒険の末ようやく現世へと帰還した俺に、少しだけお前の時間を割いてもらおう。
「……せめて、もう少し君の力を見定める機会を設けるべきだったか。そこは素直に反省しよう」
「やっても同じだったと思うぜ? お前じゃラスボスにもなれねえよ、どうにも三下臭いからなあ」
「俺が重要視したのは、こちらの『準備』が終わるまで『無限の龍神』が目の届く場所に居る事だ。君はそもそも数にさえ入っていなかった」
「その員数外の俺が言ってやろう、――ざまあ」
「いや。――まだ終わっていない。笑うのは早いさ」
相手の手の内で『槍』が輝いた。並んで、俺の手首で小さな輪状の『王冠』が緩やかに燐光を放つ。
「『槍』よ――!」
「殴り潰せ、俺の『首(ぶんしん)』共!」
吼えるが早いか、同時に飛び出す。
駆け出した分身が『槍』の一振りで複数人 殺されていく。散った黄金光を『王冠』に帰還させるより早くまた別の分身が飛び出せば、『王冠』内で待機していた分身を生成する端から一呼吸ごとに散らされた。ならばと更に数を補充していく。
『Increase!』
そもそも一突きで殺された本体(おれ)の分身が、多少 数を増やそうと中国に敵うわけが無いのも分かっている。
次から次へと、文字通り息つく間も無く攻め込ませるが、互いの実力差を認識する以上の役には立たない。攻撃の切れ目も見えない体捌きと、何の抵抗も無く分身を貫き引き裂く御大層な『槍』。なんだよあれ、伝説の武器か。卑怯過ぎる。
ああしかし、よく分かった。
――こいつを上回るなんて、俺には無理だ。
「――見えているぞ。いくら分身に紛れようと!」
真っ直ぐに駆け出した。
俺を前へと進ませるために、一心不乱に中国を襲っていた分身達の動きが僅かに、乱れる。
その隙を。俺にはこの人数差の戦場でどうやれば見出せるのかも分からない極小の隙を、目の前の男は全力で切り拓いた。
身体ごと『槍』を振り回し、周囲の分身を殺し尽くす。
全身の捻りと共に迸る輝きが、更に殺す。
空いた空間を利用してこちらへと向けられた『槍』の切っ先が開くと、視界が白に染まった。
貫かれるなんてものじゃない。直線状の全てが消し飛ぶほどの――。
「痛えだろうがッ!」
「なに!?」
腕を伸ばす。
部屋の一角を巻き込んで消し飛ぶ分身達。その残滓たる黄金の霧の中を真っ直ぐ突き進み、ようやく俺は、目の前の阿呆の襟首を掴み取った。
「馬鹿な、あれを耐えられるわけが――!」
「耐えてねえ! あの一瞬だけで多分五十回ぐらい死んだぞボケエ!」
視界が金色に染まってよく見えない。
吹き飛んだ眼球の再生成がまだ済んでいないのだ。声が出せるだけ運が良い。こいつを捕まえるために左腕だけを先に創り上げて、喉から下は肺や背骨、腰骨、両脚の基礎だけを取り繕って、足りない部分は金色の光で埋めて間に合わせている。
耐えていない。分身を数十人貫いても余裕で部屋の一角に大穴を開けてしまえる馬鹿げた攻撃、俺に耐えられるわけが無い。ならば逆転の発想だ。
――死んでも生き返れば問題ない。
「馬鹿げている……っ!」
おいおいそんな目で見るなよ糞野郎。傷付くぜ畜生め。口に気を付けろよ塵虫が。
周囲に沢山の分身が居たお陰で、目眩ましには事欠かなかった。お前が殺し過ぎたせいで視界前方は黄金一色だったろう? 期待通りだ。充満する分身達の生命の霧で気配も何も嗅ぎ分けられなかった筈だ。
生まれた間隙は僅か一、二秒。お前は俺が見えない。だけど俺には、――この部屋にまだいくらでも『眼(ぶんしん)』が居るんだ。
あっちで眼鏡をリンチしている奴らでも良い。手持ち無沙汰にオーフィスの囚われた球体を囲む奴らでも良い。そいつらが視たものなら、俺にそれを伝える事が出来る。
最初から、お行儀の良い一対一の決闘なんかしてないんだよ。
「このッ、化け物め。お前なんぞに!」
知った事かと再生成の終わった右腕を目一杯振りかぶる。
罵声と同時に胴体を『槍』で貫かれ、続いて吐き出された光でまた身体が崩壊していく。
心臓も腰骨も塵と化し、目が見えなくなっても右腕だけは無事だった。
だったらそれで充分だ。
『Increase!』
周囲にもう一度分身を敷き詰め、俺と、俺の目の前の男を取り押さえさせる。
相手の位置さえしっかりと固定できれば、あとは俺が殴るだけ。身体の足りない部分は分身達に支えさせて補う。どれだけ暴れようと、取り押さえる分身を殺そうと、この距離ならもう逃げられない。
「俺は『英雄』曹操だ! まだ何もっ、まだ、俺は! こんな所でェ――ッ!!」
人が珍しく頑張っているんだぞ、ここらで終わっておけよボケナスが。
「『英雄』如きが、俺達の邪魔をしてんじゃねえよ」
全力で突き出した右拳が顔面を撃ち抜いて、押さえていた分身ごと、男一人を殴り飛ばした。
部屋の壁に叩きつけられ、幾度か床で跳ね返った後に動きを止める。
首から上は真っ赤に染まり、血溜まりを広げながら転がる様は死体そのものとしか思えなかった。
「……やり過ぎたかな」
「いいんだよ」
「グリーンだよ」
『うむ! 素晴らしい!』
分身とタタリ神が俺の行いを肯定してくれるが、一時の感情で全力振り絞った俺としては予想外過ぎる結果である。
これで中国が死んだら殺人罪だ。……いや、正当防衛に入るのか? あいつのせいで一度、明らかに死んだからな。俺の心臓真っ直ぐ突いて殺してきたからね、あいつ。
じゃあ良いのか。
「いいんだよ」
「グリーンだよ」
『うむ! 大金星であるな!』
そういうことにしよう。
向き直ると、眼鏡くんを襤褸雑巾にした分身達が凄く良い笑顔で汗を拭っていた。空調効いてるから汗出ないんじゃないかな。単なるポーズかアレ。
状況が落ち着いたところで例の変な、オーフィスを捕まえていたヨッシーみたいな奴が消えていく。
召喚者が気絶したからだろう。ゲームでもそんな設定は多いからな。
中国との喧嘩の前半部も、結局はあの眼鏡くんを叩き潰すための時間を稼ぐ意味合いが大きかった。時間稼ぎだけでなくそのまま勝てれば言う事は無かったのだが、そこは結果オーライで。
ヨッシーが消えれば、当然捕まっていたオーフィスも開放される。――見たところ怪我も無い。
歓声を上げる分身達を放って、歩を進める。すごく長い間離れていた気もするが、無事だったのなら良かった。本当に良かった。
自由になったというのにその場で俯いたままのオーフィスは、相変わらず寝癖だらけで黒ジャージである。
どうした、元気無いな。
「我、『無限』じゃなくなった」
ふーん。
よく分からん。
分からんが、別に良いんじゃねーの?
「何故?」
ふ。
そんな事も分からないなんてまだまだだな、お前は。
「引き篭もるのに、『無限』なんて必要無いだろう?」
「――! ……至言」
そうだろうそうだろう。
驚くオーフィスなんて初めて見た気もするが、そんな事を指摘するなんて無粋過ぎる。
さあ、とりあえず此処から逃げようぜ。このまま留まっていると、俺が殺人罪でしょっぴかれ兼ねない。
冷蔵庫から日持ちしそうな物を見繕って、家具もいくつか運び出そう。あって困るものじゃない。そしたら――。
また何処か探そう。のんびり暮らせる場所を。
「うん、一緒」
ああ。
オレ達は ようやくのぼりはじめたばかりだからな。この はてしなく遠いニート坂をよ……!
◇
○ニート1号
栄えある1号。『無限』じゃなくなったけどニートだから問題ないよねっ。――という結論に達した、伝説のドラゴン(自称)。
時間の関係で、奪われた『力』はおおよそ半分ほど。でも再び必要になるまでは取り返そうともせず、放置する気満々である。そのせいで世界は未曾有の危機を迎えるかもしれないが、ニートだからそこまで考えない。
とりあえず向こう数万年は今の生活で良いと思っている、時間感覚のおかしい寛大な幼女。
現状でも、片手間で各神話の主神クラスを滅ぼせる力がある。
○ニート2号
不滅の2号。『龍の手』で『黄昏の聖槍』を打ち破った、ごく普通のニート(自称)。
『聖槍』で破壊された肉体は全て分身と同じ要領で再生成され、それに伴って肉体的にはほぼ十割ドラゴンとなった。だが本人は無自覚である。未だに自分の事を『ちょっと変わった特技を持つ普通の人間』だと思っているが、ここまで来ると妄想の域。
神器に封じられていた『龍』から不死性や暴力性を取り込んでいるので色々な意味で強くなった。『龍』からの助命の対価というよりも、神器の制御の成果。無数に居た1号の『蛇』も既に2号の一部となっている。未だ完全に使いこなせていないが、成長すると凄い事になる。
本気を出せば国一つ滅ぼせるけど、面倒臭いからニート。
○中の人
悲運の3号。2号の活躍で命を繋いだ、黄金に輝く蛇の王(自称)。
神器内の混沌は沈静化し、失われたモノは一切戻ってこないが、これ以上悪化する事も無くなった。
現在は2号の片腕くらいの大きさの金色の蛇の姿で纏まっている。2号が頑張れば分身の身体を与える事も出来るが、外に出ると1号と顔を合わせなければならないのでビビって出てこない引き篭もり。
●2号の神器(セイクリッド・ギア)
禁手『無限頭の黄金蛇王(ナーガラージャ・オブ・ナーガラージャ)』。
元はありふれた神器である『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』。禁手化した際の形状はナーガ王の装飾品である王冠。でも手首に嵌るくらい小さい。そのサイズは所有者の格を示しているとも取れる。
封印されていた七つ首の『龍(ナーガ)』と『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』の影響によって発現した亜種。2号の意思が一切反映されていない禁手。
所有者のコピーを生み出す『多頭龍』の体現であり、『無限』の模倣。
分身の性格は所有者の精神の多面性を写し取っている。変態だろうと厨二病だろうと、どれも2号の一面に過ぎない。つまり過労死も2号の可能性の一つ。
所有者と『龍』との繋がりが強化され、分身との感覚の共有が出来るようになった。
名前に反して、未だ『無限』には遠い。
◇
少し先の、ある日の事。
「う~、おっぱいおっぱい」
頭のおかしな呟きを漏らしながら通学する男子学生を横目で見送りつつ、朝食のアンパンを齧る。
隣に座るオーフィスは、先の変態男子学生を目で追っていた。どうした相棒。
「ドライグ」
ぽつりと呟いたきり、自分用のアンパンに齧りつく。
ふむ。知り合いだろうか。しかしこいつの知り合いってどうにも嫌な前例があるからな。関わりたくない。
空を見上げて、もう一口パンを齧った。
俺も順当に高校へ通っていたら、もう二年生だったんだよなあ。そんな事を考えて、春の陽気に頬を緩ませる。
「ハイスクールD×D、はじまります!」
唐突に出てきて奇声を上げる分身を蹴り飛ばして、吐き捨てる。
――ハイスクールとか、行きたくねえっつーの。
ハイスクールN×N おわり
◇
~あとがき~
実は原作前です(挨拶)。
旧魔王派の奮闘から波及して三勢力の和平が結ばれていたり、曹操とゲオルクが生死不明だったり、色々と原作崩壊していますが原作ファンとしてきっと何とかなると信じています。
最終話の「う~、おっぱ(略」のために書き上げました。
今作はここで終了です。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。