目を開けば、視界全てを埋め尽くす巨大なタタリ神が居た。
っぎゃああああああ! ばばば化け物おおおおおおお!!
いやあああああああ! 誰かあ助けてえええええっ!
『むむむ。失礼な宿主め! あっ、……いや、まぁ確かに見た目は酷い事になっているが。余としても不本意なのだぞ! 本来はもっと優美な蛇体を拝ませてやれたのだが……なぁ』
無駄に可愛らしいアニメ声しおって。ビジュアルで損するタイプかテメエ! やっ、やんのかオラァ!?
『そこまで怯えられると傷付くぞ……、ではなく。宿主よ! 現状は理解しているか?』
あ゛ー? 宿主とか、やめてよね。俺の中にお前みたいなウゾウゾしたのが寄生してるみたいに聞こえるじゃないか。きもい。
不平不満を遠慮無く飛ばしつつ、周囲を見渡す。
気が付けば黒い海の上に立っていた。
いや、海じゃないな。何これ。やばいくらいキモイぞ。オーフィスのニョロニョロが視界下方の全てを覆って、俺が立っている場所だけが動きを止めて大人しく俺のための地面を演じている。そこ以外はわらわら動いて目の前のタタリ神に向かっていく。食うのかアレを。
『き、きもいのか。余はきもいか……。うっ、ううう、とにかく! 余の声は聞こえるのだな!?』
なんでお前泣いてんの?
『泣いてないぞ!』
酔っ払いが酔ってないと言い張るレベルの説得力である。
あと、余り 身を捩らないで欲しい。見上げるような巨体が震えると、下に位置する俺に向けて無数のタタリ神が――じゃなくて、これもあいつのニョロニョロじゃねえか。なんでお前こんなにくっつけてんの? 全身が砂場に落とした磁石みたいになってるぞ。
……いやお前、何で疑問を呈しただけで震えてんだよ。
『いやじゃー…、もうニョロニョロはいやじゃあ……。助けてえ、余を助けてよう……!』
えー。
俺みたいな一般人・オブ・一般人に言われても……。妖怪ポストにでも頼めよ。多分管轄内だろ。
『もう宿主しか居らぬのだっ! 見よこの身体! 鱗も牙も、余の七つ首も! ほとんど全てが取り込まれて最早戻って来ないのだ!!』
えー。
ていうかお前七つも首あったの? どう見ても一つしか無いじゃん。見栄張るなよ。頭なんか沢山あったって自慢にならないぞ? どこの辺境部族の価値観だよ。ポケモンの進化形じゃねーんだからさ。
うーうー唸るな。……まったく。
俺に何をしろって言うんだよ。言ってみろ。
『おおっ! 流石は余を宿すほどのオノコよ! もしも余がメスならば即座に交尾に移行して卵を孕んでいるだろう気風の良さだな!』
気味悪いこと言うなよタタリ神の癖に。ていうかお前、オスの癖にぴーぴー泣いてたのか。やーい、お前の母ちゃん金平牛蒡~。
『ふふっ、性別は無くした! そこら中に居るニョロニョロ達に、余を構成するモノは殆ど食べられてしまったからなっ! 余は最早 自分の名前も思い出せぬのだ!』
お、おう……。その、ごめんなさい。
俺ってばちょっと無神経だったね。うん。よく分からないけど、原因だろうオーフィスは後でちゃんと叱っておくからさ。あ、あと俺に出来る事ならなんでもするんで。ホントなんでもするんで。ご、ごめんな?
『む? なにゆえそこまで卑屈になるか。宿主はちゃんと余の呼び掛けに応えて神器の最奥まで来てくれたではないかッ! まったく、よもやここまで焦らせおるとは、余の想像をたやすく超える伊達男よな!』
……せ、せやな。
まぶしい。見た目完全にリアル・タタリ神なのに、なんでこいつはこんなにも眩しく見えるのか。
呼び掛けって何ですか? とか聞けない。言ったら絶対泣くだろこいつ……。何なの此処、黒いニョロニョロの蠢く光景にはどこかデジャブを感じるけど、俺って何をどうして此処に居るの? でも聞けない。聞いたら意図せず迷い込んだって悟ったこいつがどうなるか分かり切っている。
今までこういう状況を分身に押し付けてきたのが俺なのだが、今は手首にもブレスレットが見えない。夢なのだろうか。夢だとしても、こいつはちょっと放っておけない。罪悪感すげえもん。
――さあ、俺は何をしたら良い?
『うむ! 知らぬ!』
ぶん殴っぞテメエ。
『ぴ!?』
こんな明らかに質量超トン級のニョロニョロ達を俺にどうしろっつーんだボゲェ! 助けろっつーんなら方法ぐらい用意しとけぇ! こちとら一般人だっつってんだろがッ!
『う、うえぇん……。だってえ……っ』
だってじゃねえ! ゆとり世代舐めんなッ! 人に助力求めるなら最初っからゴール用意しとけやァ!!
『ご、ごめんなさい』
ちっ。
帰りてえ。無性に帰りてえ。夢の中で寝たら目が覚めるんだっけ? 試してみたいけど、地面らしき所は全部ニョロニョロで埋まってるから恐え。寝たらそのまま飲み込まれたりしないかな。オーフィスのなんだから大丈夫か?
『し、しかし宿主も窮地に居るではないかぁ……』
あーん?
きゅーち? ああ、ピンチ? 何が?
『あの怖い槍で穴を開けられ、風前の灯であろ?』
やり? あな? んん? おまえは何をいってるんです?
……。
あ。
やべっ。
――俺死んでんじゃね? これ。
『いや、即座に意識が此処に落ちて来たのだ。宿主はまだ生きておる。命数が尽きたならば余も宿主と共に在る事は叶わぬのだ、つまりこうして顔を合わせているという事は、未だ宿主の魂魄が現世に留まっている証!』
なるほど。わからん。
そんな事よりオーフィスがやばいんじゃねーのか。なんか、こう、……あれだ。人気も印象も薄い癖に持ってるスキルだけはえげつない中ボスみたいなビジュアルのアレに捕まってたし。ンバッて。ヨッシーかよアイツ。じゃあ捕まったオーフィスが卵になってアレの尻から出て来んの? 大丈夫かオイ。
『……あの化け物の心配か。余は気に食わぬ。あの黒いの、此処をこんなにニョロニョロまみれにしおってからに!』
やっぱり此処ってオーフィスのせいでこうなったんだな。予想通り過ぎる。
でも俺はあいつを見捨てたくないのだ。あいつには本当に世話になったんだ。
オーフィスが痛い目に遭うのも、酷い目に遭うのも、嫌だ。あいつが本当に危ないというのなら、それを俺が無理してどうにか出来るなら、十や二十の苦労は受け入れられる。それだけは本気で言えるぞ。
『……。余は、余を助けてくれるなら、良い』
じゃあ助けてやる。
どうすれば良いかなんて分からないけど、それでどうにかなったら、お前も協力しろ。
『うむ! 余は宿主の『神器(もの)』であるからな!』
うむ。でもその言い回しはやめてくれませんかね。響きが不穏過ぎる。
『間違ってないぞ?』
そうですか。とりあえずスルーしておこう。
それじゃあ頑張ってみるか。分身居ないから俺とお前だけで頑張るしかないけど、どうにかしないとな。このまま死ぬのも嫌だしな。
ああ、それと――。
『む?』
オーフィスは『化け物』じゃないぞ。だから、もうさっきみたいな事は言うなよ。
一拍の間を置いて、酷く愉快気な笑いが空間に響き渡った。無茶苦茶うるせえ。あとニョロニョロ落ちてくるから動くなっつったろ。
さて。
――大見得切ったはいいが、どうしようかね。
◇
○ニート1号
栄えある1号。いつの間にか幕外でピンチに見舞われている、この物語のヒロイン(笑)。
今回は内面世界のお話なので一回休み。今現在、冗談抜きで生命の危機に陥っている。
○ニート2号
不滅の2号。遂に神器内部の存在との交信を果たした、この物語の主人公。
分身達が1号に甘いのは、本体である2号の精神を反映しているから。自分と同じ顔の野郎よりニート系美少女を選ぶのは実相世界の絶対法則。つまり2号は分身に文句を言う前に己の価値観を矯正しなければならない。
○中の人
神器の中の人。敢えて呼ぶなら悲運の3号。
2号の所有する神器に封印されている多頭の『龍(ナーガ)』。多分封印という形で括られていなかったらとっくに滅ぶレベルの被害を受けている、悲運の存在。昔はぶいぶい言わせていた気がするが、その頃の記憶も既に『蛇』によって喰われている。