オーフィスにお迎えが来た。
なので「捨てないでー!」と泣いて縋った。分身達が。
お前らどれだけオーフィス好きなの? ガン泣きするほどなの?
いや、俺も今更オーフィスが居なくなったら、嫌だけど。すっごく嫌だけど。本当に嫌だけど。泣くほどじゃないぜ? 本当だぜ?
ただ、迎えに来た妖しげな中国さんがすっごい暗い目してるのが気になる。あれ絶対何人か殺ってる目だって。俺の完全な思い込みと言いがかりだけど。次の犠牲者にオーフィスの名前が載るっていうなら、俺も断固として邪魔してやろう。
――そう決意した数分後。
俺達は新しいお家に居ました。やったね!
「何か重要なイベントがあった気がしたが、そんなことはなかったぜ」
「ソファ、ふかふか」
「すげえっ、この部屋電気通ってるぞ!」
思わず部屋の灯りを付けたり消したりしてしまった。実に文化的な絡繰である。素晴らしいですぞ。備え付けのキッチンにもちゃんとガスが通っている! ッパネェ! ここを我が第二の故郷と定めようではないかっ!
フハハハ――ッ!
「……今まで一体どういう生活をしていたんだ、君らは」
「てへぺろ☆」
「……、変わった神器だな。いや、禁手か?」
分身一号相手に何やら話している中国さんだが、気をつけた方が良い。一号はうざいからな。本当にうざいからな。
俺にはさっぱり事情が分からないが、中国さんが言うには今日から此処に住めという事らしい。マジでか、どこのボンボンだよこいつ。部屋に電気やガスが通ってるとか、ブルジョワ過ぎる。水道の蛇口捻ったら水が出るんだぞ!? おかしいだろがッッ!!
家具だのキッチンだの、生活に必要な一切が全て揃った広い一室。ドアが二つあり、開けてみればトイレと風呂まで付いている。窓は無い。俺達に引き篭もれと言わんばかりの楽園である。もう此処に骨埋めようかな。
「へーい!」
「へーい」
オーフィス共々、ふっかふかのベッドにダイブする。ふっかふかやぞ! 遠い昔、かつて俺が住んで居た自室のベッドとは比べ物にならない高級品な気がする。家具の良し悪しなんて全然分からないけど。
「はは、気に入ってくれたようで何よりだよ」
爽やかに笑う中国さん。いっそ様付けでもするべき この高待遇。一体オーフィスは彼に対して何をやらかしたのか。どんな悪事を働けばこんな部屋をぽんと与えて貰えるのか、是非ご教授願いたいものである。切実に真似したい。
唐突に現れたこの不審者に いつ分身を嗾けるべきかと悩んではいたのだが、杞憂だったようだ。オーフィスとはこれでお別れかと悪感情を抱いていたのは俺の考えすぎだったんだ。親切な人じゃないか。
今はただ、――嫌な目してるなぁ、とか思うだけである。
「今は少々立て込んでいてね。こちらが落ち着くまでは、申し訳ないけれど、この部屋で過ごして欲しい」
「望むところだ!」
「望むところ」
そんなやり取りに笑って、『霧』に包まれ姿を消す中国さん。イリュージョンすなぁ……。
結局最後まで彼の片手から『槍』が離れることは無かったが、現状にいっぱいいっぱいの俺には関係無い。きっと思春期特有の病を拗らせているのだろう。お大事に。
ベッドの上で寝転がると、オーフィスが背中に乗ってきた。空調のお陰で暑くも寒くも無い。
うむ。あの廃墟とは比較にならない、快適過ぎる環境だ。ここなら寒さで風邪をひく心配もしなくて大丈夫だろう。
しかし俺が此処に居ても良いのだろうか?
「……駄目?」
駄目じゃない。元々暮らしていた家よりも良い部屋だ。だけど居て良いかどうかを決めるのは俺じゃない。
中国さんに御呼ばれしたのはオーフィスだけだ。それくらいは分かる。むしろ何故俺の存在を追及もせず、一緒に連れて来られたのかが分からない。面倒臭そうな二人の会話を聞き流してネトゲしてたらいつの間にか此処に居たし。
もぞもぞと俺の背中で身体を動かすオーフィスに、顔を掴まれる。
そしてうつ伏せのまま上げた顔に、黒いニョロニョロがグイグイ押し付けられた。なんでや。
「我の『蛇』、食べる」
なんでや!
俺、今 一年ぶりにシリアスやっとったやないか! グレートがどうとか、キュー魔王派がどうとか、ネトゲやってる横から色々聞こえてきてたから俺なりに真面目に考えたんやないか!
というかお前ってマジでドラゴンなの? リアル神龍(シェンロン)なの? 願い叶えるの?
「ギャルのパンテ――」
「カノッサの屈辱!」
「ぐぼぁっ!」
分身一号と二号が何か遊んでいたが、うるせえ!とだけ怒鳴って放置する。あいつら分身の中でも特別面倒臭いんだよな。変態と厨二病のコンビで。あれが俺の分身とか、ねーわー。マジねーわー。
でだ、オーフィス。真面目な話なんだけど。
……オーフィス?
「……寝ていやがる」
枕元でぴちぴち跳ねるニョロニョロだけを残して、人の背中の上で眠っていた。亀の甲羅干しみたいに。
お前がそこで寝ると、俺が動けないんだけどね。だからどうにか退かそうとしたら、部屋に居る分身達が揃って口元に人差し指を立てて「しーっ」ってしてた。相変わらず、俺よりオーフィスを大事にする畜生共である。別にいーけどさー。
暇なのでブレスレットを摘んでニョロニョロに押し付ける。そうすると、黒いのがどんどん輪っかの金色に溶けていくのだ。ホントなんなのこれ、ホラーだろ……。オーフィスさん、せめてこれの説明だけでもしてくれませんかね。ドーピング疑惑あるよ、このブレスレット。
『ら、らめぇ……っ』
「また幻聴かぁ」
ひょっとするとこれも何かの不思議現象なのだろうか。異星からの毒電波とか。
いい加減、俺もそういうのがあると認めてはいるのだ。俺の上で寝てるニートがドラゴンとか、そこはすっげー嘘臭いけど。現実に廃墟からこの部屋まで一瞬でテレポートしたからな。あの『霧』が臭いとみるぜ、俺は。
ともあれ此処ならオーフィスものんびり過ごせるだろう。多分、俺も含めて。
胡散臭い事態の連発で、あの中国さんの事も今一つ信用ならないのだが、大丈夫だ、問題ない。そこは小さいオーフィスよりも、年上の俺が気を付ければ良い話だ。幸い分身バリアーもあるからな! オーフィスと俺を守るくらいは余裕だろう。まぁ見てな!
そんな感じに現状の安全性を確認して、全身の力を抜く。パトラッシュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ……。なんだか、とても眠いんだ……。
おやすみなさい……。
「ウェーイ……」
「ステンバーイ……」
「ステンバーイ……」
無駄に間を取るからと数を減らした分身達の密やかな応答を耳にしながら、眠りに付く。
ゆっくりと沈んでいく意識の中、背中のオーフィスの体温だけを感じていた。
この時の俺は。
まさかあんな事になろうとは、思いもしなかったのです。
本当に、思いもしなかったのです。
◇
○ニート1号
栄えある1号。ニートさえ出来れば何処だろうと関係無い、怠惰の化身。
実はグレートレッドとか禍の団の問題に2号を関わらせてしまった現状に もやっとしている最強ドラゴン。
こう見えて、割と今の状況に迷いを抱いていたりする。
○ニート2号
不滅の2号。あからさまに監禁されているのに全く気付いていない、鈍感系主人公。
死亡フラグを立てる事に秀でた才を見せる、準二級フラグ建築士でもある。
未だに天使や悪魔などの裏事情を正しく知らない、一般人(笑)。