いやあ、蜘蛛女は強敵でしたね。
「あけおめ」
「あけおめ」
「あけおめ」
「あけおめ」
「あけおめ」
円陣を組んで「あけましておめでとう」の大合唱を行う分身達を無視して、俺とオーフィスは携帯ゲーム機で一緒にネトゲを遊んでいた。あいつらいつまであの挨拶やってるんだろうね。もう正月過ぎてるぜ?
数日ぶりに会ったフレンドプレイヤーと「君って僕以外に友達居たんだねwwww」「屋上」などというやり取りもあったが、今の俺にはそれさえ心温まるエピソードだ。毎度自覚無く喧嘩を売ってくるそいつも誘って、三人で頑張る。
新年のイベント期間中はレアアイテムのドロップ率が大幅に上がるのだ。例え逃亡生活中だろうと、これを逃す気は無い。
「ごま団子うめぇ」
「栗きんとん」
「栗きんとん甘ぇ」
店売りの出来合い物ではあるが、御節を食べる。正月分の売れ残りなので大幅に値下がっていたらしい。これで炬燵もあれば日本の新年の過ごし方として言う事は無いのだが、この廃墟に電気が通っているわけもなく、携帯ストーブで暖を取るのみに留まっている。
そろそろホームレス生活にも慣れてきた俺達は、意外と適応能力に優れているのではなかろうか。
最早自分が何から逃げていたのかさえ忘れかけているが、意外と人間どこでだって生きていけるものだ。このままほとぼりが冷めるまでのんびり過ごし、そして数年後……、みたいなノリで生を謳歌したい。切実に。
「そのためには、何か手っ取り早く金を稼ぐ手段を探さないとな」
俺達は現状、分身達が今までのバイトで稼いだお金を切り崩しながら生きている。
逃亡初日に銀行から全額引き落とし、それ以降の収入は一切無い。これはやばい。現代社会でのサバイバル生活が想いの外 楽しくなってきたからのんびり過ごしていたが、このまま行くと確実にやばい。今のペースでは節約しても半年もたないのは確実である。
「分身の肉って食えるのかな……」
「分身、食べる?」
「いや、食べないよ? 食べないけどな?」
うっかりおかしな思考が過ぎった。だがまだだ、まだ俺は大丈夫だ。でも最後の手段として考えておこう。対象が分身というだけで禁忌に対するあらゆる忌避感が薄れるのは別に構わないのだが、発想そのものが人として凄く駄目な気がするからね。そもそも光って消えるあいつらが食用に為り得るかという疑問もある。
いや、そんな事を今から悩んでも仕方が無い。面倒事に思考を割くのは、本当に追い詰められてからにしよう。俺はな、明日出来る苦労は、明日やると決めているんだ!
「いっそ国外逃亡でもしたいぜ」
「高飛び」
顔の売れているかもしれないこの国を捨てて。ニート、世界へ――。
どうやれば国外脱出が叶うのか、方法はさっぱり分からないが。分身に筏でも曳かせるか? ふむ、……いけそうな気がしてきた!
『流石にそれは無茶ではなかろうか――』
ん?
左右を見回す。そうすると真似てオーフィスも見回す。
だが周囲に居るのは新年会に興じる分身達くらいのものだ。そこ、自分同士でレクリエーションのフォークダンスとかやめて。見てて居た堪れなくなる。そしてそっちの分身も、テンション上げて服を脱ぐな。あんまりやり過ぎると しまっちゃうおじさんになるからな、俺。
変態に掣肘を加えて。けれどやはり、他には何も無い。
「また幻聴か」
怪獣と出会って以降、時折耳鳴りがするのだ。やだなぁこういうの。
耳掃除とか徹底的にした方が良いかもしれないな。或いは現状を鑑みれば、お祓いの類かもしれない。
気を取り直してネトゲに目を戻すが、裾を引っ張るオーフィスの手に阻まれる。おう、どうした相棒。
「少し黙る」
『ちょ、やめ――』
お、おう?
珍しく文句を口にしながら、俺のブレスレットをぺちぺち叩く。何やってんのお前。
一頻り叩いたら満足したのか、オーフィスはゲームに視線を戻した。何だろう、思春期なのかな。てっきりこのブレスレットがお気に入りかと思っていたのだけど、一体何が気に食わなかったのか俺にはさっぱり分からない。
女の子ってむずかしーわー。とか考えながら、俺もゲームに意識を戻す。レア出ねぇな。
……思えば色々とあったものだ。両親が亡くなり伽藍とした我が家に風変わりな居候が増えたかと思えば、何故か分身の術を体得して。日常の一切を分身に任せニートになってのんびり過ごしていた筈なのに、今ではこんなどことも知れない街の片隅でネトゲをしている。
ああ、だけど後悔は無い。悲しいことも許せないこともあったけど。
けれど!
今を過ごす俺は、間違いなく幸せなのだから――!
「フラグ」
「え? なんだって?」
オーフィスの呟きに聞き返す俺の、視界の端を『霧』が過ぎる。
生きているかのようなその奇怪な動き。部屋の壁や天井、床に沿うように踊る霧が空間の全周を覆うと、どこか熱く、冷たい声が耳朶を打つ。
「ようやく見つけたぞ、『無限の龍神(オーフィス)』」
異様にギラ付いた目をした、中国っぽい中国風な中国男が、光り輝く『槍』を手にそう言った。
霧に包まれた部屋の中、集団阿波踊りを踊る分身達に囲まれて。未だゲーム機から視線を上げもしないオーフィスに向かって。突如現れた不審者が堂々と告げる。
「最早 組織と名乗るにも憚られる小集団だが、この窮状を覆すためにも。我ら『禍の団(カオス・ブリゲード)』のトップたる貴女を、迎えに来た」
……。
え? なんだって?
◇
○ニート1号
栄えある1号。お迎えが来たけど正直目の前の男が誰なのかさえ忘れている、テロ集団の旗頭(本当)。
御節では甘いものばかりを食べるタイプ。
2号が『無限』に至るためのツールである神器はともかく、その中身には欠片も執着しない、薄情系ドラゴン。なので内部からの声を幻聴扱いして嫌がる2号のために折檻するくらいは普通。
禍の団はこいつが失踪したせいで瓦解し、その影響で今冥界は凄い事になっている。
○ニート2号
不滅の2号。必殺のドラゴン波によってここ最近の気鬱を吹き飛ばした、割と何処にでも居るフラグ建築士(準二級)。
食費を心配する余り分身を食料と見なしかけた、薄情系人類。脳味噌が悪い意味でドラゴン並になりつつある。節約のため、分身達の食事は配給していない。どうせ復活するからね。
ここ数日で幻聴が聞こえるようになったのだが、それは神器との繋がりが強くなった証拠。でも幻聴レベルということから、その強度はお察しの通りである。だがその か細い繋がりのお陰で封印されてる誰かさんの寿命が延びた。
こいつがキャラに似合わないあからさまなフラグを立てる事によって、この物語は最終章へと突入する。