天国のパピー&マミー、この声が届いていますか。
俺が見えない敵との戦いを逃れ、生まれ故郷を離れ離れて旅路の果て。
短くも濃密な逃走の日々、世の中には不思議が一杯なんだと知りました。
「一号が死んだ!」
「この人でなし!」
「回り込め! 背中ががら空きだぞ!」
「へへっ、やっぱ俺って、不可能を可能に――」
今、俺の目の前に怪獣が居る。
人と蜘蛛を混ぜたような形をした、気味の悪い化け物だ。
それに抗うは冷厳なる勇者、俺の分身31人。
「どういうことなの……」
最低限の荷物を纏めて夜逃げを敢行し、街を一つ二つと通り過ぎ。あからさまな廃墟に腰を落ち着けて早数日。生活費は今まで稼いだバイト代を食い潰す事で賄っていた。
電気も通っていない侘しい屋内でジングルベー、とか歌ったクリスマス。もうどうでもいいから家に帰ろうかな、とか弱音を吐いた雪の日。よく考えれば今の状況も人に見つかれば不法侵入とかで捕まるよね、と現実を直視した大晦日。
道行く人々が全てエージェント・スミスに見え始めた俺は、ここしばらく廃墟の一室から一歩も出ていない。おんも怖い。
除夜の鐘を聞きながら膝を抱える俺と、もそもそお菓子を食べるオーフィス。あと分身の宴。
それを引き裂く怪獣蜘蛛女の襲撃。
伏線なんか無かったんや……ッ!
何の前触れも無く、ホモサピエンスとは系統樹を異にするクリーチャーと遭遇してしまったのだ。
ここにきて唐突なバトル展開とは、元引き篭もりには辛い状況である。あ、今も廃墟に引き篭もってましたね。
「なんということでしょう。裏寂れた廃墟の一角が、今ではまるで原始時代の再現のよう」
ただし分身達の武装は素手。相手は全身尖った怪獣である。
ぼやきながら、怪獣とそれに群がる分身達を見守る。昆虫に集る蟻の大群みてーだな、こいつら。
「命を大事に! げぶらっ!」
「いろいろやろうぜ! もげらっ!」
「負けたッ! 第3部 完!」
蜘蛛脚の一振りで分身が三、四人吹き飛んだ。だが金色の燐光となって散り逝く同胞の屍を踏み越えながら、生き残った別の分身達が怪獣の元へと駆け出していく。そしてまた吹き飛ぶ。
燐光が俺のブレスレットに集まると、俺の周囲に死んだ筈の分身が再生成される。「俺復活ッ!」「俺復活ッ!」などと奇声を上げてコロンビアのポーズを決める分身共。そいつらがまた仲間の屍を越えて、以下この繰り返しである。争え…、もっと争え……。
その戦闘BGMとして、俺の横に居るオーフィスが『愛のうた』を歌う。ピクミン的な意味なのか、それは。
多勢に無勢という言葉があるのだが、残機無限に加え31倍の人数差の癖に負けているのは大元の俺が貧弱だからだろうか。いや、あんなクリーチャーと俺のような一般人じゃ比較にならないだろうけど。
分身達による死に戻り前提の神風を受け続け、怪獣も無傷とはいかない。だがまだまだ余裕そうであり、このまま事態が進めば後方に居る俺とオーフィスに魔の手が及ぶのも有り得ないことでは無いだろう。
もしもを考えれば分身達を囮に、見捨てて逃げるのも、……ありだな。どうせ分身なんていくらでもリサイクル出来るんだし。最早あいつらに慈悲などいらぬと俺は知っているんだぜ。
さて撤退も視野には入れるが、縄張りをあんな怪獣に明け渡すのはちょっと嫌だな。いつまでも一箇所に留まるわけにもいかないだろうが、もうしばらく外には出たくない。せめて今ある「くっ! ここにも『機関』の魔の手がッ!」的な危機感は脱しておきたい。おちおちニートも出来ねーし。
しかしあの怪獣をどうするか。リアル・モンスターハンターとか専門外なんですけど。
「そういうわけで、オーフィスッ! 君の意見を聞こうッ!」
ババッ!と大仰なポーズで名指しすれば、歌を歌いながらブレスレットを撫でられる。どういうことだってばよ。
元は篭手だったブレスレット。オーフィスがニョロニョロを擦り付けたがる謎アイテム。分身達の製造機である。これをどうしろというのか。
思い出す。
オーフィスがかつて言っていた、トゥワ、クリ……。何だっけ。
セイクリがどうとか。――そうだ。
『……どらごん波』
確かテレビを観ていたオーフィスに乞われてドラゴン波をやったらピカッと光って、無駄にスマートな篭手が出てきたのだ。わんだほー。
ドラゴン波か。
あれをやれと。
あれをやれと?
此処で。
この状況で?
「……ふむ」
何が悲しくてこの寒空の下、除夜の鐘の鳴り響く中でドラゴン波。ドラグ・ソボールは確かに傑作だと認めるが、それとこれとは全く別問題だ。
俺を見上げるオーフィスを、見る。
復活しては死んでいく、31人の分身達を見る。
そしてまたオーフィスを見る。
「……マジでぇ?」
歌いながらもしっかり頷くオーフィスに、己の頬が引き攣った。
過保護な分身達によって多数の防寒具を身に付けさせられ、遠目から見たシルエットはほぼ球形となっているオーフィス。我がニートの友である。竹馬の友的なノリで。
快適なニート生活を約束された我が自室(アガルタ)から外へ出て、こんな廃墟で寒さに耐えながらも一緒に居てくれる良い奴なのである。本当に良い奴なのである。
その想いを裏切れようか。
「――やってやろうじゃねぇか」
同じ事をオーフィス以外が口にすれば満面の笑みで「死ねばいんじゃないっすかね!」とか言い返すところではあるが、既に俺の腹は決まっている。
どうせ誰も見ていないんだ! 今の俺に羞恥心なぞ存在しねえっ! 燃え上がれっ、俺の中の、厨二・ソウルッ!
ぬぅぉおおおおおおおおおおお!!
「ド・ラ・ゴ・ン・波ァア――――ッ!!!」
魂の奥底から込み上げる咆哮に並び、眩い黄金光が視界全てを埋め尽くす。
そしてそれが晴れた時、――俺の周囲には、今までの倍の数の分身が立っていた。
「そう来たかァ――!」
それはそうだよな! 分身に続いて怪獣まで現れて不思議現象が当たり前になってきたけど、現実にドラゴン波は無いよな! 出ないよなァ! 分かってたけどさ! でもちょっとは期待したんだぜ!? 俺だってなんだかんだと男の子だからさー!
そうして増加分を含めた分身の総数、63人。
今更になって気付いたんだけど、こいつらって俺を合わせた人数がそのまま倍々に増えてるんだな。最初は一人しか出てこなかったし。そう考えると、本当に増えたなぁ……。
「よし。多分これでなんとかなるだろ。多分」
多分ね。
いやはや不安だ。どれだけ増えたって俺だしな。俺が63人特攻してもあんな怪獣に勝てるのかな。逃げる準備しとくか。ふふっ。
「ドラゴン波――!」
「ドラゴン波――!」
「ドラゴ、ブフッ!」
おいコラァッ!!
ドラゴン波を掛け声に怪獣へと立ち向かう分身達。嫌がらせか! しっかり聞いてたのかよっ、クソ!
「どらごん波」
「お前もか」
俺に見せ付けるようにドラゴン波のポーズを取るオーフィス。そんなことすると泣くぞ、俺が。
しかしこれで随分と勝率が上がった、筈。あの怪獣が希少動物とかの類で、どこぞの愛護団体に守られているとかそういうので無い限り、このままいけば俺達は自らの縄張りを守りきれるだろう。弱肉強食は野生の掟なのである。
うむ。ドラゴン波やってから妙にブレスレットが温かい。
どくりどくりと、まるで俺の血管がそのままブレスレットに繋がっているかのようだ。……想像したらキモイなこの表現。
『……ぉお、まるで彼のカンダタに与えられた救いの糸のようだ。ありがたい、ありがたい。あっ、こら、ソレは余のものだ! やめ、やめよ! あ、あ、あああ――っ! あっ』
ん?
周囲を見回す。誰も居ない。
「なんだ、幻聴か」
ブレスレットの熱も消えている。やっぱり錯覚だったようだな。
お、怪獣が倒れた。ヒャッハー! 勝鬨をあげろ――っ!
◇
○ニート1号
栄えある1号。ホームレスになっても全然気にしない、心の広い愛されドラゴン。
2号が進化する機会は望むところ。分身がいくらでも復活するのは知っているので犠牲は一切気にしない。
手元にお菓子や携帯型ゲーム機があるから現状に対する不満も無い。2号は目立ちやすいので、買い物は主に1号の役目。リアルドラゴン波の使い手であるが、撃ったら日本が沈む。
禍の団? ああ、いい奴だったよ……。
○ニート2号
不滅の2号。1号に対して罪悪感を覚え始めた、甲斐性の無い新人浮浪者。
いまだかつて無い強い意志(ドラゴン波)によって覚醒イベントが起こったのだが、そんなものより1号の『蛇』の方が強かった。本人の意思も実力も関係無しに禁手(バランス・ブレイカー)に至った、規格外の温室育ち。
次に分身の数が『倍加』したら三桁の大台に乗る事となるのだが、2号はまだその恐ろしさに気付いていない。学校の一学年分 全て2号、とか余裕で出来るようになるのだ。
神器の中は凄いことになっている。具体的に言うとタタリ神みたいな。
※8/12 誤字修正