「緊急会議を始める」
「始める」
俺の開会宣言を真似してオーフィスが炬燵机をたしたし叩く。やめろ、お前の馬鹿力だと机が割れかねん。
場所は俺の自室。集まるメンバーは俺、オーフィス、そして俺の分身達30人である。30人である。…………多いな!? 何時の間にこんなに出せるようになったんだよ俺は!?
現状を直視し つい平静を失ってしまったが、本当にどうしてこうなった。自室に入りきらない分身は廊下に鈴生りになってまで会議に参加している。生真面目で大変よろしいのだが、同じ顔がこんなに揃っていると正直きもい。見渡す限り、俺、俺、俺である。俺がゲシュタルト崩壊しそうだ。
30もの分身達の顔を見ていると、精神が不安定になる。俺ってこんな顔してたっけ、とか。本気で思う。30つ子とか人体の限界超えてるだろ、常識的に考えて。
そして部屋のドア開けっ放しだから寒い。
「まぁいい。繰り返すが、緊急事態だ。――お前らの意見を聞きたい」
正直に言うと自分の分身相手に意見求めるとか、寂しい人間そのものな気もするのだが。事態は切迫している。
バイト組の分身が一人、死んだ。
呆然とする俺に代わり遺体の確認に向かった分身達の代表が医者に聞いた話によれば――。
『過労です』
――だそうだ。
「くそっ、やられた!」
分身などという奇怪千万な存在の癖に、きっちり死ぬのかよ! お前ら半端にリアルだなぁオイ!?
ちなみに回収した遺体はうちに搬送された時点で黄金色に輝きながら俺のブレスレットに吸い込まれ、ソレが終わったら再び出現した。地面から。ニョキっと。黄金の燐光を纏って「もう二度と過剰残業なんかしないよ」などと爽やかに笑いながら語る分身は、今現在風呂場で反省の正座中である。
普通に死ぬ癖に簡単に復活するこいつらに、俺は今までちょっと甘かったんじゃないかと思う。色んな意味で。
「お前らさぁ……、いや、俺も悪いんだけどさ。でも、こう、……なぁ?」
「イミフ」
うるせえぞ分身一号。指差して笑うな。
ともかく、だ。
「どうしよっかなー……」
死んだのである。俺が。死亡確認まできっちりお医者さんの手で行われているのだ。死亡診断書も貰った。遺体の引き取りには相応の手間とお金がかかったらしいが、その辺は全て分身に任せた。だって俺そういうの知らないし。
しかしこれってヤバイんじゃないだろうか。俺って社会的に死亡手続きとかされたのかな。そう考えると不安になるんだけど。誰か教えてくれよ。
万が一を考えて通学用の分身も即座に帰宅させたが、俺という人間が死んだ場合の対応とか社会的なアレソレとかってどうなってるんだろうか。こんな事態は想定外過ぎる。
不安だ。どこからどこに連絡が回るんだろう。家にも住めなくなるのかな。というか俺生きてるし。でも死んだし。
どうしよう。すっげー不安なんですけど。
自分が死んだ時の冴えた対応とか、学校の先生は教えてくれなかったのだぜ?
「……そういうわけで、俺ってどうしたらいいんだろう?」
思えば俺は降って湧いた『力』に浮かれて、いかに日々を楽に暮らすかばかりを考えていた。
もっと真剣に向き合うべきだったのだ。スパイダーマンだって言っていたじゃないか! 力を持つ者には責任がどうとか! うろ覚えだけど!
「分身達よ、意見を頼む!」
さあ、俺はどうするべきなんだ! 分身ッ! 君達の意見を聞こうッ!
「母(ママン)が居ればそれで良い」
「母上が幸せならどうでもいい」
「お母さんと一緒におこた入りたい」
「正直、本体(おまえ)のために物考えるのだるぃ……」
「同感……」
「くくく、神滅具(ロンギヌス)を持たぬ者にはわかるまい……」
ご覧の有様である。
「くっそ、好き勝手言いやがってええええ!! お前らもっと俺に優しくしろよぉっ!」
「えー」
「えー」
「えー」
露骨に嫌な顔をしやがる。お前ら俺への対応がぞんざい過ぎやしないか。嫌われる心当たりは、あるけど。それでもあるだろうがっ、自分同士のなんやかんやがっ! バファリンを見習え! 半分も優しいんだぞ!
ちょっと下手に出れば調子に乗りやがってこのドグサレがァァ――ッ!!
そんな憤る俺の手を掴む、小さな体温。
「オーフィス……!」
こちらを見上げる黒い瞳に、呼吸が止まった。
そうだよ、俺にはこいつが居たじゃないか。こんな地面からいくらでも収穫出来る一山いくらの分身共じゃなくて、共にニートを極めんとする魂の同胞が!
ああ視界が晴れていくようだ。
大丈夫、俺はまだ終わっていない! きっと上手いこと事実を誤魔化す方法がある! 今度はちゃんとバイトのスケジュールを組ませて、健康診断を義務付けよう! そうすれば今までと変わらず、夢の食っちゃ寝生活が戻ってくるさ!
「ありがとう、オーフィス!」
「我、お腹空いた」
「ああ、そうだな。俺もだ」
よし、気を取り直したところで飯でも食おう。そして分身達はさっさと追い出そう。こんなやつらが、反省中の過労死野郎を含めて31人もぞろぞろ家から出て行くのは絵面が恐ろしいので、その辺りタイミングをずらして退出させるとして。
考えていると、暇をもてあましたオーフィスがテレビを付ける。
そこには――。
『――さん(15)が死亡。業務上過失致死の疑いで、労働組合からは普段の業務に』
俺が映っていた。
俺が映っていた。ニュースに。過労死の件で。
いつも鏡で見る銀色の髪に、青と金の月目、浅黒い肌。シャム猫みたいなイケメンが映っていた。
俺である。疑いようもなく俺である。死亡者として、テレビに写真と名前が出ていた。
「テレビ出演。祝う?」
「そうだね、プロテインだね」
ああ、なんであの分身はわざわざ履歴書が必要なバイトを選んだのか……。
っていうかー。
ニュース早ぇえええええええええええ!?
おかしいだろう! まだ死んでから24時間も経ってないんじゃねーの!? 経ったかな!? え? いつからこの国はここまで労働者に優しくなったの!? 天才なの!? 命大事にするの!?
おのれディケイドー!!
「お前ら荷物纏めろ! 逃げるぞ畜生おおおおお!!」
パニックを起こしている自覚はあるが、事実確認で「ある日唐突に分身の術に目覚めたんです!」とか言うわけにもいかない。俺みたいな不可思議現象に対して、現実にモルモット扱いとか有り得るのか、しがないニートの身ではわからないのだ。これが誤魔化せる状況なのかさえ俺には判然としない。分身を全て消した上で何食わぬ顔で生活していればワンチャン……!?
この情報化社会で死亡事件を報じられた俺に、果たして生きていける場所がある、のか!?
「う、うわああああああああああん!!」
オーフィスを抱え部屋を走り回る俺を余所に、分身達はせっせと荷造りをしていた。
ああ! 俺は一体、どうなってしまうのか!
◇
○ニート1号
栄えある1号。およそ九ヶ月振りに部屋を出なければならなくなった、悲劇のドラゴン(自称)。
2号が慌てている理由が全く分からない、ある意味純粋な少女。テレビ出演は目出度い事だと思っている。
文中の「我、お腹空いた」というのが、憤る2号の手を握った理由の全て。でも結果オーライ。
○ニート2号
不滅の2号。予想外の事態にパニック起こして夜逃げを敢行する、悲劇のニート(自称)。
分身が半ば不死身であることが発覚したが、その事実は2号の怒りを煽るだけだった。ちなみに分身の死因は毎食安いジャムパンと牛乳だけで働き続けた末の過労死。2号、及び分身の自業自得である。
現在高校一年生。だが社会的には死亡。学校やバイト先の人々は死亡を報じたニュースに対して事件性を疑っている。