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No.38049の一覧
[0] 【習作】間桐の幻獣(Fate/stay night×ARMS、間桐慎二魔改造もの)[わにお](2013/07/31 02:52)
[1] 二話目[わにお](2013/07/31 02:53)
[2] 三話目[わにお](2013/07/31 02:56)
[3] 四話目[わにお](2013/07/19 00:31)
[4] 五話目[わにお](2013/07/31 02:54)
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[38049] 三話目
Name: わにお◆054f47ac ID:32fef739 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/31 02:56
 呵々、と笑う声が地下室に響く。
 モルグを思わせる無数の死体、それを囓り、滋養とし、蠢く無数の虫。
 その中心部の石畳で愉快そうに、さも愉快そうに翁は笑った。
 一年間行方不明であった子孫の一人、間桐の血を絶やさぬためだけに生かしておいた子孫。魔術師としての素養が一切無い間桐の末裔。
 元より翁には彼に対して興味もない、失ったら失ったでよく、戻ったなら戻ったでよい。既に精通時より胎盤に対し用いるために十分な量の精気は抜き取ってある。次代に生まれる者の世間体としての父親役さえやってくれるならば四十ほどまでは面倒を見、後は虫の苗床にでもすればよい。そんな程度にしか考えていなかった存在。
 それがなんと──
 カカカカと際限なく笑い声が響いた。
 老人の声、人の声でありながらそれはどこか虫の鳴き声を思わせる。
 足元ではきちきち、きいきいとその笑いに唱和するかのようにそぞめく虫達。

「なんとのう、なんとのう。あ奴、血を継ぐのみにしか使えぬと思っていたが、よもやまさかあのような体になっておったとは。カ──一年の間に何に巻き込まれたものかのう。まあよい、まあよい。理解できぬものなどには用は無い。じゃがあの力、駒とするならほどよいかもしれぬ。ふむ──」

 翁は、翁の姿をしたそれはつと地下室の一画、腐臭の漂う魔の洞でもひときわ濃い瘴気の漂うそこを見、少し趣向を変えるかのう、という呟きと共に──
 官能の呻きを漏らす鎖に吊られた少女が、一層身を悶えさせ、苦悶と悦楽の叫びを高々と上げる。得体の知れぬ膿のごとき汁気を吐きながら顔を振りしきり、四肢を泳がせ、やがて意識を消失したのか力を失い、ただ鎖に揺られるのみとなった。その力無く開いた口から、少女が飲み込んだとはとても思えぬ大きさの百足に似た虫が這い出、翁の体にじぶじぶと沈んでゆく。
 いかなる情報を得たのか、翁は、ほう、と感嘆を含んだ息を吐いた。

「ふむ、ふぅむ、こちらも中々に馴染んでおる。次回にはこやつも間に合うまいしの、胎盤は別に用意するとして、ここで使い潰すもまた良しか。なれば、綻びが欲しい所じゃが、むう、衛宮の小倅、遠坂のアレを使えばよいか」

 思案に暮れている翁の耳に突如として、その場に絶対に有り得ぬはずの声が届いた。

「お爺さま、あまり場を引っかき回さないで欲しいな。次の聖杯戦争に賭けるんじゃなかったっけ?」
「──慎二。有り得ぬ、ワシが知覚出来ぬと?」

 翁の声は警戒感が溢れ、虚ろな眼はぎょろぎょろとその姿を探すかのように蠢く。

「いや、本当魔術師って裏をかきやすいね。自分が特殊だと思い上がって技術を知ろうとしないからそうなるんだよ」

 声のみが地下室に響く。それなのに地下室全体、否、間桐邸の敷地全てにさえ張り巡らした翁の知覚に一切かからぬ異常。

「ハハ、悪役の間桐家らしいお約束の種明かしといこうか。その地下室に入るための通路、その天井裏にはお爺さまが留守の間にちょっとした無線設備を付けてあってね」

 無論、本来無線などが通じる場所ではない。魔術師の工房というもの以前に、密閉された地下室、石造りの空間、これほど無線の通りにくい場所もないのだ。科学は地下に対して地上ほど万能ではない。
 ただそれもデジタル無線の技術が進むにつれ、解決されていった。現在ではトンネル工事など、地下作業では欠かせない技術だ。
 地下へと続く通路と慎二の大きい窓のある部屋、二点を有線で結び慎二の部屋に中継器を、蟲倉には受信し、発信する端末をどこへでも隠しておけばいい。魔術的存在で無いからこそそれは異物とさえ感知されない。種を明かせば少々学生には厳しいとはいえ、金があれば作れる子供騙しの単純な仕掛け。

「──むう、驚かせおるわ。電信が始まったのは二百年程も昔となるか。その雑音を嫌い地下へと篭もったものも多かったが、もはや地下の石倉ですら安息が無いとはのう」

 妙な感慨でも感じたのか、どこか疲れた溜息を漏らす翁。

「ま、本当はこんな事のために使うつもりは無かったんだけどね。全く予想外だったよ。見ていたんだろ? 衛宮の奴とんでも無い奴でさ、まさかサーヴァント庇うために命張るとは思いもしなかったよ」

 苦笑する慎二。翁は眉をひそめてその言葉を聞く。ほとんど意識の隅にさえ無かった子孫、間桐桜の調教にでも役立てば十分、マキリが一般人としての体面を取り繕うための擬態になれば十二分、翁からすればそんな風に無造作に分類していた無力な子孫のはずだった。
 その上、用心深い翁はそのまったく無力なはずの慎二にさえ、いざとなれば殺せるよう、虫を仕込んでいる。本人すら知るまい、破裂させれば毒となり、瞬く間に人を死に追いやるものだ。
 あの妙な力を使うために首をすげ替えてもよい。人の支配など翁にとっては造作もない児戯だ。再び間桐家に戻ってからも、数度、本人の知らぬ間に魔術で眠らせ、虫を作る触媒を抽出した事もある。抗魔力はやはり一般人のそれであり、魔術回路は一本たりとも通っていなかったはずなのだ。
 優位に立っている。何代目か以前に交わった薄い混血の先祖返りでも起こしたか、多少サーヴァントを凌駕する身体能力があったところで、翁には、間桐臓硯にはまず問題など有り得ない。
 ──なのに何故、こうも悪い予感がしてくるのか。蟲の翁、五百年を生き抜いた魔術師だからこそ、抱けたモノ。到底認められない予感。

「ところでお爺さま、この声が届くって事は誰かがスイッチを入れなければならないんだけど、その意味するところは……さすがに解るよね?」

 考えてみれば当たり前の事。電気器具とはそういうものだ。そしてその意味する事を理解する前にその声は響いた。

「ライダー、書を破棄する。本来のマスターを守り、全力で離脱しろ」

 紫の影がこれまでにない力強さで顕現し、無造作に縛めを断ちきり、大事そうに本来のマスターである桜を抱える。一瞬の間に蟲倉の扉を突き破り、どんな獣でも追えないだろう迅さで離脱した。

「有り得ぬ……慎二よ、令呪まで無くしてわざわざ桜を出すじゃと? 狂うたか?」
「さあね、ただまあ、僕にこういうのを仕込んでくれた人はどうも容赦が無くてね、やるなら圧倒的に、迅速に、隠密に事を運ぶのが良なんだそうだよ?」

 読めない思考に、困惑を、それ以上に薄気味の悪さを翁は感じ──次の瞬間、思考する間もなく、地下室の遺体諸共に、不可視にして魔術でも捉えきれない現象、超震動により分子の域まで崩壊した。

 時代を刻んだ洋館、巨大な邸宅が轟音と共に倒壊した。
 当然だろう、地下を念入りに、一階部分と敷地一帯を幅広く広域震動によって壊したのだ。支えの無くなった建物が耐えられるはずがない。
 倒壊は実際にはわずかの時間だった。その音を聞きつけ、何事かと近所の人間が駆けつけるまでまだ時間があるだろう。
 深夜も更け、地面に近づいて来た月に照らされた、間桐邸であった瓦礫の中心にあるは、どこか鳥を模倣したかのような巨人の姿。
 グリフォンのアームズの最終形態。グリフォンのAIにプログラムされた取るべき形。震動、波長への干渉能力を最大限に発揮できる姿。兵器としての形。
 かつて自分が欲しかったものの残骸。一面の残骸を黒い影は見つめる。
 この屋敷で、自分は何も与えられず、義理の妹は苦痛のみを与えられた。
 この屋敷で道具でないものなど無かった。魔術への研鑽すら忘れ、歯車の壊れた止まれない狂った老魔術師の為だけにある虫の巣。
 結局はその使役されるべき道具により壊されてしまった老人の箱庭。

 ◇

 イリヤスフィールとの邂逅、バーサーカーの戦闘を経て、衛宮士郎の体が無事に再生した事のみを確認した慎二が次に思考した事は、己の家、間桐家──その地下に潜む影の当主の存在だった。
 既にライダーには霊体化し、蟲倉へ行かせ端末のスイッチを入れてもらっている。
 魔術での通信手段を持たない慎二なりに一応聖杯戦争に参加するにあたって形だけでもと設けておいたものだ。
 あの戦いを物見高い間桐の翁、臓硯が見ていた可能性が高い事は慎二とて承知の上だった。だからでもあるまいが、慎二は別に聖杯戦争においてアームズを使う気などはさらさら無かったのだ。
 セイバーや遠坂凛に説明した間桐慎二の立ち位置は別に嘘でも何でもない。彼自身は聖杯に託す思いなど無いし、ひとまず手の届く範囲で静穏を保とうとしていただけに過ぎない。鮮血神殿も囮であり、餌であり──二人には語っていない部分では実効性のある罠でもあった。むろんいざという時の手段ではあったが。かつて旅路を共にしたこともあるオリジナルアームズ適合者達と天才少年アル・ボーエン、その出会いを聞いた事もある慎二は、学校という閉鎖空間の危険性は最初から頭にあった事だ。
 聖杯戦争の帰結も、それなりに興味はあった事だが、そう大層なものではなく、十年前の火災のようになっては困る、という程度だ。そもそも魔術を感じ取れない慎二には英霊も聖杯も書物にある第三魔法もあまりに意味がなさ過ぎる。かつて燃え尽きた執着、魔術師の真似事、自嘲と少々のおかしみを含めて、この魔術士達の宴に臨んでいたはずだった。
 友人が巻き込まれ、あろうことか呆気なく死にかけるまでは。

「あー、冷静さを失ったら負けは決まりだ、なんて言ってたな。確かに。僕もホントまだまだ青いね」

 怒るなら冷静に怒れば良かった。そうすれば衛宮士郎の容態をもっとよく確認してから別の手も打てただろう。アームズなんて異能の力、目立ち過ぎればブルーメンが飛んで来てそれはもう面倒な事になるだろうし、また目立たなくとも選択肢を狭める事になる。
 そして案の定、と言うべきか。
 無線機から聞こえてくる間桐臓硯の声、まず聞かれる事など無いとタカを括り習性のようになっている独り言。魔術では有り得ぬ奇怪な力を見せた子孫をどう用いるかを思案する声。その後ろから聞こえる義理の妹の嬌声。苦悶の叫び。やがて鎮まり、ぼそぼそと呟かれる翁の声。
 胎盤は別に用意するか、と思案していた。此度で間桐桜は使い潰そうと。
 その言葉、その意味を理解し、一瞬悩んだ。間桐桜は自身の殻に閉じこもっている。慎二と最初に会った時からそうだった。最初はそれの意味する所がわからず、ただ哀れな奴、可哀想な奴として手をとってやろうとした事もある。ただそれも、三年前、偶然地下室を発見してからというもの、変化した。彼女の言う「ごめんなさい」の意味が逆転した。もっとも──今現在、冷静に物事を見れるようになってからは、それこそ自分の思いこみでしかなかった、とも理解しているが。
 彼女に対する慎二の複雑な感情は今もなお燻っている。
 自分を持ちえなかった間桐慎二と、殻の中に篭もったままの間桐桜。兄と義理の妹という関係でありながら、おそらく本来の意味では二人は顔を合わせてすらいない。慎二は自分を持ちえたけれども、桜は殻に閉じこもり、衛宮士郎の前でのみ、わずかに顔を覗かせる程度なのだ。
 それでいいのか? と慎二は自問し、良くは無い、と自問に答えた。こんな中途半端なままに終わるのは嫌だと。
 ならば、と一息の間に思考を回し、慎二は皮肉に自分を笑う。多分これが初めての兄らしい行動になるのだろう。彼女の義兄となり十一年、本当にグズだったのはどちらだったのか。
 彼が間桐邸に近づくための時間稼ぎ、その一連のやり取りを終え、燃える偽臣の書を投げ捨てた。間桐邸の地下室から桜を抱えて飛びだしてきたライダーの眼前に飛び降り、念のための処置を伝える。理があると認めてくれたのか、静かにライダーは頷いた。

「シンジ、貴方はこれから?」
「──ん、何、ちょっと先祖の後始末をさ。ライダーはそうだな、衛宮ん家にでも行っててくれ、セイバーが出てきたら距離を置いてね」

 相変わらずどこか放り投げたような調子で言い、ライダーに背を向ける。服の繊維が破ける音、まばたき一つの後、ライダーの眼前には人から幻獣に身を変えた、黒々とした半人半鳥、アームズという兵器の背中が存在していた。
 慎二は地に穴を穿つ程の力で蹴り、グリフォンの名の通り飛翔とも言える跳躍を見せ、間桐邸の中庭に着地する。アームズの完全開放状態であるならば、もはや身を縛る法則そのものが違う、重なりながらもずれていた位相が完全に外れる。珪素生命はこの星のモノでは無いがゆえに、魔術という神秘からは認識されず、慎二からもまた認識することが出来ない。物質を以てのみ干渉できる互い違いの影法師。
 両腕の震動子(トランジューサー)はすでに励起状態、範囲を補足、空間内に超震動を発生、外縁部に波形の違う、打ち消す震動を用いる事でより精細な破壊とする。
 地に両腕を抉り込ませ──発動。破壊は一瞬だった。
 かつてのグリフォンの適合者、キース・レッドがより広範囲、高出力、無造作な破壊者のそれであるならば、慎二の力の用い方は研究者のそれだっただろう。より精緻に、より精密に。必要な場所に必要な分の力のみあれば良い。足りなければ増幅すれば良く、震動を得意とするグリフォンならそれを機能的に制御すれば良い。その思考の在り方、それが魔術師とよく似たものになっていったのはどのような世の皮肉か。

「──ハ、はは、ハハハ!」

 振りしきる瓦礫を前に、一日前まで住んでいた我が家を前に、間桐慎二、この町の誰もがその異形を慎二だとは理解できないだろう姿でもって、笑う、嗤い、嘲う。
 ぴたりとその笑いも止め、陰鬱げな声を出した。

「は、ここまで悲しくも虚しくもないのか。本当に僕は──ここに何も置いていなかったんだな」

 倒壊の轟音も鎮まり、ただ月夜に照らされる間桐邸だった瓦礫をしばし眺める。
 その残骸の光景を目に焼き付け、慎二は音もなくその場を後にした。

 ◇

 ──坊やは子供なんだねえ。
 聞きようによってはとても腹立たしい事を言われた事がある。
 ただ、言った当人が既にベッドから起き上がる事さえできない、老婆だとしたらどうだろう。
 年齢差を比較すれば、なるほど子供と断じられても仕方がない。
 ──ふふ、そういう事じゃないよ。坊やは坊や自身を見つけたばかりさ。うんうん、それで喧嘩して泣かされてしまったのだろう?
 グランドキャニオンのあの戦闘を喧嘩なんてレベルで言うならば、まあ。その通りと言わざるを得ない。間桐慎二はあれだけ人並み外れた力を得て、なお強い力で呆気なく、本当に呆気なく負けてしまった。泣いてはいないけれども。
 ──そういう所が坊やだってのさ。いいかい、坊やは未だ無色のまま。何にでもなれるんだ。この年で、この大きさでそんな何にでもなれる子なんて滅多にいやしないよ。
 なりたいものなんて決まっている。欲しくて守りたいものが出来てしまった。不覚ながら。
 ──剣と盾。坊やの欲しいモノはそれかい? 本当に子供だね、でもだからこそ精一杯走りなさいな。ただね、本当に欲しいものを掴みたいなら何も持たずに素手で一生懸命掴み取りなさい。坊やが欲しいのは常に人なのでしょう。人は好きな人を両手で抱くものなのだから。
 ママ・マリア。ハーレム地区の聖母と呼ばれる、盲目の老婆。心の奥底まで読むというリーディング能力を持つ存在。
 キース・グリーンにあたかもついでであるかのように刻まれ、失意の中、しがないサラリーマン、なんて怪しい名乗りの男に付き従い、訪れたのだ。
 思えばその通りだった。
 力なんて世界を何度滅ぼせるほど持っていても、意中の女性を振り向かせる事だって出来ない。
 そんな事、あまりに判りきった事。判ったつもりになっていた事。それでもその時はやっぱり判っていなくて──
 ユーゴーは、最後に、ごめんなさい、と本当にすまさなそうに言った。
 藍空市の白く輝く凍り付いた世界、アリスと共に去ったらしいオリジナル達。アザゼルの木。
 そんな神話もかくやという光景の中、最後にぽつんと、言葉が響いたのだ。失ったと思っていた、彼女の声。そして、これが本当の喪失だと理解した。
 義理の妹には何度も同じ言葉を言われ、一度は間違えて、一度は思い込んで──そしてその時ばかりは間違えずに正しい意味でそれを理解できたと慎二は思っている。
 だから彼も、震えて泣きじゃくる内面を必死で押しつぶして、精一杯の虚勢を張って言い返したのだ、いいさ、と。ちっとも良くなんてない、納得なんてしていないのに。
 男の意地なんてさもしいものを張ってしまったのだ。

 日差しが顔にかかり、軽く酩酊していたかのような頭が動き出す。
 細く開けた目に飛び込んできた風景は見慣れた洋室のものではなく、梁がわたされた日本建築、体の下の固くざらついた感覚はいつものベッドでなく畳のそれ。
 慎二は長くなった髪を鬱陶しそうに後ろに撫でつけながら欠伸をした。
 居間に据え付けられている時計を見れば時間はどうやら昼には届いていないようだ。
 適当に引っ張り出して勝手に着用させてもらっている友人のジャージを野暮いなあなどとも思いながら伸びをし、体をほぐす。

「──おはよう、間桐君。起きぬけの所悪いんだけど、結局何がおこったのか、分かり易く、明確に、四百文字以内で説明してくれないかしら」
「こりゃ、朝からご機嫌だね、遠坂」

 明らかにどんよりと濁った笑み、ニコリというよりニゴリと背景に映りそうな凄まじい笑みを浮かべ、遠坂凛はその笑みのまま無言で指を突き付けた。しかしさしもの慎二も一年前の慎二ではない。己の立つ場所を探しもがいていた慎二ではないのだ。なまじの男ならばここで根をあげるだろう、腹を晒してみっともなく尾を垂れるだろう。だがしかし、だがしかし──
 どん、と銃弾に撃たれたかのような衝撃が額を襲い、慎二はもんどり打って倒れた。

「痛い! 痛い!」
「──返事が遅い」

 おにがいた。
 軽く体内のナノマシンにお仕事をしてもらい、通常なら致死していてもおかしくない程の症状を取り除く。強烈過ぎる、この女猫被りとは思っていたけど、久留間恵並に強烈かもしれない、慎二もそんな感想を抱き、両手を上げて降伏宣言をする。

「──で、家に帰ったら間桐の家がサーヴァントに襲撃されてて、桜を連れてここに逃げ込んだと」
「そういう事だよ、少なくとも僕とも桜とも親しい衛宮くらいしか頼みの伝手が無いし、いずれは戦うとしてもひとまずはマスターの意向を確認してから敵対します、ってセイバーも言ってくれたしね」
「ああ──それで。衛宮君の様子を確認して戻ってみたら居間でグースカ他マスターと桜が寝ているし、見つけた瞬間今回の戦争用に持ち出した宝石でばっさりやりそうになったわよ」
「何とも……らしい判断だよ。で、衛宮の方はどうだい?」
「傷口は完全に再生。意識はまだだけどね。信じられないレベルの蘇生魔術よ、あんな自動治癒なんてかけられるならそれ以前死にかけないし、どうなってるんだか」

 とはいえ、慎二もマキリの魔術は頭に入っているとはいえ、他は基本的な知識のみ。そちらは専門外とばかりに肩をすくめる。

「ま、それはそれとして、衛宮が起きてくる前に桜の左手隠しておいてくれない? 対価はその情報で」
「──ああ、やっぱりね。今更聖杯がそんな古い老人を選ぶかと言うと微妙だし、やっぱりそうだったんだ」

 眠そうな顔で、それでもどこか嬉しげな様子で、間桐桜の左手の浮かんだ花弁のごとき令呪の上に、さらさらと模様を描き、ポケットから取り出した小粒のルビーを取り出し、小さく呟く。
 魔力を持つ他人の体に干渉するには大変なのだという。少し疲れを感じたように、遠坂凛はふう、と小さく溜息を吐いた。
 慎二は多分気付いただろうなと思い、言う。

「で、何か聞きたい事が出来たんじゃない?」
「そうね、二、三あるけど……とりあえず疲れているから一つにしておくわ。なんでこの子は夢魔の眠りなんかに入っているの?」
「良い所をついているけど、それはライダーの宝具。体内の魔を封じてもらってるのさ、眠りや夢は副次的なモノらしいね」
「そう、毒林檎でも食べたの桜は?」
「さあ、もっと悪いものかもしれない。一応一般人と思われてたはずの僕にさえ毒虫が仕掛けられていたしね、これは念のための処置ってわけ。一つ聞くけど医療系の魔術が得意な知り合いとか居ない?」

 慎二がそう聞くと、酷く嫌なものを食べたような渋面になり、遠坂凛は黙り込んだ。
 別に狙っていたわけでもないのだろうが、居間の障子がゆっくり開き、酷く調子の悪そうな衛宮士郎が
壁にもたれかかるように入って来て、先程の嫌な顔をしれっと押し隠し、取り繕った笑顔に戻した遠坂凛が声をかけた。

「おはよう、勝手に上がらせてもらってるわ衛宮君」
「……な」
「や、衛宮、勝手に上がらせてもらってるよ、桜も一緒だけど、まあこいつは忘れておいてくれよ」
「……え、いや、慎二それは」

 と、そこで遠坂凛がにっこり笑い、衛宮士郎に待ったをかけた。

「話の前にまず謝ってくれない? 昨夜の一件についての謝罪を聞かないと落ち着けないわ」
「昨夜──の、あ、え?」

 衛宮士郎が自らの腹に手をあて、顔を歪めている。

「ヘンだ、何だって生きてるんだ俺」

 慎二はここまでボケる友人にもはや笑いがこみ上げてきた、蜜柑貰うぞ、と宣言して食器棚付近に置かれている箱から冬の名物を一つ出す。
 性格からか、妙に丁寧に剥いた蜜柑を一かけ口に放り込み、遠坂凛と衛宮士郎の漫才に似たやりとりを見物──していると、急に慎二に二人の顔が向く。

「……なんだい?」
「慎二、お前、慎二だよな」

 衛宮士郎がこれまたストレートなようで別の意味でストレートな言葉を放つ。
 相変わらずの調子に、慎二はくつくつと笑った。

「そりゃ僕は慎二だよ、間桐慎二だ。四年来の友人を見忘れるなんて酷い奴だよ」
「あ、いや、そうじゃなくてだな」
「いいわ衛宮君、そういうのはもっと限定して聞かないとはぐらかされるだけだから」

 横から遠坂凛が慎二を厳しい、嘘は許さないぞ、と言いたげな目で見る。

「貴方生身でバーサーカーみたいな規格外の攻撃を受けて見せたわね。あれは何?」
「ふーん、それは先の頼みの代価って事で良いかい?」

 慎二の返した言葉が考えの外だったのか、遠坂凛はきょとんとした顔をした。ついで、そんな顔を晒した事を恥じたのか、少々頬に赤みを乗せ、頷く。
 ふむ、とどう自分の事を話したら良いのか、と考え、慎二は再び蜜柑を一かけ口に放り。

「一言で言っちゃえば改造人間」

 と一瞬言おうとしたものの、さすがにこれではふざけすぎているかと思い、普通に説明する事にした。別段改造人間でも嘘ではないのだけども。
 そして、エグリゴリだのブルーメンだの、検索すると危ないキーワード、ギャローズベルの戦いや、暗い事、悲しい事を避けて第一形態への変化も含めて説明すると──

「……おお、なんかすごいな慎二、変身ヒーローそのものか」

 などと小さく興奮を見せ、ブレードをコンコン叩いてくる衛宮士郎。信じる信じられないより、まずその手の感情が上回ったらしい。
 ただ、一息ののち、きっと慎二もこうはなりたくなかったんだろうな、とでも思ったのか、表情が沈む。その横には。

「ナノマシンって何、ケイソセイメイ? 何でプログラムで人が居られるの? 第三要素と第二要素はどこいったの?」

 などと頭を痛そうにさすりながらブツブツ呟く遠坂凛の姿があった。
 ひとまず、そちらには疎そうな遠坂凛に、血を吸わない死徒のようなモノと説明すると、すっきりと納得してしまったのは慎二としても少し首を捻らざるを得ない。

「まあ、世の中表に出てる紛争とか戦争の裏ではこういう科学技術が生まれていたらしいよ。ハハ、魔術も肩身が狭くなったものさ」
「でしょうね、バーサーカーなんてとんでもない力を受け切っちゃうくらいなんだから」

 遠坂凛がどこか呆れたような調子で言葉を挟んできたので、慎二は思い違いを正しておこうか、と頬杖をついて、蜜柑をもう一かけつまんだ。

「あの時は別に力で力に対抗したわけじゃない。このアームズの特性でね、準備さえしておけば触れる以前の距離から分子結合を緩ませる事ができる。特にサーヴァントは実体化させる際に非常に綺麗に分子を編むんだろう、均一に固められた砂をばらけさせるがごとく簡単だった。まあ、霊体に触れない以上、無理やり霊体化させるようなものだろうさ、そういう意味では僕自身には絶対にサーヴァントを殺せないね」
「──なによ、それでもサーヴァントが盾にならないとしたら、マスター殺しとしてなら反則に近い強さじゃない」
「まあ、そりゃね。でもまあ。多分そんな事やろうとすると、口うるさいのがいる、ここに」

 ひょいと慎二が赤毛の友人を見る。

「ああ、当然だ。慎二に人殺しなんてさせないし、止めるぞ」
「ほら? まあうちも完全に潰れて寝泊まりする場所探してる都合上、家主の心証は悪くしたくないしね」
「……ん? 慎二、何か凄い言葉が挟まってなかったか?」
「そう何度も言わせるなよ衛宮、昨日間桐の家が襲撃受けてね、丸ごと損壊しちゃったんだ。今の間桐邸はただの瓦礫の山だよ」

 衛宮士郎は驚きで固まり、真面目な顔になって慎二に言う。

「怪我人……とかは大丈夫だったのか?」
「大丈夫大丈夫。お前も知っての通り、あそこには僕と桜の二人しかいないから。爺さんは別の管理地に行ってたしね」

 ひらひらと手を振る慎二、衛宮士郎は眠りにつく間桐桜を見て、腕を組む、心配症だねえと心で呟き、さらに言葉を続ける。

「ライダーによる睡眠だよ、こいつは荒事には無縁なんでね、家を出るときに眠らせておいたんだ」

 しれっと誤魔化す慎二に、なるほどと頷く衛宮士郎の後ろで、白々しい、と言いたげな目を作る遠坂凛。

「ま、それでどうかな、衛宮。聖杯戦争の間、僕と桜をちょっと泊まらせてくれないかい? 正味の話、僕は特殊な体をしてはいるものの、魔術とは縁遠いし、結界の一つも張れない。おまけに妹もできれば近くに置いておきたい。遠くにやったつもりで人質にでも攫われたら本末転倒だしね。この家に置いてくれるなら同時に聖杯戦争の同盟者としての協力も約束するよ、何だったら──」

 ふむ、と一泊置いて慎二は考え深げに顎を撫でる。

「桜が体で払うから是非置いてくれと、念話が来た」
「あんた、魔術使えないでしょうがーーッ!」

 かつての妹を売り渡そうとする男に懲罰を与えんがため、あまりに早い瞬速のガンドが慎二の頬に炸裂し、襖に汚い花を咲かせた。
 遠坂凛、慎二を死徒のようなもの、と分類してから突っ込みに容赦がなくなったものらしい。


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