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No.38049の一覧
[0] 【習作】間桐の幻獣(Fate/stay night×ARMS、間桐慎二魔改造もの)[わにお](2013/07/31 02:52)
[1] 二話目[わにお](2013/07/31 02:53)
[2] 三話目[わにお](2013/07/31 02:56)
[3] 四話目[わにお](2013/07/19 00:31)
[4] 五話目[わにお](2013/07/31 02:54)
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[38049] 二話目
Name: わにお◆054f47ac ID:32fef739 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/31 02:53
 遠坂凛という少女にとって、間桐慎二という少年はあまり目を向ける価値のない存在だった。
 魔術の名家に生まれながらにして魔術の才能の根幹、魔術回路が存在しない。魔術師である事を誇りとする遠坂凛にとって、彼は人畜無害の一般人、魔術の家に生まれた以上多少知識はあるのだろうけども、それで何ができるのかというと何もできやしない。そんな存在だった。
 益体のない憤懣は無くもない。
 間桐慎二の魔術の才能が枯れてさえいなければ妹は養子になど行かなくて済んだかもしれない。
 IFの話だった。それに魔術を継げるものは一家に一人、父が妹の才能を惜しんだのであれば間桐でなくとも別の家に養子に行っていた可能性が高い。
 ただ、それは考えても仕方のない事。本人に責めがあるわけでもない。生まれは誰も選べないのだから。
 ──それでも遠坂凛は考えてしまう。もし、間桐慎二に魔術の才能があったならば、と。そして同時に、そんな意味のない感情はそれこそ心の贅肉だと。
 考えないようにしていた。見ないようにしていた。一般人に何ほどの事ができようかと。
 そしてそんな一般人に、自分の不手際のフォローを完璧にされてしまった遠坂凛は、一言で言えば荒れていた。勿論──内心で、だが。

 ランサーに殺されかけた衛宮士郎、その心臓を何とか治療し蘇生させた後、疲れからか、父から継いだ宝石を使ってしまった事への脱力感からか、うっかりと家に帰って休んでしまったのだ。遠坂凛は。目撃者を殺す事をサーヴァント同士の戦いより優先したランサーを失念して。
 むろん、気付けば早い、慌ただしく衛宮家に向かった。
 そこで見たものは、七騎目のサーヴァント、ランサーを撃退し主に微笑みかける少女の姿。
 間違いない、あれはセイバーだ。あんな存在がセイバーでないはずがない。
 その清浄にして美しい輝き、それに見とれてしまったのが遠坂凛の運の尽きだったのだろう。
 一瞬で距離を詰められ、アーチャーは咄嗟に構えるもあっという間に崩され、切り伏せられた。
 思考より早く咄嗟に取り出していた宝石を使い、魔術を放つも全てが効かず──

「止めろセイバーーー!」

 衛宮士郎、赤い髪の少年、夕日の中、懲りずに飛べない高飛びに挑戦していた少年。道を別った妹の思い人、ランサーに殺されかけた不運な目撃者、当たり前に一般人であったはずの彼の声により、ぴたりとセイバーの手は止まった。
 そしてそれが指し示す意味を瞬時に理解し──
 遠坂凛はとてつもなく、そう、漫画で言う所のトホホ、という擬音がふさわしい気持ちに襲われた。
 彼女にとっては割とどうでもいい、細々としたやりとりの後、聖杯戦争という魔術儀式に巻き込まれた事も理解していなさそうな衛宮士郎に、ちょっとした鬱憤ばらしも兼ねて脅かし──否、説明してやろうじゃないか、とずんずん衛宮家に上がり込み、居間に入り、先客と目が合ってしまい、どういう事……とばかりに額に手を当てた。

「ああ、話はついたかい? セイバーが飛び出して行った時は驚いたけどね、ま、命があって何よりだったね遠坂」
「……ええ、とりあえず命拾いしたわ。こんばんわ間桐君、セイバーの名前を口にするって事は貴方も参加者の一人という認識で良いの?」

 言外に、なら容赦はしない、という威圧を含ませた笑みを浮かべる遠坂凛。と,同時に猜疑の目でもって見る。慎二は苦笑し、両手を上げた。

「お爺さまが召喚し、僕が使っているだけさ。今回の異例の周期の聖杯戦争、間桐は見送り。御三家としての義理のみ果たすってとこだよ、そんなに睨まないでほしいな」
「そ、ならいいわ。それで、衛宮君とは……え、あれ? まさか!」
「──ハ、そのまさか、だろうさ。ただ衛宮に説明するつもりなら任せるよ、僕は知っての通り知識だけなもんでね」
「……そう、ええ、まあ。借りにしておくわ、癪だけど」

 こんな男に借りを作るなんて、と内心で荒れつつ──否、少々口からブツブツと漏れ出しもしながら、居間に入り、慎二の向かいの座布団に座る。家主が最後になぜか恐る恐る入って来て、その間に座り、セイバーが斜め後ろにそっと控えた。しばし無言の時間が流れ、遠坂凛の嘆息がその無言の緊張を断ち切った。

「さて、それじゃいつまでこうしていても仕方ないし、話をはじめるけど。衛宮君。自分がどんな立場にあって、どんな状況に置かれているか理解してないでしょ?」
「ああ。慎二が聖杯戦争とか言っていたけど、戦争……ってのもな」

 困惑げな顔でセイバーを見る。セイバーは何か? とでも言いたげな表情で小首を傾げた。

 遠坂凛がまるで知識のない衛宮士郎に説明しているその最中、間桐慎二は退屈そうにその光景を眺めていたが、ふと友人に名前を呼ばれ、意識を向けた。

「慎二、お前の家の事も聞かせてもらった、けど、桜は……その、関係してたりするのか?」
「はあ? そりゃ無用の心配ってもんだよ衛宮。魔術師は一子相伝、僕が知識だけしか持たないモノだとしても同じ事さ。古臭いシキタリって奴だよ、あいつはこんな魔術師達のバトルロイヤルになんか関わっちゃいない」
「そっか……いや、そうだよな」

 うんうんと頷く衛宮士郎。戦いに関わっていないだけで、魔術に関わっていないなどとは言っていない、そんな暢気な友人を茶化す気分になったのか、慎二はさらに続けた。

「ただ、将来的には桜の子供にこの知識も渡る事になると思うのだけどね、どうだい衛宮は、うちの入り婿にでもなってみる気はないかい?」

 びきり、と場が固まった。
 同じ頃、少々衛宮家とは距離の離れた間桐邸、その地下では虫にたかられながらも「兄さんグッドです」と親指を掲げる姿があったかどうかは定かではない。

「──ハ、冗談だよ、衛宮。でもそんなに驚かれると、是が非でもくっつけたくなってくるね。くく、お爺さまに今度話を持ちかけてみようか」
「な、止め、結婚とか俺らの年齢には早すぎるだろ!」
「いえ、シロウ、結婚はむしろ早い方が良いのです。成熟してから雑念が湧くのは当然の事、若いうちの美しい記憶、理想をどれだけ互いに持ちえるかがその後の安定を決めるのですから」

 割って入ったのはセイバーだった。どうも一家言あるらしい。
 なるほど、とさらに話に乗っかる慎二。狼狽える衛宮士郎。
 深刻な話から一転して妙な流れになってしまい、初めは笑顔で取り繕っていたものの、次第に耐えられなくなった遠坂凛が爆発した。

「あー! もういい加減に、今は聖杯戦争中だってのを思い出しなさい!」

 なりふり構わぬ大音声により、取り留めの付かない話は終わった。
 肩をすくめた慎二は、びっくりした様子の衛宮士郎に向き直る。

「どうだい衛宮、この猫かぶり具合」
「……慎二、その辺にしとかないと、何と言うか……お前暢気にしてるけど、横で遠坂の魔術刻印がぎゅんぎゅん唸ってるからな」
「……ねえ遠坂、神秘は秘匿するものじゃなかったのかい?」
「ふふ、大丈夫ですよ間桐君、しっかりきっちり息の根を止めて秘匿しますから。そろそろ貴方も海が恋しいでしょうしね、灰は灰に、海草は海底に」

 そんな事を物騒な笑みで言いながら指を突き付ける遠坂凛。現実への干渉力が高まりすぎ、慎二の目にすら見えるほどの濃密な魔力が指先の周囲を歪ませる。

「……え、衛宮、僕は今平凡な一市民として冷徹な魔術師の生贄にされかけているんだけど、お前ってこういうの許せないんじゃなかったっけ?」
「ごめんな慎二……力不足で」

 人としては歪みを抱えた衛宮士郎でも、怖いモノはあった。
 遠坂凛も溜飲を下げたのか、指先の魔術を消し、その指を天井に向ける。

「ふん、冗談よ。大体ここで攻撃魔術なんて使ったらセイバーにばっさり切られちゃうしね」
「ええ、いずれは剣を交えるとはいえ、今は一時停戦の状態。暗黙のもの──とはいえ約定破りには剣で償わせるのが戦場の習わしです」

 常在戦場を体現しているかのごとく、セイバーは極めて自然な動作で手を元の位置に戻した。

「まあとりあえず、今は衛宮君の問題が先ね。これほど知識が無いなんて思わなかったし……そうね、埒があかないし、行きましょうか、聖杯戦争をよく知っているヤツの所に」

 ◇

 冬木市の東側、新都の少々郊外に行った所に教会がある。
 地方都市には過ぎた、とさえ言える立派な教会。冬木教会とも、神父の名から言峰教会とも呼ばれるそこ。丑三つ時も迫った深夜、四人の人影が建物に続く坂を歩いていた。

「にしても、慎二が一緒に来るなんて意外だったな。てっきり、こんな寒い中、何が面白くてそんな辺鄙な場所にハイキングしなきゃいけないんだ、とか言って帰るかと思ったけど」
「……衛宮、暗に僕に帰れと言っている?」
「ええ、衛宮君の後は任せてもらって、間桐君は帰って頂いて構いませんよ、魔術師でもない貴方には堪える寒さでしょう?」

 遠坂凛はにっこり笑って辛辣な言葉のナイフを刺し。

「いやなに、ご心配どうもと言いたいけど、これでも鍛えているんでね。そちらこそそんな薄着で大丈夫かい? そんなにイライラする日に冷えは禁物なんだろ?」

 慎二は揶揄を込めた迂遠な一撃を返し。

「おあいにく様、外れよ。にしてもそんな下品なことを言うなんてね、貴方に優雅の文字は遠いものかしら」
「外れね。ああ、つまり普段からそんな余裕無くカリカリしているんだ、いや大変だね色々逼迫してて、同情するよ心の底から」

 衛宮士郎は後ろで繰り広げられる舌戦をどうすればいいか途方に暮れ、流れを変えようと友人の言葉の中でふと覚えた疑問をそのまま口にした。



「な、なあ慎二、鍛えてるって何か新しくやり始めたのか? 復学してからお前帰宅部だろ」
「ん……ああ。まあ、ね」

 どこか歯切れ悪く頷く慎二に、遠坂凛が攻める隙を見つけたとばかりに目を細めた。

「あら、鍛えてるって聞こえたけど空耳だったかしら、ねえ、間桐君は弓道もすっぽかして何をやり始めたの?」
「……古武術を少々ね」

 苦虫を噛みつぶしたような微妙な表情をし、饒舌な彼にしてはひどく控えめな言葉を吐いた。
 それは師──と呼べるかどうかは判らないものの、間違いなく間桐慎二を変化させた男性の口癖を真似たもの。
 上り坂も終盤に差し掛かり、教会の姿が見えてくる、その一番の高所に据え付けられた鐘も──
 慎二は目を細め、束の間思い返す。
 かつて「人類に福音をもたらす鐘」チャペル計画などというものがエグリゴリ内に有った。人工的な天才を生み出す実験だ。それにより生まれた子供、チャペルの子供達。エグリゴリへの叛旗を掲げようとし、それすらも出来なかった。
 ギャローズ・ベルでの戦いの後、地下通路を経てグランドキャニオンまで逃げたまでは良かった。ただ、そこに待っていたのは、キースシリーズの中の最も若い存在、チェシャ猫のアームズを身に秘めたキース・グリーン。そしてエグリゴリ旗下の殲滅部隊。
 慎二はこの時まで力に酔っていた。元々欲しかった力でないにしろ、人より遙かに強く、呆気なく他を滅ぼせるアームズという力に酔わないわけがなかった。ただ、ある一点。人臭い……とも言えるのだろう。ユーゴーという惚れた女性を守るという事が重要だったために暴走せずに居られたに過ぎなかった。
 守れると思っていた、守りきれると思っていた。それだけの力を得たと思っていた。
 キース・グリーンに、まるでついで、といったような扱いで、いともたやすく解体されるまでは。
 次に目が覚めた時、協力していたはずの四人の姿、天才児や一番守りたい人の姿は無く、アメリカの雄大で荒々しい大地には妙に似合っているような似合っていないような、スーツの男の姿があった。
 何、単身赴任のしがないサラリーマンさ、などと人を食った事を言う男は、とても物知りだった。アームズの事を知り、エグリゴリを知り、間桐慎二の突き当たった壁の事すら知っていた。
 二人はしばらく共に旅をした。
 旅の最中、慎二は様々な話を聞き、とんでもない冒険をくぐり抜け、あるいは男の使う技を教わった。
 その技は表に出すようなものではない。技というよりは業。魔術のように歴史の影で在り続けた技。忍術なんて古臭い技。
 何故行きずりの自分に教えてくれるのかと聞けば、素養が有る、それに私に教えられるのはこのくらいしか無いからねと笑っていた。何より、そのままでは異能の力に飲まれるかもしれない、そんな危惧からだと言う。最後まで語らなかったが、男には悔いがあるようだった。
 一度、心が折れた経験があったからだろうか。反復につぐ反復練習、慎二が普段あまり価値を置かない事をやれと言われてもどうにも逆らう気分にはならない。
 無論全てを教えられたはずはない、そんな時間もなかった。ただ自身の鍛え方については詳しく教えられたのだろう。全ての技術の根本となる体の使い方、精神の有りようさえ成っていれば、極論すれば後は我流でも十分、などとも言っていたものだった。
 ──彼は一体あの男のどこに惹かれたのか、と後になって何度も思う事となった。
 それはあるいはもしかしたら、慎二自身では絶対に認めないであろうけれども、それは既に死んだ実の父、鶴野に、見向かれもしなかった時間を埋め合わせようと……父性を求めていたものだったのかもしれない。

「シロウ、私はここに残ります」

 坂を登り切り、教会のある広場に出るとセイバーがそう言った。
 衛宮士郎が説得しようとするが、テコでも動きそうもない。

「良いんじゃないか、衛宮、遠坂と二人で行ってくればいい。僕もここで待つとするよ」
「え、慎二もか?」
「ああ、僕はこれからお前がどういう決断を下すか、聖杯戦争に乗るのか、乗るとしたらどうしたいのか、その答えを確認しに来たんだよ、教会にも神様にも用は無いんでね」

 寒いんだからあまり待たせるなよ、なんて言い、しっしと追い払うような仕草で教会に消える二人を見送る。
 しばらく無言の時が過ぎた。慎二はぼんやりと星空を眺め、澄んだ夜空に白い息を吐く。
 ふと、セイバーは着せられた雨合羽の下からどこか困惑の目で慎二を見、話しかけた。

「マトウシンジ、貴方は──サーヴァントを連れてきていないのですか」
「ん? ああ。そういえばサーヴァント同士は感知出来るんだっけね、その反応からすると霊体でも近ければ知覚できるって事か」
「はい、そして貴方の素振りや話しを聞くに正確に聖杯戦争を理解しています。こんな一時停戦など本来はまやかしそのものでしかない。貴方は私に斬り殺されるとは思わなかったのですか?」

 ふむ、と首を傾げ。慎二は指を二本立てた。

「理由の一点は、ライダーもまた傷を負っていた上、ちょっとした特殊事情でね、能力も落ちている。君と戦わせても絶対に勝てないってのは判りきっているからだ」

 正規マスターではない慎二はサーヴァントの能力を見る事は出来ない、ただ、ライダーを追い詰めたランサーをあっさりと追い払ったのだ。力の差は歴然だった。

「もう一点は、遠坂を殺さないからだね。あの時衛宮が止めたにしろ、間に合わなかった事にする程度は出来ただろうに。最序盤においてマスターとの関係を悪化させたくないという計算が働いたにせよ──まあ、見た目通り正規の英霊。堂々たる戦いを良しとする騎士さんって所かな、君はきっと自分が有利にある状態でなお卑怯な真似はしないし出来ないんじゃない?」

 ついでに言えば金髪は正義だ、とも慎二は内心で思ったものだが、それはさすがに口には出さなかった。

「まあ、聖杯戦争のついでぐらいに覚えておいて貰えれば良いんだけど、衛宮の家で言った通りうちは今回やる気が無いんだよね。ライダー自身も聖杯より別のモノに惹かれたみたいだし」
「……聖杯は求めていない、のですか」

 そうそう、と慎二は軽く流して話を続ける。

「ま、そんなわけでこの地に根を張る家の義務として、外来から入ってくるサーヴァント目当ての魔術師だの、柳洞寺で魂喰いやらかしてる魔女対策がメインなのさ、できれば戦いはその後にして欲しいかな」
「魂喰いを──! それは……マスターの意向次第ですが」
「ちょっと、間桐君、それは本当? いえ、でもそうすると学校の辻褄が……」

 いつの間にか教会から出てきたうちの片方、遠坂凛が聞きつけたのか、声を上げ、ついでブツブツとあーではないこーではないと呟いている。
 もう片方の少年、衛宮士郎は顔色が悪いようだった。表情もどこか固いものとなっている。
 妙な話でも吹き込まれたのかね、と慎二は「心に突き刺さる説法をする神父」の噂を思い出し、苦笑を一つ。無意味に髪をかき上げた。四年来の友人を前に問いかける。

「──それで、衛宮。お前はどうするんだい?」

 赤髪の少年はフッと息を吹き、呼吸を整え気分を落ち着かせると、慎二を真っ直ぐに見、言った。

「マスターとして戦う。聖杯戦争のせいで十年前の火災のような事が起きるというなら絶対に止める」
「あくまで魔術儀式によって起こる被害を無くすため? 聖杯は……まあお前のサーヴァントはともかくお前は欲しがりそうにないね」
「ご明察、だな」

 まったく、衛宮らしい、と慎二は肩をすくめた。
 四人で夜の町を歩き、帰る。慎二はここの所の昏睡事件を引き起こしているものと見られる柳洞寺の魔女対策の同盟をどう切り出したものか考えていた。
 魔女──と断定したのには理由がある。
 メドゥーサは元大地の女神だけあり、地脈の乱れには敏感だった。むろん、それだけではなく、使われるヘカテーの魔術による絞り込み、そして何より顔見知り程度には知っていたのが大きかった。
 慎二がライダーから聞き出したところによると、何でもポセイドンのパーティに誘われた時、紹介されたのだとか。ミノタウロス退治で有名な英雄テセウス、その時はまだ少年だったらしいのだが、ポセイドンの実子の彼は、アテナイの王、アイゲウスの養子となったらしい。そのアイゲウスの後妻に入った美人妻がかのコルキスの王女メディアだったという。のちにテセウスを毒殺しようとして失敗し、また他の国に逃れていったと伝え聞いたらしい。

 新都と深山町を隔てる橋を渡る、馴れ合いはお終いという事だろう、遠坂凛はセイバーと距離を取って歩いていた。ふと顔を慎二に向け、誤魔化しは許さない、とでも言いたげな瞳で睨みながら言う。

「間桐君、学校の結界は貴方?」
「お、ようやく気付いたかい遠坂、じゃあその意味も推理してみてくれる?」

 あまりに呆気なく認める慎二に肩すかしを食らった形の遠坂凛は何か妙なモノでも食べてしまったような顔をした。

「そりゃ、魔術師じゃない貴方が使っているんだから魂喰い以外の何があるってのよ……」
「遠坂、君はやっぱり魔術師からの見地ばかりだね。だから見逃しが多い。物騒な結界の中に魔術回路を持たない一般人と同じマスターが混ざり込んでるなんて誰が思う?」
「──隠れ蓑?」
「釣り餌でもある。悪目立ちするものは目立つというだけで策の一つなんだ。秩序を重んじる者はそれを何とか正常に戻そうとし、一般的な魔術師でもそれだけ目立てば気になって仕方無い、一度は結界の境界くらいは見に来る」
「周到ね──でも生徒が巻き込まれる可能性は考えてないの?」

「少なくとも一般人は早く帰りたくなるような暗示をライダーがかけてたはずだけどね。それに遠坂、間桐の通う学校なんて、魔術師からすれば怪しくて仕方無い場所だよ、人質も取りやすい。なら最初に抑えるのが筋だろう。外来の魔術師がうちの桜の安全と引き替えにサーヴァントを求めたらどうする?」

 あまり愉快な想像が浮かばなかったのか、眉をひそめる遠坂凛。
 それでも、と土地を管理するセカンドオーナーとしての義務もあり言う。

「それでも、よ。いかなる説明をされても、それが魂喰いの手段になり得る以上見逃すってわけにもいかない」
「──はあ、面倒臭いヤツだね遠坂。いいよ、アレの使用命令を出せないように強制(ギアス)でもかけるといい。こちとら魔力抵抗はないし、容易いだろうさ」
「ん……そうね。そうしておけば、って。えーと、衛宮君の目が痛いんだけど」
「当たり前だ遠坂、強制(ギアス)なんて魔術、なんで慎二が掛けられなくちゃいけないんだ」

 納得できないぞ、といった目で睨む衛宮士郎。逡巡し、ああもうしょうがないわね、と自棄になったように言い、溜息を吐く遠坂凛。

「……いいわ、見逃すわよ。こんなもので誤解されるのも癪だし。間桐君も私達に知られた時点でまな板の上の鯉って事は確かなんだし。でもね、あの結界の悪辣さを知れば衛宮君も理解ると思うわ。あんなモノ見せられたら二重三重の保険が欲しいに決まってるじゃない」
「結界内の人間を溶解して吸収なんて酷い結界だしね」

 さらりと言われた事の内容に衛宮士郎は始め理解が及ばず、やがてそれがどういうモノであるか朧気ながらも想像すると、慎二を厳しい目で見た。

「慎二、どういう事なんだ、それはさっき少し話してた魂喰いってのとも関係しているのか」
「んー、関係してるっちゃ関係してるさ。ま、その辺は自分のサーヴァントにでも後で聞いてみればいい。僕は説明が苦手だし何より面倒だ。ついでに僕の立ち位置も軽く話しといたから聞いておくんだね」

 話し込んでいるうちに交差点に辿り着く。
 坂道の上の交差点、三人の帰路への分岐点。

「さて、ここでお別れね。義理も果たしたし、曖昧な一時停戦はこれで終了。これ以上一緒にいると何かと面倒でしょ、きっぱり別れて明日からは敵同士ね」
「……む?」

 遠坂凛の言葉が衛宮士郎の琴線のどこかにひっかかったらしく、朴訥な顔を不思議そうにさせた。
 やがてなるほど、と言うように一つ頷き、どこか嬉しそうに言う。

「なんだ、遠坂っていいヤツなんだな」
「は? 何よ突然、おだてたって手は抜かないわよ?」

 慎二は面白いモノを見たという風で目を細める。あれは照れている、絶対照れている。遠坂に衛宮をぶつけるという発想が無かったものの、こういう事になるのか、なんて思いニヤニヤと眺めていた。

「ああ、知ってる、けどできれば敵同士にはなりたくない。俺、お前みたいなヤツは好きだ」
「──な、え」

 言葉を探し、結局見つからなかったようで、遠坂凛はそっぽを向いて黙り込んだ。
 慎二は腹を抱えて笑いたいものの、ガンドが飛んでくるのは間違いなく、それこそ盛大に下痢、嘔吐、頭痛に神経痛までまとめてセットで呪いを送られそうなのでそれはもう力を込めて笑いを堪えていた。もっとも呪いから症状に変わった時点で慎二の体にはあまり効かないモノでもあるのだが。
 遠坂凛は誤魔化すように、第三者、慎二から見ればそれはもう動揺しているのが丸わかりの様子で言い立て、その場を去ろうとし──
 その足が止まった。

「──ねえ、お話は終わり?」

 冷たく輝く月に照らされ、幼い少女はふわりと一歩を踏み出した。その後ろには圧倒的な暴力の具現。力そのものを体現したかのごとき存在。

「バーサーカー……」

 遠坂凛が呟いた。
 ライダー、セイバー、ランサー、キャスターは判明している、ならば遠坂凛のサーヴァントはアーチャーであり、眼前の巨体はアサシンにはまず見えない。簡単な消去法。

「……ふん、威容だけなら魔獣といい勝負だな」

 慎二の漏らした小さな呟きは誰の耳にも入る事が無く、また注意もされていなかっただろう。魔術師でもない一般人、それもサーヴァントすら引き連れていない。警戒される事もない路傍の小石。

「こんばんわ、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 衛宮士郎に微笑みかけ、遠坂凛に、こんな夜にはふさわしからぬお辞儀をちょこんとし、名を告げる。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、と。
 そして、夜の妖精のような微笑みのまま、物騒な言葉を続けた。

「──じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

 巨体が弾けるように飛び出した。
 坂の上から数十メートルを何ほどもないかのように跳び、超重量の斧剣を振りかざし──

「シロウ! 下がっていてください!」

 その着地点にセイバーが飛び込み、迎え撃った。
 さらに続いた二撃、押し飛ばされたセイバーの足元で削られた路面が埃となり舞い散る。
 追撃する巨人は勢いそのものを剣打と変え、打ち付ける。
 嵐、触れれば呆気なく散り飛ばされる巨剣の嵐。
 遠坂凛も衛宮士郎もその圧倒的な光景に飲まれ、それでもなお、遠坂凛は魔術師としての矜持からか、一秒にて持ち直し、魔術でセイバーを援護する。

「──くッ、なん……ってデタラメな!」

 魔術などものともせぬ、とそんな魔弾を無視し、セイバーに迫る巨剣。
 最優のサーヴァントと呼ばれるセイバーをもってすら真っ向から力でねじ伏せる規格外の存在。最初から劣勢ではあったものの、何とか食らいついていた彼女の全力の守りも──

「■■■■■■■■■■■──ッ!」

 言葉ですらない雄叫び、獣の猛る声と共に繰り出された斬撃で切り伏せられた。
 舞い散る鮮血、切り伏せられ、遠くに飛ばされるセイバーの姿。

「あは、勝てるわけないじゃない。わたしのバーサーカーはね、ギリシャ最大の英雄なんだから」

 勝ち誇る銀色の幼い少女。
 完全に蚊帳の外、認識さえされてないのではないか、というくらいに置いてきぼりにされている慎二は、顎に手を当て、それでも良いか、などと考えていた。これで呆気なくサーヴァントを失えば、衛宮士郎はある意味安全だ。この儀式に必要なのは英霊の魂であり、マスターではないのだから。聖杯戦争が終わるまで冬木から離れていればいい。アインツベルンも、まさかそこまでして執拗に追いかけはしないだろう。
 サーヴァントがやられた後、どう離脱しようかなんて考えていた慎二だったが。
 その思考の埒外の事が起きた。
 四年来の友人、度が過ぎるお人好し。
 衛宮士郎が全速力で駆け出し、自分のサーヴァントを押しのけ、バーサーカーへの盾となり──

「──は? お前……何、何やってんの衛宮?」

 腹をごっそりと断ち割られていた。
 あれは死んだな、と理性は言う。
 あれは致命傷だ、助からない、と思考は回る。
 感情は──

「なあ、サーヴァント、お前、さあ。僕の友達に……何をしてくれやがったんだ?」

 ──アームズ、と小さく呟き、久しく動かしていなかったグリフォンのコアに火をくべる。目前の魔術とは起源を同一とし、それでいて位相の違う、方向性さえ違う、科学により統べられた産物。生きる兵器にして生物とさえ言い難いそれへ我が身を置き換える。否、人という擬態を脱ぎ捨てる。
 慎二の変貌、その異様にバーサーカーの直感が告げたのか、斧剣を振りかぶり、慎二に飛びかかり、その巨剣を振り下ろし──
 その場にいる誰もが死を予感しただろう。ただの一般人があの音すら置き去りにした超重量の一撃、に耐えきれるはずがない。ミンチになる以外の運命があるはずがないと。

「──嘘」

 それは誰の呟きだったものか。
 バーサーカーはその斧剣を振り抜く事さえ出来ず、ただの素手、少なくとも見た目は。によって受け止められ、掴まれた剣身を動かす事さえ出来ず、その大木のごとき腕が震える。
 ばきりと、いとも容易く、素手で巨大な斧剣を握りつぶし、粉砕した。
 そして次の瞬間、黒い、翼を連想させる剣によってバーサーカーの腹は貫かれ──
 巨体が弾け飛んだ。跡形すらなく、散り散りに。

「間桐……君。何よその腕……」

 遠坂凛が呆然として呟く。
 そうだろう、間桐慎二という少年は当たり前の、何ももたない一般人だったはずなのだ。
 そのはずだった慎二の右手は黒々とした人のモノでは有り得ぬ形、強いていうなら剣、だろうか。幅広の、翼に似たブレードの形となっていた。

「──バーサーカー!」

 少女の叫びと共に、何も無かった慎二の眼前の空間から再び具現するサーヴァント。
 慎二が彼の主であるイリヤスフィールという少女に目を向けると、一飛びに距離を置き、主を守らんと、慎二と少女を結ぶ線上にその身を移す。
 その後ろでイリヤスフィールは赤い目を細め、初めて慎二を意識の中に置いた。

「あなた、何者? 実体をあれだけめちゃくちゃに壊したくせに霊体には傷一つ無い。マキリは肉体に成果を帰すっていうけど、そんなにまで……なってしまうのかしら」
「……ああ、やっぱり霊には干渉できないか、ま、解っちゃいたけど」

 アームズが霊体に効かないのは予測していた。科学では霊体を捉えきれないというだけでなく、四十五億年も昔に別たれた星の兄弟。言わばそれは最早異星系の力と言っても良く、神秘の在り方すら違うものだろう。法則が違い過ぎて噛み合わない。言うならば位相が違う。物質となっている肉体は壊せても霊核は壊せない。
 ただ、問題はなかった。位相の違う存在とするなら、こちらが決定的に霊体を倒せないと同時に、サーヴァントの切り札たる宝具、神秘の塊そのものもまた擬態を捨てたアームズには効かないという事でもある。ならばこそマスター殺しとしてはこれ以上の存在はない。
 その時、慎二は間違いなく殺すつもりだった。
 美しい、見た目は幼い少女だとしても関係がない。
 聖杯戦争などどうでもよく、ただ目の前で友人を殺されたから殺す。衛宮士郎はそんな事を望んでいなくともだ。
 その死体を視界の端に留め、驚きに目を見開いた。
 呆然としたセイバーの腕の中で、腹の傷が再生しだしている。少なくとも内臓は出来、顔色は夜目にも死人のそれではない。
 ならば、と地面に腕のブレードを突き刺し、超震動を発動させた。
 そして後ろに大きく跳び離脱。

「バーサーカー! 追いなさい!」

 というイリヤスフィールの声に応えようとし、バーサーカーは足場そのものが無くなっている事に気付き、その直感からか後ろに飛んだ。

「やれやれ、やりにくいね。正解だ。この辺りは未遠川が昔流れていた場所でね、少し揺さぶってやるとこの通り」

 ブレードを突き刺した部分を中心にアスファルトが割れ、しみ出た水、泥が流れ出る。地下を通る配水管でも外れたのか、ごんという重い音がした。

「半径40mに渡り液状化を起こさせた。底の無い泥を泳いで渡ってみるかい? その時はケンタウロスをなぞらえ君の守りたいものでも狙うとでもしようかな」

 ネッソス、ヘラクレスの妻を川渡り中に犯そうとし、ヒドラの毒矢で射殺されたケンタウロスの話だ。弓兵でもないヘラクレスに少女は守りきれない。

「さて、ここは分けとしよう。もうじき人の起き出す時間だ。セイバー、衛宮と遠坂を」
「マトウシンジ……はい、了承しました」

 何かを言いかけ、今言い出す事ではないと思ったのか、セイバーは衛宮士郎を抱え、遠坂凛を連れて衛宮家への道を走って行く。
 そして慎二は最後に坂の上で眼光鋭く睨み付けるイリヤスフィールに向かい、答礼するかのごとく、右足を引き左手を横に出し、手品師が場を後にする時のごとく演技めいたお辞儀を一つした。体にぴたりとつけた右手は既に人のものとなっている。口元には挑発するような笑み。

「さて、それじゃ僕も失礼させてもらうよ。手品は種が割れないうちに退場するものだしね」

 人の形ではあれど、人の身体能力では有り得ぬ速さでその場を後にした。


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