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No.37485の一覧
[0] 【ネタ】Muv-Luv~The Nursery Tale of Love and Bravely~【タイトル決定】[nov](2013/09/01 22:04)
[1] 1/愛ゆえに[nov](2013/05/04 12:17)
[2] 2/死の先を逝く者達[nov](2013/08/01 23:22)
[3] 3/名誉と栄光のためでなく[nov](2013/06/21 14:15)
[4] 4/幸はここにあり[nov](2013/09/01 21:57)
[5] 5/Only is not Lonely[nov](2013/07/15 21:05)
[6] 6/噫無情[nov](2013/09/01 22:06)
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[37485] 3/名誉と栄光のためでなく
Name: nov◆8a622b39 ID:bc79139e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/06/21 14:15
1999年 日本 国連軍横浜基地 メインホール

未だ建造途中の横浜基地の一角に建設された式典用のホールには、六十人ほどの衛士たちがずらりと並んでいた。
彼女達が所属する部隊は、普通の部隊ではなかった。VFA-01―――オルタネイティヴ計画第一戦術戦闘攻撃部隊と呼称される極めて機密度の高い部隊である。
とはいえ、現在のA-01はその大半が急遽補充された人員で構成された新設部隊に近しい存在なのだが。
そうした、自分が所属する部隊の新参者を複雑そうな顔で伊隅みちる大尉が眺めていると、不意に肩を叩かれた。

「どう思う、伊隅大尉」
みちるの肩を叩いた人物は、彼女の同期である碓氷大尉だった。碓氷も伊隅同様二十代半ばの未だ乙女と言える年齢であったが、今のA-01の中では古参の立場にある人物であった。

「……明星作戦前に、これだけの戦力がいてくれればな」
碓氷の問いに対する伊隅の答えは、偽りなき本心からの言葉であった。意識したわけではなかったが、みちるは彼女の部下である速瀬水月少尉と涼宮遙少尉の姿を見つけると、そっと目を伏せた。
今回A-01に行われた人員補充は、異例尽くめであった。補充人員の数は勿論であるが、それ以上に人員の質が高かった。何せ、各国軍、国連軍、帝国軍、果ては帝国斯衛軍のエース級までもが引き抜かれ、
補充人員としてこの度A-01に配属されているのだ。勿論新任の少尉も多数配属されているが、それとて伊隅の知る限りでは、才気溢れる選り抜きのルーキーばかりだ。
尤も、みちるにとってはそれほどの猛者たちが揃っていること以上に、彼女の二人の妹両方がこの場にいることの方が気になっていたのだが。

「確かに。このメンツであれば、あれほどの犠牲を出さずに済んだかもしれん。しかも聞いた話によると、今後はこれまで以上に優先的に最新の戦術機や装備を回してもらえるらしいからな。
下手をしなくとも、A-01は現時点において世界最強の部隊と言っても言い過ぎではあるまいよ。ただ気になるのはこの人類全体が逼迫している状況で、これだけの人員と装備を短期間でかき集められたという事実そのものだ。
幾ら香月博士が強大な権限を持っているとはいえ、こんな無茶な真似が出来るほどとは到底思えないのだが……」

「ハイヴの研究で、その無茶が許されるほどの成果を上げられたのかもしれないな。この横浜基地がこれほど急ピッチで建設されているのも、博士の強い要望を受けてのことらしいからな」
「明星作戦からまだ四ヶ月あまりしか経っていないのだぞ? 幾ら香月博士が天才とはいえ……信じられん」
「あの人は、空前絶後の存在だからな。私達のような凡人には推し量れないさ。新OSや新装備を見れば分かるだろう。あれはまさに天才の発想だ。OSと言えば、聞いたか? これから紹介される我らが連隊長殿はそのOS開発に欠かせぬ人材であったらしいが、本人は無名の衛士、しかもまだ二十にも満たぬ青年らしい。天才は一人ではない、ということだ。
しかも、役職も階級も香月博士が無茶を通したらしいからな。博士にそれほどのことをさせるのだ、相当な信任を得ているのだろう。若者だが、生半な人物ではないだろうな」
「連隊長は大佐だぞ。二十に満たぬ衛士ということは元は少尉か中尉、どれだけ高く見ても大尉だった筈。一体何階級特進なんだ? 香月博士がそこまで推すということは、相当優秀な人物なのだろうというお前の予想は私も同意見だが、しかし幾ら優秀とはいえ、二十に満たぬとは……」
「あんたたち、お喋りはそこまでだよ。気を付け!!」
碓氷の言葉の途中で、香月博士来場の知らせを受けたA-01第三大隊大隊長、フィカーツィア・ラトロワ中佐の号令により、みちると碓氷を始めとした第三大隊の衛士達が私語をやめ一斉に姿勢を正した。
同じく第二大隊も大隊長である鳳中佐の号令を受け、即座に気を付けの姿勢を取り香月博士の来場に備えた。
香月夕呼は、白衣のポケットに手を突っ込んだ状態で飄々とした足取りでホールにやってきた。ホールに漂うお堅い雰囲気に顔をしかめたものの、何も言わないまま歩みを進める。
その夕呼の後から、四人の人物が続いてやってきた。四人ともが国連軍の軍服に身を包んでおり、左腕にはA-01と刺繍された隊のエンブレムが縫い付けられていた。
壇上に上がった夕呼はマイクスタンドからマイクだけを取ると、片手をポケットに突っ込んだまま演壇の前に出て話し始めた。

「あー、そう真面目ぶった態度しなくていいから、適当に楽な姿勢になりなさい。私もてきとーにやらせてもらうから」
夕呼の発言に早速楽な姿勢をとり始めた国連軍や各国軍の衛士で構成される第三大隊に対し、斯衛軍や帝国軍の衛士で構成される第二大隊は僅かに戸惑いを見せた後、号令を受けた訳でもないのに全員が一斉に休めの姿勢を取った。
その様子を愉快そうに眺めた後、夕呼は一つ頷いた。

「今日から正式に、あんたたちはA-01所属の衛士になったわ。世界中から優秀な奴らをひっぱってきたごちゃ混ぜ部隊だから、軍規やら慣習やらの違いで戸惑うこともあるかもしれないけど、
私としては結果さえ出してくれれば大抵のことはあんたたちの好きにさせてやろうと思っているから、てきとーにやりなさい。
真面目な話も小難しい話も省くわ。面倒だからね。つまりもうあんたたちに対して言うことは無いんだけど、これだけじゃなんだから、あんたたちのお仲間を紹介するわ」
先の宣言どおりの気楽な夕呼の語り口には第二大隊のみならず流石の第三大隊の面々も戸惑った様子を見せていたが、夕呼は何ら気にした風もなく紹介を始めた。
最初の一人。軍人と言うには余りに小柄な少女は自身に衆目が集まっていることで酷く緊張しているらしく、酷くぎこちない動きで敬礼した。

「この子は社霞少尉。私の助手兼隊のマスコットよ。極度の人見知りだから、小動物を愛でるように優しく接するように」
「……よろしくお願いします」
恥ずかしそうにぴょこぴょこと髪飾りを動かす霞の様子に、あちらこちらから抑え切れなかったらしい黄色い声が飛ぶ。
周りの目を気にせず、ぶんぶんと霞に手を振ってしまっているイーニァ・シェスチナ少尉を、クリスカ・ビャーチェノワ少尉が慌てて制止すると、その様子を見ていた周囲で新たな笑いが生まれた。

「次に、神宮司まりも少佐。第三大隊所属ね。先日行った新装備やら何やらの説明を担当したから、知っているとは思うけど。
教導役でもあるから、あんたたちは世話になるでしょうよ。ご機嫌をとっておくことね。ああでも、酒は飲ませないように。
詳しい彼女の武勇伝は、まりもから教導を受けてた連中に聞きなさい」
「夕呼!」
夕呼の発言に堪らずまりもがツッコミを入れると、第三大隊を中心に笑いが生まれた。流石の神宮司少佐も香月博士の前ではたじたじだな、と宗像美冴少尉はまりもの昇進に驚きつつ喜びの笑みを浮かべていた。ちなみに夕呼はまりもの抗議を受けても変なことは

一言も口にしていません、と言わんばかりの澄まし顔のままだ。

「それからこいつは、オズ・アッシュライクスノー中佐。第一大隊所属。まりもと同じくあんたたちの教導役その2ね。まりもは今度来る訓練兵の教官も担当するから、暫くはこいつとの関わりの方が多いでしょうよ。あと、致命的に喋り方が変」
「これも個性だよ、香月博士」
夕呼の言葉を否定することなくにこやかな表情でそう言うと、オズは夕呼からマイクをやや強引に奪い取った。
あれは厄介な奴だ、と本能的に察したインドラ・サーダン・ミュン中尉は、精々目を付けられないようにしようと思った矢先に、目が合ったオズに色々な見方が出来る微笑を向けられ、思わず変な声を漏らしてしまった。

「今紹介されたオズ中佐です。名前長いから、オズの方で呼んでくれて構いません。
ワタシから、この場を借りて皆にお願いがある。この後紹介される私の親分、我らが連隊長殿は、重度のコミュ障で友達がいない。
ついでに言えば親分はこの街出身だから家族もいないし家も故郷もないってわけ。何にも持ってない親分だけど、唯一戦術機の腕は神懸ったものを持ってるから、是非頼りにして親しくしてやってほしいな。そして友達になってあげてね」
最初は場を和ますための軽口だと思って聞いていたA-01の面々であったが、オズの後半の言葉の内容と、そんなオズの語りを真顔のまま聞き流している男を見て皆が一様に黙り込んだ。
そんな反応を欠片も気にした様子を見せず、笑顔のままマイクを夕呼に返すオズ。夕呼はと言えば和やかな雰囲気が一気に消滅してしまったことにより口元に隠しきれない引き攣りが浮かんでいたが、一つ咳払いをすると、何事もなかったように語り始める。

「さて、最後はあんたたちが一番気になっているだろうこいつよ。A-01唯一の男性衛士にして、A-01連隊連隊長の、白銀武大佐。それじゃあ白銀、あんたがメインだから一つ名演説をしてちょうだい。私は引っ込むから、後は頼むわ」
マイクを武に渡すと、夕呼はさっさと舞台袖に下がってしまった。夕呼からマイクを受け取った武は、まりもとオズが場を空けた壇上の中心に立つと、微塵も表情を動かさないまま眼前に並ぶA-01の面々を見る。そのマネキンのような瞳には、やはり生気が感じられない。
そんな武に、衛士達は様々な視線を向けていた。唯一の男性に対する好奇心、大佐という異常に高すぎる階級への興味、何より、その非人間的なまでに感情の欠落した様子に対する疑念。
数多の感情の宿った視線に晒される武の耳に、オズの穏やかな声が届いた。

「昔みたいにやればオーケーですよ、親分。大丈夫、ボクが手伝ってあげるから」
武は目を閉じた。ほんの僅かな時間だけ隠されていた瞳は、再び開かれた時には、全くの別物になっていた。
ぞくり、と。その瞳を直視した者達の背を怖気にも似た何かが走った。燃え盛る炎のような激情が、武の瞳には宿っていた。

「A-01連隊連隊長を任せられることになった、白銀武だ」
いっそ穏やかと言ってよい調子で、武は語り始めた。静かな、それでいて激しい感情を感じさせる武の声に、A-01の衛士たちは皆無意識に背筋を伸ばした。

「この部隊を結成するに辺り、俺はお前達の戦術機操作記録を見せてもらっているが、率直に言って、見るに耐えない。あまりに非効率過ぎる。お前達には、想像力がない。また、その自覚もないようだ。
そんなことだから、我々の先達は悉くBETAに敗北したのだ。そんなことだから、成す術なく国土を奪われたのだ。そんなことだから、死の八分などという馬鹿げたものが存在するのだ」
飛び出した言葉は、刃物のように鋭利かつ容赦がなかった。だが罵りに等しいその言葉を受けても、誰一人反抗的な反応を見せなかった。それどころではなかった、と言うほうが正しいかもしれない。
豪胆で知られる米軍海兵隊出身のダリル・A・マクマナス中尉は、ともすれば震えだしてしまいそうになる体を必死に抑えながら、武から向けられる強い視線に耐えていた。
武の言葉は続く。武の舌が言葉を紡ぎだすに連れて、武から発せられる意思は強烈なものになっていった。

「お前達一人ひとりを育て上げるためにどれだけの時間と金が費やされているか分かっているのか? また、それに見合った成果を全ての衛士が平均的に出すことが出来ているか?
答えは否だ。僅か数分戦術機を動かしただけで何が出来る? 最低限の知識を叩き込んだだけの素人でも、恐らく数分なら機体を維持していられるだろう。
今のお前達のやり方では、結果は素人と変わらない。訓練により獲得した能力に比して成果があまりにも伴っていない。全てお前達が不甲斐ないからだ」
彼の言葉に宿る強すぎる感情は、殺意に近かった。勿論それは彼女達に対するものではない。白銀武がその全身全霊を持って憎悪する存在はBETAだけなのだから。
今彼から発せられている剣呑な空気は、彼がBETAに対し抱いているものがほんの少しだけ漏れ出てしまっているだけ。それでこれだけの圧力である。
百戦錬磨の衛士である鳳中佐は、斯衛の数々の武人達と比しても桁違いの武の気迫に圧倒されている事実を認めざるを得なかった。しかし、

「だからこの部隊では、戦術機の動かし方も分かっていないお前達に戦術機での戦い方を教える。自ら思考し、BETAどもを殺すためのより良い手段を考案できる人間にする。
俺は、兵の無駄使いは嫌いだ。また、そんなことが許されるほど、人類に余裕はない。人はもっと、効率的に死なねばならない。民衆に養われている軍人であるならば、尚更だ」
不思議なことに、衛士たちは皆武の厳しい言葉を聞きながら、自身の胸裏に何かが芽生え始めていることを自覚していた。怯んでいたはずの心は奮い立ち、誰も彼もが真っ向から武の視線を受け止めていた。
皆が気付いていた。武の言葉は叱責ではない。激励であると。ただ不器用で、真っ直ぐ過ぎるだけで。その真っ直ぐさが好ましい、と篁唯依中尉は思った。
武の不器用な言葉に、イルマ・テスレフ少尉は僅かに口元を緩めた。武を見る彼女の瞳は、どこか眩しいものを見ているかのようであった。

「お前達は、衛士となってから飢餓に襲われたことがあるか? 耐え難い寒さに身をさらしながら眠ったことがあるか? 病気や怪我を治療出来ぬまま苦しんだことがあるか?
俺は無い。一度も、ただの一度もだ。何故ならば、俺達は民衆に守られているからだ。BETAどもと戦うために、衛士は万全の状態でいなければならない。衛士を万全の状態にするために、民衆が汗を流し、日々耐え忍んでくれているからだ。
彼らは、俺達こそ正義の守り手、民衆を守る最後の一線と信じている。ならば、我々はその信頼に応えねばならない。それだけは、絶対に守らなければならない。俺はそう誓った。お前達もそうだろう」
その通りだ、と。知らずヘルガローゼ・ファルケンマイヤー少尉は深く頷いていた。彼女だけではない。イルフリーデ・フォイルナー少尉やルナテレジア・ヴィッツレーベン少尉、その他の欧州の衛士たちもその瞳に強い光を宿していた。
彼女達は、民衆を守ることこそ軍人の使命であると、それこそが騎士の誇り、高貴な者の義務であると、そう、信じていた。そしてそれは間違いではなかったと、彼女達は確信した。
彼女達の新たな指揮官である白銀武の姿が、彼が語る言葉が、彼女達の理想そのものであったからだ。

「だから、この部隊で学び強くなれ。強くなり、BETAどもを殺せ。故郷を取り戻すまで殺せ。全てのハイヴが消滅するまで殺せ。この星から奴らの姿が消えるまで、殺して殺して殺し尽くして、そして生き延びろ。死ぬことは許さん。
先程も言った。人類には、お前達のような若者をこんな所で死なせる余裕はない。好きな男と結ばれ、子を産み育てろ。一人ではダメだ。最低三人、三人の子を立派に育て上げて漸く、お前達は死ぬことを許される。間違っても俺に、お前達の死亡通知書など書かせてくれるな。
以上だ。諸君の奮励努力を期待する」
「気を付けぇぇ!!」
鳳中佐、ラトロワ中佐両名が声を張り上げる。一切の乱れなく姿勢を正した衛士達の顔には気力が漲っていた。

「連隊長に対し、敬礼!」
号令に合わせ、全員が揃って敬礼する。凛々しく力強いその姿は、同時に美しくさえあった。対する武の答礼も、見事と言う他ない完璧なものだった。たった一つの動作で、人は人を感動させることが出来るのだと衛士達は初めて知った。
泣くのは今日限り、強くなろうと速瀬水月少尉は決意した。過去を振り返らず、この足で歩んでいこう、と涼宮遙少尉は思った。
今日が始まりなのだとその場の全員が感じていた。新生A-01がではない、もっと大きな、そう……人類の反撃の始まりなのだと。





「いや~、さっきの大佐の演説凄かったよなぁ。話を聞いただけだってのに、アタシ感動しちまった!」
立食パーティーの最中そんなことを言い始めたのは、がつがつと料理を平らげながらのタリサ・マナンダル少尉だ。
「本当に。若すぎるくらいに若い大佐だと聞いていたから、少し心配だったのだけれど、杞憂だったわ」
「あと飯がうまい!」
「ふふふ、それも同意だわ」
タリサに相槌を打つのは、ステラ・ブルーメル少尉だ。彼女は上品に料理を口に運んでいたが、その皿に盛られた量はタリサに勝るとも劣らないものだった。
それもその筈、このパーティーで出されている料理は全て天然食材によるものだったのだ。香月夕呼博士が、各方面に無茶を言って手配したらしい。
しかも調理を担当している京塚曹長の腕前により、今後二度と味わえないかもしれないほど美味な料理に仕上がっているのであった。
二人の食事の手は止まらず、そして食事の合間の白銀武談義も止まらない。

「改良型戦術機とか新武装とかはともかく、新OSの話を聞いたときは大して気にしてなかったんだけどさ、あれ凄いよなぁ!
新OS搭載機の機動、まだ映像でしか見てないけどさ、本当に別次元だ。早くアタシも使ってみたい!」
「開発理念が常人離れしているわよね。間違いなく天才の発想。白銀大佐の案を元に香月博士が開発したらしいから、それを考えると大佐の階級も、あながち高すぎるというわけじゃないのかもね」
「こんな極東の基地に来た時はどうなることかと思ったけど、良い上官に出会えたみたいで嬉しいよ。ちょっと情緒不安定というか、変わり者っぽいとこもあるけど」
「天才っていう人種は、大なり小なり変わっているところがあるものよ」
遠慮のないタリサの物言いに、ステラは苦笑しながら一応のフォローを入れた。能面のような無表情に相応しい無感情な人物かと思えば、魂の熱を感じさせるような演説をしたりと、武の人物を量りかねているのはステラも同様であったからだ。
その後も、二人は白銀武大佐のことを語り合った。二人だけではない。会場の衛士達の会話の内容は皆、武のことばかりだ。
どれも武に対して好意的な意見ばかりであり、否定的な意見は一切なかった。いっそ、奇妙なくらいに、彼女達は武に強い好感を抱いていた。
そんな喧騒の会場の一角に、他とは違う雰囲気で武のことを語り合う一団がいた。

「武様、あのようにご立派になられて」
噛み締めるように呟くのは、斯衛の月詠真那中尉だ。それに頷く神代巽少尉、巴雪乃少尉、戎美凪少尉達も、感極まれりといった面持ちだ。

「私、驚きのあまりつい叫んでしまいそうでした」
「BETAの横浜侵攻以来行方不明となっていた武様が、まさかA-01に所属されていただなんて」
「殿下はご存知なのでしょうか?」
「いいや、恐らく殿下もご存知あるまい。ご存知であるならば、私に出向を命じられたときに仰られる筈だからな。
A-01そのものが極めて機密度の高い部隊であるし、あの様子からすると武様は香月博士の懐刀のようだ。博士には敵も多い。側近の情報などそうそう外に出さないだろう」
そう夕呼の立場を慮った発言をする真那であるが、恨めしげな響きが微かに宿っていたのも事実であった。

「嬉しそうだな、月詠中尉。あなたのそんな顔を見るのは初めてだ」
「これは、鳳中佐……お恥ずかしい所をお見せしました」
「気にすることはない。今は宴席であるし、何より殿下のご友人が無事であったと聞けば私とて嬉しい」
そこに、和泉中尉、篁唯依中尉や山城上総中尉、甲斐志摩子中尉などを引き連れた鳳中佐が合流する。慌てて表情を引き締める真那に鷹揚に頷くと、自身も笑みを見せた。

「しかしお話を聞き、手前は大変驚きました。合縁奇縁とはまさにこの事。しかも武殿のお父上があの本土防衛戦の英雄、白銀影行殿とは」
「私と、私の同期達が今こうしていられるのは影行殿のおかげです」
心底驚いた様子の和泉に同意しつつ、唯依は自分達の恩人である影行の姿を思い出す。高度な戦術機操作技術と、卓越した指揮能力を持つまさしく英雄だった。
彼の戦死は日本にとって痛恨の極みであったと唯依は思う。それはこの場の人間全員が共有する思いでもあった。

「あの方にご恩返し出来なかった分、白銀大佐にこの命捧げる覚悟です」
「全力を尽くします!」
決意を語る唯依達を頼もしげに見ていた鳳だったが、ふと思いついたように口を開いた。

「その主役たる白銀大佐はどうされたのだろう。オズ中佐の姿も見えないが」
「確かに。香月博士に聞いてみましょうか」
鳳達がそんなやり取りをしていると、突然歓声が聞こえてきた。声のしたほうを見れば、オズを伴った武が会場にやってきた所であった。


「連隊長! 質問があるのですが、よろしいですか」
「構わない」
「新OSを発案したのは連隊長だとお聞きしたのですが、本当でしょうか」
「その通りだ」
誰よりも早く武に向かって行ったのは、崔亦菲中尉だ。彼女と武を中心として、どんどん人が集まってくる中、武は静かに頷いた。興奮を隠し切れない様子で、崔は言葉を続ける。

「新OS搭載機の機動を見たとき、衝撃を受けました。まさか戦術機で、あのような動きが出来るとは」
「戦術機のスペックを考えればあの機動は出来て当然だ。そこに思い至らなかったとすれば、崔中尉。お前は戦術機への理解が足りなかったと言わざるを得ない」
「ははは、これまた手厳しい。ですがその分、この部隊で学び、連隊長の期待に沿えるよう努力します!」
「そうか」
淡々とした武の受け答え。奇妙と形容しても良い武の様子に話しかけるのを躊躇する者もいたが、それを上回る興味を抱く者たちが次々に動き始める。

「エレン・エイス少尉であります。連隊長。先程の演説、感動しました」
「世辞はいい。感じる所があったならば、努力しろ」
「連隊長、これまでの部隊経験を聞いても?」
「機密だ」
「ポジションはどこをされるのですか?」
「どこでも出来るが、一番適性があるのは突撃前衛だ」
「宗像少尉です。連隊長、オズ中佐とはどういったご関係で?」
「俺が上官、オズが部下だ」
「だ、断言するなよ、親分」
無表情のまま答える武に酷く情けない顔でオズが縋り付くが、それさえも全く気にせず相手にしない武。
どこまでも静かな武に対し、周囲はある意味素直とも言える武の反応に盛り上がりを見せる。

「ほら、あきらも折角だから白銀大佐に何か聞いてみたら」
「ボ、ボク? 確かに聞きたいことは色々あるけど、大佐は他の方の質問に答えるので忙しそうだし」
そんなやり取りをしているのは、伊隅まりか中尉と伊隅あきら少尉だ。オドオドとした態度のあきらに、姉であるまりかは悪戯っぽい笑みを向ける。

「そんなの気にしなくて良いよ。ただの雑談じゃない」
「でも、今お話されてるのは大尉の方だし……」
「ああもう、じれったいな……すいません、連隊長! 伊隅あきら少尉が連隊長に聞きたいことがあるようなのですが、よろしいですか」
「ちょ、まりかちゃん!?」
唐突な姉の行動に驚愕するあきらであったが、既にまりかの声を聞き届けた武が、あきらと向き合い完全に待ちの態勢に入っていた。
こうなっては最早観念するしかないあきらであるが、聞きたいことは幾つもあった筈なのに、咄嗟に出てこなくなってしまう。
結局、少しの間わたわたと手を振り慌て倒した後、あきらの口から出たのは、

「れ、連隊長は犬派ですか、猫派ですか」
というあきら自身さえも予期していないものだった。
数瞬、場は静寂に包まれたが、すぐにあちらこちらから忍び笑いがもれ始める。

(なんだ、それは)
羞恥のあまり真っ赤になり俯く妹の姿に、伊隅みちる大尉は思わず頭を抱えた。彼女の横では同期の碓氷大尉が、押し殺つつ大笑いするという器用な真似をしていた。

(失敗した。これは埋め合わせが大変かも……)
想像以上に残念な結果になったあきらを見て罪悪感を抱きつつ、まりかは武の言葉を待った。あきらと武の会話が終わり次第、フォローするつもりであったのだが。

「いぬはとねこはとは何だ?」
「えっ」
予想とは違った武の反応に戸惑うあきら。しかもあきらには、武の言っている意味が分からなかったのだから尚更だ。
周囲も不思議そうな顔で武を見ていたが、あきらから問いの答えが返ってこないと判断したらしい武は、傍らのオズに対し同じ質問をした。

「オズ、いぬはとねこはとは何だ?」
「はい、親分。犬派か猫派か、というのはですね、分かりやすく言い換えれば『犬と猫どちらが好きか』ということだな」
まるで子どもの疑問に答える母のように穏やかなオズの声。彼女は常備していた手帳にペンを走らせると、僅かな時間で上手な犬と猫のイラストを描いて見せる。
目の前で行われているやり取りについていけず、あきらもまりかも、周囲の衛士達も皆目を白黒させながら二人の会話を聞いていた。

「こちらが犬、こちらが猫よ。この犬と猫はペットとして人気が高い動物で、よく比較されるんだよ。そういえば、親分は見たことがなかったかもしれませんね。
もう暫くすれば、多分犬なら見ることが出来ますよ。警備のために軍用犬が配置される筈であるから」
「犬は警備が出来るのか?」
「警備だけじゃないけどね。救助犬や盲導犬に牧羊犬とか、色々な分野で活躍している動物だ」
「猫は?」
「ん~、猫に仕事をさせるっていうのは聞いたことがありません」
「なるほど、犬の方が役に立つのか……伊隅少尉」
「は、はい」
「俺は犬の方が好きだ。つまり、犬派だ。これで良いか?」
「えっと、その、はい……」
あきらはそう返事を返すだけで精一杯だった。最初は気付かなかったが、今の異様過ぎるやり取りが意味するものを理解した途端、何を言えば良いのか分からなくなってしまったのだ。
動揺が隠せていない衛士達の姿に、オズは苦笑した。

「ごめんなさいね。親分、別にふざけた訳じゃないのよ。親分は本当に、犬も猫も知らないのさ。正確に言えば、昔は知っていたのだと思うけどね。でも今の親分は、色々なことを忘れてしまっているんだ。大事なこともそうでないこともね」
「必要な知識はある。戦術機を問題なく動かせる。BETAと戦える。不便はない」
「そうだな、親分。親分にとっては、そうなのだろうな」
誰も彼もが言葉をなくして武を見ていた。二人のやり取りは然程大きな声ではなかったが、静まりかえってしまった場には酷く響いた。
そんな中、一人の衛士が意を決したように進み出た。風間祷子少尉だ。

「連隊長、連隊長のご趣味は何でしょうか。休日は、何をしていらっしゃいますか?」
「趣味は特にない。休日はトレーニングをしている」
淡々と応える武に怯まず、祷子は続ける。だが、それも長くは持たなかった。

「好きな音楽や、本はありますか?」
「特にないし、知らないな」
「好きな映画は?」
「すまない、映画は見たことがないんだ」
「好きな食べ物は?」
「携帯食料は手軽に必要なエネルギーを補給出来るから、気に入っている」
武の答えを聞くごとに、少しずつ祷子の声から力が失われていっていた。
気付けば彼女の視界は、滲んでいた。信じがたい事実に溢れてしまいそうになる何かを必死に堪えて、祷子は搾り出すように最後の問いを述べた。

「何か……楽しみにしていることはありますか?」
対する武の答えは、決定的だった。

「衛士に楽しみは必要ない。少なくとも、俺はそうだ」
それが、その答えが強がりでも建前でも何でもなく、本当に、心からの言葉だと感じ取れてしまったから。白銀武という人間が、骨の髄まで衛士なのだと理解してしまったから。
風間祷子は、溢れ出る涙を止めることが出来なかった。

「何故泣くんだ、風間少尉。オズ、彼女は何故泣いている?」
「それは……」
祷子の泣く理由が理解出来ない武の問いに答えようとしたオズは、口を噤んだ。
周囲の衛士達をかき分け武に歩み寄る人物の存在に気付いたためだ。その人物、月詠真那中尉は、青褪めた顔をしながら、縋る様な眼差しを武に向けていた。

「武様。お久しぶりでございます。真那でございます。私のことを、覚えておいでですか」
「覚えている。斯衛の月詠真那中尉だろう。部下のことは忘れない。だが、久しぶりとは何のことだ?」
「……武様……私が……お分かりにならないのですか」
返ってきたのは、彼女の望んでいた言葉ではなかった。それでも真那は続けて問うた。問わずにはいられなかった。たとえ、

「では、冥夜様のことは? 悠陽殿下のことは覚えておいでですか!? いいえ、覚えている筈です! あれほど、あれほど親しくされていたのですから!」
「すまない。知識はあるが、親しくした覚えはない」
たとえ返ってくる答えが、やはり望まぬものだと分かっていたとしても。

「たける……さま……本当に、覚えて……」
「月詠中尉は、いや、中尉達は親分と面識があるのか。だったら気の毒だけど、君が知ってる親分と今の親分を同一人物だと思わない方が良いよ」
呆然とする真那を慰めるような口調で、オズが残酷な事実を告げる。

「言ったでしょう? 親分はね、故郷も、家も、家族も、友人も、何もかも失っちゃったのさ。大事にしてた筈の『思い出』もね。
今親分の頭の中にあるのは、A-01のことと、戦術機のことと、BETAのことだけ。今はそれが、親分の全て。他のことは、親分には余計なことなんだ。
しかし、親分のことを悪く思わないでほしい。親分は、そうする必要があった。こうならないと、何も守れなかったんだ。
そして……親分はもう覚えていないが、こうなることで、親分は自分が大事にしていたものを必死に守って生きてきたのよ。今まで、ずっとずっと」

不思議なくらい心の奥深くまで届くオズの言葉を聞くうちに、真那が胸中で必死に堪えていた哀れみ、悲しみ、怒り、苦しみといった感情が混ざり合い、遂には堰を切ったように溢れ出た。
震える手で、真那は武の頬に触れた。武は拒まなかった。眉一つ動かさないまま、真那の視線を受け止めるだけ。それはオズの言うとおり、真那の知らない武の顔だ。
真那の知っている武は悪戯好きだが優しい、笑顔の似合う普通の少年だ。だが今の武は稚気が微塵も感じられず、肉体は鍛え上げられ、その言動は完全に軍人のそれだ。
本当に何もかもが変わってしまっていた。それこそ、悲しいくらいに。武本人にその自覚がないのが尚のこと哀れであった。
他者には決して弱さを見せない真那であるが、この時ばかりは違った。武の胸元に額を押し当て、武に無様な泣き顔を見られぬようにしながらも、嗚咽が漏れるのは防げなかった。
武は、縋り付いて来る真那を拒まなかった。それは真那の心情を慮ってのことではない。単に彼女に害意がないと判断したというだけ。
だから武には、何故真那や祷子の頬に熱い雫が流れているのか。何故、周囲の彼の部下の多くが啜り泣きを漏らしているのか理解出来なかった。
だが今の状況は衛士として良いものではない、と彼は考えた。だから、

「泣くな、月詠中尉。涙は弱さの証だ。お前が泣いているのを見れば、お前を信じる者達が不安になる。不安があれば、戦場で充分な力が発揮出来なくなる。
それはつまり、お前達の生存率が下がるということだ。俺はそれを認めるわけにはいかない。俺はお前達を死なせるわけにはいかないんだ。だから―――もう泣くな。お前達が死んでしまったら、俺は悲しい」
不器用な手つきで、自分の行為が正しいのか判断出来ぬまま。武はそっと真那を抱きしめながらそう言った。少しだけ、困ったように眉を寄せて。

それが今の彼に出来る、精一杯の感情表現だった。


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