「頼みがある」
月末に学年別トーナメントを控えたある日。
おれとシャルロットの部屋に、仏頂面をさらに難しくした篠ノ之さんが訪れていた。
シャルロット……いや、シャルルは体の線が出にくいぶかぶかのジャージで、おれはTシャツにジーンズ、篠ノ之さんは制服だった。
「えーと……なんでしょうか」
普段あまり話す機会がなく、一夏関連で恨みも買っている篠ノ之さんは正直苦手で、態度も固い彼女と話すと気圧される。
だが、今日の彼女はどこか恐縮していて、長身が小さく見えた。
椅子に腰掛けた篠ノ之さんは、拳を膝の上でぐぐぐ、と握り締めながら口を開いた。
「その、今日はだな……れんあ――じ、人生相談。そう、人生相談をしに来たのだ」
「恋愛相談?」
「ち、違う! 断じて違うぞ!」
そう言われても、口にしかけたじゃん。
どうして女の人ってこう、素直じゃなくて強情な性格の人ばかりなんだろう。
知っているので例外って、山田先生とのほほんさん、そしてシャルロットくらいな気がする。
何もかも政治が悪い。
頬を紅潮させた篠ノ之さんが落ち着くのを待って、今度はおれから話を切り出した。
「それで、一夏とどうやったら上手くいくか相談しに来たってことでいいの?」
「だ、だからそういうことでは――」
「違うの?」
「う……そうだ」
問い詰めると、しゅんと俯いて小さい声で答えた。
相談する時くらいは素で話して欲しい。
「一夏相手だと大変そうだよね。凄いモテるし」
覚えたての緑茶を淹れたシャルルが、篠ノ之さんにお茶を差し出して苦笑混じりに言う。
それを皮切りに篠ノ之さんが、堰を切ったように不満を零し始めた。
「その通りだ。六年ぶりに会えたと思ったら、二言目にはブラジャーつけてるんだな、だぞ!?
アイツは私を何だと思っているのだ!? しかもいつの間にか学年の女子を篭絡しているし、セカンド幼馴染などと言う女まで出てきて、終いには優勝したら付き合って貰う約束が、何故か学年中に誤って広まっているし!
話そうと思っても一夏はいつも金剛にべったりで、一夏の為に何かしたいと思って行動しても金剛の方がいいと言われる有様だ!
男にすら負ける私はどうすればいいのだ!?」
鬱積していたものを吐き出した篠ノ之さんは肩で息をして、お茶を煽り、一気に飲み干した。
最後の方はおれへの恨み節だった。
「もう一杯!」
「は、はい!」
気迫に飲まれて、粛々と従うシャルル。
どうするって言われたって、答えはひとつしか思いつかない。
「んー。おれは相談に乗れるくらい恋愛経験ないし、そんなおれのアドバイスでもいいなら言うけど、篠ノ之さんはさ、もう少し一夏に『好き』って感情を表に出した方が良いと思うよ」
「なに? ……出てないのか?」
「出てないよ。もしくは伝わってないよ」
「そ、そんな……」
よほどショックだったのか、顔色が悪くなっている。
自覚がなかったのか……
「篠ノ之さんは、言いづらいけど、ずっとむすっとしてるよね。それだと、相手に自分が嫌われてるって思わせちゃうと思うんだ。
それに一夏関係になると、すぐに手が出ちゃうし。これじゃいくら幼馴染でも『嫌われてるのかな?』って不安になるよ」
「え……? い、一夏は私を嫌っているのか……?」
あ、ヤバイ。泣きそうだ。
「いや、嫌ってないよ。むしろ鈍感なアイツなりに好きだと思う。
ほら、こないだ屋上で篠ノ之さんが一夏に弁当作ってあげたでしょ?
その時、アーンしてあげたじゃない、あの朴念仁が。これは篠ノ之さんに気を許してなきゃできない行動だよ」
「! ほ、本当か!?」
顔が明るくなった。よかった、泣かれなくて。
「本当だよ。それに篠ノ之さんって料理も上手だし、面倒見もいいよね。
美人でスタイルも良いし、欠点らしい欠点もないもん。
だからさ、もう少しアイツに柔らかく接してあげられないかな。いつも笑顔でいれば、篠ノ之さんの魅力も、もっと増すと思うし、その方が可愛いよ」
「む……こ、金剛は口が上手いな」
顔を赤らめ、「そうか、笑えばいいのか……」と微笑みながら呟く篠ノ之さん。
元が図抜けた美人なので、尋常じゃない破壊力があった。
それが一夏の前でできればなぁ。
「あー、あと髪型を変えてみたらどうかな? 篠ノ之さんっていつも髪を上げてるから、ギャップで一夏も落ちるかもしれない」
「な、なるほど……」
感心し、しきりに頷く篠ノ之さん。効果あるか知らないけど、こうした変化も必要なんじゃないかな。
幼馴染同士が結婚するって最近は聞かなくなったし、男女間って飽きないようにするのが大事だよね。
童貞だけど。
得心したのか、篠ノ之さんが立ち上がった。
「もういいの?」
「うむ……金剛、感謝する。とても為になった。一夏がお前に一目置く理由も、何となく判った気がする」
来る前とは違い、彼女の目には自信が漲っていて、こっちも乗った甲斐があった。
「あの、箒。これ……」
「ん? ああ、済まない。頼んだのだから頂かないとな……って、熱!」
――その後、お茶を飲み干した篠ノ之さんは満足して帰っていった。
行ったのだが……シャルロットの視線が痛い。
半目でおれをじーっと睨んでいる。ああいうのをジト目と言うのだろうか。
「なに?」
「別に。誰かさんって口が上手いんだなーって思っただけ」
そっぽを向かれた。おれ相談乗っただけで悪くないじゃん。
●
今日は一夏来ないのかな、と思っていたら、またしても予期せぬ来訪者が現れた。
高級そうな寝間着を着て、真剣な顔をしたセシリアさんだった。
「ご相談があって来ましたの」
「また!?」
シャルルが驚きの声をあげた。そうだよね、ビックリするよね。
篠ノ之さんが来ただけでも驚くのに、同じ日にセシリアさんも来るだもん。
「あら、私の他に誰か居らしたんですか?」
「え? ああ、いや……」
はぐらかすシャルル。まあ、恋敵が恋愛相談しに来たなんて言えないよな。
「まあ、詮索は致しません。実はですね、今日は、金剛さんに……その、一夏さんとのことで相談に乗ってもらいたくて御伺いしましたの」
恥じらい、声のトーンを下げながらセシリアさんが言う。予想はできていたが、何でみんな今日なんだろう。
「うーん。具体的には、どんなことで悩んでるの?」
「そうですね……どうしたら一夏さんとの仲を進展できるのか。その為に私に到らないところなどを指摘して貰えれば」
現実的な悩みに、失礼だが感心してしまった。
一方的に世間知らずなお嬢様のイメージがあった。
「まあ、おれで良ければ幾らでも乗るけど……いいの? おれみたいな庶民がアレコレ難癖つけても」
「構いませんわ。私が自分の意思であなたが信頼できると思い、こうして足を運んでいる訳ですし、遠慮は要りません。
……まあ、あなたが畏まるのは初対面の頃の私が原因でしょうけれど。こ、これでも一夏さんに言われて反省しましたのよ?」
申し訳なさそうに言うセシリアさんに、おれの心象がグンと改善された。
言われてみれば、あれを機に滅茶苦茶人が変わったよね。たまげたもん。
「じゃあ、お言葉に甘えて。セシリアさんはね、一夏を好きな気持ちを全面的に押し出すのは良いんだけど、もう少し抑えた方がいいんじゃないかな」
「? なぜですの?」
「ぐいぐい行き過ぎて、一夏が引いてるんだよ。ほら、一夏にISの操縦を教えてあげようとした時とか、一夏を無理やり特訓に付き合わせてたでしょ?
ああいうのは自分の気持ちを押し付けてるだけだよ。ちゃんと相手の気持ちを汲んであげなきゃ、行き過ぎた好意は嫌がらせになっちゃうんだ」
「一夏さんの気持ちを……む、難しいですわね」
顎に手を添えて悩みだすセシリアさん。そうだよね、難しいよね。
おれもアイツの考えてることわかんないもん。
「そこら辺は、おれも詳しいアドバイスはできないけど……セシリアさん、日本にはこういう言葉があるんだ。
『押してダメなら引いてみろ』」
「!? ど、どういう意味ですの、それは!」
食いつくセシリアさん。日本語は話せても、ことわざや成句までは憶えてないか。
「言葉の通りだよ。ガンガン押してもダメなら、今度は引いてみればいいんだ。
一夏は鈍感・朴念仁・唐変木・難聴の四拍子揃った『暖簾に腕押し』を地で行く男だけど、そんなアイツでも、いつも自分に話しかけてきたセシリアさんが急に素っ気なくなったりしたら、寂しくなったり、何かあったのかな? って気にかけるでしょ。
そうやって徐々に意識させていけば、いつの間にかセシリアさんのことばかり考えてるように一夏も――」
「素晴らしい……素晴らしい作戦ですわ、金剛さん!」
「うおっ!」
なるんじゃないかな、言いかけたところで両肩を掴まれ、手放しに称賛された。
その場で思いついた作戦に過ぎないのだが、よほど感銘を受けたのか、おれの肩を強く揺さぶって、揺さぶって、揺さぶって……
「ああ、一夏さんが徐々に私のことを想うようになる……何て甘美で素敵な作戦なのでしょう。
もし私が女王なら金剛さんに爵位を授与していましたわ!」
「……うぷっ」
「セシリア、セシリア! 榛名が吐いちゃう、吐いちゃうから!」
「あ、あら、申し訳ありません。私としたことが……不覚にも我を忘れて……」
ぱっと離れるセシリアさん。世話を焼こうとする大丈夫、とシャルルを手で制して、深呼吸をして吐き気を静める。
人の発言をすぐに信じちゃうのは箱入り娘だからなのかな。
「まあ、必ず上手くいく保障もないから、あくまで現状を変えるスパイスにしかならないと思うけど」
「いえ、これは絶対に成功いたしますわ。もう私の中では、一夏さんが私のことで悶々としている未来が見えていますもの」
胸を張って断言するセシリアさん。普通の人なら効果あるかもしれないけど、あの一夏だからなぁ。
ぶっちゃけ九割くらい失敗すると思っているけど、後が怖いので黙っておいた。
「感謝します、金剛さん。とても有意義な時間になりましたわ」
「これくらいで役に立てたなら、おれも嬉しいよ」
「少し誤解していました。一夏さんが友人と見定めただけのことはありますわね。
これからは名前でお呼びしてもよろしいですか?」
「おれも名前で呼んでるし、セシリアさんの呼びやすい方でいいよ」
「ふふ、では榛名さんと。私たちの結婚式では仲人をお願いしますわ」
話が飛躍しすぎじゃないかな……てか、それやらされると多分おれが殺されるから勘弁して欲しい。
「デュノアさん、あなた方も応援していますからね。頑張ってください」
「うえぇっ?」
帰り際、セシリアさんがシャルルに耳打ちして行ったが、小声で聞き取れなかった。
「……なに言われたの?」
「は、榛名には関係ないよ! いや、関係あるけど、関係ないったらないの!」
「どっちだよ」
耳まで真っ赤に染めていたのが気になって尋ねてみたが、怒鳴られた。
また一夏とのホモ関連の話を振られたのかな。
●
「相談があるの」
予想はついていたが、案の定三人目がやってきた。
一夏のセカンド幼馴染で中国の代表候補生、二組の凰鈴音さんだ。
おれのイメージだと常に怒っている姿しかないのだが、今日はその勝気な瞳に力がない。
濃い人たちの相談を連続で受け持った疲労で眠気が襲ってきていたのだが、眠ると双天牙月で斬りかかられそうなので堪える。
「一夏のことだよね?」
「そうよ。良い勘してるじゃない」
似たような人が二人もいたので。
「あたしとしても恥ずかしいし、最大の敵に頼りたくはないんだけど、今回ばかりは恥を忍んでお願いする。相談に乗って!」
「おれは構わないけど」
ちらりとベッドに座るシャルルを一瞥する。
「……何で僕を見るの?」
「なんとなく」
少しずつ不機嫌になってるような気がしたし、そろそろ夜も深い時間帯だから。
シャルルは頬を膨らませ、またしてもそっぽを向いた。
「別に? 毎日人が押しかけてきても怒ってなんかないし? 頼られてるのは榛名だから、榛名の好きにすればいいよ」
「はあ」
やっぱり怒ってるよな。今日は一夏が来ないから上機嫌だったのに。
「いいの?」
「うん。で、どんなことで悩んでるのさ?」
質問すると、鈴音さんは気恥かしそうに頬を掻いた。
「いやー。ほら、あたしと一夏って幼馴染じゃない? だから一夏のことは何でも知ってると思ってたんだけど……昨日、あそこまで言われたら、流石に落ち込むというか堪えたというか……」
昨日ってあれか。「榛名を見習えよ」と一夏がキレたことか。
「振り返ってみると、一夏って弾とかと一緒にいた時の方が楽しそうだったし、一夏も一緒にいたい相手には男性的なものを求めてるんじゃないかと思って」
「それでおれなわけね……」
「うん」
鈴音さんの言葉で、何で女性陣がおれの元を訪れたのか納得した。
みんな一夏の言葉を真に受けてしまっただけか。
……いま気づいたけど、おれに何かしらある時って、殆ど一夏が関わってるよな。
不意に、この世界の中心には一夏がいて、その周りにいる人々が振り回されているような感覚に陥ってしまった。
軽く眩暈がして、目頭を抑えながら言う。
「忌憚なく意見言わせて貰うと、別におれがアイツのタイプってわけじゃないと思うよ。
それだとアイツがゲイになるし……単にお互いが唯一の男子だから一緒に居たがるだけだって」
「それ言うならシャルルだって男じゃない」
「ぼ、僕と榛名だと年季が違うじゃない! それにほら、一夏と榛名は日本人だしね!」
「あ、ああ」
「言われてみればそうかも」
慌てて訂正するシャルルに、おれも失態に気づき、冷や汗が吹き出た。
そうだ、女の子だと知ってるのはおれだけなんだっけ。
あとで謝っておかないと。
シャルルの咄嗟のフォローに納得行かなかったのか、鈴音さんは腕を組み眉根を寄せた。
「でもアイツ、女のあたしたちに金剛くんを見習えって言ったのよ?
ホモかどうかは置いとくとしても、金剛くんみたいな性格のコが好みなんじゃないの?」
「おれみたいって言うと、地味で自己主張しない、根暗な性格のコになるけど」
「そんなことないよ。榛名は冷めてるように見えるけど、優しいし、困ってる人がいたら助けてくれるもん」
シャルル。そういうのは恥ずかしいし、本当の自分を鑑みると落ち込むからやめてくれ。
「お熱いわねえ。けど、それだとますます私と正反対な性格になるような……」
「おれの予想だと、一夏の好みは織斑先生だと思うけどね」
項垂れる鈴音さんに、半ば確信している理想像を教える。
篠ノ之さんとか、幼い頃から男勝りな気性の女性に接しているから、一夏はそういう人がタイプだと思っていたんだが。
「ホモで重度のシスコンって、改めて考えたら女の子はどうしようもないよね……」
シャルルが低い声で呟く。恋する乙女に追い討ちをかけるのはやめろ。
「一夏って家庭的で、家事全般完璧な上に(おれ相手だと)気遣いもできて、性格良し、器量良しの完璧超人なんだけどな。おまけに世界で三人だけの男性IS操縦者ってブランドつきだし」
「あはは、それらを台無しにするくらいの超鈍感だよね……」
シャルルの渇いた笑いが虚しい。
冷静に考えると、凄まじい優良物件だ。
天は二物も三物も与えたが、代償に攻略難易度ベリーハードになるように試練を課したのだろう。
溜め込んだものを抑えきれなくなったのか、鈴音さんはプルプル震えていたかと思うと、ガーッと吠えた。
「あーっ、もう! 何なのよアイツーーッ! そりゃモテるのはわかってたわよ、弾の妹とか妹とか妹とか!
でも此処だと誰も彼も一夏一夏一夏って、どんだけモテれば気が済むのよ!
こっちはドキドキして再会したってのに、アイツは約束忘れて男にかまけてばかりだしー!
挙げ句の果てに男のほうが良いって言われるしぃ……うわーん!」
何かおれも涙が溢れそうになった。
一夏の幼馴染って色々溜め込んでるんだな……そうだよな、あんな鈍感ジゴロじゃ気苦労が絶えないだろうし、思春期をずっと共に過ごしてた鈴音さんは辛かっただろうな。
最後の方がおれへの不満なのはさておいて。
「鈴音さん、大丈夫だよ。一夏は鈴音さんのこと大切に思ってるって」
「え……う、うそ」
「ホントだよ。鈴音さんが転校してきた時、一夏が言ってたよ。
『鈴が転校してきてくれてホント助かったよ。話し相手少なかったからな』って。
一夏はああいうヤツだから判りづらいけど、ちゃんと鈴音さんのことを特別に思ってくれてるよ」
「う、あ……な、何よ一夏のやつ。そう思ってるなら、そう言ってくれればいいのに……もう」
頬を赤らめ、誤魔化すように憎まれ口を叩く鈴音さん。
まあ、幼馴染以上かは知らないけど。
「だから、鈴音さんは変わろうとしないで、これからもいつもと同じように一夏と接してあげればいいんじゃないかな。
これまでもそれで仲良くなれたんだから。できれば、暴力とか怒るのは控えて欲しいけど」
「う……アイツが他の女の子とイチャついてるの見ると、ついカッとなっちゃうのよね。
……でも、わかった。我慢してみる」
良かった良かった。
これで無事解決かな。できれば、おれに怒りを向けるのも抑えて欲しいんだけど、揉めそうだから止めた。
「さてと、もう遅いから帰る。ありがとね、金剛くん。
あ、あと、余計なお世話かもしれないけど、アイツの幼馴染からのお願い。
これからもアイツの友達でいてね」
「うん、もちろん。おれからお願いしたいくらいだ」
「アハッ、じゃあ待たね!」
快活な笑顔を浮かべて、鈴音さんは去っていった。
嘆息する。……いや、どっと疲れた。
あの人たちの相手を毎日してる一夏って凄いな。変なところで見直してしまった。
――さて。
「ゴメンな、シャルル。うっかりしてた」
「もう、気を抜きすぎだよ。鈴が僕に関心がないから助かったけど……榛名、ひょっとして疲れてる?」
「いや、そうでもないよ。ただ、シャルルのことを女の子って認識してたから、無意識に答えてた」
「え……」
本当は疲れがあったのだが、つい見栄を張ってしまう。
一夏にも似たようなところがあるが、女の子の前では強がってしまうものなのだ。
「……ちゃ、ちゃんと女の子だと思ってくれてるの?」
「ああ、でもこうしたことがないように気をつけるよ。男の子だって心掛けるようにしとく」
「こ、心がけなくていいよ! 気をつけてもらえるのは有難いけど、僕としてはちゃんと女の子だって思ってもらえる方が嬉しいもん!」
「……そ、そうなのか?」
「そうだよ!」
力説されて、シャルロットくらいの美少女を男と見るのは無理がいるんだけど、と言い損ねた。
シャルロットは、もじもじと何か言いたそうに逡巡し始めた。
「どうかした?」
「うん……あのね、僕も相談っていうか……お願い、聞いて欲しくて」
「それくらいでいいなら何でも聞くよ。さっきのお詫びも兼ねて」
「ホント? じゃあ……」
決心したシャルロットは、正面からおれを見据えた。
「シャルロットって、呼んで欲しいな」
「? なんで?」
「僕、二人きりの時はシャルロットって呼んでって言ったのに、榛名は全然呼んでくれないから」
非難するように唇を尖らせるシャルロットに、そういえば一度も声に出していないことに気づいた。
心の中ではそう呼んでいるのだが。
「まあ、それくらいならいいけどさ。じゃあ、言うよ」
「……」
「――シャルロット」
「――」
改めて口にすると気恥ずかしくて、いたたまれなくなった。
心なしか、頬が熱い。いつもは心地よい静寂も、今は居心地が悪いような……
「……」
「……? どうかした?」
「もう一回……」
「え?」
「もう一回、言ってみて」
「シャルロット」
「もう一回!」
「シャルロット」
「何回も言って!」
「シャルロットシャルロットシャルロットシャルロットシャルロットシャルロットシャルロットシャルロット!」
「あはは、噛まずに言えたね」
「あのな……」
破顔するシャルロットに、少し呆れる。
からかいたかったのか。のほほんさんといい、おとなしいコにはからかわれやすいのかな、おれ。
「ゴメンね、榛名。……僕を本当の名前で呼んでくれるの、榛名だけだから……嬉しかったんだ。とても……」
「……」
そう言われると責められなくて、女の子ってズルいと思う。
実は時代が男尊女卑の頃から、男って女には勝てないようにできていたんじゃないかな。
照れくさくなり、斜め下を向いて、切れ切れに言葉を紡ぐ。
「まあ……なんだ。呼ぶくらい、おれなんかでいいなら、いくらでも言ってあげるからさ」
「――うん、ありがとう榛名。でも、なんかなんて言わないで。
僕は榛名の声で呼んでもらえるから、こんなに嬉しくなるんだよ
だから、これからもいっぱい呼んでね」
その笑顔が眩しくて、直視できなかった。
これでハニートラップだとしたら、この子は世界一の女優になれると思う。
それから寝るまでに十六回もシャルロットと言った。
疲れていたのに、寝つきは悪かった。
●
翌朝、さっそく三人がアドバイスを実行していた。
「い、一夏! その……気分転換に髪型を変えてみたのだが……ど、どうだ? 変じゃないか?」
「おー、いいんじゃないか。似合ってるぞ。そういえば箒の髪を下ろしたの久々に見たな」
「そ、そうか! ……似合っているか、うむ」
嬉しさを隠せていない篠ノ之さん。
なんだ、一夏も気の利いた言葉を返せるんじゃないか。
てっきり何も気づかないかと危惧してたけど、よかったな。
「あ、おはようセシリア。今日は少し遅かったな」
「おはようございます、一夏さん。では私は急いでいますので、失礼します」
「ん? あ、ああ……」
素っ気ないセシリアさんに呆気にとられる一夏。
いつもなら会った途端にベタベタくっついていたから、戸惑っているようだ。
(どうですか? 効いてますか?)
目で尋ねてくるセシリアさんに首肯する。
目に見えて効果があったことを知り、セシリアさんの顔が満悦そうに輝いた。
「おっはよー一夏」
「ん、ああ鈴か、おはよう」
「ちょっと、シャツがはみ出てるわよ。シャキっとしなさいよ、シャキっと」
「え? ああ、ホントだ」
「しょうがないわね……私が直してあげる、ほら動かないで」
「うわ! 自分でやるからいいって!」
「――はい、これでいいわね。まったく、昔から抜けてるんだから。
あんまりボーっとしてると弾に笑われるわよ」
「それは困るな……」
「あ、そういえば昔――なんてことがあったわよね」
「ああ、あったあった。それで弾が――」
おお、何かいい感じじゃないか。
二人の思い出話に興じて、周りの人が入っていけない空気を醸し出してる。
アドバイスの結果は上々のようだ。
効果が目に見えてあったのを実感し、三人が目と腕でガッツポーズをしておれに感謝してきた。
うんうん、これであの朴念仁を落とせるといいね。
「よう、榛名」
「ん、おはよう一夏。なんか腑に落ちないって顔してるな。どうしたんだ?」
おれの席を訪れた一夏に首尾を確かめるべく訊いてみた。
一夏は首を捻りながら、
「いや、なんか変なんだよな。今まで一回も髪型変えなかった箒が髪を下ろしたり、セシリアも素っ気ないし、鈴も怒らないし」
腕組みしながら悩む一夏。これは脈ありなんじゃないか?
「うーん……ま、いっか。そんなことより榛名、今日はお前の部屋に行っていいか?」
……ま、いっか? そんなことより……?
「え、ちょ、ちょっと待て。おい、一夏。そんなことよりって……三人に何があったのか気にならないのか?」
「そりゃ少しは気になるけど……ほら、女心と秋の空って言うし、あまり悩んでもしょうがないだろ。
男の俺にはわからない悩みとかあるだろうしさ。
それより今日は何のゲームするんだ? 弾がこないだ対戦してから、榛名ともう一回やりたいってうるさくてさー」
晴れやかな笑顔の一夏。そうか、そういう考えもあるか。
一見、理に適っているように思える考えだけど、言うタイミングと言葉のチョイスが……
それより、って……ゲームの方が大事なのか? 美少女よりゲームが好きなのか?
不意に、おれは背中に怖気が走ったのを感じて、恐る恐る振り返った。
鬼がいた。
「……やはり」
「私たちの最大の敵は」
「アンタなのね……」
声には出していなかったが、確かにそう聞こえた。
そのくらい恐ろしい眼光だった。おれはすぐにトイレに逃げた。
でもそこにも一夏がついてきて……一夏の攻略って、男なら簡単なんじゃいないかと思った。
あとがき
どれだけラブコメしようとオチはつけなきゃダメですよね。