「そのサポーター凄いな」
「ああ、これ? デュノア社特製なんだよ。これで胸部を圧迫すると男性と変わらないレベルまでバストを圧縮できるんだ。少し窮屈だけどね」
凄いなデュノア社。その技術を用いて日用制品の開発に力を注げば、経営危機は容易に乗り越えられそうなものだが。
寝る時はノーブラらしく、胸部サポーターを外したシャルルの胸は、思ったよりも大きかった。どうやって隠していたのか不思議で仕方ないくらいには。
てっきり胸がないから男装させられたのだと思っていたのに、セシリアさんより若干小さい程度――日本人女性の平均よりも大きいなんて、詐欺ではないだろうか。
おかげで妙に意識してしまって、落ち着けなかった。
女の子が同じ部屋でシャワー浴びてるってだけでも緊張するものなんだな。
一夏といる時は気を使うことなんてなかったから、寝つきが悪い夜になった。
昨夜は義憤に駆られて「居ればいい」と言ってしまったが、一夜明けて冷静になると、シャルロットの用意が周到過ぎて、やはりハニートラップの線が捨てきれない。
まあ、彼女が怪しい行動を取らない限りは何もしないつもりだけど。
「ねえ、榛名。本当に、一夏には内緒のままでいいのかな?」
部屋を出る前、不安げにシャルロットが言った。騙してるようで気が滅入るって言ってたっけ。
「アイツは隠し事とか苦手だから、このままの方がいいと思う。それに一夏も、女の子が増えるよりも男といる方が嬉しいだろうし」
「やっぱりホモなんだ……」
聞き捨てならない言葉が聞こえたが、聞こえない振りをして部屋を出た。どうも勘違いされている気がする。
「お、金剛くんにデュッチー! お揃いだねー、おはよ~」
「おはよう、のほほんさん」
「お、おはよう」
少々ぎこちないシャルル。やはり負い目があるのだろうか。
のほほんさんは朝だというのにテンションが高く、いつもの笑顔が五割増しくらい喜悦に富んでいる。
「ねねねね、聞いた金剛くん? あの噂!」
「噂?」
聞き返す。シャルルを見ると、彼女も首を傾げていた。何だ?
「ふふふ。学年別トーナメントで優勝すると、おりむーと付き合えるって話だよ!」
「はあ!?」
予想外の答えに、素っ頓狂な声をあげてしまった。
なに考えてんだ、あの歩くフラグ乱造機。
「それマジ?」
「うん。だって昨日、おりむーとしののんが約束してるの見たもん。学年別トーナメントで優勝したら付き合ってもらうってしののんが言って、おりむーも了承してた!」
いや、それって篠ノ之さんの一世一代の告白だったんじゃ……一夏も意味も分からずに了承したんだな。どうせ「買い物に付き合うくらいで大袈裟だな」とか思ってるに違いない。
そういうヤツだ。篠ノ之さんも可哀想に。
「……あの、それって、告白だったんじゃないかな」
シャルルが呟く。のほほんさんと一夏がズレてるんだと思いたい。
「でさー。金剛くんはどうするの?」
「どうって?」
「トーナメントだよ。おりむーと出るの? それともデュッチーと出るの?」
「そういや、タッグを組むんだっけ。どうするかな」
あまり深く考えてなかった。専用機持ちだけど、実用機ではないから他の候補生と違って役に立てないし、棄権しようかと思ってたんだけど。
「は、榛名は僕と組もうよ!」
「シャルル?」
「おお、いつの間にか呼び捨てしあってる!」
名乗り出たシャルルに面を食らう。
身をズイと乗り出して、迫真の顔つき。こんなに自己主張する子だったのか。
「僕と榛名が組んで優勝すれば、一夏が不本意に誰かと付き合うこともないし、それに僕たちは同室だもん! コンビネーションも磨けるし、それが一番自然だよ!」
半ば叫んでいるかのような勢いで力説する。
そこまで一夏が嫌か。そこまでおれと一夏を絡ませたくないのか。
間違ってもアイツと一線を超えるなんてありえないのに。ちょっと耳年増なのかな。
「おー、すっごい迫力。専用機持ちの金剛くんとデュッチーが組めばあっという間に優勝候補だね」
「おれのIS、戦闘向きじゃないから滅茶苦茶弱いけどな」
「大丈夫だよ、僕がサポートするから! ……それとも榛名は、僕と組むの、いや?」
「そういうワケじゃないけど」
「――金剛さん!」
呼び止められて振り向くと、篠ノ之さんと話していたセシリアさんがゆっくりと近寄ってきていた。
端正な顔はいつになく真剣で、何か琴線に触れてしまったのかと頬が引きつった。
「な、なに? セシリアさん」
これまでの経験から、少し怖くなって腰が引ける。
すると、やおら両手を彼女のそれに包まれ、グイと持ち上げられた。
「私、あなた方のことを影ながら応援しますわ! とても、とっっってもお似合いなお二人だと、一目見た時から思っておりましたの。トーナメントではライバルになりますわね、私と、一夏さんの!
でも、勝つのは私たちですからね!」
透き通る蒼い瞳をこれ以上ないくらい輝かせ、「私と一夏さん」を強調して、声高に宣言するセシリアさん。
ああ、一夏とコンビを組むのに当たって、最大の障害になるおれとシャルルがいない方が彼女たちには都合が良いのか。
ちらりとシャルルを窺うと、「おぉお……」と呻きながら赤面していた。
セシリアさんは言いたいこと言って満足したのか、「オホホホホホ」と上機嫌に笑って去っていった。
のほほんさんは――
「うわぁ、デュッチー……そんなに金剛くんのことを……」
――何か、酷い思い違いをしている。
「あのさぁ、のほほんさん? おれとシャルルは……」
間違いを正そうとすると、小さい話し声が耳についた。
「いつの間に呼び捨てする仲になったのかしら」
「デュノアくん、そんなに金剛くんのことを……」
「一晩でデュノアくんと金剛くんが……」
「え? 一晩で金剛くんがデュノアくんを!?」
「昨夜に何が起こったというの!?」
「やっぱり金剛くんがタラシだったんだ……」
「てことは、織斑くんも金剛くんに?」
「タラシ……男タラシ……」
「きっと織斑くんも金剛くんに誑し込まれてメロメロにされてしまったのね……」
――待て。待ってくれ。何でそうなるんだよ。
「ち、違う。違うんだ……」
おれ一人では話も聞いてもらえないので、誰か一緒に否定してくれる人を求めて周りを見渡した。
シャルルを見た。まだ思考停止していた。
のほほんさんを見た。いなかった。女子に混じって盛り上がってた。
セシリアさんも心ここにあらずの状態で、篠ノ之さんに至っては外を見ていて話すら聞いていない。
「おーす。なんだ、盛り上がってるなー」
絶妙なタイミングで一夏が来た。何て絶妙なタイミング。これが天の助けか。
「よ、よう一夏。昨日はなにしてたんだ?」
「おー、榛名、おはよう。悪いな、昨日はそっち行けなくて。千冬ねえがマッサージしてくれって頼んできて断れなくてさあ」
この負の連鎖を断ち切るべく、一夏との会話を盛り上げるように終始する。
おれよりも一夏の方が影響力は強い。一夏と織斑先生の話題なら瞬く間にこの教室に蔓延る汚い噂を一掃してくれることだろう。
「マッサージか。そういえば一夏はマッサージが上手かったもんな」
「はは、またマッサージしてやろうか? 前に同じ部屋だった時は毎日マッサージしてやってたもんな」
「お、おれの話はいいだろ」
「何だよ、今さら照れなくてもいいだろ? 榛名は腰が弱くて、ぐりぐり押してやると凄い声をあげてたもんな。そろそろ溜まってるんじゃないか? 今夜にでも榛名にもしてやるよ」
――ダメだコイツ。無意識に何て発言しやがるんだ。
耳を澄ます。嫌な予感がした。もうダメな予感が。
「同室だった時は毎日マッサージしてた?」
「織斑くんが、金剛くんにマッサージを?」
「マッサージ(意味深)」
「金剛くんは腰が弱いから、織斑くんがぐりぐり攻めてた……」
「ほら、やっぱり織斑くんが攻めじゃない!」
「そろそろ溜まってるから、今夜辺りにするだって!」
おれは崩折れた。一夏に空気を読むことを期待したおれが馬鹿だった。
失意のどん底にいたおれの袖を、誰かが引っ張る。シャルルだった。
「榛名! マッサージなら相部屋の僕がするから! 一夏は織斑先生にマッサージしてればいいよ!」
「おいおい、なんだよシャルル。おれを除け者にしないって言ったじゃないか。おれも仲間に入れてくれよ。それにな、榛名の弱いところは俺が一番よく知ってるんだぞ?」
『おおーっ!』
嬌声が上がった。嬉しくない歓声だった。
「取り合いよ、男同士で金剛くんを取り合いしてるわ!」
「金剛くんってジゴロだねー。男の」
不名誉な勲章とイメージが刻まれた。
「一夏さん! どうしてあなたはいつもいつも……!」
「一夏! どうしてお前はそうなんだ! 見下げ果てたぞ!」
「え? なんだよ。どうしてそんなに怒ってるんだ、二人とも」
一夏がおれに執心するのを見て、セシリアさんと篠ノ之さんも参戦してしまった。
……何でなんだろうな。どうしてこの学校はこうなっちゃうんだろう。
諦観していたおれの背中を、ちょんちょん、と、のほほんさんが指でつつく。
目が合うと、にっこりと笑った。
「モテモテだねえ、金剛くん。羨ましい」
絶対皮肉で言ってるよね。
「……いったいこれは何の騒ぎだ、馬鹿者共」
混沌とした教室は、いつもよりほんの少し雰囲気が柔らかい織斑先生が静めるまで喧騒が絶えることがなかった。
おれは今日、このネタでずっとからかわれると沈んでいたのだが、ドイツからの転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒが出会い頭に一夏の頬を叩く鮮烈なデビューを果たして話題をかっ攫ったので、みんなに忘れられた。
喜んでいいのか判らなかった。
あとがき
サブタイトルが思いつきません。