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No.37185の一覧
[0] 【完結】一夏がついてくる【IS】[コモド](2014/01/23 06:57)
[1] 一夏がついてきた[コモド](2013/04/10 22:03)
[2] 一夏がついて……?[コモド](2014/01/23 06:56)
[3] 一夏がついてこない[コモド](2013/04/11 22:03)
[4] 一夏がついてない[コモド](2013/04/16 22:58)
[5] 一夏がやってきた[コモド](2013/10/06 00:38)
[6] 一夏がやってこない[コモド](2013/04/15 23:38)
[7] 一夏がやって……?[コモド](2013/04/16 23:20)
[8] 一夏がやった[コモド](2013/04/19 23:48)
[9] 一夏とやった[コモド](2013/04/29 23:08)
[10] 一夏がついてくるの?[コモド](2013/04/29 23:10)
[11] 一夏がついてきてもいいのか!?[コモド](2013/04/29 22:58)
[12] 一夏がついてきたのか[コモド](2013/05/03 20:05)
[13] 一夏がついてこなくてもいいや[コモド](2013/05/11 01:09)
[14] 一夏がついてたらいやだ[コモド](2013/05/19 19:17)
[15] 一夏とした[コモド](2013/12/13 02:38)
[16] 一夏と真夏の夜の悪夢[コモド](2013/06/06 19:33)
[17] 一夏と真夏の夜の白昼夢[コモド](2013/06/06 19:13)
[18] 一夏と真夏の夜の 夢[コモド](2013/12/13 02:44)
[19] 一夏と真夏の夜の淫夢[コモド](2013/09/08 16:09)
[20] 一夏と一夏のアバンチュール[コモド](2013/09/16 13:43)
[21] 一夏と一夏のあいだに[コモド](2013/09/16 13:35)
[22] 一夏と一夏の終わりに[コモド](2013/09/25 00:28)
[23] 一夏がついてきてほしい[コモド](2013/09/25 00:28)
[24] 一夏がついてこないから一夏になる[コモド](2014/01/23 07:24)
[25] 一夏がついてこないからいけないんだよ[コモド](2013/10/06 00:54)
[26] 一夏がついてこないから……[コモド](2014/01/10 01:03)
[27] 一夏がついてくるっつってんだろ![コモド](2013/12/13 02:58)
[28] 一夏がついてこい[コモド](2013/12/22 17:24)
[29] 一夏と[コモド](2014/01/10 02:47)
[30] みんながついてくる[コモド](2014/01/25 05:54)
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[37185] みんながついてくる
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81 前を表示する
Date: 2014/01/25 05:54
 柔らかく肩を抱く人を思い出す。人にやさしくされたのは初めてだった。
 男なのに男に馴染めず、かといって女の子と仲良くなれない。そんなおれの手をとってくれた人が彼女だった。
 いま思えば、とても変わり者で、とても美人で、おれにだけは優しかった。
 その優しさに理由があるとすれば、それは純然たる好意だったのだろう。
 みんながおれを邪険にあつかう中で、手を引いてくれたのは、おれ以外を邪険にあつかう人だった。
 いま思えば、関係は慰め合いに近いものだったのかもしれない。
 親しい人がいないおれと、親しい人ほど離れていく彼女で、共依存のような関係が形成されていった。
 そんな関係が三年ほど続いたある日、彼女は世界とおれに魔法をかけた。

『大きくなったら、また会おうね』

 そう言って、おれの前からいなくなった。そうしていつしかおれの記憶からも消え失せた。
 その転換点から、もう十年近く経つ。失くした記憶と自分が戻って、何かが欠けている喪失感からも解放された。
 もう、逃げる必要がない。逃げる理由もない。さあ、自分の気持ちに決着をつけに行こう。
 背を向けてばかりのおれに、ただひたむきに、まっすぐにおれに向き合ってくれた彼女たちと、せめて最後くらいは、見つめ合えるように。










 唇が離れ、遅れて、額の感触も消えた。目を開けると、笑顔の束さんが視界いっぱいに広がった。
 一度まばたきをして、かぶりを振る。茫洋と見えなかったものが、突風で晴れてしまったかのような、急激なショックで意識が飛んでしまったようだ。
 でも、もう大丈夫。おれは一人でも立てる。束さんの腕が緩んだのを見て、立ち上がって、全員の顔を見た。
 不安げに瞳を揺らす人がいれば、喜びを隠し切れない人もいる。
 ふと、視界が霞んだ。女の子の前で泣く自分が情けなくなり、手の甲で力任せに拭う。
 想うままに心の中をぶちまけてしまえればいいのにと、女々しい感情が飛来する。
 走馬灯みたいに駆け巡った記憶の衝撃は、たしかに心をぐらつかせた。だが、今となっては過ぎ去ったものだ。
 耐えて、忘れる覚悟くらい、とっくにできている。大切にすべきは今。
 おれは足を前に踏み出し――束さんを抱きしめた。

「あ……!」
「……っ」

 悲鳴を押し殺した声が耳に届く。胸のなかには、おれのために半生を捧げてくれた人がいた。
 束さんは歓喜の情を弾けさせ、子供のように笑った。

「やっぱり……! やっぱりはるちゃんは私を選んでくれた! 思い出してくれたんだね、私との思い出!」
「はい、全部思い出しました」
「そうだよね! はるちゃんは私のこと大好きだったもんね! うんうん! わかってる、わかってるよ!」

 束さんとの記憶を除けば、昔には良い思い出は残っていなかった。だからこそ、この人との記憶は美化されて、鮮明な写真として明瞭に思い起こせる。
 忘れてしまっても、意識の奥底には彼女への感情が根強く残っている。嫌いになれるわけない。
 だから、抱きしめた。

「束さん、おれ……」
「うん。なぁに?」

 甘える小動物のように愛らしい瞳でおれを見上げる。おれは、瞳を逸らさずに、



「おれ……シャルロットが好きなんです」



 思いの丈を打ち明けた。

「……え?」

 時が凍った。比喩ではなく、おれ以外の誰もが、おれの発した言葉の意味を理解できていなかった。
 並ぶもののない天才の束さんですら。

「え、あ……え? お、おっかしいな~。束さんの耳が遠くなっちゃったのかな? 知らない名前が聞こえたぞ?」
「おれが好きなのは、シャルロットなんです」

 繰り返した。一言一句に想いを乗せて、違うことなく伝わるように。
 束さんは顔を綻ばせた。

「や、やだなぁ~。名前まちがってるよ。視覚野で誤認が生じちゃったのかな? それともまだ混乱してる? はるちゃんの好きな人はさ」
「シャルロットが、好きなんです」

 再び、繰り返した。胸のなかにいる人に向かって口にするたびに、過去がちらついては胸に刺さった。
 束さんは拗ねる子供みたいにおれの胸を掴んだ。

「ちがうってばぁ。好きな人の名前を間違うなんて、とっても失礼なことなんだからね、はるちゃん。ねえ、はるちゃん」
「束さん、おれはシャルロットが――」
「うるさい!」

 怒声はそれまでの可憐な声ではなく、震えていた。顔を伏せた束さんは、おれの胸に向けて感情をぶつけた。
 手と声が胸を突く。

「はるちゃんの声で他の女の名前を呼ぶな! 他の女を好きって言うな! お……お、おかしいよ……なんで?
 え? はるちゃんは、私のこと好きって言ってくれたのに……なんで?」
「束さん……」

 胸をつかむ両手の感触とはまた違う痛みが胸を締め付ける。喉が詰まり、名前を呼ぶだけに留まった。
 束さんは、未だ何が起こっているのかわからないシャルロットを睨んだ。

「なんで……なんでこんな奴が? こいつは何もはるちゃんに報いてない! 私は、はるちゃんのためにどんなことだって実行してきた!
 はるちゃんにとって害悪でしかない親は二度と会えないように隔離したし、生きていくのに必要な金も、地位も、はるちゃんの望みも叶えて……世界だって変えた!
 こいつは何もしてない! なんで!? はるちゃんが好きになる理由なんてないでしょ!? そうでしょう!?」

 そして縋るようにおれを見上げた。おれはその瞳を見据えた。何も語ることなく、ただ見つめるだけだった。
 束さんの顔が悲壮に歪んだ。

「な、何でかなー? 顔? コーカソイドの顔立ちがタイプなら整形するよ? 金髪が好きなら全く同じ色に染めるし、ボクっ娘が好きなら今すぐ変える。
 年齢は変えられないけど、束さんはずっと若々しいままだよ? なんなら幼女化しても――」
「容姿の問題じゃないんです。おれはシャルロットを好きになったんです、束さん」
「……」

 震える吐息が肌を舐めた。長いため息と共に項垂れる。声を出そうとして、その都度、束さんは感情を押し殺すように震えていた。
 やがて、小さく呟く。

「はるちゃんは……好きって言ってくれた。世界でひとりだけ、私に好きって言ってくれた。
 そのはるちゃんが……あれ? はるちゃんが、なんで……」

 しかし徐々に大きく、声に感情が乗る。それは落胆と悲哀と激情が混濁したもので、

「わ、私を好きだって言ったのは、はるちゃんじゃないか。だから、だから私も好きになったんだ。
 なのに他の女をさ……他の女を好きになるはるちゃんなんて、もうはるちゃんじゃない!」

 上げた顔は怒りに濡れていて、おれには決して向けたことのない冷たい表情に変わっていた。

「本当のはるちゃんを返せよ! やっぱり全部まちがってた……! あの反吐まみれの家族と凡俗なガキに囲まれて、良くない育ち方をしてたんだ。
 本当に大切なものなら、初めから囲って大事にしなきゃいけなかったんだ! もういい!
 失くしたなら造ればいいんだ! 私が好きだったはるちゃんを――!」
「束さん!」

 憎悪を向ける束さんの肩を、背中を、頭を抱き、腕の中におさめる。咄嗟のことに束さんも驚いたようで動きが止まった。
 その隙に、あふれる気持ちのままに口を滑らせた。

「ごめんなさい。あなたのことを、ずっと忘れてて……全部、思い出しました。公園で会ったときから、毎日あそんでもらった思い出と、最後に別れる日までのこと、全部。
 その頃のおれは、偽りなくあなたのことが好きでした。初恋だったと思います。その気持ちと思い出は、もう二度と、忘れません。
 ……両親のことは、正直、どう言えばいいか、今も答えが見つかりません。でも、あなたがおれを想ってしてくれたことは、感謝しています。
今のおれがあるのは、あなたのおかげですから」
「……だ、だったら」
「でも」

 未練を口にする束さんを遮るように、声を出した。

「今のおれは、シャルロットが好きなんです。……ずっと逃げて、臆病な言い訳をしてました。
 けど、ここで今の心を偽ったら、一生後悔する。自分だけ安全な道を選んで、シャルロットをひとりにしたくない。
 ……だから」
「はるちゃん……」

 泣いてまともに発声できない束さんを、いっそう強く抱きしめて、顎を頭に乗せ、言った。

「だから、あなたの気持ちには応えられません。……ごめんね、束おねえちゃん」

 ――だから、抱きしめた。
 昔はあなたの胸で泣いてばかりだったおれが、今は泣くあなたを抱き寄せてあげることができる。
 恋慕以外の感情を伝えるには、こうするしかなかった。
 しばらくして、束さんは顔を上げた。引きつった笑顔が、痛々しかった。

「そ、そっかぁ。はるちゃんは、他に好きな子ができたんだ」
「はい」
「なら、祝福しなきゃね。はるちゃんは、そっちの方が幸せなんだから」

 そう言うと、束さんはおれから離れて、窓の縁に足をかけた。

「お幸せに……」
「あっ」

 まだ伝えたいことがあったのに、束さんは例の人参に乗って、空に消えていった。
 いや、『まだ』という表現はふさわしくない。本当は語り尽くせない恩と情がある。
 でも、まだ決着をつけなきゃいけない人がいる。
 おれは、会長と目を合わせた。

「会長」
「分かってるわよ。ごめんなさい、でしょ?」

 予想とは異なり、会長は飄然としていた。むしろおれが面をくらうほど、拍子抜けするくらい清々しい笑顔だった。
 ふっ、と肩をすくめる。

「目の前であんだけ好き好き言われちゃねえ。見てるこっちは堪ったもんじゃないわよ」
「……すいません」
「いいよ。元々、私が無理言って出来た関係だし……それに、薄々、分かってはいたし」

 そう呟く会長は、わずかに寂しそうで。だが、すぐにいつもの会長に戻ると、颯爽と踵を返した。
 ドアに向かっていく会長に呼びかける。

「会長!」
「ん? あー、大丈夫。外にいる人たちに、もう心配ないって伝えてくるから」
「いえ、その……おれ、会長との婚約は断ります。でも、これからも、会長とは友達でいたいです」

 これは予想外だったのか、会長は目を丸くした。が、くすくすと笑った。

「それはちょっとどうなの? 婚約破棄してまで振った女に、友達でいたいって」
「図々しいのは分かってます。だけど、会長と一緒にいる時間は、嫌いじゃなかった。だから、」
「……ん。私も君といる時間は好きだったよ。だから好きだったんだ」

 ――そして、「じゃあね」と小さい響きを残して、会長は扉を閉めた。
 外から喧騒がする。二人きりになる。どことなく、ぎこちない。
 思えば、最近は二人きりになる時間が、あまりなかった。以前はこの部屋で、毎日、二人きりの時間を過ごしていたのに。
 シャルロットの秘密を共有して、初めて異性と同じ部屋で過ごした日々がよみがえる。
 今の感情が芽生えたのは、いつだったか。意外と早かったかもしれない。
 少なくとも、中学まで異性に縁のない生活を送ってきたおれには、男装をして転入してきた外国人美少女との同居生活は眩しすぎた。
 寝るときもシャワーを浴びてるときも着替えをしているときもドキドキしっぱなしだし、あざといくせに反応は初心だしで、はっきり言えば参っていた。
 意識しないときはなかった。一緒にいるときに胸にわだかまって、外に溢れようとする苦しいのか熱いのかわからないものを恋情と呼ぶなら、おれはシャルロットが好きなんだ。

「シャルロット」

 名前を呼ぶ。呼ばれたシャルロットは――未だに固まってた。

「シャルロット」

 もう一度名前を呼ぶと、やっと反応した。けれどオドオドとしていて、今まで気丈だったシャルロットの緊張が解けたように見えた。
 手の届く範囲に歩み寄る。上目遣いのシャルロットは、ちょっとあざといけれど、やっぱり可愛かった。

「さっき何回も言ったけど、おれ……シャルロットが好きだ。誰よりも、シャルロットが好きだよ」

 改めて本人に告白すると照れくさくて、頬が熱くなる。
 反面、シャルロットの顔は曇っていた。

「どうしたの?」
「だ、だって……」

 問うと、涙をたたえた瞳と震える唇で語りだす。

「ぼ、僕といると榛名は不幸になるって……榛名といると毎日が楽しくて、嫌なことも忘れられて、僕、何も考えないようにしてて……
 でも会長や篠ノ之博士が、榛名を好きって言うから……大好きな榛名を渡したくなくて、何も考えずに榛名を好きだ、好きだって言ってて……!」
「うん」

 言葉がまとまらず、ちょっと支離滅裂であったけど、意味は伝わる。安心させるために笑って頷いた。
 言葉があふれてくる。

「さ、さっきも、榛名が僕を好きって言ってくれて、嬉しかったけど、安心したら、榛名のことが浮かんで。
 僕は国とお父さんを捨てた裏切り者で、榛名も同じになっちゃうって……榛名が好きなのに僕、榛名のこと考えてなくて、自分のことばっかりで……!
 ぼ、僕のせいで榛名が不幸になるのに、好きって言ってもらえたことを喜んでる自分が嫌で……っ!」
「うん。でも、いいんだ」

 優しく抱き寄せ、柔らかい金色の髪を撫でた。触れ合うと、よりその華奢な女の子が愛おしくなった。

「おれも、シャルロットが好きなだけだから」

 ただ、感情に身を任せて、大事だと思える方に秤を傾けただけだから。

「保身とか、立場とか、世間とか。そういった物事を全部捨ててでも、シャルロットを大切にしたいって、そう思っただけだから」

 周りのことなんていっさい考えないで、私情を優先した、馬鹿な男だから。

「だから、シャルロットは自分を責めないでいいんだ。それよりも、不安にさせてごめん。
 優柔不断で、逃げてばかりで、情けない男で、ごめん。
 ……シャルロットは、こんな男でもいい?」
「うん……うん……!」

 胸に顔を擦りつけて、しきりに顔を縦にふるシャルロットが、すこし、おかしかった。

「ありがとう。……これから、いっしょにたくさん苦労しよう。そして、その苦労よりも多く幸せだって思える、ふたりになろうね」

 幸多くない人生を歩んできた彼女に、心の底から幸せな家庭を築かせてあげたい。
 実際は、おれも幸せとは言えない家庭だったけれど、だからふたりで、頑張っていこう。
 ……やっと気負いなく、好きな人を守ってやると言える自身がついた。
 だから、抱きしめている。

「ふ、ふええ……」
「あれ?」

 柄でもなく格好つけて、プロポーズみたいな言葉を捧げたのに、シャルロットは滂沱と涙を溢れさせて、おれの背中に腕を回した。
 それから、子供みたいに泣き始めた。

「ふぇぇ……! う、うああぁぁあああああ……! うっ、うわあぁぁぁん」
「シャルロット……」
「ぼっ、僕も……好ぎ……うぅぅううう……ああああああああ……っ」
「うん」
「はる、な……の、ことっ……ずっど、大好き、だからぁ……ぐすっ、うぅああぁぁ~ん」
「うん……うん……」

 安心して泣き出すシャルロットが親を見つけた迷子に思えて、泣き終えるまで、ずっと頭を撫でていた。
 ……未来予想図では、このあと、自分からキスしたかったのだけれど、それは先になりそうだ。

「約束、したからね」

 学園祭を回ると、約束したけど――今は、この腕のぬくもりと、胸を満たす感情に浸っていたい。
 この心地良いやすらぎが、ずっと続けばいいのに、と。
 好きな女の子の幸せを願って、ただ抱き合っていた。

















『宴の後で』



「ここにいたのね」

 布仏虚は、紙コップ入りのコーヒー片手にぼんやりと無防備な更識刀奈の隣に腰を下ろした。
 刀奈は、グラウンドで行われている後夜祭のキャンプファイヤーの穏やかな火を片隅で見つめていた。立ち上る火の側では、ダンスを踊るわけでもなく、女子生徒が夕闇の下の灯りに酔って騒いでいる。
 あの後――榛名を助けに行こうとする生徒を落ち着け、学園祭の実行を再優先するよう全生徒に促した。
 生徒会長の手腕を遺憾なく発揮し、束によって大混乱に陥った学園祭を無事立て直した刀奈の統率力は称賛されてしかるべきだ。
 だが、褒めて欲しい人は、側にいなかった。同じ学園にいるのに手の届かない位置に行ってしまった。
 それを自覚すると胸の空洞が煩わしくなり、仕事に打ち込み、盛り上がる生徒の熱を見ると、また胸の痛痒が騒いだ。
 今度は気を紛らわすものがなかったので、己の手で作り出した光景を眺めていた。
 そこに雑務を終えた虚が来た。

「居ちゃわるいの?」

 口が悪くなったのは、致し方なかった。傷心の喪失感が、未だ全身を包んでいた。
 虚は澄ました顔で微笑んだ。

「いいえ、ここはIS学園だもの。そこの生徒会長がいて悪い道理がないわ」

 自分よりも大人な付き人の理屈に、肩の力が抜けた。地面に手をつき、姿勢を崩すと、少し気が楽になり、打ち明けることにした。

「ふられちゃった」
「ええ、そこら中で噂になってるもの。知ってるわ」

 あちゃー、と手で顔を覆い、天を見上げた。そういえば、女の子は恋話が好物だった。
 おまけに自分は全校を巻き込んでシャルロットとひとりの男を取り合った。話のネタにならないわけがない。

「……まぁ、仕方ないと言えば、仕方ないんだけどね」

 正攻法で敵わないのは、自分の想いに気づいたときから分かりきっていた。
 だから策を弄して、自分と榛名が一番幸せに道を模索し、想いを貫いた。
 ……だが、結局榛名は、刀奈を選ばず、今を選んだ。

「元々、私の横恋慕みたいなものだったし、自分なりに迫ってみたけど、あのコ、動じないんだもん。
 裸になって押し倒しても、私の裸には目移りせずに、叩かれた痕を見つけるし……」
「あなた、そんなことまでしてたの」
「う……」

 そういえば、この出来事は話したことがなかった。不安に苛まれて無理矢理に迫った気恥ずかしさと気まずさで、今までは心の奥に封印していたのに。
 虚は呆れたようにため息をついた。

「金剛くんと同室になってからのあなたと来たら……生徒会室でも毎日毎日、金剛くんの話ばかり。
 それがいつからか、金剛くんの身の上とか将来とかで思い詰めて、私や本音に相談したり、愚痴を聞かされたり……
 金剛くんを明確に好きになり始めたのは、キスされそうになったって時からかしら?
 ミイラ取りがミイラになってどうするの」
「ちょ、ちょっと! やめてってば!」

 三人しか知らない、悩める乙女だった秘密を、自分の様子とセットで説明され、羞恥心に赤くなる。
 恋をしているときは見えなかった行動が、冷静になった今では恥ずかしくてむず痒くなる。

「普段は肌を平然と見せてたくせに、恋を自覚した途端に恥じらいを覚えたものね。
 ちょっと面白かったわよ。下着やボトムスのファッションを真剣に相談してくるあなたは。おまけに金剛くんがいないときに部屋で」
「や、やめてやめて! ホント、お願い!」

 仮にも年頃の少女だから、気になる異性に下着の趣味をなじられて気にしないなどありえなかった。
 思い返すと、布仏姉妹には、他にも様々な事柄を打ち明けてしまっている。とんでもない秘密まで言ってしまったこともある。
 耳を塞いでかぶりを振った。今、人生でも一番恥ずかしい思いをしているかもしれない。

「くすっ……でも、かわいかったわよ。年下の男の子の言動ひとつで一喜一憂させられてる生徒会長さまは」

 だが、大人ぶっている虚に、ちょっと反抗心が芽生えた。自分の性分からして、負けるのは嫌だったからかもしれない。
 刀奈は、底抜けに意地悪い笑みを浮かべて虚の顔を覗きこんだ。

「なぁ~にニヤついてるのよ。虚だってこれからそうなるんだからね」
「ならないわよ……なに言ってるの」
「はぁん、とぼける気だな。私が知らないと思ってるの? IS学園副生徒会長さまが、学園祭で他校の男子生徒を逆ナンしたってこと」
「……情報に誤りがあるわ。私は正規の招待客か確認しただけ」
「ほほう、確認するためだけに、連絡先まで訊く必要があるんですかな? んー?」
「……」

 これからしばらく、昔ながらの長い付き合いから繰り出される、好みのタイプや行動を知り尽くしたいやらしい追求が続いた。
 弄り倒して満足したのか、すっかり冷めたコーヒーを啜り、刀奈は星が瞬く夜空を見上げた。

「……ありがとね、虚」
「もう……」
「ふふっ、ごめんごめん。……うん。榛名くんのことは忘れる。部屋も明日には出て、今の気持ちも、心の片隅においておくことにする。
 その方がいいよね」
「あなたがいいならね」

 拗ねた虚に笑いかける刀奈の笑顔は、いつもの彼女の屈託ない不敵な笑顔で、安心して虚も綺麗な秋の夜空を見上げた。
 澄んだ空気には、少し早い冬の訪れを思わせる肌寒さを感じて、早い季節の移り変わりに、ちょっと寂しくなった。

「よーし! 榛名くんが振ったことを後悔するような良い女になってやるぞー!」
「フフ……頑張りなさい」

 夜が更けてゆく。








 しばらくして……



「やっぱ無理。好き。大好き」
「早いわね……」

 体育座りで膝に額を合わせ、気落ちする刀奈に虚は落胆を禁じ得なかった。
 思いのほか、心の傷は深いようだった。
 刀奈は唇を尖らせて肩を揺らした。

「すぐ忘れられる程度の恋なら、結婚なんて考えたりしないって。一生物の男だって思えたんだぞー。
 振られたときだって、良い女演じて、格好つけて去ってさ……あわよくば私に振り向いてくれるかもとか考えてた。
 でも……一度も、名前で呼んでくれなかった。教えたのに」

 言葉尻に嫉妬と哀愁を含めて、未練をぶちまける。鼻を啜った。泣いてはいなかった。

「未練たらたらね……」
「そうですー。好きですー。大好きですー。好き好き大好き超愛してますー」
「重症ね……」

 初恋であり、本気で将来を想い描いた相手だからか。ちょっとやそっとでは刀奈から榛名は消えてくれそうになかった。
 燻ぶるどころか燃えている恋心に火照る刀奈は思い出と未練ばかりを口にする。

「キスしとけばよかったなー。あのときも引かないで強引に行っちゃえば……」
「もうっ。聞いてられないわねー」

 そうして、思い出ばかり振り返っているうちに、ふと、ある言葉が浮かぶ。聞き流していた、何気ないひとこと。

『おれは愛されるよりも愛したいです』

「あ……そっか」

 それで、疑問が氷解した。自分は榛名を愛して、守ってあげることばかり考えて、榛名から愛されることを失念していた。
 もちろん好きになってもらいたかった。けれど……

「でも……そうだよね」

 もっと肝心なことを忘れていた。

「男の子……だもんね」

 及び腰で争い事を嫌って、庇護欲を唆る子だったが、それでも男の子だった。
 なぜ、もっと早くに気づいてあげられなかったのだろう。また、後悔が募った。

「こっちこっち~」
「ちょ……ちょっと……! 本音……引っ張らないで……!」
「あら……?」

 思い詰めていたところに闖入者がやってきた。間延びしたかわいらしい声と久しく聞いたことのない懐かしい声。
 呑気に手を振る布仏本音と――それに腕をひかれた刀奈の妹、簪だった。

「なん、で」
「来ちゃいましたー」
「い、いいかげん離して、本音……」

 変わっていない刺々しい態度と人見知りの激しい気弱な声がした。見間違いではなかった。
 虚を挟んで本音と簪が並ぶ。姉妹の距離は一番遠くて、今までで一番近かった。

「本音ちゃん……どうして」
「かんちゃんが~傷心のたっちゃんを慰めてあげたいって言うからですよ~」
「い、言ってない! そ……そんなんじゃ……」

 慌てて大声をあげる簪と放心する刀奈の目が合う。が、すぐに逸らされた。

「……姉さんが、婚約者に振られたって聞いたから……笑いに来ただけ……」
「またまた~素直じゃないな~」
「だ、だいたい本音が人の言うこと聞かないで連れて行くから……!」

 取り繕うように似つかわしくない声を張って否定する妹がかわいくて、刀奈はくすりと微笑した。

「そうだぞー。簪ちゃん、お姉ちゃんは初恋の男の子にたった今、振られちゃいましたー」
「……どうしてこんなに明るいの」
「いえ、さっきまで落ち込むわ、未練たらたらだわで酷かったのよ」

 散々、愚痴を聞かされた身としては突っ込まずにいられないのか。ため息混じりに虚が言う。
 簪は驚き、口を開けた。

「……姉さんも、男に振られると落ち込むんだ」

 完璧超人だと思っていたのに。幼いころから比較され、なにひとつ勝てた試しがない姉にムキになっていた遠い存在が、今は年頃の少女にしか見えなかった。
 むしろ、別人に見えた。
 刀奈は開き直ったのか、虚勢を張らずにいられないのか、朗らかに冗談っぽく言う。

「簪ちゃん。すっっッッッごい辛いよ! もうね、ロンドン橋から落っこちて自殺しちゃいたいくらい辛いよ!
 身も心も裂けちゃいそう。でも、それでも好きで好きで溜まらなくて、居てもたってもいられないの。
 あー、辛いわー超辛いわー」
「なら……好きになんてならなきゃいいのに」

 ポツリと出た本心を、刀奈はやさしく拾いあげた。
 刀奈の隣に移動し、苦笑して、燦然と煌めく星を追う。

「そうかもね。でも、不思議なことにね。恋が実らなかったことを後悔しても、榛名くんを好きになったことは後悔してないんだ。
 それに、辛いけど、悪い気はしないの。振られたくせに榛名くんを思い浮かべると、何だか幸せになれるのよ。
 人を好きになれるって、とても素晴らしいことなんだって、みんなに教えてあげたいくらい」
「……よく、わからない」
「そうねー。簪ちゃんも恋をすれば分かるかもね。一夏くんとかどう? ライバルは多いけど」
「実は、こんこんのこと、ちょっといいなって思ってましたー!」
「本音……」
「あら……」
「……ごめんね、本音ちゃん」

 生徒会の面子+一名で、祭りの後を眺める。
 思わぬ告白もあったが、姉妹の距離は一番近くて、今は触れ合っていた。









『それぞれの二人』



「ここにいたのか、束」

 人気のない屋上でひとり、ベンチに座って遠い火を眺める束を、スーツ姿の千冬が見つけ出した。
 今は仲違いをしてしまった親友を一瞥すらせず、束はつぶやく。

「あ、無能だ」
「黙れ、ポンコツ怪盗が」
「イタッ」

 手刀が頭に落ちる。「うぅ」と呻る束。だが、痛くなんてなかった。傷はもっと別の場所にあった。
 無遠慮に千冬が隣に腰を落ち着かせる。束も拒まなかった。
 束はしばらく頭を抱えていたが、何も言い出さない千冬が気にかかり、ちらりとその顔を見て言う。

「なにしに来たのさ」
「半生を懸けた片思いを盛大に振られて終えた現代の光源氏計画失敗者を笑いに来た」
「帰れ!」

 普段のおちゃらけた束なら、ふざけて済ませただろうが、さすがに看過できなかった。
 が、本気になる気力は残っていなかったので、出店から盗んだジュースの紙コップを投擲した。あっさり回避されたが。

「冗談だ」
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ……」
「まさかお前の口から真人間らしい言葉が聞けるなんてな。人は恋すると変わるのは本当か」

 散々、コケにされた仕返しなのか。満足気な千冬に束は、むっと頬を膨らませた。

「なんだよ。恋もしたことない上にブラコンで膜に蜘蛛の巣張ったアイアンメイデンのくせに。
 教師で世界最強のブリュンヒルデ(笑)なんて呼ばれてるのに、科学者ひとりに翻弄されて顔真っ赤にしてたくせにー」
「殴るぞ」
「殴ってから言わないでよ!」

 今度は割りと本気で痛かった。自分の馬鹿力考慮しろよ、と唸りながら束は涙目で千冬を睨んだ。
 千冬は、足を組み直して肩を落とした。

「まったく……失恋して傷心の親友を労ってやろうと来てみれば」

 それが癪に障った束は、声も心も尖らせた。

「よく言うよ。何度も人の恋路を邪魔したくせに」
「なら、せめて事情くらい話せ。長い付き合いだが、お前のことは未だに理解できん」
「話しても無駄だろ。のっけから否定して敵対するくせに」
「そうでもない。今は、お前を女としても、人としても、少しだけ尊敬している」

 さらりと、常人ならば照れくさくて言えないことを口にできるのが、織斑姉弟の美点なのだろう。
 耳に入る触りの良い言葉が、千冬が自分に向けたものとは信じられず、束はしばし固まった。
 しかし、それもごく僅かの間でしかなく、また憎まれ口が突いて出た。

「嘘つき」
「嘘じゃないさ。……お前も、手段こそ間違っていたが、一人の大切な者を護ろうと動いていたんだな。
 中学のころに教えてほしかったよ」
「……教えられるわけないだろ。私たちの関係を性的虐待だー、なんて思い込む精神まで純潔のオボコに」
「不純には変わりないだろう」

 どうも認識に齟齬があるようだ。榛名と束の過去は、千冬が断片的に知っているだけで、全容を知るのは本人たちのみだ。
 深く知るのは野暮というものだろう。千冬も追求はしなかった。
 話題がなくなると、珍しく束は愚痴をこぼし始めた。

「はるちゃん……もうちょっとだったのにな。記憶を取り戻して、二人の思い出も、愛情も……」
「金剛には、過去よりも今が大切だった。めそめそするな、もう何歳だ、お前は」
「恋愛に年は関係ないだろー」

 むしろ傷は年齢を重ねた方が深く、大きい。後が無いだけに。
 束は、全てを吐き出すような深いため息をついた。

「はあ……はるちゃんの精子と私の卵子を人工授精させて、子供を産もうかな」
「おい、洒落にならんからやめろ」
「分かってるよ。はるちゃんに愛してもらってできた子じゃなきゃ、意味ないよね」

 束の科学力なら簡単に実行できてしまえるだけに戦慄してしまう。
 だが、束は恋愛に関しては自分なりの哲学をもっていて、それに沿った物語性がなければ好まない傾向があった。
 親友の意外な一面を発見できて、少し嬉しくなったことを、千冬は自分が笑っていることに気づいてから、遅れて悟った。

「でもさ……本当に愛してたんだよ、はるちゃんのこと。十年もだよ。忘れられてたのもショックだったけど、まさか記憶を取り戻しても振られるなんて……
 私は篠ノ之束だぞー……はるちゃーん……世界一すごい天才なんだぞー……なのにさー」
「世界を思い通りにできる天才も、ひとりの男の心を好きにはできなかった。まぁ、お前の好きそうな話じゃないか」
「うわ、くっさ。昭和のババアかよ」
「……」
「あぅあぁあああ! ごめんなさーい」

 頭をぐりぐりされて、半泣きになった束の肩に、千冬は自分の肩を合わせた。

「束、篠ノ之と仲直りしろよ」
「……どうかな。はるちゃんしか、私のこと好きになってくれる子いなかったし。私もイライラして不満ぶつけまくったし、もう無理でしょ」
「そんなに人が信用ならないか」
「うん。はるちゃんだけ。クーちゃんも家族だからいいけど」
「なら、私が親友としてお前を好きになる。それでも人が信用できないか?」

 またしても言葉の意味に理解が追いつかず、束は目をぱちくりさせた。

「お前は私が嫌いか?」
「……嫌いじゃないけど、ちーちゃんは私を好きになってくれなかったし」
「だから、好きになってやる。親友の私がお前を好きになる。きっかけづくりだ。
 少しずつでいい。人を信用できるようになっていけ」

 ――本当に、この姉弟は、もう。

「うわ……好きになってやるって……なんつー上から目線。未だにちーちゃんが処女な理由がわかったよ」
「黙れ。返事は?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ちょっとだけなら、いい」
「よし」

 根負けして、束が折れた。何だかんだ言って、束の狭い人間関係において、一番付き合いの長い千冬は特別だった。
 好きだった。ただ、見向きもしてくれない中で自分だけを見てくれた榛名が全てになっていった。
 そのベクトルが外にも向けば――千冬が親友なりに束を慮った答えだった。
 束は気恥ずかしくなったのか、それとも元気を取り戻したのか。子供のように笑みを浮かべた。

「ま、思春期の恋愛なんてほぼ必ず別れるものだから、相性が合わなくて別れたあとに、傷心のはるちゃんを優しく抱きしめてあげればいいだけなんだけどねー」
「……騒がしいやつだ」
「あったりまえだよ。はるちゃんを幸せにするのが私の夢だからね。ちーちゃん風に言わせれば、『人生を滅茶苦茶にした責任を取れ』ってやつ。やることいっぱいで、いつまでも落ち込んでいられないんだよねー」

 千冬の声真似をする束の幼子のような忙しない挙動に苦笑が漏れた。
 しかし、そのノリが妙に懐かしい。今日は気分がよかった。
 ふと、あの使い古された言葉が思い浮かぶ。

「束」
「ん? なーに、ちーちゃん」
「奴はとんでもないものを盗んでいったな。……お前の心だ」
「……は? 頭だいじょうぶ、ちーちゃん」

 ――いや、最初に怪盗とか言い出したのお前だろう。そこは「はい」って言えよ――
 本気で頭の心配をしだす束の首根っこをつかみ、ずるずると引きずりだした。

「よし、今日は飲むぞ束。私の奢りだ」
「えッ!? た、束さんは、お酒は遠慮したいなー。あれ飲むと思考が鈍る……」
「それがいいんだろう。お前は頭が良すぎるんだ。たまには鈍らせるくらいでちょうどいい」
「え、や、やだー! はるちゃーん! はるちゃーん!」

 女心と秋の空。やっと、二人が親友になれた夜。
 幾人の想いが交錯した夜は、静かに更けていった。




















蛇足の蛇足の蛇足という名のおまけ
アフターストーリー『みんながついてくる』



 ――約三年後。

 IS学園を卒業したおれとシャルロットは、卒業後、すぐに入籍した。
 早すぎるという声もあったが、確たる証を形として、おれたちは求めていた。
 二年半の付き合いを経ても、おれたちの気持ちと関係は揺るがなかった。
 途中で冷やかしを受けたり、会長がちょっかいを出してきたり、束さんが襲撃してきたり、一夏がおれを連れてIS学園を飛び出したり、新たに娘ができたり、千冬さん二号が現れたり、外では悪辣な人権団体が解体されたり、ファントムなんちゃらが壊滅したり、色んな出来事があった。
 その経緯を経て、なお変わらず、増すばかりであった愛情を表すには、これしか思いつかなかった。
 おれは卒業後、進学せずに倉持技研に就職した。相変わらず男性の操縦者が現れないこともあり、貴重な男性ISテストパイロット兼整備士として働いている。
 シャルロットも進学せずに専業主婦になる道を選んだ。家族に強い思い入れと憧れがあったから、とおれは思っている。
 新婚旅行はフランス。周囲で賛否両論あったが、シャルロットが生まれた土地を直に見たかったことと、シャルロットの亡きお義母さんへの挨拶と報告を済ませたかったから、無理をいってここにした。
 そして現在。都心に家を買って、平穏に暮らしている。こんなに幸せでいいのかと思えるほどに。
 もっと苦労するかと思っていた。だが、おれの周囲は、善人が多すぎた。
 束さんを筆頭に、全員の協力があって、今のおれたちがある。今は、感謝してばかりの毎日だ。

「榛名……僕、とても幸せだよ」
「うん、おれもだよ」

 桃色のサマーセーターに白の膝丈スカート。その上にエプロンと、すっかり主婦が板についたシャルロットが微笑した。
 結局、シャルロットは一人称が直らなかった。別に構わないのだが、意識していない限り、『僕』と口に出てしまう。
 その柔らかな金糸の髪は、今日はおさげだった。料理するのに邪魔にならないように、とのこと。
 練習の甲斐もあってか、今は一夏よりも上手になった。
 家庭に差し込む夏の日差しを浴びて、自慢の妻が言う。

「うん、それはいいんだけどね」

 笑顔のまま、リビングを見渡した。

「何で新婚家庭に入り浸ってる人がいるのか、僕は疑問でしかたないんだけど、どうなってるのかな」
「娘の私が母の家に居て、何の疑問がある」

 ソファに座ってテレビを見ながらせんべいを齧っていたラウラが、ドヤ顔でふんぞり返った。
 今日はゴスロリ風で服飾過多なミニワンピを着ていた。とても似合っている。自慢の娘だ。
 ラウラは日本の大学への進学が認められて、IS学園を卒業した今も日本で暮らしている。
 というか、家に住んでいる。賃貸住宅を探しているラウラに、「じゃあウチに住もう」と言ったら、二言でOKが出た。
 シャルロットも了承している。

「まぁ、ラウラとは寮でずっと一緒だったし、実害ないからいいけど……」

 ちらりと一瞥すると、我慢ならないとばかりにテーブルを両手で叩いた。

「なんで一夏が毎日ウチに来るの!? ちょっとは自重してよ!」

 同じくソファに座って時代劇を見ていた一夏は、怒鳴られて肩を揺らした。美男子に成長した一夏が、シャルロットを見て言う。

「いいじゃないか。友達の家に遊びに行くなんて普通だろ?」
「普通じゃないよ! 僕はもう人妻なんだよ!? 榛名が仕事でいない時間から遊びに来てるのを近所の奥さんたちに目撃されてるせいで、『またあそこの外国人の奥さん、他の男を連れ込んだわ』って陰口叩かれてるんだよ!?
 ゴミ出しで顔を合わせるたびに微妙な空気になる僕の気持ちを考えてよ!」

 割りと深刻な話だった。まぁ、日本人が排他的なのは今に始まったことではないが、風評は気をつけた方がいいな。
 一夏は大学に進学した。本人は早く社会に出て千冬さんを楽させてあげたいと言っていたが、千冬さんに断固として反対されたためだ。
 これもいざこざがあったが、千冬さんが人海戦術も駆使して一夏の説得に成功したので一夏が折れたのだ。
 都心部の大学に通っており、自宅からも通えるのだが、おれの家と大学が近いために頻繁に遊びに来る。
 というか、毎日来て泊まっていく。半同棲状態だった。

「私はとても気に入っているぞ。嫁がいて、母がいて、父もいる。家族団欒だ!」
「あ、僕が父なんだ……」

 ラウラがご満悦そうに胸を張った。かわいい。
 一方で、父扱いされたシャルロットは真剣なんだか落ち込んでいるんだか何とも言えない表情で切り出した。

「あのね、二人とも、聞いて」

 呼ばれて、二人が画面から同時に目を離す。その動きにイラッとしたらしく、リモコンで電源を切った。
 二人の悲鳴が木霊したが、シャルロットはかまわず喋りだした。

「僕は……その、そろそろ子供が欲しいんです」

 結婚して半年になる。常々、子供が欲しいと言っていたが、よもや皆の前で切り出すとは思わなかった。
 固まるおれをよそに、一夏とラウラは平常運転だった。

「つくればいいじゃないか」
「ついに私も姉になるのか。がんばれ、私は影ながら応援しているぞ」
「だから! 二人が毎晩毎晩夜遅くまで騒ぐから! 夫婦の時間が作れないんだよ!」

 割りと切実な願いだった。あー、うん。そういえばそうだね。こっ恥ずかしい話題だけど、そういえばご無沙汰だったような。

「そうなのか、榛名」
「まあ……」
「そうか……じゃあ、夜になったら俺は静かにしてるから」
「だ・か・ら! 新婚ホヤホヤの家庭に男がいるのがおかしいって僕は言ってるの!」

 一夏はなぜかちょっと怒っていた。

「おれは榛名の親友だぞ」
「関係ないでしょ! 僕にとっては、一夏は元同級生だけど邪魔者なの!」
「おい、榛名! お前の嫁さんがひどいこと言ってるぞ!」
「嫁は嬉しいけど、話そらさないで!」

 肩で息をして激高したシャルロットは、携帯電話を取り出して、一夏を睨んだ。

「セシリアたちに連絡して、引取に来てもらうよ」
「あ、待ってくれ! それだけは……!」

 態度を急変させて下手に出た一夏をシャルロットは怒鳴りつけた。

「待ちません! ラウラも含めて、たーくさんの女の子が一夏に待たされてるしね。
 時間はたっぷりあったのに結論を出さない一夏がわるいよ」
「だ、だってあいつら、顔を見合わせるたびに喧嘩になるじゃないか! それに一人を選んだりなんてしたら……!」

 悲壮な顔つきになった一夏は、なぜかおれとシャルロットを交互に見た。
 ……ここからはおれの推測だが、シャルロットと会長の修羅場を目撃して以来、女性同士の喧嘩がトラウマになってしまったようなのだ。
 確かに怖かったが、それでも極端に怯えており、なぜかおれに逃避するようになった。
 早く、一夏がトラウマを克服できるようになればいいな。
 しばらくして、家の呼び鈴が鳴った。

「あ、もう来たんだ」
「ええッ!?」

 インターホンには、セシリアさんたちと思しき姿が遠目にも確認できた。
 凄まじい疾さだった。げに恐るべきは女の執念か。一夏が尋常じゃない震度で震えだす。

「ど、どうすればいいんだ……! は、榛名! 助けてくれるよな!」
「助けたいけどさ……お前、大学でもモテまくってるらしいじゃん」

 一夏が目を背けた。まあ、有名人だし美形だからモテるだろうけど、どうやったらそんなにモテるのか不思議なくらい人気があるらしい。
 知人から聞いた噂だけど。

「お邪魔するぞ」「お邪魔しますわ」「お邪魔するわ」「お邪魔……します」

 微妙なことで揉めているうちに箒さん、セシリアさん、鈴さん、簪さんがやってきて一夏は捕まった。
 四面楚歌にも関わらず、一夏があまりに往生際が悪いので、五人には一室を与えて隔離した。
 裏切り者という断末魔の叫びが轟いた。おれが悪いのだろうか。

「ラウラは行かなくていいの?」
「私は常に満たされているからな。あそこまで狭量にはならん」

 フフン、と得意気に余裕のある表情で鼻を鳴らす。そういえば毎日いっしょに居るもんな。
 一夏がああだから進んでる気配ないけど、ラウラにとっては幸せだろう。
 しばらくして、また呼び鈴が鳴った。

「はーい」

 リビングに戻らず、シャルロットが出る。今日は夏休みだからか、来客が多いな。
 ラウラと高速あっち向いてホイで遊んでいたのだが、いつまで経ってもシャルロットが戻って来なかった。
 心配になって覗いてみると――

「ねえ、そろそろ立ち話もなんだし、入れてくれてもいいんじゃない?」
「ダメです。入りません。間に合ってます」

 楯無さんとシャルロットが、玄関でやりあっていた。楯無さんはホットパンツにタンクトップと露出が異常に高く、それに対しシャルロットは新聞の勧誘を断る機械的な返事で断り続けていた。
 十分近くこの調子だったのか。おれに気づいた楯無さんが顔を明るくして手を振った。

「榛名くん! やっほー!」
「榛名、塩を撒こう」
「シャルロット、失礼だよ。お久しぶりです、楯無さん」

 挨拶すると、変わらない飄々とした様子で返してくれた。箒さんたちもだが、偶然――というかIS学園の推薦――で、大体の卒業生は同じ大学に進学した。
 ルートは複数あるが、知り合いは殆ど同じ大学に進学したので、同窓会状態らしい。違う大学に行っても関西を除けばほぼ都内の学校なので会おうと思えば会える。
 外国籍の人も一夏目当てで国内の大学に進学した人が、知り合いにけっこういるし。
 楯無さんも都内の大学に進学したので、会う機会は多い。というか、普通に遊びに来る。

「あはは、お久しぶりと言っても一週間前にも来たしねー」
「休みのたびに来るのやめてもらえませんか?」
「榛名くん、私、外歩いてきたから暑いの。早く涼みたいから、中にあげてくれない?」
「榛名! 今この人、胸元広げて誘惑してたよ! わざとだよ! わざと!」
「シャルロット……。スリッパです、上がってください」
「ありがとう。いやー、話の分かる旦那さんで助かるわねー」
「ぐぬぬぬぬ……」

 なぜにこんなにも仲が悪いのか。いや、原因は考えるまでもないんだが、なぜ氷解する気配すらないのか。
 IS学園時代からの悩みの種だった。リビングでラウラを含めた四人がテーブルを囲う。
 ……が、楯無さんはおれの横に座った。

「そこ、僕の……!」
「ねえ、榛名くん。良いお酒が手に入ったの。今度ふたりで飲まない?」
「榛名はまだ未成年です!」

 おれと楯無さんの間に、シャルロットが強引に割って入った。またこの空気なのか。

「ドイツとフランスは十六歳から飲酒OKでしょ?」
「ここは日本です!」
「日本だって十八歳になったら歓迎会でお酒飲むから大丈夫よー。榛名くんだって飲まされたでしょ?」
「ノーコメントで」

 確かに飲まされたが、シャルロットを裏切れないのでこう答えた。シャルロットがまた食って掛かる。

「というよりですね、妻帯者に二人きりでお酒飲もうと妻の目の前で誘うのは、どうかしてると思います。何かいやらしい目的があるとしか思えません」
「うん、だって寝取ろうとしてるんだもん」
「ラウラ! 今すぐこの人追い出すの手伝って!」

 ぶっちゃけすぎな楯無さんに頬が引きつる。さすがに堂々とし過ぎた。いっそ清々しい。
 ヒートアップしているシャルロットをよそに、楯無さんは頬に手を当てて嘆息した。

「榛名くん。こんなに束縛する奥さんじゃ大変でしょ? 我慢してない?
 男の浮気は甲斐性だって言うのに……」
「榛名は不倫なんてしません!」
「私が嫁なら、榛名くんが誰と寝ても構わないのになぁ」
「う、嘘つかないでくださいよ! あのとき、あんなに言い争ったじゃないですか!」
「それはケース・バイ・ケースよ」
「に、日本人の貞操感覚おかしいよー!」

 ……この人たち、本当は仲良いんじゃないだろうか。二人が口喧嘩しているのをラウラと指で互いの数字を増やしていく名称不明の遊びをしながら見守っていると、矛先がこっちを向いた。

「榛名もなにか言ってよ! この人がいつまでも榛名に未練たらたらなの、榛名が優しくするからでしょ!?」
「えー? でも榛名くんだって、私が他の男と出来たら嫌になるでしょ?」
「……」
「榛名……?」
「いや、違う! これは男の性なんだ!」
「カリカリしないの。あまり怒りん坊だと、シャルロットちゃんのこと『ロッテちゃん』って呼ぶわよ」
「お菓子みたいだからやめてください!」

 想像して、ちょっと嫌だな、と思ったのを一発で見破られた。
 いや、だって……一時は婚約者だったし、覚悟を決めてた時期もあったから、多少は情が移ってはいるけど。
 シャルロットを裏切れないから、そうなることはないよ。と、考えていたら呼び鈴が鳴った。

「また?」

 呆れ気味にシャルロットが呟く。今日は来訪が多いな。
 シャルロットだけに任せるとあれなので、おれも一緒に出向くと、

「ちゃおー、はるちゃーん!」
「……」

 無邪気な束さんとその娘のクロエがいた。クロエは丁寧にお辞儀をして、束さんはおれに抱きついてきた。

「なっ、なにしてるんですか! 離れてください!」
「んー? 結婚を承諾してあげたのは誰だったかなー?」
「う……」

 反射的に独占欲が発動して、引き剥がそうとしたシャルロットに、意地の悪い顔で束さんが囁いた。
 色々あって、おれの保護者が束さんになり、未成年なのに結婚するにあたって承諾が必要になった。
 この際に一悶着も二悶着もあったが、束さんが認めてくれたおかげで、今の現状がある。
 他にも数えきれない恩義があって、おれ含めてシャルロットも頭が上がらない状態になっている。
 シャルロットにとっては……もしかしたら姑に当たる存在なのかもしれない。だから仲悪いのか。
 今回はあっさりシャルロットが敗北したので、束さんたちもリビングに集まった。
 ラウラとクロエが並ぶ。……似てるなぁ。

「ねえ、客人が来てるのにこの家はお茶も出さないの?」
「は、はい! 少々おまちください!」
「アイスティーにしなさいよ!」

 嫁いびりが繰り広げられていた。束さんはノリノリで太いおばさん声を出すと、地声で高笑いしだした。

「あはははは! 嫁姑ごっこ楽しいー!」
「あの、あまりシャルロットをいじめないでください」
「大丈夫大丈夫。これは愛のムチだから」

 そのムチ、茨がついてませんか? ルンルンと鼻歌交じりに着席する束さんを見て、クロエが言った。

「榛名」
「ん?」
「榛名はラウラの母なのだろう?」
「そうだけど」

 即答すると、楯無さんの冷たい眼差しが突き刺さった。おれは無視した。
 クロエは目を閉じたまま、淀みない口調で続ける。

「私とラウラは、一応は姉妹だ。そして、この人は私の母だ」
「そうだねー、クーちゃん」

 束さんがクロエの頭を撫でる。しかし、クロエは動じずに言った。

「しかし、あなたもラウラの母だと言う。私たち姉妹には母が二人もいる。これでは混乱が生じないか」
「そうだね、はるちゃん。結婚してお父さんになって」
「させませんよーっ!」

 麦茶を用意してきたシャルロットが、颯爽と再登場した。テーブルに置くと、クロエに向き直った。

「く、クロエちゃん。篠ノ之博士に言わされてるだけだよね? そうだよね?」
「いや、純粋に疑問なだけだが」
「……」
「この四人は……」

 恐らく、真面目に言っているクロエにシャルロットが絶句し、楯無さんが呆れていた。
 親子愛って、本当に良いものですねえ。
 そして、また呼び鈴が鳴る。

「ま、またなの……」
「おれが出るよ」

 疲れが見えてきたシャルロットを気遣って客を迎えると、大人っぽくなった弾の妹の蘭ちゃんが立っていた。
 学校帰りなのかIS学園の制服だった。

「お邪魔します。いつもすいません、榛名さん」
「いや、かまわないよ」

 お決まりの挨拶を終える。今は生徒会長をしているとかで、弾に似ず、非常に優秀な子みたいだ。
 顔を上げた蘭ちゃんは、目を輝かせた。

「ところで、一夏さんはどこに?」
「奥の和室」
「ありがとうございます!」

 同時に駈け出して、あの壮絶な果たし合い場に突貫していった。
 彼女も逞しくなったな。それが良いか悪いかはともかくとして。
 そして間を置かず呼び鈴が鳴る。

「はい」
「こんにちは、榛名くん」
「こーんにちわ~」
「お邪魔するね」
「あっついねー。元気してた?」

 癒子さんにのほほんさん、静寐さん、清香さんにかなりんさんにナギさんにさやかさんに理子さんと、何かいっぱい来た。
 いや、一度にたくさん来すぎでしょ。
 と、思いはしたが客人なので丁重に出迎えた。シャルロットの遊び友達らしく、よくランチを一緒にしたりしているらしい。
 まあ、友人を無碍に扱うなんてできないしね。十人以上集まってもまだ余裕のあるリビングなのが役に立った。
 今さらだが、この人たちも頻繁にここに通っている。本当に今さらなのだが。
 おれが楯無さんや束さんを相手にし、シャルロットが元同級生ズと歓談する形になる。
 元恋敵が相手でないのでシャルロットも笑顔を見せていた。会話の内容が気になり、皆の相手をしながら聞き耳を立てる。

「シャルロットはいいわよねー。勝ち組で」
「え?」

 早速似つかわしくない単語が聞こえて不安が掻き立てられた。女子大生が使う言葉か。

「わたしね、大学に通って気づいたのよ。一夏くんと榛名くんって、レベル高かったんだな、って」
「あ~」
「わかるわー」
「すっごいわかる」
「みんな外見だけ取り繕ってるけど中身ないよね」
「ね。下心とか丸見えで気持ち悪くて」

 これもしかして女子会って奴なのだろうか。あの悪口ばかりと高名な、あの。

「僕、いまいちピンと来ないんだけど、そんなに?」
「そういえばシャルロットは榛名くんと一夏くんくらいしか男の子知らないんだっけ?」
「IS学園は限られてた楽園だったからね。私も男子の基準をあの二人にしてたから、愕然としたわ」
「あの二人は話してても自然で嫌な気分にならなかったもん。たまに変になってたけど」
「それに比べると……比べるのも失礼なんだろうけど、子供っぽいよね、ウチの大学生」
「苦労してないもん。一夏くんたちより苦労できる環境の子もそういないんだろうけどさ」

 だって世界で二人しかいないんだよ。二人だよ、二人。三毛猫のオスより貴重だよ。

「あと、この年になると男を見る目変わっちゃうのよ」
「わかる~」
「どんな感じになるの?」
「そりゃあれよ。将来性とか、器の大きさとかで男を測るようになっちゃうの」

 ごめんなさい、おれの器はペットボトルの蓋です。

「榛名って大きいかな?」
「アンタたちの拗れた四角関係解消できたんだから、並よりはあるでしょ」
「卒業後すぐに結婚なんて、よっぽどじゃなきゃできないよ」
「それにさ、十八歳で都心にこんな立派な家買える男、探してもいないって」
「おまけに世界で二人しかいない男性IS操縦者」
「いいなぁ、シャルロット。私も主婦になりたい」
「そ、そうかな……」
「ゆこちーはデュッチーとこんこんが付き合ったって聞いて泣いたもんね~」
「うるさい! それにもうデュノアじゃないでしょ!」
「あ、そうだった~」

 笑い声が木霊する。……まあ、幸せなら何よりだ。
 そして、例のごとく呼び鈴が鳴った。

「よう」
「お邪魔します、金剛くん」

 弾と虚さんのカップルだった。虚さんが大学に入学してから付き合い始めたらしい。
 マジでコイツどうやって落としたんだこのやろうと当初は一夏の友人の数馬とともに丑三つ時の丑の刻を企画したが、翌日になって数馬くんが原因不明の発熱で寝込んだために中止になった逸話がある。
 おかげで数馬は未だに彼女ができない。

「マジでムカつくわ……」
「お前にまで呪われるなら、俺は誰になら祝福されんだよ。ゲイツか」

 ちなみに虚さんから弾に告白したらしい。おれは訳もなく悔しくなって枕を濡らした。
 イケメンは苦労しなくても彼女ができるんだ。不公平だな、束さんの言う通りだ。

「一番、谷本癒子! 歌います!」
『イエエエエエエエエエエエィッ!!!!!』

 リビングに戻ると、酒飲みが始まっていた。まだ昼なのに。
 夏休みだからって気が弛み過ぎじゃないか。

「うお、相変わらずハーレムだな」
「お! イケメンが来た!」
「彼女持ちだ! 殺せ!」
「うおわああああ!?」
「あ、あの子たちったら、こんな昼間から……」

 馬鹿騒ぎするのほほんさんと楯無さんの姿を見つけて、虚さんが苦労を滲ませた。
 おれや静寐さんと気が合うかもしれない。その静寐さんも今は酒に溺れて弾けているが。
 ところで、弾が男殺しって焼酎をラッパ飲みさせられてるんですけど、止めなくていいんですかね。

「酒の匂いがするな」
「え? みんなまだ未成年……」
「堅いことを言うな、山田先生。もうあいつらはIS学園の生徒じゃないんだ。こういうのは自己責任だ」
「姉さん。なぜ私も……」
「気にするな。酒の席だ」

 遂に上げてもいないのに織斑先生と山田先生、それにマドカちゃんまでやってきた。もしかして酒の匂いに惹かれたんですか?
 酒の席だからって、弟が実家に帰ってこないからっていい加減酒を飲みに家に来るのやめてくれませんか?

「私はビールの本場! ドイツ生まれだ! 酒に強いんだぞ! 本当だぞ!」
「わたしは九州だ! 薩摩生まれは水代わりに芋焼酎飲んでるんだぜ!」

 ホラ吹くな。またラウラが日本を勘違いする。

「榛名! 助けてくれぇ……!」
「逃げんなぁ!」
「軟弱者め!」
「逃がしませんわ!」
「……そろそろ決めて」
「白黒つけましょう、一夏さん!」

 這々の体で抜けだした一夏がおれに縋り付いた。
 おれは心を鬼にして見捨てた。逃げてばかりじゃ……逃げてばかりじゃダメなんだよ、一夏!
 が、ゾンビじみた執念でおれにしがみついた。何がお前をそこまでさせるんだ。

「おれたちは親友だろ! IS学園じゃ負け知らずだったじゃないか! だから二人で力を合わせれば……!」
「いや、これはお前個人の問題だから……」

 なんか申し訳なくなったが、これもお前とみんなのためなんだ。頑張ってくれ、一夏……

「はーるなくん! 一緒に飲みましょう」

 酒臭い吐息がかかったと思ったら肩を組まれた。楯無さんができあがって絡んできていた。

「はるちゃんもへべれけになろうよ、バベル宮殿に……」

 束さんは、もう何を言っているのかわからなかった。
 片付けどうしよう、と頭を悩ませていると、肌を赤らめて頬を膨らませたシャルロットが目の前で立っていた。

「どうし……」
「んー……!」

 唐突に首に手を回されたかと思うと、次の瞬間に唇がくっついた。そういや欲求不満だっけ、と他人事のように考えていたら、開いた唇の間から液体が流し込まれた。
 風味で判然とする。これ、酒じゃん……

「ぷはっ……浮気はダメだよ、榛名ぁ……って、あれ?」
「……きゅー」
「し、死んでる……!」
「シャルロットが榛名くんを殺した!」
「えぇぇええええ!?」

 いや、おれが下戸なだけだから……
 目が回る陶酔感の奥で、目まぐるしく動く現実が見えた。
 今はみんながこうして集まって、明々に日常を楽しんでいる。
 けれど、いつか忙しくなって離れてしまうときが、必ず訪れる。
 そのときは寂しいだろうけど、おれが生きている今はとても楽しいから、だから精一杯楽しもう。
 手に入れた幸せが逃げてしまわないように。
 だけど、少しだけ、眠ってもいいかな。

 目を瞑る直前の見えた景色は、大好きな人たちの顔でいっぱいだった。








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