人権団体というのは、大概は頭がおかしい。
人のみならず、動物愛護団体などの人のエゴ丸出しの集まりも行動が過激で私利私欲に塗れた思考をしている。
ちょっとしたことで人権侵害だと騒いだり、裁判を起こして謝罪と慰謝料を請求してくる。
人間以外の生物の権利団体すら声が大きい世の中、人の――それもジェンダー関連の人権団体ともなると、世論を揺るがすほどの影響力を持っている。
その最たるものが女性人権団体、または女性権利団体だ。
彼女たちは、IS誕生以前までは女性の権利の拡大、人権の保障を訴えてきた組織なのだが、ISという女性にしか扱えない最強兵器の登場とともに、男性の権利を剥奪するモンスターに形を変えた。
曰く、「お前らは私たちに守られる立場になったんだから、地位と権利を譲るのは当然でしょう?」と主張しているのだ。
実際、ISの存在は大きく、既存の軍事産業は殆どがISに塗り替えられ、軍人は女性が主流になり、各国で女性大統領の誕生が相次ぎ、男性の地位は一世紀前と完全に逆転した。
そして世界中で女性主導社会が生まれ、女性優遇政策が推し進められることになってしまったのである。
おかげで男性は非常に肩身の狭い思いをしている。
以前は結婚してから家で尻に敷かれていただけだったのが、最近は外でも見知らぬ女性にも顎でコキ使われるようになり、子を産むと態度が大きくなる女性はますます増長して手がつけられなくなった。
男性の間では、もう結婚しないことが勝ち組という概念が定着してきている。どれだけ家族のために稼いでも報われないことが、女性の権利の拡大とともにより明確になったからだ。
真面目な話、これだと国家は衰退するしかないと思うのだが、あまり大きい声では言えない。女性権利団体が騒ぐからだ。
差別の撤廃を名目に活動していた組織が、今や差別を助長しているんだから皮肉なものである。
なぜ今さらそんな説明などしているのかって?
それは、おれが彼女らにとって不倶戴天の怨敵だからだ。
「あの~……金剛くん? また手紙が届いてるんですけど……」
「焼却処分してください」
「わかりました」
「? なにそれ?」
もはや定期となったダンボール一杯に詰まった便箋を抱えて部屋にやってきた山田先生に、いつものように頼むと、デュノアが興味を示した。
おれは緑茶を啜りながら、女のデュノアがおれの苦悩を知るわけないか、と内心ため息をつき、渋々口を開く。
「世界中の女性人権団体からの苦情と怨嗟の声だよ。IS適性は虚偽だったって認めて辞退しろ、って訴えがIS学園にまできてるんだ」
「え? な、なんで!?」
「金剛くんは、その……世界中の男性の希望ですから。だから、世界中の女性には、危惧されているというか……」
驚愕するデュノアに、言葉を選びながら説明する山田先生、まどろっこしいな。
「おれがISに乗れるメカニズムが解明されると、他の男性もISに乗れるようになるからな。これまでISに乗れるってだけで女性優遇措置を強行してきた連中から、親の仇みたいに憎まれてるんだよ、おれは。もし女性だけが使えるって欠点が克服されれば、また世界は男尊女卑の世の中に戻るからな。そりゃ焦るよ」
「うわぁ、死ねとか自殺しろなんて書いてる。殺害予告まであるよ。怖いね……」
一通を手に取り、目を通すデュノア。偶にカミソリとか空気に触れた瞬間爆発する火薬が入れられてるから触らない方が良いのに。
「もしかして、一夏にも来てるの?」
「いや、アイツには殆ど来てないよ。一夏の場合は……これは俗説で、世間的な(主にネット上や専門家の)見方だけど、アイツは織斑先生の弟だから、IS操縦者に近しい遺伝子の持ち主なら類似したISを操縦できる、って仮説が一般的なんだ。だから標的は、血縁にIS関係者がいないおれ」
「マスコミの玩具にされたこともありましたからね……ここ、IS学園があらゆる圧力の及ばない場所で良かったです。もちろん、私たち教師は生徒を全力で守りますが、教師だけでは対処しきれない問題もありますから。金剛くんが専用IS持ちで良かったです」
「感謝してます。……まぁ、でも、これからはデュノアもいるので、目標が分散しておれの負担が減ってくれるかもしれないから気が楽ですよ」
「えぇ!? ……あ、うん。そうだね、アハハ、アハハ……」
汗を流しながら、頭を掻くデュノア。少し、意地の悪い発言だったかもしれない。
気にしないで、とおれを気遣い、退出する山田先生を見届けて姿勢を崩す。テーブルを挟んで対面に座るデュノアは、多少居心地が悪そうだ。
「やっぱり、一夏と同じ部屋の方がよかったか?」
「? なんでそんなこと聞くの?」
「なんとなく」
この学校の女生徒は洩れなく一夏に惚れているから、デュノアもかと思ったが、まだそんなことなさそうだ。
というより、おれと一夏が同性愛者なのでいつ襲われるかわからない、と怯えているような……それは気のせいであってほしい。
デュノアはおれが淹れた緑茶を啜りながら、ほう、と吐息を零した。悔しいが、一夏の言うように、その所作のひとつひとつに内側から滲み出る気品があった。
「僕は榛名と相部屋でよかったと思ってるよ。察しと思いやり……だっけ? 僕のことを凄い気にかけてくれてるよね。日本に来た時は正直不安だったけど、二人が良くしてくれるから楽しいよ。ありがとね」
「……いや、別に」
本当は君がスパイじゃないかとか、行動におかしいところがないか疑っているんだ、とは、その曇りない笑顔を前にして言えない。
性別詐称してる以外では何も怪しいところないし、どう対応していいかわからない。
「そういえば、一夏が来るって言ってたよね? 何時ぐらいに此処に来るのかな?」
話のネタに困ったおれは、デュノアが切り出した、おれたちの共通の話題である一夏に縋ることにした。
「今日は一夏来ないと思うよ。久しぶりの姉弟水入らずだから、二人きりで甘えてるんじゃないかな」
「あー。織斑先生の弟なんだっけ、一夏って」
「そう。アイツ、何回注意されても『千冬ねえ』って呼ぶの直らないんだ。それで毎回怒られてるんだから、筋金入りのシスコンだよ」
「ぷっ、はは! でも、織斑先生も満更ではなさそうだよね」
「初めは織斑先生もきつめに怒ってたんだけど、最近は軽く注意するくらいで済ましてるしな。案外、心の中では喜んでるんじゃないかな」
「仲良い姉弟だねー。僕、兄弟がいないから、そういうの羨ましいや」
「おれも一人っ子だったな。よその姉弟も、みんなあんな感じなのかな」
一夏の話題はネタが尽きない。良くも悪くも、このIS学園の中心にいる男なのでついつい口が弾んでしまう。
「一夏って羞恥心がないのかな。あんなに大っぴらに……その、裸になるからビックリしちゃったよ」
「一夏はおれと会った時から、あんな感じだったよ。シャワー浴びたあとも裸で彷徨いてたり、おれがシャワー浴びてる時にボディーソープ切れてるぞ、って入ってきたこともあったな。
デュノアが相部屋だったら、おれと同じ目にあってたかもね」
「あ、あはは……それは、困るなぁ」
デュノアが愛想笑いを浮かべた。頬が引きつっている。まあ、女の子だから、そんなことされたら一発でバレただろう。
内心でほっとしてるんだろうな、と思いつつも話を合わせ首肯する。
「全くだな。デュノアは女の子なんだから、一夏ももう少し気を使ってやればいいのに」
「そうだよ、幾ら男装してるからって、最低限の恥じらいは持つべきだよね!」
「……は?」
「…………あ」
軽くカマをかけた程度のつもりだったが……流れに任せての失言に、「しまった」と口を抑えるデュノア。
会話が弾んで、うっかり口を滑らせてしまったのだろうか。それにしても簡単に漏らしすぎではないだろうか。
重い沈黙。デュノアの顔に汗が浮かび、目がぐるぐると回っている。言い訳を考えているのだろうが、仕草からして墓穴を掘りまくっているから、もうどう取り繕おうが説得力がない。
「……あ、あの……い、今のは、じょ、冗談! そう、軽いジョークだよ、例え話! は、はは……」
「……」
「ほら見て! 僕、胸ペッタンコでしょ? 女の子の胸がこんな板みたいなワケないじゃない!」
「……」
「……ゴメン、嘘ついて」
「いや……」
俯き、謝罪するデュノア。疑っていたのに、こうもあっさりと判明してしまうと、おれまで何だか申し訳なくなってきた。
「ハハ……馬鹿だね、僕。せっかく男装してIS学園に編入したのに、一日も持たずに自分からバラしちゃうなんて」
「ゴメン、実はおれ、初見から女の子だって気づいてた」
「――ッ!? ……ああ、そうなんだ。だからあの時助けてくれたんだ……情けないな、僕。こんな有様じゃ、榛名以外にもいつかボロが出てたよね。惨めだよ……」
沈鬱な表情で、消え入りそうな声で呟くデュノア。……あの時って、着替える時のことだよな?
いったいどんな理由だと思ってたんだよ。まさか、一夏の視線を独り占めするデュノアに嫉妬しているとか考えてたんじゃないよな?
それから――デュノアは訥々と、男装してIS学園に編入するまでの経緯を話した。
デュノア社社長の娘だが、愛人の子であること。母親が亡くなってから父親に引き取られたこと。IS適正が発覚し、第三世代ISの開発が遅れるデュノア社のスパイとして他国のISを探るよう命じられたこと。あわよくばおれと一夏のデータを入手して持ち帰るように言われていたこと。
内容は義憤を覚えずにはいられない非道なものだったが、色々あって疑心暗鬼になっているおれは、いまいち信用できずにいた。
この流れに、あまりにも出来すぎているような印象を受けていたからだ。実はこれは演技で、女性だと自ら発覚させ不幸な過去を暴露し、おれの同情を買ってたらしこむ作戦ではないかとさえ思えた。
……だが、真偽はどうあれ、十五歳の女の子が実の父親にこの仕打ちを受けて、単身で異国に赴かねばならないデュノアの心中は察する。
おれも一家離散、顔と名前を全世界に公表、過激な人権団体に命を狙われるというコンボを食らって、一時期は塞ぎ込んでいたし。人生を路頭に迷う絶望感は、一人では耐え難いものだ。繊細な女の子では尚更だろう。
話し終えたデュノアは、一転して晴れやかな顔で淡く微笑んだ。
「でも、これで良かったのかもしれない。ちょっと変わってるけど、二人とも、凄く良い人で……騙してるのが辛かったんだ。これからも騙し続ける辛さを味わうよりも、返って良かったと思う」
「……ちょっと待ってて」
「榛名?」
席を立ち、緑茶を淹れ直す。なるべく手順を踏まえて、茶葉の成分が多く抽出されるように。
「はい、熱いから気を付けて」
「え……い、いいよ。そんな……」
「緑茶の香りには心を落ち着かせる効果があるらしい。今のデュノアは、少し自暴自棄になってるように見えたから。不慣れな国と言葉でたくさん話して疲れたろ?
コーヒーじゃなくて悪いけど、悪いことしてるからって、一息くらいはついても罰は当たらないんじゃないか?」
けっこう無理やりなお節介。要らぬお世話だと突っ撥ねられるかと思ったが、デュノアは罰が悪そうにしながらも受け取ってくれた。
「……ズルいよ。こんなに優しくされたら、離れなくちゃいけないのに、まだ居たいって思っちゃうよ」
「これからどうするんだ?」
幾分、顔色が良くなったデュノアに声が険しくならないように心がけて訊く。
デュノアは膝の上で手を握り締め、項垂れながら言った。
「わからない。任務は失敗しちゃったから、強制帰国させられて……悪くて牢獄行きかな。自業自得だよね」
「デュノアは何も悪くないさ」
話が本当なら。おれと同じで、大きな力に逆らえない、どうしようもない人生だったんだ。
同情こそすれ、咎められる要素なんてない。
「……榛名ってホント変だよね。僕、君たちを騙してたのに」
「おれは騙されてないし、それにまだ何もされてないからな。だからまだ、デュノアとおれはスパイと被害者じゃなくて、同じ学校に通う友達だ」
「慰めてくれてるの? でも、今は酷いよ、榛名。僕はもう、犯罪者として帰らなくちゃいけないのに」
「だから、まだデュノアは犯罪者じゃなくて友達だから、引き止めるつもりでいるんだ。
帰りたくないなら、此処に残ればいい」
慮外の言葉に、デュノアが顔を上げた。けれど、思い直してまた顔を伏せた。
「無理だよ……」
そして、今にも泣き出しそうな声を漏らす。
……これからおれが言うことは、同情でしかない、感情に流されただけの考えなしの言葉だ。
だけど、それが今のデュノアに必要なものだと思うから、脳裏に過ぎる保身の声は全て無視して言う。
「おれがどうして此処にいるか知ってるか? IS学園に入れば、どの勢力も生徒、学校に手出しできないからだ。世界中の女性が敵のおれだって平穏に暮らせる空間だぞ? 男装してるだけの女の子なんて何てことない」
もちろん、卒業してからのことなんて考えてない自分勝手な言い分だ。
だが、これで終わりなのと、三年の猶予が生まれることは決定的に違う。
救いがあると、そう信じて声をかける。
「でも……」
まだ下を向いて躊躇うデュノアに、続けて捲し立てた。
今度は完全に感情に流された。
「おれが口外しなければいいだけの話だろ? 頼む、おれをせっかくできた友達が困ってるのに何もしないような奴にさせないでくれ。それに、一夏だって悲しむ。アイツ、新しい友達が増えて、今日は特にはしゃいでたからな。デュノアがいなくなったら泣くかもしれない。もちろん、おれも。だから、嫌じゃないなら、此処にいてくれないか」
最後は我ながら臭かったかもしれない。デュノアは目を丸くして――そして吹き出した。
「アハハ、アハハハ! ……榛名と一夏って、本当に仲良いんだね」
「……まぁ、否定はしない」
「ホント、妬けちゃうなぁ……」
涙を浮かべるほど笑って、指で拭う。勢いで一気に喋ったから、無意識に一夏の名前まで使ってしまった。
……なんか勘違いしてないかな? 最近、一夏との仲を言及されるたびに、背中にむず痒いものが走るんだけど。
ひとしきり笑い終えたデュノアが顔を上げた。
「ねえ、榛名。僕、此処にいていいのかな?」
「IS適正あるし、頭も良いから資格は満たしてる。誰も反対しないさ」
「んー、そうじゃなくて……じゃあ榛名は、僕にいて欲しい?」
「は? ……ああ、うん」
上目遣いに見つめるデュノアに、深く考えずに頷いてしまう。
するとデュノアは、花が綻んだように破顔した。今日一番の、屈託ない笑顔だった。
「ありがとう、榛名。僕……身勝手だけど、此処に残るよ。僕も、まだまだ沢山、二人と遊びたかったんだ」
……デュノアもおれも、この先、どうやって生きていくかも不確かで危うい人生だけど、一先ず、これで良かったんだと思う。
知り合った女の子が不幸になるのを見て見ぬ振りをするよりは。
「あ、榛名。図々しいお願いだけど、僕のこと、これからは名前で呼んで。みんなの前ではシャルルで……二人きりの時は、シャルロット。僕の、本当の名前で」
良かった……と思うんだけど。
この子、本当にハニートラップじゃないのかな。狙いすぎてて怖くなってきた。
一夏は今頃なにしてるのかなぁ……
あとがき
シャルロッ党の皆様、申し訳ありません。
展開の都合上、オリ主とフラグを建てさせて頂きました。
ちなみに私はセカン党です。今さらですが、主人公の名前、金剛榛名(こんごうはるな)は元ネタが角野卓造に似てる某お笑い芸人だったりします。