「……なんで二年生の生徒会長が一年生の臨海学校についてくるんですか」
「禁則事項です」
海に向かうバスの車内では、おれの隣に座る会長と通路を挟んだ隣に座るシャルロットが睨み合っていた。
シャルロットの目は荒みきっているのに対して、会長の目は余裕たっぷり。
おれは窓際に押し込まれ、会長が通路側でシャルロットを牽制しており、ラウラは窓際で震えていた。 昨日くすぐりで失神寸前まで攻められたのがトラウマになってしまったようだ。可哀想に……
つーか、何で護衛されるおれが窓際なんだよ。シャルロットから護ってどうすんだよ。
「織斑先生! いいんですか、二年生が帯同してますけど!」
「学長から正式に許可が下りている。問題あるまい」
「そんな……」
バスの最前席で一夏の隣を確保した織斑先生が答えた。その顔はわかりづらいが満悦そうだ。
でも、あなたの幸せの影で歯ぎしりしてるコもいるんですよ? ほら、後ろの席で篠ノ之さんとセシリアさんが悔しそうにしてるでしょう?
あれ、あなたの所為なんですよ? この負の気配を感じないんですか? ていうかあなた実の弟となにしてたんですか?
不純異性交遊じゃないんですか? 普段の仕事に徹している姿は仮面だったんですか? 仮面教師ですか?
失望しました……山田先生を担任だと思うようにします。ちなみに鈴音さんは二組だから別のバスだ。
「榛名! 本当にこの人に何もされなかったの!?」
「何もなかったんじゃないかな」
「それがね、シャルロットちゃん。榛名くんったら二人きりになった途端に豹変して……ダメだって言ってるのに何回も求めてきたのよ? おかげで今日はアソコが痛くて……」
「榛名!」
頬を赤らめ、股を抑えながらもじもじする会長。それを見て激昂するシャルロット。
もうやけくそになって言ってやった。
「おれは童貞だッ!」
「わおっ」
『おお~』
口元を扇子で隠す会長と色めき立つ車内。もう知るか。会長が扇子を広げると「ビックリ」と書いてあった。
おれも自分で驚いてる。おれなに言ってるんだろう。
「そ、そうなんだ……よかった……榛名もまだなんだね」
「大丈夫ですよ、金剛くん! 経験がないのは恥ずべきことではありません! 日本人は貞淑を尊びますからね! ええ、ヤラハタとか彼氏いない歴=年齢とか、そんな呼称は消え失せればいいんですよ!」
山田先生が熱弁してきた。日本くらい風俗とか夜這いとか、性の文化が発展してる国ないですけどね。
「内緒だけど私もまだだよ。嬉しい?」
「実はこのバスに乗ってる人、殆どが未経験だと思うんですけど」
囁くように耳元で告白する会長に辟易しながら返す。会長含めて耳年増ばっかじゃん。
……一夏と織斑先生は違うかもしれないが。会長は含み笑いを浮かべると、立ち上がって前席を覗き込んだ。
「そうかな~? ねえ本音ちゃん。本音ちゃんはまだ?」
「はーい、まだですよ~完全新品クーリングオフもされてません!」
「のほほんさん、答えなくていいから。会長、それセクハラだから」
前の席に座っていたのほほんさんが律儀に答える。
まあ、十五歳だから普通だよな。
「ちなみに私もまだだよ、金剛くん」
「谷本さんも乗らなくていいから」
「私もだよ!」
「高校生だし、普通だよね!」
「わ、私も……」
「皆さん、何の話をしてらっしゃるんですの?」
「くだらん」
クラスの中心的な人物の谷本さんが便乗した途端、みんな打ち明け始める。
これが女子校の空気なんだろうな。さすがに下品な下ネタは言わないけれど。
空気の奴隷にならずにきょとんとしているセシリアさんと吐き捨てる篠ノ之さんはキャラが濃いと言うか何というか。
「ねえ、こんこん~。夕食食べたらこんこんの部屋に行っていいー?」
「おれは構わないよ。でも……」
のほほんさんのお願いは予想できていた。一夏が織斑先生と同室になった時点で男に飢えた女子はもうひとりの男子の部屋に来るだろうことは。
が、今は不確定要素がいる。おれは一年生の臨海学校に帯同しながら横で泰然としている生徒会長を一瞥した。
「ん? いま私のことチラチラ見てなかった?」
「会長っておれと同室ですよね?」
「うん。本音ちゃんたちも来たいなら拒まないからいつでもいらっしゃいな」
「わーい!」
「……こんこん?」
両手をあげて喜ぶのほほんさん、かわいい。あだ名に反応するシャルロット、怖い。
「のほほんさん。こんこんって、榛名のこと?」
「そだよー。こないだこんこんがウチの部屋に泊まりに来た時にそう呼んでいいって言ったから~」
「泊まった……?」
「シャルロットは知らなかったの? 金剛くんは昨日まで私たちの部屋に泊まってたんだよ」
谷本さんが混ぜっ返した。何でいま言うの?
「……」
「睨まないでよ。何もなかったって」
「金剛くん、とても紳士だったよ。私が寝てる振りして服をはだけさせたら、ちゃんとシーツ掛け直してくれたし」
「あれ演技だったの!?」
「金剛くんが無防備な私たちを見て野獣と化したら困るじゃない。だから一応ね」
「私は普通に寝てたよ~」
女って怖い。もし手を出していたらどうなっていたんだろう。
此処の生徒は爆発物処理とか軍人紛いの技術を学んでいるから、取り押さえられて退学処分とかかな。
そうなったらおれは……実験室行き? 嫌だなあ。
おれが視線を感じて向き直ると、まだシャルロットは目を眇めてこっちを見ていた。
「……」
「何で睨むの。谷本さんも言ってたじゃん。何もなかったってば」
「そうそう。怒らない怒らない。シャルロットなんか一か月も一緒に暮らしてたくせに、ケチだぞー」
「シャルロットはケチだなー」
「シャルロットはあざとくてケチだなぁ~」
「何でみんな僕を責めるの!?」
臨海学校って楽しいイベントで一人ピリピリしてるシャルロットを和まそうと気を使ってるんだと思う。
ただからかいたいだけの可能性も高いけど。
その元凶の会長は、唇に人差し指をあて、ウィンクしてシャルロットに釘を刺した。
「シャルロットちゃん。これはおねーさんからの助言なんだけど……あまり束縛しちゃうと男は逃げちゃうわよ」
「会長だって捕まえたことないじゃないですか」
「言うわね。でも恋に正解はないけれど、先人の格言は参考にしておいた方がいいわ。
男は得てして追うより追われる恋がしたいものよ。そして相手には貞淑さを求めるけど、自分は奔放でいたいの。ね、榛名くん」
「おれは愛されるよりも愛したいです」
「マジで?」
「マジです」
結局、誰もまともな恋愛経験がないから参考にならないことがわかったのが収穫だった。
確信した。この学校は、一夏とラウラ以外全員耳年増。
●
「あら、今年もいらしたんですか更識さん」
「今は生徒会長になったんですよ、清洲さん」
花月荘に到着して女将さんに迎えられた。二回目の会長は面識があるらしい。当たり前か。
臨海学校二回ってずるくない? 罰として修学旅行なしにしてもいいくらいだよね?
おれの部屋は会長と同じなので、並んで歩く。この人とは苦手意識が強く、どうも落ち着かない。
周りを引っ掻き回して愉悦に浸るタイプで、くわえて痴女だ。
シャルロットは言動こそあざとい一面はあったが、基本的には奥ゆかしく、露出も控えていた。
だが、この人ときたら……裸エプロンのあとは裸Yシャツと、あからさまに男を誘惑する扇情的な格好でこちらを煽ってくる始末。
ハニートラップの疑いは、ほぼ黒。しかし、会長がおれの護衛についたのはどうも日本政府の意向っぽくて一概に断定することもできない。
総論としては、よく分からん。おれに何の連絡もされていないのが不満と言えば不満か。
「さて、此処が私たちの新しい愛の巣になるわけだけど……どうする?」
「どうもしません。海に来て一日自由行動なんだから着替えて泳ぐでしょ」
「榛名くんは固いなぁ。あ、もちろん頭が、って意味よ?」
口元を手で隠して「むふふ」と笑う会長。この人はおれにどうして欲しいんだろう。
「そりゃもうビンビンですよ」とでも言って欲しいのだろうか。
反応したら負けだと思い、おれはすぐに荷物と着替えを持って部屋を出た。会長もついてきたが、おれはそのトラッシュトークに決して耳を傾けなかった。
一夏が恋しい。切実に。
更衣室に向かう途中で、しゃがみ込んで地面を凝視している一夏を見つけた。
話しかけようとして、その視線の先にある物体が目に留まる。
ウサミミが地面に生えていた。兎が埋まっているとのかと思ったが、よく見ると機械でできた偽物だった。
「どうしたんだ、一夏」
「榛名! それがな、束さんがここに埋まってて」
「は?」
束って、篠ノ之束博士か? 篠ノ之さんの姉でISを開発した天才の。
「一夏くん。とうとう頭がおかしくなっちゃったの?」
「違いますよ! 見ててください。これ抜いたら出てきますから!」
憐れみを多分に含んだ声で会長が心配すると、一夏はムキになってカブを引っこ抜くような態勢でウサミミを抜いた。
しかし、出てきたのは地面に出ていたウサミミだけで、勢いよく引き抜いた一夏はその場で後転して頭を強打した。
今ので本当に頭がおかしくなったんじゃないか。不安になるおれをよそに一夏は起き上がって頭をさすった。どうやら無事らしい。
「あれ? おかしいな」
「可哀想に……榛名くんに会えないからストレスが溜まってたのかな?」
「いや、ほんとうに――」
二人で一夏を心配していると、上方から空気を切り裂く鋭い音が迫ってきた。
視線を上げる。巨大な人参が降ってきていた。
その人参は地面に突き刺さった途端、縦に真っ二つに割れて、中から不思議の国の迷子さんテイストのドレスを着た、頭が緩そうな女性が兎さんのポーズを取りながら出てきた。
「あっはっは! これしきのトラップに引っかかるなんて、いっくんもまだまだ未熟だね」
「お、お久しぶりです束さん」
「うむ、おひさだね。本当に久しぶりだねー。元気だった? 束さんはいっつも超元気だよー? 聞いてる? 聞いてないかアハハハー」
……唖然。一夏の話から察するに、本当にこのウサミミ星人が、あの篠ノ之博士のようだ。
というか、自分で名乗ったし。
「んー。箒ちゃんはいないかー。ざんねーん。まっ、いーけどね! そーれよりー」
くるりと篠ノ之博士がおれに向き直って、歩み寄ってきた。なんだ?
「はるちゃんだよね?」
「はい?」
「だーかーらー。はるちゃんだよね?」
顔を覗き込まれ、詰め寄られる。整った顔立ちと妖艶な肉体が肉薄してきたので、思わず仰け反ると、さらに近づいてきた。
窮したおれは、仕方なく答える。
「確かに、おれの名前は榛名ですけど……」
が、はるちゃんなんて呼ばれた覚えはない。人違いじゃないかと言おうとしたら、これ以上ないくらい破顔して、頭を撫でられた。
「やっぱりはるちゃんだー。おっきくなったねー」
「!? あの……」
「顔色が悪いね。隈もできてるよ? ちゃんと休めてる? ダメだよ、夜更かししちゃ」
否定しようとしたが、その声音も表情も、心の底からおれを案じているのが伝わってきて、何も言えなくなった。
頭を撫ぜる優しい温もりと、久方ぶりに聞くおれを労わる声が心地よくて、懐かしくて、つい甘んじてしまう。
いや、初対面のはずなのに……何なんだ、これ。
「んふふー。もっとお話ししたいけれど、束さんは箒ちゃんを探さなちゃいけないので、名残惜しいけどここらでおさらばです。またねー、いっくん、はるちゃん」
思わせぶりなことだけを述べて、風のように篠ノ之博士は去っていった。
危なかった……これ以上優しくされると、間違いなくあの人を世界一可愛いと思うように洗脳されていた。
ここの処、優しくされた記憶なかったからなー。
「……榛名、お前……束さんと知り合いだったのか?」
「いや……記憶にない」
首を捻った。そもそも名前でしか知らない存在だったのに、そんな雲の上の人物に親しげに話しかけられて、おれの方が困惑している。
ずっと黙っていた会長が不意に「なるほどねー」と頷いて、確信を持って言った。
「榛名くんはアレだね。優しくしてくれる年上の女性がタイプなんだね」
「今それ関係あります?」
掴めないと言えば、この人の性格もさっぱり把握できない。
おれの周りの年上にはミステリアスな女性が多い。変な人と言い換えるのも可。
●
浜辺に出ると、男には目に毒な光景が広がっていた。
紺青色の透明度の高い海と流木やゴミのない白い砂浜。その美しい海岸を埋め尽くす色とりどりの水着に身を包んだ見目麗しい女子高生たち。
国際色豊かなため、点在する金髪が陽の光に照らされて輝いていた。
これは辛い……中学の女子がカボチャに思えてくるほどの偏差値の高低差に眩暈がした。
何でIS学園って太ってる子とか器量の悪い子がいないの? 趣の異なる美少女ばかりって、人選したやつ頭おかしいだろ。面食いかよ。
「どうしたんだ榛名。突然目頭を押さえたりして」
「何でもないよ。ただ、太陽が眩しくてな」
一夏はこの絶景を見ても何の感慨も湧かないらしい。もう呆れを通り越して尊敬する。もうずっとそのままでいてくれ。
もしかしたら、織斑先生の体に慣れているからそこらの小娘では反応しなくなってるのかもしれないが。
「つーか、何で榛名はTシャツ着たままなんだよ。邪魔だろ、脱げよ」
「おれはいいよ……」
律儀に準備体操をする一夏に難癖つけられたが、適当に流した。焼くのも泳ぐのも疲れるし、パラソルの下で休むか、ゆっくり釣りをしていたい。
ちょうど鈴音さんが一夏の相手をしてくれたので、おれは日影を求めて旅に出ようとしたが、会長に襟を掴まれて引き戻された。
「どこに行こうとしているのかしらん。主賓がいなくなっちゃ折角の催しも詰まらないでしょ?」
「こんこん捕獲~」
「脱がせ脱がせ!」
「うひひ。良いではないか、良いではないか」
どうしてこの世界はおれを追い詰めるのか。
哀れ、数の暴力には敵わず、服をひん剥かれてしまった。所詮、女子校同然のここではおれたちは玩具に過ぎないのである。
身包みを剥がされて水着一丁になったおれは、一夏とともに視姦されてしまう。
いつの間にかおれと一夏を中心に輪ができて包囲されているし。ハンニバルの包囲殲滅戦術を彷彿とさせる手際の良さ。そういえば授業で習ったっけ。
「げへへ、兄ちゃん。イイ体してるやんけ……」
「お代官様ごっこしよう!」
「男回して楽しいの?」
ここの女の子は、ちょっと頭がおかしい。でも、海に来ても着ぐるみ姿で露出しないのほほんさんは正直、天使だと思う。
周りが肌色ばかりだから殊更嬉しい。会長の白ビキニとか、直視できない。
視線を一点に置けないので、仕方なしにきょろきょろ辺りを見回していたら、一夏がセシリアさんにサンオイルを塗ろうとしていた。
焼いちゃうのか。せっかくの綺麗な肌なのに勿体無いな。
「セシリアさん。セシリアさんは焼かない方がいいんじゃないの? 日焼け止めあるから、それ塗ってもらいなよ」
「え? そ、そうですか? なら其方に……」
「はいはーい! あたしに貸して金剛くん。ほーらセシリア。観念なさい。今からこの白いのを塗りたくってあげるからねー」
「ちょ! 何で鈴さんが――!」
おれが日焼け止めを荷物から取り出すと、鈴音さんが意地の悪い笑みで奪い取って手に白濁とした液体を搾り取り、全身にまんべんなく塗していく。
絶景だったが、申し訳なくなったので目を逸らした。善意からの行為だったのだが、結果的に悪いことをしたかもしれない。
手持ち無沙汰になった一夏は、自分の手にあるサンオイルに目を遣り、おれを見た。
「なあ、榛名。オイル塗ろうか?」
「いや、いいよ」
「つれないこと言うなよ。せっかく海に来たんだし、焼いていこうぜ」
「何で焼く必要なんかあるんだよ」
おれは焼くと肌が赤くなる体質だし、風呂に入ると痛いから嫌なんだよ。
きっぱりと否定すると、一夏はがっくりと肩を落とした。そんなに焼きたかったのか。
一人で焼けばいいんじゃないかな。
「榛名くぅん……私にもぉ、塗って欲しいなー?」
「頭から被ればいいんじゃないですか?」
シナを作って艷っぽい声で誘惑してくる会長を一蹴して、どうにかして一夏と男同士で二人きりになれないか画策する。
女の子が多いと危険だ。こんな薄着一枚纏っただけの空間に、天性のラッキースケベ持ちの一夏がいたら、神風が吹いて全員の水着が脱げるなんて事態に発展しかねない。
そうなったら、女性陣――特に例の三人は反射的に男のおれたちを殺そうとするだろう。
巻き添えをくらうのはゴメンだ。適当な理由で一夏を連れ出そうとしたら、水着姿のシャルロットがミイラの手を引いてこっちに歩いてきたのが見えた。
おれがその異様な光景に気を取られている隙に、一夏が鈴音さんに攫われてしまう。しまった。
「はーるな!」
「やあ」
「なんで目を逸らすの?」
手を挙げて挨拶しながら、着ぐるみ姿ののほほんさんをガン見する。のほほんさんが手を振ってくれたので、おれも逆の手を使って振り返した。忙しいなぁ。
「榛名ッ!」
「おう、シャルロット。似合ってるよ」
「……こっち見て喋ってくれる?」
視線を戻し、目を合わせる。体には下ろさない。
じっと瞳の紫水晶を見据えていたら、シャルロットがたじろいだ。
「そ、そんなに瞠目しろとは言ってないよ」
「難しい言葉知ってるね、シャルロットちゃん。ところで、後ろのソレはラウラちゃん?」
「ッ!?」
おれの背中から顔を覗かせる会長が、ミイラを指さした。
その声にミイラがビクッと痙攣し、おたおたし始める。ああ、ラウラか。
「あのねえ、ラウラちゃん? 海水浴場のルール知ってる? ここに来たらみんな水着姿にならなくちゃならないのよ? さっさと脱ぎなさい」
「なに!?」
「そんなルールないです」
「なんだと!?」
頼むからこれ以上ラウラに変な知識吹き込むのやめてくれ。だいたい被害被るのおれと一夏じゃん。
会長はおれを無視してラウラに躙り寄った。
「どぉれ、私が脱がしてあげましょうか」
「や、やや止めろ! 来るな! 本気で抵抗するぞ! 抵抗するからな!」
「タオルぐるぐる巻きしてなに言ってんの」
「う、うわーっ!」
俊敏な手捌きによって為す術もなくひん剥かれるラウラ。ていうか、シャルロットは止めないんだね。
何で泣き叫ぶラウラ見て満悦そうな顔をしてんの?
「お?」
「うう……」
「……何でスク水?」
おれと会長が、顕になったラウラの水着姿を見て目を丸くした。
ご丁寧にひらがなで胸元に「らうら」と名前まで書いてある。これ学校指定の旧スクじゃないか。
あれだけ時間かけて水着選んでたのに、結局これ?
呆然とするおれらを尻目に、シャルロットは得意げに胸を張った。
「見てよ榛名。似合うでしょ~?」
「いや、似合うけどさ……」
照れて体を隠そうとするラウラの肩を掴んで、自慢するかのように見せびらかすシャルロット。
凹凸の少ない幼児体型のラウラにはスク水が映えた。どことなく犯罪臭がするが、似合ってるかどうかで言えば確かに似合っている。
でも理由は口にしない。言えば不名誉な烙印を押されるから。
怯えるラウラに会長はさらに肉薄した。
「旧スクって前垂れ部分に水抜き穴が開いてるのよね」
「ひっ! は、母! 助けてくれ!」
会長の魔の手を掻い潜り、おれの背中に隠れるラウラ。そうか。一夏、シャルロットに続いて、ラウラまでおれを楯にするようになったのか。
会長は壁役のおれを見て微笑むと、不敵に嘯いた。
「私にはとってつけたような壁なんて無意味よ」
「楯無ですもんね」
「上手い!」
手を打ち鳴らして会長が大笑した。面倒なので関わりたくなかったんだが、触れた手から背後のラウラが震えているのが伝わってくる。
また会長の餌食になる様を想像すると不憫に思えたので、何とかしなくてはと覚悟を決めた。
「会長、穴ならおれにもありますよ」
「!?」
「んー? 榛名くんの穴はひとつしかないでしょ」
「いや、二つありますよ。出すだけなら無数にあります」
「私は挿れたいのよ」
「じゃあおれに挿れればいいじゃないですか。だからラウラは勘弁してやってください」
「は、榛名がおかしくなっちゃった……」
ざわつく周囲をよそに、おれと会長は睨み合った。
おれには勝算がある。耳年増の会長が、公衆の面前で羞恥プレイを敢行するわけがない。
自分から脱ぐ露出癖はあるが、男女でまぐわうのには躊躇いがある筈だ。
おれの狙い通り、会長は攻め口がなくなって、悔しそうに唇を噛む。
「くっ……生意気ね。部屋に帰ったら調教しなきゃ」
勝った。おれは心の中で懇親のガッツポーズを取った。
「母よ。二人で何の話をしているのだ?」
「ラウラはまだ知らなくていいんだよ」
「?」
おれは我が子を変態から守ったことに誇りにも似た感慨を懐いた。強敵に一矢報いた深い達成感が胸にこみ上げる。
「やっぱり金剛くんが受けなのね」とか「挿れられたことあるんだ」とか、とても年頃の少女の口から出たとは思えない言葉が耳朶を痛いほど叩いたが、聞こえないフリをした。
ある訳ないだろ。
●
遊び疲れた……というより、心労が肉体に響いた日の夕刻。
豪華な夕食を前に一夏が感嘆の声をあげていた。
「見ろよ榛名。これカワハギの刺身だぞ! しかもキモつきだ。こんなの内地じゃ滅多にお目にかかれないぞ」
「お、そうだな」
食事にうるさい一夏の喜ぶ声に適当に返事する。
昼間、女子の水着姿には反応しなかったくせに、織斑先生の水着には赤面して目を逸らした一夏。
まるで初恋のお姉さんを前に気恥ずかしくて直視できない少年のような反応をした一夏。
鈍感朴念仁のくせに、「お前、織斑先生が好きなのか」と訊いたら、「そ、そんなわけねえだろ!」と、誤魔化すように怒鳴った一夏。
半ば疑惑が確信に変わったおれは、暖かい目で一夏を見るようになっていた。
別に差別したり嫌ったりしないが、友達が近親相姦してると知って、今までと同じように接するのは無理がある。
「正気に戻れ。織斑先生は姉弟だぞ」と説得しても、意志の固い一夏には無意味だろうし……当人同士に任せるしかないのかな。
「榛名、本当に頭だいじょうぶ?」
「シャルロット。キミ今すごい失礼なこと言ってるからね」
二つ隣に座るシャルロットが上体を傾けて、おれを覗きこんで心配してきた。頭の。
さっき会長を言い負かした時の発言が尾を引いているらしい。
座席はおれの左隣に一夏、その隣にセシリアさん。おれの右隣に護衛の名目で割り込んだ会長とその隣にシャルロット。
一夏がナチュラルにおれの隣に座ったため、その片側を巡って熾烈な争いが繰り広げられた。一夏が気づかないだけで、水面下では目を覆いたくなるような醜い争いがあったのだ。
その勝者のセシリアさんは慣れない正座で足が痺れて、勝利の余韻に浸る余裕もなさそうだが。
「シャルロットちゃん。その緑色の練り物は抹茶で作ったお菓子で、とても甘くて美味しいのよ」
「へえー」
「嘘だから。それ、わさびって言って辛い薬味だよ」
「騙しましたね!?」
「榛名くん。ちょっと空気読んでよー」
非難され、もう、と肩を押された。会長のイタズラの被害者を減らそうとしてるだけなのに。
まあ、外国人が半数を占めるIS学園なのに刺身を出すのは正直どうなのか、とも思ったが、日本だしな。
それを楽しみにしてくる観光客も多いし、老舗の旅館だからこだわりもあるのだろう。
セシリアさんみたいに正座やナマモノに苦戦している生徒も多いけどね。
「美味いな~」
しかし、料理に舌鼓を打つ一夏には、隣で悶え苦しむセシリアさんがまったく目に入っていないようだった。
お前、本当に織斑先生しか興味ないのな。
●
「おーい、榛名。千冬姉が呼んでるぞ」
「え、なんで?」
夕食を食べ終え、部屋に戻ると、クラスの女子がおれの部屋に押しかけてきた。
一夏の部屋には織斑先生がいるので、仕方なくおれの部屋に集まってきたようだ。
皆、思い思いにカードゲームをしたり、駄弁ったりと男子が居づらい空間を形成していたのだが、予期せぬ呼び出しに面をくらった。
質問すると、一夏も後ろ髪を掻いて困ったように眉をひそめた。
「俺も要件は聞いてないんだ。ただ呼んで来いってうるさくてさ」
「……」
ひどく嫌な予感がする。おれ、何も悪いことしてないよな?
「おー、軍曹の呼び出しだー!」
「ご愁傷様です榛名二等兵」
「ご冥福をお祈りします」
「あのさぁ……」
口々に好き勝手言い始めるクラスメートに呆れる。でも、厳格な織斑先生が直々にお呼びとなると、覚えがなくとも悪いことをした気になってしまう。
「必ず生きて帰ってきてね? 約束だよ」
「安心しろ。教官は意味のない叱責はしない」
縁起でもないことを言うシャルロットと暗におれに非があるように言うラウラ。救いはないのか。
不意に、おれは会長と目があった。
「な~む~」
「おい」
茶目っ気たっぷりな女子に押され、死地に送り出された。
おれが去ったあと、一夏が部屋に引きずり込まれたが、おれが居た時よりも賑やかだったことに哀愁を感じずにはいられなかった。
「おォ、来たかこんごー」
「うげっ」
織斑姉弟の部屋に入ると、キツいアルコール臭が鼻をついた。
部屋の奥には、酩酊状態の織斑先生が畳まれた布団に肘をかけ、空いた手にビール缶を持っておれを歓迎するように手を振る。
若干気崩れた浴衣と赤らんだ頬、潤んだ瞳がセクシーだったが、床に転がる無数の空き缶とつまみのスルメ等で色々と台無しだ。
あの凛然とした美人はどこに行ったんだ。
「よく来たな、こぉっち寄れ、なあ!?」
「どんだけ飲んでるんですか」
「んん? 教師が酒飲んで悪いなんて誰が決めたんだ!? 今はプライベートだプライベート」
ドン引きして言うと、気に触ったらしく声を荒げた。過去に親戚の家に行って、大酒飲みのおっちゃんに絡まれた苦い思い出がよみがえる。
あれに比べれば、美人なだけマシかもしれない。そういや、親戚の人たちはなにしてるんだろう。
有名になると親戚が増えるって言うけど、IS学園に入学してからおれの親戚って増えたんだろうか。
もう確認しようがないから意味ないけど。
「おい、聞いてるのかこんごォ!」
「はい」
冷蔵庫に入れたコップにキンッキンに冷えたビールを注いで粛々と相槌を打つ。
シャルロットとか会長、一夏が近くにいると良い匂いがしたのに、この人の近くは酒の匂いしかしない。
おれの中の織斑先生のイメージが音をたてて崩壊してゆく。正直、入学したての頃は憧れていたのに、どうしてこうなってしまったんだろう。
織斑先生は遠くを見るような目で訥々と語りはじめた。
「一夏はな、小さい頃からかぁわいくてなぁ。千冬姉、千冬姉と子犬のように懐いてきてなぁ」
「はい」
「何をするにも千冬姉、千冬姉とついてきたものだ。ふふ、自慢の弟だ。料理もうまい、掃除洗濯も完璧、ついでにマッサージもできる! どこに婿に出してもぉ……恥ずかしくない!」
「はい」
「男のお前から見てもどうだ? 一夏は、いーい男だろう! なあ!?」
「はい」
「そうだろう、そうだろう……なのに一夏ときたら……こんなに女がいるのに……男にばかりかまけて……」
「はい」
「はい、じゃない! なんだ昨日のは! い、一夏が半裸でこんごーに迫って……き、貴様が誘惑したんじゃないだろうな!? ええ!?」
「違います」
「うう……一夏はな、あいつがこぉんなに小さい頃から手塩にかけて育ててきたんだ。目に入れても痛くないんだ。本当だぞ? なのに……なのにぃ……」
何回同じ話を繰り返したんだろう。何回おれは頷いたんだろう。もう何回おれはビールを注いだのだろう。
慣れない酒の匂いで頭がくらくらしてきた。山田先生どこだよ。大人なんだから大人が相手してよ。
「ちょっと雉を撃ちに行ってきます」と抜けだそうとしたが、「逃げるな臆病者が!」と首根っこを掴まれて逃げられない。
酔ってるのに尋常じゃなく強い。本当にこの人、人間なんだろうか。
「ん……そういえば、こんごぉ……お前、束と会ったらしいな」
「え? あ、はい」
唐突に話が変わって、意識を戻される。一夏が知り合いなんだから織斑先生も知り合いでおかしくないか。
「いーか? あいつには騙されるなよ。あれは狐の皮をかぶった悪魔なんだからな」
「のっけから隠す気ゼロじゃないですか、それ」
「うるさい! きょおは無礼講だ、お前も飲め!」
「無礼講でも、おれ未成年ですし――むぐ、まずいですよ!」
……それから先のことは、あまり記憶が無い。
起きたら日が昇りかけてて、おれと織斑先生は一夏に介抱されていた。
頭が痛かった。色んな意味で。
あとがき
r〃〃〃 f7⌒ろ)
l∥∥∥ || f灯
|∥∥∥ || | |
|儿儿儿._」∟⊥厶
〔__o____o_≦ト
γ::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
_//::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
. | ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧:i i モッピー知ってるよ
、ヾ|:::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:l 次回で箒が大活躍するってこと
ヾ:::::::::|≧z !V z≦ /::::/
∧::::ト “ “ ノ:::/!
/::::(\ ー' / ̄) |
| ``ー――‐''| ヽ、.|
ゝ ノ ヽ ノ |