夜になり、眠ろうとしたところで、ラウラがやってきた。
全裸でやってきた。おれは咄嗟に目を閉じた。
「なにしてんの!?」
「見てわからないか? 添い寝をしてもらいに来たのだ」
「わかるか!」
それは夜這いって言うんだよ。なぜか自信満々に言い切るラウラに服を着せようとしたが、目を瞑っていてはクローゼットが開けられない。
仕方ないので掛けていたシーツを手に取り、ラウラに手渡した。
「これ巻いて。簀巻きみたいに全身にね」
「? しかし、それではいざという時に対処できないぞ」
「寝るなら関係ないでしょ」
「何を言う。就寝中も頭の一部は襲撃に備えて起きているものだ。ゆえに母の提案は却下する」
「ああ、もう! いいから着ろ!」
「む! な、何をする、母よ! いくら母でもこれ以上は抵抗せざるを得ないぞ!」
「うるさい!」
あーだこーだと屁理屈をこねるラウラの体に強引にシーツを巻きついてゆく。
感触的に程よく覆い隠せたかな、と思ったところで目を開けた。頭と上半身だけぐるぐる巻かれて下半身がアレだったので、隣のベッドのシーツも使って素肌を隠した。
生えてなかった……いや、おれは何も見ていない。
「ふがふが」
「ごめん、すぐ取るから」
大人しくしてくれていたラウラの顔を包むシーツを取り、顔だけ露出させた。
寝ようとしていたのに、完全に目が醒めてしまった。早鐘を打つ心臓の音がうるさい。
ラウラはいっけん無表情だが、口元が不機嫌そうに尖っている。
「母よ。なぜこのような無体を」
「女の子は人前で裸になっちゃいけないの。特に男の前ではね」
「そうなのか? 嫁や母の前でもか?」
「一夏はともかく、おれは絶対に駄目。一夏とは……まあ、恋人になってからなら、いいのかな?」
「ふむ、つまりまだ駄目なのか」
物分りがよくて助かった。他人の言うことをすぐに信じる素直なところは少し不安になるが、嘘やデタラメを教えなければいいわけだし。
そのデタラメを教えるヤツが誰でいつ教えてるのかわからないのが問題なんだけど。
「まったく……ところで、何で裸なの?」
「私は私服を持っていないのだ」
「パジャマも?」
「うむ。制服のほかには軍服しかない」
唖然とした。女の子というか、現代人としてそれはどうなんだろう。
どういう生活環境にいたらこうなるのか。誰か教えてやらなかったのか。織斑先生とか。
「……じゃあ、明後日に服も買いに行こうか。必要なものは買い揃えておこう。一夏もいるから、アイツ好みのものを見立ててもらって」
「!? それは良い! 嫁に選んでもらった服が着られるとは……母は冴えているな!」
大仰に喜ぶラウラに思わず頬が緩む。とりあえず一夏を絡ませれば喜んでくれるのかな。
その喜びに水を差すようで躊躇われたが、ラウラが此処に来た理由を思いだし、せっかくなので忠告しておいた。
「ついでに言うと、添い寝もダメだから。服を着てもダメだから」
「な、なぜだ!」
「当たり前でしょ。年頃の男女が同じベッドに寝たら絶対に間違いが起こるもん」
「間違いとは何だ? 私は何もしないぞ。ただ一緒に眠りたいだけだ」
「ラウラが何もしなくてもおれがしたくなるの。一緒に眠ったらダメなの」
「何がしたくなるのだ? 母が我慢できなくなる? 頭を撫でることか?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「では何をだ? 何を我慢できなくなるのか教えてくれ。私が許容できるなら受け入れるぞ」
「う……」
ズイ、と詰め寄るラウラに口を噤む。
言えるわけがない。言えば卑劣漢に認定されてしまう。かと言って折れたら一夏にもラウラにもシャルロットにも申し訳ないことになってしまうので、此処は引けない。
追い詰められたおれは勢いに任せて突き放した。
「だからッ! ダメなんだって! 無理なんだよ、色々と!」
「納得できん! 私は一緒に寝てもらうまで絶対にこの部屋を出ないぞ!」
「じゃあ、隣のベッドで寝てくれ。それなら妥協できるから」
「私は一緒に寝て母のぬくもりを味わいたいのだ! 母とともに寝るあたたかさは大変心地よいものと教わったぞ」
「誰だよラウラに変な知識植え付けてるヤツは!」
水掛け論になり、二人で「ダメ、絶対」、「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから」とあーだこーだ言い合っている時だった。
「あの、榛名? ラウラが部屋にいないんだけど、知らな――」
「ダメだってば! ラウラも、もう諦めてくれ!」
「いや、理由を言ってくれなければ私も引けん! 一晩だけでいいのだ! 私もそれで満足する!」
「一晩だけでもダメなものはダメなの!」
「くっ、なら私もともに寝るだけで妥協しよう。一晩でなくてもいい。それならすぐに済む。どうだ、母よ」
「……まあ、それくらいなら」
「だ、ダメに決まってるよ! なに言ってるの榛名!?」
ちょっとなら自制も効くし、それで帰ってもらえて、親を知らないラウラが満足できるのなら、と頷きそうになった瞬間だった。
泡食ったシャルロットが部屋に乱入してきて、おれとラウラの間に割って入った。
あ、これは勘違いしているな、と第一声からわかった。このコ耳年増だから。
「ちょっとでも一回は一回なんだよ!? それで後々後悔することになってもいいの、二人とも!?」
「あの、シャルロット? キミ、かんちが――」
「初めてが母なら後悔などしない。むしろ母でないとダメなのだ」
誤解を解こうとしたおれの言葉を遮って、ラウラが爆弾を投げ込んだ。
あ、これは無理だ、と内容からわかった。耳年増だから。
「な――!? ら、ラウラは一夏が好きなんじゃないの? 何で榛名となの!?」
「嫁と母は別腹だ。私は二人に求めているものが違う」
「さ、最低だよラウラ! 神様だって貞淑でいなさいと言ってるのに、二人とだなんて……!」
「知るものか。そんな神など滅んでしまえ」
「この……! とにかく、榛名はダメ! どうしてもしたいなら一夏としてきて!」
「私は母が良いと言っている。そもそもシャルロット、お前はなぜ私の邪魔をする? お前は母のなんだ?」
「そ、それは……」
言い淀み、ちらりとおれを一瞥する。あのさ、シャルロットは冷静に人の話を聞こうとしようよ。
あの三人といい、熱くなったら止まらないんだから。IS適正ってキレやすい人が高いのかな。
おれはこっそりと部屋を出た。
「と、とにかくダメ! さ、ラウラは僕と一緒に帰ろ?」
「断る。私は母と寝るのだ。先ほど同意を得られたしな。なあ、母……母はどこだ?」
「あれ……?」
「あれれー? 金剛くんだー。何してるの、こんな時間に?」
「もう消灯時間過ぎてるよ?」
廊下に出て、行くあてもなく一晩をどう過ごすか悩んでいたら、いつもの着ぐるみみたいなパジャマを着たのほほんさんとTシャツにショーパンの谷本さんと出くわした。
此処の女生徒は寝間着の露出が激しいので目の遣り場に困るのだが、のほほんさんは全く露出せず、谷本さんも激しい方だが一人なので耐えられる。
「色々あって部屋にいられなくなりまして……」
「もしかして、引き剥がされたデュッチーが出戻って来たとか~?」
「いや、たぶんラウラが押しかけて来てシャルロットと修羅場になったのよ。もしくは、織斑くんとシャルロットが取り合いして、付き合いきれなくなった金剛くんが逃げ出したのね」
何で分かるんだろう。おれの絡む人が少なすぎるのが問題なのだろうか。
「二人はなんで此処に?」
「トイレだよー。消灯時間を過ぎると怖いから~」
「こら、本音! そういうのはオブラートに包みなさい! ていうか言うな!」
「あ、そうだった」
初めは男子の前でも露出を厭わない女生徒に羞恥心が薄いのかと思っていたけど……女子高ってこんな感じなのかもしれない。
もともとIS学園って女子高だし、基本的にこういうノリなんだろう。
「それで、金剛くんはどうするのー?」
「今日は帰れないんじゃない?」
「あぁ、うん。廊下で過ごそうかと思ってる。一晩くらいは寝ないで済みそうだし」
一夏の部屋に行こうと思ったが、織斑先生がいる部屋に入る勇気がない。
先ず追い出される気がする。ブラコンだし。
途方に暮れるおれを見て、のほほんさんは手をポンと叩き、名案が浮かんだとばかりに言った。
「じゃあウチの部屋に来なよ! 床に布団とクッション敷けば寝られるし!」
「え……?」
「それいいね! そうしなよ金剛くん!」
「いやいや、おれ男だし」
「いつも私たちが二人の部屋に行ってたから問題ないよ~」
「それに金剛くん、シャルロットと一ヶ月も同棲してたじゃない。今さら今さら」
そう言われると反論できなくて、口ごもってしまった。
二人は沈黙を了承と取ったのか、おれの手を引いて歩き出した。
「ようこそー、マイルームへ!」
「ついにウチの部屋にも男子が! たぶん箒とシャルロットを除けば全女子の中で初の快挙だよ!」
造りは全部屋同じなのに、違う部屋みたいに色合い……というか華やかさが違った。何か良い匂いもした。
「ささ、此処に寝て!」
「眠くなるまでお話しようよ~。あ、そうだ。金剛くんのこと、こんこんって呼んでいい?」
「いいけど」
替えのシーツと寄せ集めたクッションを寝床にし、二人が本来の位置とは逆の脚側に枕を置き、顔を輝かせて喋っている。
完全に修学旅行のノリだ。
「じゃあじゃあ、何からお話しようか? こんこんとデュッチーの関係から~?」
「バカ! 此処は金剛くんと織斑くんの関係からに決まってるじゃない!
ラウラと金剛くんの関係とかより、そっちの方が重要よ!」
……根掘り葉掘り質問されて、夜がふけていった。
今晩に学んだことは、女の子との話に終わりはないことと、意外とウチの女子は男旱が多い。というか殆ど。
女子高で特殊な学校だから恋愛は殆ど諦めていたところに中途半端に男が入ったため、恋愛に傾倒しやすくなったようだ。
結局二人が寝たのは二時を回ってからで、おれは緊張とか、服がはだけた二人にシーツをかけたりして眠れなかった。
●
「榛名、昨日はどこ行ってたの?」
「母よ、一緒に寝ると約束したのに、どうしていなくなったのだ。ひどいぞ!」
翌朝、食堂で二人に出くわした途端に矢継ぎ早に難詰された。ISを潜伏モードにしていた為、おれを見つけられなかったらしい。
寝不足と心労でぐったりとしたところに来られて、目が回りそうになった。
「あれ、どうしたんだよ榛名。目にクマができてるぞ。溜まってるのか?」
「……なあ、一夏。一夏の部屋に泊まっちゃダメかな?」
「え?」
『えええええええええええええっ!?』
何か周りがうるさいが知ったことじゃない。
こっちは死活問題なんだ。部屋にいるとラウラとシャルロット、部屋を出ると男に飢えた女生徒。
こんな生活が続いてたんじゃ、とてもじゃないがおれの体が持たない。
頼みの綱の一夏は困ったように頭を掻いた。
「んー……俺は構わないんだけど、千冬姉がどういうかわからないな」
「そうか……そうだよな」
「あ、何なら俺が榛名の部屋に泊まろうか? いっそ俺が部屋に戻るってのも」
「いや……いい。いいんだ、一夏……」
織斑先生のいる部屋に泊まるってのも、良く考えたら眠れる気がしないし、一夏が戻るのを拒否したくらいだ。
弟との生活を邪魔されたら、深く根にもたれそうだ。
「そうか? ていうか何があったんだ?」
「……」
一夏が興味深げに尋ねてきたが、おれは口を割らなかった。一夏の気持ちがわかったなんて、軽々しく言っていけない気がしたからだ。
この日、おれは「ついに金剛くんが男に走った」、「金剛くんは女よりも男が好み」という噂が広まるのを耳にしたが、何かどうでもよくなった。
鈴音さんとセシリアさんが一夏を光のない目で見つめて、シャルロットとラウラがおれを恨みがましい目つきで睨んできたが、心底どうでもよくなった。
とりあえず、明日を乗り切ればいいんだから。余談だが、今日もおれはのほほんさんと谷本さんの部屋で寝た。
今日は疲れていたのか、早くに寝てくれた。そして――問題の一日がやってくる。
●
「母よ……なぜ私を避けるのだ」
「ゴメンね、ラウラが嫌いなわけじゃないんだ。ただ、寝るのが倫理的にダメなだけなんだ」
「なんだよ、喧嘩したのかお前ら」
約束の日になって、待ち合わせの場所で顔を合わせるや否や、涙目のラウラに縋り付かれた。
罪悪感が沸々と込み上げるが、こればかりは譲れない。何か、この子の依存度がおれ>一夏になっているのは気のせいだろうか。
とにかく、今日はラウラと一夏が上手く行くように終始しなくては。
途中でどうにかしておれが消えて、二人きりになるように誘導しておくか。
「なあ、ラウラ。榛名と何かあったのか?」
駅前のショッピングモール『レゾナンス』に向かうモノレールの中で、暇を持て余した一夏がラウラに訊いた。
閑静なモノレール内は揺れもなく快適だが、電車の風情がなく寂しい気分になる。それに耐えられなくなったのだろう。半分は興味あっただろうが。
ちなみにおれの隣にラウラ、ラウラの対面に一夏が座っている。
「それは、むぐ」
「一夏、人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて死ぬべきだよな?」
「ん? ああ、そうだな。そういうヤツは今すぐにでも死ぬべきだ」
死ぬのはお前だ。
おれは危うく一昨日の出来事を口にしかけたラウラの口を塞ぎ、「それは誰にも話してダメ」と耳打ちした。
聞いたが最後、一夏は絶対におれとラウラが出来ていると勘違いする。というかおれとラウラの名誉の為にも絶対に他言してはいけない。
駅を降りると、休日ということもあって殷賑を極めており、多くの人波に酔いそうになった。
「ここ、ここ。懐かしいな。弾や鈴とよく一緒に遊びに来たんだよ。駅前っていうけど駅舎なんだけどな」
一夏が回顧しながら、感慨深そうに呟く。
たびたび一夏の話に出てくる弾という人物が気にかかる。なんか、コイツが一夏の他人との距離感の元凶な気がする。
「喉渇いたな……榛名は喉渇かないか?」
「おれはそれほどでも。ラウラは?」
「……」
「……」
返事がなかったので振り向くと、ラウラの姿がなかった。
おれたちは顔を見合わせた。
「はぐれた!?」
「落ち着け、おれたちは専用機持ちだからお互いの所在地は『コア・ネットワーク』で判る」
「その手があったか!」
一夏が感心する。おれは無許可だが、緊急時だから仕方ないと開き直ってISの一部機能を使い、ラウラの現在地を特定しようとしたが――
「何で潜伏モードにしてんだよ!」
「くそ、仕方ねえ。別れて探そう。見つけたらISで連絡くれ」
「ああ……」
計画が初っ端から頓挫して、頭を抱えた。一夏が上手く見つけて、そのまま二人でデートしてくれればいいが――
――結果は、おれが見つけてしまった。どうしてこうも上手くいかないのか。
ラウラは来た道を戻ると、すぐ発見できた。仁王立ちして、忙しなく視線を動かすラウラに声をかける。
「ラウラ……なにしてたのさ」
「む、母か。この辺は多様に入り組んでいるから、どこから狙撃、待ち伏せの危険性がないか確認していたのだ」
「此処は日本だからそんな危険はないよ……」
「そうでもない」
「?」
不意におれを腕で制し、背中で庇うような動きを取るラウラ。瞬間、
「――ふっ!」
「ぐふっ!?」
おれの後ろにいた中年女性の鳩尾を突き、腕を捻る。手から落ちたナイフが乾いた金属音をたてた。
え?
「私の母に手を出そうとは、身の程を知らぬ愚物め」
失神させた女性の持ち物を確認し、身元を確認する。どうやら人権団体の方のようだ。
「ふむ、相手は複数犯かも判らぬ。普通なら尋問して割らせるのだが……」
「いいよ、警察に突き出して買い物を続けよう。何か注目されてるし」
ラウラに合わせIS学園の制服を着ていたことで、ますます注目を浴びていた。
襲われかけたのに、妙に落ち着いている。それより恐ろしいことが日常的に続いていたからだろうか。
IS学園だとISで襲ってくるのが何人かいるし、特に脅威に思えなくなっていた。
「確かに、この手の無粋な輩の所為でデートを中止にされるのも癪だな。母よ、私から離れるなよ」
「あはは……うん、頼りにしてるよ」
女の子に守られることを情けなさよりも、本当に日常的に暗殺の危機があることに自嘲して笑いが込み上げた。
先に離れたのはラウラなのに。……いや、突っ込むのはそこじゃないよな。
ホント何でこうなっちゃったんだろう。
●
「これは何だ、母よ?」
「ぬいぐるみだよ。女の子はたいてい好きだね」
「ふむ」
「なにか気に入ったのあった?」
「いや、特にはない」
一夏に連絡を取り、合流場所に向かっていた途中で、ラウラが女性向けのグッズショップの前で足を止めた。
興味があるのかと思ったが、態度は素っ気無かった。好みなのではなく、単純に知らなかったから訊いただけのようだ。
あまりにも無知過ぎるから、これから色々知っていって、何か趣味や好きなものを持って欲しい。
少し眺めて、また歩きだそうとした時だった。
「すいません! この辺にこーんな髪型の女の子いませんでしたか!?
俺と同じ赤毛で、胸はこーんなにペッタンコでヘアバン巻いてるコでちょーかわいいんですけど!」
赤毛でロン毛、おまけにヘアバンを巻いたおれと同年代の男が号泣しながら尋ねてきた。
男のロン毛なんて普通は不潔でむさくるしい印象を与えてしまうものだが、彼はそんな印象を微塵も感じさせない美形だった。
結局は顔の良さが全てな気がしてきた。ラウラが無視したので、代わりにおれが答えた。
「いえ、見てませんけど」
「そうですか……うわあああ、どこ行ったんだ蘭―っ! 一夏に水着を見せるなんて張り切ってたくせに。お兄ちゃんを置いて行かないでくれー!」
「一夏? 一夏って、織斑一夏か?」
「え? 一夏を知ってるんですか……ってIS学園の制服ぅーっ!?」
仰天する赤ロン毛。あまりの驚きようにおれも少しびっくりしてしまった。
「母よ、コイツは嫁のなんだ」
「聞いてみればいいんじゃないかな」
「あ、この人見たことある! 一夏と同じ男性初の――」
面倒くさそうな買い物になりそうだった。
●別視点
「へえ、弾と一緒に来たのか」
「はい! まったく、バカお兄ったら、何やってるんだか」
「はは、俺も友人とはぐれちまってさ。奇遇だよな」
「そ、そうですね……ぐ、遇ぜ――いえ、運命感じちゃいます!」
「そうか? 偶々じゃないか?」
「……で、ですよねー。あはは、あはは……」
五反田蘭は、兄の弾とはぐれた折に、ラウラを探している織斑一夏と遭遇した。
瞬間、蘭はほんの少し前まで荷物持ちをさせられないと呪っていた兄に深く感謝した。
一夏は弾の友人で、蘭は自宅を訪れた一夏を一目見た瞬間に恋に落ちた。
それからというもの、蘭はどうにかしてその淡い想いを成就しようと努力した。
子どもっぽい言動や服装を(本人の前でだけ)止めて色っぽく振舞ったり、お淑やかに見える背伸びしたファッションを試してみたりもした。
だが、そのどれも悉く失敗に終わり、異性として見られていないのかと落胆する毎日。
ライバルも多く、目下最大のライバルと見做していた鈴が帰国しても、関係は発展することはなかった。
そんな長年片想いを続けている蘭に、ようやくチャンスが舞い降りたのだ。これを逃す手はない。
一夏は友人を探しているようだ。その間にどうにかして仲を深めなければ――
「あ、あの! 一夏さん、私、今日は水着を買いにきたんですよ!」
「そうなのか。俺もだよ、奇遇だな」
「はい! それでですね……バカ兄がいなくなっちゃったので、私の水着を代わりに選んでいただきたいんですけれど……」
「俺? 弾じゃなくていいのか?」
「はい! そりゃもう! お兄なんかより一夏さんの方が、断然いいです!」
「そ、そうか? なら構わないけど」
(やった! サンキューお兄!)
勇気を振り絞ったアピールが見事に実を結んだ。心の中で渾身のガッツポーズを決める。
もともと一夏に見せる水着を求めて足を伸ばしたのだ。弾ではなく一夏で良いに決まっている。
もっとも、それを披露する機会があるのか判らないのが難点だが。
「な、なんですの、あの小娘は。やけに一夏さんに馴れ馴れしいですわね」
「あれは……蘭ね。くっ、誤算だったわ。こんな所にいるなんて」
それから少し離れた場所で、セシリアと鈴のペアは物陰に隠れながら歯ぎしりした。
上手い具合に一人きりになった一夏を確保する筈が、思わぬイレギュラーの登場に失敗に終わった。
IS学園の制服に加えて、両者ともに絶世と形容するのに躊躇のいらない美少女であった為、仰々しいストーカー紛いの行動を取っているのは注目を集めていたのだが、恋する乙女は盲目なので一夏以外は視界に入っていない。
セシリアは敵の情報を知る鈴に頭の上から尋ねた。
「誰ですの、あの方は?」
「一夏の友達の妹よ。前々から一夏のこと好きで、私とはたびたび衝突してた。
昔は私より小さかったんだけど……しばらく見ないうちに成長してやがったわ」
「友人の妹……それは由々しき事態ですわね。日本の男性は妹という属性が大好きと聞きますもの。
特に友人の姉妹と聞くと、性的劣情を催さずにはいられないとか。風呂覗かせてと頼み込んだり、友人の家に遊びに行った時の無防備な格好にドキドキするものらしいですから」
「それは偏見だから。だいたい一夏のバカが年下に興味持つわけないじゃない」
日本の穿った知識を教えられたセシリアに鈴が呆れながら言った。
ラウラといい、なぜ日本の誤った認識はすぐに信じるのか。
ラウラと言えば、シャルロットは上手くいっているだろうか。作戦前のシャルロットの追い詰められた獣のような目を思い出す。
作戦立案能力に定評のあるシャルロットが、今朝方、二人に指示しながら言った。
『ラウラは軍人だから、先ず新しい土地に来たら逃走ルートの確保や地形を把握しようとする。そのとき単独行動をとって甲と乙から逸れるから、僕と二人はそれぞれ行動を開始。
目標を確保したら各自好きなようにしていいよ。地図はこれ。データはISに転送しとくから確認しておいて。鈴は行き慣れてるらしいから土地勘あるよね?』
『まあね。フフン、完璧じゃない。場合によっては力づくも考えたけど、ラウラにそんな癖があるなんてね』
『さすが、一夏さんたちのペアと日本の代表候補をトーナメントで破っただけはありますわね。二日ともに過ごしただけでラウラさんの行動パターンを見抜く慧眼、わたくしも見習わなくてはいけませんね』
『二人とも、油断しちゃダメだよ。何回状況をシミュレーションしても、本番では予期しない出来事なんて幾らでも起こりうるんだ。
大切なのは現状に合わせて行動する対応力だよ』
真面目な話をしているのに、格好は三角形に目と鼻の穴が開いたマスクを被った変質者なので様にならなかった。
それはさておき、この場合、二人が取るべき最善の行動は――
「……偶然を装って、さりげなく乱入するか」
「それしかありませんわね」
二人は顔を見合わせ、頷きあった。ついでに一夏を取っちめると、余計な部分まで心を通わせて。
一方、シャルロットは……
「いやー、世間って狭いな。こんなところで世界初の男性ISパイロットに出会えて、それが俺の友達の友達だなんて」
「それ言うなら一夏だってそうだよ」
「だってアイツ、IS学園に入ってからも普通にウチに来たりしてるから有り難みないんすよ。感覚的には以前のままですし」
「羨ましいな……おれの友達は卒業式に出席した時、みんないきなり態度変えて、知らない人まで十年来の友人みたいな接し方してきたよ。
女の子も積極的になって、その日だけで一五人に告白された。全員断ったけど」
「……い、一夏と違ってヘビーなんすね……」
「ふむ、母も苦労したのだな」
(何なの!? ラウラだけならまだしも、何で一夏の友人までついてきてるの!?)
物陰から監視しているシャルロットが内心で愚痴った。
ラウラを一端榛名から引き剥がすことには成功したものの、すぐに気がついて戻ったために距離が離れておらず、確保に失敗。
その後、榛名とラウラが傍目には仲睦まじいウィンドウショッピングを楽しんでいるのを見せつけられ、挙げ句の果てに一夏の旧友の登場でシャルロットが入り込む余地がさらになくなった。
おまけにラウラは榛名の護衛という大役で株をあげ、シャルロットには二人がますます仲を深めたように見えた。
(ずるいよラウラ……恋人と母親なんて名目で二人を独占して、一夏には心、榛名には体を求めているなんて……)
先日の一件で勘違いしているシャルロットは、恨みがましい眼差しをラウラに向けた。
視線を察知したラウラが振り向くが、居場所まではバレていない。尾行されていると警戒する程度だ。
(おかしいよ。僕がヒロインの筈なのに、まるでラウラがヒロインみたいな扱いされてる)
榛名のお姫様は僕の筈なのに……と、色々と勘違いしているシャルロットが爪を噛んだ。
そんなシャルロットの想いを知ってか知らずか、逃げてばかりの榛名。
ここ数日でさらに窶れてきている彼に、弾が親しげに語りかける。
「そういや榛名さんのこと、一夏が楽しそうに話してたっすよ。IS学園って女ばかりだから、気心の知れた男がいて助かったって。
ほら、最近の女性って、ウチの妹もっすけど、気が強いじゃないすか。榛名さんがいないと殺されてたかもって言ってましたよ。冗談でしょうけど」
「……」
冗談じゃないんだ、と言いたげの榛名。それに気づかず、思い出したように弾が続けた。
「あ、こないだのスマプラ一緒にやったすよね? あれで滅茶苦茶燃えちゃって、またやりたいなって思ってたんすよ。今度どうすか?」
「いいよ、一夏と、その時のもう一人も誘って一緒にやろう」
「母よ、私もしたいぞ」
「うん、ラウラもね」
「うっし! じゃあ、連絡先交換しましょう」
「え、ああ……」
弾がケータイを取り出したのを見て、榛名もおずおずとケータイを手に取った。
その困惑した様子を見て、弾が首を傾げた。
「どうしたんすか?」
「いや……そういえば、連絡先交換した男子、一夏以外では初めてだな、と。ちょっと感動して」
榛名がケータイを持ったのは高校からで、IS学園に入ってからは男子と交流を持つ機会さえなかったので、同年代の男子と話すのも、一夏以外では初めてだった。
しみじみと不慣れな手つきで赤外線で連絡先を交換する榛名を見て、弾は強引に肩を組んだ。
「うわっ!?」
「なーに辛気臭いこと言ってんすか。一夏のダチなら俺のダチも同然っすよ。こうして出会えたのもなんかの縁だし、せっかくだから楽しみましょう!」
「……わかった。なら、中途半端な敬語やめて、さん付けもやめてくれ。おれも弾って呼ぶから」
「ああ、やっぱりダメだった? 俺も堅苦しいの苦手でさ。じゃあ遠慮なく、俺も榛名って呼ばせてもらうわ」
肩を抱きよせ、榛名の顔を覗き込み、男臭い笑みを浮かべる弾に、一夏の距離感の原因はやはりコイツだったと確信する榛名。
だが、新しい男友達ができて嬉しくもあった。しかし、シャルロットは――
(な、なんで!? なんであの人、榛名にキスしようとしてるの!?)
また盛大に勘違いしていた。シャルロットの角度からは、弾が榛名を抱き寄せ、キスしているようにしか見えなかったのだ。
わなわなと震え、榛名の男色化に危機感を示す。拙い……絶望的に拙い。
(も、もう我慢できない。しばらく様子を見るつもりだったけど――こうなったら強攻策しかないよ!)
覚悟を決めたシャルロットは、ラウラの警戒網を掻い潜りながら、巧妙に三人の背後に近寄った。
一定の距離を取りながら好機を窺う。そして三人が曲がり角で、榛名が後ろを歩く瞬間を狙い、回り道をし、物陰に潜んで好機を待つ。
そして、その機会は訪れた。
「――むぐっ!?」
ラウラの姿が角の向こうに消え、榛名から注意が消えた刹那を見計らって、榛名の口を塞ぎ、物陰に引きずり込む。
「むーっ! むーっ!?」
「暴れないで榛名、僕だよ」
「むむうむろと!?」
「静かにして、痛くしないから」
誘拐かと思い抵抗していた榛名が、シャルロットだと気づき大人しくなる。
見事榛名の奪還に成功したシャルロットだが、それをラウラが気づかないわけがなく、
「――しまった。母が連れ去られた」
「あれ? そういやいないな。どこ行ったんだ?」
「く――私がいながら、何たる失態だ! いや、私の警戒を潜り抜ける凄腕がいるという情報が得られただけでも良しとせねば」
「ど、どうしたんすか? 何か物騒な話してますけど」
銀髪美少女と二人きりになり、尻込みする弾に説明する時間も惜しいとISで一夏に連絡を取りながら言う。
「母は女性人権団体に命を狙われているのだ。だから私が警護していたのだが――不覚にも裏をかかれ、母は拉致されてしまった。これより全力で母の奪回に当たる。一般人は下がっていろ。下手したら、ここを灰燼と帰さねばならん」
「な、なんだと!? 俺のダチに何てことしやがる! 俺も手伝うぜ、ダチの危機にじっとしていられるかってんだ!」
「素人が邪魔をする……チッ、行ってしまったか。――嫁よ、大変なことになった。母が拉致されてしまった」
ただの買い物の筈が、とても面倒なことになりそうだった。
あとがき
俺妹とかはがないとかでドロドロな恋愛が書きたいです。