回想
ニンゲンもポケモンも嫌いだった。
あたしとポケモンバトルをすると、みんなこの世の終わりでも見たような顔になって、あたしの事を恐れるようになるから。
あたしの姿を見ただけでポケモンは怯え、慌てて逃げていくから。
理由のわからないそんな態度に、あたしは何も出来なくて、しようとも思わなくなって、最後にはどうでもよくなって。
無口さと、無表情に拍車がかかりあたしは自分から全てに対して距離を置くようになった。
ひとりぼっちになったのだ。
彼女に会うまでは。
『トウコちゃんだよね?私ベルって言うんだ、よろしくねえ!』
ベルはよく笑う子だった。
あたしの事を、怖がらない子だった。
あたしなんかの傍に居て何がそんなに楽しいのか分からなかったが、
ベルはあたしの隣に座って、色々な話をしてくれた。
遠く別の地方、カントーやジョウト、ホウエンにシンオウ地方の話。そこに住む様々なポケモンの話。
時には、彼女なりの冗談を織り交ぜた話もあった。
あたしと同じ年とは思えないほどベルは沢山の事を知っていた。
気付けばあたしの方からも少しずつ彼女の話に耳を傾けるようになって、相槌を打つようになって。
そんな、ある日。
『それでね、可哀想になったから、ポリゴンはZまでの三段形態になったんだよお』
『っふふ、なによそれ』
『あ!』
『え?』
『今、トウコちゃん笑ったねえ!』
『え?え?』
『えへへ、やったあ!会った時からずっとね、トウコちゃんの笑顔が見たいなあって、思ってたの!』
そう言ってあたしに笑いかけたベルの笑顔こそが、どんなものよりも素敵に思えて。
なんだか胸が温かい気持ちになって。
『知ってる?お互いの笑顔を見たら、もうその相手とは仲良しなんだよ』
『……なによ、じゃあ、あたしとベルは友達だって?』
『嫌?』
だから、つまり。
『嫌じゃ、ないわ。でも、じゃあ……』
『じゃあ?』
『…トウコ、って呼んでよ』
この子の傍で、この子の笑顔を見ていたいなと。
そう、思ったのだ。
そして、あたしがベルと出会ってから7年が経って――――――
・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
ポケットモンスターBWのベルに生まれ変わってしまいました(挨拶)
物心ついてからしばらく経ち、
町の近くの草むらで大人がポケモンバトルをしているのを見て初めて気付くあたり私も大概抜けているなあとは思ったが。
気付いた当初は多少思い悩んだりもしたものの、ここが私の現実になったという事実は変わらないわけで。
なってしまったものはどうしようもないと開き直り、この世界でベルとして第二の人生を歩み始めて早十四年。
原作の流れを壊さないよう生きて行こうと心に決めていた筈なのに。
「残念だけどベル……あなたのトレーナースクールでの成績では、旅の許可に必要な条件を満たしていないわ」
「…………」
どうして、こうなったのだろうか。
私の知ってるBWじゃない!!
アララギ博士からポケモントレーナー不適合者の烙印を押されて数日。
ショックを受けたのは事実だが、プラズマ団大勝利ルートに行かれては困るので凹んでいる暇はない。
そうして考えてみたのだが、
原作におけるベルの働きで重要だったのは最終局面でジムリーダーを呼んできて主人公を先に行かせることだけだったはずだ。
道中で主人公とバトルをしたりもしたが、チェレンに比べれば旅に出ないことによる原作の歪みにはならない。
……あれ、もしかしてこのままカノコで町娘として生きてても大丈夫なんじゃ?
そこに気付いてしまえばもう肩の荷が一気に下りた気分であった。
スクール時代から自身にトレーナーの才が無いことは分かっていたので、この展開はいっそ幸運なものであると考えることにした。
いいじゃんカノコタウン!タウンなのに田舎なこの感じ大好きだよ私!これを機にポケモンに関わらない職を目指せばいいんじゃないかな!
……いやすいません。だって怖いんだもん、ポケモン。
この世界の人間になった以上、ポケモンと関わることは避けられないがそれにしても怖すぎる。
ポケモンスクールの練習用ポケモンですら、場合によっては骨折や失明が有り得るのだ。最早れっきとした生物兵器だと思う。
実際、ポケモンによって障害者となった例なんて新聞を漁れば幾らでも出てくるし。
幸いな事に私の通っていたスクールではそういった事故は無かったが、そんな事実私には何の気休めにもならない。
とてもじゃないが、平和な日本で暮らしてきた私には耐えられるものではない。
色々とネタになっているワタルさんの「はかいこうせん」事件など、全く笑えなくなってしまった。
いやあれ消し炭になるでしょ普通。ワタルさんは頭おかしいと思うよホント。
テレビで放送しているポケモンバトルの様子を見ていると真にそう思う。
「だいもんじ」によって爛れる肌。「きりさく」で千切れ飛んだ腕。吹き出る血液。
この世界はあんなモン公共の電波で飛ばしているんだから正に狂気の沙汰である。
あ、マズイ、思い出すだけで吐き気が…
「ん」
優しくスリスリと背中を擦られた。初代の船長みたいだなあ、と心中でぼんやり思う。
隣を見れば、何を考えているのか7年経ってもはっきりとは読めない幼馴染みの姿。
「…ありがとお、トウコ」
まあとにかくそんなわけで、もう色々考える事を止めた私は、いつものように私の部屋で友人のトウコとだらだらしている最中なのだった。
「いいよ、別に」
原作との差異と言えばこのトウコもだ。
ポケモンの主人公は基本喋らない無個性キャラではあるのでそれを考えれば彼女の無口無表情ぶりは正しいのかもしれないが、
それにしてはもう一人の主人公であるトウヤの方は良く喋るイケメンリア充君なのである。
というか、カノコに主人公が二人ともいることも原作を考えれば異常事態か。
なんかもう最近はこの世界に馴染み過ぎていて、幼少の頃に書いておいた「原作ノート」を見ないと前世の記憶が思い出せないのだ。
「元気、出して」
「トウコぉ…」
旅に出られない事を気にしている、とか思ってくれているのかもしれない。
この世界の考え方では、旅に出られないイコール未熟者という公式が成り立つのでトウコの反応は自然なものである。
実際、私の旅不許可が決まった時、クラスの皆が私の事を見下したような雰囲気に変わったし。
……いや、元々酷かったけどね!さらにグレードアップしたね。一緒の班とか組んでくれなくなったしね。
子どもな分、そう言う所は割と露骨なのである。まさか二度目の人生でぼっちになるとは思わなかったよ。
トウコが居てくれなかったら流石に挫けていたかもしれない。
ちなみに、クラスで旅に出ることが出来ないのは私だけだ。
学業面ではトウコと同じ程度にはあったがそれでも駄目だった。
逆に、成績では私より下だったトウヤや他の子たちですら、旅には出られる。
元の世界の義務教育みたいなものなのだ、旅は。
つまり私は小卒みたいなもので……
このことからも、私がどれだけこの世界に適性が無いかが分かってもらえるのではないだろうか。
「ほら、こっち」
「わぁっ!?」
幼馴染みの気安いノリでトウコに抱きしめられた。慣れた様子でポンポンと背中を叩いてくれる。
トウコは結構背があるので、私は簡単に収まってしまう。
こんな風に、トウコは私を子ども扱いすることが多々ある。
正直恥ずかしいが、まあ、幼馴染みだしいいかなーという事で現状に甘んじている。
「よしよし」
「うぅー…」
トウコの優しさが染み渡るなぁ。とはいえ、そんなトウコも今日が旅立ちの日な訳なんだけどね。
へっぽこな私とは違い、トウコはトレーナースクールを首席で卒業した才女である。
おそらくトウコが居なかったら私はトレーナスクールを卒業すらできなかったと思う。実技的な意味で。
私がヒイヒイ言いながらぎりぎりで進級していく中、
トウコは私の手助けをしながら悠々と知識面・実技面の両方でトップの座に君臨し続けた。
最初の頃はぐぬぬと悔しがっていたチェレンも途中からは悟りの境地に達して「彼女はノーカン」と割り切っていたしなあ。
スクール時代の異名は「永遠の二番手」だったっけ。
ノリでからかったトウヤが本気の右ストレートをくらっていたので内心は余程悔しかったのだろう。
まあそんなわけで、トウコは当然旅に出るに充分な実力を持ったトレーナーなので本日アララギ博士からポケモンが進呈され、
原作…というか、旅がスタートするのである。
正直、ベルになってからの人生の半分を一緒に過ごしてきたトウコが居なくなるのはかなり寂しい。
トウコが居てくれたから、ぼろぼろの心を繋ぎ止めてここまでやってこれたといってもいい。
だが、トウヤとトウコのどちらが主人公なのか分からない以上、我が儘を言って困らせてもいけない。
私の我が儘でイッシュがヤバい、とか洒落にならないしなあ。
と言うわけで、せめて笑顔で見送るかーと私としてはそれなりに殊勝な考えで割り切ったのだった。
「トウコ、そろそろ研究所に行かないといけないんじゃないの?」
原作では主人公とチェレン、そしてベルの三人のみが旅立っていたが、「この」カノコタウンには他にも沢山トレーナー候補がいる。
なので、主人公の家にポケモンが届いたりはせず、こちらが研究所にポケモンを貰いに行くのだ。アニメのサトシ君と同じである。
トウヤから聞いた話では、貰ったその場でポケモンバトルをする予定だとか。
血気盛んだなあと思ったが、まあみんな初めての持ちポケだし普通なのかもしれない。
私には絶対無理だが。もうほんとポケモンバトルとか嫌だよ、見てるこっちも痛いし苦しいよ。
でももっと痛いのはポケモンなわけだし、うーん、やっぱ私に旅は無理だよなあ。野垂れ死ぬ未来しか見えない。
「……そう、ね。うん、行ってくる」
そう言ったものの、私を抱きしめる腕は緩まない。というか、むしろ強くなったような。
「トウコ?」
「ベルは、さ」
「うん」
「あたしが居なくなっても、平気?」
「……へ?」
トウコの額が私の肩に押し当てられる。
私の返事を待たずにトウコは言葉を続けた。
「あたしは、さ。あたしは―――」
「寂しいに決まってるよお」
「―――え?」
何となく口を出しちゃいけない空気かなーとも思ったが、当分は会えないしこっちも気持ちを伝えておく事にした。
「会ってからの7年間、ずっとトウコが隣に居てくれたからさ。旅に出ちゃったら、凄く寂しいよ」
「……ベル」
「でも、トウコにはすっごい才能があって、それをこの旅で伸ばせるかもって思ったら、止められないし、止まってほしくないなあって」
原作がうんぬんというのが最も大きい要因ではあるが、私の台詞は決して嘘ではない。
長い時間を一緒に過ごしてきたトウコのことは幼馴染みとして大好きだし、そんな彼女にとって今回の旅は非常に大事なものになると思う。
だったら、まあ、友人…いや、親友としては、行ってほしい。
そんな旨をつっかえながらではあるが頑張って伝えた。
どうでもいいことだが、親友と言う言葉は口に出すと途端に安っぽくなるので言いたくない。まあ、今回は特例という事で。
だって友人って言った瞬間トウコの目からハイライトが消えたんだもんしょうがないよお……
そんな風に思っていたら、トウコが私のことを離して立ち上がった。
そのまま無言でドアまで歩いて行き、ゆっくりと振り返って。
「分かったわ。もう、止まらない」
なんでそんなに強い意志を秘めた目をしてるんですかねえ。は、発光眼は少年漫画的に強者の証なのでは…?
というかあれは私がスクール時代悪ガキに苛められていたのを知った時の目に酷似しているような。
ちなみにその少年はポケモンバトルが好きだったらしいのだが、
トウコに授業でフルボッコされて以来ポケモンバトルがトラウマになったらしい。
らしい、というのはその場に私がおらず、話を又聞きしたためだ。
グロとかそっちではなく、トレーナーとしての格の違いを思い知らされたんだとかなんとかチェレンが言っていた。
何と返していいか分からず黙ってトウコを見つめていると、フッと軽く笑って部屋を出て行ってしまった。
な、なんだったのだろうか。正体不明の圧迫感を感じたんだけど。
「………」
ひとりになった部屋の中、トウコが誕生日にくれた「みがわり」ぬいぐるみを抱きしめて、無性に物悲しくなってちょっとだけ泣いた。
……うぅ、やっぱ寂しいなあトウコぉ。
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・・・・・・・・・・・・・・・
「まだかなーまだかなー」
人が増えざわついてきた研究所の中、オレは近くにあった椅子に座り博士がポケモンを連れてくるのを待っていた。
辺りを見渡せば、スクールのクラスメイトたちが興奮した様子でどのポケモンにしようかと話し込んでいる。
スクール卒業生のビギナートレーナーであるオレたちは、炎草水の三種のポケモンから一体を選びそのポケモンと旅に出るのだ。
オレなんかはスクール時代から炎一択だと決めていたが、周りの話では水もなかなかの人気らしい。
確かに、旅に出て水の獲得に困るという話はよく聞くしこれからを考えたらそういう選択もありなのか。
関心しながら耳を凝らしていると、向かいの席に知った顔が座った。
「盗み聞きは良くないんじゃないか、トウヤ」
「勝手に聞こえてくるモンはしょーがねーだろ?」
幼馴染みのチェレンだった。
スクール時代からのオレのライバルだ。
感覚派のオレと違い、理論派のチェレンとは最初の頃には何度もぶつかり合った。
でも、ポケモンバトルを何度も重ねていくうちに、お互いのことをちょっとずつ認められるようになっていった。
今では友人として、こうして軽口をたたき合える。
ポケモンバトルでの戦績は22勝25敗3分けと負け越しているが、だからこそ超え甲斐がある。
チェレン自身もポケモンバトルの腕においてはオレの事を認めてくれているし。
この旅で絶対にオレが上回って見せる!
「今来たのか?」
「早く来ても変わらないからね」
「人、多いよな」
「スクールのメンバーは一人を除いてみんな来ているだろう」
「…そうだな」
「…ふん」
「……あー、チェレンはどのポケモンにするんだ?」
「君に言う必要はないはずだが」
「オレはポカブだ」
「…………ミジュマルの予定だよ」
教えてくれるあたりなんだかんだ言っていいやつなんだよな、こいつ。
色々ぶっきらぼうだし嫌味なとこもあるけど、それは実力に裏打ちされたモンだって分かってるし。
まあ、出来の悪い奴に厳しいのはあんまよくないとは思うけど。
他人の事を露骨に見下しすぎなんだよな。
自分自身のレベルが高いのに、それが当たり前みたいにしてるし。
それでも嫉妬されなかったのは、みんなの怒りの捌け口が別にあったからだろう。
いつも柔らかな笑顔を浮かべていたあいつが居たから。
チェレンと同じスクールの同級生で、唯一この場にいないだろう彼女が。
「あのさ」
「まだ何か?そろそろ勘弁してくれよ」
「何でチェレンって、ベルに厳しいんだ?」
「…………」
無言ですかそうですか。
先ほどまでの考えを踏まえても、チェレンはベルに対して異常に厳しく当たっている。
スクール時代からずっとそうだった。
以外に面倒見いいし、陰口とか叩かないのに、ベルに対しては違った。
まあ、スクールでベルの事馬鹿にしてなかった奴なんて、一人しかいなかったけど。
オレだって馬鹿にしてたし、今だって心のどっかでは見下してる。
テストで困ってた時、教えてくれたりしたにも関わらずだ。
でもそれくらいベルの実技は酷かったんだし、しょうがないと思う。
オレたちが悪くないとは言わないけど、ベル自身にだって問題はあった。
ポケモンバトルが出来ないとか、言っちゃ悪いが人として終わってるだろ。
だから先生も見て見ぬふりをし続けたわけだし。
下級生にも先生にも同級生からも馬鹿にされて、正直よくスクールに通えてたと思う。
オレだったら多分不登校になってただろうな。
結局あいつだけ旅の許可を貰えなかったみたいだし。これからどうするんだろうなあいつ。
「……彼女は、トウコの足を引っ張っていたからね」
「…………」
「訊かれたから答えたのにその反応は無いんじゃないか?」
「あ、ああ、悪い」
正直、答えが返ってこないと思っていたのでかなり驚いた。
だがまあ、内容は予想通りだったが。
やっぱりトウコなわけだ。
「…まだ来てないみたいだな」
チェレンの台詞につられて何ともなしに研究所内を見てみたが、トウコの姿は無かった。
「どうせまたベルのところだろう。彼女はベルに甘過ぎる」
不機嫌な様子を隠そうともせず、吐き捨てるような調子でチェレンが言った。
「……そうだな」
トウコ。スクールでベルと同じくらい…あるいはそれ以上に目立っていた彼女。
オレの知る限りの中で最も容姿端麗な女の子で、スクールにおいて彼女に一度も好意を抱かなかった男はいないと思う。
勉強もポケモンバトルも凄まじくてオレもチェレンも先生でさえ、結局一度も負かす事は出来なかった。
チャンピオンのアデクさんが特別講師として来てくれた時、トウコと戦ってくれる事を期待したんだけどなあ。
ちょうどその頃にベルが風邪でダウンしたせいで、トウコはお見舞いに行ってしまい二人が顔を合わせることは無かったのだ。
あの後ベルに対する風当たりが一層強くなったのは、オレと同じ思いだった奴らが沢山いたからだろう。
ベル本人は訳が分からずおろおろして泣いていたが、あの時ばかりはオレも他の奴らに乗っかったものだ。
あの頃から…いや、遡ればもっとずっと前、スクールに入った頃から、ベルはトウコにべったりだった。
ベルに聞いたところ7歳からの幼馴染みなのだとか。
勉強以外は殆ど何をしても人並み以下なベルは、雛鳥みたいにいつもトウコにくっついていた。
他人を拒絶してるトウコもベルにだけは気を許していたようで、それがまたオレたちには面白くなかった。
鈍くさいのに。弱いのに。ポケモンバトルが出来ない癖に。
なんでベルなんかが、トウコの隣に居るんだよって。
「彼女のせいでトウコがどれだけ迷惑を―――」
チェレンがそこまでいいかけた所で、研究所の奥からアララギ博士がやってきた。
後ろからは助手と思しき白衣の人たちが数人、モンスターボールの入ったカプセルの山を運んでいる。
その光景に周りの奴らの声が一層大きくなった。チェレンですら、無言のまま目はカプセルを追っている。
かくいうオレも興奮を隠しきれない。
今までの会話何て全部どっかにぶっ飛んでいった。
いよいよ、いよいよポケモンを手にできるんだ…っ!!
「ハーイ、みんな。スクールの番号順に名前を呼んでいくから、呼ばれたら出て来てねー」
そうして、次々に見知った顔の奴らが名前を呼ばれ、ポケモンを受け取っていく。
貰ったやつらは研究所の別室に移動し、軽いガイダンスの後で実際にポケモンバトルを行う。
スクール時代にさんざんやったポケモンバトルだが、今回は初めて自分のポケモンを使ってのバトルだ。
ここで勝って、これから始まる旅を幸先の良い物にしてみせるぜ!
「トウヤくーん、トウヤくんいませんかー?」
って呼ばれてるし!気付いたらいつの間にかチェレンもいなくなっていた。
ぼ、ぼんやりし過ぎだろオレ…
「す、すいませんっ!!」
慌てて立ち上がり博士の方へ向かう。
軽く注意を受け、決めていた炎タイプのポケモン「ポカブ」を受け取る。
うおお、オレの、オレのポケモンだ……っ!!
「ポケモンはあなたの大切なパートナー、可愛がってあげてね」
「は、はい!オレこいつと一緒に、チャンピオン目指して頑張ります!」
「大きく出たねえ。でも、その心意気や良し!その夢が叶うよう祈っているわ!」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃあ、奥の部屋で待っててね。軽いガイダンスの後、ポケモンバトルをしてもらうから」
「はい!」
正直、その瞬間のオレは自分のポケモンを手にした喜びで、もう有頂天と言うか夢見心地だった。
「トウヤくん。あなたをこの瞬間から、ポケモントレーナーと認めます!」
これから始まる旅への期待。チャンピオンになるという目標。
わくわくする気持ちとドキドキする気持ちが混ざって、でもそれが何だか気持ち良くて。
今の自分なら何でも出来るのではないかと言う気分で。
だから。
だから、今この時の出来事も現実じゃないように思えて――――――
「――――――これで全員です。認めてもらえますよね、アララギ博士」
イッシュの、チャンピオン?
忘れてたのかオレは?
それとも、気付かないふりをしていたのか?
膝をついたままぼんやりと辺りを見渡す。
オレと同じように魂が抜けたような状態でいる沢山の「ポケモントレーナー」たち、その中には、チェレンも見えた。
つい数十分前までは活気と希望にあふれていた筈の研究所内は、圧倒的な絶望感に満ちていた。
薄々は分かっていた、スクール時代からそうであったから。
でも、ここまで絶対的だっただろうか。圧倒的だっただろうか。
――――――こんな、こんなのは知らないっ!!
本能が悲鳴を上げる原初的な恐怖で、無意識のうちに震える体を抱きしめていた。
以前は、もしかしたら、という思いを抱くくらいは許されていた実力だった筈だ。
「彼女」だって、今日オレたちと同じポケモンを貰ったばかりなわけで。
だから、だけど、だからこそ。
今日ここで無理やりに理解させられてしまった。
どんな旅をしたとしても、オレ達は、敵わない――――――
・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
コロトックの鳴き声で目が覚めた。
どうやら、トウコが帰った後いつの間にやらふて寝をしてしまったようだ。
なんとも情けない話である。…というか。
「み、見送りっ!おかーさんなんで起こしてくれなかったの!?」
窓から見える景色はもう薄暗くなっていた。随分と時間が経ってしまったようだ。
流石にもうトウコも出発してしまったのではないだろうか。
何て事だ。流石にあんな別れ方はあんまりだと思う。せめて、旅立つ彼女に何か言いたかったのに……
「もー、おかーさ……」
「おはよ」
「わあぁぁぁっっ!!?」
寝起きで注意力散漫だったとは言えまさかベッド横にいたとは。
部屋の薄暗さも相まって本気で心臓が止まるかと思った。
ベッドから出ようとした不安定な体勢での衝撃であったためバランスを崩し倒れそうになったが、
流れるように自然な動作でトウコが受け止めてくれた。
「あ、ありがとお…」
「いや、あたしのせいだから。ごめんね、驚かせて」
それもそうだ。
いや、そうじゃなくて!
「と、トウコ?なんでまだ居るの?」
まさか、私の見送りを待っていてくれたのだろうか。
うわ、だとしたら本当に申し訳なさすぎるんだが。
スクール時代から迷惑かけ続けて最後もこれでは、立つ鳥跡を濁し過ぎだ。
いや、そもそも私は残る方の鳥なわけだけど。
だが、どうやらそうではなかったらしい。
私から体を離したトウコは、旅用の肩掛けカバンから一枚の紙を差し出した。
「ベルに報告があるの」
「報告?」
取りあえず紙を受け取る。
薄暗かったので部屋の電気をつけ紙を眺める。
そこには―――
「パートナー制度??」
この世界の新米トレーナーが旅をする時は基本的に一人旅だ。
メインの目的は見識を広げるためなわけで、スクール時代の友人と一緒に旅などしていては自立性が損なわれるとかなんとか。
代わりに、旅先で出会った別のスクールのトレーナーなどとであれば同行は認められている。
旅は道連れ世は情け理論である。アニメのサトシくんと同じだ。
だが、トウコに渡されたこの紙には例外的に同スクールのトレーナーの旅を認める旨が記されている。
トレーナーが突出した才能を持っており、かつ特定の相手と居る事でより成長が見受けられると判断された場合の特例らしい。
「えー……」
なんだそれ。いいのか、ありなのかそんなの。
しかもこの場合、私自身が旅の許可を持っていなくとも問題無いとの事。
少なくとも、新人トレーナーに与えていい権利じゃないと思うんだけどこれ。
うわ、アララギ博士の印も押してあるし。何考えてるんだろう博士。
「あたし、ベルと旅がしたい」
「…………」
私、呆然。いや、というか、トウコはどうやってこの紙を入手したのだろうか。
博士の印が押してある以上合法なんだろうけどもさ。
「お願い」
「え、とお……」
手を握り、私の目を真っ直ぐに見てくるトウコ。
何だなんだ、どうしてこうなった。どうしてこうなった!
いきなりの超展開に混乱したまま、寝起きでよく回らない頭で必死に考える。
いや、寝起きじゃなくてもたかが知れてる頭ではあるが。
さっきまで思っていたようにトウコの事は好きだし、一緒に旅が出来るのはいいことだ。
原作の件も、ちゃんと要所を押さえておけば問題は無いだろうし。
でも、だけど。
「私、ポケモンバトル出来ないよ……?」
私が旅の認可を貰えなかったたった一つの理由。
ポケモンバトルに対する適性の無さ。
前世を思いっきり引きずっている私には、この世界へのグロ耐性が致命的に無い。
痛いのも怖いのも辛いのも苦しいのも悲しいのも全部嫌なへたれ過ぎる私には、
身体の一部が千切れ飛んでいき血しぶきが上がるようなポケモンバトルは出来ない。
別に何かに誓ったわけでも、譲れない強い思いとかそんな大層なモノではないが、でもやっぱり無理だ。
スクールまでならポケモンのレベルもたかが知れていたし、
当たり障りのない半端なバトルでもぎりぎりで何とかなったが、旅に出るとなればそうはいかない。
同じように旅をしているトレーナーはより高みを目指してバトルを挑んでくるし、凶暴な野生のポケモンだって所狭しと存在している。
今まで以上にトウコの足手まといになるだろう。
だというのに――――――
「大丈夫」
何でトウコはそんなに優しい目をしているのだろうか。
根拠の無いその言葉がどうしてこんなに安心できるのだろうか。
トウコはずるい。
掴んでいた手を離し、ゆっくりと差し伸べてきた。
私が握り返すことを確信しているような様子で。
「一緒に、来て、ベル」
「………」
「あたし、ベルが居ないと嫌よ」
トウコはずるい。
いっつも無表情な癖に、ここぞって時にとびっきりの笑顔を見せてくるなんて。
不安が無いと言ったら嘘になる。
原作の展開を滅茶苦茶にしてしまうのではないかと言う恐怖は常に私の中に存在している。
この世界に対して無力すぎる心配事なんて、それこそ数えきれないくらいに。
けど、もういいや。
「うん……一緒に連れてって、トウコ」
諦めることには割と慣れていた。
この世界に来た最初の頃にはほんの少しだけ持っていた自分に対する自信はもう欠片だって残っていない。
手を伸ばしてみても届かないものばかりだったから、弱すぎる自分が嫌になった。
でも、トウコだけは何時だって私の傍に居てくれて。手を差し伸べてくれて。
だから、つまり。
「嬉しい……これからもよろしく、ベル」
この手を掴まずにいるくらいなら、先の見えない未知の世界へ飛び込んで行ってもいいやって。
そう、思ったのだ。
・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
ベルが居てくれる。私の隣に。それが、凄く嬉しい。
「うぅぅ……どきどきするなあ」
ベルに旅を承諾して貰ってから数日。
ベルの両親からも旅を認めてもらい旅支度に数日を費やした。
そして今日、ようやくあたしたちは旅に出る。
二人きりで。
「この辺りに生息してるのはヨーテリーやチョロネコくらいだから」
「そーゆー問題じゃないのお!あああ、ちゃんと携帯食料とか持ったよねえ私!?」
「入れてたでしょ。無くてもあたしのあげるわよ」
「それもそーゆー問題じゃないのお!」
あたしの言葉にころころと目まぐるしく表情を変えるベル。可愛い。
いつだって一生懸命で。喜怒哀楽のはっきりしているこのコが愛しくてしょうがない。
優し過ぎるベルはとても傷つきやすくて、見ている事しか出来ないあたしにはもどかしくて仕方がなかった。
「けど、これからは…」
「これから?何がこれから?」
「フフ、秘密」
「えーなにそれー、トウコが意地悪だよおー」
隣に居る。ずっと、ずっとだ。
どうでもいい事だが、あたしには実力だけは人並み以上にある。
実績さえ作っていけば、文字通り一生ベルと共にいることだって出来る筈だ。
むう、と拗ね顔でこちらをジトーっと睨んでいるベルに笑いかける。
「あ、また笑ったあ」
「なにそれ、まるであたしが笑わないみたい」
「や、そんな事は無いけど…でもここ数日で随分変わったよねえトウコ」
「そう?」
わざと素知らぬ態度をとる。
それは変わったに決まってる。
これからずっとあなたと二人きりで居られるのだから、嬉しくならないはずがない。
「そうだよお。でも、私トウコの笑顔綺麗だし、いいと思うよお!」
「ありがと」
ベル。
ポケモンバトルが嫌いで。痛いのも怖いのも辛いのも苦しいのも悲しいのも全部嫌いなあなた。
そんなあなたが、あたしのことを受け入れてくれている事があたしをどれだけ救ってくれているか。
きっとあなたは知らないのだろう。
親友だと、あの日あなたはそう言ったっけ。
だけど、あたしはその関係では嫌だと言ったらあなたはどんな顔をするんだろうか。
「トウヤたちはもう一つ目のジムには着いたのかなあ?」
「かもね。まあ、どうでもいいでしょ。別に」
「わあ、ばっさりだあ……」
だって本当にどうでもいいから。
ベルの事を自分よりも下だと思っていたあんな奴らは、心底どうでもいいのだ。
まあ、博士にベルの旅を許可させるのに役立った事だけは認めてもいいが。
スクール時代は、あいつらがベルを苛めていた事で気兼ねなくベルと二人で居られたが、それでも扱いの酷さは許せるものではない。
それすらベルとあたしの関係を深めるために利用したあたしの方が、どうしようもないけれど。
「まずは1番道路を進んでカラクサタウンだねえ!一本道だから迷うこともないし、半日もあれば着くよお」
「道中はあたしから離れないでね」
「それはむしろこっちからお願いします!あ、ツーちゃんもよろしくねえ!」
「タジャ!」
研究所で貰ったあたしのポケモンにもわざわざしゃがんで話しかけている。
ツタージャの方も彼女の事が分かっているのか、あたしよりも懐いたようで彼女に擦り寄る。
三匹の中で一番ベルにとってマシと思われるポケモンを選んだ甲斐はあったかな。
草に弱点が多いのは分かっているが、それはあたしの方でどうとでもなる。
ちょっとべたべたし過ぎなのは気に障るから、今日にでも調教しておこう。
「えへへ。ツーちゃん可愛いねえ、トウコ!」
「そうね、可愛いわ」
お日様みたいな笑顔に胸が詰まる。
あたしは、ベルが好き。友達としても。別の意味でも。
ベルと出会い、気持ちを自覚した時からあたしはこの気持ちと生きて来た。
誰にも否定はさせない。まあ、されたところであたしの気持ちは変わらないが。
ふにゃり、とあたしに笑いかけてくるベルを抱きしめそうになる自分を押し殺し軽く帽子を撫でるに留める。
――――――まだだ、旅は長い。ゆっくり、ベルにはあたしのことを好きになってもらえばいいんだ。
「タブンネ見れるかな、タブンネ。回復役はパーティに必須だよ!」
「先発組に狩られてるんじゃないかしら」
「もう!もう!なんでそんな怖い事言うのお!」
「や、確率の高い予想だし」
「わーん!!」
あの日、ベルがあたしとの別れを寂しいと言ってくれた時あたしは決めたのだ。
絶対にベルと離れない。ずっと一緒にいる。
邪魔はさせない、誰にも、絶対に。
エゴだと分かっているが、もう止まらないと決めたから。
だから、あたしは誓いを立てた。
ベルの一生を手にすると決めた以上、これから先、あたしはベルを守るのに全力を尽くす。
心身ともにだ。あたしと一緒に居ることでベルに向けられるあらゆる害意を排除する。
「ねえベル」
「ううぅ…なぁに?」
「……大好きよ」
あなたの好きとは違う意味を乗せて言葉を紡ぐ。
気付くはずもない彼女は、案の定恥ずかしそうにありがとうと言ってあたしに笑いかける。
自己満足でも構わない。
だって、この世界でベルを最も笑顔にさせることが出来るのは――――――
「――――――私も、トウコの事大好きだよおっ」
あたしだって、胸を張って言い切れるから。
あとがき
俺の事を好きになってくれる美少女より、美少女同士がいちゃいちゃしてるのがみたい。