突如割り込んできたキャロに対し、なのはは鋭い眼差しを向けていた。一方のキャロは崩れ落ちたままのティアナをスバルに向けて放り投げ、顎で外を示す……要するに相手にしていなかった。
じっと見てくるだけでいつまでも話を始めないキャロ。乱入してきたにも関わらず何も動きを見せないことに痺れを切らし、なのはは口を開いた。
「まだ模擬戦の途中だった筈だよ。教官の指示なく勝手な行動をとったこと、どう弁明するつもり?」
掛けられた問いかけは、静かであるだけ押し込められた感情の大きさが伝わってくる。キャロは嘆息しつつそれに答えた。
「規則、それも結構なことだ。だが大事なことをひとつ忘れているぞ」
「忘れている? 何を?」
訝しげにするなのはをキャロはやれやれと息を吐いて文字通り見下ろし、言い放った。
「貴様は今、俺という地上で最強のデュエリストを敵にしているということだ。自分よりも弱い者に従う理由など無い」
「……何を言い出すかと思えば。キャロもまた頭を冷やした方が良さそうだね」
「ふ、この期に及んで遠吠えとは哀れだな」
――ギシリと増す重圧に、外で見ている者達はその場に縫い止められたように身体が硬直してしまう。なのはから放たれる鋭いプレッシャーが、キャロを通り越して突き刺さっているのだ。
しかし真正面からそれを浴びているキャロは不遜な態度を崩さない。冷静にデバイスの試算結果を聞いていた。
(現状、ヤツの前には俺の勝率は3%というところか……フン)
あまりにも小さすぎる勝ち目、だが0ではなく、勝つための方程式は確実に存在する。ならば己の手でそれを掴み取ればいい。
「ソリッドビジョンシステム作動!」
デバイスを介してシステムにアクセスするキャロ。廃棄都市だった模擬戦フィールドが掻き消され、岩と砂ばかりの険しい山々へと姿を変えてゆく。
「これは……こんなフィールドは登録していない筈」
「自分で構築したシステムなのだ、他人の手に渡ったからといって扱えない筈がなかろう」
(これで勝率20%、ここまで上昇すれば充分だ)
ブルーアイズを解放し背に乗り込みながら解説するキャロ。ソリッドビジョンの開発者であるが故に、彼女の権限は六課の技術者よりも高位にある。望みのフィールドを造り出すことは容易かった。
急峻な岩山の数々は、かつてキャロとブルーアイズが過ごしたアルザスの地形を再現したものだ。竜種にとって最適の環境を再現したフィールドは当然ブルーアイズの能力値も高めている。
「ステータスの強化……なるほどね」
キャロとブルーアイズの防御魔法はお世辞にも強いとは言い難く、なのはの砲撃をまともに喰らえば数発で撃墜されかねない。一体一で被弾を覚悟するのであれば能力値を高めておく必要があった。
加えて遮蔽物らしい遮蔽物も存在しないフィールドならばブルーアイズのブレス攻撃を最大限に活かすことができる。
「戦場構築は戦術の基本、貴様も常々語っていることだ……デュエル開始の宣言をしろ、ヴィータぁ!」
「おっ、おう……デュエル開始!」
二人に向けられる強烈な視線に、独りでに口と体が動いてしまうヴィータ。普段なら指摘するだろうキャロの言葉遣いにも、今だけは反応が起こせなかった。
「ディバインバスターッ!」
「滅びのバーストストリーム!」
開始早々、速射砲を激突させる二人。なのはの方には長々と続けるつもりはなく、力押しですぐさま終わらせる気構えだった。
だがそれはキャロが反応できなければこそ成り立つ話。本来の巨躯を取り戻したブルーアイズと拮抗させられている現状に歯噛みし、カートリッジをロードする。
追加の魔力供給を受けて勢いの増した砲撃に、ブレスはジリジリと押され始める。
「キャロでは絶対的な火力が足りない。竜を使ったとしても、私の最大砲撃には届かないこと位は分かってる筈だよ!」
「ふぅん、お見通しという訳か。流石だと言いたいが……甘いぞ」
『Virus Cannon!』
「トラップ発動、魔法除去細菌兵器ッ!」
「なっ、レイジングハート!?」
大威力の砲撃を放っている最中というのは思うように動けないものだ。射出態勢のまま動けないなのは、キャロはそのデバイスに誘導射撃を打ち込む。大した衝撃はなく、しかし紅玉部分が不規則に点滅していることを見ても状態異常を起こしていることは瞭然だった。
「確かに貴様のスターライトは最強にして無敵、しかし俺のデュエルは更にその上を行く」
「今のは一体……」
「魔法除去細菌兵器、この効果により数種類の魔法をこのデュエル中は封じさせてもらった。そう、貴様の切り札もだ!」
「ま、まさかスターライトブレイカーを!?」
デバイスを外部から弄られたことに気づいて動揺するなのは。その隙を突いてキャロはブルーアイズを駆って空を舞い、ブレスでの撃ち合いを終わらせた。
「安心しろ、一時的にデバイスの機能を麻痺させているに過ぎん。貴様が敗北した後に整備すれば再び使えるようになるだろうよ」
キャロのプログラミングとそれに付随する技術は、それこそミッドチルダ全体でも群を抜いて高い。幼くしてソリッドビジョンシステムを考案し実用化した頭脳と技術力を以ってすれば、他人のデバイスを乗っ取るまではいかなくとも異常を起こさせる位は出来て当然だった。
だがなのはは動揺を押さえつけた。否、動揺から立ち直った。
「……それならいいや。なくてもキャロになら勝てるし」
「寝言は寝ている時に言え……敗北に片足を突っ込んでいるのはスターライトを失った貴様の方だ!」
挑発に乗って怒りを露わにするキャロ。勢いのまま開始されたブルーアイズの砲撃は、しかし決して雑ではなくむしろ精緻だ。
生まれてからずっと、誰よりも共に生きてきた二人。言葉を交わさずとも意思は伝わり、目を合わせずとも意図は伝わる。そこしかないという所に続けてブレスを、キャロの思い通りに撃ち続ける。
次々とブレスを放つブルーアイズに、なのはは一ヶ所に留まることを許されない。ビリビリと空気を裂く一つ一つがAAAを越える攻撃であり、一度足を止めれば障壁を張って堪えるしかないだろう。
そして守勢に回ったならばジリジリと魔力を削られ、いずれ力尽きて撃墜される。それはなのはにもキャロにも、離れた場所で見守っている者達にも分かっていた。
『Axel Shooter!』
故になのはは回避に専念しつつも、魔力弾をキャロに向けて乱れ撃つ。
「手数を増やすことでこちらに攻撃の暇を与えないとは……なかなかの強かさだ、初対面より好印象だぞ?」
「教官だからねっ!」
十発単位でキャロを、ブルーアイズの背後を常に狙う誘導弾。キャロはそれの迎撃に掛かりきりになり、ブルーアイズもまた死角を気にして全力で攻撃し続けることは封じられていた。
「だがブルーアイズの前では守備表示でターンを凌ぐ位しかあるまい」
徐々にキャロは飛行軌道を読み、時折ブレスがなのはの体を掠るようになっていく。しかしそれも、鉄壁といっていい硬さの障壁が防ぎきる。
『Protection Powered!』
「甘いよ、工夫の無い攻撃が極まるとは思わないで」
高町なのはが堅牢な砲手として評価されているのは魔力量の多さや恵まれた空戦適性だけが理由ではなく、それらを生かす技術の高さが圧倒的だからでもある。
直撃コースのブレスですら寸前に態勢を調整し、微妙に打点をずらすことで逸らし、受け流す。その運用技術は普段教導で見せるものとは段違いに高度であり、如何に新人教導が“新人教導”でしかないかを明白にしていた。
なのはの大き過ぎる力は、正に敵として対峙しているキャロにも当然分かっている。かわされ、いなされ、無効化され、いくら攻撃を積み重ねても有効打が未だに極まらない。なのはの言葉通り、工夫のない攻撃では極まる気配すらない。
「――ならばその盾から破壊するまで」
『Stop Defense!』
ブルーアイズのブレスを囮にして放った散弾射撃、その一つがレイジングハートに直撃し、またしても状態異常を引き起こす。
「くっ……またレイジングハートにハッキングが!」
「守備封じの魔法、これで貴様は自前の障壁しか張れないという訳だ。無論独力でやる分には可能だが、出力は全く足らんだろうな。フハハハハッ!」
高笑いするキャロ。まともに障壁が張れなくなったならば、例えエースオブエースといえどいずれ攻撃は当たる。なぶり殺しになるのは時間の問題だ。
「行くぞ、滅びのバーストストリーム!」
『Flash Move!』
数少ない高速移動を使いブレスを回避するなのは。もはや掠ることも許されないブレスの雨の中を、よりスピードを上げて舞い飛び続ける。その先にこそ勝機があるのだと信じて。
三発、七発、十一発と回避を重ねるなのはと、誘導弾を防ぎつつ砲撃を放ち続けるキャロ。
まるでチキンレースのような様相の中、先に変化が現れたのはなのはではなく、キャロの方だった。
徐々にではあるがブレス攻撃の間隔が乱れ始めたのだ。
ブルーアイズが如何に強い竜だとしても、当然限界は存在する。数回の攻撃ならば許容範囲内だが、十回も全力で砲撃を放てば疲れが見え始める。
そして模擬戦が始まってからブルーアイズが放ったブレスは、既に五十ではきかなくなっている。
主人の想いに応え限界を超えて攻撃を続けていたブルーアイズ。だがしかし、ブレスの発射タイミングに一瞬、ラグが生じてしまう。
『Devine』
そしてそれを見逃す高町なのはではない。
「バスタァッ!」
「かわせブルーアイズッ!」
戦闘が始まってからほぼ動くことの無かったブルーアイズが、ここに来て回避のために初めて位置を移す。キャロの障壁では砲撃を防ぎえず、直撃すれば大ダメージは必至。それゆえの選択。
――だがそれこそが失策。
「何ぃ、設置型バインドだとッ!?」
なのははただ無為に回避を続けていた訳ではない。ブルーアイズの周囲にバインドを撒き散らし、一度その場を動いたならば確実に捕縛できるように環境を整えていたのだ。
ギチリ、と空間に固定された体はまともに動かすことすら出来ず、ましてや逃れることなど不可能。
守勢に回っていた筈の相手がいつの間にか圧倒的な攻め手に変わっているという予想外の状況に驚愕するキャロ。掛けられたバインドはレストリクトロック、除去しようとする姿を嘲笑うように二発、カートリッジをロードしたレイジングハートが突きつけられる。
そして。
「エクセリオンバスタァァァッ!」
「ぐあああああああっ!?」
極太の砲撃に呑まれていくキャロとブルーアイズ。乾坤一擲のエクセリオンは、身動きの取れない二人を容赦なく地に叩き落した。
「撃墜一名、模擬戦はこれで終――」
「見事だ……と褒めてやりたいところだが」
「っ!?」
「これしき、痛くも痒くもない」
決着を告げようとしたなのはの言葉を遮る、キャロの言葉。もうもうと立ち上がった爆煙が風で流れ、中から姿を現す。汚れ破れ傷付いた様子ではあるが、その足は確と地面を踏みしめていた。
「救われたというのか……許せ、ブルーアイズ」
倒れ付したブルーアイズの頭を撫で、ねぎらうキャロ。着弾の寸前に拘束を破壊し、翼を動かし庇うことで主人を守ったのだ。力任せの破壊のため翼は傷付き、砲撃にさらされてあらゆる部位に怪我を負っている。
その様を見て、なのはは最後通告をする。例えサレンダーしたとしても責められはしない。竜召喚士が竜を失ったのだから。
「一応、まだ戦えるみたいだけど。どうする、降参?」
「俺の戦いのロード、己の定めは己で決める」
「つまり?」
「俺の未来、それはこの戦いを制した先にある。今度こそ正真正銘、貴様の最後だ」
「うん、最後まで諦めないことがストライカーの条件。見せてみて、あなたの全力を」
ギン、と折れない闘志を地上からぶつけるキャロ。思った以上の手応えに、なのはも思わず顔に笑みが浮かんだ。
元より“両者とも”リミッターをつけた状態ではあるが、ここのところ本気を出しての戦いなどしていない。出動に備えるため、教導のため、そして何より本気を揮えない場面ばかりなためだ。
故にこの全力を揮える状況は、原因はともあれなのはにとっても好ましい。彼女もまた少なからず、強い相手と闘えるのは嬉しいことなのだ。
――と、その空白の間、防護結界の外で見ていたメンバーの方に動きが生まれる。
「ん……ここは」
爆発音が大きかったからだろう、気絶していたティアナが目を覚ます。スバルに手を貸されながら起き上がった先に見たものは、ボロボロになったバリアジャケットで身を包んだ、それ以上にボロボロなキャロの姿だった。
「そんな……アイツ、私の代わりに……」
それだけで状況を理解するティアナ。意識を失う直前、砲撃に割って入ってきたたキャロの背中を覚えている。ならば今彼女が傷付いているのは、自分を庇ったことが原因だと分かった。
「召喚獣を失ったアンタじゃ敵う筈ないじゃないっ! 何でまだ戦おうとするのよ!?」
あまりにも不利な状況に、ティアナは反感も忘れて声を張り上げる。自分を庇ったがためにこの状況になっているのだとすれば、申し訳ないにも程があった。
それに対しキャロは振り向くこともなく、眼前の敵を見据えたまま答えた。
「俺は俺の意思で戦い続ける。貴様の指図など受けん」
言い放つキャロ。自分の意思を貫いてこそデュエリストである、と。
ブルーアイズを撃墜され、それでも猶キャロは戦意を無くさない。誰に強制されたのでもなく彼女自身が選んで始めた戦い、逆境に陥ったからといって止める道理は無い。
「俺自身の栄光のロード、それをこんな所でむざむざと潰されはせん。その眼を見開き胸に刻め、この俺のデュエルを!」
頭上に右手を掲げるキャロ。ケリュケイオンが強く輝き、光を迸らせた。
最後まで残していた一つの手札、設置型の魔法が牙を剥く。
『Interdimensional Matter Transporter!』
「トラップ発動、亜空間物質転送装置!」
頭上に開かれた次元の穴、そこから砲撃がなのはへと襲いかかる。ティアナへと放ったクロスファイアを亜空間へ飛ばし、転送先を今に設定し解放したのだ。
その威力の高さは当然、なのは自身がよく分かっている。人の意識を奪い去る位は軽くできる、それだけの代物だ。
当たれば、堕ちる。
「っ、くぅっ!?」
必死になったのがよかったのか、予想外の奇襲に動揺しつつもなのはは砲撃を避ける。そこへキャロが跳び込み、殴りかかった。
「はぁぁっ!」
不意を突いて仕掛けた近接戦、だがその腕をギチリ、と鎖が縛り付ける。顔を殴り飛ばす寸前の所でキャロの体にはバインドが絡み付いていた。
なのはの得意とするゼロ距離バインド。接近戦を不得手とする彼女がインファイター相手に使う、嵌め殺しとも呼べる勝利の方程式。
「不用意だね、キャロ。このバインドからは逃れられない」
態勢を崩したからといってなのはが空中で誰かに遅れをとる筈が無い。例え奇襲直後という千載一遇の機会だったとしても、なのはよりも身体能力で劣るキャロが近接戦を挑むべきではなかった。
「――いや、そうでもない」
普通ならば、だ。ニヤリと笑うとキャロは静かに攻撃命令を下した。彼女の下方、地面には倒れたままのブルーアイズがいる。
「やれ、ブルーアイズ」
キャロに応え、戦いが始まってから一番のエネルギーをチャージするブルーアイズ。自分が隙を晒したせいで主人を撃墜の寸前まで追い込んでしまったこの状況で猶も最後に頼ってくれたのだ、応えない筈がなかった。
「なぁ……っ!? きゃ、キャロッ!」
「ふん、逃がさん」
地上から顎をこちらに向けているブルーアイズを見て総毛立つなのは。急ぎ離脱しようとした所で全身をキャロに組み付かれ、更にパニックに陥る。当然逃れられようもない。
キャロ諸共、バーストストリームに呑まれていくなのは。障壁を張ることも出来ないままオーバーSにも匹敵する砲撃に根こそぎ魔力を奪い尽くされ、両者共に意識をブラックアウトさせるのだった。
キャロが気絶から回復した頃には既に真夜中になっていた。その間に隊長陣による海上飛行中のガジェット掃討があったそうなのだが、寝ている内に全て終わっている。ちなみに出撃したのはフェイトとヴィータの二人。シグナムは交換部隊の長として待機する必要があり、なのはは依然として気絶していたからだ。
シャマルの目を盗み、キャロは医務室を後にした。魔力体力ともに枯渇寸前まで消耗してはいたが、歩いて散歩する位ならば問題ない。
誰も、ブルーアイズすらおらず一人で考えようとしていたのは昼間の一件だ。
――しかしどうやら、それは叶わないようだった。
「こんばんは、キャロ。体の方は大丈夫?」
「何の用だ」
海へと続く道、キャロはその途中の木陰から近づいてきたなのはに素っ気なく要件を尋ねた。このタイミングで遭遇することが偶然である筈がないからだ。
足を止めずに前を通り過ぎていくキャロ。なのははその横に並び、そのままに歩を進める。全力でぶつかり合った手前、何となく正対し辛いところがあった。
顔を合わせないまま、先に話を切り出したのはやはり待ち構えていたなのはの方だった。
「……さっきね、ティアナが訪ねてきたんだ。色々お話した」
キャロが目覚める前の話だ。意識を取り戻したことを知ったティアナがやって来て、初めてゆっくりと話すことができたという。
休息を犠牲にしていたのはティアナだけではない。なのはもまた教導のプラン作成、日々の教導、書類決裁、現場出撃と忙しくしている。それゆえ余分な時間はなく、例えば部下と話す時間すらなかった。
「私の教導の意味、ティアナが強くなりたい理由。強くなりたい想いは私もよく分かる筈だったのに、ね」
「強さを求める、理由?」
疑問の声にああ、となのはは零した。そんなことも話す余裕がなかったね、と。
「そういえば話したことなかったね。私が、魔法と出会ったきっかけ――」
そうして訥々と語りだした。魔法のない世界で生まれ、魔法に出会い、侮り、恐怖し、求め、溺れ、傷付き、歩んできた十九年間を。
言葉を交わすことすらも拒絶され、意思を通すために強さを望んだP・T事件。何も分からぬままに撃墜され、意地を通すために強さを望んだ闇の書事件。無理を通して重傷を負い、それでもなお飛ぶことを望んだ撃墜事件。
助かった筈の命を、泣かなくて良かった筈の人を、壊れなくて良かった筈のものを掬い取って救えるように。無理無茶無謀の末に夢を断たれる人がいないように。昨日より今日、今日より明日は強く、更に強くなることを求めて。
蓋を開けてみれば何のことはない、ティアナとなのは、二人とも似た者同士だったのだ。ただその蓋を今まで開けていなかっただけで。
「本当はきちんとお話して、分かり合う努力をしなきゃいけなかったんだ。ここは教導隊とは違うんだから」
戦技教導隊では研修にきた局員に対し、一週や一月という短い期間で上級スキルを教える。元々実力のある者に対して、難しい内容を、短期に身に付けさせなくてはならないという制約がある。
それ故に口で説明するよりも肉体に叩き込み使えるようになることを第一とし、頭で本格的に理解させるのは二の次になってしまうような所がある。そしてそれが普通のこととして許されてきたのだ。
だが一年という長期を共に過ごす六課は全く事情が異なる。“表向き時間があるように見える”にも関わらず何らの説明もせず、することはひたすら基本の繰り返し。例えそれが目標へたどり着く最短ルートだったとしても、最も安全なルートだったとしても、長い旅路を地図なしで連れ回されるのは辛いものだ。
そして前線の四人は決して頭が悪い訳ではなく、話せば理解できる。それを言わずとも大丈夫だろう、分かってくれるだろうと甘えてしまったのはなのはだ。誰が責められるべきかというならば、一番は上司の自分だろうと思っている。
「……そうか」
長々と続いた語りも海が見えてきた辺りで区切りがつき、日が落ちて真っ黒になった水面を二人して眺める。
(……しかし、どうしたものか)
キャロは少々困っていた。元々コミュニケーションが得意ではなく、他人の言い分を聞くよりも自分の意思を通す方がずっと性に合っている彼女は、別にティアナとなのはの間を取り持とうなど考えてはいなかったからだ。
一方で教導内容の決定は教官の専権、模擬戦の進行も同様だ。高町なのはには彼女なりの信念、デュエリストとしての信条がある。
他方で戦う理由、遥か高みの目標へ挑む夢は個々人の根幹だ。ティアナ・ランスターにもまた、デュエリストとしての信条がある。
腹を割ってぶつかれば良いだけなのに互いに内にこもって拗らせていく二人が気に入らなかったのは確かだが、どちらかに対して肩入れをするつもりなど毛頭なかった。
あえて割って入った理由を挙げるならば興が乗ったから、自身の力を確かめたくなったからだ。決して、決してティアナの信念がなのはの心に届かず埋もれてしまうことを惜しんだ訳ではない。
「そんなことは、そんなことは断じて認めんっ!」
「な、なにっ!?」
ビクッと体を跳ねさせたなのはを見て、つい興奮してしまったらしいことに気付くキャロ。それと同時に気付いたのは、なのはから常の覇気が薄れていること。そちらの方がキャロにとってはよほど問題である。
体中からアドレナリンをかき出し、血液を沸騰させるような熱いデュエルができる相手というのは希少だ。手を尽くして猶も引き分けるのが精々だった強いなのはが、このようなことで立ち止まっては困る。
「この奇妙な光景はどうだ? 生涯自分の敵と定めた貴様と俺は肩を並べている。今も貴様をこの場で倒してやりたい、そう考えているにも関わらずだ」
「生涯の敵って……私とキャロは同じ部隊で戦う仲間だよ」
「ふん、笑わせるな。例え百万時間あろうとも、貴様とかわす言葉はただ一言」
「戦う、ってこと?」
違う、デュエルだ、と返して向き直るキャロ。その瞳には戦いの時と同じように、強い闘志が宿っている。
「貴様は俺の認めた数少ない真のデュエリスト。そして俺にとって敵とは常に最強でなければ気が済まない」
故に貴様は常に最強であれと、腑抜けているなと発破を掛けるキャロ。
途方もなく分かりにくい――多分分かる人の方が少ない――が、要は元気を出せということだった。
果たしてなのはは理解できたのかどうなのか。にゃははと苦笑いしつつ頬を掻いている辺り、少し元気は出たようだが。
「だが同じ道に二人の覇者は要らぬ、貴様だけは俺がこの手で倒す!」
「いいよー。私も負けないから! 生涯の友達宣言されちゃったしね!」
「ふはははは……どういうことだ。分かるように説明しろ」
笑いかけて固まり目を点にするキャロに、なのはは首を傾げた。
「え? だって私が強くいられているかどうか、ずっと見ていてくれるんでしょう? こう、ずっと張り付いている感じで」
「冷静になれ。何故俺がわざわざ四六時中張り付いていなければならんのだ」
「じゃあ電話やメールだね。はい、これ私のアドレス」
「だから冷静になれ。実に目出度い奴だな……」
ぶつぶつと文句を言いながらもデバイスを差し出してプライベートアドレスを受け取るキャロ。ついでに自分の分もねだられてしまった。
ついでとばかりに頭をわやくちゃに撫でられたり、抱きしめられたり、意味不明なスキンシップを図ること暫し、満足したのかなのはは笑顔で立ち去っていった。
「じゃあね、キャロ。また明日!」
何がどうなってこうなったのか全く理解不能、だがどうやら彼女にとって自分は友人としてカテゴライズされたらしいことは分かったキャロである。
「……はぁ」
重い溜め息を吐く。友人扱いが嫌なのではなく、なのはの押しの強さが嫌なのでもない。ましてや待ち構えているだろう命令違反に対する処分が嫌な訳でもない。本気を出したエースオブエースと戦えたのは良い経験だったが。
そもそも、ここまで他人に対して干渉することなど今までのキャロらしくない。冷たい世界こそが相応しいというのに。この部隊はあまりにも暖かすぎる。優しすぎる。
(ここに来たのは失敗だったか……)
六課に来たことすら後悔し始めた所で、上空から竜が舞い降りてくる。空気を読んで離れていたのだろう、雛状態のブルーアイズだった。
「ブルーアイズ……ご苦労だったな」
決して他人に見せることのない柔らかな表情を浮かべるキャロ。それでも幾分堅いが、年相応の素の彼女に触れられるのはブルーアイズの特権である。
頬に頭を擦り付ける雛竜。そこには確かに主人への気遣いがあった。
思わずそれに甘えてしまいたくなる。年相応の子供のように、弱いことを許される童子のように。
「……俺はこんな所で立ち止まる訳にはいかない。許されんのだ」
だがそれでも、キャロは気遣いを断った。強く目を瞑り、カッと開く。一時の気の迷いを振り払うように。
「行くぞ、ブルーアイズ」
常の仮面を被り、強さを身に纏う。普段の不遜さを取り戻したキャロは、何か言いたげなブルーアイズに応えることなく寮へと戻るのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
スターライトブレイカーやバーストストリーム喰らったら人生観変わる自信がある。そもそも生き残れる気がしないけど。
やはり一人称が俺だと海馬ボイス再生がデフォルトのようで。せめて私に変えればキャロでもいけるかなぁ……今後たまに一人称が私になることがあるので、その時はキャロボイスでの再生を推奨します。試しに海馬ボイスでやってみたら「なぁにこれぇ」状態だったので。フリじゃないよ、絶対やるなよ!
次回、『力の意味』