海馬から抜きすぎたせいで色々弊害が発生しそうなことに気が付いた件。
・ブルーアイズがキーになるデュエルが軒並み影響を受ける、勝敗すらも。
・前世からの繋がりが消えたためオベリスクが使えない。
・海馬が多分一番の常識人。襲撃・経営危機・オカルトのコンボで常に胃潰瘍。
・王様の記憶探しも海馬が参加するかさえ不明。青眼白龍が負けても怒らない。
……手札には意味不明な海馬、これでどうやって戦えばいいんだ?
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五月も半ばの頃、機動六課メンバーはミッド東部にあるホテルアグスタの警備任務に従事していた。オークションで取り扱われる払い下げられたロストトギアを、ガジェットドローンが強奪しに来る危険があったためだ。
案の定やって来たガジェット群を必死に副隊長やフォワード陣は迎撃している。一方で隊長陣は会場自体の警護のため、内部に留まることを余儀なくされていた。
「——随分と開始が遅れていますね」
ホテルの一室、VIPルームと呼ばれる部屋でオークションの開始を待っていたペガサス。最近お気に入りのワインを試していたのだが、時刻になったにも関わらず始まらないどころか案内の者さえ現れないことに違和感を感じていた。
コツコツ、とノックされる扉。許可を与え入室を促すとサングラスの男が入ってくる。
「会長、どうやら襲撃を受けているようでして開始時刻を遅らせるようです」
「……そうですか。夕方にはシンディアとの夕食が待っているのですが」
「会場内部に主戦力が留まっておりまして、現状外にいる局員達のみでは鎮圧に時間がかかる模様です」
その言葉にペガサスは頭を抱えた。遅刻するのは避けたい、しかしオークションにも用があるので帰る訳にもいかない。考古学に造詣が深い彼はロストロギアにも当然詳しく、出品される遺物を是非ともコレクションに加えたいと思っていたのだ。
(困りました。あの品は手に入れたい、しかし襲撃が終わらないとオークションは始まりません……そうです!)
ハッと閃きが走る。オークション品を手に入れ、夕食に遅れることもなく、尚且つ襲撃の鎮圧を早期に終わらせて安全を確保することもできる一石三鳥の名案だ。
「磯野サン、オークション運営会社の社長に連絡を……いえ、呼び出してください。大事な話があります」
「はっ、承りました」
足早に部屋を後にし、会場にいるであろう社長を呼びつけに行く磯野。一方のペガサスは自社に回線を繋ぎ緊急取締役会議を開き、決定を通知していた。
「……ということでよろしいですね?」
いきなりの決定に、しかし取締役達はいつものことかと特に反論せず賛同した。会長は天に愛されているのかという程に読みが当たり、投資にもまずもって失敗したことがない。人の内心が読める、などというオカルトな噂が一時広まった位だ。
「会長、お連れしました」
オークション会社の社長を連行してきた磯野。自社よりも遥かに規模の大きいグループ企業の会長を前にして社長はすっかり縮こまってしまっている。オークション会場としてホールを使わせてもらっているだけであって会社自体の規模はそれほど大きくなく、VIPルームなど使ったこともないのだ。
「よくいらっしゃいました。さて、ビジネスを始めましょう」
目の前のソファに座るよう促し、二コリと笑顔を浮かべたペガサス。にこやかな顔そのままに会社の買収話を持ち出し、流れるように事項をすり合わせていく。
内部にいるものでなければ知りえない、それこそ社長本人でなければ把握していないようなことから彼自身も知らなかったことまで饒舌に示し、詰め将棋のように細部を詰めていく。次々と示される情報の重大さと入手方法の不明さに男は体に怖気が走るのを止められない。
そして最後、提示された買収金額を見て男の目が点になる。年間純利益の軽く十倍以上、総資産の数倍を提示されたからなのだが、何を思ったかペガサスは涼しい顔で数字を弄る。
「そうですね、これ位でいかがでしょう?」
二倍に跳ね上がる数字に、男の顔から血の気が引く。これはもはや商談などではない、ビジネスの名を借りた蹂躙である。もし受けなければ何をされるか分かったものではない。
自分の扱える限界を超えた金を見せられると人間は総じて正気を失う。つり上げて利益を増やそうと考える余裕などある筈がなく、大抵の人間はとにかくその場から脱したくなってしまうのだ。多分に漏れずこの男もそうだった。
「そ、そんなにいりませんから!? その十分の一でも充分過ぎる程です!?」
「そうですか? ではこちらの契約書にサインを」
震える手でジーク・シュレイダー、とサインを書き込む男。うねり歪みそうになる字を何とか丁寧に収めようと、逆の手で腕を握り締めて書ききった頃には一生分の汗を流していた。
————呼びつけてから僅か十分後、ペガサス主導でオークション運営会社の買収が成立する。これによりホテルにいたオークション担当者には指揮権限がなくなり、会長のトップダウンで中止決定が下されたのである。
避難誘導をスタッフに任せ、警備の必要がなくなった二人の隊長陣が戦闘を開始する。強化されたガジェット群を物ともせず鎧袖一触する二人を見て、前線の四人は疲労で思わず座り込むのだった。
「何よ、アンタも何か用?」
任務より帰還してからずっとターゲット練習を続けていたティアナ。人目につかない場所で鍛え直そうと思ったのだが捗らず、どうしたものかという所でキャロが姿を見せたのだ。
アグスタでの任務では防衛線を割られる寸前まで追い詰められてしまった。その状況を打開したのは自分よりも遥かに強い隊長陣だった。
兄の夢を継いで執務官になり兄の強さを証明する、その目標が遠ざかっていく感覚にティアナは焦る。しかし凡人の自分には地味な訓練を繰り返すことしか出来ない……彼女はそんな泥沼に陥りかけていた。
ひたすらに基礎スキルを習熟させること、それは訓練校時代以前から続けてきたことだ。とはいえ習熟にも限界がある。天上が見えてしまえば行き詰まるか、或いは他の道を探すしかないのだ。
かろうじて今はまだ、教導で教わるスキルの習熟限界には達していない。だが先が見えてしまっていることに変わりはなく、ゆっくりと近づいてくる限界に恐々としながら日々を過ごさざるを得ない。
足を止め、最適な弾丸を選び撃ち抜く……今の彼女に求められている役割はそれであり、究極の話、それだけで充分事足りてしまう。だがそれではガジェットの群にすら勝てない現実を突きつけられ、全く先行きが見えない状態に陥ってしまったのだ。
「貴様、執務官になるのが夢だそうだな」
思ってもみなかった言葉にしばしティアナの動きが止まる。隊長クラスやパートナーであるスバルは知っていることではあるが、さほど親しくも無いキャロが知っているとは思わなかったからだ。
「それが?」
「なに、貴様はここで立ち止まるのか、と思ってな。ここで消えるなら所詮そこまでということか……どうせ目指す理由も大したものではないのだろう」
——ビシリ、と空気がひび割れる音を幻聴する。
「……所詮、ですって? 私の、兄さんの夢を馬鹿にすることは許さない!」
「ふ、この期に及んで遠吠えとは哀れだな……許さないからどうだと言うのだ。負け犬の貴様には尻尾を巻いて逃げ出すのがお似合いさ」
「ふざけるなッ!」
自身の根幹といっていい兄を貶され激昂するティアナ。左のクロスミラージュをキャロへと向ける。自分でも薄々感じ始めていた理想と現実の差を指摘されることはかなりの苦痛だった。
キャロは向けられた銃口に動じることもなく結界を張り、バリアジャケットを身に纏う。応じるようにティアナもバリアジャケットに切り替えるが、そこにいる筈のものがないことに気づき鼻を鳴らす。
「何、あの竜は使わない訳? 私も舐められたものね」
非力な召喚士でありながら身一つで戦いに挑むなど、非常識にも程がある。
「ブルーアイズの攻撃がなくて安心したか? 貴様には勿体無いのでな」
フン、と挑発してくる言葉にカッと頭に血が上る。
その瞬間。
「あぐぅっ!?」
ガン、と顎から上に向けて突き抜ける衝撃がティアナを襲う。脳を揺さぶられた最悪な状態で、何とかたたらを踏みながら後ろに下がった。
揺れる視界とぼやける肖像、頭に手でガシリと力を込めて意識を戻そうとする。クロスミラージュを構えて牽制しつつ回復を待とうとするティアナの視線の先、キャロは厳しい目を向けてきていた。
その程度か、と。フルバックの自分に容易く懐へ入られる程、腑抜けているのか、と。
「甘いぞ! 貴様もその辺に転がっているポンコツデュエリストと同じなのか!」
「う、うああああっ!」
負けられない。コイツにだけは、負けたくない。劣等感も諦念も吹き飛び、今のティアナにはそのことしか頭に無い。気がつけば両銃のカートリッジをロードしていた。
「——迷いは吹っ切れたか、凡骨」
十数分後、辺り一面を魔力弾で抉りに抉った酷い光景の中、膝を付くティアナをキャロは見下ろしていた。いくつか出来た切り傷を自分で治しながらかけた声音には、最初のような嘲りは含まれていなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
一体何のことかと視線を向けるティアナ。魔力体力ともに使い果たしてしまい、言葉を発するのさえ億劫で仕方が無い。
「貴様が心に迷いを抱えていることなど誰でも分かる。にも関わらず何とかなる気配もなくウジウジと悲劇のヒロイン気取り、見ていて吐き気がする」
「ぐっ……」
「貴様だけが悲劇を抱えていると思うな」
喝破しながら自分の過去を思い返す。彼女の過去は壮絶と言っていい。
僅か七歳にして里を追放され家なき子となり、並居る竜種を狩るという死線をくぐり生きる日々。山を降りて都市部へ出るも保護された養護施設はみすぼらしく、スカウトされた陸士部隊でも酷い扱いとたらい回し。フェイトに拾われるまで、彼女の心は憎しみで埋め尽くされていたのだ。
「それって、一体どういう……」
「俺程度の悲劇など新聞を開けばすぐに見つかる。そこらにありふれたお涙頂戴話など、わざわざ話すことも聞くこともあるまい」
ティアナの問いには答えず煙に巻くキャロ。彼女にとって過去など何の意味も持たない。語るだけの価値もない。
(俺は未来にしか興味はない……過去など踏みつけるために存在する)
全ては未来のために、過去を踏みつけに、今を生贄に生きる。その先に自分の栄光があると信じて。そうしてキャロは生きてきた。
「貴様の歩んできたデュエル道などまだ入り口だ、世界にはまだ未知のデュエルがある。見える筈だ、果てしなく続く戦いのロードが。なのに貴様はここで立ち止まるのか」
「果てしなく続く、戦いのロード……それが私の前にもある……?」
「踏み記したロード、それこそがお前の未来となるのだ」
その言葉を受けて静かに考え込むティアナ。「未知のデュエル……戦いのロード……デュエリスト……」と時折口に出して何かを確認するようにしていた。
キャロはバリアジャケットを解除して手を払う。そしてふと思いついたように最後の言葉をかけた。
「負けを恐れれば、立ち止まるしかない。負けて勝て、凡骨」
「誰が恐れるかっ。見てなさい、絶対に凡骨って呼ぶの撤回させてやるんだから!」
宣戦布告のようなその言葉には答えず、結界を解除し立ち去るキャロ。跪いたままのティアナに手を貸すことは無い。その必要はないのだから。
途中でティアナを探していたらしいスバルとすれ違い、居場所を伝えてから寮への道を歩く。
そうして誰もいなくなったところでブルーアイズが帰ってくる。暫し席を外すように頼んでいたからだ。じっと見つめてくる青い瞳に、言いたいことを読み取ったキャロは元いた方向を一瞥し、視線を切った。
「——己の力で立ち上がれるか。立てれば良し、立ち上がれなければそこまでだ」
(全く、らしくもない……)
振り返ることなく歩いていくキャロ。その少し後ろをブルーアイズは飛んで付いて行った。
「だから、だから私は……強くなりたいんですッ!!」
数日後の訓練における二対一の模擬戦の最中、教官であるなのはに静かな怒りを向けられて身を竦ませるスターズの二人。実戦ではなく模擬戦、それもなのはを相手にした場合でしか通用しない危険な、未だ教えていない戦術に手を出したからだ。
だがそれでも、才能の無い自分は出来ることを少しでも増やさなければ強くなれないのだと銃口を向けるティアナ。嘆息したなのはは彼女よりも先にクロスファイアを放ち、ティアナに直撃させたのだった。
スバルをバインドで縛り上げ、猶もティアナへの追撃を行おうとするなのは。魔力弾を集束させ、朦朧としてふらつくティアナに向けて不可避の砲撃を放った。
だが。
「——貴様の散り様、最後にデュエリストとして認めてやる」
間に割って入ったキャロが砲撃を障壁で防ぎきる。その背中を見たのを最後に、ティアナの意識は闇へと落ちていくのだった。
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このキャロの声、読み手の中ではどちらで再生されているんだろうか? キャロの方か、海馬の方か……ふと疑問に。
次回、『白い悪魔』