「そんな……エクゾディアだって!? 僕が、僕が負けるなんてぇっ!?」
「海馬、お前の心の闇を砕く! マインドクラッシュ!」
ブルーアイズのカードを手に入れるため双六に勝負を挑み、下した海馬瀬人。しかしその所業に激怒した闇遊戯とのデュエルに敗北し、罰ゲーム・マインドクラッシュにより心を砕かれてしまう。
それから海馬は時間をかけて新たにピースを組み上げていき、復活する。だが彼からはかつてのような冷酷さ、残忍さが抜け落ちていた。
もちろん周囲の者達にとっては真っ当になったので問題なく、モクバにとっても昔の優しい兄が戻ってきたので嬉しい限りなのだが、どこで間違えたのか大事なピースを入れ忘れてしまっていた。
青眼の白龍に対する執着心である。
単一のモンスターに頼り切らなくなった海馬は以前よりも戦略に幅が出て強くなった。それどころか慢心や不遜さが消失して“綺麗な”海馬になっていた。自信や思い切りの良さなどは少しばかり足りなかったが。
一方で余ってしまった冷酷さ、残忍さ、ブルーアイズへの執着とそれに伴う前世の因縁はどこへ行ってしまったのかというと――――
「何故ブルーアイズホワイトドラゴンと呼ぶか、だと? 知れたこと」
次元の壁を越えて一人の少女へと宿っている。元々の少女の魂と融けあう形なので色々と変質しているのだが。
「あらゆる青い眼の白龍の中で最強なのだ。ならば固有名として名乗っても構わないだろう。ふはははははっ!」
まぁ、概ね幸せそうである。
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五月初旬、現在フォワード陣は山間部を走るリニアレール内のレリック確保およびガジェットの掃討を行っている最中だ。
ただ最終目標を達成するだけならばブルーアイズが全力を揮うだけで足りる。数台を粉々に粉砕し保管車両のみ抉り取ることも容易い。被害金額を度外視すれば、だが。
当然リニアには運営会社があり、可能な限り損害を抑えて欲しいと言われている。キャロの金銭感覚からするとリニアの一台程度、破壊したとしても安全の方が遥かに勝るのだが、世間一般ではそうもいかない。故にキャロは不満、非常に不満であったが内部に侵入してガジェットのみを破壊しレリックを回収しなければならないのだった。
「……む」
進攻を続けること暫し、目標としていた貨物車両の手前までたどり着く。ここまでの戦闘はエリオとブルーアイズのみで事足りてきたが、最後まで何があるか分からない。慎重に足を進める二人。
「なっ、これは!」
「新型ガジェットか」
直径三メートルはあろうかという巨大な球体のガジェットが車両の奥、ケーブルとアームを伸ばして待ち構えていた。恐らくは提供された情報にあった、新たに確認されたというガジェットなのだろう。
だが形状が変わろうと対策は変わらない。AMFに負けない強度で強化を施し、装甲を貫いて破壊する。それまでと同様にキャロはストラーダに強化を施し、エリオが突撃をかけた。
「く、固い……!」
ギィン、と穂先を受け止めるⅢ型ガジェット。図体が大きい分、装甲も厚く出力も高いようだった。
と、後方で構えていたキャロの補助魔法がキャンセルされてしまう。その原因に気づき苦い顔をするキャロ。
(この位置までAMFが届くというのか?)
「エリオ!」
「大丈夫っ!」
一時撤退して態勢を整えるべきだ、そう判断したキャロだがエリオは退こうとしない。既に突撃した時の勢いは殺されてしまっており、そのままアームとの鍔迫り合いに陥ってしまっていた。
(く……どうする)
エリオの力ではガジェットには敵い得ない。おおよそ人である限り、機械には敵わないだろう。そもそもエリオの持ち味はスピードを生かした一撃離脱であり、間違っても力比べなどではない。
「うわああっ!?」
見守る先、アームに撥ね飛ばされて壁に叩きつけられるエリオ。背中を強打して意識が飛んだのか、ぐったりしてしまったところを巻き取られ、車外へと放り投げられてしまう。
宙に投げ上げられ、崖下へと堕ちていくエリオ。その後を追うようにキャロもまた、リニアから身を躍らせた。
「くっ……俺はお前を死なせはしない!」
飛び降りの如く落下を続け、伸ばした手でエリオを掴むと高々度リカバリーを発動、落下を停止させた。
「起きろエリオ……起きるんだっ!」
肩を揺さぶられ意識を取り戻したのか、目を開けるエリオ。すぐに先ほどまでのことを思い出したのだろう、状況を理解し表情を暗くする。
「ゴメン、キャロ、ボクのせいで……」
「このうつけが!」
「ぐっ……キャロ?」
謝罪しようとしたところで思い切り頬を張るキャロ。赤くなった頬を押さえ、エリオは驚きに固まっていた。
一度敗れた程度で諦めるなどという軟弱、キャロは認めない。仮にも男であるというのならば、こんなところで俯いていることは許さない。そう告げてリニアレールを見上げるキャロ。
(さて……どうしたものか)
ブルーアイズを解放できるならば間違いなくⅢ型は粉砕できるだろうが、重いリミッターをかけられた状態では本来の力を発揮させてやることは出来ない。緊急時は別として、四名の力量を合わせておかないと逆に危険なのだ。誰かに頼りきってしまう恐れ、慢心に足元を掬われる恐れ……なのはの説明に納得しての制限である。
なのであまり気は進まないが自ら赴いて打倒するか、と考えていると。
「キャロ……ボクも戦う」
「エリオ、お前……」
後ろからかけられた声に振り向くキャロ。エリオの顔には僅かな怯えと、それをねじ伏せようとする強い意志が浮かんでいた。
「俺の戦いのロードに敗北の二文字はない」
「分かってる。キャロの足は引っ張らない」
「当然だ」
もし腑抜けているようであれば無視して自分一人でケリを付けようと思っていたキャロだが、思いのほかしっかりと答えてきたエリオにその案を廃棄する。この場でキャロがⅢ型を単独撃破することは容易いが、それではエリオが自信を得る機会が失われ、長い目で見て今後の一年間に支障をきたすことだろう。
そして何より、彼がいるならば新たな手札を一枚、切ることが可能になる。そうなれば断る理由は何もなかった。
キャロはデバイスに魔力を注ぎ込み、祝詞を謳いあげる。竜を祝福する魔法を。
「儀式魔法、白竜降臨!」
『White Dragon Ritual!』
始動キーに反応して輝くケリュケイオン。
「蒼穹を走る白き閃光。我が翼となり、天を駆けよ。来よ、我が竜ブルーアイズ!」
ブルーアイズを縛っていた枷が取り除かれ、その身を数メートルにまで大きくしていく。それと同時にエリオもまた光を帯び、その装いを騎士甲冑へと変えていった。
「儀式召喚、ナイト・オブ・ホワイトドラゴンッ!」
光球が割れた中から現れたその姿はさながら竜を駆る騎士、白竜の聖騎士であった。その威容はモニター越しに見ていた者達をも圧倒する。
甲冑に身を包み、ストラーダを握るエリオ。ブルーアイズは高度を上げ、間もなくリニアの上空へとたどり着いた。
「これからあのガラクタを破壊する。俺も補助は掛けるが、戦うのはお前だ、エリオ」
コク、と頷くのを確認し、キャロは更に補助魔法を発動した。
「まずは目障りなAMFを抑えるか」
『Ritual Buster!』
宝玉が輝き、リチュアルバスターを発動する。敵の魔法・罠の類を発動不能に陥れるという、条件付ではあるが強力な効果を持つフィールドタイプの魔法だ。当然AMFにも拮抗・中和し、ガジェットをただの機械へと貶める。
魔法による強化を得て槍を構えるエリオ。二人を乗せたままブルーアイズは滑空し、真っ直ぐに突撃を敢行する。
「一閃必中!」
「ダークアウト・セイクリッドスピア!」
ストラーダの穂先から魔力流が渦巻き、アームやケーブルを引き千切っていく。易々と槍に貫かれたⅢ型は竜本体により木屑のように引き裂かれ、跡形もなく爆発するのだった。
「痛たたた……」
任務終了後、隊舎に戻るなり医務室へ直行したエリオはベッド上で呻いていた。強すぎる強化を受けたせいで体全体が重度の筋肉痛で悲鳴をあげているのだ。
「とはいえ自分からやると言い出したことだろう」
「そ、それはそうだけど……痛っ」
「……全く、世話の焼ける」
そう言いながらもうつ伏せになったエリオの背中に手をかざし、ヒーリングをかけていくキャロ。治療は自分ですると言ってシャマルを追い出したためだ。
儀式召喚、白竜降臨はブルーアイズの力を一部、寄り代となる騎乗者にも降霊する魔法だ。寄り代といえば聞こえはいいが要は生贄、フィードバックダメージも馬鹿にならない。解除後は魔力体力もろもろが根こそぎ持っていかれることになる……現在のエリオのように。
「……とはいえ少しは気骨があるようだな」
「本当?」
「少しだけ、だ」
少しであることを強調されてへこむエリオ。だが褒められて嬉しいのか顔は緩んでいた。
どこにも居場所のなかった少年は、大人達に動物のように扱われ心を荒ませた。助け出してくれた女性に心を救われた彼は誰に言われるでもなく、恩を返すために強くなりたいと思った。それ故に普通の学校には通わず戦闘訓練に明け暮れ、遂には機動六課への配属を勝ち取れた。
だが六課に来て周りにいたのは、彼よりも遥かに年上の人々、遥かに優れた人々だ。隊長・副隊長は言うに及ばず、スバル・ティアナ・キャロも強い。まるで自分一人が足を引っ張っているのではないかと感じてしまう程に。
初訓練の際、ただティアナの指示に従い囮を務めるしか出来なかった自分は一機も破壊できなかった。スバル・ティアナは二機、キャロに到っては四機だというのに。
フェイトに恩返しをするといって来ておいて、実は足手まといなのではないか、お荷物になっているのではないのか。そんな不安が少し首をもたげていたのだ。言った当人にとっては何気ない一言でも、彼にとっては何よりも大切な言葉だった。
「あの、キャロ……もし良かったら、なんだけど、その」
「はっきり言え、男だろうが」
「姉様って呼んでいいかなっ?」
「は……?」
「いやあの、ボク達二人ともフェイトさんに引き取られて兄弟みたいな感じだし、それでっ」
キャロの方が大人だし、頼りがいあるし、認められて嬉しかったし、と呟くエリオ。始めは却下して当然と思っていたキャロも、それを聞いては無下にし辛い。子供には甘いのだ。
結局出来たのはぶっきらぼうな口調を作ること位だった。
「……好きにしろ」
「うんっ!」
満面の笑顔を浮かべて喜びを表す弟分、エリオを見てそっぽを向くキャロ。その頬は僅かに赤く染まっていた。
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次回、『凡骨の意地』