この世界でAIBOを務められるのはこの子くらいだよなぁ……と。
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保護されたヴィヴィオが機動六課へとやって来てからはや一月以上が経った。初めこそ情緒が安定しないためか泣くことも多かったが、なのはとフェイトという二人の母親を得てからはそのようなこともなく。
六課で最も幼い彼女には皆が好意的に接し、受け入れているように見える。ヴィヴィオ自身も優しい人ばかりだと感じていた……ただ一人を除いては。
キャロ・ル・ルシエ。ライトニング04、三等陸士という低い階級ながら尊大極まりない振る舞いの数々で周囲を翻弄する超問題児。魔法運用の幅と練度は高く、特に持ち竜の全力解放は局でも指折りの殲滅力を持っている。
……などということをヴィヴィオが知っている筈もなく、いつも偉そうにしている女の子だなぁ程度にしか思っていなかった。幼い彼女の興味関心は専ら二人の母親が対象であり、他の人間はそこまで重要ではなかったのだ。
起きるなり鎖を巻きつけられた状態で道路へ投げ出され、暗い下水道を一人彷徨い続け、目覚めて病院の敷地内を歩いていたら突然シスターに威圧される始末。頼れるものが何一つない所に与えられた、自分を守ってくれる存在が何にも増して重要になるのは至極当然のことだろう。
だがここの所、その状態に変化が生じていた。
「今日もご苦労だったな、ブルーアイズ」
午後の訓練を終えてヘトヘトなフォワード陣の中で、まず自分より先に竜をねぎらい汚れをふき取っているキャロ。ヴィヴィオはその様子を海上シミュレーターから遥か離れた波止場からじっと眺めている。近づいては危ないというのでわざわざ双眼鏡まで持ち出してだ。
小さな子供は感情の機微に敏感だ。喜怒哀楽、好悪、名づけるのが難しい感情であっても何となく感じ取れてしまう。自分へと向けられていなくても、である。
先日の模擬戦でフェイトと戦っていたキャロは泣いていた。表情を強張らせ口調鋭く居丈高に振舞おうとも、確かに泣いていた。何を話しているのかは分からずともヴィヴィオには感じ取れた。その感情、寂しさは自分もよく知っているものだったから。
(あの子も……寂しい?)
自分よりも年上で強そうな女の子が自分と同じように寂しさで泣いている、それはヴィヴィオにとって一つのカルチャーショックだった。キャロに興味を持つようになったのはそれが切欠だ。
「ねぇなのはママ、キャロってどんな子?」
「えぇっ? うーんと、そうだなぁ……」
二人の母親に話を聞いたり、それ以前の模擬戦の映像を閲覧したりする中で沸いたのは親近感と憧れだ。キャロが隊長達と繰り広げた模擬戦の数々はまさに目を奪われるものだった。飛び交う難しい魔法、裏の裏まで読み通す戦術眼、自分の全力を叩きつけるタクティクス……早々お目にかかれないハイレベルな戦いは小さな彼女をも魅了した。
「ねぇフェイトママ、キャロに何があったの?」
「……うん、えぇっとね」
興奮のあまり色々と調べ、分からない言葉の意味をなのはに尋ね、知ったデュエリストという生き方。それは子供心に輝く格好よさの象徴だ。詳しくは教えてもらえなかったが同じように一人ぼっちだった過去を持っていることをフェイトから知り、四才年上の女の子を目標にしたのはそうおかしなことではない。ヴィヴィオの将来にとって幸か不幸かは不明だが。
もっと相手のことを知りたい、近づきたい。強い欲求を抱いた彼女は翌朝の食堂にて、他の誰もが接し方を悩んでいたキャロへと突撃した。キャロとしても未だどう立ち直るべきか定まっておらず、一人で食事を摂っていたので快く相席を許可する。
アタックを開始するヴィヴィオ。それが世間話であればキャロも憤慨することはなかったのだろうが、内容はそれとは程遠かった。
皆に謝ろう、そう言われたキャロは一瞬ポカンとし、ついでテーブルに手を叩きつけた。ガチャン、と大きな音が鳴ったため食堂中の視線が集まるのも気にせずキャロは怒りを露わにする。
「頭を下げろ、だと……! 何故俺がそのような屈辱的なマネをッ!」
開口一番に「頭を下げろ」と言われれば当然に反発が起こる。だが他方のヴィヴィオも負けてはいない。気圧されることなく正論を返していく。
「悪いことしたらちゃんと謝らなきゃ。私でも知ってるよ!」
「ぐっ……だが奴らがそれで矛を収めるとは限らん。俺は容赦なく叩き潰したのだから」
一瞬つまり、バツの悪そうな表情でこぼすキャロ。一応悪いとは思っているらしいが、出来るだけ頭を下げるのは避けたいのか理由をつけて回避しようとする。
相手のヴィータとシグナムは古代ベルカの純正騎士であり、己の強さにはかなりの自信を持っている。それを喧嘩まがいの形で粉砕されたのでは決して良い気分はしないだろう。明らかに見下した目で見られたこともあれば尚更である。
「それはどうかな?」
「なに……?」
和解など不可能、そう考えていたキャロだったものの思ってもみなかった疑問の声に揺らぎが生じる。疑問を差し挟んだヴィヴィオは胸の前で手を組み、何かを夢見るように考えをを口にした。
「わたし思うんだ……デュエルは相手から何かを奪ったり、憎しみ合ったりする為にやるんじゃない。素晴らしいデュエルをした相手は、みんな友達なんだって」
あなたの見せたデュエルは素晴らしいものだった。だから相手の人もデュエルの結果には納得している筈であり、きっと分かり合える筈。
それは夢物語のような考えだ。良い戦いを、全力死力尽くしての戦いを繰り広げたからといって敵同士が分かり合えるとは限らない。それどころか却って憎悪が増して関係が悪化する危険すらある。
事実キャロは以前、戦いとは自分の領域を守り敵を粉砕するための権利だと考えていた。そこに仲間や友といった和合が入り込む余地はなく、ただ殺伐とした知略と暴力が張り巡らされるのみ。
だが。
「……ふはははははは! お前がデュエルの何たるかを語るか!」
「む、悪い?」
呵呵大笑されたことに頬を膨らませてすねるヴィヴィオを見て、更に爆笑するキャロ。彼女にデュエリストを説かれるとは思ってもみなかったからであり、更に言えば真理を言い当てられるとも思っていなかったからだ。
強い想いを持つことがデュエリストになる条件であり、デュエリスト同士の強弱・上下はあろうとも抱えた想いに貴賎・上下はない。これはデュエリストであれば当たり前のことであり、しかしながらキャロ自身が忘れていたものだったからだ。
大事なことを駆け出しのヴィヴィオに教えられたことの可笑しさ。自身の間抜けさにこそキャロは笑ったのだ。
「ヴィヴィオ、お前はなかなかに見所がある。将来は良きデュエリストになれるだろう」
「本当に?」
「本当だ、俺の目に狂いはない」
ぱあぁっと喜びに満ちていくヴィヴィオを見て苦笑するキャロ。心から大笑いしたのは久しぶりで、なかなかいいものだった。まるで濃霧の立ち込めていた今後の見通しに光が差し込んだように、今は気分が軽い。
(む?)
ふと気配に目を向けてみると、こちらを見てハラハラしているのだろうフェイトと目が合った。そしてキャロは気付く。彼女がヴィヴィオに向けている目、それは模擬戦で自分に向けた目と、医務室で自分に向けた目と同じものだった。
——ひたすら相手を案じる無私の心。それがヴィヴィオと同じく自分にも向けられていたことにやっと気がついたのだ。
思い返せば同じような目を、ペガサスやシンディアもしていたような気がする。そして誰より、ブルーアイズも。
(俺は……)
瞑目するキャロ。振り捨ててきた過去にも、自分を見てくれていた者はいた。それに気付かず自分こそが不幸であると信じ、何もかもを切り捨てて背を向けていたのは他でもない自分自身なのだ。
過去など無意味と言いつつ誰よりも過去を追い求めていた矛盾を自覚して思わず頭を抱える。弱さを隠そうと塗り重ねてきた仮面そのものが弱さだったのだという結末は、何とも滑稽極まりなかった。
(昨日までの俺は自分の心が築きあげた因縁、過去の鎖に捕らわれた囚人だったということか……くくっ)
無様で仕方がない自分の姿を知って、しかしキャロは満足していた。今思えば張り詰めた弦のような強さでしかないが、それでも過去の自分を確かに守ってくれた大事な仮面だったのだ。
折れそうだったキャロを長く護ってくれた自信に溢れた偽りの仮面に、感謝こそすれなじることなどあり得ない。どちらが欠けても今の自分、キャロ・ル・ルシエは存在しえないのだから。弱かった過去と偽った過去、両方があって今の自分があるのだから。
————カチリ、とピースがはまり込んだ音がした気がした。チグハグだった二つの心がかみ合ったような、不思議な感覚。やっと自分になれたのだという実感を得られたキャロに、もはや恐いものなどなかった。
「よし、今から奴らの下を訪ねて回るとするか」
「いきなり!? まぁいいや、じゃあわたしも付いていってあげる!」
180度、いや体感的に540度ほど変わった態度に面食らうヴィヴィオ。だが好ましいことに違いはないのでまぁいいかと受け入れて席を立つ。キャロが悩んでいる内にヴィヴィオのプレートの上は空になっていた。
「ああ、全速前進だ……待て、どうして一緒なんだ? 分かるように説明しろ」
「え? だってキャロって頭下げるの慣れてないだろうし心配で。ほらほら行くよ!」
「何故腕を掴んでいる、はなせ!」
「全速前進だー!」
「は、な、せ!」
えいえいおーと手を引いて走っていくヴィヴィオに振り回され、結局一緒に六課内を頭を下げて回ることになったキャロ。だが力任せに振り払わない辺り、付いてきてくれて本当は嬉しかったのかもしれない。
それからヴィヴィオはキャロと共にいようとすることが多くなる。態度がかなり軟化したキャロに大体の人間が唖然とする中、だいたい暇にしているキャロをほぼ独り占めに出来ていた。
難色を示す者もいたが好きにさせてみようという者もおり、結局しばらくは様子を見ようということを二人の母が決めたのが数日前。ヴィヴィオの対面ストーキングは激しくなるばかりだ。
「キャロ、訓練終わった? 一緒に遊ぼう?」
シミュレーターから通路を歩いて戻ってきたキャロの腕に跳びついたヴィヴィオは待ちかねたとばかりに遊ぶことを催促する。訓練明けで疲れきっているキャロはそれどころではなく早くシャワーを浴びに行きたくて仕方がない。訓練着も砂埃で汚れておりあまり長く着ていたいものではないのだ。
「これから汗を流さねばならん、いいからはなせ!」
「じゃあその後だね!」
彼女にとって一緒に遊ぶことはどうやら既定事項らしく、先か後かしか選択肢がないようだ。キャロはやれやれとこれ見よがしに溜め息をつく。
「全く……子供とは何故こうも人の話を聞かんのだ」
お前が言うな、というティアナからの視線はつとめて無視するキャロ。とはいえ言葉とは裏腹にそれほど嫌そうには映らないのだが。隊舎へと戻りつつ、歩調をあわせてヴィヴィオが付いて来れるか確認している辺り満更でもないらしい。
なのはとフェイトから無碍に扱ってくれるなと念押しされたこともあるが、元々子供には優しいのだ。本人が十才なため対象となる者が今までいなかったから露見しなかったのであり、加えてヴィヴィオの頭の回転が速いとなればキャロにとってこれ以上の良物件は存在しない。
打てば響く頭の良さ、しっかりした受け答え、子供ゆえの優れた感受性、そしてキャロの過去を詳しく知らないからこその踏み込んだ物言い。フェイトにもまた出来なかったことがヴィヴィオには可能だったのである。
「あれ、これは?」
ある日の訓練明け、廊下ですれ違ったヴィヴィオを呼び止め、冷蔵していた物を紙箱ごと手渡すキャロ。持っていく途中で会ったからなのだが、中身にヴィヴィオは興味津々の様子だ。
よくぞ聞いてくれたとキャロはふんぞり返り説明を始めた。
「ふふん、以前地球へ出張した際に気に入ったシュークリームという代物だ。なのはの実家で作っている物でな、取り寄せてみたのだ」
「なのなママのっ!? わざわざ私の分も頼んでくれたんだ、ありがとー!」
キラキラキラ、と瞳の中に星が浮かんでいるのではないかと錯覚するほどの喜びようにキャロも満足するがそこはやはり彼女のこと、素直になることなど簡単に出来たら苦労しない。
ヴィヴィオの笑顔に緩みそうになった頬と目尻を引き締め、そっぽを向く。
「か、勘違いするな。多く注文してしまったから処分に困った、ただそれだけだ」
ふふんと威厳を取り繕おうとするキャロだが相手は見ていない。どうやってこのスイーツを美味しく食べるかで頭の中は一杯である。
「そうだ、なのはママに後でキャラメルミルク作ってもらうようにお願いしよう! 皆一緒に食べればもっと美味しいし。キャロも来るでしょ?」
「ああ、行くしかあるまい……なにを言っているのだ俺は……ッ」
誘われて一も二もなく頷き、壁に手を付いてうな垂れるキャロ。ヴィヴィオに汚染されて幼児化してきていると言うべきか、それとも影響を受けて年相応に素直になってきていると言うべきか。とにかくキャロの性格が軟化してきているのは確かであり、その要因がヴィヴィオであることもまた確かだった。
このままこの日々が続けばいいのに、誰もがそう思っていた。なのはもフェイトも、ティアナもブルーアイズも、ヴィヴィオもキャロも、続くと信じて疑わなかった。
皆が忘れていたのだ、世界はいつだってこんな筈じゃなかったことばかりであることを。
九月十二日、公開意見陳述会のために出動していたメンバーの留守を狙って行われた、機動六課への襲撃。戦闘機人二名とルーテシア、そして空・陸双方を埋め尽くさんばかりのガジェット群が急襲してきたのだ。
グリフィス達も奮戦するが犠牲者は増えるばかり。待機部隊もいたが練度が足りず、ガジェットの物量の前に押し潰される。唯一まともに戦えるシャマルとザフィーラは戦闘機人を抑えることで精一杯で手が回らず、火の手もだいぶ回っていた。
「まだ……いけるな、ストームレイダー」
隊舎の中、簡易デバイスを持ち出して迎撃を行っているヴァイスのいる通路にはガジェットの残骸がいくつも積まれていた。防衛が始まってから数十分、たった一人で耐え凌いでいるのだ。
彼の後ろには必死で構築したバリケードが、その先には非戦闘員達が隠れている。彼自身が本当に最後の砦なのだ。
(なっ……ラグナ……)
「……邪魔」
だがそのヴァイスも光弾に撃ち抜かれ気絶、遂にルーテシアがたどり着く。
非戦闘員の固まった集団の中、アイナの腕の中でヴィヴィオは恐怖に震えていた。圧倒的な暴力に六課は陥落寸前であり、もはや対抗する術など残っていない。力のない身で出来ることなどなく、ただ過ぎ去ることを待つのみだった。
その筈だった。
「その子を、渡して」
ヴィヴィオを指差し言葉少なに要求を告げるルーテシア。それを見てまずアイナが、続いて他のバックヤードスタッフやオペレーター達がヴィヴィオを庇い、ルーテシアの前に立ち塞がる。
差し出せば何をされるか分かったものではない。これ程の無体を働く輩、それも稀代の犯罪者スカリエッティに渡せる筈がない。そのような選択をよしとするような者は、そもそも六課にスカウトされていないのだから。
「ッ……そう、なら仕方ない」
無力でありながら庇ってもらえる彼女に感じたのは羨望か嫉妬か、それは不明だがルーテシアは右手をかざし実力で排除しようとした。
「待ってッ!」
寸前、空を裂く声にルーテシアは攻撃を思いとどまる。声の主であるヴィヴィオはアイナの腕からするりと抜け出し、自ら前へと歩み出て行った。
そうして皆を庇うようにルーテシアの眼前で立ち止まり、子供らしからぬ強い口調で要求を告げた。
「私が目的なんでしょ? なら、連れて行っていいから……だから皆には何もしないで!」
ルーテシアとアイナ達はその言葉に驚き目を見開く。だが言った本人にとっては何ら不思議なことではなかった。
敵の標的は自分、ならば敵わない戦いを挑んで皆が傷付くよりは大人しく捕まった方が被害は少ない。抵抗しても結果が変わらない以上、自分によくしてくれた人達を守れるならば断然良い。
もちろん恐怖はある。何をされるのか、六課に、ママのもとに戻れるかどうかすら分からないのだ。逃げたい、逃げたくて堪らない。
(……でも、私は)
ぐっと拳を握って力を込め、弱気を追い出す。
ただ憧れたのだ、デュエリストという生き様に。如何なる壁や恐怖が立ち塞がろうとも絶対に引き下がらず、己が信念を貫き通す生き方。それは多分どうしようもなく不器用で頑固で愚直で、だからこそ尊く輝いて見えた。
今ならばヴィヴィオにも分かる……キャロに、デュエリストに憧れたのは自分に確かなものが何一つなかったからだ。過去も家族も存在しない自分は母親という確かな拠り所を求めた。手に入れた拠り所を守れる者こそがきっと、デュエリストだと感じた。
だからヴィヴィオは引き下がらない。震える体も崩れそうになる足も押さえ込み、自分自身を差し出した。大切にしてくれた、大切な皆という拠り所を守りたい気持ちを貫くために。
「……ガリュー」
その様は、ルーテシアには眩しすぎた。目を逸らして短く呼びつけたガリューに後を頼み、背を向ける。トンッ、と首筋に手刀をいれられ意識を失ったヴィヴィオを担ぎ上げるとガリューもまたその場を立ち去って行った。
それを止める力など、アイナ達にはなかった。守りたい気持ちはあろうとも、守るだけの力がなかった。
助かったことに喜ぶ者などいない。守ろうとした少女に守られてしまった無力さが、残された者達を打ちのめしていた。
「トーレとセッテの具合はどうだい?」
「手酷くやられています。数日は絶対安静が必要かと」
襲撃後、アジトの中を歩くスカリエッティとウーノは損傷激しく帰還してきた二名のことについて話していた。ウーノの手にはケースに収められたレリックがあり、これから手術室へ向かうところである。
「AMFがなければ当然の結果か。とはいえFの残滓のみならずあの巫女も抑えておかなければ、マテリアルの奪取は叶わなかったからね」
六課へ急行しようとするフェイトやキャロを足止めしたトーレとセッテは、地上本部地下で戦闘していたチンクより多少マシというレベルまでダメージを負っている。フェイトだけならば二人で充分だったかもしれないが、エリオとキャロまで抑えるとなると明らかに荷が勝ちすぎていた。
しかしエリオとキャロを通してしまえばそれこそ計画が水の泡だった。キャロがブルーアイズをどれだけ解放するかは不明だが、場合によっては陥落寸前まで追い詰めた戦況を引っくり返される恐れもあった。六課隊長陣と互角の魔導師というのはそういう存在である。
故にスカリエッティは無謀と知りつつも二人に足止めを厳命した。結果マテリアルとレリックを入手することが出来た訳だが、今度はナンバーズの運用に支障が出てしまっている。
「トーレ・セッテは中破、チンクは大破、ノーヴェ・ウェンディは小破。トーレとセッテの復帰には最低一週間、チンクは数週かかるでしょう」
ナンバーズにはそれぞれ得意とする分野が存在する。戦闘に秀でているのはトーレ・チンク・セッテ・ディエチだ。ノーヴェ・ウェンディ・オットー・ディードも強いがまだ未熟、ウーノ・ドゥーエ・クアットロ・セインは戦力として数えない方がいいレベルである。現在のまま最終決戦を挑むには手札が不足しすぎていた。
とはいえこの局面まで来れば勝利は目前、残りの戦闘は全てこちらからタイミングや場所を指定できるとなれば充分恵まれている。何十年も待ったのだ、数日決行を遅らせる程度、今更大した遅延でもない。
スカリエッティはそう結論付け、頭を切り替える。やるべきことはまだ沢山あり、最たるものは既に目の前にあるのだから。ヴィヴィオは手足を拘束されて台に載せられている筈で、レリックを埋め込まれる時を今か今かと待っているのだ。
「……おや」
「騒がしいですね、何かあったのでしょうか」
部屋に入ろうかというところで中から大声が聞こえ、思わず二人で足を止める。特に意味はないがすぐには入らず、漏れてくる会話に耳を傾けた。
部屋の中にいるのはヴィヴィオとクアットロ、そしてディエチ。その内ディエチは黙して作業を進めており、話しているのは専ら残りの二人だった。
パネルを操作しながらも視線は磔になったヴィヴィオに向けたままのクアットロ。その顔には嗜虐の笑みが浮かび、楽しくて仕方がない様子だ。
「ふふふ、これで陛下も本来の姿を取り戻せますねぇ……全く、力がないのに歯向かうなんておバカな人たち」
「皆を馬鹿にするなッ!」
「そう? 結局陛下を奪われたのだから、彼らが傷付いたのは全て無駄でしょう? 傷付こうが傷付くまいがどうでもいいんですけど」
激したヴィヴィオの怒りもどこ吹く風とクアットロは笑う。自分達の無力さを知り絶望している人間達の姿を見れば、彼女はそれだけで楽しい気分になれるのだから。立ち向かおうが逃げ回ろうが、等しく無様であることに変わりはないのだ。
だがヴィヴィオは否定する。決して同じではないと、皆が戦ったことに意味はあったのだと叫ぶ。
「シャマル先生たちは皆を守り抜くために命懸けで戦ってたんだ。大切な人を守りたい気持ちは、私と変わらなかったんだ!」
自分を差し出して皆を守ったヴィヴィオも、自ら戦い傷付いたシャマルやザフィーラ、ヴァイスも、形は違えど必死に戦ったのだ。その行いを侮辱することは、それだけは許せなかった。
彼女からいつもの無邪気さや穏やかさは消え、代わりに覇気が溢れ出る。聖王だと言われて納得するだろうその風格は、既に立派なデュエリストのものだ。
「お前に、お前なんかに、みんなの大切なものを奪う権利なんてないんだッ!!」
緑と紅の瞳をしかと見開き、クアットロを睨みつけるヴィヴィオ。
「くっ! ……フン、いくら吼えようと無意味よ。あなたもまた道具、兵器でしかないのだから。そもそも——」
気圧された自分を隠すように吐き捨て、ヴィヴィオの心を折ろうとするクアットロ。だがその前に入り口が開き、レリックを持ったウーノとスカリエッティが入室してくる。
「待たせたね……おや、どうしたんだい?」
「なんでもありません。早くレリックの移植を進めましょう!」
「ふむ、私としても異論はないがね?」
煮えくり返っているだろう内心を想像して愉悦を感じつつ、スカリエッティはクアットロの言葉に頷いた。ケースからレリックを取り出し、ヴィヴィオのバイタルを確かめるウーノ。
やがて用意は終わる。浮かび上がったレリックが部屋中を赤い光で染め上げながら、ヴィヴィオのはだけた胸へと突き立ち沈み込んでいく。明らかに大きすぎるソレはぞぶりと入りこみ、徐々に彼女の中の空白へと埋め込まれていく。
「ひぎぃっ、ぎぃぃぃっ!?」
異物であるレリックが溶け込んでくる痛みにぐっと唇を噛んで耐えるヴィヴィオ。だが耐え切れず勝手に涙が零れだしていく。
レリックが体を兵器へと造り替え、ヴィヴィオの存在を消し潰そうとする。肉体に走る激痛よりも、魂にやすりをかけられているかのような痛みの方が耐えられない。
「ぐっ、うあああああああっ!?」
例え大人だったとしても耐えられないだろう衝撃に、子供では為す術などある筈がない。ヴィヴィオの肉体は悲鳴をあげ、完全に敗北していた。声が枯れるのではないかと思うほどの絶叫が喉をほとばしり、痛みを、苦しみを訴えていく。
(ひぐっ……まけ、な……い……絶対に、負けないッ!)
だが心だけは、負けないと誓った心だけは折れずに抗い続ける。憧れた生き様に嘘はつかぬと、強くなるのだと。
その信念は既に一人のデュエリストのものだった。