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No.36710の一覧
[0] Eismeer(ストライクウィッチーズ、女オリ、逆行)[かくさん](2014/08/18 23:41)
[1] 0  1940年 プロローグ[かくさん](2014/03/06 19:29)
[2] 1  1939年 バルト海 氷の海01[かくさん](2014/02/27 22:54)
[3] 2  1939年 バルト海 氷の海02[かくさん](2014/02/27 22:53)
[4] 3  1939年 バルト海 氷の海03[かくさん](2014/03/02 21:35)
[5] 4  1939年 バルト海 氷の海04[かくさん](2014/02/07 23:11)
[6] 5  1939年 バルト海 氷の海05[かくさん](2013/10/31 14:02)
[7] 6  1939年 バルト海 氷の海06[かくさん](2013/11/15 03:17)
[8] 7  1939年 バルト海 氷の海07[かくさん](2014/03/08 20:18)
[9] 8  1940年 バルト海 氷の海08[かくさん](2014/03/04 01:27)
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[36710] 6  1939年 バルト海 氷の海06
Name: かくさん◆b134c9e5 ID:82b7ca1d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/11/15 03:17

『やあ、どうも板谷少佐。先日はうちの娘達がお世話になりました』

『いえいえ、何をおっしゃる。昼食までごちそうになって、礼を言わねばならないのはこちらの方ですよ』

『ええ、私も近いうちにまた会わせてあげられればと思っているところです。せっかく友好を築けたのなら、それを尊重してあげたい』

『ん? やってみたいことがあると? いや、構いませんとも、ぜひ聞かせていただきたい』

『……ふむ。なるほど、たしかにそれはいい案だ。こちらにも異論はありません、形式は……模擬戦闘ですか、ふふ、大歓迎ですよ。何かと血気盛んな者もおりますのでね』



『では、日程の調整ができ次第折り返し連絡を差し上げましょう。合同訓練、楽しみにしております』






 ♦♦♦♦♦♦




12月となった。月のくくりなど、人間が勝手に定めたにすぎぬというのに、12月という響きだけで寒気がぐっと増してきた気がする。冬空が真っ白い雪を地上に向けてひっきりなしに落としてくるものだから、飛行場の関係者など周囲の雪掻きに大わらわだ。屋内だろうと冷たい空気はどこからでも侵入してくるし、暖房器具はもちろんのこと、しっかりした造りの軍用コートが何よりも頼もしく感じてくる。
私は丸いテーブルの上に無造作に置かれた新聞紙に目をとめた。日付には12月1日とある。ネウロイの侵攻開始からもうすぐ三か月が過ぎようとしているのだ。たった三ヶ月で、欧州全土が危機に陥ろうとしている。どの国も厳しい状況には変わりない。侵攻を受けた都市部は破壊され、ネウロイが生み出す瘴気に呑まれた地域に人類は立ち入れない。時が経てば戦線は疲弊し、湯水のごとく注がれる物資もいずれは底をつく。平穏を保っていられるのは、今だけだ、あと一年、いや数カ月で時間の流れが人類に牙をむくだろう。
そして、それは私にとっても例外ではないようだった。カレンダーをめくるそのたびに、記憶が重しのようにのしかかってくるのだ。部下を救えず、自分自身すらも死なせることになった忌々しいあの日の記憶だ。十二年間の長い年月に薄められた暗い心の影が、『あの日』が少しずつ近づいてきているにつれて、段々と凝縮されているように感じる。
だが、自分の精神を掘り起こすのもここまでで終わりにする。温度のせいではない、身体が内側から冷え切ったような悪寒に襲われ、私は考えるのを中断した。
嫌な溜め息を飲みこみ、脱力して椅子に腰かける。日付だけにしか目を通していない新聞紙を手に取った。
開戦当初から見ると、現在の情勢は相当変化している。新聞に躍る文字は楽観論と悲観論が入り混じった雑多な様相を呈しており、検閲と真実のはざまで揺れる記者の苦悩がくみ取れるようだった。
たしかに、難しい作業だろうなと思う。ペンは剣よりも強し、とはよく言ったもので情報というものは時として驚くべき力を発揮することがある。それはいい意味でも、悪い意味でもだ。崖っぷちのカールスラント、オラーシャもツァリーツィンを抜かれれば絶望的とも言える状況で、不安を押し殺して暮らす民衆に対してどんな情報を与えるべきなのか。希望を見せすぎれば油断を生み、断ってしまえば心が折れてしまう。紙面の向こうでタイプライターを叩いた彼は、両方に押しつぶされそうになりながら今日の紙面を世に送り出したのだろう。
かじかんだ手で広げた新聞にはブリタニア語が躍る。国際的な有名誌の一つだ。ブリタニア、扶桑、リベリオンなどの各国の支援に対する論評、またカールスラントやオラーシャ戦線の現状などが、よく調べたものだと感心させられるほど事細かに記されていた。
その中でも、とりわけ私の目についたのは悲観論に属するであろう記事であった。
見出しはこうだ。

『ネウロイの魔手、北欧へ』
『スオムス開戦、小都市スラッセン空爆を受く』

すでに、昨日のうちにネウロイがスオムスへ侵入したという知らせは受けていた。これで戦線は西欧と東欧だけでなく北欧にまで伸長したのだ。坂本達にも言った通り11月末日になるだろうと、かつての記憶を頼りに予想だけはしていた。願わくば化け物どもがペテルブルクを最後に止まっていてくれはしないか、とも思っていたが、歴史とやらはやはり己を曲げるようなことはしたがらないらしい。ヒスパニアの怪異や扶桑海事変もそうだったのだ、今回もそう変わることはない。
おそらく、昨日の知らせと記憶と相違ない内容だろうと思いつつも、記事に目を通し、ゆっくりとブリタニア語を頭の中に落とし込んでいく。

『11月30日午後、ネウロイの爆撃兵器編隊(数不明)がスオムス国境を突破し、東部の都市スラッセンが空爆にみまわれた。近隣のカウハバ空軍基地から出撃した部隊が迎撃を行いラロス級などを多数撃墜したものの、建造物への被害が多発し住民は不安を募らせている。スオムス政府は声明を発表しネウロイへの徹底抗戦を表明、陸海空軍への防衛体制の強化を指示したほか、各国へさらなる支援を呼びかけた』

現地の混乱はいかほどのものであったか。奇襲を喰らってなお敵機を迎撃し、反撃の戦果を残せるだけ、規模は小さくともスオムス空軍は優秀であると言えるだろう。
しかし、今後もその調子で空を守り続けることができるのだろうか。防空に失敗した後に起こるのは地上部隊の直接侵攻である。きっと彼らもここからが本番であることをわかっているはずだ。
カールスラントと同じように。

「えー、なになに……そのためブリタニア政府はスオムス政府の要請にこたえ追加支援を約束すると発表。しかし、ウィッチを含む直接的な支援に関しては義勇部隊の派遣以降の目どが立っておらず各国の迅速な行動が期待されるところである……真面目な物を読んでるのね、まあ私も読んだけどさ」

突然の声が思考を破った。テーブルを挟んで反対側から紙面を覗きこんできたのはフライターク中尉である。
フライターク中尉はそのまま正面の椅子に腰かけ、私と向き合った。コーヒーを炒れてきたのか、両手に一つずつ持ったマグカップからは心が落ち着く香ばしいかおりが漂ってくる。

「昨日の通達を聞いただけでは何か落ち着かないもので、何度も呼んで頭に叩き込めば少しはマシになるかと」
「うんうん、それも少しわかるかも……あ、コーヒー飲む?」

片方のカップを差し出して、読みながらでいいからと手を振った。
湯気と共に立ち上る強い香りが再び嗅覚を刺激する。寒いときのコーヒーというのは格別なのだ、体が温まって頭もスッキリとさえる。私は深煎りの豆をカールスラントらしいペーパードリップでいただくのが好きだ。今日のような雪でも降りそうな日は、濃いめに淹れて香りを引きだした一杯を、熱いうちに少しずつ口に含んで心地のいい苦みを味わうのがいい。
ぜひともいただきたい。上官の勧めを断るのはよくないと自分に言い訳をしながら、礼を言ってカップを受け取った。先に口をつけた副隊長にならって私も口元へ持っていく。
うん、良い香りだ。少しツンとした刺激を含む芳香、よく確かめてみるとその中に甘みのようなものを感じた。キャラメルでも入れたのだろうか、しかしそれにしては色目は少し濁っている程度である。まあ、苦みが好きではあるが甘いのも嫌いではない、体を温めるには好都合か、そもそもわざわざ淹れてもらっておいて文句を言うほど失礼なことはしないつもりだ。
私は頷いて、まろやかな味を想像しながらカップの中身を口に含んだ。
そして顔をしかめる。

「……すごい味だ」
「飲めそう?」
「味には程度というものがあります、正直に言えば許容範囲外ですよこれは」
「はあ、ごめん、やっぱり無理か」

口の中身を無理やり喉の奥に押し込む、液体だというのに重たい物を食べたような感じだ。
凄まじく甘い。一体砂糖をいくら入れたのか、シロップを飲みこんだような今まで体感したことのない甘さが口から喉で暴れ回っている。
悪戯を仕掛けた風でもないがこれは一体。まだほとんど中身の減っていないカップをテーブルの隅に置いた。

「本当はあの甘党が飲むと思って淹れたんだけどね、待ちきれないみたいで先に飛行場まで走ってっちゃうし……何やってんだか」

フライターク中尉が深く溜め息をつく。
甘党というのはベーア隊長のことだ。キャンディバーが無くなると機嫌が悪くなるだの、コーヒーには苦みが消えるまで角砂糖を投下するだの言われているあの人なら、まあ飲めないこともないのだろう。
今回は本人がいても立ってもいられず指揮所を飛び出していったのが原因で、専用とも言える一品が私に回ってきたのだ。コーヒーも勿体ないし、どこかやりきれない。

「しかし、どうしてまた」
「ん、そのニュースを一番最初に読んだのも、ハンドリック司令から知らせを聞いたのもベーアだし」

副隊長は私が目を通しているスオムス関連の記事を指差し、自分のコーヒーを一口。
マグカップを私に差し出して、お前も飲めと言外に伝えてくる。受け取って口をつけると、いつも通りの味がした。

「東では毎日忙しかったのに、こっちに来てからは待機時間も多いもの。いきり立ちもするわよねぇ、うん。甘党のくせに肉食獣みたいな性格してるんだから、アイツ」

やれやれと首を振る。
呆れ顔で、まあ止めるけど、と釘をさす一言を口に出すが、どこか楽しげに聞こえるのはフライターク中尉自身、気が付いているのだろうか。
ベーア隊長もフライターク中尉も、顔合わせの時に大喧嘩をするような間柄ではあるが、本人達にしかわからない何かがあるのかもしれない。激戦区を飛んでいた頃からの仲であるなら、そんな不思議な関係もあるのだろう。

「そろそろ読み終わった?」

何だかんだと言って、フライターク中尉の顔にも喜色が浮かんでいるのが見てとれる。今の問いはその現れか、急かしているような響きがあった。
スオムスの件で第四飛行中隊が忙しくなってくるのは、向こうから輸送の要請があってからだ。我々にはネウロイの進撃とは別に、今日という日を待ちのぞんでいた理由がある。
私が肯定の返事を返すと、フライターク中尉はゆっくりと立ちあがった。

「ま、ベーアの無茶も今日くらいは見逃してあげるけどね、何だかんだ言って私も楽しみだしさ」

キラキラと輝く目が私にむかって、早くしようと言っているようだ。
目の前の上官はまだ少女なのだが、そんなところはむしろ頼もしいとも思う。どんな状況であっても余裕を持てるのは心の強さゆえなのだろう。
私もまた、悲観的な記事を内側に、新聞を畳んで立ちあがる。ついでにテーブルの隅にあった甘いコーヒーを一気に飲みきってしまった、軽い頭痛を感じたが、栄養補給だと思えば、よし。
そうとも、私も今日を楽しみにしていたのだ。今日は扶桑海軍との合同訓練、模擬戦闘の実践日である。













冬の雲が陽光を薄く遮る寒空の下、ユニットケージに固定されたストライカーが並ぶ格納庫ハンガーには、第四飛行中隊の面々が集合していた。
出入り口のシャッターは半分ほど開いており、そこから外を見るともう雪が降っていないことがわかる。作業員の懸命の除雪作業によって、薄く積っていた雪は排除され、滑走路のコンディションは上々であった。縦の支柱と三つの杯で構成された風速計の回転速度はゆっくりとしたもので、風は強くないようだ。天候の安定しない冬の季節からすれば、絶好の空戦日和と言えた。
しかしながら、コートの隙間から侵入する寒気ばかりはどうしようもないようで。格納庫の奥でストーブに当たっていたベーア隊長がぼやく。

「馬鹿みてえに寒いなぁ、うえで保護魔法張ってた方が全然マシだぞこりゃあ」

手先をストーブから漏れる暖かい空気であぶりながら、身を小さくしてうずくまっている。
ベーア隊長は鼻をすすって隣に顔を向けると、そこで無表情のまま火を眺めていたフレデリカに聞いた。外から冷たい風が吹き込んでも身じろぎ一つなく、瞬きがなければ精巧な人形とでも勘違いしてしまいそうだ。何も感じていない様子で、ずっとそこに立っている。

「なあ、お前寒くないの?」
「なぜ? 寒いに決まってる。集合の何分も前に外へ連れ出したのは貴女のはず」

何を馬鹿なことを、という口調でフレデリカは聞き返した。どうやらベーア隊長は指揮所を飛び出すときに他の隊員を巻き込んでいったらしい。
私も辛い寒さの真っただ中に連れ出されなかったのは幸運だと思えばいいのか。
冷えた部分に血が通って痒くなってきたのだろうベーア隊長が指をさする。

「だってお前震えもしないし顔色変えもしないじゃんよ、寒さなんて感じてないのかと思ってた」
「……私も貴女と同じ人間なのだけれど」

フレデリカはベーア隊長を一瞥だけして、自分もストーブで手のひらを温め始めた。
模擬戦をするによいコンディションだが、誰にとっても人が過ごすには過酷な環境であるようだ。
私もストーブに当たりたいと思い、格納庫の中に足を向けると、私の元にはライネルトが近づいてきた。
小走りでせわしなく寄ってきて一言。

「お願いです私を抱きしめてください、強く」
「何を言ってるんだ気持ち悪い」

反射的に拒絶する。ライネルトから気持ち多めに距離をとった。

「そんなあ、酷いこと言わないでください。エールラー少尉が来る前から寒さにさらされ続けてたんですよぅ、隊長が暖気作業を手伝えって言うから……もうストライカーが冷え切ってて冷たいのなんの」

ライネルトは自分の肩を抱いて子犬のように震えている。なるほど、こいつも隊長の被害者の一人か、この分だと新聞を読んでいる時には姿の見えなかったテオも連れ出されていたのかもしれないな。
そんなライネルトなりの悲痛な訴えを聞いて、ストーブの有効範囲内から動こうとしないベーア隊長が笑いだす。

「練習だ練習、いい経験だろうが」
「仕方ない、暖気の練習だから」
「かー! 自分達の分もさせといてよく言いますね! 隊長もフリッカちゃんもストーブのそばで見てただけじゃないですか、あああ手がかじかんで痛いぃ」

ベーア隊長にフレデリカも同調し、ライネルトが頭を抱えた。そこが下士官の辛いところか、気持ちだけはわからなくもない。
ライネルトは一層体の震えを大きくしてユニットケージの後ろで作業をしているテオのところへ走り出した。
機材に遮られて何も見えないが、テオの驚く声が微かに耳に届く。

「テオちゃーん! 抱きしめさせてぇー!」
「きゃああああああ!」

同年代の女子でなければ憲兵隊に突き出しているところだ。甲高い悲鳴が聞こえたところでライネルトを意識するのをやめる。
他国の軍と合同訓練、それも対戦などという一大イベントであっても、我らが第四飛行中隊はいつも通り過ごしているようだ。ベーア隊長はスオムスの知らせを聞いても威勢のいい態度を崩そうとしないし、フレデリカは変わらず冷静で、ライネルトは言わずもがな脳天気。これもこれで部隊の個性か、活かせるかどうかは別としてだが。
では模擬戦というなら相手がいる、対戦相手の方はどんな雰囲気なのだろうか。扶桑海軍の部隊は整備員を連れて、隣の格納庫で我々と同じくストライカーの暖気など準備作業を行っている。当然対戦相手の大多数はそちらにいるのだが、つい最近見知った顔が私の隣にあった。

「また会おうなんて大げさだったかな」
「そんなことはないぞ? 竹井も西沢も喜んでいたからな」

扶桑海軍航空隊所属、坂本美緒少尉。
坂本達三人と別れてほどなくして、扶桑海軍との対戦形式での合同訓練を行うと通達を受けまさか、と思ってはいたが、願望混じりの予感が的中するとは思うまいよ。戦いを生き残っての再会を誓ったというのに、全員で顔合わせの挨拶を行ったときに坂本だけでなく竹井も西沢もいるのだ。その誓いのありがたみも少し薄れてしまった。
とは言っても、せっかくできた友人にまた会えるのは素直に嬉しいものだ。坂本が手早く作業を終えて会いに来てくれた時には自然と表情も明るくなった。竹井と西沢も隣の格納庫で控えているし、彼女らの作業の関係で会いにいけないのは残念だが、訓練後に時間もあるだろう、その時に話ができれば満足だ。
坂本と白い息を吐きながら談笑していると、我々に近づく人物が一人。ストーブにあぶられていたベーア隊長であった。
よう、と軽く手を挙げて、私と坂本に並ぶ。

「そっちは訓練の開始時間とか、詳しく聞いてたりしないか? もうそろそろだった気がするんだけどさ」

尋ねられた坂本は手元の腕時計を確認した。
時刻を見て頷く。

「こちらもそのように聞いております。司令官同士の話し合いもあるようですから、そちらが終わり次第、ということでは?」
「ああ、うーん、なるほどなあ……それにしたってちょっと早く終わってほしいよなぁ、指が冷え切って引き金を引けなくなっちまうよ」

ベーア隊長は足を前後肩幅に広げ、腕全体を使って構えをとる。銃床を肩にあてて、標的を狙う立射の射撃姿勢だ。微動だにしない上半身の中で、引き金にかけているつもりの人差し指をクイクイと落ち着きなく動かしている。言った通りに動きが鈍らないよう確認しているのだろう。
しかしだな、ふと思った。それも自分のせいではなかったか。

「隊長が早く到着し過ぎたんでしょう、副隊長がコーヒーの相手がいなくて困っていましたよ」
「そういや頼んでたっけ、謝っておかないとマズイなぁ」

気まずそうに顔をゆがめる、見事な射撃姿勢に綻びが生まれた。
私としてはもっと今朝の出来事に踏み込んで、尋常ではない甘さのコーヒーを飲まされたことにも一言もらっておきたかったのだが、まあそこは飲みこんでおいた。
釈然としない私をおいて、隊長は再び姿勢を持ち直すと、でもさ、と坂本に顔を向ける。

「扶桑の海軍さんは新型を出してくるんだろ? 先にそんなこと言われりゃ、じっとしてもいられないさ」

口の片側を持ち上げる笑みだ。ベーア隊長本人の心は読みとれないが、挑戦的とも見える笑みである。
それを正面から受けた坂本も始めはキョトンとした表情だったが、すぐに凛々しい笑顔を返す。

「ええ、実際は制式採用はまだ先のことなので試作機という扱いですが、微力ながら私自身も開発に係わった自信作です。絶対に期待は裏切りませんよ」

私は二人の言葉を反芻する。
新型、試作機。そうだ、この訓練に扶桑海軍は新たに設計された最新鋭機を持ち出してきたのだ。ベーア隊長とフライターク中尉が楽しみだと言ったのもそれが理由である。
楽しみなのは私も同じだ。艦船から航空機まで、カールスラントと扶桑の技術はお互いに得意な分野が異なる。自然、まったく違う設計思想を持つ極東の大国が送りだした新鋭機に、今も期待が高まっていくのがわかった。
新型について何か聞こうとしたのか、ベーア隊長が口を開く。坂本から新型についての説明が聞けるかもしれない、と私は聞き耳を立てた。
その時だ、聴覚に集中させた意識に割り込むように、軍用ブーツの固い足音が格納庫に響き渡った。新たに増えた人の気配に目を向ければ、それは扶桑海軍側の司令官との話を終えたのだろうハンドリック司令とそれに一歩後ろで付き添うフライターク中尉であった。
フライターク中尉が手を二回鳴らして、格納庫内の注意をひく。

「はい! 第四飛行中隊注目!」

大きな声に中隊のメンバー以外も全員が目を向けた。
ベーア隊長が幼年学校かよとぼやき、ロージヒカイト中尉もキッと鋭い目で睨むが、流石にここで怒鳴り声をあげることはないようだ。
それを関せずハンドリック司令は格納庫内を見回し、坂本に目を止めた。

「まず身内よりも先に坂本少尉。そちらも準備が整ったのかな、板谷少佐や同僚が君を探しているかもしれん、早めに戻ってあげるといい」
「はっ、ありがとうございます! お手数をおかけして申し訳ありません!」
「かしこまった礼を言われることでもないさ、それよりも模擬戦でどんな動きを見せてくれるのか、楽しみにしているよ」
「それはもちろん、全力で応えさせていただきます」

身を正した坂本は歯切れのいい返事を飛ばすと、首を傾けてこちらを向いた。

「じゃあ、また後で」

同性でも見惚れるような笑みを見せ、釘づけになる暇も与えず駆け足で格納庫を後にする。
ハンドリック司令がその後ろ姿を見送り、咳払いをして言葉をつづけた。

「さ、お待ちかねの模擬戦の時間だ。ベーアとフライタークの二人から説明があったと思うが形式は同位反行戦、あちらに合わせて数は三人となる」

いつの間にやらテオを開放してストーブに当たっていたライネルトが、最後の人数の部分を聞いて表情を変えた。

「え……え? 三人ですかっ?」
「そうだが……ああ、ベーア、お前説明していないな?」
「はっ、直前まで伏せておいた方が緊張感があると思いました」

悪びれた様子のないベーア隊長。ライネルトは全員分の暖気をやったのにと膝から崩れ落ちた。
ベーア隊長がだから練習だって言ったろとライネルトの肩を叩く。それを見るハンドリック司令の顔も心なしか眉尻が下がっているようにも見えた。

「まったく、後で誰かフォローしてやるんだぞ? とにかく早いところ空に出る三人を決めることだ。責任持ってベーアが指名しろ」
「ヤー」

もう決まっているようで、返事をしてすぐに三人分の名を呼ぶ。

「順当に私とフライターク、あとはロージヒカイトで行く」
「……私?」

最後に名を呼ばれたフレデリカがいぶかしげに聞き返す。眉をひそめてしばらく考えた後、頭を横に振った。

「棄権します、私は地上で見ていたい」

その返事に目を丸くし、遅れてベーア隊長が返す。

「棄権って、本気でか?」
「私が空に上がっても誰も得しない、他を当たって」

取りつく島もありゃしない、冷たい言い方のせいだろうか。自分を下に評価してでも、飛ばぬと断じた返答には絶対に嫌だという意志のようなものすら感じる。
飛ばなくてもいいとわかった時には飛びたくない、面倒くさいというスタンスなのか、それとも単に目立ちたくないという理由なのか。どちらにしても勿体ないものだ、東部帰りの彼女の腕前はかなりのものなのに。
ハンドリック司令が肩をすくめる。

「模擬戦にも緊張が必要だという気持ちはわからないこともない、が、事前に言っておかないからこうなる。いいから急いで決めるんだ、時間がない」

指先で時計をコツコツと叩いて急かしている。
一瞬困り顔になったベーア隊長は頭をかいて、一名に人差し指をむけた。

「エールラー、お前だ」

今度は私が眉をひそめる番だ。全員で飛ぶならまだしも腕のいい三人を抽出するのだろう、本当に私でいいのか、浮かんでくる疑問。
だが、それを口にする前にベーア隊長の手が両肩にかけられる。上半身をぐいと引っ張られ、呼吸が感じられる位置まで顔が近づく。上官であるベーア隊長も年齢は少女と言えるものであるが、口づけでもするのかという距離まで接近すると、さすがに思うところがある。どうせ無駄だろうと思って、私は抵抗をやめた。

「他に誰がいるんだよ、ロージヒカイトを説得する時間もない。他にはお前含めて三人。ヴァイセンベルガーかライネルトで、お前は安心できるのか」
「はあ……ええ、わかっていますよ、是非やらせていただきます」
「よし、決定です司令!」

選択肢が一つしか用意されていない。フレデリカがやらないと言いだし、他に選ぶ人員もいないという仕方のない状態ではあるが。
こんなものだと納得するしかないものだろうか。

「では私は先に管制室へ移動するよ。模擬戦を行う三名はストライカーを装着し武装を携行の上、滑走路へ」

ハンドリック司令も今のやり取りを柔らかな微笑みでかわし、やはり自分を納得させるのが最善手であると確定した。
いついかなる場合でもうんぬんと、普段から意識を高く持つようあれこれ考えてはいるが、突然中隊の代表に指名されるというのは中々に緊張を強いる。何と言うか、現実の話ではないような感じに思えた。
まったくアンタはいい加減なんだからとロージヒカイト中尉からベーア隊長へ、砲兵部隊が放つ弾丸のように絶え間なくあびせられるお小言を横で聞きながら、ユニットケージ上でストライカーを装着。水よりも強く、地面よりも軽い抵抗感の中で脚がゆっくりと沈みこんでいき、ぴょこん、と使い魔であるロットワイラーの耳と尾が生えた。魔力を送り込むとエンジンが始動する、ライネルトが必死に温めていた機関部が低い咆哮を発した。
あらかじめ用意されていた、訓練用のペイント弾が装填された機銃をつかみ格納庫の外へ。10cmほど地面から体を浮かせてゆっくり歩く程度の速度で、滑るように滑走路へと移動する。開けた飛行場には冷たい風が吹いているのがわかったが、すでに張られている保護魔法が冷気を遮断しており、不快には思わない。
滑走路上では坂本、竹井、西沢の先日に出会った扶桑海軍の面々が待機していた。
私の視線は彼女らが履くストライカーにむいた。カラーリングは上空で雲に溶け込む明灰白色、流線形のスマートなボディが機能美を感じさせるデザインだ。線の細さが目につくが、それもまた研いだ刃のような印象を与えている、そう私は感じた。
しかし乙女の脚ばかりを凝視してもいられない。視線を外して正面を向くと、相手側の一人である竹井が、私の顔を見て驚いた表情を浮かべたのが見てとれた。

「模擬戦の相手って貴女だったんだ」
「ついさっき決まったんだ、まだまだ心の準備ができていないよ」
「ふふ、大変ね、でも手加減はしないわよ?」

これから試合をするというのに、口元に手を当てて上品に微笑む竹井に少し見惚れてしまう。
思わず動きを止めていると、次に話かけてきたのは西沢だった。

「負けないよエールラー! なんてったってあたしは最強だからね!」
「はは、そりゃすごいな」

なんともこの子は、元気という言葉が形になったようだ。
言葉の内容が内容なだけに、横目でベーア隊長を見ると楽しそうに、へーえ最強か、などと言っている。ベーア隊長はこの類の威勢のいい言動が好きなのだろう。
西沢が言いたいことはそれだけではないらしく、腰に手を当てて続けた。

「その最強のあたしにこの新型の、何だっけ……」
「十二試艦戦でしょ」
「そう十二試艦戦があれば大勝利間違いなしよ!」

竹井は西沢に期待の新型機の名称を教え、西沢が言い終わるなりすかさずフォローに走った。

「えー、そう言う意気込みというだけなんです、お気になさらないでください」
「まあね、お互いにそれくらい気合が入っていれば、いい訓練になりそうだわ」

これにはフライターク中尉が答える。ベーア隊長が何か言いたそうにしていたので、それに先手を打ったのだろう。
今から模擬戦という割にはお互いに悪い雰囲気はない。隊長と西沢はやる気十分だが、敵意などまったく感じさせず、全体からはむしろこれからそのままお茶をしてもいいような和やかさすら感じる。
そんな中に坂本が一言投じた。

「そろそろ時間ですね」

その声が引き金になったかのように、通信機に反応があった。

「こちら管制室、グレーティア・ハンドリック少佐だ。両チーム通信機の感度はどうかね?」

自分達の指令の声がノイズもなく、綺麗に耳に届く。全員がそれぞれ感度良好であることを伝えた。

「よろしい、では君達には順に大空へ飛び立ってもらう。先にコールサイン・カールスラントから発進しコールサイン・扶桑を先導、高度3000メートルで水平飛行だ」
「ヤー」

指示に応えたのはベーア隊長である。
各種航空機の離陸に使用できる長く造られた滑走路、その中央に先だって立ち、エンジンの回転数を上げていく。耳に痛いが、最早慣れ親しんだとも言える轟音が広い空間に響き渡り、我々の身体を小さく振動させる。
ほどなくして、エンジンが十分な出力を得て、ベーア隊長の身体はゆっくりと滑走を始めた。機械と魔力が生み出すエネルギーが徐々に推進力へと変わっていく。徐々に、だが確実に加速した身体はやがて重力の束縛を抜け出て大空へと躍り出るのだ。離陸速度に至ったベーア隊長が風を切って飛びあがった。
その姿を確認したロージヒカイト中尉が周囲にアイコンタクトをとって、ベーア隊長に続く。
次は私だ。遥か滑走路の向こう側でロージヒカイト中尉が上昇していくのを見て、私も加速を始めた。少しずつ、慣性によって後ろに引っ張られる感覚。息苦しさすら感じるそれを振り切るように、魔力をストライカーに流し込み、飛び立つ。
離陸直後の安定しない浮遊感を制御して、速度をつけ上昇をかける。ベーア隊長とロージヒカイト中尉を追いながら、後方に目をむけると坂本達が順に飛び立つのが見えた。まったく危なげない動きで私の履くBf-109-Eに追従してきている、判断を決めるのは早計だが、あの見た目といい悪くない機体のようだ。
やがて指示にあった高度3000m。建造物が小麦の粒ほどにも見えない高度だが、戦闘機の上昇力ではさほど時間はかからない。五分足らずで到達し、国ごとの三機編隊が二つ並んだ。

「カールスラントは針路2-7-0、扶桑は0-9-0へ回頭せよ。指定距離になったところでこちらから反転の指示を出す」

互いに敬礼をして反対方向へ針路をむける。
上官二人の後ろを巡航速度で追従しながら、手ごわい相手になるだろう扶桑の彼女らのことが頭に浮かんできた。初めて目にする新型機はもちろんのこと、精鋭と呼ばれるウィッチが、戦闘においてどれだけの力を発揮するかわかっているつもりだ。今次の戦争の結末を左右する戦力、今更考えるまでもない。
空戦は戦闘技術と機体性能が物を言う。自分の力は通用するのか、実際、死ぬ前も飛行経験はともかく戦闘機動は速成だったのだ。最後の戦闘で必要に迫られただけで格闘戦自体は得意な訳でもない。
なるほど、不安だ。
意識すると体に寒気が走る。落ち着けと自分に言い聞かせた。同時に、ベーア隊長から入った通信に耳を傾ける。

「相手の性能も力量もわからんが弱気になるな。カールスラント空軍はネウロイに負けっぱなしだの、そんな話はここで全部ひっくり返してやるのさ!」

よくできた偶然だ、私に渇をいれるように勢いのある発破が飛ぶ。勇猛果敢な彼女はこんな時に一番輝く。
そう、弱気になるなと、不安だからと言って降りる理由にはならない。私はそんな彼女らと肩を並べて戦うために空を飛んでいるのだ。たとえ模擬戦であってもそれは変わらないと自分を奮い立たせる。

「言われなくても! 最初から勝つつもりでストライカーを履いてるわよ! エールラーも全力出しきっちゃいなさい、大丈夫、あなたけっこう強いもの」
「そうだ心配いらねえさ、余計なこと考えずに本気でやってればそれでいい」

二人からの言葉を聞く。彼女らなりに気を使っているのが何となく伝わってきた。やはりウィッチは強い、単純な戦闘能力だけでなく、目に見えない部分もだ。応えてやらねばなと思う。
手が小さく震えだす。弱気のままではいられない、その震えもまた気分が高揚している為だと思うことにした。

「指定距離だ、両者反転せよ」

抑えつけるように手を握り締めると、ハンドリック司令から新たな指示が飛んだ。
長機であるベーア隊長が針路を変え始めた。
私も続いて旋回を開始する中、ハンドリック司令の通信は指示だけではまだ終わらず、言葉が続く。

「勝敗を決するのは隊長機の撃墜、どの隊員もペイント弾を身体か装備に被弾した時点で撃墜とみなす。判定は私が兼任するが、どちらも公平に見るから安心してくれ。身内びいきなどしようものなら、後ろで楽しそうにしている板谷少佐にぶった切られてしまうからな」

ベーア隊長かロージヒカイト中尉が噴き出す音が聞こえて、編隊は旋回を完了する。
水平に戻った身体が安定すると同時に、出力を上げて増速。目の前に広がっていたはずの薄い雲が背後に遠ざかっていくのが、しだいに速くなっていく。

「正面に敵機。エールラー、固有魔法。接敵まで何秒か知らせろ」

ベーア隊長の命を聞いて素早くゴーグルをかける。扶桑海軍の白服が雲に溶け込んで見えにくいが、相手が正面から来るのがわかっている、捕捉は難しくない。ベーア隊長同様に空に三つの点を見つけた。見えたものから情報を収拾する固有魔法が発動。

「発見、接敵まで45秒」

視界に上書きされる数字を読みとる。模擬戦の開始まで文字通り秒読み段階だ、瞬きを忘れて三つの点に集中する。

「接敵まで30秒」

相対速度は時速700kmを超える。加速度的に大きくなり始める点が、形を帯びるまで時間はかからない。それが人間の形状に変わる前にカウントに入る。

「接敵まで五秒……三、二、一、今!」

一瞬だけ、顔が認識できた。相手の先頭、隊長機は坂本である。瞬きする程の時間もなく、二つの編隊がすれ違った。

「状況開始」

ハンドリック司令の合図を聞くなり、ベーア隊長が声を張った。

「エンジン全開、上昇!」

言うなり頭を上方に向けて急上昇を開始する。後に続くロージヒカイト中尉と私も出力を上げて追従した。背後には駆け抜けていった相手も同じように上昇をしているのが見える。お互いに優位な位置を確保し、敵の頭をおさえようとしているのだ。相手よりも先に出過ぎると射撃を受ける危険がある、針路と出力を細かく調整しながら上空を目指して競い合う。

「ちゃんとついてこれてる、やるじゃないエールラー」
「どうも」

ロージヒカイト中尉が感心したように呟いた。返事しながら買被りだろうとも思うが制御に集中する。
ややあって、途中まで拮抗していたはずの両者の間で状況が動く。扶桑海軍の編隊が下方へ向けて反転を始めたのだ。上昇においては高度性能が物を言う、初めから有利だったのはエンジンにアドバンテージのある我々のBf109-Eの方だった。
隣で競っていたはずの相手が視界からいなくなった途端に、ベーア隊長は追撃のハンドサインを出した。
反転の後、向きを定め滑空。加速しながら降下を続ける相手に、Bf-109の速度性能を活かして追いすがる。射撃位置まで達するのに時間はかからない。
相手もそれを見て、すぐに行動に移った。坂本が目配せすると、竹井と西沢がそれぞれ左右に散開していく。
一方、射撃に優位な位置に陣取るベーア隊長は、ほんの少し散開した二人を目で追いかけただけですぐに視線を正面に戻した。旋回には時間がかかる、散開した二人が背後に回る前に決着をつけるつもりらしい。
銃身を肩で固定し、安定した体勢で今まさに撃とうとしたその時。当然このまま終わるつもりもないのだろう、射撃のタイミングを見計らったように坂本が急上昇をかけた。
惜しい瞬間を逃した、そう思いながらすぐさま彼女を目で追いかける。
が、間もなく私は少しでも油断したことに対する後悔と驚愕を味わうこととなった。

「何っ!」

ベーア隊長が驚きの声をあげる。
坂本を目で追ったその先には、何の人影も存在しなかったのである。まるで夢の中に出てくる幽霊のように、瞬きをしている間にその姿が視界から消滅したのだ。
言葉こそ出なかったが私も心境は同じだ。ロージヒカイト中尉もそう。消えた、いや、まさかそんなことは、だが影も形も見えない。
思わぬ展開に、編隊の動きが止まる。
反対に、状況はそこで止まりはしなかった。
我々の意識が空白になった隙をついて、あろうことか編隊のど真ん中に割り込んでくる影。特徴的な白いマフラーが風にはためく、活発さを前面に押し出したような笑顔、西沢だった。
旋回して戻ってくるのが予想よりも遥かに速い。
西沢は瞬時に速度を落とすと、私と副隊長の間に拳銃でコインを撃ち抜くかのような精密さで身体をねじ込んでくる。またすぐにスロットルを開いて私の真横に並ぶと、機銃を前へと真っ直ぐに向けた。
マズイ、と、何よりも先に声が飛び出る。

「隊長! 後ろだ!」

あまりに突然のことだったが、ベーア隊長は瞬時に反応した。叫んだ次の瞬間にはロールをうって回避し、そのまま弾かれるように離脱していく。

「……ちぃっ! 散開!」

言われるなりバラバラの方向へ広がり、連続で狩られる危険を回避する。悔しそうな声色であった。
私はスロットルを開いて直線に飛行して離脱する。
仕方のないこととはいえど、編隊を分割することには大きなリスクがともなう。混乱の最中、周囲を確認しようとしてすぐにそんな暇などないことを思い知らされた。
しなやかな猫の尾と白いマフラーを揺らして、西沢が背後に迫って来ていたのだ。少しの間もおかぬ追跡は、まるで獲物を追う肉食獣を思わせる。
気付いた私は全力で旋回を開始した、西沢も私に続く。
後ろを横目で見ながら、ここからが勝負だ、と自分自身に檄を飛ばす。が、その矢先、西沢が構え続けていた機銃がついに火を吹き出した。
タイミングが早すぎる、当たる訳がない、無意識に弾きだした分析結果を嘲笑うように、ほぼ90度に傾けロールさせた体、肩のあたりをペイント弾がかすめていく。

「……っ! 何だこれは!?」

自然と声を張り上げていた。今の射撃は牽制かと思ったがそうじゃない。
初弾から危うく命中弾を喰らいそうになり、体に冷たいものが走った。とっさに体を下方に滑らせ射線から抜け出し、ロールして左右に旋回する。
だが、西沢は通じない、難なく回避機動についてくる。速度と高度を落とさないまま旋回する能力を維持旋回性能というが、十二試艦戦はそれが抜群に高いと悟った。先程、坂本が視界から消えたように感じたのも、縦旋回の機動が予測よりも急過ぎて、目で追うのが間に合わなかったためか。
速度と運動性のバランスが高すぎる。恐ろしいほどの格闘性能を備えた機体だ。
西沢はそんな機体を華麗に操って見せる。彼女はこちらが真似すれば確実に失速だろう機動で小さく回り、旋回の内側に食い込んできた。
今度こそ危険だ。
精密な機動で見越し角をつけ、確実に射撃しやすい位置をおさえている。回避は間に合わない、彼女が撃てば確実に当たる。
ダメだ、そう思った時、通信機からの声が響いた。

「交換だ! そいつは私が相手してやるよ!」

こんな言葉を使うのは一人だけしかいない。
声を認識したその瞬間に見えたのは、ベーア隊長が西沢の背後へと猛スピードで躍り出る姿であった。標的を狙っていた最も無防備な状態を逃さず、ベーア隊長が射撃を開始する。
不意打ちじみた一連射に西沢は表情を驚きに変えると、反対方向へカイトウ、離脱していった。撃墜こそできなかったが、体勢を崩した西沢を追いかけるベーア隊長。エンジン音と連なる銃声だけを残して飛び去っていく。
助かったのか、遅れてそう認識し、ほんの少しの安堵が胸のうちに広がった。
息を吐き出し自分を落ちつけて、すぐに頭上へ目を向けると、二人のウィッチがシザーズで上空へと登っていくのが見えた。固有魔法を使って確認すると、副隊長と竹井の名が文字通り目に映る。
安心している場合じゃあない、敵機を探さねば。西沢はベーア隊長が引き受けると言った、考えを巡らせるまでもなく理解する。

「エールラー! お前の相手は私だ!」

供用の回線から聞こえた声、今度は驚かない。射程圏内に同一方向へ進む人影を発見し、反射的に旋回した。

「坂本か!」

応じて、通信機に叫び返す。
次の瞬間には、私に合わせる機動で旋回してきた坂本と交差した。休む間もなく、すぐにまた体を捻って、逆方向へ向け再度旋回する。
二度目の交差。もう止まらない。空を一組の挟みが切り進んでいるように、水平方向へのシザーズが始まる。
横目で坂本の位置を確かめながらスロットルを調節。
しかし、可能な限り前方へ出ないように速度を落とすが、常識外れの旋回能力をもつ十二試艦戦相手には不利なことはわかりきっていた。交差をくりかえすうちに目に見えて背後へ回り込まれているのが感じとれる。
このままでは勝てるわけがない、歯がみして旋回合戦を諦める。大ピンチと言うやつだ。私の様子を見るや、瞬時に坂本は体を捻って背後に陣取る。

「やはり欧州の空は悪くないな! 友人と一緒に飛べて嬉しいぞ!」
「次はもっと落ち着いて飛びたいもんだな!」

軽口を返すが、状況は良くない。坂本は私より若干高い位置、射撃に最適なポイントで狙いを定めている。
取れる手立ては初めから多くないのだ、ここは一か八かBf-109の長所を使うことにした。
射撃のタイミングをまだ計り終えていないことを祈って、体を全速でロール、一気に降下させる。天に向けた足先すれすれをペイント弾が通過していき、一瞬息がとまった。
それもつかの間、撃墜判定はまだ出ていない、とスロットルを開いて加速を始める。
大きくなる風切り音。急降下により速度は増大していくが、機動は安定していてまだ余力がある。設計段階から一撃離脱を主眼に置かれたBf-109に降下速度で追いつける機体など、やはり存在しない。

「ぐっ……」

坂本もまた降下して私を追っていたものの、徐々に引き離され、加速し続ける標的を捉えきれなかったのだろう、小さく呻き声を上げて上空へ離脱した。
今こそが好機である。すぐに反転、上昇に切り替えて後を追う。降下時の加速を利用して上空まで駆け上がるのだ。

「竹井醇子、撃墜判定」

白熱する模擬戦闘の最中、冷静なハンドリック司令の声だ。
フライターク中尉が競り勝ったか、味方の勝利に小さく心が沸く。
私も、と気合を入れ直して、エンジンに魔力を注ぎ込んだ。固有魔法によって視界に照準器のような模様が浮かぶ。が、無防備なはずの坂本の背中に照準を定めようとしても、思うように捉えさせてくれない。
内心で舌打ちを一つ。
そのうちに私の加速が鈍った。高度によるエネルギーを使いきったのだ、それを見越していたに違いない。目の前で坂本が水平飛行にうつる。
無論、追わない訳がない。

「逃がしはしないぞ、坂本美緒!」

振り切られてはせっかくの優位が無駄になる、旋回の体勢に入ったのを見て、射撃を開始した。先程さんざんに撃ちまくられたペイント弾が撒き散らされる。

「くっ……なかなかやるなっ」

至近弾にようやく坂本から焦りの声が漏れた。相手の進行方向へ先に弾丸を送り込む偏差射撃だ、固有魔法を使った照準がここで役に立つ。
しかし命中はない。坂本もさるもので自分の射撃を先読みし、体を捻ってかわしたのだ。それでも私は食らいつく気でいた、速度の乗りきらない坂本を追跡してもう一度背後へ。旋回もフェイクもない直線的な飛行、先程の偏差射撃よりもまだ簡単だ。はやる心を抑えて照準器を覗き、合わせる。

「……何だ?」

いや、合わせようとした。思わず呟きが漏れる。照準を合わせようとしたが、上下左右に不規則な振動が加わって上手くいかない。
固有魔法に不具合が?
いや、と頭をよぎった可能性はすぐに否定、私は自分の能力と使い魔を信用していた。ならばおかしいのは自分自身だ、手が小刻みに震えている。自覚した途端に、それは悪化した。心臓の鼓動がドラムを叩くように大きくなる、意識に関係なく荒い呼吸が口から漏れた。一体これは何なんだ。舌打ちをして無理矢理に震えを抑えつけて引き金に力を込めた。

「いた、だきだ……!」

さて、戦闘中に心が通じ合ったのかはわからない、勝負を決めにかかった私の耳に届いた坂本の言葉はこうだった。

「まだ、まだ終わっていないぞ!」

叫んだ途端に、坂本の体勢が崩れる。瞬時に情報が解析され視界に映し出された。坂本が履く左右それぞれのストライカー、そのトルクが一方向に大きく偏っている。
ストライカーの不具合!
私は普通ではない動作をそう判断する。が、そんな考えは甘すぎた。

「はぁっ!」

短く気合の籠った声が吐き出された瞬間、不規則に暴走するはずの力は完全に、眼帯をつけた扶桑海軍士官の制御下におかれた。
普通なら不可能なほどの急制動がかかる。頭を上に、直上へ跳ね上がるような軌跡を描いて視界から消え去った。ゆるやかな宙返りとは違う、曲芸じみた急峻なカーブで体を私の背後へ捻じ込んでくる。ここまでほんの一瞬だ、理解するよりも先に身の危険を感じて思わずロールして真下へ回避機動をとる。
弾丸がストライカーを掠めた。トルクの異変を感じとっていなければ間違いなく今ので勝負がついていただろう。
だが、次で終わりだ。
そう何度もギリギリの回避が上手くいく訳もない。落下しながら上方へ銃口を向け、坂本と対峙。
これで決着をつける、照準器ごしに坂本と目があった。

「……っ!」

ゾクリと体が強張る。また手が震えだす、何故だ、と制御を受け付けない自分自身の体に嫌気がさした。

「チクショウが……」

一言だけこぼして引き金を押し込む。二つの弾丸が交差した。
思考に空白が生まれる。
そして、通信。

「ハインリーケ・エールラー、撃墜判定」

ああ、やはりそうか。
胸のあたりに残る着弾の衝撃と、ジワリと広がるペイント弾。自身の敗北を告げる声を聞いて脱力した。ゆるやかに体をおこして、速度を落とす。
周囲が戦闘中でないと確認して、その場に制止した。

「私の負けだ」

言うと、坂本は律儀にも数メートル上方で、同じように体を留める。

「だが惜しかったな、最後のあの瞬間、もしかしたら撃墜がついたのは私だったかもしれん」

小さく笑う坂本。たしかに終盤の撃ち合いは僅差の勝負だったかもしれない、がそれを言うのは意味のないことだ。
言い終わるなり彼女はエンジンを吹かせて降下していく。風を切り裂き、白い軍服を雲の色に溶け込ませ、見えなくなった。
強い敵役だった、さすが扶桑海軍の精鋭と言うべきだろうか。
この気持ちは忘れたくない、悔しいという未練を振り払うように、視界を上へと向けた。
そこで、今の自分達と同じように激しい空戦を演じている二人を目にとめる。

「ベーア隊長と、西沢か」

十二試艦戦は圧倒的な格闘性能を持っていたが、下から見ている限り戦況は五分というところだ。
隊長は降下性能を活かして、西沢の鋭い旋回飛行に対抗している。どちらも自分の体そのものであるかのようにストライカーを操っている。三次元的に絡みあう軌道がどこか幻想的にすら感じた。

「フライターク! 今は援護に回れるか?」
「悪いけど今しがた坂本と接敵したわ! 交戦します!」

通信機からの会話を耳にして、状況はまた一対一に戻ったことを知る。
これは、ケリがつくまでまだ時間がかかりそうだ。
せっかくの精鋭対決である、すぐに帰投するのは勿体ない。
終わるまでは邪魔にならない位置で見学させてもらおうか、そんな考えで美しい空戦機動を眺め始めたが、ベーア隊長と西沢はやはり私の頭などで予測できる存在ではないようだった。
二つの軌道がもう何度目かわからない交差をした瞬間に、隊長が大きくロールし背面飛行に移行、そこから頭を下に向けて縦旋回をかましたのだ。かの有名なインメルマンターンを上下逆さにしたような動き、スプリットSと呼ばれる機動であった。
膠着状態に一石投じたその機動を、機敏に感じとった西沢が持ち前の急旋回で合わせる。ここにきて両者の思惑が噛み合った。どちらも機銃を構えて正面から相対、ヘッドオンだ。
距離は相当に離れている訳ではない、一瞬のすれ違いの寸前で、勝負をかけるつもりなのだろう。ガンマンのような一撃に全てをかける戦い方をする、正直見ている方が不安になってきそうなやり方である。
それだけ本気ということか、二人は猛スピードで近づき、躊躇いなく引き金を引き絞る。
ついに、決着だ。

「げ、詰まジャムった」

ボソッと聞こえた、ベーア隊長の声がやたらと耳に残った。
実際に弾丸が飛び出たのは西沢の機銃のみ。間髪いれずにハンドリック司令の判定が下る。
正直言って、この時ばかりは結果を聞きたくはなかった。

「ハインリーケ・ベーア、撃墜判定。模擬戦終了、扶桑海軍の勝利……酷いもんだベーア、後で執務室まで来い」

しばらくして、ベーア隊長の私のせいじゃないという悲痛な叫びが、リバウの空に木霊する。




 ♦♦♦♦♦♦














「何でわかんないかな! 追っかける時はもっとこう、上からシュバっ! ドワーっ! て感じでさぁ!」
「わかる訳ねえだろうが! 何のこと言ってんのかさっぱりだよ!」


模擬戦を終え、地上へ降り立ったウィッチは、全員で滑走路の側に集合していた。
一まずお互いの健闘をたたえ合った後、ブリーフィングで自分に撃墜判定を出した相手から改善点を聞くようにとの命を受けたのだ。もっとも、一部の二人を見ると、それが上手く機能しているのかは判断に困ってしまうところだったが。

「もう、うるさいわねぇ、こいつらときたら……あ、ごめんごめん。それでね、あなたは土壇場で自分に対する注意が切れてることがあるかも。周りをよく見ようとしてると思うんだけど、中途半端にならないよう、よく考えてね」
「そうですね、やはり空戦の技術が追いつかなくて……なかなか上手くいきません」
「心配しなくてもまだまだ伸びるでしょ、両方こなすのになれてない部分もあるだろうから、一年経てば相当強くなってるんじゃないかしら」

竹井はフライターク中尉の言葉を聞きながらしきりに頷いている。中尉の言を余すことなく吸収してやろうという意気込みが感じられた。真面目そうな彼女ららしいやり取りである。
さて、少しだけ他の組の会話に耳をそばだてていたが、私を撃墜したのは坂本である。
彼女は多少なりとも嬉しそうに声を弾ませながらも、嫌味と感じるようなことは何一つ言わなかった。

「勝ったと言っても僅差の勝負だしな、あまり偉そうなことを言うつもりもない」

そんなことを言いながらも、質問を受ければ坂本なりにしっかりと考えて答えをくれる。
とりあえず、今は気になっていたことを聞いてみようと思った。

「私の追跡を振り切ったあの機動は? ただの旋回とは違う気がするが」

坂本が私の追跡を振り切る際に使った、急激な縦旋回の機動だ。あの一瞬で勝負が決まったと言ってもいいだろう、負けた側からすれば気になるに決まっている。

「ああ、あれは、捻り込みと言ってな……扶桑伝統の必殺技、かな?」

坂本は顎に手を当てると、言葉を選び、答えてくれた。
ストライカーは右脚と左脚それぞれのトルクを打ち消し合うことで安定を得ているが、そのトルクを意図的に制限して一つの方向に偏らせることで、可能となる機動らしい。尋常でない動きの源は、やはり通常ではない操作が必要になるということなのだろう。普通なら制御不能に陥ってもおかしくない機動なのだ、軽やかな格闘性能が売りの扶桑軍機だからこそできる荒技であった。
当然、私が扱うBf-109では無理そうである。少し残念に思えた。
そこから話は私の機動に関しての内容に移る。

「綺麗な飛び方をする、そう感じた」

まず、私の飛行をそう評して、坂本は言う。

「さっき任官して一月と聞いたが、そうとは思えないな。新米らしい雑さが見えない。機動はふらつくこともなく正確、自分が思った通りの動きができている。何だか飛び慣れている感じだな、ストライカー以外に飛行の経験があるのか?」

思っていたよりも高い評価に、悪くない気分でいると、後半で爆弾が投下された。
顔が引きつりそうになる。

「……いや、何も」
「ん、そりゃそうか、まだ12だものな」

まさか、実は一度死んでいて生前は飛行機乗りをしていました、など言える訳もあるまい。正気を疑われるのもごめんなので、適当な否定の言葉で流すことにした。
幸い、坂本は疑問を持つこともなく会話が続く。

「飛び方は上等、しかし戦い方が固い」
「固い?」

次は悪い点の洗い直しになるのだろう。何かミスがあったのだから最終的に撃墜判定を喰らった訳で、ここに異論は全くない。
ないのだが、私は坂本の表現が理解できずに聞き返した。

「旋回や急降下の時だったり、かなり余裕をもたせて動かしているだろう? もちろん悪いことじゃないが、ウィッチなのだからもっと勝負をかけられるところは全力で攻めてみてもいいんじゃないか?」

柔軟性の欠如。
たしかに火力、防御力、機動性を高い水準であわせ持つウィッチの戦術の幅は広い。無茶に思えることでも、押し通せるだけのポテンシャルを秘めているのだ。
私はウィッチとしての力を引き出し切れていない?
意識が思考の中に埋没しようとしたが、坂本の講義は続いていた。

「模擬戦中に思ったんだ、まるで……そうだ、戦闘機のようだったぞ」

戦い方が、戦闘機のよう。
その言葉は私の意識を一発で呼び覚ました。
私はウィッチとしての養成訓練を受けてもなお、パイロットとして空を飛んでいるのか。ウィッチとしての力がどうこう言う以前に、ウィッチにすらなりきれていないのか。
考えが一巡して、頭の中に暗い影を落とし始める。
そんな馬鹿な、と頭を横に振った。何を馬鹿な、私はこの模擬戦でも戦えていただろうに。

「難しく考えることでもないさ、癖みたいなものだろう。突き詰めていけば個性と言えるかもしれん、悩むな悩むな!」

きっとネガティブな考えが顔に出ていたのだ。
坂本は明るく笑うと、元気づけるよう私の背中を叩く。何気ない行動だ。
だが、それは私にとってまったく違う効果をもたらしたのである。
ゾクリ、と坂本の手が触れた箇所から、全身に冷たい何かが広がったのを感じた。坂本との格闘戦の終盤、彼女の目を見た瞬間に覚えたおかしな感覚と同じものだ。それは血が凍るような酷い悪寒に似ている。

「どうした……?」
「なんでも、ない」

坂本が私の異変を感じとる。眉をひそめる彼女には何とか返事をすることができた。
自分の腕を抱き、何故か知られたくないと思った私は、心配そうな視線を振り切るように歩きだす。
何でもない、そう思いたい。いや、思いたかった。
どうしてだろうか、私は友人を『怖い』などと思ってしまったのだ。気温のせいじゃない身体が内側から冷え切っていく感覚。試合の余韻などもうわからない。
もはや、模擬戦前に手が震えたことさえ、恐怖のせいでそうなったとしか思えなくなっていた。
灰色の空の下に、ただ冷たい風だけが吹きすさぶ。
12月1日。はるか過去になったはずのあの日まで、もうそれほど長い時間は残されていなかった。
















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