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No.36460の一覧
[0] 【短編】チート使って死者0人【SAOネタ】[to](2013/01/09 20:33)
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[36460] 【短編】チート使って死者0人【SAOネタ】
Name: to◆759f49da ID:9de7bfc3
Date: 2013/01/09 20:33
 ・オリジナル主人公のめっちゃ長い一人語り注意。
 ・ゲーム自体はしません。

*****************

 「イースターさん……ありがと」
 「すまない!私が、私たち大人が……!」

 私の腕の中で、私の息子と同い年の子どもが死んでいった。
いや、正確にはこの瞬間に死んだわけではない。

 この瞬間から死がもたらされるのだ。現実世界の死の枷、ナーヴギアによって。
そこから放たれる高出力の電磁波によって。

 光り輝く硝子の欠片のような、ポリゴンエフェクトの爆散を見ながら私は涙していた。

 ソードアート・オンライン。
その仮想世界が作り出す、システムによって表現されたデータの涙を。

 ***************

 ベッドから身を起こすと、私――東一郎の目元は現実の涙で濡れていた。

 鮮烈な夢というものは実に皮肉だ。
 フルダイブ型VRと基本が同じなだけに、その経験者にとっては余りにリアルすぎる。
まるで今しがたあった事のように、私の腕は喪失感を覚えていた。
ゲーム内での数値設定から与えられていた、命の、人の重さが無くなった錯覚を。

 だが、彼らの死は錯覚ではない。現実に起きた凶事もだ。

 「警察では須郷容疑者を意識未復帰者大量発生事件の主犯として取調べており、
重要参考人からも……」

 点けっ放しになっていたベッドサイドのテレビからは、ここ数日世間を騒がせている
≪SAO事件≫の暗部が映し出されていた。

 せっかく昨日はどうでもいい深夜番組を見て、頭を空にして寝入ったというのに。
辛い悪夢と現実から逃れるため、私はテレビを消して
ストレスと寝汗を押し流すように髪をかき上げた。

 ******************

 私は現実では初めての大森林――富士の樹海へと分け入りながら、事件の報道を思い返して考えていた。
人生とは何だろう?私の人生は一体。

 哲学者になりたい訳でもなかったが、どうにもうんざりとしていた。
 黙々と進むだけの、筋力補正もなく不安定な足の動きとは無関係に
鬱々とした負のループが思考に発生し始めていた。

 幼い子を持ちながら妻を説得し、急成長を続けるアーガスへ入ったこと。
天才・茅場晶彦の能力に心酔し、どこまでも広がるゲーム世界を夢見たこと。

 デスゲームの発生によって、様々なものが失われたこと。

 私の人生の選択肢はどこが間違っていたのだろう?
アーガスへの転職という無茶を行った時点か?
茅場という光が眩し過ぎて、その真意を見抜けなかった所か?
それとも――あの百層の鋼鉄城、剣と戦闘の世界アインクラッドで死んでしまわなかった事か。

 SAOがデスゲーム化した時、私は何十人かの関係者のように
ゲーム内の状態を確かめたくてログインしていた。

 そして開発に僅かでも携わったものとして、何故私は外にいなかったのかと一時は後悔した。
ナーヴギアの安全な取り外し手段の研究に尽力できていれば。
だが、そんな後悔も意味のない事ではあった。

 茅場に比べれば他の研究者の思考力は、総量を合わせても足元にも及ばなかったのだから。

 事実として二年に渡り、ナーヴギアとSAOの安全な停止という外部攻略は成功しなかった。
内部プレイヤーが早上がりしなければ、死者は残った上部二十五層を戦う間にもっと増えていたのは間違いない。

 結局、私は内部で理由をつけて生き延びていた。
家族がいるから。関係者として、内の人々に対して何かをせねばならない責任があるから。
そう言い訳をしながら、SAOという檻の隅で。外からは見えない闇の中で。

 外での研究の代わりに私が見たものは、小学生並の低年齢層を含めた被害者たちだった。
彼らも世界初の完全型ヴァーチャルリアリティを遊ぶようなコアゲーマーではあったものの、
技術的理解がきちんと追いついているとは言い難かった。

 殆どの子は自分の置かれた状況を信じられず街から出られなかったが、
 中にはおぼろげには理解できても、早く親や友人の元へ帰ろうとする焦りなどから無茶をする子がいた。
私はそんな子どもに協力するために戦う道を選び――しかし、守れなかった。

 私の腕の中で、現実世界での息子と同い年のはずの子が、死んだ。

 それから私は自殺も考えたが、初めの目的に回帰した。
安全の範囲内で戦って、子どもや飢えの感覚に苦しむ人たちにアイテムや金を流し、
生き延びながら少しでも困窮者を助けようとした。

 そして現実に帰還した私は、警察や遺族などへ多少の知識はあるものとして証言を行い、
微々たる行為ではあったが贖罪をしようとしていた。

 だが、それも全て今回の事件で水泡に帰した。
SAOに関わる人間の、その全人格を疑わせるに十分な事件だった。

 デスゲームはナーヴギアとSAOのベースを作り上げた、茅場晶彦という天才独りが生んだ狂気。
そう言われて運用されていたのがアルヴヘイム・オンラインと、接続機アミュスフィアだった。

 だがその大元締めである須郷は、SAOから生還するはずだった人間を三百人も
人格に干渉・操作するための実験動物にしていた。

 私の証言や贖罪も、その黒い霧に呑まれてしまうだろう。
風評被害であったとしても、遺族や被害者の怒りや悲しみからくる感情的判断であったとしても。
私の行為もまた単なる何かの実験であると――仮想世界に殺された人間の、現実の遺族の反応を
裏で笑いながらデータにしていると考えられたとしても、不思議はないだろう。

 私にはもう、それが妄想であるとしても耐えられなかった。
この世界に唯一の救いは、妻と子が去っていてくれた事だ。
二人は私という無責任の役立たずを見捨て、どこかで生きてくれている。

もしも関係者の妻と子として私を守ろうとしたり、介護や戻らない事へのストレスに苦しんだり。
そしてそのために自殺したり、遺族に恨まれて殺されていたり。
そんな事にでもなっていれば、私はそれこそ現実に帰った直後にでも遺書を書き上げていただろう。

 この世界のどこかに二人が生きてくれている。
それだけに安堵し、そしてそれ以外の全ては黒く後悔と悲しみと無気力に塗りつぶされ――私は、死を選んだ。

 自分自身を、そして被害者たちを閉じ込めたナーヴギアを私は持っていた。
開発会社の関係者としてのコネなども使い、何とか回収を誤魔化して。
現実に帰還した時は、それを忘れてはならない頚木として持っているつもりだった。

 だが今は。
これほど私に相応しい自殺道具も存在しないだろう。
木に結びつける縄よりも、首や腹をえぐる刃物よりも。
私はどこかアインクラッド内を思い起こさせる、ファンタジーにでも出てきそうな大木の根元に寄りかかると、
充電済みのナーヴギアをバックパックから取り出した。

 ナーヴギアの三割という過大な――これは後知恵によるメディア的表現だが――バッテリセルの搭載量は、
皮肉にも開発時の搭載目的は失見当対策とされていた。

 瞬間停電などによってゲームからの信号が喪われた場合、脳がゲーム内で感じている重力方向と
現実におけるそれはほぼ確実にズレる事が予期されていた。

 つまり立って剣を振り回している時、いきなりベッドなどに体を横たえている状態になった脳の感覚は
いきなり突き倒されたのと同じ事になる。
その錯覚は強烈なもので、最悪の予測としては嘔吐からの吐瀉物による窒息死が考えられた。

 麻薬や毒物ではなく、弾力性が強いだけのゼリーでさえ死亡事故が起きれば社会問題となる。
VRMMOという生まれたてのジャンルが、もし死亡事故を一件でも起こせば。
そんな懸念に対しての回答が、大容量のバッテリセルだった。
そのバッテリが直前の信号状態を維持しながら、現実に帰還するまでのシークエンスを行えれば
安全対策として機能するはずだった。

 だが、そのバッテリセルはプレイヤーの安全を守るものなどではなく。
目に見えない死神の鎌そのものだった。

 目論見を見抜けなかった無能の男が、見えない死神の鎌に命を刈り取られる。
それは自虐でもあったし、被害者たちに寄り添ってきた者としての選択でもある。

 これで私も……彼らと同じ方法で、同じところへ行ける。

 私はギアを頭に固定し、ケーブルで繋いだ携帯端末から信号を流して
脳破壊シークエンスを実行した。
条件を揃えるのなら寝ているべきかも知れなかったが、私はあえてこのまま死ぬ事を選んだ。
脳に痛覚はないし、痛覚のある組織が痛みを感じたとしてもそれは罰だ。

 高出力波が発生するまでの少しのタイムラグに、私の脳裏にはいくつかの顔が浮かんだ。
看破も理解も出来なかった天才、茅場晶彦。この空の下どこかで生きているはずの、妻と子。
そして私の腕の中で死んでいったあの子――

 *****************

 私は何故か、目を覚ましていた。

 ここは死後の世界なのか?
訝りながら髪の毛を梳いてみると、そのまま手は流れた。

 私もあの世にまでナーヴギアを持って行きたくは無かったのかも知れない。
そう思いながらぼやけた視界がはっきりするのを待つと――

 2018年。

カレンダーの隅には。


 !?


 2018……20……18…2018は2025引くことの7……

そして22-18=4……

 私は小学校の算数すら脳から吹っ飛ばしかけるほどの混乱に襲われていた。
見慣れた自室、それはまだ分かる。
死後の世界というものがあるなら、死者を落ち着かせるとかのために
そんな風になっているのかも知れない。
このあと鬼が三途の川に引っ立てたりしにドアを開けに来たって納得しよう。

 だが。
 壁にかかったカレンダーは2018年の5月。
私がまだ中堅だったアーガスへ転職したての頃。
そして、私が死んだ2025年の7年前。ナーヴギアが発売されるちょうど4年前。
まだ開発が紙上の構想段階程度だった時期。

 私は一体なぜこんな?
あまりにも強い妄念が、あの頃へ帰りたいという後悔が
意地汚い走馬灯を煮えくりかえっている脳に見せているのだろうか?

 「あなたー!会社遅れちゃうわよー!
新しい会社で通勤ルートも違うんだからね!」

 耳に聞こえてきた声に、私は意識を直撃された。

 覚えている。これはまだ通勤に慣れていなかった私に、
妻が何度か注意してくれていたことだ。
このトーン、この口調……二年も離れていたにしてはやけに鮮明に覚えている。
脳機能を潰されながらの走馬灯にしては、幾らなんでも明確すぎる。

 「パパー!ごはんだよー!」

 まだ小学生だった頃の息子の声。
そうだ。こんな幼さだった。
こんな声の大きさだった。

 走馬灯が体感時間を加速して記憶を引き出しているとしても……これは……

 ***************

 2018年6月。
 私はまだ生きていた。

 走馬灯と言うには余りに生々しくリアルな五感の情報。
夢や妄想を見ているにしては、極端なまでに現実的な世界。
歩き疲れれば筋肉痛も感じるし、傷が出来ればかさぶたが出来る時間経過の仕方。

 私はここに至って、これは妄想ではないのではないかと考えた。
しかし妙な話だが、死後の世界を一瞬でも本気にしたというのに
自分が過去で生きているというSF的な事象は、初めのうちは全く信じられなかった。

 神の奇跡というものも少しだけ考えてみたものの、
そんなものがあるならあの子は死ななかったし、そもそもデスゲームなど無いはずだと考え直した。
ならば、ナーヴギアがタイムマシンにでも?

 考えてみた結果、それしか考えられないという結論が出てしまった。
本来は想定されていない、覚醒状態の脳に対する至近距離での高出力波。
それが脳に対して何らかの量子的干渉を発生させ、結果として私の脳――正確にはその中の記憶を含む情報構造が
過去に当たる私の脳に転移か構築をされたのかも知れない。

 結果として未来の私という人格が、過去の私を上書きした。
つまり私はある意味で間違いなく、それも二重に死んでもいるが
自我という意味では今ここに生きてもいる。

 タイムパラドックスはどうなっているのだろう?
ひょっとしたら、これは平行世界という奴なのかも知れない。
正直なところ、こんな不可解な現象の正確な説明は私には出来ない。
ギアの基礎設計者で量子物理学者でもある茅場あたりならまだしも……

 だが一つはっきりしている。
 私は罪と死の記憶を抱いてこの世界に生きている。
コギト・エルゴ・スムと言うのも古いかも知れないが、私にはその自覚があるのだから
自身が主張できるという点において、生きている。

 だから私は、デスゲームを無くす事にした。

 元いた世界を救えるわけでは無いとしても、私の妻子は今の私にとって現実として在る。
元の世界の妻とは違う、よく似ているだけの……量子レベルでは別人の誰かだとしても。
二年も仮想世界を現実として生きてきた私にとって、それは手放し難いリアルさを持っていた。
そして徐々に付いてきたアーガスの、茅場晶彦のコアなファンたちの反応も。

 ネットで語られる言葉や製品アンケートの返信、公式掲示板への書き込み。
それらはディスプレイを踊る文字情報などが主だったが、その向こうには現実の人が居ることを
私は感じずには居られなかった。

 この中にはまだあの子は居ないかも知れないが、私がささやかな贖罪として物品を差し出してきた
仮想世界の虜囚になった人々は。
きっとこの情報の海で、何も知らず楽しみにしているはずだ。
若き天才クリエイター茅場晶彦の繰り出すゲームの世界を。
そしてその先にある、あの広大な仮想世界をも将来はきっと。

 彼らの脳が死と苦しみと熱に満たされる様など、見たくはなかった。

 ****************

 2018年7月。

 未だ私にはデスゲームを綺麗に潰す手が思い浮かんでいなかった。
 ゲーム業界や科学界の大ニュースは記憶しているから、
株取引での大規模な資金集め自体は困難な事ではなかったが。
全く未知の現象や事態が起きる事も無く、時計の針は私の知っている通りに進んでいた。

 だが金を以って叩き潰すという手段は、出来れば最後の禁じ手にしたかった。
私自身がアインクラッドという大いなる城に開発段階では魅せられていたし、
数千の命を奪った狂気の男だと思おうとしても、茅場の紡ぎ出す世界に魅力を感じる事を禁じ得なかった。

 ゴッホは自らの耳を切り落とした自画像などを残しているが、
彼の絵は狂った意識の不気味さの表象などではなく、偉大なる芸術として世界で愛されている。
狂気と天才は紙一重というのは本当なのだろう。
私もまたクリエイターの端くれとして、ゲームの歴史を変える男に憎悪よりカリスマを感じさせられていた。

 あの世界を残したまま、何とかする方法はないか。
死んでもいいゲームにしたまま、仮想の空へと至る手段は。

 ****************

 2018年8月。

 何と間抜けな事だ!
 アインクラッドの攻略者はビーターだとか反則的なスキル持ちだとか言われていたが、
私もまたそうである事を完全に失念していた。

 デスゲームの成立要件は、結局のところ大容量バッテリセルだ。
それが無ければ電源を抜くだけで高出力波は出せなくなる。
問題は電源喪失時の安全基準のクリアだが、そのためのブレイクスルーは私の中にあった。

 アミュスフィアだ。
 三百人が未帰還だった事もあり、私はデスゲームがまた繰り返されないかと
ALOとアミュスフィアについてを調べてもいた。
そして安全性の根拠が交信用多重電界の形成の絞り込みにある事を知ったのだった。

 デスゲーム開始から一年後に発売されたALOとアミュスフィアは、
SAOと同じ事態を引き起こさないよう、しかし体感情報を出来るだけ損なう事なく
低出力化できるようにと設計されたものだ。
あの技術を用いれば、デスゲームなど無しで仮想世界に没入出来る!

 茅場の作り上げたシステムを解析し、脳破壊シークエンスやログアウト不能モードなどを
潰すというのは私の能力では無理だ。
だが、機材そのものの性能を会社関係者として改変する事は不可能ではない。
これで、暴力的でない対策は目処が立った。

 ****************

 2019年11月。

 私には試作機の問題点について事前知識がある。
クリティカルな問題解決法を提示し、比較的ではあるが茅場に近しい立場に立つのは簡単だった。

 だが行われた私の発案に、茅場は乗らなかった。
技術者らしく表向きある程度は食い付いてきたものの、深い所ではリアリティを求める姿勢を崩さなかった。

 とは言ってもデスゲーム云々などとストレートな事を言ってはいないが。
 軽量・小型化しつつ安全基準をクリアすることで、価格低下と生産性向上が出来るという
販売時の利便性についての話だ。

 この状況に至って、私は原初の問題点を考えた。
この男はなぜあんな事を始めたのか?
そもそもそこが私には理解できていなかった。

 私には資金チートと技術チートという二枚の切り札が存在する。
 最悪の場合はアーガスそのものを乗っ取るなり、それこそフィクションの世界の如く
茅場晶彦という人間一人をどこかに物理的に監禁して、ギアを商業的に差し替えてしまう事も出来た。

 だが……やはり茅場の才覚は惜しかった。
 この男の求めるものは一体何なのか?
どうすればデスゲームという狂気を鎮められるのか?
それさえ何とか出来れば……。
 
 ****************

 2020年6月。

 茅場の異世界空想は、途方も無く深く濃いものがあるように感じられる。
アインクラッドについての構想をぽつぽつと聞きだしていると、生で接したこの男の考えは
どうも私の手に負える範疇を越えている気がしてならない。

 世界のリアリティ。
 それを追い求めんとする方向性は確かに理解できるのだが……
 戦闘や武器生産以外にも釣りや料理といったスキルを大量に用意したり、
といったシステムは確かに魅力的だし、昔からネット上で仮想生活を送るゲームがある以上は
そうした需要は間違いなくあるだろう。

 だがこの男が志向するのは、ユーザーに対する娯楽提供者としての立場からではない。
世界そのものを、異世界への扉を創らんとする意識のように感じられる。

 狂気というよりは信念に近いものなのかも知れない。
捻じ曲げたりする事は出来ないだろうし、一時的な監禁などでどうこうする事は難しいだろう。

 ……私に残された手段は、恐らく一つしかない。

  ****************

 2020年12月。

 私は、茅場の同志であるかのように振舞う事に何とか成功した。

 もしこんな異世界があれば、という空想を口にして釣り上げたのだ。
 ALOという現時点では存在しない、しかしSAOと同根のシステムによって生み出された
壮大かつリアリティを伴う異世界。
その知識をさも己の空想のように語る事は、ゲーマーでもある私にとって難しい事ではなかった。

 もっともプレイヤーとして長時間を過ごした訳ではないから、大雑把なシステム面以外のリアリティ、
つまり宿やら経済面やらといった細かいシステムは、SAO時代の記憶に頼りながらの誤魔化しをある程度入れたが。

 そして12月24日。
 私は茅場をホームパーティに誘い出し、家族に紹介した。

 「夫はいつも茅場さんの事を話しておりまして」
 「こんにちは」

 彼にも予定はあったようだが、私は半ば拝み倒すようにして強引に連れ込んだ。
私の目的のためにはどうしても必要な事だったからだ。

 家族との団欒や会話もそこそこに、ある程度の紹介に留めた上で
私は茅場を庭に連れ出し、二人で会話をする時間を取った。

 「ちょっとお父さんたちはお話があるから」

 まだ日も明るく息も白い中、私と茅場は白い空を見上げながら空想を語った。
異世界での結婚とは。家族とは。子どもが初めて喋るとしたらどんな言葉か。

 そんな話を私は迫真をもって語った。
演技ではない。私自身が置かれている状況は、ある種それそのものだからだ。

 そして私は――意表を突かんとしながら、茅場に”仮の話”をした。

 「茅場さん……もし私が、違う世界から来たと言ったらどうします?」
 「いきなりだね。ロールプレイとしてはよくあると思うが」

 「とは言えそれはファンタジーの世界……いや、その世界も含みますがね。
いくつかの世界を、私は渡り歩いて来たんですよ。そして、ちょっとした予知能力も得た。
そう、例えば……貴方がリアリティのためなら命をも惜しまない人である事とか。
――それも、他人のものを含めて」

 流石にこの一言には、マスコミに対してガードの堅い盾戦士のような男でも驚いたようだ。
この男の精神に踏み込むには、この瞬間しかない!

 「確かに究極のリアリティは、その世界で寝て起きて食ってだけでは成し得ないでしょう。
ログアウトによって消えてしまう幻想ではなく、そこに在ってそれ以外には成れないもの。
その存在として生きて死ぬしかない……それは現実そのものと言えるでしょうね。
だが、全ての人があなたと同じ世界を共有出来るわけではないですよ」

 SAOの初回ロットが一万本という数字だったのは、サーバーの能力などシステム面の問題かとも思っていた。

 だが本当は違ったのだろう。
 恐らくこの男が考えたのは、世界のリアリティのための選別。
熱望されていた本物の世界、己の分身を育て戦うRPG世界を何としてでも望む者たち……
茅場晶彦に心酔し、仮想世界に心を焦がされ、アバターをアバターではなく己自身とすら思える者。
つまりは同志を募っていたのだろう。

 剣と戦闘の道に生き、或いは釣り師としてでも楽しみを見出し、鍛冶に汗を流し、情報を集め。
そうして社会が形成され、城はワールドマップという地図ではなく、住人のいる生きた世界となる。
この男が見たかったものとは、それなのだろうと思う。

 「……確かに、東くんくらいだね。私の空想について来られたのは」
 「そりゃあ、私のは空想じゃないですからね。悪いですが、アルヴヘイムの空想に付いては
半ばでっちあげですけどね。私の本当の出身世界の一つは、アインクラッドです」

 この一言も直撃を得たと思ったが、茅場は微苦笑すると
透徹した瞳で私を見据え、頷いた。

 「なるほど。君の話にはどこか妙というか、違和感はあった。
どこかシステム全体では噛み合っていない点があるのに、それでいて既視感というか
まるで私の考えに共鳴しているかのような空気があると思う時があったんだが……」

 流石に頭のデキが違ったか。
釣り上げたと思っていて、実は私は泳がされていたのかも知れない。

 「とはいえそこは、ゲーム内フィールドとしての城ですが。
私はその世界の中に閉じ込められ、二年の間そこで生きていました。
状況もろくに理解できない小さな子どもや、親元へ帰ろうと無理をする子ども。
そんな子たちの涙を少しでも止めようと。そして……私にはそれが出来なかった」

 私の眉根を歪ませて搾り出した言葉にも、茅場は瞳の色を変えなかった。
この男にとっては、プレイヤーの命は奪って楽しんだりする為のものではない。
己の世界に引きこみ、世界を構築する要因としての存在だ。

 世界のどこかでは老人は死に、事故や犯罪は起こっている。
 しかしそれは現実という世界のシステムそのものであり、それによる死があったとしても
宗教的には神の思し召し、確率論的には運、そういった言葉で表される現象だ。

 この男は数多の人間を死へと追いやった元凶だが、その発想の根幹は
PKギルドの狂人とは方向が違う。
死すらシステムに取り入れたいという願望が表れているだけなのだろう。

 「そして私は現実に帰還し、贖罪のためにと証言をしました。
そうして生きて行こうと思った矢先、馬鹿をやった男に失望し……命を絶とうとしました。
いや、実際には絶ったと言っていいでしょう。私は、ナーヴギアで脳を焼いた。
だが覚醒状態で行ったせいなのか何なのか、意識だけがこの世界に飛ばされてきた。
この意味が分かりますか?」

 「つまり、君にとってはこの世界は――過去世界だと?」

 「ええ。ですが同時にこの世界は私にとって、厳密には異世界です。
知識や記憶を元に行動をすれば、世界にちょっとした影響を与えられる。
だからこそ、一介の研究員からこうして貴方と言葉を交わすまでの距離に近づけた。
息子や妻に言ってしまった失言をやめたりも出来たし、予定を忘れて怒られる事もなかった。
まあ、家庭円満という所ですな。だがそれは知識に基づいて補われた部分もある。

 つまりは過去のリプレイでもないし、かといって本当の意味でのリアルタイムの人生でもない。
量子論の細かい事は分かりませんが、今の私は言わば脳に宿った魂だか幽霊のようなものですかね。
だからこそ、言える」

 「何と?」
 「異世界というものは、ある。あなたは世界を創ってまで探さなくていい」

 この男なら、この言葉だけで真意は伝わるだろう。
本物の命、本物の世界、本物の生活。それを私は体現しているのだから。

 過去から来ながら、家族とも隔たることなく暮らせている。
茅場晶彦という本来なら足元にも及ばぬ天才と近しく言葉を交わすまでになった。
これを以って証拠とする事が、私に使える最後の穏健な手段だ。

 デスゲームなど、しなくてもいい。
命と現実の時間を人々から奪い、飢えや恐怖に苦しませる事を
世界のシステムとして再現させなくてもいい。
私自身が異世界の存在する証明だ。


 「もしも過去に戻れたら。もし生まれ変わってやり直せたら。
そんな空想もまた数多いのは確かだな」


 ……やはり突拍子も無さすぎたか?
妄想が過ぎて偶然に自分の目的を看破した、ただそれだけの人間と思われたか。
それとも頭のおかしい危険人物として排除するつもりか。

 「だが、君の話は妙に――分かるような気がする。
偶然とは言えないほどリアルに、君と私の中でのアインクラッドは一致したからね。
過去からのやり直し、か」

 茅場はこの一言だけを区切りに、家の中へ戻ろうと私を促した。
そして、予定の時間まで特に何が起きるでもなく私達四人は料理を食べ、世間話などして過ごした。
その流れで茅場の恋人との予定についても出てきたあたりで、私たち家族は見送りをする事に。

 「茅場さん、面白いゲーム作ってね!」
 「RPGは好きかい?」
 「うん!」

 息子に対する微笑みは、やはりどこか超然としていた。
 クリエイターとユーザーというよりは、やはり神か――異世界人と地球人。
そんな、どこか距離を感じさせる透明な雰囲気があった。

 SAOのデスゲーム化、その要件自体は物理的なものだ。
ステータスが理不尽な差を生むのがRPGなら、資産額が物を言うのがリアルの世界。
私が個人として介入できる行為は、最早無い。

 最後のカードを切るべき時は、見誤れない。
茅場は剣と戦闘に、死を混ぜたあの世界を作るだろうか?

 ****************

 2024年。

 ゲーム史に名を刻むであろう、SAOとVRMMO世界の基盤。
その創造の種を撒いた男は、この世界から消えた。

 ”死んだ”

 医学的に評するのならば、間違いなくそうだろう。
だが量子力学的には不明である。
私は、生きているという自覚があるなら生きていると思っている。

 ならば脳を焼き切るほどの大出力波でスキャンして、
人格を電脳化しようという試みは。
成功しているのならば、そして自我で己を律しているならば。

 そう。
 茅場は消えただけなのだ。
この世界から、どこかにあると信じる鋼鉄の城へと飛び立つために。

 私は茅場の死を、彼の恋人からの言葉で知った。
 彼の空想癖や友好関係を知っていた身近な相手だけに、
彼にある時期強く近づいていた私の元にも訪れたようだ。

 茅場は、元々どこか現実世界の人間とは一線を画した所があった。
マスコミへの露出の少なさ、SAOをデスゲーム化する考えを秘めていた事。
考えが理解しきれずに、関わった者に何かを求めようと考えるのは不思議ではない。

 私はクリスマスに行った会話と、それを元にした類推だけを話した。
茅場が求めるのはリアリティをも超越した、ここではないどこかにある現実だったのだろうと。

 その後、私は彼女の始めた医療用VRマシンの開発に投資を行う事にした。
 病に苦しむ子どもに、自由な世界を提供できる。
それは私が資金チートで得た金の使い道に相応しく思えた。

 須郷や犯罪傾向のあるネットゲーマーを見張るのに使うよりは、余程いい。
 能力自体はあるとはいえ、ヘッドハンティングを装って目の届く会社に置いて働かせてみたり、
探偵じみた事をする会社を作っての監視を行ったり。
そういうネガティブな方向での金の使用は、余り楽しいものではない。

 どうせチートで稼いだあぶく銭だし、この世界に対して使える時間ももう余りない。
最後の世界への介入として盛大に使うことにした。

 ここから先の人生は――間違いなく今の私の未知なるリアルなのだから。


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