「ふぅむ……分からん」
斎藤初はIS学園初日の授業を終了し、割り当てられた寮の部屋に戻る事もなく、さりとて所属する予定の剣道部にも足を運んでいなかった。
分からないという言葉だけ聞くならば初日の授業で理解できない点でもあったのだろう。
それゆえに放課後の教室にて教科書とノートを見比べている……なんて事もない。
この学園では特筆すべきものではないが、一般の標準を上回る学力は専門用語が飛び交うIS学園の授業をまだ初日とはいえ、問題なく理解できた。
「この箱は苦手だ」
問題は今日の授業の内容ではなく、目の前に鎮座する箱 正式にはパソコンの取り扱い。
情報化社会と呼ばれるようになって久しい世の中、どんな学校にもコレが設置されている。
もちろん教育施設の最先端を行くIS学園にも最新鋭のパソコンが並ぶ専用の部屋が存在した。
初日の放課後と言う事も在り、そこには多くの人がいない。
大きな部屋を独占してこそいるが、その表情は間違いなく苦悶の色。
どんな強敵と戦う事になろうとも、引く事を知らない元新撰組の剣士では考えられない。
「……」
もはや言葉すら出てこない。直接的に表現するならば彼女はいま、苦境に立っている。
昔は無かったこの便利な器械を扱うのが苦手なのだ。たどたどしい手付きでマウスを動かして見ては、首を捻るしかない。
いわゆる一つの機械音痴。ただそれだけ。得たい情報を手に入れる為、無理を承知で此処に来てみたは良いが、彼女の手は一切進んでいない。
「斎藤さん、何してるの♪」
後ろから感じるのは抱きつかれた衝撃。
「っ!? 俺が後ろを取られるとは」
幾ら眼前の強敵に集中していたとはいえ、少し鈍っているのかもしれない。鍛え直さなければ。
振り返れば入学初日にして出来ただった一人の友人、昔の俺のファン、相川清香が立っている。
「相川か……少し調べ事を」
「オルコットさんのこと?」
負抜けているようでしっかりと状況を把握する能力を持っているようだ。
でなければこの恐ろしい倍率を誇る学び屋へと足を踏み入れる事は出来ないだろう。
「あぁ……初見で勝てるほど容易い相手ではないだろうからな」
激動の京から明治初期まで、戦う相手の事を完璧に把握していたことなど数えるほどしかない。
敵とは常に未知数なモノだが、万が一にも情報を持っているならば圧倒的優位である事も間違ない。
「代表候補生だもんね?」
国が世界に誇るIS操縦者。それがIS国家代表だ。大小はアレ、一国最強の称号。
国を背負って立つ最強の一歩手前、IS操縦者という狭き門よりもさらに狭き門。
あと一歩で最高の名誉を手に掴めるそんな強者である。
「剣だけならば相手にもならないが、今回はISでの戦い。完全に向こうの土俵、少しでも情報が必要だ」
片やISに触れた回数は二回、そのうち戦闘は一度だけ。
片やIS稼働時間で数百時間、戦闘経験は公式戦のみで年に十数回。
それだけ聞くならば勝敗は既に決しているといえる。それにもし少しでも逆転する可能性を見出すならば……情報だろう。
「うんうん、それでインターネットだね? 何か分かった?」
「俺はこの機械を扱うのが苦手だという事だけは分かった」
「……」
気まずい沈黙の後、相川は言った。
「変わろうか?」
「頼む」
俺はあっさりとパソコンの前を譲り渡した。剣は武士、餅は餅屋、悪即座は新撰組である。
セシリア・オルコットはIS学園での初日の授業を終えて、ある場所を目指していた。
その場所は職員室。目当ての人物は直ぐに見つかった。というか、話し易そうなら誰でも良いのだ。
この部屋にいるべき人間、教師であるならば。
「山田先生! お聞きしたい事が在ります」
「オッオルコットさん? 何か授業で分からない事でも!?」
『授業で分からなかった点を放課後に生徒が質問しに来る』
そんなIS学園に就職してから夢に見つつも、みんな優秀でなかなか恵まれなかった夢のような出来事の発生に歓喜した者が一人……
「違います!」
「しょぼん……」
……歓喜から失望へと突き落とされるのは山田麻耶。セシリア・オルコットの副担任である。
ずれ落ちた眼鏡を直すと小首を傾げて、再び問う。
「ではどんなご用で?」
「斎藤さんの事です」
イギリス代表候補にして、入学試験にて教師に勝利した数少ない人物。
行き成り決闘騒動を起こすなどしているお陰で教師の中でも彼女の認知度は高い。
そしてもう一つ出て来た名前もかなりの有名人と言えるだろう。
「彼女は本当に一般入学者なのですか?」
「えぇ、他の受験生と同じように対応しましたから」
そう言い切った麻耶だったが、彼女が一般人なのか?という点には疑問を感じないでもない。
斎藤初 中学生剣道大会の個人戦で準優勝という事以外は、何処にでも居る一般的な受験生だ。
そう……普通の学校ならばそこまでだろう。だがここはIS学園。強大過ぎる力を自在に扱う物を育てる学び屋。
調べるべき事は多岐にわたる。学校の成績、大会などの優勝、地域での活動。そんな誰もがアピールしたい点だけではない。
IS適正試験をクリアーした全員に行われるのは国家権力を総動員した身辺調査。
そこで見つかったのは数々の問題行動。他校生とのイザコザは日常茶飯事、相手は高校生なんて事も珍しくはない。
コンビニ強盗に遭遇しては叩きのめし、暴力団の事務所での大立ち回り。その共犯は現中国の代表候補生というのも出来過ぎている。
「もしかして……実技は山田先生が?」
規定として示されている範囲を何処までも厳守するならば、もちろん一切の情報を口にするべきではないのだろう。
だがそれも在る程度の自由が許された範囲であり、一般人レベルでミーハーな精神を持つ麻耶はあの戦いを誰かに語りたい衝動に襲われていた。
「そうなんですよ……実は」
一応は周囲には聴こえないようにコッソリと。だがセシリアの耳には届くようにしっかりと。
「凄い……『突き』だったんです」
結局のところ、それ以上の情報を与えられる事もなく、セシリア・オルコットは職員室を後にした。
専用機を所持し、代表候補生として長時間のIS稼働実績を持つ彼女をこれ以上決闘で優位にすることは、余りにも不公平であり、セシリア自身がそう感じたからである。
「オルコットは斎藤絡みか? 山田君」
「はい、織斑先生」
セシリアと入れ替わりに麻耶の席を訪れたのは織斑千冬。IS学園教師陣の中でもっとも有名かつ、世界中のIS乗りの中で最も強いだろう人。
たった一人のブリュンヒルデ。麻耶の憧れであり目標。他人に厳しく、自分にはもっと厳しい教える者の鏡。
「何か教えたのか?」
「つい……『突きが凄い』ってことだけ零してしまいました」
その事実を口にするだけで嬉しそうな後輩の様子に千冬は苦笑する。
『そんな一般的で女子らし過ぎる精神が国家代表の椅子を逃した理由だと思うぞ?』なんて、口が裂けても言えない。
「ふん……それでは余りにも不公平だ。斎藤にもプラス要素が在ってしかるべきだろう……な」
情報は力である。これはどんな状況であれ、どんな微かな情報であれど通じる点だ。
『凄い突き』という余りにも小さな情報だが、それだけで一つ意識の内に防衛線が張られる。
これにより麻耶が完全に食らってしまった奇襲はその確率を大きく下げるだろう。
「わっ!」
千冬から投げ渡されたのは書類だ。ISの譲渡などに伴う書類。
たった一機の所属が動くだけで軍事バランスに少なくない影響を与えるIS移動に関する書類である。
一年かけて覚える一年生の教科書に匹敵する厚さだ。その最序章、最も簡潔に事柄を言い表している部分に目を通して、麻耶は呟く。
「倉持技研から……機体稼働試験の依頼……新型ですか!?」
倉持技研と言えば日本を始め、数カ国で主力ISとして使用される傑作機 打鉄を製造した会社。
世界では同じく多くの国で採用されるラフェールの製造元たるデュノア社と並ぶIS企業。
どんな国家 どんな企業とも平等な関係を吹聴するIS学園とて、本拠を置く国が同じ事などからも、一切の影響を排除する事は出来ない。
故にこう言った試験機などの稼働テストなどが回ってくる事は珍しくはない。
ただでさえ生徒数と訓練機の数が釣り合っているとは言い難い状況、こう言った突然の申し入れもIS学園側としては好意的に受け止めるしかない。
「正確にいえばマイナーチェンジと言ったところだな? 普通に扱えばただの打鉄と変わらん。
余り得意な者が居ない分野だし……どうだろうか? これを決闘とやらの日まで斎藤に預けるというのは?」
代表候補生の専用機持ちでも無ければ、授業以外で定期的かつ長時間にわたってISに触る事は難しいのが現状だ。
つまり専用機など持っている訳もない一般受験者である初には、『練習に励む』という最低限のラインにすら、立てていないのである。
「それは名案です!!」
これにより少なくとも決闘と言うイベントが行われるまでは、『練習に励む』というIS操縦技術習得の最低ラインを満たす事が出来る。
それだけではもちろん代表候補生と並び立つ事は叶わないのは明白だが、その小さな努力でどれだけのモノになるのかが既に興味の対象だった。
結論からいえば一年一組担任・副担任の二人はこの決闘騒ぎをそれなりに楽しんでいた。
「訓練機の占有……真面目に順番を守ってる連中に闇討ちされそうだな」
突然告げられた決闘当日までのIS独占使用許可に首を傾げながら、斎藤初は寮内に与えられた自室へと歩を進めていた。
手にはカバンと渡されたばかりの一時的とはいえ、ISを専用として使用する事に対する書類の束のみ。
少ない私物は既に部屋に運ばれているらしい。
「確か二人部屋だったか」
老人となるまで男として生き、女になって15年ほどたった初だが、いまさら『女と同じ部屋に住む』という事実に特段の意味を見いだせはしない。
ただ自分のような人間と同じ部屋で暮らす人間に僅かながらの同情を感じるだけだ。
だがもう少しで与えられた部屋に辿り着く……そんな時にそれは目の前に立ち塞がった。
「開けてください……お願いします……」
「何をやっている織斑」
コイツは俺の眼前に現れるたびに何かトラブルを起こさなければ気が済まないのだろうか?
腐れ縁のIS学園たった一人の男子がとある部屋の扉に縋りついて、情けない声で鳴いていたのだ。
「おぉ~初! 助けてくれぇ」
徐々に数を増やしている野次馬達の存在にも後押しされ、一夏は切羽詰まった様子。
掻い摘んで説明すれば、『同室だった篠ノ之箒と一悶着あって追い出された』らしい。
というかどうして男と女が平然と同室なのだろうか? 世界トップの学び屋は良く分からない所なのかもしれない。
「まぁそのなんだ……」
更に言えばこれ以上ここで二人して留まるのは避けるべきだろう。
完全に巻き込み事故として俺まで好奇の視線に蝕まれている。打ち込まれる剣は斬り払えるが、打ち込まれる視線は払えないし、避けられない。
一番簡単なのはこの哀れな羊を置いて、サッサと自分の部屋と退散する事だ。しかしコレを放置するのは余りにも気が引ける。
「俺の部屋でも来るか?」
後で何を言われるか分からないが、今すぐこの状況を打破するためにはそういうしかないだろう。
視線の斬撃が無数からまだ見ぬルームメイトに限定されるのも大きいし、新しい学校における初日というのいかなる頑強な精神を持つ者でも消耗する。
ぶっちゃけた話が疲れているのだ。早く部屋でゆっくりしたい。
「本当か!? じゃあほとぼりが冷めるまで……」
心の底から安堵の表情を浮かべた織斑を引き連れて、ドアの前から離れようとした刹那、その声は響いた。
「いちかぁああ!!」
「ほっ箒!?」
「入れ!!」
一瞬の出来事だった。
「……」
『部屋に入れない』と嘆いていた腐れ縁は一瞬で扉へと吸い込まれ、廊下と群衆の眼前には己だけが残される。
もうアイツを助けるために僅かな親切心でも出すのは止めようと斎藤初は誓った。
「お~はじめんが同室なんだぁ~」
「あぁ」
「私はねぇ布仏本音~のほほんって呼んでくれて良いよ」
「あぁ」
「セッシー相手に決闘なんてやるぅ~」
「あぁ」
「あ~楽しくなりそう」
……追伸、同室は良く分からんヤツだった。
「……」
セシリア・オルコットとの決闘を前にして、斎藤初が使用するピットには彼女以外の人影はない。
先ほどまでは……
「打鉄用兵装の中ではコレが条件に一番合致するかな?」
「あぁ……助かる」
「絶対勝ってよ? 三番隊組長殿♪」
相川清香に前世との奇妙な縁で結ばれた小説との関係で会話が弾み……
「最初は俺が戦うもんと思ったんだけど……迷惑かけちまったな」
「知らん。俺が戦うのは何時だって」
「おのれ自身の正義の為……だろ? 勝てよ」
織斑一夏と中学時代と変わらない会話を交え……
「頑張ってねぇ~はじめん」
「……」
「今日の夕ご飯は私の奢りでかけそばだよぉ」
ルームメイトである自称のほほんと訳が分からない会話をしたりしていたのだが、今は彼女一人だった。
「ふぅぅぅぅ」
深く息を吐く。息と共に無駄な思考が吐き出されていくのが分かる。
身にまとった打鉄と手に握った近接格闘ブレードが戦装束。
ここ数日の鍛錬でかなり身に馴染んだソレら。スリ足で数歩動き、ブレードを二振り。
試験の時とは違う実感。我が身のように……とは行かないが違和感は確実に薄い。
「行くか」
試合開始のカウントダウンが聴こえ始めた。
カタパルトによって打ち出されれば、そこにはたった二人が戦うには広すぎる空間。
周りに少なくない数のギャラリーが、透明性抜群にしてIS兵装の直撃に耐えうるシールドの向こうに見える。
そして対戦規定に盛り込まれた高度にて待つのは……敵。
「最後に貴女が謝罪するチャンスを上げる……なんて言っても無駄なのは分かっています」
第二世代量産機で在る打鉄と第三世代ワンオフ機であるブルーティアーズ
剛健な灰色とは異なる壮麗な蒼。平凡な黒髪とは異なる輝く金髪。
IS兵装としては地味な近接格闘ブレードと長大なビームライフル スターライトMk3。
斎藤初とセシリア・オルコット。此処で向き合う全てが違う。
それでも一つだけ変わらないのは戦う者として表情。
「ならばやるべき事は一つだろう」
「クスッ! 日本のサムライは鉄面皮に見えて激情家なのかしら?
ISのセンサーを通すと貴女の鼓動が早まっているのも分かりますわ。
戦闘機動前にしてその数値は少し……意外と緊張していらっしゃるの?」
自信がたっぷり詰まったそんなセリフには嫌味がなく、ただ輝くような余裕があるだけだ。
しかし残念な点を上げるとすればもうすぐ試合開始である事と、それを受けたのがそう言った事に一切頓着しない斎藤初だった点だ。
「緊張? ふん……万能のISでも鼓動が速い理由までは分からないとみえる」
初が試合開始を告げ得るブザーを数秒後に控え、構えるは基本の正眼。
「これは緊張ではなく昂りだ。そして昂る理由はただ一つ……俺自身の正義の為だ」
鳴り響くブザー。既に真剣な色のみを映した二つの視線が交錯する。
「踊りなさい!」
セシリアの腕が跳ね上がる。目標を捉えた銃身から吐き出されたビームの奔流。
幾らISの防御力を持ってしても、数発受ければ致命傷足る砲撃。
浮遊するという特性やパワーアシストによって、ISの装備は搭載限度かなり広いのだ。
長大な砲身が可能にする大威力とビームと言う特性が生み出す速度が初に襲い掛かるが……避ける!
「これが厄介なものである事は良く分かっている」
前の人生で初は剣に生き、剣に死んだ。だがそれゆえに『銃』という物の特性を良く理解していた。
圧倒的な数も個々が磨いた武も一瞬で無に帰す当時最新鋭の銃火器。それこそ維新側が勝利した大きな理由だという事を。
「もっとも性能だけ比べれば……余りにも違い過ぎるのだろうがな」
単純な威力、連発性、射程距離。
それらの全てにおいて、初が前世で『避け続けられた』銃はいま彼女を襲っているモノと比べれば、玩具に等しいのかもしれない。
だが一つだけ……『偶然性』と言う点で劣化していると言って良い。
「銃口の向き通りに飛ぶのは避け易い」
己の身一つだった過去は勿論、最新科学で守られた現在でも弾が発射されてから避けるなんて、事は絶対に出来ない。
IS戦闘・過去の戦い、どちらでも弾を避けるのに必要なのは予測である。
砲口の向き、射手の状態などの情報から導き出される予測。
そんな予測を狂わせるのはいわゆる偶然性。風向きで容易く軌道を曲げ、不揃いな形状故に真っ直ぐ飛ばない弾丸だ。
そしてそれらが生み出す運の要素。どんな強者もあっという間に刈り取る圧倒的なモノ。
これが少しでも良ければ近藤さんは狙撃されたり捕まらなかっただろうし、沖田君も肺の病で戦えないなんて事態には成らなかっただろうと斎藤一は回想する。
そして精度を忠実に上げた優秀な兵器を相手にするのに運や偶然性は殆ど影響を与えない。
さらにそれ自体が精度の高い予測をしてくれるISに加え、偶然と運に抗い続けた歴戦の勘と反射。
それこそIS初心者といって差し支えない斎藤初が戦闘開始時から数分間、代表候補生であるセシリア・オルコットの砲撃を避け続けられた理由だった。
『なっ! なんなんですの!?』
セシリア・オルコットは既に数える事を止めた引き金を引く行動を行いながら、内心で叫んでいた。
普通の方ではないと言葉を交えた時点で理解しているつもりだったが、これは余りにも予想外。
避けるとは思っていた。だがこれほど余裕を持って回避されるとは思わなかったのだ。
初撃が避けられてもそこから自分の優位な間合いを維持しながら追い込んでいく。
それがこれまで構築してきたセシリアの戦い方だった。
『この方はいったい!?』
IS操縦熟練者が相手でも、徐々にだが確実に追い込んでいく事が出来た。
確かに攻撃回数ではこちらが圧倒的に勝っている。相手はその刀を一度も振ってはいない。
それでも完全にこちらの間合いに追い込めていない。相手も避けられるが、決定打を与えきれない位置、それこそが理想。
だがそこに至ってはいない。各種兵装を扱う相手と戦い、その大部分に勝利してきたセシリアだからこそ分かる。
『ここはまだあちらの距離』
日本型近接格闘ブレードの有効距離は当然頭に入っている。
イグニッションブースト 瞬時加速でギリギリ斬りこめるかという間合い。
それが無ければ少し遠すぎる距離を維持して、撃ち掛けてられてはいる。
だが相手の距離だと確信を持ててしまうのは、その視線だった。
『この距離ならば一撃で踏み込み、切り捨てる事が出来る』
そんな確証を持った獲物を遠巻きに狙う狼の視線。
これ以上『真価を発揮しないまま』撃ち続けるのは余りにもリスクが大きい。
だがブルーティアーズがブルーティアーズたる由縁を起動するには、やはり僅かながらの『間』が必要になる。
ただ追いかけ回されているだけではない危険な獲物がそれを逃すとは思えない。
思考は一瞬。代表候補とは数少ないIS操縦者の中でも更に限られたエリート。
ここまで上り詰めて来た戦闘の経験は伊達ではないと自負しているし、自分の腕も与えられた機体も信頼している。
そして数少ない敵の情報が決断させた。
『凄い……突きだったんです』
『もう少しだけ非道に馴れればIS日本代表だった』と言われる山田麻耶教諭を持って、そこまで言わしめた攻撃は『突き』である。
その情報でISでは無い方のブルーティアーズを起動させる隙を埋められると判断した。
「さぁ! ここからでしてよ!?」
力を込めた宣誓と共にセシリアは新たな兵装を展開した。
「好機」
ビーム砲撃に追われて、ジグザグに飛行し、急旋回し、急制動し、それでも外さなかった視線の先で敵の動きが僅かに止まったのを初は確認した。
そこからは既に流れるように構えられた。前世で何度放ったかも解らない最高の技。
ISでの練習もその半分をコレを完璧に放つ事に費やしたのだから。
「片手?」
余りにも自然な動きであったが故に観客たちからは、それが大きな意味が在るとは思われず、ISのセンサーを通して見たセシリアだけが理解した。
『来る!』と
「牙突」
呟き一つ。踏み込みは衝撃。
「っ!?」
驚愕は一瞬。反応は更に一瞬。突き込まれるブレードの剣先が僅かに見えた。
想像の全く上をいくその一撃をセシリアが回避できたのは、事前の情報と最適化された専用機という存在、そして偶然の産物。
「貰いましたわ!」
だが避けた。普通ならばそれで油断する。そこを命を刈り取る横薙ぎが襲う。
新撰組副長 土方歳三の考案した『平突き』に死角はない。本来ならば……
「ちっ!」
初は舌打ちを一つ。横薙ぎを意識された様な防御をされた訳ではない。
だが追撃できない。セシリアは横では無く『縦』に裂けたからだ。宙返りのようなものなのかもしれないが、深くは理解できないし、実現も不可能だろう。
ISにおける戦闘経験では代表候補生に勝てる訳がないし、IS独自の機動などまだ学習していない。
視界だけが追い付き、飛び去る方へと体を向ける前に初が聞いたのは、勝ち誇る美声。
「今度こそ! 踊ってくださいませ、ブルーティアーズが奏でるワルツで!!」
主の叫びと同時にブルーティアーズから幾つかのパーツが分離する。
もちろんただ落下するというはずもなく、飛行しビームを撃ち始めたソレこそが『本来の』ブルーティアーズ。
IS同様に慣性制御で飛行し、ISからのエネルギー供給でビームを放つそれこそが、セシリアの切り札。
「これは辛いな」
単純に銃口の数が増えるだけでも、回避と言うのは難しくなるものだ。
もちろん初とてそういう経験を一だったころに何度かしているし、それを切り抜けて来た。
だがあの時とは違う要素がある。まず障害物がない。そして今度の銃は思った通りにまっすぐ進む。
なによりも撃つ意思が一つであるが故に完璧な連携がある。故に先ほどのような回避は出来ない。
無傷である事は勿論、自分が優位な間合いを維持できないのは、余りにも勝利から遠ざかる。
「だが……この状況は予測していた」
そう、セシリアが初の切り札が突きであると知っていたように、初もセシリアの切り札がこのBT兵器である事を知っていた。
確かに国の最先端軍事技術であるIS関連のそれは秘匿しておきたいモノだろう。
だがISにはアラスカ条約を筆頭とした公開義務とスポーツとして取り上げられるニュース性がある。
一般人でもほんの少しパソコンの前で格闘すれば、僅かな情報くらいは手に入るものだ。
たとえば非公式サイトにアップされていた候補生同士の対戦などが……
「本当に相川には感謝だな」
本来ならばそんな所に括りつけておく必要はない『もう一つの』武装をアンロックユニットたる盾の後ろから、初は引き抜き……構える。
元より得意な分野でもない。しっかりと狙いを付けた所で、どれだけの変化が在るかも不確か。
だから直ぐに『撃った』。単純な身体能力ならば全盛期の上をいくIS装備の女子の体は、苦手なはずの火薬炸裂の反動を思った以上に抑え込んでくれた。
「なっ!?」
ブルーティアーズの一機に当り判定!? セシリアは伝えられた情報に驚きを感じざるえない。
確かに小さく動き回るBT兵器を撃ち落とすのはかなり難しい……が出来ない事はない。
ISという最先端技術の塊と鍛えに鍛えた人間の技が在れば可能であり、奏された事は何度も在った。
だがそれは各種銃火器を始めとした遠距離武装の扱いに熟達した代表候補などの話。
いかに剣術が空恐ろしいモノであろうとも、この前まで銃など撃った事があるはずもない初では……
「ショッ! ショットガン!?」
一般的には発砲と同時に無数の小粒な弾丸 散弾を撃ち出す銃器の総称。
弾が小さくばらける故に遠距離には対応できないが、近距離で弾ける故に精密な狙いが必要無いので素人でも簡単に扱える。
だがISでは余りメジャーとはいえない。小さな散弾でも人間ならば致命傷足るが、ISの防御には余りにも無力だからだ。
本来ならば目くらましに使うか、致命傷を狙うならば近距離での連射が必要なのだが、いまこの時だけはもう一つ有用な使い道があった。
『飛び回る小さな標的に僅かでも当てること』
ブルーティアーズは基本的に初とセシリアの中間を飛び回っている。
そして防御自体もISに比べれば紙も同然だ。距離と威力の弱点をカバーし、銃に素人である初でも当てられる可能性が在る。
「今日の晩飯は奢るよ、相川」
本当に持つべきモノは前世のファンだと呟く。
当たり易いというだけで最後はどうしても運任せになってしまうが、幸運と情報の女神たるクラスメイトの加護からか? 一撃目で命中。
撃墜足りえなくても問題はない。
「あとは得意分野で」
小さな一撃でもブルーティアーズ同士の連携、主からの指示を一時的に阻害するには十分な衝撃。
そこから狙うのはもちろん……セシリア本体では無く、狙うのはブルーティアーズ。
「本当に何処までも……」
数秒だ。混乱していたのはそれくらいの時間だろう。それだけであの輝く刀はブルーティアーズを斬り落とし、同じ調子でこちらに突撃してくる。
数分間の攻防でスターライトMKⅢの性能と射手の腕を理解したのだろう。
一直線に向かってくる何処にでもある打鉄に当てる事が出来ない。もう直ぐにあの技の間合いだ。
一度目を完全に避けられたからと言って、同じようにいくとは到底思わない。
「何処までも」
突撃の最中で腕が動く。左手だけでの突き込みの構え。添えられるだけの右手。
心臓の鼓動が高鳴る。ハイパーセンサー越しには敵の表情が見えた。何時も通りの無表情……ではない。
この時、理解できた。表情には動きはないのかもしれが、そこには輝きが在る。
獰猛で、純粋。冷たく、熱い。それが素敵だと思った。例え殺意染みた交戦の意思が混じろうと、その輝きは鈍らず、勢いを増す。
『どこまでも素敵な方!!』
言葉は己の中だけでセシリア・オルコットは叫ぶ。同性だとかそう言った事は頭から飛び出していた。
ISという絶対の鎧を身につけて居なければ、とてもでは無いがこんな事まで考える余裕は無かっただろう。
戦い続けていた母に憧れたように、戦わない父に嫌悪感を覚えたように……セシリアはそういう人物が好きなのだ。
自分よりも闘う人、自分よりも輝く人。そう在りたいと願いながら、そう言う人に守られたいとも思っている。
そして出会ってしまった。前世を数えればもうすぐ100年にも届くほど……正義という意思で戦い続ける狼に。
そんな人物に……
「勝ちたい!!」
最期のブルーティアーズを機動。これを使った事は公式戦ではない。つまりどこにも情報はない。
腰のアーマーが脱落し、噴煙を上げて飛翔するミサイルタイプ。流石に驚きで顔を歪ませる相手。
だが回避は間に合わないだろう。機体を覆い隠すほどの爆炎が上がる。
「士道に背く事有るまじきかな」
「っ!?」
IS反応、しかもこれは……
「セカンドシフト!! 訓練機なんじゃ!?」
「なるほど……打鉄マイナーチェンジ、試作運用機だったな」
爆炎から飛び出し、牙突を放った初の姿は先ほどまでとは違っていた。
浮遊物理シールドの形が流線形へと変わり、後部スラスターが広がり大型化。
カラーリングも変わっている。渋い灰色は白に浅葱色のダンダラ文様へと。
「打鉄改修機 斬撃強襲突破型……名前が無いのか? 『剣狼』というのはどうだ?」
『承知』
専用機とする程のコストと時間をかけず、量産機に調整を加える事で多くの自体に対応可能にする。
そんな目的の為に作られ、織斑一夏の騒動などでお蔵入りしていた試験機。それが斎藤初の手に渡った幸運。
「さっきよりも早い!!」
近接戦闘での能力を向上させ、防御力を維持しつつ、速度を高める改修。
本来ならば一般兵器に対して速度と防御で肉薄し、短時間で撃破する事を目的として居たようだが、これは間違いなく『突き』との相性が良すぎた。
「今度は逃がさん」
突き込まれた剣先がスターライトを抉る。先の完全回避には遠く及ばない。
そして……横に避けていた。となれば……抉るだけでは済まされない。両断され、本体にもダメージ。
「ぐぅっ! インターセプター!!」
元よりBT兵器の実験機体であるブルーティアーズには多くの兵装が積まれていない。
後は本当にお飾り程度、実戦では殆ど出番がないショートブレードのみ。
先ほどまでの洗練された動きとはいえない。だがしっかりと闘志を乗せた構えに初は面白そうに呟く。
「剣術は余り得意ではないらしいな。一手、ご指南しよう。レイディ?」
数分後……先ほどまでの高度なIS戦闘が嘘のような純粋な斬り合いは狼が勝利をもぎ取った。
「で……なんで俺がクラス代表なんだ?」
「それは俺が辞退したからだ」
後日開催された『織斑一夏クラス代表就任記念パーティー』の会場で祝われる本人は心底不思議そうに問う。
答えたのは決闘に勝利したはずの斎藤初。クラス中が既に決闘の勝利者ではなく、自分へと祝福を送ってくる異常事態に、一夏は首を傾げる。
「なんでだよ!? 戦う機会も多いんだろ? お前そう言うの好きじゃん!!」
「こっちにもいろいろ事情があるんだ。察しろ、阿呆が」
理由なんて至極簡単。すっかり忘れていた試験機のセカンドシフトに飛んできた倉持技研の技術者の呟きが原因。
『これの運用結果も欲しいけど、やっぱり織斑一夏の方がな~』
まぁ、当然だろう。何せ世界でたった一人の男性操縦者だ。ただちょっと突きが凄い自分などよりも価値が高いはず。
だからこう切り出して見た。
『アイツにクラス代表を譲るから、この機体を自分専用にして欲しい』と。
クラス代表になっても振るう刀が手元から無くなっては本末転倒だ。
修練を続けて行う事が出来るという選択肢の方が初としての旨味が大きい。
「幸いにしてクラスにはお前やオルコットが居るからな……相手には困らない」
「織斑さん……なんか先生と被るので一夏さん! このセシリア・オルコットを破った……初さんがクラス代表を譲られたんですからね?
無様な姿を見せる事が無いようにお願いしますわよ!?」
近寄ってきたセシリアの口から放たれる言葉に一夏は首を傾げる。
そう言えばすっかり忘れていたが、最初は自分とのケンカが原因だったはずだ。
その後も初とは物騒な感じで……随分と仲が良さそうなのはどうした事か?
「それでその……初さん? 明日の放課後なんですけど」
「あぁ、お前には剣を教えて、俺はIS独特の機動を教わる。だったな? オルコット」
「貴女は『キョウテキと書いてトモと呼ぶ』間柄なのですから……セっセシリアと呼んでくれて」
そこに何故か飛び込んでいく相川さん。
「斎藤さんと仲良くするのは私を倒してからにしろ!!」
「なっ!? それは決闘と受け取ってよろしくて!?」
「おうともさ!!」
そんなヒートアップする二人を横目に、初が心底うんざりした口調で呟く。
「阿呆が」
クラス中を満たすのは笑い。
うん……まぁ、なんだ……此処でもなんだかんだで自分の実力で居場所を作ってしまうのだ。
この一匹狼は。
何でこんなに時間を費やしたのか?
色々とオリ設定のヤマアラシですが、勘弁していただいて。
そして結局……百合……だと。いや、中身は男性な訳なのだから(ry
これが今年の書き納めということで。