末馬達馬の事件簿2 幽霊編 悪夢と悪夢のような事実夜腹いっぱい食ってぐっすり寝ました、そして悪夢みました。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い達馬が聞いたのはそんな言葉、何度も何度も、まるで世界が滅びてもその言葉を永遠に言い続けるのか、なんて思うほどの寂しい深い孤独の音。そんな声と共に達馬もこぽこぽとこぽこぽと落ちていく、沈んでいく、水の中にも酸素はあり、魚たちが生きて泳いでいる、上を向いて手を伸ばせば、青空に手が届きそうだ。それなのに、達馬の横で、ひたすら「憎い」と呪詛を吐く者がいる。何がそんなに憎いのか、イマイチ末馬達馬にはよくわからなかった。見つめられたら、凍ってカチンコチンになってしまいそうな程の視線を感じた、まるで海藻に人間の眼球をつけたような、でも、どうやら女性のようだ。泥そのもののような、黒い手、それでも細く、女性だとわかった。声は低く、まるで青空を引き裂くような黒い夜のような声だったが、かろうじてソレが女性の声だったので、そう決め付けていた。そして当然と末馬達馬当たり前のように生きようと、自分を沈める場所から浮上するために、水を掴むよう片手と両足を使って泳ぐ。恐ろしく冷静に末馬達馬はそうしていた。あー結構、怖いなぁ、と末馬達馬は震える。びりびりとノイズのような音が末馬達馬が繋がれた手から流れ込んでくる。死人の温度とでもいうのか、全身に右手から寒さが、さぁああああああっと入り込んできて、体が重くなってくる。ついつい、末馬達馬はその海藻お化けに手を突っ込んで、引っ張りあげようとしていたのだ。「あーこういうことしたらアカン系か、助けたら成仏じゃないのか、うわーミスったぁ」とかそれでも末馬達馬は己の体の冷たさよりも冷静にそう思う。さぁ胸を張ろう、諦めるな、と己を鼓舞する。まぁなんとかしてみるさ、ま、こういうのって諦めたら人生終了だろ、多分。「物凄い怖い、超怖い、涙とか多分でてる、おしっこ漏れそう、インド洋ひとりで走るよりこエエェ!!」とか思うけれど。頑張ろう、頑張ろう、頑張ろう、とただ一つ、それだけを思って、泳ぎ続ける。つないだ手は離さない、いやいっそ、この海藻の人、殴ればいいじゃね?とか思うが、何か罰当たりだし、とか思って泳ぐ。離すのも、なんか心のない人間になりそうだ悪いよなぁそれって―――――とかそんな気分。末馬達馬は別に手を差し伸べたことに対し、悪意を持ってこれから取り殺されそうになっていることに対しては怒りはなかった。ああ、そういうやつか、という程度だ。「ええ!?なんで助けようとしたのにそういうことすんの!?」とか結構思ったけど。それでいながら、末馬達馬は手を離そうとはしなかった。結局のところ、予想していたよりも持ち込まれた問題はどうやら解決は難しいかもしれない、なんて先のことを思う。そんな其処までの恐怖の中でも陽気なままの末馬達馬の様子にそいつはひたすら「憎い憎い」と言い続ける。そうだ、この存在は末馬達馬のような人間こそ、憎んでいる。理不尽な憎しみだった。末馬達馬のような人間には全く理解できない発想の邪悪な思考。『私は苦しい、だから、誰かを苦しめたい』『幸せな人間を見ると呪わずにはいられない』『他人の不幸を喜びたい』だから、それは桐子よりも先に目に付いた存在を殺したがった。最後まで、人間の根深いところにある善性を信じきって、傷つきながらも笑って立ち上がり前向きに生きる。そういう風に生きられる末馬達馬を憎んでいる。そんな強さを憎み、嫉妬する。そしてそういう人間を殺すことに対し喜びを見出す、裏切って、絶望させ、その人間の上辺の優しさを取り払う。その他者さえも犠牲にしながら醜く生き足掻く様子を見て、その醜さを嘲笑う、そんな怪異であった。そんな者ですら、助けようとする男が許せなかった。『何故、じゃあどうして助けてくれないの』という、矛盾した物凄い理不尽を発揮して末馬達馬を殺そうとする。末馬達馬がもし、そういう風なことを言われたら「え、イミフ、助けて欲しいなら―――――お前も泳げ、ボケェ!!」と怒るレベルである。そして未だにそういう風に最後まで諦めないだろう、人間をとことん苦しめたがる。どんな人間にも救えない、正真正銘の化物である。最早、人とは呼べない。ただの化物だ。この世界に存在する浄化専門の霊能者でさえ、すぐさま匙を放り投げて無視するタイプの怪異だ。そして達馬の呼吸が辛くなってきたあたりで海藻のような人間のくちが開かれた。いや人間の口じゃない。人間の口はこんなにも大きくないと達馬は眼を剥く。それから発せられた声。それは哄笑だった。憎悪の哄笑。ヒョオォオオオオオオオオオオオオ!!まるで鳶の鳴き声のような高い笑いの音だった。そして生きているかのように沢山の泥が川底から溢れ、達馬の視界を奪っていく、青空に繋がる達馬の前を塞いでいく。微笑みさえも末馬達馬は浮かべる。そして口元を動かして、水の中で、唇で言葉を横で拗ねている存在に優しく語る。「なぁ、どうしてそういうことすんの?」優しく、哀れんでいた。一番やっちゃいけないことである。そして、末馬達馬は上を見るのをやめ、川底を見る。そしてギリギリ限界、そろそろ酸素がたりなくなって、意識が朦朧とし始め、水を飲み始めたあたりでやっと悟るのだ。あ―――――――こいつ俺の常識通用せん!?と横で「しね、しねしね」とか言い始めてる存在に「えー、まじですか、イミフですね、アンタ」と最初から最後まで態度を変えないまま。そして末馬達馬は思う――――ああ。 うん。やっと死にかけている状態で。――――やっとこさ自分が馬鹿であることを気づき始めるのだ。うわ、超やべえ!!死ぬ!?もう冷静ぶったりできない、なぜだか知らないがパニックになり、脳裏にピン芸人ゴー☆ジャスの「君のハートにレボリューション」という言葉が廻る。俺の心臓が限界です。ちょっ!?やべえええええええええええ流石に限界だった。正直呼吸が限界であり、恐怖によって体が動かせない。道頓堀に叩き落されたカーネル・サンダースの気持ちがよくわかる状態である。阪神タイガースのリーグ優勝時に「なんで儂を沈めるの?めでたいから?儂が堀に沈むのがめでたいの?」とかそういう理不尽で不条理な思い。全身に海藻口お化けがグニャグニャと這い回り、パジャマの裾からにゅるにゅると海藻、いや川藻が侵入してくる。ヒィイイイ!!ひひひひひひひひっ!!と口元が横に伸びて裂けそうなくらい引き攣る。そして最後の最後で、やっと末馬達馬は「助けて」と他人に縋ることが出来た。妙子さんっ!!助けてぇええええええええええええええええええええええええ!!夜食を散々食べて眠ったあと、眼を開けたら気持ちいい朝だった。そして山田ゆかりは末馬達馬は魘されて居たのを見つけた。最初、こっそり静かに達馬の部屋に入り「わ!」などを言って、驚かせて起こそうと思って、あと達馬の寝顔を見に来たのだが。眠っている達馬の口から「死ぬ………」という言葉が漏れているのに驚いてパニックに陥った。そしてその達馬の表情はこちらが見ていて青ざめるほど怖かった。どんな時も何があっても平気で笑う達馬の顔が悲鳴に染まっていたのだ。まるで絶叫するような顔だった。人が苦しんで苦しんで死んでいくような顔だった。そして体が全身青白く染まりかけていて、見るからに凍え死にそうだった。さぁあああああああああっと血色の良い肌が、青白さに染まっていく。あ、達馬が死ぬ。私はそう、はっきりと理解した。そして急いで、達馬を触れて、叩き起こそうとするよりも早く――――女のなせるカンの技か、私は妙子さんを呼んだ。妙子さぁああああああああん!!自分の耳がキーンとするほど全力で叫んでいた、叫んで、そして達馬の部屋を開けて、妙子さんを呼びに出ようとすると。うせろォおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!私の顔に風が吹いた。妙子さんがすぐさま半開きの部屋のドアを勢い蹴り開いて現れ、思いっきり達馬の方に「失せろ」と叫んだ。恐ろしい怒りに満ちあふれた声だったその時の妙子さんの表情は鬼気迫るものだった。あの美しい顔が怒り一面に染まっていた。そして叫んだまま彼女は手に持っていた小さな箱を思いっきり、よく投げた。ぶん、と飛んでいったそれは宙で塩をまき散らしながら飛んでいき、「ばす」っと達馬の顔に命中した。朝ごはんの準備中でどうやら塩の補充をしていたらしく、りんごぐらいの大きさの調味料箱の中には塩が満載されており、重い音をたて、達馬の鼻の血管をぶちっと。「いっっ!!でえぇぇぇぇええええ!!!しょっぺえええええええええ!!」達馬は塩だらけの顔で鼻血をごぽり、と垂らしながら、飛び上がって起きた。山田ゆかりは怪談であるところの所謂「親の愛による子の受難を逃れる場面」を眼にして感動した。そして其処で、あの妙子さんのことだ、達馬の生還にめいいっぱい泣いたり喜んだりすると思っていた。でも違った。私も一緒に抱き合って達馬の無事を喜ぶつもりだった。でも違う。妙子さんも泣きそうになって、起き上がった達馬に震えながら近づいていったあたりで違った。達馬の目覚めた第一声は「セーフ………しくった、あ、鼻から……ティッシュ、ティッシュ」布団に血をつけないように、ティッシュで紙縒りを作り始める慌てた様子でそう言った。そして次に漏れ出た言葉「あー。ああいうやつって命賭けで助けようとしたらダメなんだなぁ、命取られそうだった、わはははは!!失敗、失敗―――あ、おはようございます」そして私たちは一瞬にしてこいつが何をやらかしたのか悟った。もし夢に出てきた場合とか夜食を一緒に食べたとき教えておいたのに、やらかしやがった。「まず、現実には有り得ない感動する映画の話」の方を実践したのだ、きっと。助けてあげたのに、殺される話とか理不尽系教えてあげたのに、ハリウッドでさらに犠牲者が出る2が上映されそうな感じの話もしたのに。「オマエ、多分ほっといたらマジで死にかけてたぞ、ふざけてんのかこの野郎」「馬鹿なの、死ぬの?」という気分に私たちは陥った。私たちは以心伝心だった。すっと「よかったぁあああ!!」と泣きそうになった涙が引っ込んでいった。人間って涙腺引っ込めれるんだ、と感動するレベルで涙がすっと引いた気がした。女二人して横で並んで、涙をすすっと瞳の中に戻す光景は多分珍妙だっただろう。そんなことよりも妙子さんが私を横目で見て私は頷いた。妙子さんも頷いた。怒りが湧いた。誰かを疑って自分の身を守るより、信じて裏切られた方が清々しいとか、そんなことを嘯く、大馬鹿野郎にである。妙子さんだって、確かにそういう風なことを言っていたがが、まずは自分の身を考えた上で基本そんな無防備ではない。困ってる人間を見つけても、初めて出会う人間にちゃんと警戒心を持って対応する。裾に護身用としてボールペン仕込んでたり、スタンガンを持っていたり、催涙スプレーを完備している人である。命が掛かる場面身に危険がある場面では普通の人間としてまずは身を守ることを優先する、しっかりと弁えている。自分の純粋な親切心を勘違いしてセクハラしてくる男性は結構容赦なく冷たく対応するのは市内でも有名だ。自分がまず弱い人間であることを認めた上で、それでも誰かに手を差し伸べ、己の弱さに屈しないため、己に恥じないように生きている、そんな人だ。沢山の失敗と後悔を重ねて、苦しみながら己を練り上げた、だからこその聖女のごとき万能超美人、鉄のような人―――鉄人なのだ。私たちが尊敬する。鍛えられた美しい日本刀のような素晴らしい女性。沢山のセクハラする男性を切られたと思わせず斬る、という技も持っていたりもするのだ。あの他人をホイホイ裏切って友達が全く居ないあのド外道の姉ハナミですら「絶対に裏切らん――――怖いし」と称した女性なのだ。誰よりも優しく、誰よりも厳しい、を実践し続ける、鉄の聖処女である。それにくらべて、末馬達馬は。こいつは、弁えていない、全然弁えていない。根深いところで――――末馬達馬は強すぎる。一言で言えば。そうだ、馬鹿なのだ。川で溺れているっぽい人がいたら、躊躇せず「いまいくぞぉおおおおおお!!」とざっぱーん、と川に飛び込んでしまう。それで、一回、過去、人とマネキンを勘違いしてマネキンを助けたことがある大馬鹿なのだ。その様子はまるで、馬鹿犬。散歩していたら、リードが切れたので取り敢えず、どっかに走って消えてしまうバカ犬を連想させる光景である。しばらく周囲の大爆笑ネタとして街に面白い話題を提供してくれる馬鹿である。そういう実直さが、多くの他人に好かれ、誰よりも愛されることは知っている。それが夏休み、別の家庭の家族旅行に誘われ、タダで海外に連れて行ってもらえるという意味不明な人望を発揮するレベルであることは知っている。沢山の老若男女に好かれ、特に年上の母性本能が強い女性に好かれる生粋の「お姉さんキラー」であることも知っている。8歳の女の子たちに早すぎる母性を抱かせたりするのも知っている。だが。「お説教ですね、妙子さん」「うん、たっくん――――――――そこに正座、ステイ」「え?」「うわ、シーツに鼻血が、漂白剤――――」とか言って、部屋から慌てて出ようとするバカを私たちは全力で捕獲した。死にかけていておいてそれか!?普通そこで、ホッとして、妙子さんに抱きついていい場面だぞオマエ!?流石にこれは「馬鹿で可愛い」とか思ってられない。「お母さん怒るよ………本気で」と慈悲深く、滅多に怒らない、仏よりも怒りの許容回数が多いと呼ばれる、あの妙子さんをキレさせていた。末馬達馬の事件簿2 幽霊編 悪夢と悪夢のような事実。末馬妙子は怒っていた。本当に酷い目にあって、最後の最後でやっと私のところに、たった一人ぼっちのまま、現れた子。達馬君。たっくん。そして妙子は上辺の部分を全てとっぱらって事実を思い出す。忘れたふりをした。最初の出会いを。具体的に言うと6時、まだ肌寒い風が吹く、夜、気温5度。小さな5歳児がTシャツ一枚、短パン一枚、なんの防寒着も来ていない、まるでソーシャル・ネットゲームとかの初期アバター状態。寒そうに小さな体を震わせながら、ひとり立っていた。「まだかなーその妙子さんって人まだかなー、超寒い」と一人ぼっちでいた。初めてあったとき、思わず抱きしめてあげたいと思ったほど、悲しいほど痩せていて、本当にひとりだった。なんでこんなに小さい子が―――はぁ!?とか思って、思わず、携帯電話で、その実の両親を警察に突き出してやりたいぐらいの光景だった。翠屋に二人で入った瞬間、桃子さんが暖房を全開にしてくれたのに感謝しつつ。結構初対面で失礼なことを言われても笑って許せた、許せない人間はいないと思うくらい寒そうだった。私でさえ、優しい親、信じられる兄妹がいるのに。本当に何も持たず、誰からも見向きもされぬまま、誰からも愛されぬまま。「じゃあな、ゴミ」「………もう二度と見たくない」と両親に車で置き去りにされ捨てられてて、走りさったのを「ああ、よかった」と微笑んで見送った子。高町家にまっすぐ翠屋からお邪魔して。桃子さんがなのはちゃんをすぐに向かわせてたっくんが「おお、久しぶりのテレビ、あ、スタフォだ」とか喜んで仲良く遊んでいる尻目に桃子さんに任せてこれからどういう栄養のある食べ物を出せばいいかなどをサバイバル知識が豊富な士郎さんと相談していた。チャイルドシートだって、あれは高町家のものだ、大丈夫かな、と心配して借りたものだ。いざとなったらあれに縛り付けて全力で病院に駆け込むために用意したのだ。まぁ相談中、桃子さんがその様子をじっくりみていたら「あの子………凄い、はじめてみるあんな子供」とびっくりするぐらいの精神力を思っていたそうだ。私たちが深刻になってる間、なんでも―――――なのはちゃんをゲームでボコボコにして泣かせてたらしい。人生で初めてお邪魔した家で普通に楽しんで「あ、大人気ないな俺、ごめんごめん」と泣いたなのはちゃんを気遣って、なのはちゃんを面白おかしく挑発して遊びに再開させたりできるくらい、理知的だったそうだ。本当は誰が見ていても「体も心も死にかけている」のに、それでいて、他人を気遣っていた。思わずその時のことを思い返すと、いつも腸が煮えくり返る。達馬の血の繋がった遺伝子上の親だけじゃない自分にだってだ。最初の頃、なのはちゃんよりずっと小さくて痩せていた。お風呂に入って健康状態を調べたとき、その浮き出た肋骨を見て、見て見ぬふりをするのが、どんなに辛かったか。でも一番つらいのはこの子だ、優しく、普通に接しよう、と頑張った。最初に出会った頃はしゃいでいたのだって、全部演技。注意して入ったお風呂、一緒に寝るように冗談混じりで誘導して布団に一緒に入った、心配だらけの夜。小さな体。桃子さんが出したキャラメルホットミルクをシュークリームと一緒に夜中に吐いた。そこまで弱っていたなんて誰も気づかなかった。夜中、安心して泥のように疲れて、眠ったまま口元から、吐瀉物を吐き出した。そして呼吸に問題がないことを見て、安心して。さっと私は青褪めた。最初に「ああ…………それは捨てられるよ」なんて冗談を言った自分を殺したくなった。一睡も私は出来なかった。自分が失敗したことに震えながら夜中に高町家に電話し、何をしてあげたらいいのか、と聞いた。桃子さんが「まずは、いっぱい何かあげた方がいいわ、なんでもいい、目に見える形でわかるように沢山」そのアドバイスで、私がたっくんが生活するものを全て揃えてやろうと連れて行った次の日の買い物だってずっと、体調を確認しつつ、不安な買い物を行なった。それから落ち着いて。日常生活では精々食事で「床に落ちた箸はちゃんと洗って使おうね、そのまま食事続行しないでね」とか秋ハイキングを一緒にしていて、栗を見つけて「拾い食いしちゃダメだよ、というかなんで生栗そのまま食べようとか思うの!?私びっくりした!家で茹でてあげるから、ちょっと待とうよ!」とかそういうセコイ部分しか怒らないですむくらい、出来た子であり、根っからの部分では本当に大人だった。私に全然、「怖かった、苦しかった」と甘えてくれなかった。なんて、強い。強すぎる。鋼の如き、決して自分を見失わない、圧倒的な超人的な精神力。その魂。本当は謝りたかった、そんなことを平気で言えた、あの愚かな自分を謝ろうか、と何度思ったか。だけど。達馬は強い。誰よりも強く――――――死すら恐れない。ただ、何も持たず、寒いまま、一人ぼっちなまま捨てられていてさえ――――――――決して希望だけは抱きしめて離さない。「なんで……なんで……」「え、どうしたんですか、俺なんか不味いことを………」先ほど死にかけていたというのに、もし、誰かに「助けて」といえる、人にはなくてはならない大事な弱さを見せなければ、死んでいたというのに。助けてという声が、突然上の階の方からテレパシーのように耳の中に響いたのは奇跡だった。あれはなんだったのだろうか、と奇跡だ、と驚いたものである。それなのに今も鼻血ばっかり気にして正座したままティッシュで紙縒りを量産する達馬に、腹が立った。誰よりも強いまま死んでいったというのに。この子は。「なんでそこまで………なんでそこまでッ!!馬鹿なの!?」なんでそんなに、馬鹿なの?というどうしようもない、部分に妙子は怒った。わかっていた、わかっていた。馬鹿なことは。そして妙子はなんで、そんなに馬鹿なのか、わからないまま怒った。結構自分でも理不尽だと思うけれど、それでもこれにはムカついた。こういう理不尽な怒りは人としてどうだろうか、なんて思っていても止まらなかった。どうせこの子、はこの男は、私が死ぬほど後悔した最初の出会いの言葉ですら「あ、セクハラしちゃった、めんご、めんご、眼線エロかった、ごめんなさい」とかそんな程度でしか受け止めていないと知っていた。だから。「たっくん、対等の大人として叱ります」「はい………」「もう少し、馬鹿なの、やめなさい」「どうやれば、頭が良くなれるんですか?」思わず、山田ちゃんが新聞紙で作っていたハリセンでたっくんの頭をスパーンと叩いた。「いや、男の人とお付き合いして、私女だから無理だから」と交際をお断りし続けた、私に執着し、何度も、何度も、何度も、追い詰めてくれた地獄の猟犬みたいな「男は精神力が弱いから嫌い」とかいいながら私を追いかけてきたレズのストーカー女、荒木が私のことを「ダイヤモンドの精神」とか意味のわからないことを言っていたが。未だに、誕生日にダイヤモンドを送ってくるが。今なら言える。この子みたら、腰抜かすよ―――絶対。と過ぎ去った過去に妙子は微笑んだ。うん、絶対に合わせないようにしておこう。いや、半径数キロに来れないように、ハナミに呪いとか頼んだら本当に来なくなったんだけど。多分この子、今のところ運が良く、そういうのはいないが。私よりも山ほどストーカー量産する。誰かが一生見ていてあげないと、まずい。あと「良かった……」私と山田ちゃんは一緒に達馬を抱きしめて泣いてしまった。その大音量に起きだしてきた桐子さんや曜子ちゃんが「え、何が起きたの!?」とびっくりしたのは、次のお話。つづく。あとがきそろそろ、妙子さんも女として覚醒させていく所存であります。最近妙子影薄い、というか、超人すぎてやべえ。人間らしさ書かねえと。とかいう正直いうと、後付けの肉付けもいいところ、そういう話です。え、ここ、おかしい、とかありますでしょう。書きたい部分を書く、それだけで構成された、お話です。TS転生者に対して、意味を持たせる。女として、男が好きになっていく、という展開を書きたい。友情や家族愛、そして恋愛がテーマかもしれなかったり、そうだったりしなかったり。ヘルクライマー編は、グランドフィナーレなのですが「ちょっと足りねえな」と思ったので今回の話を用意してました。ちなみに今回の話、ヘルクライマー編のラスボスをちょっぴり登場させて、達馬が格好良く(笑)乗り切って女たちを散々心配させるという展開だったのですが。やめました。どうも、みさりつでした。あと「逞しい桜さん」もうちょっとお待ちください。次回、更新送れます。