ヘルクライマー編の前にちょいとしたお話。夜、部屋の電気を消して、瞼を閉じれば、音がする。こぽこぽと、こぽこぽと、水に何かが沈む音だ。そして、朝方になり顔を洗おうとすると必ず、排水口に沢山の知らない誰かの髪の毛が溢れ返っている。ああ、こんなふうな話はよく聞く。ホラー映画とかで。やばい、と思った。「で、私はわざわざ遠くまで中学生に頼りにきたわけ、だ、ねぇ曜子、あんたこそどっかおかしくなったわけじゃないわよね」3時間も車を運転してガソリン代3000円を払ってきたわけだが、わざわざ深刻な悩みを相談しに行く場所が中学校とは、私は相談した人間を間違えたようだ。ある日、私はコンクリートで舗装された橋を歩いていたところ、隣スレスレで大型トラックが通り過ぎ、びっくりしてしまい、その時握っていた携帯電話を橋の下に落としてしまったのだ。ぽちゃん、なんて感じに橋から落ちた携帯は下に流れる川に沈んだ。それなりに愛着があったSONYのスライド式音楽携帯で普段音楽プレイヤーとして愛用していたやつだ。どちらかというと、一緒に落ちた数万円したガナル式のイヤホンの方が大きな痛手だった。そして私は川に携帯を落としてからというもの、心霊現象に悩まされている。一笑に伏されるような話だけれど、自分は結構、そろそろ恐怖心に押しつぶされそうで、此処一週間は友達の家を渡り歩いて一人で眠らないようにしていた。そして友人のひとり、同じ学部に通う石塚曜子が私に解決策を教えてくれた。何か本当に困ったことがあれば、○県、海鳴市に住まう、一人の少年に頼れば良い、と。なんだそれは。「いや大丈夫だって、たっくんならなんとかしてくれるよ?」ふわふわのウェーブがかった茶色に染めた髪の毛を揺らしながら、首を縦に振る友人をジト目で私は見る。目つきが悪く、口も辛辣だと周りから言われ、少し気にはしているが、相手を恫喝するときは大変重宝している私の迫力で友人の真偽を問うた。あんたそれ、まじでいってんの?という「気の弱い人間なら眼を逸らして逃げる」と付き合って間もないのにセックスを迫った元彼を拳と共にフった時に言われた目線で聞いても、友人は「大丈夫」と笑う。「えっとね、ヴィレッジ・バンガードで買った、ペルー産のコーラと、狼の絵が書いてある一本400円のコーラ、それを2、3本用意します、それを持っていて、「これあげるから助けてー」っていけば大体なんとかしてくれるんだ、あと30円のブラックサンダーの箱一つとかあればさらに頑張ってくれる」石塚曜子は機嫌が大変良さそうに、それらが入ったビニール袋を揺らす。周りの少年たちが、私たちのような学校関係者ではない大人の女性が歩いているのを見て、物珍しそうに見てきても全く気にしていない。わざわざ行く道の途中でイオンに寄ったのはそのためか、随分安い依頼料だ。これ、たっくんも使ってるんだー、とニコニコしながら曜子はその依頼料を「ワオンカードってどこでも色んな県の買えるんだよ」と私に自慢しながらで北海道バージョンのワオンカードで購入していた。私はその依頼料の事実にイライラしてきたわけだが。私はこちらの足やら、お尻やらをこっそりと見るそろそろ97%は自慰を覚え始める年頃の子供たちの視線に嫌気がさしてきた。健全だが、無遠慮にこちらの容姿を女として含む視線で見られるのは疲れる。まるで飲みサーの合コンに参加して男達に囲まれたサークル選びに失敗した初々しい女子大生1年の気分、というか去年の私の嫌な思い出を思い出す。「そんなわけあるか、だってたかが、中学生でしょう?その子がテレビに出てくる下ヨシ子先生みたいに、霊能力使えるとか、そういわけじゃないんでしょ?なんで態々、その子供の所にいくわけ?……だって普通のガキでしょ?」海鳴清祥学園、男子中等部の門を潜ってから、少しばかりあった、その「頼れる男子中学生」とやらの期待感が一気に失せてくる。私立のお金持ちが通う学校らしく、センスの良い、近代的な作りの校舎には物珍しさを感じ、過去自分が女子中学生だった時の懐かしさを感じることだけが今現在のモチベーションを維持してくれる。その前に見た。離れた場所にある女子中等部の門から出ていく、仲の良さげにきゃいきゃいと笑い合ってる5人の女の子とか見ていて青春を思い出せたし。まぁ、その5人は見ていてうっとりするくらい綺麗な女の子達で2人も金髪美少女が居てこの学校は何処かの4コマ漫画に出てきそう、とか、ああ、「けいおん」みたいだ、なんて思ったり。あー人生やり直したら、そういう高校生活送ってみたいなぁ、とか、そんなことを思い馳せてみたり。というゲージが残っているので、まだ帰らなくても大丈夫。だから、さっさと目的は果たしたい。「で、その子供んとこ来るのはいいけどさ、部外者が来てもいいの?」正直その女子中等部の方に行きたかった。中学の時吹奏楽部だった私にはこの私立の学校の楽器などを見て、羨ましがったりしてみたかったのだ。スタンウェイのピアノとか置いてそうだし。「たっくんには話を通してるから大丈夫だよ」学校の敷地内、横を教員が通り過ぎるが、特に何もこちらに対して、訝しんだりせず、「ああ、末馬に用事の人か」なんて感じにつぶやくぐらいで問題はないらしい。若干、聞こえた「また美人かよ、あの野郎、しかもふたり」と吐き捨てるように、走って横を通り過ぎた野球少年軍団に奇妙な気分になる。「で、そのたっくんとやらは何処にいるわけ?どうやら放課後だけど?」「この学校の三階にある生徒会室にいるよ?前回来たときは、「おやつの時間」って言ってひとりでカセットコンロでインスタントラーメン作ってたから、今日もなんか作ってるんじゃないかな、その前来たときは七輪でさんま焼いてたかな、だから、この時間なら生徒会室でなんか食べてると思う」曜子は右手の手首の反対側に向けて付けているベビーGの文字盤を見てそう言って、うんうん、絶対またなんか作ってる、私もご相伴に与ろう、間接キスだ、とかそんなことを小声でぼそりと。「は?」校舎内に入り、最初から来客用のスリッパが二つ用意してあり、それを片方曜子は当たり前とでも言うかのように履き、校舎内に入っていく。ペタペタと校内に入っていく、姿は手馴れていて、彼女が何度か此処に訪れていることに、少しだけ驚きを感じる。この女、しょっちゅうその男子中学生に会いに行ってるのか!?「おい、その子供あんたのなによ」「私の好きな男の子。片思い中なの、桐子がちょうどよく困り事があってよかった、此処にくる用ができたんだもん」「あんたショタコンなの?ていうか私の深刻な悩みがちょうど良かったって何!?」階段を上がる途中も、未成年に手を出しかけている、成年になりたての友人の可笑しさに色々突っ込んだことを聞きながら、三階にあがり、目的地に歩いていく。生徒会室、と銀盤に掘られた黒文字が掲げられた一室の前に立つと、何処か胡散臭い気分がいっぱいだが、取り敢えず。「ねえ曜子」「ん?」「ラム肉が美味しく焼けている匂いがするんですけど?」独特の匂い、嫌いな人は嫌いな匂いだ。私と曜子は北海道出身なので、GWやらの行事でよく嗅いだ匂い。そしてその生徒会室の文字盤の所に白い制服がハンガーで掛けてある。「はなとゆめの「動物のお医者さん」って漫画の4巻でさ、カラスにジンギスカンが奪われる話あったけど、本当に一味唐辛子でカラスって咽んのかなー、どう思うよ、山田」「その漫画知らない。で、あんた……どこまで生徒会室を私物化する気よ、しかも、なんでもやしとピーマンとラム肉が生徒会室にあるのよ?しかもなんで東芝の冷蔵庫とかあるのよ?」「ジンギスカンするためだけど?あと動物のお医者さん面白いぞ、俺は昔それで北大獣医学部目指したし―――無理だったが」「だから、こういうのなんで持ってきてんのよ?学校に見つかったらめちゃめちゃ怒られんじゃないの?あと「もやしもん」見て農大行くタイプね、アンタ」「この東芝の冷蔵庫は前の数学教師が転勤のときおいてったやつでさ、もらったの、ちょうど、ロッカーにぴったり入る一人暮らし用でさ、ロッカーにドリルで穴開けて、電源通して隠してるから見つからんぞ、此処一部物置部屋になってるし」「そうじゃなくて………なんでわざわざ、そういうことするの?家でやりなさいよそーいうこと」「こういうことするの夢だったんだ、俺。理科室のビーカーでアルコールランプ使ってコーヒー淹れたりとか、そういうの」「夢って……じゃあコーヒーで我慢しなさいよ」「結局山田も文句言いながら、付き合ってくれてんじゃん、流石になぁ、他の此処の学生にバレたらみんなやりたがるしなぁ、真似されたら困るし、みんなでやったら悪い遊びになるしでも、ひとりで此処までやると寂しくなるし」「生徒会室でジンギスカンやること悪い遊びじゃないの?生徒会室にある電子レンジで温めたサトウのごはんと一緒に肉を食うことが?」「これは本気で真面目にやってる、俺、燃費悪くてさー、水泳選手ばりにカロリーとらんと学校生活がもたんのよ。これ以上妙子さんにお弁当作ってもらうわけ行かんし、遊びじゃないんだな、これが。あと末馬家であんまり鍋とかこういうのやんないんだよ。すぐお腹いっぱいになった妙子さんが沢山食べる俺のために肉を延々と焼き続けるという罪悪感が溜まる食事になるし、いや別にあの人は嬉しそうに綺麗に美味しく焼いてくれるんだけど、こう、あれだ、とにかくなんか凄い悪いことしてる気がするんだ」「なんか想像できるわね、その光景……で、なのはとかは誘わないの?私だけよね、これ」「あいつら、こーいうことに案外厳しい。下手したら、俺の食事事情が改悪される、あとあいつらがこの学校に来ると、多分バレる、山田は一応あっちの生徒会長で、俺と一緒に仕事してる体を装えるけどさ、あいつら、あんま学校行事とか参加しないからなぁ、周りの生徒たちが「何の用事だよ!」ってなる」「男子一人しかいない生徒会室に綺麗な女の子呼んで、焼肉パーティー………ハーレムね、達馬、あとビール飲 む な」「だろ?絶対疑われる、別にそーいうのサラサラないんだが、ちなみにこれはノンアルコール、麦茶と変わらん。本当の酒飲んだら妙子さんに怒られたからもう二十まで飲まない。あ、そーいや、来年の春の修学旅行だけどさ、折角だから、男女混合で回れるようにしてやんないか?場所一緒だろ?」「一緒に回れないように場所と時間ずらしてるわよねウチの学校、あれ、不純異性交遊防止ってやつよ」「えっとなぁ……体験教室ってあってさ、そこの部分で合同でやるって学校に進言してみるわ」「ふーん、色々考えてんのね、じゃあ私の方もそっちに合わせるわよ、思い出作りは大事よね」「あー頼むわ、山田。この前の体育祭の合同練習とか、そっちの男子側の実力がどうたらこうたら、女子の実力アップがどうたらこうたら、とか言って上手く先生側に認めさせてくれたしな、どっちかというと女子側のイエスが重要なんだよなぁ、あと体験教室が一番つまらないところだから、案外通りそうだし、去年講習側の方でちょっと文句でたらしいし「あんまやる気ねえ」って」「うちの方はそうでもないけど?……あ、この肉焼けてるわよ、食べなさい」「さんきゅ、で、女子いたら「いいとこ見せよう」というやる気アップ効果が狙えそうなんだよ、こう、牛の乳とかガンガン絞ったりとか、ぐるんぐるん陶芸したりとか」「そう?で、ちょっと気が早いけど、アンタ、牧場体験と陶芸教室とガラス工房体験とかあるけど、どれ希望するの?」「ガラスは昔男だけで虚しく小樽でやったしなぁ、牧場は親戚んちでよく夏休み中働かせられたりしたから………陶芸だな」「陶芸ね、わかったわ」「お前はどうすんの?」「私も陶芸、偶然ね」「おお、俺ら気が早い、早い、いやー楽しみだなぁ」「ふふ」「あ、このいい感じに焼けたピーマンもらうぞ」なんて、声も聞こえてくる。女の子もいるらしく、女の子側の言葉の節々になんだか甘酸っぱい香りを感じる。ような気分を感じるが、ジンギスカンの匂いで大分それがかき消されている。「あ、この匂い、松尾ジンギスカンだね」と曜子が嬉しそうな声を出す。確かにこの匂いは、生後1年未満の仔羊の肩肉のスジを丁寧に取り除きながらも適度に脂身を残し松尾ジンギスカン秘伝のタレに漬け込んでいるため羊肉独特の香りが少なくジューシーな口当たりが後をひく、味付けラムだ。そんなものを中学校の校舎でごはんとビールで頂くなんて。「………たっくんとやらが、相当普通じゃない子供ということはよくわかったわ、じゃあ入るわよ」私もなんだか食べたくなってきたし。「ちょっと、待って私、今身だしなみチェックするから」「あんたそんなに、真剣なの?」で、この扉の奥にいる、少年はどんな人間なのだろうか。ちょっと、期待する。横で必死に髪型やら化粧やらを手鏡でチェックしている曜子を見て「きっと超中学生、絶対美形で、なんか特殊な少年がいるんだ」とか期待が溢れてきた。話し声も聞いてみれば、穏やかで、何処か大人びた様子だし、声も中々良い声をしている。漫画とかに出てきそうな人物を予想して生徒会室を開けると「やべっ!」と、最初に羊のような、眠そうな眼をした少年が必死に物凄いスピードでカセットコンロとジンギスカン鍋を隠し始める様子をみることが出来た。教員が来たのかと、本気で焦ったらしい。でも手に持ったノンアルコールビール「サントリー・オールフリー」が手に握られたままだった。しかも大きな声でやばい、と言ってるので言い訳のしようがない。あとオールフリーは飲んだあとの余韻がないので、あんまり私は好きじゃない。それに対してしれっとした顔で小顔で可愛らしい女の子が箸や皿をさっと隠し、まるで忍者のように近くの机を静かに倒して其処に身を隠した。こちらが結構さっと扉を横に引いたのでその様子が見れたのだが、もっとゆっくり引かれていれば、扉の後ろ側に居た女の子は案外見つからないで済むかもしれないな、と思うくらいの身の変わりようだった。しかも女の子はさらに扉がある壁の死角方向に隠れていったので、少年が怒られている隙に逃げ出せることも出来るかもしれない。教員ではないといち早く女の子は気づいたらしく、「なんでもないですよ」なんて顔をして立ち上がり、体についた埃をぱっぱと制服から払って立ち上がる。手には三ツ矢サイダーが握られていた。すぐさま綺麗な顔でこちらを警戒心がこもった冷たい目で私たち、いや曜子を見据えた。「邪魔すんな」なんて言葉がありありと書いてある表情だった。そしてすぐさま私の方を――――胸を見て、フッと笑いやがった。「私の敵じゃないわ」なんて表情だった。ちょっと、あなた――――中学生の癖に発育がいいようだけれど、おい。私は睨む。すると、睨まれた女の子は負けじとこちらを睨んでくる。大人気なく、私が女の子を睨んでいると。眠そうな眼をした少年は「あ、曜子さんだ。先生じゃない、よかった。よかった」と焦って隠したせいで床に少し溢れたタレなどをキッチンペーパーで拭き始めていた。その横にすすすっと曜子は移動し「うん私も、手伝うよー」と甘えたような声をだしながら点数稼ぎを開始した。「うわー結構こぼしたねぇ、ふふ、たっくんっていっつもこんなことやってるの?前はさんまだったよね?」「たまにやってます、今日は金曜日、花金ってやつなので、盛大にやってたところです」「じゃあ、今度私と一緒にさぁ美味しい焼肉屋さんいかない?」曜子の声音は雌の声だった。媚びるような声であり、そして獲物を逃がさない蜘蛛のような絡みとるような声だ。なにが「じゃあ」なんだ。その声を聞いて、女の子は嫌そうな顔をして、無言でしゃがんで床を拭いている二人の間にファブリーズを持ってきて「タレこぼれたからニオイとりねーしゅっしゅっ」と地味な攻撃を行い始めた。女の子の口元から「女子大生だったらこんなところ来ないで、大人しく合コンでも行って別の男とくっつけよ………」とか小声で聞こえて、ちょっと怖い。末馬達馬の事件簿2色々場を正して、私はやっと本題に入ることとなった。「あ、末馬達馬と申します、一応この学校の中等部の生徒会長をやってます」礼儀正しく、ぺこりと頭を下げて自己紹介する少年、これが件の少年なのか、とちょっと観察する。ジンギスカンを食べるために制服の上を脱いでいたので、赤いTシャツ姿で体にうっすらと、いや物凄い鍛え上げられた筋肉がよくみえた。腹筋のあたりが、ちょっと触りたくなるくらい。横で曜子が「じゅるり」と唾液を吸うかのようにエロそうな顔をしているのにちょっと冷や汗が出てくるので、私はあんまり見ないようにした。目線を上げ、少年の顔をみてみることにする。顔の方は、彫りが深く、鼻筋などがはっきりとしたパーツなのに、なんだか途轍もなく眠そうな眼をしていて特段イケメンとは呼べない顔。眠そうな顔、眩しそうにしている顔、とかそういう印象が強く、特に好みでもなかった。まぁ40、50あたりになったら案外シブくなるかもしれない、なんて感想の顔。頑張って褒めようとすれば、外人顔ってやつだろうか、それか沖縄系。その割にオリーブ色の肌でもない、普通の肌なので、まっちょな感じはしない。「夜かと思ったら、松崎しげるだった」みたいなぐらい日に焼ければどうかわからないが。期待したほどではなかったな、と思う。まぁこれで美形でも先ほどのジンギスカンを必死に隠す姿は滑稽だったので、期待のハズレ感はあんまり変わらないだろう。「私は山田ゆかり、達馬と一緒で女子中等部の方の生徒会長をやっています」すっと紙エプロンを外し、制服から黒いメガネを取り出して装着してから、そう名乗る女の子。一緒、というあたりを強調して山田という恋する14才の女の子は少年に並ぶように言った。どう考えても少年のことが好きなのだろう。さきほど少し生意気に感じたが、気になる男の子に用があってくる女子大生に警戒するのは当然で、なんだか可愛らしい。ちょっと背が小さくて、細く綺麗に真っ直ぐ伸びた髪の毛が艶々としていて、白い肌、小顔、そしてふくよかで、それでいて品の良さそうな形の良い胸と私が欲しかったパーツを持っている女の子だった。この白い制服のまま、しっとりとした苔むした渓流の岩場で足をぶらぶらさせてるだけで、ふらふらと男が寄ってきそうな儚い綺麗さを持っている。ソレを台無しにする真面目そうな黒縁メガネが掛けると印象が変わり、気が強そうな眼が目立ち、逆にそこに好感が湧いた。しっかりしていて意志が強そうで、年齢よりも大人びて見える。これは同性にモテるタイプだろう、生徒会長と言われて「ああなるほど」なんて思った。昔、こんな感じの子みたことがある。バレンタインデーで同性からのチョコで両手に紙袋持つタイプだな、この子。さっきの忍者みたいな動きとか無駄に格好良かったし。「で、わざわざご足労頂いたのですが、何かごようですか?」お茶どうぞ、と草加せんべいと玄米茶を出してくれた末馬達馬君は眠そうな眼でこちらを伺う。可才なく、なんていうような雰囲気ではなく、上手く言えないのだが、突然訪れた孫にお茶菓子を出すような穏やかな雰囲気か日曜日に鳩に餌をやってるおじさんの雰囲気。14才という割には歳食った感がある。元から落ち着いている、というよりも、昔やんちゃな悪ガキだったけど、今は落ち着いた、なんて感じだ。「私の名前は片桐桐子、よくキリキリとか言われるけど、片桐って呼んで。で、ちょっとした悩み事あるんだけどね、言うか言わまいか、ってところよね。はっきり言ってダメ元できたわけ、周りにその悩み事を解決してくれそうな知り合いがいなくてさ……で横の曜子に頼ったの、前なんか君に助けてもらったことでもあったのかな、それで君になら頼れる、なんて言い出してさ、まぁまず聞くんだけど、どうやって曜子と知り合ったの?」横で恋する眼で末馬達馬君のことを見ている曜子。元々少し男性不信気味で、それでいて初対面の女に好かれないタイプの可愛い容姿で、いつも大学でひっそりと過ごしていたところを気になって話しかけたところ、なんか懐いてきた友人だ。散々私と同性愛疑惑が出そうなくらいひっついてきた割に、私のことなんぞ過去のことだ、なんて言わんばかりに目の前の少年にひっつきたがってる様子に少々驚いているのだ。別にそのことに関しては不快ではないのだが、むしろ、そういうなし崩しな依存はされていなかった、とか安心するし。「えっとですね……」いっていいですか?という眼線を末馬達馬君が曜子に送る。すると、曜子は益々とろけるような顔をして末馬達馬君に頷いた。「たっくん達が助けてくれたお陰で未遂だったし、全然いいよ」石塚曜子はある日、いやこの日も一人だった。大学に入ったはいいが、デビューに失敗した、というありふれた状態に苦しんでいた。ありふれたというのは所詮ネットの話だけれど、曜子みたいな人間は多数いるらしい。しかし、全然慰めにならない。一人暮らしを始めたが、予想と違い、大学生同士で酒飲んで雑魚寝、とかそんな感じの青春が送れることを期待していたのだが、全然それは夢でしかなった。仕送りは少なめでバイトをしっかりとこなさねば、生活はできない。そこらへんに原因があるのかな、なんて思ったりもしたが、結局のところ、自分のコミュニケーション能力低いせいだとわかりきっていたので、文句は言わずにバイトをこなしていた。バイト先はコンビニで深夜帯、若い女性は避けるところだが、時給の多さに目がくらんでいつもギリギリ終電に乗れる時間まで働くことにしていた。だがその日は次の時間帯のバイトの子が急病で休んでしまい、少し落ち込み気味だった曜子は店長の無理を断れなかった「バイト代増やすから」という言葉に目がくらんだ。そして夜中の2時まで働いた。あー明日朝早くから講義だよ、どーしよ、絶対寝てしまう。あの教授寝る人に厳しいって隣に座ってた人がさらに隣の人と仲良さそうに情報共有してたよね…と悲しくなってきた。北海道に帰りたい、都会はつらい。とか考えながら、ネットカフェでも探して休むとしよう、と決めていたのだが。ふらふらと眠そうにあくび混じりで歩いていた、ネカフェの看板を探して上を向いていた。そして。とん、と人にぶつかった。「あ?」うわ、ちょーこわそーな人にぶつかった。アロハシャツ、白いズボン、そして額にある刺青。刺青は格闘家などがいれていることが多い文様で、ちょっとその人物の威喝さを強調していた。大きな体、多分曜子よりは頭4つ分は大きのではないのだろうか、肩を怒らせて歩いている姿は、そっち系、ってやつだろう。取り敢えず、曜子はすぐさま必死に謝った、因縁つけられて絡まれたらやだな、という恐怖で必死に。だが、その姿が逆にいけなかったのだろうか、あまりにも、か弱そうで、少しばかし乱暴にしても訴え出てこないようにでも見えたのか。男は曜子が懸念した通り、絡んできた。手をいきなり掴まれ「ちょっとこい」と突然引っ張られた。え?という思考しか思い浮かばない、都会って怖いところ、っていうのはよく聞く話で、彼女の出身の北海道でも札幌市では女性の連れ去りなどが起きるという話は聞いたことがある。弱そうで、抵抗しなさそうな女性を好んで車に引きずり込んで、いやらしい行為を強引に及んでビデオを撮影し、女性一人の人生をボロボロにするような悪魔のような存在がいると。そしてその予想があたった。少し引っ張られ、その恐怖で歩かされるままにつれられて、そして曜子は一気に絶望した。黒いボックスカーの周りに3人居て、私を連れてきた男はにやにやと笑いながら「こいつ連れてきた」というのだ。ああ、やばい。そして一人こちらにきた男に肩に無理矢理腕を乗せられ、曜子は車の中に乗せられた。此処で抵抗できればよかったのだが、バイトで疲れていて、眼をとじたらすぐさま眠りこけそうなくらいの状態で、きっと反抗しても逃げられない、と恐怖に震えることしか出来なかった。そして4人の男が乗る中に、一人ぼっちの曜子はそのまま真ん中に乗せられ、胸や、足を触られた。乗ってすぐナイフをかざされ、本当に恐怖で動けず、悲鳴を上げることすらできない「う………く…ううううう」曜子はぼろぼろと泣いていた。車は走り出し、向かう方向はどうやら、人が少ない、山道方面の国道なのだ、ゆっくりと、車を走らせながら男たちは曜子の服を脱がせようと、ナイフでゆっくりと服を刻んでいった。ははははははははははははははははははははははははははははははははははははと男たちのイヤラシイ笑い声にもう曜子は怖さで壊れそうだった。そして、山道に入ってからは、ますます暴力的に髪を掴まれ、車のシートに寝かされた。「ねえ着く前にやっちゃおう」「全然反抗しねーし」「こっちまで暴れて事故んねーよーにしろよ」「そうだ、つくまでの間から撮影しようぜ、俺らのやつって、最中ばっかだから、シナリオがなくてつまんね、あんま抜けねえぇんだよな」「へへへそうだな」もういやだいやだいやだいやだ「お母さん……」最初にやっと出せた声が母に助けを求める声だった。そして男たちは益々哂った。「うわ興奮する」そしてもう、ほとんど服はナイフでさかれ、裸だった。男たちのナイフさばきが下手くそなせいで、肩の方に少しだけ血が滲んでいた。曜子はもう、いっそのこともう眠ろうか、なんて思った、そして眼をとじようとして。髪を引っ張られ目の前にナイフを突き出され「もっと助け、呼んでみろよ」なぁハハハハアハハハハアハハアハハハぼそりと、曜子の口から断末魔のような、絞り出すような最後の言葉が出る。「助け…て…」よし――――――とりあえず、よし。そして―――――――曜子は聞いた。とん、という音と。伸びやかな、まるで、朝に太陽をみて嬉しそうに「今日は晴れだ」なんて感じに喜ぶような声。穏やかでこの場にそぐわない、平和な声だった。男たちの笑い声を掻き消すような、穏やかで、優しげな声。その言葉には一切の負の感情が籠っていなかった。温かい声だった。その時、曜子の胸に安心さえも、浮かびあがった。こんなにも怖い思いをしているのに、突然胸の内に温かいものが流れたような気さえした。その声の持ち主はこの曜子が乗っている車の上から聞こえたのだ。一瞬―――――自分はおかしくなったのかと思った。そして突然―――――ボックスカーの上から何かが下に向かって生えてきた。ぎゅる、とまるでボックスカーと天井を抉るようにそれは素早く回転しながら動いた、曜子は一瞬、まるで白鳥の頭の輪郭のようにさえ、みえた。それは人間の腕だった。人間の腕が走行中の車の天井から下に生えてきたのだ。手の形が山道のライトに車窓を映し、はっきりとみえた、それは指を綺麗に整え、少しだけくの字に曲げた、まるで掬い上げる手の形。それが一気にそぎ落とすかのようにボックスカーの天井を引き裂いた。がごん、とボックスカーの天上の一部は慣性の法則に従い火花を散らしながら、道路にべこんべこんと転がっていったのを運転していた男がはっきりとみた。「うえ!うえ!」運転していた男は顔を真っ青にして恐怖に震えながら、指を震わせて指す。ぽっかりと、いやまるで螺子でぐるりとむりやり穴を開けられた車の天井を。そして男たちも、曜子も突然の事に驚きながら上を見上げた。その日はちょうど満月だった、煌々と輝く真珠のような月。優しげな白いひかり。それを背負うかのように、少年が車の上に腕を伸ばし、こちらをみていた。ただ半裸になった曜子を見て、ほっとしたように、泣くように微笑んで、優しく曜子を見つめていた。そして男達を視界にさえ入れずに、ただひたすら曜子を見ていてくれた。男たちは驚愕した、子供が天井に乗っていることでもなく、それよりも少年の突き出された腕――――――それが車の天井を抉ったのだ。ん、あ、妙子さんだ――――あの人くんのはえーなそしてそんな驚愕している車内の人間を気にせず、少年は前を一瞬見て、何かを言って。すっと曜子に手を伸ばした。「しっかり捕まって」曜子は勇気を振り絞って、その何処までも、今までどんな人からも与えられたこともない優しげな声と表情でこちらに手を伸ばす少年の手を取った。あ、すごい硬い手だ。なんて握り合った瞬間そんなことを曜子が思うと。ぐいっとこちらを引っ張り、一気に曜子を少年は抱きかかえた。勿論お姫様だっこだった。なんか今日は引っ張られてばっかりだな、なんて思ったのだが、この目の前の不思議な夢のような少年の胸に抱かれたとき、一気に曜子は安心感に包まれた。まるで鋼に抱かれたような気分の少年の胸だけれど、とても温かく、耳にぶつかった胸からは少年の鼓動が聞こえた。そして曜子は空を舞った、いや少年が一気に跳躍したのだ、下から山々の木々が見え、吹き荒む風が聞こえた。あまりにも現実感がなかったが、確かに飛んでいる。すた、と一瞬の広大な光景が終わると、元の何も変哲もない道路の上に立つ少年に抱きかかえられていた状態だった。「よっしゃああああああああ!!妙子さん!!」地面に降り立ち、少年は抱きかかえた曜子を見て、直ぐさま吠えた。大きな信頼を載せた声、その先には、ふらふらと混乱で一気に加速して走るボックスカー。そしてその先に――――――――月明かりに照らされ、瞬いて輝く金色の棒を持った何者かが立っていた。この少年が孫悟空で、先にいるのはベジータ?でも如意棒は悟空のだよねっ!?とか意味不明なことを思ったが。から……から、という鉄を引きずる音。金色の何かを車の先に立っているものが引きずっているのだ、そしてその何者か、シルエットはどうやら女性らしき人影だった。その人影は金色を高く、高く、掲げ、走りくるボックスカーに向けて。「たっくん?これバラバラにしてもいいよね?」女性の声。柔和で透明感があり、そしてイントネーションは中性的で曜子を抱きかかえる少年よりも年齢の低い声変わりをしていない男の子の声さえにも聞こえた。そしてその響きはあまりにも透明で綺麗なためこちらに届いた。そして少年はその声にこう、答える。「イエス!!妙子さんGOぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」そしてよく見ると、その人影に掲げ上げられた金色には沢山のブツブツがあった。あれは―――――――え?「釘、ばっと?」曜子がそう言うと。「いいえ――――あれは金属釘バットです」こわや、こわや、あれがマジギレした妙子さん、やべえ、と少年が言った。「じゃあ――――ぶっ散れ?」透明な声が聞こえた。人影はまるでホームランを狙う打者のようにギロチンスイングでボール、いやボックスカーに向け金色の閃光を振り下ろす。まるで男達に対する断罪の刃のごとく。絶対処断のギロチン。金色――――金色が車をするり、と静かだった、振り下ろす音さえも聞こず、ただ世界が静寂に叩き落された。ボックスカーがくるりと、一回転し、人影を通り過ぎた。ふわり、とまるで空気に浮かんだように、まるで羽のようにゆっくりと。そして上と下が逆さまになって、車が地面に引きずられながら落ちる、と思った瞬間。全てが―――まるでシュレッダーに掛けられた紙くずのように裁断された。がらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがら精密ネジ一つさえも全て切断されたように粉みじんになって真下に落ちていく。車だったものは一瞬にして鉄の屑となって、車ではなくなった。ただの鉄くずになったのだ。それを見て、曜子を抱きかかえた少年は、酷く呆れた顔をした。「うわ、まじでバラバラ真下に?え?真下?慣性さえも切ったの?―――――母さん?」「えっと、適当に?」そして、車の中にいた男たちは、全員衣服だけ全て粉みじんにされ、「うげえぇええええ」と口から泡を吹きながら苦しそうに地面に投げ出され倒れていた。まさに繊維喪失といった具合。「いっつも私吐かされてるから――――――――沢山吐いてね?」「え、生きてんですかこの人たち――――?」「うん手加減した」「加減ってなんですか……?」「竿ごと金○えぐりとってやろうかと思ったけど、やめといた」「うわ」「うん、たっくんにそういうの見せたらトラウマになりそうだから、私の感情ではレイプ犯は死刑とか思ってるんだけど、ね?」「警察呼びますか?――――あと世のため人のためなら――マジで最強なんですね、貴女」「救急車かな、徹底的に本気で刻んだから、しばらく、何も食べれないし――――救急車は明日の朝あたり一応電話しておこう、こんな夜だし、救急隊員の人も寝たいだろうしね、はい穴空けた毛布、この人に着せて上げてね」「はい、毛布です、頭からかぶってください」女性から薄い、それでも温かくて高そうな毛布を少年は私にかぶせて私の涙の痕をを優しく指で拭った。「じゃあ帰ろっか!」「はい!」そう頷きあってフッと笑って、颯爽と歩き出す、少年と女性。「なーんかお腹すきましたね、俺、猿みたいに木々を越えて腹へりました」「そうだね、じゃあ夜食にひき割り粥つくってみよっかな、豊臣秀吉が好きだったとかいうやつ、ね、貴女も食べる?」そしてにっこりとこちらをみて優しげに微笑む女性の顔を見て、私は、一気に顔が熱くなるのを感じた。すっごい美人!目の覚める美人とはこの人のことをいうのか、と曜子は思い。「はい」曜子は一気に体に力が戻るのを感じた、うわーこんな綺麗な人初めて見た、という、ひどい目にあったあと感動的な絵画とか音楽を見たり聴いたりしたような気分になったのだ。「あ、元気になった、震えとまったね、うん、もう大丈夫だよ?」そして曜子は次に自分を抱きかかえてニコニコしているどこにでもいそうな眠そうな顔をした少年の眼を見た。「ところで月綺麗ですね。あー腹減った、あれ月見団子に見えてきません?」「もう食いしん坊だなぁ、たっくんは、でも今日のご褒美に月見団子も作ってあげるよ、むしろ、もう何だって作って上げる」「まじで!」そして細め気味だった眼が少し大きく開かれた。凄い、眼が綺麗―――――。人間の眼ってこんなにも深くて綺麗なのだろうかとその瞳の美しさは、曜子の胸に焼き付くように燻った。そして曜子は思った。あ、これは惚れる。ピンチのときに助けてもらったし、私の白馬の王子様だったりするのかな、この子、とか考える。「あ、そういえば俺抱きかかえてるんですけど、男の俺より、母さんの方とチェンジしますか?」「チェンジは――――――なしで!!」曜子そう言って、少年の頬にチュウをした。という話を、曜子は現実的に少し変えて喋った。すると、隣にいる山田ゆかりちゃんがとても嬉しそうに微笑んで誇らしげに達馬君を見る。口をなんだかもにょもにょ動かして、すぐさま顔を少し、目元あたりを紅潮させる。何度か会ったことがあるし、達馬君のことが好きな人間の一人かな、なんて思っていたが、ふーん、と曜子は自分の顔がにやけてくるのが止まらない。曜子は山田ゆかりに共感していた。そして思わず、こういった。「わかってるね、ゆかりちゃん」「はい、なにがですか」やっぱかっこいい……って言ったよね、今。わかってんじゃん。山田ゆかりに曜子は親近感を抱き。そして曜子はすぐに言ってはならぬことをいった。「でも――――妙子さん」「っ……はい、妙子さん」うん、この子もわかってるのか……。あのあと、私が住んでいる県を二県跨いだ所にある妙子さんちに連れられ、夜食をいただいて、その晩は末馬さんちでゆっくりと休ませてもらった。そして。「おかーさんも、かっこいい子にちゅー、もう!たっくん最高!もう!大好き!」どうやら私をギリギリで助けてくれた達馬君の格好良い男の子っぷりに妙子さんは大感動したらしく、何度も達馬君をハグしてゴロゴロしたり、ほっぺたを何度もキスしていた。「そういえばあの時「妙子さーん」って久しぶりだね、えいえい、おかーさんじゃないんだ、えいえい」「ぐええ、かーさん、勘弁、そんなにくっつかないで、心臓が吹き飛びます」「今日は一緒に寝ようねー!曜子ちゃんは私の部屋だし」「え、は、え、まじで?えええ!?」「嫌なの?」「いやうれしい……「うれしいの?」はっ!」「嬉しいんだ!じゃあ今晩はお風呂も一緒に入ろうか!背中ごしごしこすって上げる!」「それは絶対無理」「もう私、たっくんを物凄い甘やかしたいのに~ダメ?えー?」「うわ、だからそんなにくっつないでください、心臓破裂する―――ちょ!」はい、勝てそうにありません。「でも頑張ろうね」「はい」「なんか通じ合ってますね」「そう、ね……ね、私の話聞いてもらえるかな?」桐子は確かにこの少年が信用に足る所以を聞いたが、なんだか疲れた。結局この子、ただ腕っ節が強いだけじゃないのか、とか思うが。もう外は夜になっていたので、そろそろ怖くなってきた。まぁ、ダメもとで、という感じで、自分の身の回りを話していく。末馬達馬夕方、ちょうど都心に出て、「妙子さんが食べたそうにしてた」という銀座のお菓子を買いに行ってる時、犯罪者発見、めっさつ。末馬妙子家で「たっくん、銀座のお菓子の紹介番組の途中でどこいったんだろ、まさかまた買いにいったの?」その時、達馬から電話があり――――「え、どこにいんの、え―――――うんバット持ってくよ」 めっさつ。達馬がひどい目に会いそうになった女性を助け出したのを見て、少しだけ、トラウマが解消された。末馬達馬の正月事件 小話。1月3日今年は回転寿司チェーン店で有名なほっかり亭が今年一番の初マグロ、時価2億円ともなる大ぶりの新鮮なマグロの解体ショーを行い、客に振舞っていましたね。今年一番の粋な、恒例化された或る意味行事ですね、福男なんてよりも、こっちの方が福がつきそうなもんですよねぇ。というラジオを聞きながら的場慶一郎は個人経営のコンビニ店の店長として、人件費を節約の為に一人ででもいいから正月でも働く。正直、正月なんて関係ない、こちとら24時間働くのが当たり前なのだ、むしろ地元商店が長々とお休みする時期であるこの一週間程度が儲かりどき。客のニーズに応える為、正月に必要なものは当たり前に揃えてやる、と鏡餅の在庫を店内の棚に載せていく。その作業中、ひとりの少年を思い浮かべる。遅いな、あいつのためにコンビニおでんの中に一つお餅浮かべてやってるんだが、まだか?毎日の夜のランニング終了時間に合わせて作ってやったのに、まだ来ないな。究極のお雑煮とか面白そうに言っていた割に遅いぞ?まさか二日前に年賀状を自力で持ってきた時に風邪でも引いたのか?自力で、年賀状を運ぶ行為。海鳴市で様々なボランティア活動を推進し、年末には振り込め詐欺や様々な犯罪が起きる、その防止策として、老人たちが集まる場所、個人病院、公民館、ゲートボール場等々を歩き回り「俺さーマジで感性0だし、なぁー管理局員っておまわりさんみたいなお仕事だし、こういうの作ってみるのも勉強になるよなぁ」と上手くだまくらかし、ではなく、提案のもと某三人娘作のわかりやすい防犯資料(原稿はやて、デジタル編集なのは、資料作成フェイト)を手に持って街中を練り歩き廻って講習を開いて地域貢献する気のいいお兄さんにいつの間にかなってしまった末馬達馬。そういうことをするのが最早日常である男は、恐ろしい程、知り合いが多い。故に年賀状出す人間半端なくいるから、年賀葉書のお金が掛かる、から始まった、末馬達馬の節約術である。北海道から沖縄まで全国の陸地、海面を走って渡しに行くという前代未聞の節約術。除夜の鐘がつき終わった瞬間、末馬達馬は爆走した。「誰よりも早く新鮮な年賀状を皆様に――――今年こそ素早く生きようグッドアイデア賞受賞を目指します、福男よりも速く俺は走る。高校生の郵便アルバイトを自分の分を自分でやると思えば余裕です、あけましておめでとうございます!!いってきます!」「そーゆーセコイところぉおおおお!!ばかぁあああああああああ!!それぐらい私がだすのにぃいいいいい!!」という妙子の悲鳴のような絶叫を振り切って奴は走る。中学生でありながら、年賀状代数万円を軽く超える男になってしまったのだ、本当にそれしかない。クリスマスのせいで色々お金がない。本来自分が行くはずだった施設の子供とかに気前よくお菓子が入ったサンタ靴をプレゼントをしまくったり、山田に日々の感謝を込めアクセサリーをプレゼント。流石に自分ちのケーキじゃなくて他所の店ですよね、士郎さん、この前の魚のお礼です&妙子さんがお世話になってますのケーキをプレゼント。とか諸々。さら日々の感謝を沢山の人々に捧げていった、そこらへん妙子から学んだ悪影響である。となると財布は空になるものである。そして「あ、年賀状はがき買うの忘れたわ。そして買う金残すの忘れた。あはっこれから数百枚寝ないで書く筈なのに―――――――や ば い」年賀状ぐらい、妙子さんに頼らず自己負担するのが当たり前だ。それだけは譲れないのだ、男として、なんとか好きな人の隣に立とうと努力する者として。人に送るものくらい、自分で出す、出来なきゃヒモじゃね?と。一方的片思い相手に対する一方的ヒモ行為。私事での負担金一万円を超えた場合、完全犯罪、よって三年の拘束または―――とかそんな感じ。情けなさすぎる。きっと天体戦士サンレッドだって、きっとこれぐらい自分で捻出するだろ、出す相手がいなくても、そこはきっと最低限やる、うん。こういう行事でもヒモにはなりたくない。俺は職歴が白い恋人にはなりたくないのだ。まぁ学生だけど。薬指に赤い糸を繋げる努力だけは怠らない。「俺は自分の吐いた血で染まってやる!!赤く!紅く!朱く!緋く!赫く!」白い血は夢精でも流せない男の決意。一応昔成人だったのだ。ここはもうプライドの問題だ、セコイと言われようが、もう知らない、末馬達馬急いで文房具屋ではがきっぽい材質の紙を安く大量購入し、学校の資機材を使って年賀状はがきサイズの型紙を山ほど作り、学校のパソコン内のフリー素材で学校のカラープリンターのインクを山ほど使って印刷、手作りの切手部分がない年賀葉書を完成させた。妙子さんにバレないように、密かに。「勝手に使ったインク代は俺の来年のお年玉(年始めのリンディさん専用和菓子工場アルバイト代)で払いますからどうか!年始まで横領させてください!!」末馬達馬は教師たちに頭を下げた、というか土下座した。年末の土下座だ、本気で切実な。「年末だし贋札でも作るんじゃないか心配したがそういう理由なら特別許してやる、お前は男だ。セコイかもしれんが親孝行息子だ、偉いぞ!――――ん?切手は!?年賀葉書は切手代含んでこそ年賀葉書だろ!?ただ来年の干支が書かれたハガキサイズのイラスト用紙山ほど作っただけだろお前!?」教師たちはそこで、こいつたまにそういう無意味な馬鹿やるよな!?皆恐れた、馬鹿すぎると。だが末馬達馬は予想以上に馬鹿だ。彼らの予想を超えた。「―――――――俺の名前には馬が二つも入ってるんですよ?なら馬2頭分ぐらいの速度で自分で走って届ければいい、そうでしょう?ならば切手はいらないのですよ」不敵に末馬達馬は土下座姿勢のまま笑う。不思議となんかカッコ良い気がしてくるほど、珍しくキメ顔で末馬達馬は笑う。「市内限定だよな?流石に」まぁ高校生とか臨時でこういう郵便のアルバイトするし、これは結構、頭がいいかもしれん普通、思いつかないぞ、と末馬達馬のおバカな合理性に関心した珍事であった。こういう実行力だけは誰よりもある。うん馬鹿なのだろう。末馬達馬。馬が二匹入っていて、どっかに鹿がいるんだろう。そして末馬達馬はその質問に目線を教師たちに合わせないように言ったのだった。「勿論、市内限定です(今年最後の嘘です、すいません―――――俺は全部を走ります、年始の駅伝よりも距離走ります)」とりあえず北海道からだ、そして沖縄まで、一気に海面走って南下すれば、もしかしたら日の出まで日本の位置的にいけるかもしれん、沖縄は西側だし。ついにテンションに任せ、末馬達馬は完全自力年賀葉書節約術を編み出した。彼の人外能力を知る者たちは、一言。ドン引きして「へー」「そうなのね」流石に北海道と沖縄くらい、郵便局に頼めばいいのに「セコすぎる……」という反応だったらしい。たっくんのお年玉の額。「たっくん、それどうするの」分厚い札束――――それは末馬達馬という少年に用意されたお年玉であった。海鳴の多くの大人たちから御好意で渡されたのだが、断ったら相手の気分を悪くさせるような雰囲気だったので、取り敢えず頂いたのだが。「まさか、海鳴の知り合いの人たちから貰ったお年玉だけで50万円…………どうしよう」人数が人数だ、はっきり言って莫大な金額になる。人の人生を左右するような物事さえも解決しているので、実は報酬としては少ないぐらいかもしれないが。末馬達馬にとってお礼はその人たちから戴いたまんじゅうやらポテトチップスやらを胃袋に入れているのでこのお年玉は、突然降ってきた謎の金である。「それだけ貰えるくらい働いてるからいいんじゃないかな?―――――とか思えないね、どうしよっか、私も困るわそれ」母親の妙子としては、自分のお歳暮として届いた沢山の鮭やらの方が困りものだ。習い事教室で講師をやっていた頃の生徒さんたちから、山ほどそういうものが届いているのだ。「まぁ私は一番困ってるのは、鮟鱇とかどうやって捌いたらいいんだろうってことだけど」過去に居た生徒達は100人近く、それら全員が未だに送ってくれるのだ。「どうしよう、どうしよう、どうしよう、額がやばすぎて正直なんか悪いことしてる気がする」「そうだね」末馬妙子からすれば、其処まで怖い額でもない、が、人からの御好意だけで得られたそれは、末馬達馬の恐ろしさを再確認する。「この子、本当に将来何になるんだろ?」などと思うが、本人はポテチとコカ・コーラとTSUTAYAで借りたDVDで一日幸せに過ごせる人間なので、本当に過分な御好意なのだろう。「ぐす…………怖い……お金怖い………正直大学生活家賃光熱費引いて食費込みで生活費3万円程度でセコく生きてきた俺にとって50万は重すぎる」俺、5千円札財布に入ってるだけで、自信持てる人なのに……。「車でも買えば?ほら新春初売りセールのチラシに載ってた中古のステップワゴンとか」「免許とれねぇー!まだ14!ていうか、毎年正月になると妙子さんおかしくなりますよね!?」「頭おかしくなりそうなくらい物が届くからね、まぁたっくんはどうしよっか」悩んであげてみる、はっきりいって素直に貰って貯金でもすればよいと思うのだが。ひとりあたりの額は大したこともないのだ。お歳暮で油の詰め合わせセットを買うよりも安いくらいの額が積もっただけだ。はっきりいえば、素直に喜んでおけばいいのである。素直に喜べないものばかり山ほど節句に貰う妙子と違って、達馬は好意だけで戴いてるのだから。と妙子は冷静にどこかからの企業から送られてきた、福袋の山の中から現れた宝石類に嫌な顔をする。これテレビでやってた、200万円福袋だ………どうしよう、誰かにあげたら卒倒されるよね、美里にあげたら多分ブチ切れられるし。「あーまた、こんなにいらない……仏像セットって……」あーもう、うちに何年分のキャノーラ油あるんだろ、まだ2年前の残ってるし……と妙子は妙子で悩む。人から頂いた食料の為だけに実は業務用冷蔵庫が末馬家にはあるくらい人から物をもらえる人間であるのだ。全国有数の個人資産家である。このようなことが毎年である。もう入りきらないし……。コンテナでも借りるかな。また何処かに寄付でもするかな、と考え。『今年も回転寿司店舗で――――』「む?」「あ、こっちでもそういうのあるんだね」「なるほど―――よし、とりあえずよし!!」「へ?」「ちょっくらインド洋まで行ってきます」「はい?」「美味しいの獲ってきますわ」「ええ?」「いってきまーす」「たっくん、漫画みたいな力の有効活用とかいってるけど、其処までいくと全国に実名報道されるよ?」そして達馬は新春、インド洋を走っていた。たん、たんと海面を走る感覚はまるでエリマキトカゲのような気分である。どこを見渡しても海というのは、不思議な感覚で、下手をするとパニックになりそうなぐらいの絶景で、形を変える波達を蹴って走るのは正直疲れる。「フォルテッシモって海歩いて怖くなかったのかな……」日本から約数千キロの海洋を走っていると、人間の小ささがはっきりわかるようなわからないような気がするなぁ、と言いつつ、携帯電話を見やる。内蔵されたGPSで緯度と経度をみると。「ここらへんかな?」走るのをやめて、そのまま末馬達馬はダイヴした。「とったどー!!」そしてその日のうちに。高町家にぴんぽーんと年始に近所の子供がやってきた。そして第一声。「謹賀新年!あけましておめでとうございます!士郎さん!―――――そして士郎さん!!マグロの解体ってどうやるか知ってますか!?」鳥とかの締め方は教えたけど、まさかドデカイ鮪を持ってこられるとは思わなかった。「あけましておめでとう、達馬君――――それと、あのね、達馬君、俺をなんでも出来る大人とか勘違いしてないかい?」「あ、たっくん、それどうしたの?その巨大なマグロ、時価200万円くらいの………え?」ちょうどそろそろみんなと、初詣いこーっと着物姿で玄関になのはが向かった先には。「インド洋あたりで潜って捕まえてきた、ぎりぎりまだ生きてるぜ?」びちびちびち、と元気よく末馬達馬に大きなゴミ袋に包まれ、しっぽを持たれ、死にかけているマグロ。業務用の大きなゴミ袋の中で必死にもがいている。透明な袋らしく、生々しいシルエットがなんとも不気味で。本当に生きが良さそうだった。「ひっ!!動いてる!!?たっくん怖い!!そういうことする人だってしってるけど、バカすぎて怖い!!」なのはは――――ぞっとした。実際できるけど、やらないシリーズを真面目にやっている。俺らってマグロ漁師になれば一生食うに困らんよなー、なのはだったら、空飛べるから、スピード配達業者とか。そういうこと言ってるけど、本気でやるとは誰も思わない。「生きのよさなら河○寿司にも負けないぜ、商店街に持ってて、そこで解体ショーやろうと思う」「達馬君――――君本当に凄い人だな、うん……………」「いやーお年玉代わりに、皆様を楽しませる!!とかで今年そうそうと乗り切ることにしました」「そのマグロどうしたのって聞かれたらどうするの?」「正月の寒中稽古海でしていたら突っ込んできたとか嘘つく」「うん、それ、無理だから、海鳴にどうやっても出現しないからな、そのサイズのマグロ」結局どうしようもないので、近所のお魚屋さんに持って行って、お客さんに無料で配るように頼み込んだという。たまにこういうことをやって周囲の人間を困らせるのが末馬達馬の欠点であった。達馬の初夢末馬達馬は夢をみていた。「あいつ、死んだの?」「ああ……正月特番の赤穂浪士たちよりも先に死んだ」ある男が死んだ、その男は大馬鹿野郎であり今死を嘆くその男たちにとってのムード、ハプニング、トラブルを共にメイキングしてきたその中心に居た男だった。音楽のおの字も出来ない癖に学校の文化祭でステージにバンドメンバーとして立ってトライアングルを鳴らした究極の馬鹿が。本気で「帰れ」とブーイングされて、すぐさま帰った、あの男が。雪降る元旦の日、日輪の眩さを見る前に亡くなった。通夜や葬式は粛々と行われる。「シャーマンキングの曲でも流すか」「幸せなら手を叩こうだろ?」「それスレネタだろ?」「お前は笑犬か」とか言い出すやつが混じっていた、結構混じってた。だけど言おう、ヤツはこういう時にこそ、黄泉がえりを果たし「自分で墓に歩いて入るわ」とか言い出す奴だった。しかし、生涯墓穴を掘り続けた大馬鹿は本当に自分で雪を排除した地面に落下し頭を破砕した。「最初に屋根の雪から雪かきすれば死ななかったのに」積もった雪がクッションになり首の骨が少し傷つく程度で済んだかもしれないのだ。「手伝ってやれば良かったか?」「んー自業自得だからなぁ、死んだのは悲しいが、死ぬ原因が全然悲しくないのが虚しい」「ましな死に方なかったのか?逆に物凄い寂しいぞ?」最近一人の友人を失くした男たち、そんな会話を繰り返しながら、寂しい気持ちだけを抱えている。虚しすぎる死に様、笑いもせず、心底楽になった表情で雪かきをし終えたようなそのあと一服でもするかのように口元を僅かに開いて、茶色い雪かきをし終えた汚い道で死んだ男を始めに見つけたドンジャラメンバーである。葬式を終え、そのメンバーが顔を合わせ頷き合う。「よし、とりあえずみんな――――あいつに最後の借りを返すか」エロゲ(姉汁)すすきの風俗情報雑誌(お姉さん系のところに付箋あり)AV(OL系)「あいつの妹さんに返しに行こう!前々から死ぬ前は互いにHDは消しあおうぜ!とか言ってたけど、それはやってあげたが、借りたものは返しにいかんと!」「あ、おれあいつに貸してる3万返して貰ってないわ、形見にアイツが後生大事にしていた、代わりにラノベ全巻貰いにいくかな――ブックオフに売られる前絶対もらおう。あいつ全部で三万くらいラノベに使ったって言ってたし―――全部100円になるまで待った中古だっていうし」「あいつが過去あいつが惚れきた女の子たち全員に電話してあいつの代わりに告白してやる、未練なくあの世にいけるぞ、これで」「取り敢えずあいつの命より大切とか言っていたコカコーラ100周年記念店頭用限定ボトル2本セット貰いにいこっと、命なくなったらいらんだろ、あれ」 「いやそれオークションに出そうぜ、普通に6万からスタートだからなそれ」俺の初夢は悪夢だった。「お前らやっぱり悪魔だろ!?」なすとか富士山とか鷹の前に禿鷹共が俺の死骸に群がる夢だった。確かに互いにもし死んだら、笑って送り会おうなとか言っていたけど!!「くそ、化けて出てやるううう!!」小話 妙子の初夢IF3 もし二人が同年齢で女の子だったら。○○県○○市、市立「南北東西どれか」中学校。その二人が並ぶと絵になるとその学校では有名だった。小学校からの親友だそうで何をするのも一緒であり、二人はまるで妖精のような「CGで合成してもこんなに綺麗にならんだろ」というくらい可憐な少女達だった。しっとりとした憂いが漂うような何処か影のある雰囲気を背負った末馬妙子。悪戯っ子な妖精のようであり、明るい日差しのような雰囲気を持った有栖川達姫。二人は対照的で妙子の方は静静と学生鞄を重そうに帰り道を歩き。達姫は気楽そうに学生鞄をぶんぶんと犬の尻尾のように振り回し元気に道を歩く。おしとやかな子と元気いっぱいの子、どっちがいい?みたいなことを男子生徒はいつも思うと学校では有名だ。「今日は3枚貰ったわ、恋文」学校の帰り道、嬉しそうに貰ったラブレターを学生鞄から出して「どうだ」なんて見せてきた同類に妙子はびっくりする。自分も沢山貰っているが誰にも言わずこっそり読まずにゴミ箱に捨てているので、こうやって誇るように見せられて驚いた。自分と同じく女性に生まれたことについて精神的に齟齬を感じて苦しんでいる、と言っていた筈だ。流石にそこは元同性に恋愛対象として見られることに嫌悪する場面ではないか?なんて思った。「え、嫌じゃないの?」自分がすげぇ嫌なので妙子はそう尋ねる。しかし達姫はホントーに「家帰って母さんと父ちゃんに見せよーしっかり読んで文章に点数とかつけよー」と楽しそうにしていた。きっと「結果発表」とか言ってラブレターをくれた男子を後日わざとらしく恥ずかしそうに呼び出して突然「貴方のラブレターは34点!!敬語が下手!」とか言うに違いない。そんな友人を見て妙子は溜息を吐く。「相変わらず私よりも波乱万丈な癖に……軽い、ていうか私が悩み過ぎなの?何か負けてる感が……」「まぁ一生懸命人生悩むことに勝ち負けないぞ、妙子、むしろオマエを見て、悩まない自分を見て、「私って馬鹿なのか?」とかこっちも何か負けてる感バリバリだから」「そっちの方が楽そう、いーなーその性格」「そっちの方が生理軽くていいよなぁ、体交換したい、私、なんか重いんだぞ、学校休むレベルで」「私だけ損するじゃん。達姫よりも私、世渡り下手だし、お前みたいに親拾ってこれないから」「拾ってきたって………いや有栖川になったのはそんな感じだけどさぁ」有栖川達姫。元は両親に捨てられ、孤児となり施設で育っていた佐藤達姫。「最初に捨てられるのが前提の人生な気がする」とか考えながら。その元から持つその天真爛漫さで自由に飄々と過ごしていたら、とある子供がいない老夫婦に7歳の頃引き取られた。小学校の帰り、まるで世間知らずのお姫様のような顔をして、日課である市内で一番試食が多いスーパーで試食コーナー廻りを行ってプレートで試食を焼いているおば様方に「あ、今日もきたの?姫ちゃん、はいコレ」と爪楊枝を差したウィンナーを貰って食べ「お い すぃー!」と他の客の衆目を集めるくらい大きな声でわざとらしく可愛らしく叫び。「今日も売上貢献ありがとうね、姫ちゃんいると売上違うんだよ」「いえいえ(こうすれば嫌な顔をされず試食が好きなだけできる)」「あ、姫ちゃん、こっちにもきてもらっていい?」「ご飯だ、しかも魚沼産ですね、お米立ってて美味そうですね」「味ないけど大丈夫?」「ウィンナーあるから大丈夫です」とか自由気ままに過ごしているうちに、今の両親に出会ったそうだ。やっぱり女の体になると脂っこいものより甘いモノが美味いそうで、試食コーナーにも食い飽きて和菓子コーナーでいちご大福などをじっくり眺め「うーん俺の手から出るやつよりもうまそう」と悩む日課をこなしていたところでその本人曰くその「人生楽そうな愛らしさ」で見知らぬ「食べたそうだから、ご馳走してあげる」という大人に声を掛けられ、よくわからないけど、そのままその他人のところで「何時でも来ていいよ」とおやつを戴いたりをすることが多かった幼い日々。そんな中で偶然とても仲良くなったとある老夫婦にディ○ニーランドに連れて行ってもらったりしてかなり良くしてもらったそうだ。ランドでミ○ーの帽子を被りながら売店でチュロスを沢山食べたりしているうちに「ハッ」とし。「あ、施設に怒られる、滅茶苦茶勝手にどっか行ってますね、私」「施設に連絡してるから大丈夫よ」「あ、ならいいんですか?大人判断?」「ええ」そんな「もうちょっと何か考えろ」という日々、ある日その老夫婦の家にお邪魔していて、たまたま置いてあった古いピアノで「ねこふんじゃった」とか「キラキラ星」を弾いて遊んでいたとき。「ピアノ好きなの?姫ちゃん」「暇なとき、施設に置いてある鍵盤ハーモニカで遊んでるくらいでピアノは全然です、でもピアノ弾けそうな顔してますよね?私」「ええ」「でも弾けないんですね、これが、学校行事の合唱で「弾けそうな顔してる」とか言われてピアノ担当にさせられそうになって困ります」「悩みといえば、あと給食のお替り――何かしづらい、とかそれくらい?」という悩みのない人生を送っている達姫である。あと、これからの人生「エロ追求」か「女子力追求」どっちにしようか?「実際現実問題、エロ追求したら、枯れたらおしまいだし何かそれは疲れそう」とか夜布団の中で妄想するくらいで、本当に悩みがない人生である。そして結局のところ寝る前にいつもこの人生について「将来は毎日美味しいごはん食べて、お風呂入って、気持ちよく寝れればいいやー、あと適当でいいね」で考えを終わらせるような人間であった。「そうね、姫ちゃんみたいな子が弾けたらなんだか見栄えするわね、そうだわ、住んでるところに新しいの買って送ってあげる、こっちで教えるから、施設で練習したらいいわ、そういうの置ける場所あったわよね、あの施設」そんな達姫に人生最大のピンチが訪れた。老夫婦達に「いつ、また遊びに来てくれるのかなあの子」とか毎日楽しみにさせていたレベルが大変なことになっていたのだ。彼らにグランドピアノとか買わしてしまいそうになったらしい。「TS転生者って大抵綺麗だけど………ていうか今までブスのTS転生者って見たことない、でも俺にも適用しないで、まじで、遺伝子的におかしいから、コレ」という生まれつきの容姿で両親に「絶対これ私たちの子じゃない!!気持ち悪い!!」と捨てられて以来の大ピンチ。「え、え、駄目、そういうの駄目です!たまに遊びにくるガキにそういうの買っちゃダメです!あと見栄えするだけです!」「いいのよ、気にしなくて、私たちなんてこの歳で子供いないから、お金なんて有り余ってるし、これぐらい全然気にしないで」「こっちの好意なんだから、いいのよ姫ちゃん」「そうだぞ、全然気にしなくていいんだ」そして「あ、俺、子供の居ないらしい、寂しいかどうか知らない、けどそんな感じの夫婦を騙して金絞りとってるみたい、うわ、やばい……」「これは責任とらねば………」という思考になったそうだ。しかし……責任と言っても、どうすればいいのか。「しかもYAMAHAじゃなくてスタンウェイ。買わせたら音楽家になれなくても真面目に練習しないと地獄に落ちるぞこれ」「もう逃げたい、凄い逃げたい、このままだと俺すげえ悪人になる、でもランドも連れてもらったりしたし……あ、もう十分あかん」と恐ろしくなったそうだ。だが自分は何も持っていない幼女の身。桃缶も買う金を持っていないオーフェンのような自分にどうすればいいのか、「精々、チュッパチャップスぐらいしか持ってない」と思い。ならば「この身で責任を取るしかない」とか思ったらしく。「じゃあ、そちらに私みたいな娘、いります?そうすれば新しいピアノいらないし」と訪ねたらしい。「娘になってくれるの!?」「本当に!?」「え―――――いるの?リコールとかクーリングオフきかないですよ?」「それでも構わないわ」「ああ」「では、これからよろしくお願いします、お父さん、お母さん」「やった!」「やったぞ!」大喜びで拾われた。なんでも老夫婦は「よかった、姫ちゃん欲しがってるところ多かったから……」とかそんな感じだった。結構下心満載だったらしい。そのすいすいと勝手に養子に行く姿は達姫が過ごす施設の院長である霞百合子は「勝手に犬とか猫とか拾ってくる子のように親拾ってきた」と言わせる程であったという。で、そんな達姫を見て妙子は訪ねる。「で、達姫って本当に女の子楽しんでるね?ええ?」若干睨んで聞いた。納得がいかないというか「これと私は別の人間だから、まぁ感じ方は違うけど、それにしても………気楽そうで腹立つ」という理不尽な怒りである。大親友なのだが、その悩みのなさにちょっとムカつく、という妙子である。「こうしてお前とふたりっきりで俺っていうけど、それ以外じゃあ「私」だし、こう、たまには男に戻りたいとかそういうホームシックのような気分はしっかりあるよ?トイレとかめんどいし、セーラー服のスカートスースーするし、座った時しっかり股閉じないとダメだから疲れるし、うん」「それってただ女性らしくするのめんどいだけでしょ?それに対して精神的ストレスないでしょう?」「あーお前女装して生きてる羞恥プレイとかそんな感じのストレスだっけか?」「ああ、で、お前はそれ厭ではないんでしょ?」「うん」「あ、ということで女性認定します、君それ最早TSじゃないから、これから、たまたま前世覚えてたアンビリバボーな子としてみるから」「いやおんなじだから、それ、あと俺が嫌だっつーのはなぁ、えっと、なぁ――――」「ん?」「いやー俺、やっぱり――――どんな自分よりも末馬達馬の方がいい」という夢を末馬妙子は見た。「えーと変な夢だったね」なんか若干嬉しい気分だった。そして「ねぇたっくん」「はい」「勝手に親とか拾って来ないでね?」「はい?」つづかない