「先生、またあの子に会いにいくんですか?言っときますけど、えっちなこととかしないでくださいね、私、先生にまだこの職場にいて貰いたいですから」病院のリノリウムの廊下を私が空の紙袋を持って歩いていると、私を看護師のひとりが呼び止める。まるで狐のようなつり上がった眼を持っている看護師の女性で、いつも口元に微笑みを浮かべる蠱惑的な表情が患者の男性諸君に大人気な女である。今日もわざと、彼女はナース服の下に黒い下着を着て、若干私を目眩を起こさせる。あまりにもそれが浮かび上がる。いつも皆が「セクハラされるよ、それ」と注意しても気にしない人間で、患者にセクハラ、欲情の瞳を向けられても一切気にしない。そんな彼女は今日は黒い、蜘蛛のようなレースだった。「透けてるぞ」「わざとです」「ならいい。だが、あの子って……彼は16だぞ?」「2年前からこっちの病院に移ってきたとき、私勘違いしちゃいましたもん、もうあの子はあの子です……私、男に生まれてくればよかった、なんて思うくらい」「彼は男だ」「しってますよ?」「意味がわからないぞ」「女性として迫っても、負けそうな気がしますので」「じゃあ、私は君と話していると大変常識を失いそうなので彼に会いに行ってくる」こんな職場の仲間たちに囲まれている私の日々の楽しみといえば、さる個室、特別な患者の病室の一室にいる、さる特別な患者との会話だった。彼は私が人生で見てきた誰よりも美しく、綺麗な少年だった。まるで野生の青い薔薇が落とす影のように優美であり、繊細な、そう、青い薔薇は野生ではありえない。故に奇跡のように美しいのだ、と誰しも色めきたつ、賑わうくらいの少年だ。誰しも潮に引き寄せられるように眼をその美しさに離せなくなり、溺れてしまう。性別を越えた美しさなのだ、本当に。そのような趣味を持ち得ぬ私でさえ、少しだけ気まずい気持ちになる。検診を行うさいに肌着をまくった時などいつもドキリ、とさせられる。普段女性患者の裸をみても、業務なので何も思わないと慣れきった私にさえ、眼線を逸らしたくなる気まずさを与える。こちらが青ざめるほど白い体、まるで夏に降る雪のような体は、本当に触れたら溶けてしまいそうだ、と思ってしまうのだ。そして何よりも、私は彼の在り方、心が好きだった。空白の綺麗とは違う、めいいっぱい多くの隙間を埋め、何度も何度も泥の中でもがいた白鳥のようであり、いつか羽ばたくことを願いつつも、羽ばたけないことを知っていながら。その事実から逃げず、ただ、ただ生きる。「あの子、いつか治るといいですよね…」「治っても、彼には行く場所がないそうだが、ね、一応立派なお金持ちの子で、立派な子供じゃないを望まれる家庭だそうだ、彼のことを両親は「私たちの傷モノ」と皮肉を籠めて笑っていた。彼は、回復しても、ここの病室にいると変わりないのだとも、記憶から無くなるように静かに生きろと、望まれている、」彼は彼の血の繋がった人間からは生きることをもう諦められている。彼の親類からすれば生にしがみついている、と思うそうだが、私はそう思いはしない。生きているだけで君は十分、その人生は楽しいのだ、と私は胸を張って言ってやることができる。「じゃあ、退院したら私がそのまま家に持って帰って養っちゃいますよ、もうね、そこに居てくれるだけで良い、それだけで十分大好き。夜にですね、ちゃんと寝てるかなぁ、と見回りにいくんですよ? もう、寝てる姿がまるでお姫様みたいで、可憐でたまらなくなります、本当に私この仕事やってて良かったと思うんですよ。そのあと、他の病室で夜中にシコシコやってる患者みてやめたくなるんですけど、ね」「生々しいぞ、君」「ティッシュ捨てるの私ですから―――――ゴミ箱妊娠させる気ですか、といってやりました、そしたらそのあと、そいつ携帯で掲示板に書き込みしてました、スレ立てしましたね絶対あれ、安価とって変なことしてきたら―――――陰毛全部剃ってやる。」そういうわりには病院の年配の方に尻触られても、気にしないのが彼女である。曰く、老い先短いし、それくらいはボランティアというらしい。どっかのエロ本に出てくるナースみたいな女だな、と私は思う。「人間、我慢できないものだ、我慢はよくないのだ、きっと」「ええ私は我慢しないタチなので、すぐ反撃で嫌がらせします。そういえば先生は我慢する方ですか?まぁ先生ゴリラっぽいから我慢強そうですね?」「君、ゴリラはああ見えて繊細な動物だぞ?神経性の下痢にかかりやすいし、ストレスに弱いのだぞ?」「先生、ストレス性の下痢なんですか?いいお薬ありますよ?勿論、病院のじゃなくて市販のですけど」「君、いい度胸してるな、一応、私結構偉いんだが」「ナースは戦場で生まれたんですよ?」「君優秀だから、私は怒らないんだが――――で、市販の何がいいのかね?正露丸か?」「トマトです」「トマト、効くのかね?」「医者いらず、ですから」「君、私のこと嫌いか?」「だって先生があの子に一番好かれてるじゃないですか、もう悔しくて悔しくて、先生が来たときと私が尿瓶とりにきたときじゃあ反応大分違いますよ」「そりゃあ違う」「私、君のなら飲めます!ってくらい好きなのになぁ――容姿がもう、見た目だけで私の股開いてあげるよ、みたいな」「おい、何をいっている?」「勿論、あの子のおしっ「言うな」そんな彼がみんな大好きだった。「先生次の本持ってきてください」「ん、どうしたんだい……この前持ってきた本、つまらなかったかな?」「いや、面白かったのすぐ読み終えちゃったんです、え、と……中々心温まるお話で、でも私に10万回死んだ猫は結構アウトですよ?」「そうか、それは良かった」「いいんですか?」「面白いと思う本に読み手の実状は関係ないからね、面白い本はただ面白いのだ」「なるほど………ですけど、わざわざ私に毎回こうして本を持ってきてくれるんですか?先生もお忙しいのに」「君が面白いと思うのは、それは君がまだまだ元気な証拠なんだ」「全然元気じゃないですよ?」「君の面白い、という言葉を私が聞いて、君の体がどんなに死に傾いでも、君の心はまだ元気で生きることを諦めていないと私が安心できる、という一種の検診なのだよ」「なんか感動できそうな感じのセリフですね、先生」「感動してくれたまえ」「感動します、感動、感動―――――――で、なんで持ってきてくれるんですか?」「いやね……私の趣味は中々あまり周囲の人間に何かしら良い顔をされなくてね、周りにも私の趣味を話しても喜んで聞いてくれる人もいないんだ。私の趣味の本は基本的にマイナー、いや子供向けでね、児童文学が趣味というのもね。正直、私みたいなおっさんがミヒャエルエンデが愛読書とか言ったら周囲ドン引きだろう?池波とか大河で我慢しろよおっさん、とかなるだろう?ムーミンが好きで好きでたまんない、スヌーピーも好きだ、とかドン引きだろ。休みの日はムーミンを見て、ロッキーチャックを観る、なんてダメなおっさんだ。キモイとか職場の若い看護婦さんに言われたら、ショックで寝込んでしまう。ましてや「可愛いですね先生」と、小馬鹿にされても辛いのだ。お前らは45のおっさんを可愛いという失礼をわからんのか、と少し厭な気分になってしまう。今時はネットやらSNSでそういう趣味を語り合うってのもできるのだけれどね、結局のところ人は傍にいる誰かと会話してこそ、相手と楽しめる。一人で、パソコンの前で座っていても……ぼうっと、それは結局のところ誰も傍にいないと気づくわけなんだよ」「先生」「それにネットは平気に私の大好きな作品の悪口をいったりするから嫌いなのだ、物語を簡単にキーボードで叩くから嫌だ」「ハリポッターでおしゃべりすればいいのでは?ギリギリいけそうですよ?」「ハリーポッターは好きだけれどね、私は。あとハリーポッターはおっさん的にアウトなのだ」目の前のクマのような先生を見て、確かに、と思う。若いピチピチとした看護婦さんに「ハリーポッター」の話題を嬉々としてこの先生が盛り上がっても残念さが消えはしないだろう。私が、「将来はサッカー選手になる」とかそういうレベルの発言だ。それでプロのサッカー選手を連れてこられて、感動的なドキュメンタリーにされたら嫌だな、なんて思う。アンビリバボーとかああいう番組は苦手なのだ、少し嫉妬してしまうから。「無理にされたくないんですね」「ああ、無理にされたくはない、何事もね」無理に会話についてこられても、無理に優しくされても、つらいものだ。確かにその好意は嬉しいものだ、ありがとう、と思う。だが「結構ほっといてほしいのだ」「ええ、それでも、やっぱり仲間欲しいんですね、だから私を仲間に入れようと」それでも結構すがってしまったり、一人寂しくなって誰かにかまって欲しくなることもある。昔先生にそう、己の心疚しい胸の裡を話したことがある。「そうだ、人間、一貫性で生きれんからなぁ、私もこうして本を集めるのに苦労したものだ。ネットで買えばいいものを、やはり現物をみると手が伸びる、そして店員の目が気になる。だから週刊雑誌の下に独身で子供もいないくせにあたかも、自分の子供のお土産に――――――」別におかしくない、と今のように笑ってくれる。目の前の彼は私にとって父であった。だから少しおねだりをしてみようと思う。「今度から、私の為に買ってきてくれてもいいんですよ?」「それもいいかもしれない、が、独身で私みたいなおっさんがね、君みたいな子に毎回本を買ってあげてるとね、周囲が――――あとそういう言葉は君は危険だ」「これから沢山貢いでください」「だから危険だ、危ういぞ、だがこれからそうしようか、ん………だが君とあんまり趣味あわんだろ私の趣味、私結構損をするんだが」「まぁ乙女趣味ですから、先生は」「君、男らしい話好きだからなぁ、」「男の子ですし、まぁこんな体じゃあ、区別つかないそうですけど………」「君まだ二次性徴きてないからなぁ、この病棟の十代の患者さんでマスターベーションしないのは君だけだと看護婦さんの間で有名だぞ」「?マスターベーションってなんですか?なんかのゲームの必殺技の名前ですか」「………君そういうの無縁だったか……」多分それなりに神話などを読んでいるんで、自慰は知らなくとも性交は知っているだろう、と思う。この前ギリシャ神話を貸してしばらく「これって神様?……不良ですよね」と唸っていたし。「私には無縁?私には無縁なマスターベーションって、なんですか?」「なんか危ない展開になりそうなので、今度中学校の教材保険体育の教科書もってくるよ私は――――あ、あとそれまでマスターベーションとは何かを誰かに訪ねんでくれ、切実に」「別にいいですけど?」「では、そろそろ私はお暇するよ、良い眠りを、神崎瑞稀君」「はい、ちょっと眠くなってました、おやすみです」「で、次は何の本を持っていたらいいかね?」「ローズマリー・サトクリフの炎の戦士クーフリンをお願いします、先生、また読みたくなりました」「ああ、持ってくるよ」きぃ、とゆっくり先生が神崎瑞稀の部屋から出ていくのを見ると、神崎瑞稀はため息を付いた。「……我が儘いいすぎたかな?」生まれたからには何かを成さねばならぬ、そんな風に思ってずっと生きていた。笑ってしまう話だが何処かしらそのような急迫観念が胸に残っている。消えぬ燃えさしのように、パチパチと絶えぬ火がきっと消えはしない。だけれど、私は生まれてこの方、病弱で一歩も生まれたところから歩いて出たこともない。白い病室、消毒薬の匂い、繋がれた管の無機質なプラスチックの感触、腕に刺さる鉄の針。喉は何時も、苦しく詰まったようで此処に穴が開けばどんなに楽になれるだろうか、そんな開放感を待ち望んでいる。腕も病院で決まって出される食事が盛られた皿を持ち上げるだけで酷く億劫になってしまい、疲れてしまって、虚しくなる。春の穏やかな透き通るような太陽の香りがする青々とした風さえも、私を痛ませる。こんな脆く本当に吹けば飛ぶような弱い体で何を成せるのか、そう思う。生まれながらにして、私の体は元々全体が弱く、唯一丈夫だったといえば、その火が燃えているような錯覚を起こしている心臓のみ。20をすぎる前に私はきっと、もたないと言われた、ああそうだろうな、そう知っている。骸骨の如く痩せぎすで、幽霊のように軽い、まだ怪談に出てくるお化けの方が生き生きとしているだろうなと考えてしまうくらいだ。そして、私はもう一日6時間以上、この躰を私が知る目の前の病室に居させることができなくなってきた。唯一の楽しみは両親も親類も諦めた私にいつも先生が持ってきてくれる本だけだった。もしくは看護婦さんが持ってきてくれるゲームも。でもゲームは疲れるのであまりできない。そして、この日の晩、私は先生の持ってきてくれる本を読むことも出来ずに体の限界が来てしまい、死んでしまうことになる。そしてその日、私はついに病室からやっと外に出れたのだ。機巧メイドは挫けない機巧少女は傷つかないの二次創作、思いつき。多分原作知らないと内容わからないかも。私は病に果て、生まれ変わった。好きに歩き回れる足、走ることができる心臓。まるで飛べる気さえ起こる、だけれど、毎日が不満だらけだった、今回の人生は読書家の私にとって予想がつくほど己のこれからの未来がわかってしまった、飢えて飢えて飢えて飢えてしょうがない、古びた時代背景らしき寒村の農家の12人家族の6女として生まれた私は、当たり前のことに労働力、資本として扱われて育った。かじかんで震えながら、一日中冷水の中で二人の赤ん坊の兄妹を背負いながら洗濯をし、あかぎれの手の痛みに耐え、農作物を奴隷のように運ぶ、それが毎日続く。食べ物も粗末でじゃがいもとかぼちゃが主食だった。前世の知識――――?そんなもの生かすなんてある程度恵まれた場所でなければ使えない、ひとりになって自由に何かをしようとすると鬼女のような母親に竹の棒でで容赦なく顔を叩かれ、寒空の下に夜、立たされる。産みの親はその寒村の貧しさが身も心も染み渡ったような貧しい人間だった。子供を犬猫のように何人も産み落とし、犬猫のように扱う、愛しながら育てるためではない、労働力の為に子供を生む、そんな女。朝日が登れば起き出し、暗くなれば泥のように眠る。私はその家族の中で最も冷遇されており、勿論布団なんてものはなく、藁を編んで作った襤褸をまとって眠る。ノミやダニが全身を這い回り、毎晩寝苦しい家畜小屋。私は生まれ変わる前と同じ姿で生まれたのだ。英語圏の寒村に生まれた黒髪の黄色い肌の少女はどうやら周囲のにとって大変奇異に映るらしく、いやそもそも親にとって私は異物だった。黄疸の病を受けた子供だと思われ、忌避され続けていた。そして10にみたない頃、私は売られ――――そして「痛くないのかしら――――――昔のことでも思い返しているのかしら?まるで氷漬けの鰯のような顔をしているわよ?」私ははっとする。鉄道に乗って窓辺の景色を見ていたら思わず過去のことを思い出していたようだ。私の主人が話しかけているのも無視して思いふけっていたようで、頬をつねられていたのも気づかなかった。「相変わらず、思い込むと私が折角悪戯して上げてるのに反応しないわ、つまらない……で、何を思い出していたの?」「はい、間引きされ、自動人形のメイドとして日本に輸出されるまでのことを思い返しておりました、しかしながらライトノベルという小説は知っておりましたが、本当にこの世界がそのライトノベル、機巧少女は傷つかない、でしたか?その小説の世界なのでしょうか?私の生まれ育ったアイルランドはあまりライトでありませんでしたが?」「ふふ、中々重い過去よね、男の子だった時は病気で死んで?そして生まれ変わって売られて解体されてお人形にされて、私に買われたのだもの、まぁ私も前に今の年には年上の兄に殺されているけど、アナタは極めつけに不幸な生き物よね、ほら、そんなハシタナイ格好して、恥ずかしいでしょう、もっと苦しそうな顔をしていいのよ?ねぇ、昔オトコの子だったんだから、もっと嫌そうな恥ずかしそうな顔をして、私をゾクゾクさせなさい!ほら、脱がせるわよ」私の胸元ははだけられ、下着の肩紐が半分宙にぶら下がっていた。周りの視線が気づくと全て私の胸元に集まっていた。「…………此処は公共機関なのでおやめください」「人形には人権なんてものはないわよっ!いつだってアナタは私のお人形さんなのっ!文句は言っちゃダメ!ほら足を開きなさい!」そそくさと私は胸元を正そうとするが―――――止めようとしたボタンがそう言って怒る主に素早く着衣の上からちぎり取られる。「……いやです」「あっそう、じゃあ閉じたままでいいわ、あ、そっちの方がイヤラシイわ」禁忌の技術、人間の死骸を持って作られた自動人形である私の主である、京 有栖 (かなどり ありす)は嗜虐性的な顔を浮かべながら私の顔を見ながら私の身につけている侍女服のスカートをめくっては顔を上気させ赤くし、唇を歪ませる。どうやら過去に男性だった私に女性ものガーター下着を履かせ、侍女服―――ヴィクトリアンメイド服を着せ、それを剥いて露出させ辱めることに夢中なようだ。鉄道の中で乗り合わせた人々が赤いドレスをまとった見目麗しい少女が行う行為に何かしら思うところがあるのか、眼を伏せ、別の車両に消えていく。流石英国の紳士淑女だ。どうせなら、私があなたたちの視線に気づく前に消えていただくとありがたかった。「誰もいなくなったわよ、ほら私だけしかみないから、脱ぎなさい」「お人形の着せ替えですか、お嬢様、微笑ましいですね……………私が殆ど自動人形と人間の見分けがつかなければの話ですが」私は顔のひくつきが止まらないまま、主に文句の一つを溜息と共に吐いた。人間の死体を利用し、いや殆どサイボーグのような私は人間との差異がない。勿論自動人形として使い手の魔力がなければ活動することができないのだが、姿形は立派な女性である。「あら、今日は黒のレースなのね、いやらしいわね、元々男だった癖に、本当に貴方って変態だわ、そんな清楚な顔をして、沢山の男を欲情させて興奮するのね、本当に変態っ!」「確かにそういう機能ありますが、私自身何も思いません」ぺろり、と私のロングスカートをめくりあげたままギラギラと青い眼を輝かせる少女。此処で一瞬、元人として女性らしい悲鳴を上げるべきか私は迷う。しかし、この少女の前でそんな声を出せばますます興奮し、下手をすると彼女が腰にいつもぶら下げている大きな鋏でスカートにスリットを入れられかねないのでよしておいた。黒い髪に青色の瞳を持つ少女、所謂ハーフの少女は長く肩まで伸ばした結ばれたリボンを揺らして楽しんでいる。傍からみれば純粋無垢な天使のような容姿の少女だが、何時も通り表情はまるで鼠を甚振って遊ぶ猫のような顔をしている。なんでだれもこんなふうになるのを止めなかったのか。まぁ昔かららしいが。同じく前世を持つものとして私が古典文学の読書好きであったに対して彼女の場合はどちらかというと漫画やゲームの最新の娯楽が好みで、特にゲームが好きだったらしい。此処2年共に過ごしていてこの妹のような主人の趣味趣向は伺ったことがある。様々なゲームのキャラクターが戦闘などでダメージを受けた時の悲鳴を抽出し、mp3に変換し、一日中音楽プレイヤーで再生するのが趣味だったらしいのだ。8歳の頃には始めていたというから、大変高次元な趣味を持った少女である。生粋の嗜虐性を持った少女はこれでもまだ12歳の子供だというから驚きだ、それを指摘すると、「本当ならこれで24歳よ」と顔を膨れさせ自分が大人の女性だといつも文句を言う。これでも可愛らしいところもある、とはわかっているのだが。この子は「可愛く恥ずかしそうに苦しそうにしている他人」を見るのが大好きなので、全て帳消しだ。「あのですね、この下着もそうですけど、私の服は全てお嬢様がデザインしているではありませんか?しかも私に縫わせてるし……」「大昔の日本に売ってないからしょうがないでしょ?この天才の私のデザインに文句を言うの?今度からアナタの普段の正装はもっとスカートが短くてパンツだってみえちゃうような秋葉原メイドさんの」「ああ、わかりましたから………本当におやめください、なんでもいうこと聞きま「なんでも!?」「しまっ「じゃあ、首輪つけていい!?勿論私がいつでも紐で引っ張ってあげるわ!ふふふふ、私用意してきたのよ、一日中四つん這いで歩かせて、その顔に私が飲む朝の牛乳をアナタの顔に掛けるの、それでアナタは真っ白に濡れた顔のまま恥ずかしそうに「世界中の誰にも見られたくない」って泣いちゃうの―――――どう?」少女はあらんがきりに己の欲望と嗜好を楽しそうに、本当に楽しそうに蠱惑的に笑いながらそう言う。こちらが驚愕するような高度な内容の発言である。過去において16だった男性の私よりも遥かに前衛的な性知識が混沌と含まれている。「どうって………なにがですか?」「興奮しない?」「しませんよ、お好きになさったらいいでしょう、私は自動人形ですので自動人形らしく、主人が汚した衣服を静かに洗うだけです」つとめて私はなるべくヒクつく顔を無視して冷たくそう言った。まるで人形のように、いや人形なのだが、そういう気分で、無機物のような感情でそう発言することに全力を尽くした。ここで厭な顔をすればますます彼女は本気になってしまうだろう。すると、少し残念そうに「私はするけど、アナタがそういう風に冷静になると楽しくないわ」と幼くむちむちとしていながら細く長い足をぶらぶらとさせ、興味をなくした、と窓の景色を眺め始める。どうやら彼女の渾身の発想をなんとか切り払うことに私は成功したよし「というとでも思ったかしら?―――――安心なんてしないで?」うわぁ、ご主人様がドSすぎてツライ。私が一瞬ほっとした瞬間にニヤリと輝くように笑ってこちらをみて、とろけるような顔で微笑み始めた。「私のモノになったときから、アナタは私の手で永遠に恥ずかしそうに生きなきゃダメなのよ?だって折角可愛くて綺麗な顔に生まれたんだもの」「これがあとからの作り物だとは思いませんか?」「は――――?」私が思わずそう言うと。彼女はまるで大きな命題とぶち当たった時の英雄の顔をした。己の限界を知らされ、なお、刃向かう、戦士の表情。私の発言に心底彼女は怒り始めた。思わず、震え上がってしまう。私の体温は死人の体温だが、ますます体が冷え込んでいく気がしてしまう。失敗したな、と私は思った。唯一私の体でそのままの弄られなかった部位を私が作り物だろう、と言うと、彼女はこの世界に今にも火をつけそうな顔をするのだ。「はっそんな神様が一生懸命に悩んで作ったような顔が人の手に作れるわけないでしょう?――――私を馬鹿にしているのかしら、本当に腹がたつわよ、そんなことを言うと、私がその顔を引き裂いてグチャグチャにするわよ?………昔のことを思い出しているのもそうだし、そんなことを言い出すのもそう、私に喧嘩を売っているのかしら、私たちはどこにいるのよ?英国でしょ?私はね、戦いにきたのよ、古臭い占いごっこの陰陽道とかいうお遊びをいつまでも続け、権力にしがみつく古臭いおじいちゃんたちを此処で手に入れる力で過去の異物に叩き落とし、さらにアナタという世界にたった一人しかいなかった私の過去の証明を汚してくれた誰かを滅茶苦茶にして、そして貴方を人間に戻す為に今此処にいるのよ?わかる?少しはもっと怒りなさいよ、復讐なのよ?私とあなたのね」私の主、アリス。彼女の母は私の出身と同じ――現在英国で植民地化されたアイルランドから日本に売られた女性の魔術師だったらしい。売られた先は陰陽師という特殊な家系であり。海外の魔術の血を取り入れるためだけに生かされ、アリスを生み、数年で死んだ。そしてアリスは前世の記憶を持つが故の早熟さ、そこに期待され2歳になったときから虐待のような研鑽をつまされ、将来を嘱望された。一応本家筋とのことらしいが、後継としてではなく彼女は戦いの道具という目的の為に生まれたらしい。予見されたこれから起きるとされる大きな争いのための兵器として期待されていた。しかし、彼女には陰陽道の才能がなかった。どうやら海外の血の方が強く、一切日本の呪術の才能がなかったらしい。そして才能がある、海外の魔術を学ぶにも学ぶ場所もなく、すぐに必要とされなくなり、酷く冷遇されたらしい。しかし、現在世界で流行している自動人形という技術に眼をつけ、彼女の父はあるものを与えた。英国から輸入された魔術の道具。それが私。アイルランドの人間の肉を使って作り出された禁忌の技術で生み出された自動人形。その私という武器を使いこなすために彼女は一人、英国という日本から遠く離れた場所に放り投げられた。それが彼女の今の立ち位置だった。そして「くー」「はい」「あなたと違って、私はね、機巧少女っていう小説を読んでいたわ、しっかりとね。12巻は読めなかったけれど――――そしてこの現実で主人公にあったことがあるわ。知っているでしょう、あの赤羽の生き残りよ、ええ、すごい私が知っている通り、お人好しそうな可愛いくて虐めたら楽しそうな人間だったわ――――だけどね私はね、わかる?誰でも当たり前のようにヒロインの女の子だけはご都合主義に助けてしまうだろう彼に会ってどう思ったと思う?私もヒロインになれるかしら――――なんて思ってしまったのよ。なんてくっだらないことでしょうね、情けないと思ったわ、まるで売女だわ、屑の発想よ、その時から私は誇りを失ったのよ、自分で見て聞いて感じて決める人生をたかだか本に書いてあるという未来っていう事前情報で安く売ってしまうところだったの、そんなことを考えた瞬間たまらなくなったわ、それって人生放棄だもの、動物以下の考えだったと思うわ私はね、過去も未来も将来の夢は好きなオトコの子と結婚するっていう夢を持っていたの、その夢を自分で汚したのよ?此処が現実なのにその本という夢さえも汚したの。だからこそ―――――情けないと思ったから、私は決めたの」「私が魔王になる、主役を目指すわ」支離滅裂だろう。聞いている私には理解できない言葉だ。きっと彼女自身も理解できないことだろう、ただ其処には怒りがある。純粋な怒りだ。私は彼女の言う物語は知らない、それ故にあの気の良い少年のこともただの他人でしか過ぎない。だがアリスにとって過去憧れた物語の主人公なのだろう。彼女は彼に出会うまできっと自分の人生を12年此処で苦痛にまみれて生きたのだろう、必死に、この現実を。いつか知ったのだろう、ここが物語の世界だと。そして――――――自分が物語の人物になってみよう、そんなことを思った瞬間に、怒ったのだ。己に。彼女は誇り高い人間だ。己の現実も夢も希望も自らドブに捨てたような気分になり、それゆえ、自ら誇りを失ったと知った瞬間から、それを取り戻す人生を始めたのだ。「取り敢えず今まで出会ってきたムカつくやつを片っ端からぶん殴ってストレス解消する」というような目標らしいが。12歳の少女でありながら、心底尊敬してしまう。普段はついていけない変態さんであるのだが、嫌いになれないのはそういうところが私は大好きだからである。そんな風に思える人間なんてそれこそ――――――いや、いいか。そんなことを思ってしまえば益々彼女を激怒させてしまう。「ああもう!いっつもよ!あなたみたいに児童文学だけ素直に読んでいれば良かったわ!グダグダと悩んでしまうもの!あなたみたいに平気に自分で自分の名前をクー・フランだなんて名乗る間抜けな神経が欲しいわ!あなた武器槍じゃないでしょ!」「ゲーボルグありますよ」「薙刀でしょ、それ」私の名前はクー・フラン。死ぬ前に読んだ児童文学の英雄の名前を自ら名乗る自動人形。魔術回路【鮭飛び】を持つ、薙刀を使うくー・ふーりんである。「まぁいいわ、ところで、くー」「なんですか」「原作だと今私たちが乗っている鉄道ってなんだかこれから止まらなくなるそうよ、なんでかは知らないけれど、私がヴァルプルギス王立機巧学院に入学するのって彼と一緒なのよね?さっき彼が寝ていたのを見つけたし」「え?」「折角だから私たちで止めましょう?」「折角だから………という意味がわかりません、あとこの鉄道が止まらなくなる?――――そんな馬鹿な」私は思わず外の景色を車窓から覗いた、特段何か起きる気はしないが。「アニメ1話みたけど―――――あれって客車両ぐねぐねになったのよね」滅茶苦茶脱輪していたけど、普通脱輪したら中の人間って大怪我するわよね?つづく?京 有栖12歳のドS美少女 過去オタクの兄を持つ12歳の少女であり、同じドSの兄と本気の喧嘩を行い、殺しあい死んでしまった転生者。兄の本棚の本を勝手に借りパクしていくジャイアンのような妹である。クー・フラン禁忌の自動人形。一応過去の記憶を持つが記憶は記憶でしかなく、自動人形であるという現在が優っているため、特段己の境遇を不幸に思っていない。それが有栖を怒らせる。見た目はホライゾンの武蔵さんである。一時期主の趣味で語尾に以上をつけることを強要され、結局性格上全然似つかないため諦められた。あとがき筆回復中のため支離滅裂の文かもしれません。俺こういうの大好き。