「いやあ、たまに自分の肉体年齢忘れちゃいますね、言葉遣いとか俺の方が本当は年上だけど、年下の年上の人とかにタメ口してしまったりとか」「もう、気を付けないとダメだよ?」「ええ、他人を推し量るのはまず外見ですからね、そして何よりも言葉、物事を多く伝えますし、どんな良い人間でも出任せを言うと嫌われたりしますしね……本当に気をつけないとなぁ」「…なんか、真面目っぽくなったね最近」「いや、取り敢えず、真面目に言いました」来週から此処で働く、と、転勤場所を下見をかね、挨拶に周り、その帰り道しゃべりすぎて疲れたな、と思い、ジュースが飲みたくなったある日のこと。目の前で少年は軽やかにステップを踏むように、とん、と一気に空を飛翔した。その息を飲むほどの恐ろしくしなやかな躍動は鷲が飛び立つような姿に似ていた。私が自販機でジュースを買おうと千円札を財布から出した瞬間手から紙幣を取り落とした。取り落とした紙幣は風に流され空を舞い数メートル地上高くある。それを「よっと」と一言、一息で、見事に少年は手で捕まえたのだ。最低でも3メートルは少年が空を飛んだのだ、いとも簡単に、当たり前のように。そして当たり前のように、すたりと、降り立つ。それはただ普通に飛び跳ねたあとの着地の様子、雨の日に水たまりを飛び越える時よりも無造作なものだった。そして少年は「落としましたよ――――あ、やべ」唖然としているだろう、私を見て、そう言った。そしてすぐに「あー」と言いながらバツが悪そうに、頭に手をやり、ぐしゃぐしゃと短めに、額にまでなんとか届く、短い髪をかきまぜる。髪はまっすぐなようで、一通り頭をかくと、さらりと髪が動く。その様子はひどく少年らしく、でも大人びたように感じる。これから教師として転勤してきた学校の男子中等部の制服を身に纏った少年は「うん」と喉のあたりに手をやり、咳払いをする。そして。「あー、一割いらんから、見たことを忘れてくれるとありがたい……まぁ結構バレバレだけどな、余力あるだろうなっていうのは。でもこれは不味い、ま、誰も信じないだろうけれど……あと俺は危ない人物じゃないから、ほらきちんと拾ったお金は君に返します」落としたのではなく、飛んでいったのが正解だろうに。あと絶対に年上の女性である私に、君、なんていえる少年に生まれて初めて出会った。手に持った1000円札をこちらに手渡してくれた、どう受け取ったのかは思い出せない。唖然としたまま口を開いているだろう私は、驚愕したまま、何故かこう言ってしまった。「お礼に、ジュースでも……」「ん、まじで!?」そう言った瞬間少年は花が咲くように、まるで散歩、と言われた飼い犬のように喜色満面になった。1割り、すなわち100円はいらない、という割に120円のジュースに対しては遠慮はないようだった。でもそれが不快でもなんでもなく、思わず自分の発した言葉が混乱ではなく、自分の純粋な好意だと信じてしまうほど嬉しそうに少年は笑った。「昔はそうでもなかったけど、やっぱり妙子さんの金だし、俺は38円のスーパーで買うようになったから、自販機で買うのひっさしぶり。なんか新鮮だな」と言う、そしてタエコという名前。その誰かの名前が出た瞬間の少年の微笑みが私の眼に焼き付いてしまった。もの凄く、不思議な瞳で、思わずびっくりしてしまい、手の平の中にある1000円をまた取り落としそうになってしまった。そしてモノ凄い、優しそうな顔だったのだ、これはまた驚くほど。そして私は先ほどの少年の大ジャンプを忘れてしまった。「な、なにがいいんですか?」声が思わず震えた。それでも言い切れた私が偉い、と褒め称えたいほどそして自分より10は年下の少年に思わず敬語を使ってしまった。するりと手の中の1000円は自販機に投入されていた、いつの間にか私は自販機の前に近づき、自販機のボタンに赤いランプを点灯させていたのだ。「コーラ、せっかくだし」何がせっかくなのか、わからないけれども、私は勢いよくコーラのところのボタンをおしていた。そして取り出し口に落ちたコーラ、それは私が取ろうと「あ、自分で取る」と私の足元ふきんに手が伸びた、そしてコーラを何気もなく取ってしまった少年に私はびっくりしてしまったのだ。それは当たり前なのだけど、近づかれて緊張してしまった。コーラを握った手は酷く男性を感じさせる、力強くまるで鉄のように硬そうで鍛えられている。手を繋いだら、きっと安心してしまいそうな手、鉄みたいだけど、暖かいのかもしれない。そこに視線が思わず長く届けすぎ固まってしまった私に、少年は「ほらほら、元々君のジュースを買うための1000円だろ?買わないの?」と言うので私ははっとした。今日はまだ寒く、春には程遠い時期だった。だからコーンポタージュをひとつ買った。手に持った缶は温かく、でも少しがっかりした気がする。そういえば、私は喉が渇いていたのだ、なんでこんな塩気があるものを――と思いながら少年を見ると。少年はしくった、という顔をしていた。せっかくなら寒いし、暖かいものにすりゃ良かった、という顔をしてコーラを眺めていた。私はそれを静かに眺めていると少年も、それに気づき、私を眺めた。互いに眼が合った、と私が思うと少年の瞳は私の手にあるコーンポタージュに向かっていた。少年が私を見た。私も少年を見た。「あ……うん!それって偶に飲みたくなるよな、いやさ、別に催促してるつもりはないんだ、ほんと。うん、自販機=コーラ見たいな方程式が俺にはあってさ、、まぁ今はコーラを飲む気分なんだ」少年は慌ててそういうのだ。その様子が可愛いく見えて、凄く魅力的で笑みが溢れた。そして私は思わず、お腹を抱えて笑ってしまった。こんなに笑うなんて久しぶりだろう。「あははははっ」後に、互いに交換すれば良かった、という大失敗は私の記憶に残り、いつまでも人生の大きな失敗として刻まれた。「あー、なんだろう、俺って間抜けかね」「何か面白くてっふふ、ご、ごめんなさい……君、ここの学校の生徒よね?制服着てるし」「ん、そうだけど?」「私、来週から此処の学校の数学教師になるのよね、よろしくね?」私が本当にこの少年に挨拶するつもりだけでそう言った瞬間。少年は自分が少年であることを忘れていたように、「あ」と言った。そして「先生、大変失礼な言葉使いで話してしまい、申し訳ありませんでした。」ピタリと佇まいを姿勢よく正した。驚くほど立派な真面目そうな姿に、先ほどの不思議な、誰とでも仲良くなれるような、とても少年らしい、少年の大人は幻となった。今は、とても大人らしい、大人の少年に様変わりした、己の過ちに気づくと、少年は本当に素直に謝罪を私に行なった。思わずこちらが謝りたくなるような、真心が篭った、真剣な謝罪だった。私は思わず、「わぁ」と感嘆してしまった。感動してしまうほど。悪いことをした、許して欲しい、という誠意にあふれた、素晴らしく綺麗な謝罪だったのだ。思わず「いやっ!いいわよ!?」と怒鳴るような言葉が私の口から出ていた。これもきっと失敗、ここで、優しく言えればよかったのに。私はしまった、と思ったけれど。少年はその言葉を聞くと。「ありがとうございます」と生真面目にそう、言った。私はまたびっくりした、そして目の前の少年を顔をやっとまじまじと眺めることにした。特に美も醜もない平凡な顔、でも少し、眠そうな眼をした少年だった。本当に不思議な、でも心地よい気持ちになった。ありがとう、ごめんなさい、感謝と謝罪、誠心誠意をこめ、自由に言える気持ちよさを持っている少年だった。それがなんともたまらないほど、格好良く見えてしまった。それは美しさ、醜さではなく、格好の良い気持ちが見えた気がする。なんて不思議な男の人だろう。今時の若者、いや今時の若者なんて言うと私が年をとっているような気分になるが、いや、私の学生、この少年の同年代の頃にも見なかっただろう気持ちの良い少年だった。男の子ではなく立派な男性に見えてしまって、なんとも気恥ずかしい。私の眼を見ている少年の眼差しは嫌らしさが全くない深い眼差し、ただ真っ直ぐ人を見る眼差し。特別強い、特別綺麗、とかそういうのではなく、ただ深い眼差しだった。まるで長く生きた象のような、大きい動物の眠そうな瞳だといえば、わかりやすいのだろうか。そう、そんな眼差し。きっと、あなたは優しい人なのね、などと知ったかぶってしまいそうになる眼だったのだ。「え、と、貴方はえーとその……その制服は中等部の男子のものよね、何年生?」私の顔は熱かった、まるで私自身が、中学生に戻って知らない男子生徒に話しかけるような気分になってしまった。この時既に少年の跳躍よりも少年が気になってしまった。「2年A組、末馬達馬です、先生」末馬、達馬スエマ、タツマすえま、たつまそう頭の中でその名前を何度も何度も胸にしまいこんだ。大事な宝物をもらったように。もう一度、校舎に戻って女子中等部の職員室にいこう、そして同じ同僚になるだろう人にこの名前を訪ねてみよう、そう思った。こんな少年はどこにいても、どんな空のしたでも、誰でも知っているような気がした。絶対に末馬達馬という少年がこの学校の生徒であるかぎり、この学校に関係する人は全員彼が誰か知っているのだ。そんな確信があった。そして私も「私の名前は大月美沙、来週から此処の女子中等部の数学教師になるの、よろしくね?末馬君」「はい、よろしくお願いします、あと初めまして」「ええ、まぁ校舎別だけど、仲良くしましょうね」何を仲良くする気だ私。「え?」眼をまんまる、にして少年は不思議そうな顔をした。そして、ああ、と言って。「そうですね、仲良くしましょう」少年は笑った。社交辞令だと思ったのか、それとも?いや違う。少年の笑顔は純粋に誰とでも仲良くする、優しい笑顔だった。ちょっとがくり、と来た。私はよく男性に綺麗だとか、言われる、そして欲を含んだ、眼差しを受ける。ええ、そこらへん自信がある、胸も大きいし、結構注視される。でも末馬達馬という14歳の少年は一度も今まで、全くそういう視線を私に寄越さなかったのだ。もう話すことはないのかな、と思った少年は。「ジュースごちそうさまです、外は寒いので暖かい場所で飲もうと思います、ありがとうございました」そう言って、じゃあ、私は校舎の方に用事がありますので、とペコリと頭を下げ「あと色素が薄い髪が綺麗ですね(妙子さんの髪に似てるな)」そう言って立ち去った。その後ろ姿は鍛え上げた男性の背中だった、広く、頑丈そうで、頼りがいのある背中に見えた。私は、気づいた。とても胸がバクバクと高鳴っていることに。「え?」10以上年下の少年だ、まさか!悪びれず、媚びず、怯まず、飄々とした少年だった。そしてただ当たり前のことを当たり前にする少年だった。どこをさがしてもいないほど、非現実的なほど、見事にやってのける。まぁあとで、気づくと3メートル飛ぶのは当たり前じゃなかったな、と思ったものだ。そしてその時私はこれからのことを思い、酷く動揺した認めよう、そんなことはないと思っても現実は非情なのだ。一目惚れってやつが本当に世の中に存在することを私は実感したのだ。そして大学生時代の自由なことを言える時に私は戻り、独り言で「うわー、惚れちゃったかも、年下の子っ――――――ていうか犯罪!?」たかが数分の嵐のような出来事だった。私は盗まれてしまった、まるで稲妻が落ちるように、素早く、強く、少年に心を奪われた。大月美沙26歳(独身)は大変な恋をしてしまったのだ――――。アリサが最近疲れること。なのは達が高校に上がらず、異世界に旅立つのが寂しい悩みだけれどもう一つ大きな悩みがあった。「ねえ少しいいかな、バニングスさん」「はい?」「えーと、えーと別に他意はないのだけれど、男子中等部の生徒会長の末馬達馬君の幼馴染なんだって?」アリサはま た かと思った。思わず今すぐ、あの男に飛び蹴りをかましたくなった。此処数年、このような案件が発生することが多くなり、正直腹が立ってしょうがない。瞳が潤んでいる、ようは恋する瞳をした目の前の女性を見て、あいつめ、と思った。今度は女性教師か、先週まだ転勤してきたばかりのだ。アリサは面倒でしょうがない、ここで受け答えの会話に「昔から――」とかフレーズ入れたり、「本当にうるさいやつで」とか「しょうがないやつ」とか入れると。何故か敵を見る眼差しで目の前のような女性に見られる。普通にしゃべっているのに、何故、と思う。1ミクロンもそういう感情が含まれない言葉なのに、あのバカなんて男として見ていないのに、何故?山田曰く「あなたの否定って、すべてが素直じゃなく見えるような気がする」というヤツのせい!?いや私は悪くない、全てやつが悪いのだ。末馬達馬というバカが一人いる。そいつは昔から妙子さん妙子さんと、いや今も五月蝿い。馬鹿でお調子者で間抜けなわりに悪知恵が恐ろしく働く、もう生まれた時の第一声は「妙子さん」じゃないかと思うようなバカ。「えーとそれでね、髪が綺麗とか言われて――――」ああ、もう、うるさい。本当に此処数年あのバカは可笑しな方向に全速力で走り続けている。確か小学校高学年の時ぐらいからか、あの男は妙子さんへの圧倒的片思いをひた隠しにし始めた。そして中学を上がる直前に母と妙子さんを呼ぶようになった。多分そこらへんの時か。あのバカは大変バカな方向に進んでしまった。「俺はもう俺からはいかない、俺はもう散々惚れてるんだ、次は惚れさせる方向で行く、押してもダメなら―――引っ張ってみせる!?」と自分の恋路の舵取りを可笑しな方向に向かわせた。全ての元凶は末馬達馬だが、ある一言が余計だったのだ。山田ゆかり、あの女、本当に余計なこと言った。達馬に惚れているという奇特、いや危篤な病に侵されているあの女が「好きだと言えない、なら好きだと言わせればいいのよ」その時アリサはホトトギスじゃないんだから、と思った気がする。そんな無理があり過ぎる、適当なアドバイスを受けて、末馬達馬は「そ れ だ」眼を輝かせた。謎の覚醒しやがった。やめろ、とそこで言えなかったのがアリサの後悔だった。馬鹿は一直線、一途な恋の為に。とんでもないくらい一途、そこはなんか尊敬してしまう。そんなやつにそんなヒントというか、プルトニウム与えれば、火を見るよりも明らか。即ち「老若男女が皆惚れる妙子さんが惚れる男に俺はなる!」あんたその言っている言葉の意味わかってんの?それって「僕は新世界の神になる」とかそういうレベルの狂気的な発言よ?と思ったけれども、その時は「まーがんばんなさい。骨は拾ってあげるわ」とか言って流してしまったのだ。流してしまった。その時やつは叫んだ。「そうだ、それしかない!もうこれ、うん考えるの疲れたからそれにしよう!もうそれに賭けるしかねぇ!?こっちは手が出せないんだ!もう、それに人生賭けてやる!?」と、吠えた。「人生決めるの早すぎなの」とか、なのはがやんわりと言ったのだが無駄である。馬鹿は覚醒したまま、現在に至る。強ちそれが一番の手だと思ったのか、末馬達馬という人間は、ホップステップジャンプというかのごとく一足飛び二足飛び。とんでとんでとんでとんでとんでとんで――――と己を磨き始めた。それほどでもない頭を、限界まで酷使し、一気に学年トップクラスの成績に乗り上げ、座礁せず、今もなお、学年1位を維持しているらしい。あの男に点数で負けた皆の顔が忘れられない。常に5科目あれば、500点499点498点とか、そういうレベルに達したそして、よくわからない、何かを目指して今も疾走していると思う。でも「いや、やっぱ無理だろそれ」とか言っていたので今はどうなのか知らないし知りたくもないが、とりあえず、そんなことがあってから。いやそのせいか結局はわからないが。でも今。末馬達馬は所謂、女の敵になった。「聞いてる?バニングスさん、それで――――」「えーとアイツによろしく言っておきますから、ハイハイ、取り敢えず次私教室移動あるんで、また―――「絶対ね」……はい」あいつに惚れたってどーせ無駄なのになぁ、とアリサは思った。「もうさっさと、どうにかなれ」