初見は黒っぽいものが倒れているといった印象だった、それだけなら無視して先に進めばいいだけの話なのだが地面に倒れている人物を見捨てるのも後味悪いかなと思い直しアスナは声を掛けようとして気付く、表示されている人物のHPゲージが1になっている事に。
「ちょっ、貴方こんな所で倒れてる場合じゃないわよ!?」
慌てて駆け寄り黒いのを介抱するアスナ、何せこの世界はHPゲージが尽きたら死ぬ。現実世界だろうがゲームだろうが関係なく、こうなったのも全てはあの《はじまりの街》で告げられたチュートリアルのせいだ。曰くこれはもう一つの現実、曰く蘇生手段は機能しない、曰くゼロになったらアバターは永久に消滅しプレイするために身につけたナーヴギアによって脳が破壊される。
文字通りのデスゲーム、その名をソードアート・オンラインといった。
クリアするための条件はただ一つ、アインクラッド最上部である第百層まで辿り着き最終ボスを倒すこと。それがどれだけ難しいのか今のアスナは分かっていて、クリアは不可能だと諦めている。ゲームが始まってから一ヶ月たっても最初のフロア、即ち第一層すら突破されていないのだから。
ソードアート・オンラインという牢獄に閉じ込められて外部からの救出を待ち続けて何も変わらない現状の中でアスナは漸く覚悟を決める、それはいつ死ぬか。どうせ遅かれ早かれ人はいつか死ぬのだ、それが早まっただけと自嘲し宿屋から出た。ヒーローの助けを待つだけのヒロインにはなりたくない、その思いも少なからずあって足掻くなら最後まで突き進む。それも悪くないと荒野に踏み出した矢先に――
黒いのが倒れていた、と。
幸先が悪いのか良いのか微妙なところねと思いその人物を改めて見る、ダークグレーのレザーコートに小さなチェストガード。最低限の装備は身に付けていると素人目でも分かった、何よりその背中には片手剣が背負われている。これなら徘徊しているモンスターに遅れを取ることはないだろう、なのに倒れていたのは強敵に出会ったからか或いは……
そこまで思考して呻き声、アスナはじっと起き上がるのを待つ。紡がれた第一声。
「くっ、小石に躓いただけでこれ程のダメージが……っ。流石ソードアート・オンラインだな」
「はあっ!?」
まさかの小石、モンスターですらなかった。というか弱っ! それがアスナの彼に対する第一印象、アスナに気付き事情を聞いて礼を述べる彼がこの先生き残れるかなぁと考えて良い未来が浮かばない。これが後に黒の剣士もとい最弱二刀流使いと噂されるキリトと閃光のフェンサーと呼ばれるアスナの出会いである。
キリトさんがスペランカーだったら
「いや本当助かったよ、それで助けてもらって悪いんだけど……」
「えっ」
何かをお願いしようとするキリトだが盛り上がった地面に躓き転倒、気絶。HPゲージは1のまま、アスナ呆然。
(これはバグ、それともシステムに何か問題が? じゃなくてどうしたらいいのよぉぉぉっ!?)
厄介な人に関わった、それでも見捨てる事はどうしても出来ずアスナはキリトを介抱する。その手順は早くも慣れはじめ、私何してるんだろうと自問するアスナの姿があった。
数分後、回復したキリトによればモンスター討伐のクエストを手伝ってくれないかとの事。なぜ請けたとアスナが問い詰めたら困っている人が居たからとか、お人好しすぎる。自分の実力を分かっていて尚挑み続ける心意気は買う、買うが。
「行くぞコボルト、うおおおぉぉぉ……あっ」
手にした片手剣アニールブレードでモンスターにアタックするキリト、例によって小石に躓きノックアウト。役に立たねぇ。
「ああもう、私がやるしかないじゃない!」
アスナは細剣カテゴリで習得できる単発突き攻撃《リニアー》を発動、モンスター群を撃破していく。この二人が辿るエンディングはどんな結末を見せるのか、それは誰にも分からない。
※
キリトの事情を知った、とある騎士団のギルドリーダーの呟き。
「想定外だ、というかこんなバグが存在するはすが……いやしかし……」
天才に理解できない事もある。