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No.35616の一覧
[0] 【習作】 機動戦士Zガンダム 星を追うひと 【拙作リメイク】[ア、アッシマーがぁぁ!!](2013/11/23 04:07)
[1] re.Zガンダム2[ア、アッシマーがぁぁ!!](2013/11/22 11:57)
[2] re.Zガンダム3[ア、アッシマーがぁぁ!!](2013/11/30 06:12)
[3] re.Zガンダム4[ア、アッシマーがぁぁ!!](2013/12/01 21:36)
[4] re.Zガンダム5[ア、アッシマーがぁぁ!!](2013/12/04 22:19)
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[35616] re.Zガンダム5
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆996184ac ID:0da57608 前を表示する
Date: 2013/12/04 22:19
アーガマの居住区画にある一室。所謂フリースペースと呼ばれる場所だ。
そこにエゥーゴの主要スタッフである者達が一同に集っていた。
アーガマ艦長ヘンケン、MS隊総指揮官クワトロ、エゥーゴの指導者であるブレックス・フォーラ准将。
大きな役職を持つ大人たちの貫禄に、カミーユは気後れする様な気分を味わっていた。

「ニュータイプのアムロ・レイの事はアングラの出版物で知っています。以前から、よく話題に上がる人でしたから」
「グリーン・オアシスでアングラか? 軍事コロニーだってのに」
「初めからそうだった訳じゃありませんよ」

どこか緊張した様子のカミーユに、ヘンケンは親しみのある眼差しを向けた。
軍人然とした、何処か粗野な印象のヘンケンだが、不思議とカミーユは悪い感情を持たなかった。
気風の良い兄貴肌。壮年男性特有の男臭さに、カミーユは我ながら現金だと思いながらも気安さを感じていた。

「グリーン・オアシスだって連邦軍が来るまでは、普通の民生用コロニーだったんですから」
「そりゃあそうだが、空気漏れが続いていたらどうしたんだね」

ふっと悪戯っぽくジョークを飛ばすヘンケンに言葉の端に、多分に皮肉が篭められていてクワトロは苦笑いした。
サイド7と呼ばれていた頃のグリーンノアに、誰が穴を開けたかを知っての言葉だ。
クワトロの素性を詳しく聞いてはいないヘンケンだが、これだけ近くに居るのだから大凡の検討は付いている。
それにブレックスがククッと忍び笑いをすると、そんな大人たちの駆け引きに、クワトロの隣に座る白い少女が不思議そうに首を傾げていた。

「君の境遇は、そのアムロ・レイにそっくりだと私は感じるのだよ。もしや君が、エスパーなんじゃないかと思うくらいにね」
「……僕はそんな特別な人間じゃありませんよ。偶然が重なっただけです」

ブレックスの快活な笑顔に、カミーユは伏し目がちに応えた。
エスパーなんて言えば、余程それに近い人物がそこに居るのをカミーユは知っている。
ジム・クゥエルのパイロットであった少女、ナナ。
その存在は薄々感じ取れてはいても、いざ目の前にすれば驚きを隠す事は出来なかった。
真っ白い髪に、透き通る様な白い肌。眼は地球の空の色に似たネイビーブルー。
時々カミーユの目の錯覚の様にちらつく瞳の蒼色が、少女により一層の神秘的な雰囲気を与えていた。

カミーユはナナをちら、と見る。
やはり、あの凄まじい動きをしていたジムのパイロットには到底見えない。
何せ格納庫で彼女が出てきたのを見た時は、パイロットスーツですらない、今と同じスカート姿の私服だったのだ。
感情を窺わせない表情は、無口さと合わせて非常に精巧な人形を思わせる。
……笑えば、きっと凄く可愛いのにな。場違いにも、カミーユはそんな少年らしい感想を抱いていた。

「エゥーゴって、こんな小さな子を戦わせる様な所だったんですか?」
「ああ、いや。それには誤解があってだな。俺は許可なんぞしてないのに、コイツが勝手な真似を……」

つい睨め付ける様になってしまった視線に、ヘンケンがバリバリと気不味気に頭を掻いた。
エゥーゴはスペースノイドの人権を守るために体制に歯向かう、義賊みたいな物だとカミーユは思っていたのだ。
ナナはそんな事は我知らずとばかりに、カップのジュースにストローで口付けていた。
それをギロリとヘンケンが睨むと、ナナはさっと両手で頭を隠した。どうやら先程貰った拳骨が余程痛かったらしい。

「整備班のバカどもが、第一種配備中だってのにそいつに機体を弄らせてたんだとよ。子供の遊びだと微笑ましく見てたらしくてな。気付いた時にはカタパルトですっ飛んでった後だと、泣き言の連絡を寄越す始末だ」

聞けばナナほどの娘を持つ者も中にいる整備兵は、度々ドックに来る彼女をいたく気に入っていたらしい。
予備ですらない置物のジムくらい好きにさせてやれと、シートに座らせ飴玉を舐めさせてやるほど甘やかしていたとか。
飴の甘さに何処か満足気な少女が、整備兵の目のない所で黙々と専門職並みの機体設定をこなしていたなどと誰が思うか。
こんな少女がパイロットなど、それこそ与太話だ。整備班たちは揃って笑い飛ばしていたのだ。
事態は起こるべくして起こった物だと言えよう。

「何事も無かったから良かった物の、クワトロ大尉にはえらく怒られるし……ったく、次やったら拳骨じゃ済まさんからな!」
「わたしは何も悪いコトしてない。シャアが呼ぶから、ジムで迎えに行っただけだもん」

鬼の形相を浮かべるヘンケンに、ナナは不服そうにクワトロを見た。
今まで黙っていたクワトロは怪訝な表情でサングラスを外し、ナナをまじまじと見た。
ナナは嘘を付かない。元よりそうする事を知らないし、それを必要とする機会にもまだ出会っていない。
それをブレックスは興味深げに眺めていた。この少女に特別な物を感じずにはいられなかったのだ。

「ナナ、私は決して出撃してはならんと言ったな? なぜ約束を破る様な事をした」
「だって口出しするなって、あんな大きな声でわたしに言うから。助けて欲しいのかと思った、シャアは全然本気で戦わないし」
「おいクワトロ大尉、何時の間に通信なんて寄越した? 俺は聞いてないぞ」
「馬鹿を言うな艦長。私は任務のため、何時であっても全力を尽くしている。ナナ、妙な事を言うのはよせ」

ミノフスキー粒子の影響下で長距離通信が不可能なのはヘンケンやブレックスも重々承知している。
だが、少女の言葉には奇妙な説得力があった。子供の戯言だと一笑することが出来ないほどに。
ヘンケンはナナのこういう鼻持ちならない所が気に食わなかったが、ブレックスは確信を得たとばかりに頷いた。
ナナの歳不相応な利発さと物怖じしない所に、カミーユは面食らっていた。クワトロは参ったとばかりに溜息を吐くだけだ。






座っていたソファから立ち上がったブレックスは、ナナの所まで歩み寄ると腰を落として視線を合わせた。
ブレックスのナナに向ける表情はとても穏やかだった。好々爺らしい、人を安心させる微笑みだ。

「ナナちゃんだったね。君に教えて欲しいことがあるんだが、良いかな?」
「うん、いいよ。ブレックス」
「おまっ……! 准将と呼ばんか、ブレックス准将と!! 失礼だぞ!」
「構わんよ艦長。だが、年長者を呼び捨てにするのは感心しないな。私の事はおじさんと呼びなさい」

この風変わりな少女を前にした余裕に、カミーユはブレックスの年季の違いとでも言うべき老猾さを垣間見た。
しかし同時に、失った何かをナナに重ねた哀憫も感じ取れていた。
その様子にヘンケンもクワトロも、口を噤んで見守ることを選ぶしかなかった。

「君は遠くの人の声が聞こえるのかい? 目で見えない場所が見えたり、すぐ先の事が分かったりもするのかな」
「……? わたしは聞こえる物しか聞こえないし、見えない物は見えないよ。おじさんだって、そうでしょう?」
「……そうだね、その通りだ。じゃあ君は、どうしてモビルスーツを操縦出来るんだね? 誰かに教わったのかな」

ブレックスの質問が物々しさを帯びたことに、思わずカミーユはクワトロを見た。
見ればクワトロも不穏な様子を察したらしく、口を出そうとした所でヘンケンに肩を叩かれていた。
抑えろ、曲がりなりにもエゥーゴのトップである准将の仕事だと。ヘンケンとて心穏やかでいる訳ではない。
ブレックスの少女への並ならぬ感心は、真っ当な軍人である彼等にも十分嫌な予感を感じさせていた。

「教えて貰わなくたって、出来るよ。私はそのために研究所で生まれたんだから。ティターンズとかガンダムとか、ビデオも沢山見た」
「ほう、ティターンズか。彼らは強いぞ? ナナちゃんとどっちが強いのかな」
「あんなの全然ダメ。ガンダムだってあんな遅い反応で頑張ってたのに……機体を使いこなせてない。宇宙は地球じゃないのに、重力が無いのを知らないんだよ」
「そうか、ナナちゃんは凄いな……」

絶句だ。ブレックスも、クワトロもヘンケンもカミーユも。今まさに少女の異常さに呑まれていた。
ティターンズは地球の重力に魂を縛られた人間だと、少女は言外に言っているのだ。
宇宙への進出で進化した人間、ニュータイプ。ナナこそがその存在である事を、この場に居て否定できる筈がない。
クワトロは血が滲む程に唇を噛み締め、あの廃コロニーの研究者たちへあらんかぎりの怨念を向けた。
奴らは、この少女に何を背負わせた。何故こうまで痛ましく、彼女を歪めたのかと。

カミーユは、胸を締め付けられる様な想いに息苦しさすら覚えていた。
自分が平和を謳歌している最中、こんな小さな子が戦いの為に生み出されていたなどと。
まるでドキュメンタリーを見た学生の安っぽい感想みたいだと思ったが、それでも構わなかった。

「あの、ヘンケン艦長。僕、アーガマから外の景色を見てみたいです。ナナも連れて行って良いですか?」
「うん? ああ、そうだな。構いませんね、准将」
「ああ、長話をして悪かったね、ナナちゃん。カミーユ君も」

だからそう怖い目で見るなと、ブレックスはクワトロに肩を竦めた。
カミーユは二の句を言わず退出を許したヘンケンに安心していた。軍人と言えど、情のある人だと思えたのだ。
ナナの腕を引き立ち上がらせたクワトロは、カミーユも立つように促し、その背をドアへと押した。
カミーユが外へ出る直前、クワトロは他に聞こえぬ様にそっと囁いて耳打ちをする。

「……ありがとう、カミーユ君。すまなかったな」
「いえ……僕だって、他人ごとじゃないんですから」

コロニーの一歩外で、戦争をしているという認識。
それを思い知らされる、稀有な状況だったのは間違いないだろう。
だが一方で、カミーユはクワトロ・バジーナという男への認識を改めていた。
静かな物腰な中に、何処か血生臭さを感じさせる怖い人だと思っていたが、それだけではなかったのだ。
ナナに対して兄や父の様な父性を持つ、一人の少女の身を案じる人間だと、カミーユには今のクワトロが確かにそう見えた。









三人の男が残された一室で、ブレックスは静かにコーヒーを口に含んだ。
ナナの言葉は、興味半分でしかなったブレックスを唸らせるには十分だった。
そしてカミーユ・ビダン。やはり彼も、普通の少年とは違った感性の持ち主だと感じた。

「カミーユ君か。彼をニュータイプと思いたいのは、私の欲目かな」
「アムロ・レイの再来ですか。クワトロ大尉はどう見た?」
「良いセンスを感じます。ただ、ニュータイプはエスパーではありません。なので目に見えて違う所はありません、本来ならば」

敢えてはぐらかすブレックスと、含んだ物言いのクワトロ。ヘンケンは堪らず眉間の皺を揉み解した。
先ほどの会話でも分かったが、准将はあの白い少女が余程お気にめしたらしい。
ガンダムMK-Ⅱを持ち込んだカミーユと合わせ、素晴らしい人材を見つけたとさぞご満悦なのだろう。
クワトロの探る様な視線に、観念したようにブレックスは眼尻を下げた。

「大尉、そんなに彼女を使うのには反対か? 能力に関しては問題ない筈だ」
「能力さえあれば起用すると? それは旧世紀以前の悪しき風習です、我々が倣うべきではない」
「聖人に俗世で生きろと言えるかね。あの才能を枯らすなど、冒涜的とすら私には思える」
「准将の様な分別を持つ方が、子供にエゴを押し付けるのですか」

クワトロの頑なな様子に、ブレックスは堪らず大きく溜息を吐いた。
冷静沈着かつ極めて有能。野心に燃え、地球の重力にしがみ付く輩を淘汰すべく戦う男が、こうも骨抜きにされるかと。
クワトロはナナに感情移入し過ぎている。これでは人として正しくとも、組織に身を置く軍人の姿ではない。
秀麗な容貌と傑出した才覚が、幼いながらも蠱惑的な魅力を醸し出す少女。
クワトロが彼女の何に魅せられたか興味深いが、ブレックスにはナナを手放す気はさらさら無かった。

「我々は慈善活動家ではない、ならば使える物は使わなばならん。大尉とて、それは承知してあの子を連れてきたな?」
「……貴方は、良い死に方は出来そうにない。ブレックス准将」
「君もな。そして私はジャミトフとバスクを地獄に引きずり込むまでは止まらんよ」

見込みのある人材をみすみす手放すなど論外だと、ブレックスは言う。
ティターンズとの正面衝突は間近に迫っている。今は優秀なパイロットが一人でも多く必要な時だ。
特に今後は、エゥーゴ艦隊とティターンズ艦隊の少数艦艇による遭遇戦が予想されている。
今は量より質が求められる状況だ。ニュータイプという甘美な響きは、宝石に勝る価値があると言って過言ではない。

「何も私とて、今すぐ最前線に送れとは言わん。まずはカミーユ君ともども様子を見て、本人たちが望むのであれば正式なクルーとして迎えたいと思っているに過ぎん」
「ですが准将。カミーユはともかく、ナナを出すのは味方の士気にも関わるかと。私は賛同しかねます」
「ヘンケン中佐、あの子を普通の娘と思うのはもう止めたまえ。特別な存在は何処かしらに居る、あれもその一例だと言えば分かるだろう」

ブレックスはナナに既視感の様な物を抱いていた。彼女と近い雰囲気の人間を知っていたのだ。
超然的な、という意味ではない。あれは日常に生きながら、非日常に生きる者の姿だとブレックスは感じた。
長く戦場に居すぎてしまった為に、戦場でしか生きられなくなった兵士。ナナは何処かそれに似ていた。
子供を戦わせる事への疑問など、超人的な戦果の前では容易く霞む。凡百の兵の間でなら尚更だろう。

「ニュータイプを指揮する。艦長職の誇れではないか、中佐?」
「……私はブライト・ノアになろうとは思いません。あの娘が組織に与するための資質を大きく欠くと、ご理解しているので?」
「当然だ。その上で、それを何とかするのが中佐の仕事だと言っているのだよ」

ヘンケンは苦虫を噛み潰した様な渋面を浮かべるしかなかった。
一年戦争で民間人を率いて英雄艦を作り上げた男と、同じ仕事をしろとブレックスが言っているのだから。
ブレックスは未だ苦悶の表情を浮かべるクワトロを見た。
この三十路が迫りつつありながら未だ独り身で来た男が、年端も行かぬ少女の事で悩む姿はなかなか感慨深い。

「クワトロ大尉、君は面白い男だ。自分と似た、何処か浮世離れした人間ばかり連れて帰ってくる」

それはナナの事であり、カミーユの事でもあった。
経験を積み重ねたブレックスの人物眼は、彼らの習性とでも呼ぶべき、自身に近いものを惹きつける性質を見抜いていた。
ナナはクワトロに歩み寄ろうとしている。方法は幼稚で拙いが、心を開こうとしているのは分かる。
カミーユもまた、あの瞬間はナナに心を寄せていた。若く拙速だが、見ていて微笑ましい物でもある。

「未熟だというなら、君が彼女を導きたまえ。それが本来、君に与えられた責務だと私は考えるがね……クワトロ・バジーナ大尉」
「……酷な事を仰る。それが出来る男ならば何故、今こうしているかとは思いませんか?」

言い訳がましい物だと、ブレックスは鼻を鳴らした。
赤い彗星がニュータイプだったという風評を、この男はどうしても認めたくないのだ。
しかし、彼もまた凡庸な人間ではない。カミーユやナナに、多大な影響を与える人物になるだろう。
クワトロが若き才能をどう成長させるのか。ブレックスは今からそれを期待せずにはいられなかった。









カミーユはナナを連れて、アーガマ居住区の一番外側にある通路に来ていた。
厚いガラスの向こう側に外が一望出来る窓。漆黒の海が広がる、殺風景な景色だ。
ナナは窓にぺたりと額を付け、輝く星々をぼんやりと眺めていた。
無機質な瞳は、その光景に何かしらの感慨を抱いた様子はない。

「ナナは、宇宙が好きなのかい?」
「好き……どうして? 宇宙は、宇宙だよ」

カミーユの言葉に、ナナは首をかしげる。
宇宙という人には少し遠い環境が、好悪の対象でないのとは違う気がした。
ナナは、真っ白なのだ。白で境目がないから、好き嫌いの境界が酷く曖昧で、自分ですら良く分かっていない。
関心が無いのではなく、事柄に付随する知識と経験が酷く少ないために、心が余り動かないのだろう。

「俺は好きだな、宇宙は。星がキラキラーって光っててさ、見てて飽きないんだ。凄く静かで、安心するよ」
「カミーユは、地球より宇宙が好きなの?」

ナナからの質問に、カミーユは驚いた。ナナの方から何かを投げ掛けられるとは思っていなかったのだ。
そして恐らく、これが初めて。ナナという少女が自発的に他者に応えを求めた瞬間であった。
ナナの瞳は静かだ。色は地球の空だが、その静寂さは目の前の宇宙を連想させる。

「僕も昔は地球に居た事があるけど、どうかな。今はこっちが……宇宙のほうが好きかもしれない」
「そっか。じゃあ、私と一緒だね」

今まで一度も動かさなかった表情が。ナナが、微笑んだ。
小さな共通点を見つけたと、誰でも持つ普通の親近感。それがカミーユにとって何より尊い物に思えた。
ナナも、笑うのだ。カミーユはそれを知れたことに安堵した。ナナは人形じゃない、人間なんだと。
途切れてしまった会話にもどかしくなる。今は、ナナともっと話をしていたい気分なのだ。

「どうしてクワトロ大尉をシャアって呼ぶんだい? 赤い機体だから?」
「シャアは、シャアだよ。カミーユだってカミーユでしょう?」

酷く哲学的な理由を持ちだされた物だとカミーユは唸った。
曖昧で抽象的だが、どこか核心を抉る。ナナの言葉には奇妙な力がある。
女の子が理解し難い生物であるのはファに嫌というほど分からされていたが、ナナのは格別だ。
一度として出会った事のない不思議な人物に、カミーユはますます興味が惹かれるのを感じた。

「シャアはわたしと同じなんだよ。地球じゃなくても良いと思ってる。だから、わたしが助けてあげるの」
「……そうなんだ。ナナは、優しいな」
「カミーユもわたしと同じだね。分かるよ……ね、こっちに来て」

ナナに手を引かれたカミーユは、そっと掴まれたナナの手の平に何処と無く落ち着かなかった。
小さくて柔らい。そんな筈ないのに、少し力を入れたら壊れてしまいそうだった。
窓ガラスの正面に立たされたカミーユに見えるのは、広大な宇宙空間だけだ。

「カミーユには、宇宙が何色に見える?」
「何色って、宇宙は黒だよ。真空ってナナは知ってるか? 何にも無いから、光があっても反射しないんだ」
「ちゃんと見なきゃダメ。目を瞑ってるから何でも黒く見えちゃうんだよ」

そんな訳があるものか。カミーユの目は両目ともしっかり見開いている。
ふいに、隣のナナを見た。ネイビーブルーの瞳が、ガラスの向こうを覗きこんでいる。
その姿に、カミーユは奇妙な脱力感を覚えた。心が吸い込まれるような、余計な力が抜け落ちていくような感覚。
不思議と心が軽くなる。ナナが見ている物を見たくなって、ナナの真似をしようと宇宙を見た。




漆黒の闇、何もない世界。そこで、何かが煌めいた。
光っている、宇宙が。形のない物が幾つも宙を漂い、太陽の光を反射している。
冷たい宇宙が、今はとても温かく感じた。そこに確かに、誰かが何かを残している。

「――――蒼い」
「そうでしょう? 宇宙は蒼いんだよ。真っ暗じゃないんだから、みんな怖がらなくたっていいのにね」

カミーユの胸が、感動の鼓動で打ち鳴らされている。
見えたのだ。カミーユにも、ナナの見ている世界が。ナナが連れて行ってくれた。
カミーユは嬉しくなってナナの瞳を覗きこみ、あっと声を漏らした。

ナナの瞳は蒼く輝いている。宝石みたいに、宇宙の色とそっくりな蒼色で。
無機質なんかじゃない。暖かな光が宿る歳相応の、優しい少女の目だ。
誰も知らないのだ、ナナの目がこんなに優しいのを。宇宙が真っ暗に見えるのと同じ様に、ナナの目も真っ暗に。
それは酷く悲しい事だ、人は分かりあえるのに。本当に分かりあえば、この蒼い宇宙に出会えるのに。














「おい、カミーユ君。カミーユ君!」
「は、はいっ! ああ、クワトロ大尉……何か?」

急に掛けられた声に、カミーユは驚いて跳ね上がった。
何時来たのかも分からなかったクワトロが、怪訝な物を見る目でカミーユを見ていた。
クワトロから見れば、カミーユは身じろぎもせず無言で窓を眺めていたのだ。
虚ろな表情は夢遊病のそれにも見えただろう。

「君にグリプスの話を聞きたかったが……具合が悪いのなら、無理をせず休め」
「いえっ! その、ちょっとぼうっとしてて。ナナが宇宙を」

そこまで言って、カミーユはナナを見た。
ネイビーブルーの瞳の少女は、相も変わらず無表情だ。無機質な目にも変わりはない。
窓の外は漆黒が広がっている。宇宙だから黒いのは当然だ。真空だからって? そんなの知っている。
さっきの事は夢だったのだろうか。繋いだままになっていたナナの手が、カミーユに夢が現実かをあやふやにしていた。
その様子を見たクワトロは、口元を少し綻ばせた。

「よく懐いた物だ。君さえ良ければ、時間のある時はナナの面倒を見て貰いたいのだが」
「それは、良いですけど……あの、グリプスの話って?」
「それはもう構わんよ。ゆっくりしておけ、私は少し雑事を片付けに行ってくる」

上機嫌に去って行くクワトロ。なんだかなぁとカミーユは思わずいられない。
ナナが意外に早く他人へ馴染めた事に、クワトロの足取りはらしくもなく軽くなっていた。
それとすれ違ってやって来たレコアが、上官の様子に気味が悪いと言わんばかりに眉を顰めた。
そんなレコアを気にもせず歩いて行くクワトロが見えなくなるのを確認し、レコアはカミーユに笑顔を向けた。

「貴方がカミーユね? 私はレコア・ロンド、よろしく」
「あ、はい……レコアさんも、エゥーゴで戦っている人なんですか」
「そうよ、これでも少尉なんだから。聞いてるわ、貴方ニュータイプなんですってね」
「冗談で言われたんですよ。僕がそんなふうに見えますか?」

分かってるわよ、とレコアはクスクスと笑った。
レコアはクワトロが消えていった方を見ながら、そっとカミーユに耳打ちした。

「あの人、変わってるでしょう。私も少し苦手でね……内緒よ?」
「良い人だと思いますよ……レコアさん、クワトロ大尉の事が好きなんですか?」
「ちょっと、何でそんな話になるのよ」

大人をからかうんじゃありません、と額をコツリと叩かれる。
カミーユは何となしに言っただけなのだが、レコアは心外だと眉を釣り上げた。
ぼんやりと見上げるナナに、レコアは何となくそうしたくなって頭を撫でた。
飼い猫の様にされるがままのナナが目を細めると、カミーユには二人が姉妹みたいに見えた。

「ルナツーの部隊に捕捉されたって聞いたかしら? 問題ないとは思うけど、貴方たちもスーツを来ておきなさい」
「レコア、わたしもジムで出る」
「馬鹿言ってんじゃないの。アポリーもロベルトも居るんだから、貴女なんて呼びじゃないわよ」
「……わたしの方が上手いのに」

ナナはムスリと頬を膨らませる。こういう仕草は、歳相応に見える。
言っている事は子供の我侭だが、事実としてモビルスーツの操縦が出来るところがタチが悪い。
そんなナナを悲しげに見たレコアは、カミーユに縋る様な視線を向けた。

「ここだけの話しだけど。この子、多分近いうちに実戦に出されるわ」
「え? そんな、だってナナはまだこんな」
「准将たちの会話を立ち聞きしちゃったの、懲罰物ね。思いの外、准将が乗り気だったわ」

ニュータイプだなんだと、レコアからすれば馬鹿馬鹿しい事この上ない。
大の男が雁首揃えて、少女を戦わせる算段を建てるなど。見るにも聞くにも耐えたものじゃない。
しかし、その決定がエゥーゴの未来のためとあらば。軍人であるレコアには従うしかないのだ。

「……非道い大人よね。あまりエゥーゴに失望しないでね。必死なのよ、誰も彼も」
「レコアさんみたいな人が居るんですから。大丈夫です、きっと」
「ありがとう、優しいのね」

時計を気にしたレコアが足早に去るのを見送って、カミーユとナナが残された。
カミーユはもう一度だけ外を見た。一面黒の、宇宙が広がっている。
ナナを見た。そのネイビーブルーの瞳が一瞬蒼く煌めいたが、きっとカミーユの気のせいだろう。













あとがき

か、書けた……リメイクなのにほぼ書き直しとか絶対何か間違ってる……
書いては消して、継ぎ足しては消しての修正地獄。えらい難産でした。
ガンダムらしさは消したくないのですが、ナナの存在が思いの外邪魔をします。
ニュータイプと言いながらまんまエスパー。王道NT論に喧嘩売ってる気がして気が気じゃありません。


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