どうも、天倉 澪です。
もう一人の自分と別れた後、あたしはさらに先へと進みました。 …と、いいますか、ここ以外はみんな鍵がかかっているか、何か見えない力で塞がれているかのどちらかでしかなくて、こっちに行く以外に無かったんですけどね。
そうやって進んだ先にあった部屋は、なんとも奇妙な部屋でした。
相変わらず人の気配はまるでしないのに、なぜかロウソクが明々と灯されています。おまけに豪華な雛人形まで飾られてます …うん? どことなく変な感じのする雛人形ですね… こちらも気になりますが、もっと気になるものがあります。
それは、部屋の奥のほうにある衝立(ついたて)。
あたしの腰くらいの高さがある衝立。ちょうど人が一人、隠れるくらいの大きさです。
向こう側に誰か、もしくは何かいるのか、影が一つ、映りこんでいます。
ロウソクの火が揺らめいているのか、その影の主がそう動いているのか、ゆらゆら、ゆらゆらと揺れています。
「…お姉ちゃん?」
あたしは探るようにして、その影に声をかけました。けれども返事はありません。変わらずゆらゆら動いています。
遠くからゆっくり、衝立を回り込むようにして、その影へと近づきます。だって、不用意に近づいて、何かあったら怖いじゃないですか。
…いままでロクな目に会ってませんが、怖いことはまるでありませんでしたね…
いや! でも! もしかしたら、今度こそあるかもしれないじゃないですか!
映っていた影はなんかこう… ホラ、ねえ? 怪談でよくある、よ~く~も~見~た~な~的なヤツっぽいし、今度こそ射影機をガッツリと活躍させてあげられるかもじゃないですか!
…ええ、そうですよ!
フィルムがっつり余ってるんですよ!
万葉丸なんて一回も使ってませんよ!
御神水を、あーなんかノド乾いたなー、とかでうっかり飲んじゃいましたよ!
鏡石は一個しか持てませんとか聞き飽きましたよ!
ヤバイ戦闘とか期待したっていいじゃないですか! フェイタルフレーム! コンボ! コンボ! とかいいかげんやってみたいんですよ! 何のための『報』ですか! ストレス溜まりまくっているんですよ! やさぐれてるんですよ、こっちは!!
…えー コホン。お見苦しい所をお見せいたしました。
まあそんなワケで、あたしはゴクリとツバを飲み、射影機を構え、衝立の向こう側へとゆっくり進みます。
どんなおっかないのがいるのか、十分に警戒しなければいけません。ワクワク… してないですよ?
そして、衝立の向こうにいたのは―
「ああ… 澪のニオイ… クンカクンカスーハースーハー」
…思わず膝から崩れ落ちそうになりました。
そこにいたのは、あたしが脱いできた服に顔を埋めているお姉ちゃんでした。どこからその服を持ってきたのかはもう置いときます。
キリが無いしね!
そんなわけで、
「お姉ちゃん!」
服に顔を埋めたままのお姉ちゃんに声をかけます。が、
「ああ… 澪、澪…」
まるで聞いちゃいねぇ。
お姉ちゃんが一番のヘンタイさんです。案外、この村で暮らした方がお姉ちゃんは幸せかもしれません。
「そんなコトない!」
うおお、びっくりしたあ。ていうか、今、あたしの心を読みましたかお姉ちゃん?
「澪… やっと来てくれたんだ…」
お姉ちゃんは半泣きで、あたしの胸にすがりつきます。
「澪… 分からない… あたし、自分がどうなっているのか分からないよ…」
お姉ちゃん… 怖かったんでしょうか。やっぱりこんな不気味な村に一人ぼっち。いくらお姉ちゃんがヘンタイでもさすがにまいってしまうのでしょう。
その怖さをまぎらわすため、どうやって手に入れたか知りませんけど、あたしが脱いできた服に顔を埋めてクンカクンカ… うん、無理がありますね。ありすぎますね!
でも、
「お願い、澪。離れないで…」
今にも消えそうな、か細い声です。あたしの胸で泣いているお姉ちゃんが、なぜか儚く思えます。
まるで、あたしから離れたその瞬間、ふっ、と消えてしまいそうな…
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
あたしは震えるお姉ちゃんを包み込むように、そっとお姉ちゃんの背中に腕を回します。その瞬間、ピクリと震えましたが、お姉ちゃんはちょっと落ち着いたようで、小刻みに震えていた体が少しずつ収まってきたようです。
「約束したじゃない、すっと、一緒だって」
そうです。今、自分で声に出して、それがどれだけお姉ちゃんにとって、あたしにとって、大事な約束なのか… なんとなく分かる気がします。
「あたしは、お姉ちゃんと一緒にいるウン!?」
え? え? 何? 今のムニュっとした変な感じ!?
「えっへへ~ 澪のムネ、や~らか~い」
…人がマジメに回想に浸っている時に!
もう!!
―ごっちん!!
「ぎゃん!?」
………
…あたしは恐る恐る、衝立の向こうの様子を探りながら、覗き込みました。
そこにいたのは何と、
「お姉ちゃん!?」
まあなんということでしょう。
お姉ちゃんがぐったりとした様子でそこに倒れています。
きっと何か恐ろしい目に会ったのでしょう。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
こういう時、決して体をゆすったりとかしてはいけません。頭を強く打ってるかもしれませんしね!
「ん… あれ? 澪?」
まだ意識がハッキリしないのか、お姉ちゃんはどこか寝ぼけたような、ボンヤリとした目で、あたしを見ます。
「大丈夫? お姉ちゃん」
「う~んと… 頭が何だか痛い…」
「何か怖い目に会ったんだね、かわいそうなお姉ちゃん」
「怖い目…? どっちかって言うと、痛い目に」
「立てる? 早くこんなところから出よう?」
「うん… そうだね… あれ? 澪?」
「なに? お姉ちゃん」
「その服、制服だよね。ロボティ〇ス・ノ〇ツの」
…しまった。乾いてたからってナップサックに入れずに着替えればよかった。ていうか、もう伏字の意味が無いね!
「そっか。澪もついにコスプレに目覚め―」
「―てないから」
もう一人のあたしみたいなコト言わないでほしいです。
「えー でもー」
「もういいから! 早く行くよ! さっさと出るよ! こんなトコ!!」
「…澪、こわーい」
誰のせいだ。
あたしはお姉ちゃんの手を引くようにして、この部屋から出ました。
なんとかしてこの屋敷から、そしてこの村から出る方法を見つけなければなりません。
ヘンタイはもうお姉ちゃんだけで十分なんですよ!
…ハア。
…射影機、壊れてないよね?
(あとがき)
いつになったら黒澤邸から出られるんでしょうね?