あたしの眼と同じ眼が、あたしを見つめています。
あたしの口と同じ口が、何を言っていいのか分からないとばかりに、金魚みたいにパクパクしています。
あたしの手と同じ手が、これまたあたしが持っているのと同じ射影機を抱えています。
鏡に映るあたしよりも、あたしそのものの少女が、目の前に立っていました。
「アンタ… 名前はなんていうの?」
人に尋ねるときはまず自分から、とかそんな言葉も出てきません。なぜなら、あたしも全く同じ事を聞こうとしていましたから。だから、素直に答える事にしました。
はじめまして。天倉 澪です。
そう答えたとたん、目の前の少女は大きく息をのみました。それで分かっちゃいました。
あたしは天倉 澪で、彼女もまた、天倉 澪なのだと。
「とりあえず、座らない?」
このまま突っ立っていてもしょうがないので、そう提案してみました。少女はちょっとだけ、きょとんとした顔をした後、
「そうね、その方がいいわね」
あたしと同じ声でそう言って、その場にあたしと向かい合うようにして座りました。
座ったのはいいんですけど… それからどうすればいいのか、ノープランです。めっちゃ気まずいです。向こうも同じ心境なのでしょう。視線が合いそうになると、慌てて目を伏せる。お互い、それの繰り返しです。
なんかね、これが日常なら「えーそっくりー なにー? あんた三つ子だったのー?」なんて、友達が盛り上げてくれたりとかするんでしょうけれど、ここは異界。オバケでない自分たちのほうが異常と言っていい世界。
まさか… オバケ、じゃないよね?
あたしは何となく、目の前のあたしに手を伸ばしました。向こうも、あたしが何をしたいのか分かったのでしょう。少し体を強ばらせるような素振りを見せたものの、何も言わずにじっとしてくれています。
そしてあたしの指先が、もう一人のあたしの頬に触れます。
温かいです。やわらかいです。オバケの感触じゃない、生きている人間の感触です。キメ細やかな、スベスベのお肌です。 …あたしもこんな卵みたいなお肌してるんでしょうか? だったらいいなあ。
でも、それでますます疑問がわいてきました。
彼女は一体、なんなのでしょう?
「ねえ」
ふいに、彼女が口を開きました。
「アンタ、何でこんな所にいるワケ?」
「あたしは… お姉ちゃんを探して…」
そして、あたしともう一人のあたしが、お互いどんな状況なのかを話し合いました。
大まかな所は大体同じです。この村に迷い込んで、オバケに襲われて、お姉ちゃんがおかしくなって。
違うところと言えばですね、
「なんなのよ、アイツら… あたしとお姉ちゃんに、何をさせようって言うのよ…」
もう一人のあたしは、どうも本格的にオバケに襲われているようなんです。『儀式だ、儀式を続けろ』と鎌や棒で追い回され、覚えの無い『巫女』として、その儀式を務めるよう言われるのだとか。
…こっちの変態オバケとはえらい違いです。
「お姉ちゃん、霊感強いから、何か変なのに捕り憑かれてるっぽいし」
…むこうのお姉ちゃんは、中二病の設定ではないようです。
「追いかけて、やっとの事でココまで来たら、何か恐ろしい事になってるみたいだし」
言ってるうちに、思い出してしまったのでしょう。もう一人のあたしの目に、涙が浮かんでいます。
…あたしも泣きそうな目には会いましたけどね、どっちかっていうと、恐怖よりやるせなさからくる涙ですけどね!
「もう訳わかんない。何よこの村…」
そしてついに、彼女は泣き出してしまいました。あたしは彼女の隣に腰を下ろし、小さい子を慰めるような感じで、頭を胸に抱きました。
彼女も特にそれを拒むような事はしません。もっとも激しく泣き出すような事もありませんでしたが、肩を震わせ、あたしの胸に顔を押し付けるようにして、泣いています。
それにしてもこうして間近で見ると、この人はどう見てもあたしだという事がよく分かります。あたしが玄関で着替えたせいで、服こそ違いますが、それ以外は全く同じなんです。
平行世界、並列世界、とかそういうのでしょうか。ほんのちょっとだけ、『何か』が違う世界にいるあたし。無限の世界に存在する、無限のあたし。
その中で、あたしと同じように、皆神村に迷い込んでしまったあたし。
それが何かのきっかけで、この場で交わってしまった。
そして彼女は怨霊に襲われ、あたしは変態に追い回され…
………
…なんでしょう。恐ろしい思いをしている彼女の方をうらやましいと思うこの気持ちは。いえ、もちろんあたしだってこの不気味な村が平気なわけではありませんが…
そんな事を考えているうちに、どのくらい経ったのでしょう。ふいに、彼女はあたしをそっと押しやるようにして、寄りかかるようにしていた体を離しました。
「ゴメン… あたしばっかり泣いちゃって」
あたしはゆっくりと、首を横に振りました。 …だってあたしには泣くような事が無いんだもん。なんか、ホントにうらやましくなってきましたよ。
そして彼女は、ポンポンとお尻をはたきながら立ち上がりました。
「ありがと。ちょっと気が楽になった」
なによりです。
「もう行かないと… お姉ちゃんを助けなきゃ」
…ちょっと忘れてました。
「約束したもんね、お姉ちゃんと。ずっと一緒にいるって」
約束、ですか。 …そうですね、約束しました。
ずっと、ずっと一緒だからねって、幼い頃にお姉ちゃんと約束したんでした。
彼女も同じように、約束したんでしょうか?
「今度のイベントで一緒にコスプレするって」
同じようにって …は?
「アンタもでしょ? そのコスプレ、似合ってるよ」
コスプレ? …そういえば、今着ているこの制服は、あの変態どもからくすねてきたものでした。
「ロボ〇ィクス・〇ーツの制服とか。良い生地使ってるじゃない」
そうですか、ロ〇ティクス・ノー〇って言うんですか。 …今、始めて知りましたけどね!
「お姉ちゃん、脚の怪我が不安だからってずっと断ってたんだけど、あたしがずっと一緒だからってやっとOKしてくれたしね」
え? 一緒にいようねっていう約束ってそっち!? …あ、あー。あーハイハイハイ。そういうことですか。
「デド〇ラのか〇みとあ〇ね。お姉ちゃんが、かす〇のコスプレするの」
つまり、『あっち』では、お姉ちゃんのほうが、今のあたしと同じような目に合っていると、そういうことですね。
「くやしいけど、お姉ちゃんのほうが、あたしより2センチ大きいから絶対似合うよ」
…そこは違っててほしかったなあ! どこの大きさだよとかもうツッコミませんよ! うう… 双子なのに… あたしの方が牛乳とか飲んでるし、お風呂上りにゴニョゴニョとかしてるのに…
そんな風に、なんとなく、あたしがやるせない思いをしていると、彼女はまだ涙の跡が残った顔を、ゴシゴシと乱暴にぬぐい、じゃあね、と言うと、この部屋の戸から廊下へと姿を消しました。
その途端、人の気配が消えました。
古い木製の引き戸の向こうで、去っていく足音とかも、何も、感じません。
多分、あの戸を開けても、もう誰もいないのでしょう。交わった世界は、再び離れていったのでしょう。本当にいろんな事が起こる村です。
あたしの方も、いつまでもこうしてはいられません。
お姉ちゃんを見つけないと。約束したんですから、ずっと一緒にいようねって。
いつまで守れる約束かは分かりません。きっとそう遠くない将来、無効になってしまう約束なんでしょう。
でも、今は、まだその時じゃないから。だから、一緒にいないと。
そして、あたしも、彼女が去っていったのとは別の戸からこの部屋を出ました。
待っててね、お姉ちゃん!
…そしてファイト! もう一人のお姉ちゃん!
(あとがき)
「月蝕の仮面」プレイ中です。
A ☆ YA ☆ KO!
A ☆ YA ☆ KO!!