「その条件ではいくらなんでも無理だわ」
千耳会でノストラードファミリーの仕事欲しい!と言って駆け込んだが、やっぱ無理らしい。
それはそうか、いくらなんでもふざけた条件だしな。
まず、ヨークシンのオークションが終わるまでの契約はいくらなんでも短すぎる。
俺が実績のあるハンターであれば不可能ではない話だが、プロのハンターでのキャリアは無い。
よって信頼される要素がないに等しい。と言ってもプロのハンター自体中々お目にかかれないからそれはそれでステータスだが…
それでもやはり、信頼できないであろう。
「でも、一つだけ条件が一致している仕事があるわ」
「マジですか」
「ええ、主に護衛で期間は約半年…今から半年だと丁度9月1日のヨークシンシティのオークションと重なるわ」
「それでお願いします。あ、でも5月1日からって出来ますかね?」
「それは交渉と貴方の能力次第ね」
そうしてもらった紹介状には
「レガードファミリーねぇ」
そうして住所が書いてある場所にいった。
「5月1日からか……いいだろう」
とある区域のとある森の中に立っている豪邸。彼らも千耳会からの連絡を受けて既に受け入れの準備が出来ていたらしい。
指定時刻の5分前に着たが既に門前には人が立っており、屋敷を案内してもらい、何処かの一室へと入った。
部屋には数人の屈強な男と渋い顔の壮年の男と、バロガンが横に佇んでいた。その事にルクルは気付き
「失礼します。…バロガンさん、お久しぶりです」
「ってやっぱルクルか?久しぶりだな」
バロガンはタバコを吸っている最中でふーっと息をタバコの煙と共に吐く。
ルクルとバロガンが知り合い同士ということに対して興味を覚えた壮年の男はバロガンに視線を向ける。
「何だバロガン、知っているのか?」
「ええ、一年ほど前に一緒に仕事をした仲です」
バロガンにとっては約一年ほど前に幻影旅団を追い払った戦友である。
そしてバロガンは当時のことを思い出して身震いする。幻影旅団の強さと…それ以上の強さを発揮しているルクルに対して。
バロガンは確信する。ルクルは絶対に合格するであろうと。
壮年の男が視線をルクルに戻す。一緒に仕事をしたというにはまだ幼すぎる。
こっち側の人間で考えれば今の歳なら納得は行くが…果たして本当に強いのかは壮年の男には分からない。
しかも、今月中じゃなくて再来月の頭の5月1日からにしてくれという要求は流石になめすぎている。
だからこそ口を開く
「護衛で一番大事なのは対象を守り抜くための強さだ」
そうして指を鳴らすと…屈強な男二名がルクルの5m前まで移動して、腕を組み佇む
「この二人を倒したら合格にしてやる……殺してもいいぞ」
その言葉と共に開始の合図がされ、左の男がルクルへと近づき大木のような腕が振り下ろされてルクルが座っていた椅子が破壊される。
しかし当のルクルは何処にも見当たらない。
数瞬がすぎた後に僅かに音がした。音の出所は屈強な男の首筋。そして…二人は糸が切れたようにその場で倒れたのである。
「!?」
壮年の男は驚く。ずっとルクルを見ていたのだ。あの少女の口から悲鳴が上がるのを待っていた。
あんなふざけた事を言い出す少女に社会というものを勉強させようと思ったのだ。
普通なら面接を通してから実技という形で採用の合否を決める。しかし今回は相手の造形、声共にトップクラスのものを持ち
かつ、なめた口を聞いてきたので、壮年の男はいきなり実技を始めたのだ。そう。待っているのはいい声で啼く少女のはずだったのだ
だが、蓋を開けてみれば男二人が何と倒れてしまったではないか。しかもずっと見ていたあの金髪の少女が何処にも居ない。
そう思っていると、何処からともなく、壮年の男の傍に姿を現した。それに驚くまもなく
「じゃあ合格ということでいいですか?」
そうして冒頭へ戻るのだ。壮年の男は考える。
(確かになめた口を聞く社会も分からない子供だ。しかし…あの強さはバロガンにも匹敵する)
が、その見解は大きな誤りである。バロガンが100回ルクルに不意打ちで挑んだとしてもかすり傷一つ付けられるかどうかという程離れている。
そう、常軌を逸した成長速度なのだ。一年前なら100回戦えば手傷を負わせることが出来るという差であったが、もう天と地の差である。
その事にいち早く気付いたのは当のバロガンだ。
淀みないオーラは今まで見たことないような力強さでかつ此方を圧迫してきている。だがそのオーラは誰にも向けられていないのだ。
よって気付かない。屈強な男も壮年の男もこの少女の異常性にまったく気付く気配すらない。
だからこの結果は当然とバロガンは考える。むしろ命を取られなくて良かったなとさへ。
何度か組んだことあるルクルに対して恐怖心を植えつけたのはとある美術館の護衛。昼間からの護衛でもあって気を抜いていたが
白昼堂々と強盗組織が殴りこんできたのである。
その際にルクルは相手を無力化していたが、流れ弾で客の一人が死んでしまったのだ。
しかしバロガンにとっては今までよく客を守りながら戦っていたと賞賛に値する仕事ぶりであった
が、その瞬間に流れ弾を放った男の頭を掴んで地面に叩きつけ……潰した。
何のためらいもなく潰したその瞳には何も写っていなかった。
しかし、バロガンは少しだけ分かったのだ。あれは何かを刺激されて激情したということを。
何をというのは分からなかったが、オーラの凄まじさで怒りが限界まで来ているのは感じ取れていた。
そして築かれたのは死体の山と血の海である。
襲ってきた強盗団は一人も生きておらず、全員が体の各箇所を潰されていたり四肢の一部が欠損していたりと眼も当てられない惨状だった。
ルクルは護衛と正当防衛という事で罰せられることはなかったが、凄まじかった。しかし、その後気絶した。
そこからルクルの姿はハンター試験まで見ていなかったが…会った時はこいつは乗り越えたんだと確信した。
しかしやっぱり心の何処かで恐怖心があったのだろう。試験中はあまり話さなかった。といっても、ルクルは同年代の子供達と一緒に居たので
居辛かったというのは否定しないが。
「では、5月1日の15時にまたこの部屋に来てくれ。詳細を伝える」
「分かりました。ありがとうございました」
そうしてルクルはお辞儀をして部屋を出て行った。
「……バロガン」
椅子に腰掛けて、声を掛ける
「なんでしょう?」
タバコに火を着けようと眼を伏せてタバコの先と火が当たっているのを確認して息を吸い込む。
そうして感じる安心感に満足して、そのまま肺から煙を伴った息を吐き出す。
「あの少女と戦ってお前は勝てるか」
それを見計らったかのようなタイミングでそう問いかける。
バロガンはその問いへの結論は既に出ている。
「……ふぅー……100回戦って100回負けますね」
「……そうか」
バロガンは事実を淡々と伝えて壮年の男を見る。
最初は驚いた顔をしていたが次第に表情を戻し、ポツリと呟いた。
「……世の中って奴は、広いな」
(俺は狭いと感じたがね)
二人が感じているのは正反対。しかし、どれも正しい。世の中何が起こるかわからない。だからこそ面白いのである。
「こいつらどうします?」
そうしてバロガンが床で伸びている屈強な男二人を顎でシャクる。
「ああ…まぁ今回は勘弁してやるか」
二人を見て、処遇を決めてから席を立つ壮年の男。
「了解しました…アズワルド様」
アズワルド・レガード。十老頭直属のマフィアの頭であり、麻薬や非合法のカジノ、武器売買等幅広く手を伸ばしている力ある中堅のマフィアだ。
因みに、表での活動は不動産業である。歳は55歳で、世間的には壮年と呼ばれてもなんら不自然ではない。
内輪の人間にはとことん甘いが、外部の人間にはとことん厳しい。だからこそ慕われ畏れられ尊敬される。
だからこそココまで大きくなったのだ。そしてルクルももう内輪の人間に入ったのである。
「ったく…とんだじゃじゃ馬だぜ」
調度品が並ぶ廊下を歩くアズワルドの顔には笑みが浮かび上がっていた。
確かに生意気な子供だったが、言い換えれば度胸がある。何より、実力の底が分からない。
レガードファミリーはあまり武闘派ではない。だが、傘下には武闘派が多い。レガードファミリーは主にそれらのブレーン役を担っている。
しかし十老頭の直属に昇進した為、どうしても「示し」というものが必要である。
そんなときに転がり込んできたのはバロガンだった。実力はレガードファミリー内ではかなり上位。いや、最強だ。
銃弾も数発耐えれる体に、同じく数発銃弾を耐えれる男とどちらが強いか試したらあっという間にバロガンが勝ってしまったのだ。
そして何より頭が切れる。だからこそ信頼を置いていた。そのバロガンさへ、手も足も出ないと宣言している少女
容姿も今まで見てきた女の中では3指に入るほど美しい。声も聞きやすいソプラノの様な透き通った声である。
何より強い。そして度胸もある。そう、気に入ったのだ。
契約的には9月のオークションの終わり頃までだが…出来れば契約の更新はしてもらいたいものである。
無理強いをすれば必ず何かしっぺ返しがあると考える。が、内輪の人間に無理強いはあまりしたくない。
(断られたら最低繋がりを保てればいいほうか)
そう考え、どういった対応をしてどういった関係を作るのかを思い馳せながら、自室へと戻っていった。
「まぁそんなわけで、5月1日からレガードファミリーって言うところでお世話になる事になった」
「そう☆」
天空闘技場へ戻り自室で念の修行をして、汗かいてシャワーを浴び、部屋にいたら案の定、何処から嗅ぎ付けたのか、ヒソカが入室してきた。
今回はノックがあり、良かったと心から思った。何のことはない。パンツ一丁で冷えたコーヒーを腰に手を当てて飲んでいたのだ。
ノックがなくて急に入室してきたら恐らく自室から飛び降りる。そんなビジョンが浮かび上がってくるぜ。
「まぁヒソカとの対戦は忘れないから大丈夫」
「ボクとしてはそれが出来れば何も言うことはないよ◆」
どうやら既にうずうずしているらしい。股間にあまり眼を向けないでそのままコーヒーに口をつける。
カフェオレはやっぱ志向の一品だな!
「そうそう、今日はゴンが大怪我を負ってしまったんだ★」
「…の割にはえらく機嫌がいいけど」
「くく…彼はやはり美味しいそうだと再認識したのさ◆」
「そうですか」
やばい。ヒソカの息子がテントを張っている。完全に張っている。こいつ、人に目というものを気にしないのか?
「ああ…早くヤリタイ……★」
「程ほどにね」
そうして一日がまた過ぎ去るのであった。