第二層の東の端にある、周囲よりもひときわ高くそびえたった岩山の頂上。
その場所に、あたかも親の仇を前にしたかような形相で巨岩を殴り続ける一人の男の姿があった。
「オラオラオラオラオラッ」
殴るっ! 殴るっ! 殴るっ! 殴るっ!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーッ」
ひたすら殴るっ! 無心で殴るっ! 一心不乱に殴りつけるっ!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーッ!!」
目の前にデンとそびえたつ巨岩を、無我の境地で殴り続けるっ!!
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第7話 カズえもんは鼠さんが苦手?
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SAOには、筋力ステータスを一定値以上まで上げる事で習得ができるようになる《格闘》というスキルがある。
その名の通り、拳打や蹴撃などの近接格闘術でモンスターと戦う事ができるようになるスキルだ。
武器落としをくらったり、武器消失したりして、武器を失った状態でも戦えるようになるので、結構有用なスキルなのだが…
けれどこのスキル、ベータ版ではすこぶる評判の悪かったりする。
……まあ、ヴァーチャルだと分かっていてもパニクる人が出る程にリアルなモンスターを相手に、わざわざ素手で殴り合いをしたがるプレイヤーなんて、そうはいないだろうからさもあらん。
そのためベータ版では、このスキルはごく一部の物好きなプレイヤーが趣味で取得する程度の、いわゆる色物系スキルの扱いをされていた。
だがしかし、俺から言わせてもらえば、《格闘》を色物系扱いするなんてのはバカのする事以外の何物でもないと思う。
このスキルは、その本当の性能を知っていれば、誰であろうと取得するに否やはないだろうほどの優良スキルなのだ。
何が凄いって、このスキルったら、バグなのか仕様なのかは知らないが、素手の時だけじゃなく武器を装備している状態でもその効果を発揮するのだ。
つまり、武器装備中でも普通に蹴れるし、装備している武器が片手用ならば空いた方の手で殴る事すらできる。
おまけに、ソードスキルの発動すら可能だというのだから、まさに壊れ性能。
その気になれば《武装転換》しなくても《剣技連携》ができるとか、どんだけー…
とはいえ、《格闘》がどれだけ優良スキルであるといっても、それは武器スキルを所持しているという前提があった場合の話である。
スキルスロットの乏しい序盤では、攻撃系のスキルを二つも取るというのは正直あまり実用的ではない。
なにせ、SAOはただ戦っていればいいだけのゲームじゃないのだ。効率的かつ安全に攻略をしていくには、やはり補助系のスキルが必須と言える。
ソロや、コンビでプレイをするつもりならば、尚更に。
そう考えると、非常に残念な事だが、《格闘》を取得するのはどうしても後に回さざるを得なくなってしまう。
―― のだが、そこで出てくるのが《体術》スキルの存在である。
《体術》とは、《体術マスター》に弟子入りする事で習得できるようになる《格闘》の完全上位補完スキルである。
しかも、エクストラスキル扱いなので、スキルスロットに空きがなくても取得できるという素晴らしさ。
そして、好都合な事に、《体術マスター》がいるのは第二層の東の果てにある小さな一軒家ときたもんだ。
本来ならば、ある程度《格闘》スキルのレベルを上げた状態で第七層にいるとあるNPCに話しかけ、《体術マスター》の存在を教えてもらい、そして彼の居場所を探すという手順を踏まなければならないハズなのだが…
実際には、第七層にいるNPCから彼の事を聞いていなくても、彼の元に辿り着く事さえできれば弟子入りはできるというのは、ベータ時に確認済みである。
故に、この俺を止められるものなどどこにもいない。
……だた一つ、《体術》を習得するためのクエストがめちゃくちゃ面倒くさい、という大きな問題を除いて。
個別クエスト《体術道場入門》。 ―― 『両の拳のみを用いて、大岩を砕け』
うん。単純明快で実にわかりやすいクエストだ。……実現が可能なのかどうかは、また別の話として。
読んで字の如くなので別段説明する必要なんてないだろうが…
そこをあえて説明させてもらうのなら、《破壊不能オブジェクト一歩手前の大岩》を、武器を使わず殴り砕けと ――
もうね、バカかと。
つか、こんなクエストを考えた開発スタッフは、本気でアホなんじゃないかと思う。
しかも最悪な事に、このクエストは受領してしまったが最後、達成するまで逃げる事ができないように《証》と称して《体術マスター》から問答無用で“彼にしか消す事のできないフェイスペイント”を描かれるのだ。
おまけに、このフェイスペイントというのがかなりの曲者で、どのようなペイントになるかは完全にランダムで決まるらしい。
どこぞの情報屋みたいに“三本ヒゲ”だったならまだマシな方で、ベータの時に俺の顔に描かれた《証》はそれはそれは酷いものだった…
―― カズえもんっ! カズえもんじゃないかっ!! にゃはっ! にゃははははっ!!
などと叫びながら笑い転げていたあの女の姿を、たぶん、俺は一生忘れないだろう。
あの時は、なんとかクエストを達成する事ができたおかげで、無事フェイスペイントを消してもらえたからよかったけど…
あれで、消せてなかったらと思うと、正直今でもゾッとする。
つまりこの《体術》クエストとは、俺にとっては半ばトラウマと言っても過言じゃないものなのだが…
しかし、それでもなお、今後の事を考えれば《体術》スキルは欲しい。コレがあるのとないのとじゃ、戦術の幅が格段に変わってくるのだ。
無手での戦闘能力に加えて、ちょっとしたフィジカルブースト的な効果がスキルスロットを使わずに入手できるというのだから、ある意味でクエストの難易度と報酬は釣り合っているのかもしれないが…
しかし、カズえもんだけはっ… カズえもんになるのだけは、勘弁願いたいっ…
あんな悪夢は、もう絶対に繰り返しちゃいけないっ! 絶対にだっ!
とは言ったものの…
よくよく考えてみれば、ベータの時と今とじゃ状況がかなり違うよな。
ログアウトする必要のない今なら、その気になれば一昼夜、延々と殴り続ける事もできる訳で…
それならむしろ、以前よりも簡単にクリアできるんじゃね?
―― そんな風に考えていた時期が、俺にもありました…
今、俺の前に鎮座しているソレはっ… 大岩という名の絶望っ…
どれだけ殴っても、一向に削れている気がしませんっ!?
なんていう事なのっ…
弾幕薄いぞっ! なにやってんのっ!!
くそっ! SAOの大岩は化け物かっ…!
その圧倒的な姿にっ… 誰もが膝をつきっ… そしてっ… こうつぶやくのだっ…
―― ホント、もう勘弁してください。
そもそもの話、《格闘》スキルなしの状態で岩を砕こうなんてのが、ドダイ無理だったんじゃないかと今更になって思う、今日この頃。
本来の前提条件を満たしていないクセに、一足飛びに《体術》スキルをゲットしようだなんて横着をしようとするからこういう事になるんだ。
このバカちんがっ! 俺のバカちんがっ!!
ちくしょうっ… 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
―― 俺は今、猛烈に後悔しているっ…
唯一の救いは、ペイン・アブソーバが痛覚を鈍化してくれているおかげで、どれだけ岩を殴っても自分の手が痛くならない事だろうか。
でなきゃ、岩を相手にオラオララッシュなんぞできようハズもない。
もっとも、一向に削れた感の見えない大岩を目の前にさせられては、そんな恩恵にありがたみを感じる余裕なんて皆無ですけどねっ!
今ならば、ベータ時にヤツがこのクエストのクリアを早々に諦めた理由がよくわかる…
あまりのマゾクエっぷりに、オジサンの心はポッキリと折れてしまいそうだよ… ふふふっ…
そんなこんなで、一体どれだけの時間、大岩を殴り続けていただろうか…
ふと、常在戦場の精神でいつでも発動させている《索敵》スキルが、その無駄に広い索敵範囲にものをいわせ、こちらに向かっているプレイヤーの存在を感知した。
「……ん?」
第二層が開通してからほとんど間もないこの時期に、こんなフィールドの端っこに来るだなんて、一体どこの物好きだろうか?
などと、一向に削られた様子を見せない大岩を前に、やや現実逃避気味にそんな事を思う。
まぁ、実のところ、一人だけ心当たりがない訳でもないんだけどね。
というか、この場所を目指して一直線に向かってきているのだから、まず間違いなくヤツだろう。
なにせ、ベータ時にこの場所の事を知っていた人物なんてのは、俺以外にはヤツしかいないのだからな。
……だが、それはマズい。非常にマズい。
なぜならば、今の俺には、絶対にヤツと顔を合わせてはならない理由があるのだからっ!
―― カズえもんっ! カズえもんじゃないかっ!!
ベータ時に穿たれたトラウマが、再び俺の胸を苛む…
故に、あの女にもう二度とこの姿を見せる訳にはいかないんだっ!!
だが、どうする? どうすればいい?
一体どうすれば、俺はヤツをやり過ごす事ができるっ!?
というか、そもそもヤツはどうしてこんな場所に来ようとしてるんだ?
ここには道場と言う名の掘っ建て小屋があるだけで、それこそ《体術》クエストを受ける以外でこんな場所にくる理由なんて何もないハズだろ。
だが、俺と同じく《体術マスター》の被害に遭った事のあるヤツが、再びこのクエストを受けようとするだなんて到底思えない。
いや、もしかすると、デスゲームになった今なら前よりも楽に《体術》クエストを達成できるんじゃないかとか考えたりしたのかもしれない。……俺みたいに。
……さすがにそれはないか。別段、そこまでしてヤツが《体術》スキルを欲しがる理由もないしな。
まあ、もうこの際、理由なんてどうでもいい。
今、問題なのは、ヤツがここに向かっている事実と、それに対して俺がどうするかという事だ。
いっその事、どこかに隠れてやり過ごすか? 触らぬ神になんとやらとも言うし…
……いや、それだともし見つかった時に何を言われるかわからない。
最悪の場合、敏捷力極振りのヤツとリアル鬼ごっこをするハメになるかもしれんので、大却下。
あんな経験をするのは、もう二度とお断りだ。
とはいえ、他に何かいい腹案がある訳でもないのも確か。
どうする? どうすればいい? 俺のライフカードはどこにあるっ!?
―― はっ! そうだっ! これだっ! 俺にはこれがあったっ!!
正直なところ、コイツを使うのにはいささか以上に抵抗があるんだが…
もうこの際、贅沢は言っていられないっ
トラウマをえぐられる事に比べればなんぼかマシだっ
………………
…………
……
準備万端で待っていた俺は、つい先ほどやってきた来訪者へと呼びかけた。
『それで、いつまで隠れてるつもりなんだ? いい加減、出てこいよ』
すると、俺の目の前の風景がぐにゃっと歪み、呆気にとられたような顔をした少女が虚空から湧き出るかのように出現した。
俺は、その少女の頬に“三本ヒゲ”が描かれているのを確認して、自身の予想が間違っていなかっのだというた事を確信した。
茅場晶彦の謀略により、メイクしたキャラではなくリアルと同じ姿になってしまっているため、ベータ時とは違う姿となってしまっているものの…
自分の頬に、わざわざそんなペイントを施す物好きなんて他にはいないだろうから、間違いないだろう。
「……これは驚いたナ。まさか、こんなにもあっさり看破されるだなんて思ってもみなかったヨ。
職業柄、《隠蔽》スキルに関しては誰にも負けない自信があったんだけどネ…」
『まあ、それは仕方ないさ。なんだかんだで俺の《索敵》スキル、無駄にレベルが高くなっちまったからな…』
頬に三本ヒゲのペイントの描かれた少女 ―― アルゴが、驚き半分、悔しさ半分といった雰囲気で告げたその言葉に、俺は苦笑いで答える。
『久しぶりだな、アルゴ。こうやって実際に顔を突き合わせるのは、ベータ版以来か?』
「さて、な? とりあえずその質問に答える前に、俺っちには早急に一つ、アンタに訊かなきゃならない事があるんだガ…」
『訊かなきゃならない事? なんだよそりゃ?』
「いや、なんだも何もないヨ。……アンタ、本当にカズヤなんだよナ?」
『おいおい、ずいぶんとおかしな事を訊くんだな。一体俺が、カズヤ以外の何に見えるって言うんだ?』
「―― 頭の上からスッポリと麻袋を被った変態」
呆れ顔のアルゴが、どキッパリとその事実を指摘してきた。
そう、今の俺は、まさに彼女が言った通りの格好をしていた。
頭頂部から上半身にかけて、スッポリと麻袋を被った不審人物。
それが今の俺だ。
『なんだ? 紙袋の方が良かったか?』
「そういう事言ってるんじゃないヨ! 話をするにしても何にしても、まずは顔を見せろって言ってるんダ!
せっかくこんな第二層の僻地くんだりにまで足を運んだってのに、何が悲しくて、麻袋マンとおしゃべりしなきゃならないんダヨ!」
アルゴには珍しくややハイテンションなツッコミだった。
だがしかし、俺だって伊達や酔狂でこんな恰好をしている訳じゃない。
『断るっ! ……同志アルゴならば、今俺がコイツを被ってる理由など、言われずともわかるハズだろう』
「はぁ? 言わずともわかるって、何言って…」
そう返す俺に、アルゴは一度胡乱気な視線をこちらに向けてきたが、すぐに何かに気づいたように手を叩いた。
「カズ坊、お前… もしかしてまた、体術師匠にカズえもんにされたのカ?」
『カズえもん、言うなし!
体術師匠にやられたのは確かだが、どんなラクガキをされたのかまでは、確認してないから知らん。
つか、怖くて確認なんかできん』
そう答える俺に、アルゴは再び呆れ顔を見せる。
「怖くてって… たかがフェイスペイントじゃないカ。そこまで気にする事カ?」
『はっ! “三本ヒゲ”だなんてヌルいペイントしか描かれなかったキサマに、俺の気持ちなど到底理解できんだろうさっ!』
「いや、だからって… 麻袋を被るのは、どうなんダ? どう考えても、そんな姿をさらすよりもカズえもんの方が万倍マシな気がするゾ…」
『カズえもんになった事のないキサマに何を言われようが、痛くも痒くもないわっ!
なんだったら、今すぐ体術師匠を呼んでこようか? きっと大喜びでキサマの顔にもペイントをしてくれるぞ?』
「はっはっはっ! ……絶対に御免ダヨ」
『はっはっはっ! ですよねー』
互いに笑い合う二人。
次の瞬間 ――
「おりゃっ!」
『あまいっ!』
アルゴが瞬時に間合いを詰め、俺の麻袋をつかみ引っ張ってきた。
だがしかし、俺も負けじと麻袋の裾を握りしめ、決して脱がされないようにと抵抗する。
そして、事態は膠着状態に。
「取レ!」
『断る!』
麻袋をはぎ取ろうと引っ張るアルゴと、脱がされてなるものかと抵抗する俺。
ぶつかり合う眼と眼。かち合う意地と意地。互い一歩も譲ろうとしない二人。
「……なぁ、カズ坊。遠路遙々会いに来た旧友に対して、麻袋を被って応対するってのはいかがなものカ?
かの高名な孔子先生だって言ってるじゃないカ。
―― 朋遠方より来たる有り、また嬉しいカズヤ」
『言うかバカっ! 儒学なめんな、コラっ!
つか、俺が嬉しい事と麻袋脱ぐ事に、一体どんな関連性があるってんだよ!』
「嬉しいなら脱げヨっ!」
『嬉しくても脱がんわいっ!!』
「―― ぐぬぬぬぬっ…」
『―― ぐぬぬぬぬっ…』
額を突き合わせながらにらみ合う、鼠少女と麻袋マン。
ビジュアルがビジュアルなだけに、はたから見れば、それはとんでもなくシュールな光景だったことだろう。
俺だって、当事者じゃなければ爆笑してたに違いない。……そんな光景を目にする機会なんて絶対に訪れる事はないだろうけどさ。
そして、そんなにらみ合いの末に、先の折れたのはアルゴだった。
「わかった、わかったヨ。もうこの際、カズ坊の格好については妥協するヨ。
というか、あれだけ苦労してここまで来たのに、こんなアホなやりとりに終始してたんじゃ割に合わなすぎるヨ」
『おぉ、やっとわかってくれたか。
さすがは、同志アルゴ。ソナタに感謝を』
「はぁ… そう思うんだったら、せめてその麻袋だけはどうにかしてくれないカ? 顔を隠せるモノくらい他にいくらでも持ってるんダロ?
こっちは、これからそれなりに真面目な話をするつもりなんだ、さすがに麻袋マンが相手じゃ締まらな過ぎダヨ…」
『……まぁ、キサマの言う事もわからないではないな。
確かに、麻袋マン相手に長時間シリアス顔を続けるのは苦痛でしかないだろう』
「おぉっ! だったラ!」
『だが断る。
この俺が最も好む事の一つは、妥協して譲歩の姿勢を見せ始めた腹黒情報屋に「NO」と言ってやる事だ』
そんなアルゴの提案を、しかし俺は決め顔で拒絶した。
「ふっ… ふふふっ…
―― フシャーーーー!!」
すると、アルゴが奇声を上げながら再び飛びかかってきた。
よっしゃ、かかって来いやっ! 俺たちの戦いはまだまだこれからだっ!!
………………
…………
……
結局その戦いは、アルゴが妥協に妥協を重ねる事によって終結した。アルゴさん、マジ大人。
というか、中の人的な意味でいえば二回り以上も年下であろう女の子相手に、お前は一体何をやっているんだなどと言われそうだが…
しかし、それは致し方ない事だったのだ。
だって、リーファ以外の人間とこうやって実際に会話するのなんて、実に二週間ぶりなんだもんっ!
そりゃ、さすがの俺だって、久しぶりに再会した旧友を弄り倒したくもなるさっ!
飢えていたんだ、俺はっ! リーファ以外の人間との会話にっ! 触れ合いにっ!!
とまあ、脳内自己弁護の叫びはこのくらいにしておこう。
とりあえず、いつまでもこんなところで立ち話を続けるというも何たったので、俺はアルゴを伴って体術師匠の道場の中にやってきた。
『それで、アルゴは一体何しにこんなところまで来たんだ? まさか本当に《体術》クエを受けに来たって訳じゃないんだろう?』
膝を突き合わせて座ったアルゴに俺がそう問いかけると、彼女は眉をひそめながら答えた。
「当たり前ダロ。というか、俺っちから言わせてもらえば、こんな地雷クエストを受けようとするようなヤツの気が知れないネ。
……まあ、そこにあえて突っ込むのが、カズ坊がカズ坊たる所以なんだろうけどナ。それを知ってたからこそ、俺っちもここに来た訳ダシ」
などと、なにやら感慨深げにつぶやくアルゴ。
『おいそこ、ちょっと待て。あたかも、俺が特殊な人格を持っているかのような物言いをするのはやめろ』
俺だって、《格闘》スキルなしの《体術》クエがここまでマゾいとわかってたら受けんかったわい。
「にゃははははっ! なぁ、カズ坊。ここは笑うところだよナ?」
『んな訳あるかっ! 大真面目だよっ!!』
「……ふむ。まあ、アホの戯れ言はスルーするとしテ」
『ちょ、おまっ!?』
「アンタの最初の質問に答えると、俺っちはアンタに会いに来たんダヨ」
『俺に会いに? いや、俺に用事があるんだったら、それこそメッセージの一つも飛ばせば事足りるだろ。わざわざこんなところに来てまでする事か?』
アルゴの言葉に俺が首をかしげてそう訊ねると…
アルゴは一瞬、呆気にとられたような顔になった後、唐突に笑い出した。
それはもう見事な、悪役三段笑いでした。
……あ、あれ? 俺、今何か、コイツが大笑いするような事を口にしただろうか? 別に、ごく普通の事しか言ってないよな?
などと思っていたら、いきなり胸倉を掴まれた。
「そのメッセージに対して、どっかのバカがいつまで経っても返信してこないから、わざわざこうやって会いに来たんだろうガっ!!」
『―― はっ?』
思ってもみなかったアルゴのその発言に、俺は一瞬、呆気にとられて言葉を失う。
『……い、いやいや、ちょっと待て。落ち着け、アルゴ。俺、お前からのメッセージなんて受け取った事ないぞ?』
「―― はっ! 何をバカなっ!
こっちは、カズ坊から攻略情報を受け取る度に、情報料はどれ位がいいかとか、報酬の受け渡しはどうしたらいいとか、メッセージ送りまくりだってノ!
その全てを、無視し続けてきたのはアンタじゃないカ!!」
『 ? ? ? 』
その剣幕を見れば、アルゴが嘘を言っていないだろう事は分かる。
だがしかし、彼女からのメッセージが俺に届いていないというのもまた確かなのだ。
一体全体、何がどうなってくれちゃってるんだ?
『……あっ!』
その時、ふと思い当った事があった。
俺は麻袋の裾から手を出すと、メインメニューを開く。
そして、そのままメニューを操作していき、お目当ての項目に辿り着くとそれを表示する。
そこに書かれていた設定は、さきほど思った通りのものだった。
……あぁ、そりゃお前、これじゃメッセージなんて届くハズないわ。
『あ~、すまん、アルゴ。どうやら今まで、全メッセージ着信拒否設定にしていたみたいだわ。いや、すまんすまん』
いやはや、そう言えばそうだった。
またアイツらからのメッセージが来たら気まず過ぎるからって、着拒設定にしてたんだった。スッカリ忘れてたよ。
「はっ… ははははっ…
すまん、じゃ、Neeeeeeeeeーーーー!!!!!」
狭苦しい道場の中に、アルゴの絶叫が響いた。
絶叫の後、ハァハァと肩で息をしているアルゴを、どぉどぉとなだめすかす俺。
いやまぁ、全面的に俺が悪いんだけどさ…
「はぁ… もういいヨ。そういや、カズ坊はこんなヤツだったヨ。
もう、今更何を言っても仕方がないから、これまでの事は全部水に流してやル。
だから、今すぐその着拒設定を解除シロ。話はそれからダ」
『うぐっ…』
いやまぁ、アルゴからすれば、それは確かにそうなるよな…
でも今解除すると、アイツらからメッセージが届くかもしれないし…
「―― ギロッ!」
俺の内心を察したのか、据わった目つきでこちらを睨みつけてくるアルゴ。
『あ~、はいはい。わかった、わかりましたよ。
解除するよ、解除させていただきますよっ!』
無言の圧力に屈した俺は、肩をガックリと落としながらメニューを操作し、着拒設定を解除する。
その様を、うむうむとうなずきながらアルゴが見ていた。
そして、彼女が再び口を開く。
「さて… それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか、カズ坊」
『……え? 本題?』
「何を不思議そうに言ってるんダ、カズ坊?
確かに、メッセージの返信が来ないからって理由もあったガ…
それだけの為に、俺っちが足を運んだなんて一言も言ってないじゃないカ。
そして、俺っちがここまで来た本当の理由は、カズ坊を直接問い詰めてやる為ダ」
『えぇ~… ていうか、問い詰めるってなんだよ。俺、お前からそんな事をされる覚えなんてないぞ?
……そりゃまぁ、着拒設定にしてた所為でメッセージに気づかなかったのは悪かったと思うけどさ』
「うるさい黙レ。当方、カズ坊からの抗議は、一切受け付けない所存でいるのでそのつもりでいるようニ」
何と言う理不尽っ…! よもや、反論する権利すら奪われるとはっ…! 一体俺が何をしたって言うんだっ…!?
「さて… それじゃ覚悟はいいか、カズ坊?
お前さんがこれまで一層で一体何をやらかしていたのか、どうやってフロアボスの単独撃破を成し遂げたのか、あとどうしてメッセージの着拒設定なんてしていたのか。
一から十まで、きっちりはっきり納得のいく説明してもらうゾっ!」
そう言い放ったのち、ニヤリと口の端を吊り上げるアルゴ。
「もし仮にカズ坊が、それらに答える事を拒否するだなんてバカな事を言い出すのなラ…
俺っちは今すぐ本気でその麻袋を奪い取って、アンタのラクガキ顔をスクショに収め、SAO中の全プレイヤーに公開してやるので、悪しからズ。
今のカズ坊のレベルがどれだけ高かろうと、敏捷力極振りの俺っちから逃げられるだなんて思わない事ダヨ… くっくっくっ…」
『ひ、ひぃっ!?』
あ、悪魔か、コイツはっ… そんな事されたら、俺、もう素顔で表を歩けなくなるじゃんかっ!!
なんて恐ろしい事を考えるんだよ… しかもコイツの場合、脅しとか冗談とかじゃなく、実際にやりかねないから本気で怖い。
『……オーケイ、分かった。俺の負けだ。もう、煮るなり焼くなり好きにしてくれ』
肩をガックリと落としながら、俺はアルゴにそう答えた。
気分はもはや、まな板の鯉状態である。
………………
…………
……
『―― って感じだな』
「ふーむ… なるほど…
とりあえず、カズ坊が今まで何をやってたのかは理解したヨ」
俺が第一層でどんな風に生活していたのかの説明を終えると、アルゴが厳かにうなずいた。
「ところで、その噂の妹ちゃんってのは一体どこにいったんダ? 話を聞いている限りじゃ、クエストを受けるから別行動って事もなさそうだけド?」
『ん… まあな。お前さんのお察しの通り、俺についてきたよ。
本当だったら、いったん別行動でもさせようかと思ってたんだが… 即行で断られたさ。
……たぶん、アイツは今もあの大岩の裏側で、せっせと大岩を殴り続けてるんじゃないか?』
「裏側? なんだってまたそんな所ニ? ……ていうか、岩を殴ってるって事は、もしかしテ」
何かに気づき、顔を引きつらせながら問いかけてきたアルゴから、俺はスッと視線を外す。
『いや、俺はちゃんと説明したんだよ? クソ面倒くさいクエストだから、お前はやる必要ないって…
それなのにアイツときたら ――』
―― だったら、あたしも一緒にクエストを受けるよ。一人でやるより二人でやった方のが早く終わるでしょ?
『―― とか言い出してっ…! 俺が止める間もなくっ…!』
そう言って目を伏せる。
迫る《体術マスター》の魔の手っ… 逃げ出す事すらかなわずに犠牲となったリーファっ…
全てを悟ったアイツは、「クエストが終わるまで、決してこちらを覗かないでください」と言葉を残し、大岩の裏側へと向かっていったのだった。
「……あぁ、そう言う事カ」
そんな俺の説明を受け、アルゴもまた、俺と同様に悲痛な表情で目を伏せた。
“嫌な事件だったね”
まさに、そんな空気が二人の間に立ち込める。
「あ、あぁっ! そうだ、そういえば!!」
と、そんな風に空気がよどむのを嫌ったアルゴが、何かを思い出したかのように両手を叩いた。
「ベータテスト時に誰も見つける事ができなかったと言われていたユニーククエストが、まさか第一層なんかに隠れていたとはネっ! 本当、驚きだよナっ!!」
『ま、まあなっ! そりゃ第一層なんて、ベータの時はそれこそ一週間もかからずに即行で突破されてたしっ! 気づかなかったのも無理ないだろっ!』
ナニかを振り切るように妙にテンション高く告げるアルゴに、俺もまた、そんな彼女に乗っかる形で答えた。
「いやいやいや、確かにそれはそうなんだが… でも、これは非常に興味深い情報ダヨ?」
そう言って、アルゴは俺にニヤリと笑いかけてきた。
「これからはフロアボスを攻略する前に、一度迷宮区の周辺も探索しておいた方がいいみたいダナ。
もしかしたら、第二層以降にも似たようなクエストがあるのかもしれないしネ」
そんなアルゴの発言に、俺はうげぇとうめき声をあげる。
『いや、フロアボスとタイマンとか、あんな事もう二度とやりたくないんですけど…』
「そんなクエストがホイホイあってたまるカっ! デスゲームなんダヨ、このSAOはっ!!
普通だったら、そんなクエストがあったところで受けるような人間なんて、自殺志願者でもない限りいないヨ。
にもかかわらずそれを受けて、しかもクリアするとカ… もうほとんどマンガの世界の住人だよナ…
……なぁ、カズ坊。アンタ、本当に人間カ?」
などと、至極真面目くさった顔で訊ねてくるアルゴ。
『失敬だな、おいっ! 人間だよ! 俺は間違いなく人間だ! 純度100パーセントの人間だよ!!』
「いや、だってなぁ… 今までのカズ坊の話を全部信じるとなるト…
最初の一週間で、野宿をしながらフィールドを制覇、迷宮区に辿り着ク。
次の一週間で、迷宮区を踏破。その後、フロアボスにタンマン挑んでこれを撃破。
だゾ? そんなの、どう考えても人間業じゃないダロ?」
『むむっ…』
確かに、そうやって説明されると、なかなかにすさまじい事をやっていたんだなと思わなくもない。……自覚なんて、これっぽっちもないのだけど。
「……なぁ、カズ坊。一体いつまでこんな事を続ける気ダ?」
『あん?』
ふと、先程までの茶化すような雰囲気を消し、アルゴが真剣な顔で問いかけてきた。
「この先も、今のまま、なあなあでやっていこうだなんて考えているようなラ…
―― そう遠くない内に死ぬゾ、カズヤ」
そのアルゴの口から告げられた辛辣な言葉に、俺は思わず絶句してしまう。
ふざけている訳でも、冗談を言っている訳でもない。その目を見ればわかる。アルゴは今の言葉を、本気の本気で言っている。
それが分かるからこそ、俺は彼女の雰囲気に気圧され、口を開く事ができなくなってしまった。
「確かにアンタは強いヨ。
安全地帯のないフィールドで、足手まといを連れながら一週間野宿するなんて、普通は無理ダ。
身の丈倍以上もあるフロアボスを相手にタイマンかまして、しかも打ち倒すなんで、絶対に無理ダ。
でもアンタは、それをやってのけタ。常人には、逆立ちしたってできないだろう事をやってのけたんダヨ。
それこそ、今この世界に存在するプレイヤー全てをひっくるめた中で最も強いのは誰かと問われれば、俺っちは迷う事なくアンタだって断言するヨ。
……けど、それは所詮、個人の力でしかないんダヨ」
目を伏せたアルゴは、俺に語り聞かせるようにとうとうと言葉を紡いでいく。
「職業柄、俺っちは顔が広い。
多くのプレイヤーと顔をつないでいるから、その分知り合いも多い。
この世界にはさ、本当、いろんなヤツがいるんダヨ。
いいヤツ、いやなヤツ。賢いヤツ、バカなヤツ。強いヤツ、弱いヤツ。真っ直ぐなヤツ、捻くれたヤツ。
そして、もう二度と会えなくなったヤツ…
……俺っちは、さ。アンタには、そうなって欲しくないんダヨ」
『アルゴ… お前…』
「本当はアンタだってわかってるんダロ?
これから先、階層が上がっていくしたがって、モンスターもトラップもダンジョンも、強く厭らしく複雑になっていク。
個人の力じゃ、いつか絶対に太刀打ちできなくなル。そして、その時になって後悔したってもう遅いんダ。
そりゃ、本当にカズヤ一人だけだったなら、何とかなるのかもしれなイ。カズヤのチートっぷりは、俺っちだってよく知ってるからナ。
……でも、今のカズヤには、妹ちゃんがいるんダロ?
この先で、絶体絶命の危機的状況に陥ったとき、カズヤは本当に妹ちゃんを守り切れるのカ?
死ぬ事も、死なせる事もなく、そのピンチを切り抜ける事ができると断言できるのカ?
この世界はゲームだガ… ゲームであっても遊びじゃなイ。人は死ヌ。そして、死んだらお仕舞いなんだヨ」
『…………っ』
アルゴから告げられた言葉は、どこまでも真摯で、圧倒的に正論で、そしていつか必ず直面するだろう現実だった。
「もういいじゃないカ、カズヤ。いい加減、アイツらと合流しろヨ。
この二週間で、妹ちゃんだって大分使えるようになってるんダロ? だったらもう、ためらう理由なんてないじゃないカ。
アイツらは、今もアンタの事を追いかけ続けてる。アンタの方から合流するってんなら、喜びこそすれ厭いはしないだろうヨ。
なんだったら、俺っちが口利きをしてやってもいイ。
……だから、ナ?」
そう言って、俺の事を上目遣いで見上げてくるアルゴ。
彼女が、俺の事を思って忠告してくれているんだという事はわかっている。
損得なんて関係なく、ただただ、俺の身を案じてくれているんだという事はわかっている。
でも、それでも…
今はまだ、彼らと顔を合わせる事への踏ん切りがつかないんだ…
その一歩を踏み出す事に、どうしようもなく躊躇してしまう…
本当、ヘタレだなぁ… 俺…
「はぁ、ここまで言ってもダメか、この頑固者」
『すまん』
「……謝るなよ、バカズヤ。
アンタに謝られたら、俺っちは許さなきゃならなくなるダロ?」
言外に自分はお前を許す気などないのだと言われ、けれどそれでも、そんな彼女に俺が返せる言葉は一つしかなかった。
『……すまん』
「……………………ばーか」
周囲の者たちから、腹黒とか業突く張りとか守銭奴とか揶揄されているアルゴだけれど…
その実、根はかなりの善人で、意外とお人好しなところがある少女である事を、俺はベータ時の付き合いから知っている。
普段は情報屋としてなめられないようにと、意識して露悪的に振舞っているらしいのだが。
今回みたいに、こんな俺なんかのためにもわざわざ耳の痛い忠告をしに来てくれてるあたり、彼女がいかに情の深い少女なのかがわかるだろう。
その証拠に、ほら ――
「ダァー!! 止めだ止メっ! もうお仕舞イっ!
やっぱり、慣れない事はするもんじゃないネ。背中が痒くなって仕方ないヨ」
互いの間に立ち込めた重苦しい沈黙を嫌ったのか、それらを吹き飛ばすように大声で叫ぶと、彼女は肩をすくめてこちらに苦笑を向けてきた。
―― 重苦しい話はここまでダ。
そんな彼女の気遣いを感じとり、俺もまたうなずく事で返事をしたのだった。
「そう言えば、カズ坊。アンタ、基本的に野宿ばっかりで村やら町にはあまり近づかなかったって言ってたケド。
ポーションの補給とか、装備の修理とか、あと食事とか。そこら辺は一体どうやって対処してたんダ?」
話題変換のためか唐突に告げられたアルゴのその疑問に、俺は首をかしげつつも答える。
『ん? どうやっても何も…
ポーションなんて普通にモンスターがドロップするから、そう頻繁に町に買い物に行く必要なんてないだろ?
食材に関しても同じ。装備はまあ、自分たちで砥いだり繕ったりしてたな』
その答えを聞いた彼女から、俺は珍奇な生モノを見るような目を向けられた。
……え? なんでさ?
「あぁ、うン。そう言えばそうだったナ。カズ坊に常識は通じないんだっタ。忘れてたヨ」
『おい、そこ。人を非常識な生き物みたいに言うのは止めようか』
「というか、自分たちで砥いでたって事ハ… カズ坊、もしかして《鍛冶》スキル取ってるのカ?」
『無視ですか、そうですか… まあ、いいですけどね。
あぁ、そうだよ。俺が《鍛冶》スキル、妹が《裁縫》スキルを取って、耐久度の減った装備は自分たちで修理してたんだ』
すると、俺の答えを聞いたアルゴが、今度は恐ろしいものを見るような視線を俺に向けてきた。
「数少ないスキルスロットの一つに、生産職スキルを入れた状態でボスを倒すとか… カズ坊、本当に人間カ?」
『その話はもういいよっ!!』
俺の突っ込みに、アルゴはにゃははと笑って返してきた。
「さてと… それじゃぁ、俺っちはそろそろお暇しようかネ」
『ん? もういいのか?』
突然サラリと告げられた暇乞いに俺が問い返すと、アルゴは首を縦に振って答えてきた。
「あぁ、訊いておきたかった事は全部聞けたし、言いたかった事も一応は言えタ。だったらもう、ここにいる必要はないダロ。
それに、これからはきちんとメッセージに返信してくれるんだろうシ?」
『うぐっ… はいはい。どーも、すいませんでしたー! これからは、着拒なんてせずに、きちんと返信しますよ!!』
「よろしい。……にゃははっ」
そう言って鷹揚にうなずくアルゴの顔を見ながら、俺はふと、ストレージの肥やしになってしまっているとあるアイテムの事を思い出した。
『あっ、そうだった。なぁ、アルゴ。俺の方からも一つ質問いいか?』
「ン? なんダ? カズ坊には世話になりっぱなしだからナ。特別にどんな情報だってロハで答えてやるゾ。
そう、たとえば… とある女性プレイヤーのスリーサイズとかな」
『なん…だと…?』
「俺っちの知る中でも最上級の容姿の持ち主で、現役ピッチピチの女子高生。しかも、ボンキュッボンのナイスばでぃ。
どうダ? カズ坊がどうしても教えて欲しいって言うんなら、教えてやらないこともないゾ?」
そう言って、フフリと笑いながら流し目を送ってくるアルゴ。
……マジか。
そ、そそそ、そんな見え透いた餌で、この俺が釣られクマー
『って、そんな恐ろしい情報、受け取れるかっ! つか、個人情報をなんだと思ってるんだよ、お前は…』
「情報を開示する相手は選んでるに決まってるダロ。……それに、当人だってカズ坊が相手ならそんなに気にしないだろうしナ」
『俺は、お前がそう言えるだけの根拠が知りたいよ…
んで、話をもどすが、《ホルンカの村》のアニブレクエって、今どんな感じなんだ?』
そんな俺の質問に、アルゴは首をかしげる。
「アニブレクエがどんな感じかって、また漠然とした問いかけだナ。まあ、一言でいえば連日満員御礼状態ダヨ。
報酬のアニブレもそうだけど、《ホルンカの村》自体が《はじまりの街》から結構近いからナ。
今じゃ、報酬目的というよりも、ニュービーたちの登竜門的な扱いになりつつある、カナ?
そのおかげで、高レベルプレイヤーが純粋に報酬目的でクエを受けるのが難しくなってるヨ。KY的な意味デ」
『へー、そうなんだ』
「なんだ、カズ坊? もしかして、アニブレが欲しかったのカ?
だったら、俺っちが調達してきてやるヨ。
今のアンタがあんなところに行ったら、それはもう大ひんしゅくを受ける事間違いなしだからナ」
すると、俺の質問の意図を勘違いしたアルゴがそんな事を提案してきた。
『あぁ、違う違う。どちらかといえば逆なんだよ』
「……逆?」
『そそっ、実は俺、こんなん持ってるんだよ』
そう言って、俺はストレージから《リトルネペントの胚珠》を取り出す。
「は? これって、胚珠じゃないかっ! どうしてカズ坊がこんなもの持ってるんだヨ」
『スタートダッシュでリトルネペント乱獲してた時に、いっぱいゲットしてたんだよ。
その内どこかで売っぱらおうとか思ってたんだけど、そんな機会が訪れる事なく今に至るって感じ』
「……はぁ~、なるほド。相変わらず、カズ坊はやる事がアホだナ」
俺の言葉に、アルゴが呆れ半分感心半分といった感じで返してくる。
『うるせぇよ。
んで、ここからは相談なんだが… コイツを売りさばいてきてくれないか?』
「ん? 俺っちがか?」
『あぁ、相場も何も知らない俺が売るよりも、情報通のお前に頼んだ方のが高く売れるだろうし。
それにアルゴの顔の広さなら、アニブレを欲しがってるヤツの一人や二人くらいすぐに見つかるだろ?』
「まぁ、そりゃネ。一人や二人どころか、軽くその十倍くらい心当たりがあるヨ。
それこそ、場の雰囲気的にクエストを受けられなくなったヤツらに声をかければ、間違いなく瞬殺だろうナ」
『そんなにか… なら、価格交渉は全面的にそっちに任せる。報酬は、売上の三割。引き受けてくれるか?』
「オーケイ、引き受けタ。限界ギリギリまで値段を吊り上げてやるヨ。……ニヒヒ」
『あぁ~ まあ、そこら辺は、ほどほどで頼む』
腕が鳴るぜなどと呟きながらギラギラと目を輝かせているアルゴに若干引きつつも、俺はトレードウィンドを開いて胚珠をすべて彼女に引き渡した。
「それにしてモ… なぁ、カズ坊。報酬が三割とか、本当にそんなにもらっちゃっていいのカ?
ぶっちゃけ、知り合いに声をかけるだけの簡単なお仕事だし、一割でも多いくらいなんだガ…」
『あぁ、それに関しては問題ない。口止め料の分も入ってるからな』
俺の言葉に、アルゴは首をかしげる。
「口止め料?」
『そうだ。俺が今ここにいるって事を、絶対に誰にも言わないように頼む。……特に、アイツらには』
「……はぁ~ ちゃっかりしてるナ、カズ坊」
『まあ、どこぞの腹黒情報屋に鍛えられてますから』
呆れ顔になるアルゴに、俺はニヤリと笑い返す。
「あー、はいはい。わかったヨ。その依頼、しっかと承りましタ。安心しな、カズ坊の居場所は絶対に誰にも言わないヨ」
『相手から口止め料を上回る額を出されなければ、だろ?』
「……その通り、よくわかってるじゃないカ」
『まあ、な。ベータの時に、それこそ耳が痛くなるくらいに言われ続けたのはダテじゃないって事だ』
「ほぉ~… なら、もちろん分かっていると思うが、改めて言っておこうカ。
誰かからカズ坊の口止め料以上の額を提示されれば、俺っちはそいつにこの場所の事を売ル。
……それともカズ坊、口止め料を更に上乗せするカ?」
『ん? いや、さすがにそんな必要はないだろ…
もし仮に、そんな事をするヤツがいるってんなら、その時は素直に諦めるさ。
……まぁ、そんなヤツ、絶対に現れないと思うけど』
そう言ってうなずく俺を見て、アルゴが呆れ顔でため息をついてきた。
「相変わらず、何にもわかってないなー、カズ坊は」
『―― ん?』
「いや、こっちの話ダ。まぁ、アンタがそれでいいってんなら、こっちから言う事は何もないサ」
『そうか? ならいいんだが…』
何やら含みを持たせた言い方をするアルゴに、いぶかる視線を向けるもまぁいいかと思いなおす。
「それで、報酬の受け渡しはどうする?」
『うーん…』
アルゴの問いかけに、俺は腕を組んでしばし悩む。
『……なら、三日後だ。三日後に、《ウルバス》で落ち合おう』
「へぇ…」
俺の答えに、アルゴが感嘆の吐息をもらした。
「まあ、三日もあればこっちは十分にさばけると思うガ…
カズ坊は、このマゾクエストをあと二日でクリアできるのか?」
そんなアルゴに、俺はキッパリと返す。
『―― わからんっ!』
そんな俺の宣言に、アルゴがキョトンといった顔を見せる。
「……はぁ? ちょ、力一杯何言ってんダヨ、カズ坊。そこは普通、俺に任せておけとか自信満々に請け負うところダロ」
『いやだって、わからんもんはわからんのだし… まぁ、俺は期限が決まってればがんばれるタチだし、なんとかなるんじゃね?』
「なんとかなるんじゃねって… 夏休みの最終日に本気を出す小学生か、アンタは…」
そう言ってガックリと肩を落とすアルゴ。
「だが、それならまぁ… もしも、カズ坊の言う期日通りにクエストをクリアできたんなら、祝勝会でも開いてやるよ。もちろん俺たちのおごりで」
『―― は? なん…だと… アルゴが、おごる…だと…?』
「失礼なヤツだナ、カズ坊はっ! 俺っちにだって、第一層突破の功労者を労おうと思う甲斐性くらいあるゾっ!!」
……いや、でもねぇ? あのアルゴだぜ?
あのアルゴがおごるとか… そりゃお前、自分の耳を疑うのも無理ないってばよ…
普段からのアルゴの素行を思えば、そりゃ誰だってこういう反応を返すだろ。
けれど、そんな俺の反応にアルゴは大変ご立腹といった様子だ。
「……それで、どうするんダ? 祝勝会、するのかしないのカ」
『するするします。いやー、アルゴさんにお招きいただけるだなんて、ぼかー幸せだなー』
そう訊ねてくるアルゴに、俺は慌てて首肯を返す。
ここであえて、「絶対にノゥ!」とか言ってたら、それはそれで面白かったかもしれないが…
その瞬間、俺は間違いなくアルゴを敵に回す事になっていただろう。
そんなのは、絶対にごめんだ。情報屋を敵に回す事ほど恐ろしい事はない。
相手の方からおごってくれると言っているのだから、ここは喜んでご相伴にあずかっておこうじゃないか。タダ飯万歳。
なんて思っていたのだが、次のアルゴの発言を聞いて俺は目をむいた。
「よし。それなら、三日後までにクエストをクリアできなくても絶対に来いヨ。もちろん、その邪魔な麻袋は脱いでナ」
『―― へ?
あれ? それおかしくね? おごりの祝勝会って、クエストをクリアできたご褒美って話じゃなかったっけ?』
「だから、クリアできたら俺っちがおごってやるヨ。そして、クリアできなかったらカズ坊のおごりダ」
『ラグガキ顔をさらした上に金まで払えとっ!? やっぱお前、最悪だっ!!』
―― 結論、アルゴはやっぱりアルゴでした。
* * *
―― 駆ける、駆ける。
「にゃはっ、にゃははっ、にゃははははっ!!」
ステータスアップポイントのその全てをつぎ込んできた敏捷力ステータスを駆使して、少女は一人、荒野を駆け抜ける。
「バカだ、アイツっ! やっぱり、バカだっ!!」
そして、爆笑しながら爆走していた彼女が、ついには叫び出したのだった。
今日、直接、相見えた事で確信した。
アイツは、ベータの時からまるで変わっていない。
相変わらずバカで、相変わらずバグキャラで、相変わらず自分の事に無頓着だった。
普通なら絶対に不可能な事を、必要な事だからの一言で平然とやってのける。それが、あのバカのバカたる所以。
おまけに、自分がやった事の意味をまるで理解していない。周りからどう思われるかなんて気がつかない。
今回のフロアボス単独撃破の件にしたってそうだ。
アイツ的には、他に誰もいなかったから一人でやったくらいにしか考えていないのだろう。
それに対して、周囲がどう思うかなんて事は考えもしなかったに違いない。
……そんな事、少しでも考えればすぐにわかるだろうに。
羨望に憧憬。崇拝に心酔。嫉妬に猜疑。
いろんな意味で目立ちまくっているあのバカは、やはり今後もバカな事をやり続け、その度に他のプレイヤーたちから様々な視線を向けられる事になるだろう。コレはもう確信だ。
だが、この閉ざされた逃げ場のない世界で、ベータ時とは質も量もまるで違うであろうその視線にさらされ続け、アイツはいつまでアイツのままでいられるだろうか。
ふと、胸によぎった一抹の不安。
確かにアイツは、まさに厚顔不遜を絵に描いたような男だが…
それでも、もしかしたらという事が絶対にないとは言い切れない。
「……やっぱり、このままじゃいけないよナ」
我知らず、ポツリつぶやいていた。
やはり、あのバカには絶対に味方が必要だ。
互いに守り守られる事のできる、対等な間柄の仲間が必要だ。
だが、それを妹ちゃんに求めるのは酷というものだろう。
なぜなら、あのバカの話を聞く限り、アイツにとって妹ちゃんは庇護対象でしかない。
きっと、何かを任せる事はあっても、心から頼る事はしないだろう。
だからこそ ――
「この取って置きの情報を、早く教えてやらないとナ」
口で言ってもわからないバカには、それこそ直接身体に教えてやるしかない。
悪く思わないでくれよ、カズ坊。
もっとも、別に契約を反故にするつもりなんてこれっぽっちもないんで、アンタから文句を言われる筋合いなんてどこにもないんだけどな。
だたまぁ、一言だけ言わせてもらえるなら…
―― アンタ、アイツらの執念、甘く見すぎダヨ。
* * *
走り去っていく旧友を見送った後、ヤツが索敵範囲外まで出た事を確認した俺は、被っていた麻袋を脱いだ。
「ふぅ~… シャバの空気は美味いぜ」
脱ぎ去った麻袋を放り捨てながら、俺は思わずといった感じでつぶやいた。
別に、麻袋を被ってたから不快指数がどうのという事はない。
暑苦しい事も、息苦しい事もない。あるとするなら、ただ少し視界が狭まるくらいだろう。
けどまぁ、いわゆる気分的な問題というヤツなのだよ。
「さてと… それじゃ、そろそろ本腰入れて頑張りますかねっ!」
そう、気合いを入れて、俺は大岩と対峙する。
……さすがに、ラクガキ顔で街中を歩くのはマジ勘弁なので、それはもう必死である。
あのアルゴという女は、やると言ったら必ずやる女なのだ。
よしっ! それじゃ ――
「いくぜオイ!」
と、殴りかかろうとした瞬間、ポーンというメッセージの着信音が耳を打ち、思わずたたらを踏む。
「……おいおい、こんなタイミングで一体誰だよ? アルゴか? アイツ、なんか言い忘れた事でもあったのか?」
そんな風にぼやきながらメッセージを確認すると、差出人部分に意外な名前が書かれていて思わず目を丸くする。
―― “リーファ”。
……いや、なんで今このタイミングでコイツからメッセージがくるんだよ?
首をかしげながら、俺はメッセージを読み進める。
【さっきの女の人は誰】
「はぃ?」
さっきの女の人って… アルゴの事か?
いやでも、大岩の裏側にいるハズのリーファがなんでアルゴの事を知ってるんだ?
「ずいぶんと、お楽しみだったみたいだね」
「うわぉぃっ!?」
突然後ろから声をかけられて、思わず俺の口から変な声が飛び出た。
バ、バカなっ!? この俺が背後を取られただとっ!?
かなり驚き、慌てて後ろを振り返れば ――
―― そこには、腕を組み、ガイナ立ちをしているリーファの姿があった。
なっ…!? なぜ、お前がここにっ…!?
「ふーん… あたしが必死になって大岩を割ろうと頑張っていた間、お兄ちゃんは見知らぬ女の人とおしゃべりを楽しんでいた訳ですか、そうですか…」
俺が驚愕に目を見開いていると、目の前にいるリーファがフフリと不敵に笑った。
その笑顔は、《体術マスター》に描かれたフェイスペイントも相まって、とんでもない迫力を発していた。
というか、あなた、その顔を見られたくないからって大岩の裏に行ったんじゃなかったのでせうか? なのにどうして?
「お兄ちゃんには黙秘をする権利がありません。お兄ちゃんには弁護士を呼ぶ権利がありません。
そもそも、発言する権利がありません。釈明する権利も、弁明する権利も、懺悔する権利もありません」
ちょ!? ま、待て、話せばわかるっ!!
「―― 問答無用っ! 悔い改めろ、バカおにぃ!!」
アーーーーーーーーッ
> > > > > > > > > > > > > > > > > > > >
デンドンデンドンデンドンデンドン
デッデデーデデデデーデデデデー
という訳で、第7話をお送りしました
本作中で一番の常識人だと思われるアルゴの姐さんの登場の巻
そして、オリ主くんの非常識を滅多斬り
ただ、それだけの話です
そのため、ゲーム攻略的には全く進んでいなかったり
……それなのに、なぜ?
つか、アルゴの姐さんと駄弁ってただけなのに40kオーバーとか、どんだけだよ
そして、こんだけ書いといて言うのもなんですが、アルゴのキャラがいまいちつかめていないデス
本編じゃほとんど出てこなくて、アニメじゃチョイ役
プログレ編でようやっと本格参戦してきた姐さん
結局、無事にSAOから脱出できたのかすら不明な姐さん
ALO編以降、全く出番のない姐さん
……どうしろと?
正直、作者の書く姐さん、なんかキャラが変な気ががが…
作者自身自覚しているので、こんなの俺の知ってる姐さんじゃねぇっ!! というツッコミは勘弁してくだしあ
《厚顔不遜》:厚顔無恥と傲岸不遜を掛け合わせた、主にアルゴがカズヤを表す際に使われる造語
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