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No.35475の一覧
[0] 【ネタ】転生先がキリトさんだった件。これからどうしたらいいと思う?(SAO_転生憑依モノ)[みさっち](2012/11/24 14:43)
[1] 第1話[みさっち](2012/11/29 00:24)
[2] 第2話[みさっち](2013/05/20 00:20)
[3] 第3話[みさっち](2013/05/20 00:20)
[4] 第4話[みさっち](2013/05/20 00:21)
[5] 第5話 前編[みさっち](2013/05/20 00:22)
[6] 第5話 後編[みさっち](2013/05/20 00:22)
[7] 第6話[みさっち](2013/05/20 00:23)
[8] 第7話[みさっち](2013/05/27 19:20)
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[35475] 第5話 後編
Name: みさっち◆e0b6253f ID:ee55f6cd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/20 00:22


 ―― 俺は、死ぬのだろうか?

 目の前にある、真っ赤に染まったHPバーを見ながら、カズヤはそんな事を思った。

 ―― こんなところで、終わってしまうのだろうか?

 急速に削られていく自身のHPバーを見詰めながら、誰にともなく問いかける。

 ―― もし俺が、このまま死ぬ事になったら… あいつらは悲しんでくれるかな?

 ふと、脳裏をよぎったのは、ベータ時代にパーティを組んだ三人の友人の顔。
 彼らは、きっと悲しんでくれるだろう。あるいは、自らを責めてしまうかもしれない。
 自分たちと合流する事ができていたなら、こんな事にはならなかったんじゃないかと…

 ―― クラインは、怒るかな?

 次に浮かんできたのは、この世界に来て初めて友人になった気のいい男の顔。
 あれだけでかい口を叩いておいて、たったの二週間で脱落するなんて失笑もいいところだろう。呆れ果てるか、怒り出すか。
 そして、彼もまた悔恨の念に駆られるのだろう。あの時一緒についていけば、あるいは無理にでも引き止めていればと…

 ―― アルゴは、……アルゴは、どう思うだろう? 正直、アイツに関しては想像がつかない。

 腹黒を演じながらも、その実、全てのプレイヤーに対して公平である事を自らに課していた情報屋の少女。
 ベータ時代、それなりに親交のあった少女だったが、俺にはついぞ彼女の考えを読み取ることなどできはしなかった。
 もっとも、たんなるネット弁慶でリアルボッチな俺に、乙女心など理解できようハズもなかったのだけれども。
 それでもなんとなく、アイツはいつもの張り付けたような嘲笑を口元に浮かべながら、俺の事を罵倒してきそうな気がする。
 『相変わらず、カズ坊はバカだなぁ』、と ――

 ―― 母さんは、きっと悲しむんだろうな。

 仮想世界に囚われてしまった俺たちが、帰還するのを信じて待ってくれているであろう母さん。
 そんな母さんが、俺の死を知ったとしたら、何を思うだろう。
 悲哀? 絶望? 悔恨? いずれにせよ、あまり自分を責めないでほしい。
 俺がこうなったのは全てが自業自得で、母さんに責任なんて欠片もありはしないのだから。

 ―― リーファは、どうなるだろう?

 理不尽な絶望渦巻くこの世界で、二人、身を寄せ合って生きてきた大切な妹。
 目の前で兄を喪う事になった彼女は、一体何を思うのだろうか…
 たとえ俺がいなくなったとしても、俺なんかの死に囚われる事なく強く生きて欲しい。


 【You are dead.】


 それは、HPバーに残された最後の1ドットが消えるのを見届けた後、視界に小さく表示された一文のメッセージ。
 お前は死んだのだという、システムからの宣告。

 俺は諦観の念に包まれながら目蓋を閉じた。

 ―― 不甲斐ない兄ちゃんでごめんな、リーファ…

 閉じたまぶたの裏側には、なぜだか妹の泣き顔が焼き付いていた。





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  第5話  第一層フロアボス攻略戦 ~ 狗頭王との死闘・後編 ~

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『本当に、それでいいのか?』


 ふと、どこからか問いかけてくる声が聞こえてきた。


『このまま、何もかもが中途半端なまま、何一つ成せないまま、終わってしまって、本当にいいのか?』


 そんなの、いい訳ないに決まってるだろう。
 でもこれ以上、俺に一体何ができるって言うんだ。


『お前は、一体何のためにここに来たんだ? 何を為すためにここに来たんだ?』


 それ、は…


『妹を泣かせる為か? 母を絶望させる為か? 友の心に遺恨を残す為か?』


 違うっ! そんな事がしたくて、俺はここに来たんじゃないっ!
 守りたかった! 助けたかった! 泣かせたくなかった!
 だから、俺はこの世界に来たんだっ!

 妹の為に、母さんの為に、アイツらの為に、そして何より自分自身の為にっ!


『ならば、なぜお前は立ち上がらない?』


 ……あんたには、あのメッセージが見えないのか?

 俺は死んだんだ。
 今の俺はただの死人なんだ。
 もう、何もかもが終わってしまったんだ。

 立ち上がりたくても、立ち上がれない。
 だって、死人が動いていい道理なんてないだろう。


『くだらないな』


 …………?


『HPが0になったから死ぬのか? システムに告げられたから終わりなのか?』


 …………


『違うな。間違っているぞ』


 ……何だと?


『ヒトが本当の意味で死ぬのは、諦めた時だ』


 ……諦め、た?


『そうだ。ヒトは、自らの死を認め、受け入れ、そしてはじめて死ぬのだ』


 ……ぁ……


『お前はどうなんだ?』


 俺、は…


『自らの死を認めるのか?』


 いや、だ…


『自らの死を受け入れるのか?』


 いやだ…


『何一つ為せないままに、諦めてしまうのか?』


 ―― 嫌だっ!!


 そんなの認めないっ!
 絶対に受け入れられないっ!
 俺は諦めたりなんかしないっ!!

 だって、約束したんだっ!
 絶対に連れて帰るって ――

 そうだ、約束したんだっ!
 二人で一緒に帰るって ――

 俺は、こんなところで死ぬ訳にはいかないっ!

 死なないっ!
 死ねないっ!
 死にたくないっ!

 死んでたまるかぁーーーーっ!!


『ならば、立ち上がれっ!

 逆境を覆し、勝ち取れっ!
 理不尽に抗い、我を通せっ!
 絶望を斬り裂き、糧となせっ!

 強いられたルールシステムの支配など打ち砕いてしまえっ!
 その術を、お前は知っているハズだろうっ!!』


 ―― うおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!!!!!


『そうだ、それでいい。
 想えっ! 願えっ! 求めろっ!
 それこそが、お前の力となるのだからっ!!』




  *    *    *




「うおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!!!!!」


 閉ざしていた目をカッと見開き、力の限り雄叫びを上げた。
 それは、魂の咆哮。奇跡の産声。運命の反逆。

 死したはずの男が発した絶叫に、少女が、怪物が、驚愕の表情を見せる。
 見れば、ついさきほどまで倒れ伏していたハズの彼が、二本の足で立ち上がっていたのだ。
 その驚愕は計り知れないだろう。


 だが、それ以上に、立ち上がった彼自身こそが誰よりも現状に驚きを抱いていたのだった。


 死んだはずの俺が、なんで生きている?
 システムから宣告を受けたのだから、まず間違いなく俺は死んだハズなのに…

 どうしてだ? いったい何があった?

 そもそも、さっきまでのアレはなんだったんだ? 白昼夢?
 いや、VR世界で夢を見るなんて、そんな事が在り得るのか?

 あぁ、もう、訳が分からないっ!

 全くもって、一体全体、何が何やら、訳が分らないが…
 どうやら俺は、生きているらしい。

 ―― だったら、もうそれでいい。

 理由なんて知らない。経緯なんてどうでもいい。
 大事なのは、俺が生きていて、まだやり直せるという事実、ただそれだけがあればいい。


 いち早く乱れた思考に折り合いをつけたカズヤは、自身のHPバーへ目を向ける。そしてその値を見て、目を見開いて驚いた。
 なぜならば、全て削り取られてしまっていたハズのそれが、なぜか数ドット分だけといえど、回復していたのだ。
 そしてそれは、今もなお、ジワリジワリと回復している。その光景を見て、カズヤは、ハッとその原因に思い当たる。

 ―― そうか、回復ポーションかっ!

 どうやら彼は、回復ポーションのおかげで、何とか生きながらえる事ができたようだった。
 ……もっとも、それが事実だったとしても、それだけではとても説明のつかない事がいくつもあるのだが、それについて今は深く考えない事にする。
 なぜなら、今の彼にはそんな事にかかずらっていられる暇などありはしないのだから。

 そう、たとえ奇跡的に九死に一生を得る事ができたのだとしても、自身が絶体絶命の状況にいる事には変わりがないのだ。

 なにせ、イルファングの残りHPは、四本目が丸々一本残っているのに対し。
 カズヤのそれは、ポーションのおかげで徐々に回復しているとはいえ、いまだ危険域レッド
 誰がどう考えても、戦闘の継続は不可能。

 とは言え、幸いな事にイルファングのソードスキルによって弾き飛ばされたおかげで、ボス部屋の入口はすぐ目の前にある。
 そして、イルファングはいまだにスキルの技後硬直から回復していない為、すぐに追撃を行う事はできない。


 なんとなれば、誰もが撤退を選ぶであろうこの状況で、しかし彼は ――


「やってくれたな、ワン公… さっきのはきいたぞ…」

 そう言ってカズヤは、イルファングの猛攻にさらされてもなお、決して放す事のなかった愛剣を宿敵へ向けて構える。


 ―― 戦う事を選んだ。


「礼を言うよ、イルファング。獣人の王。お前のおかげで、目が覚めた」

 と言うよりも、今の彼に撤退などという発想はなかった。

「どうやら俺は、ここまでうまく行き過ぎていた所為で、知らず完全に調子に乗っていたみたいだ」

 目の前の敵を倒す。ボスを倒す。イルファングを倒す。

「口ではなんだかんだと言いながらも、結局のところ、俺はお前との戦いを単なる消化試合のように思っていたんだ」

 もう間違えない。油断なんてしない。無様をさらすつもりもない。

「圧倒的なまでのレベル差。限界まで鍛えた武具。ベータ時代に得た攻略情報。
 これだけのものがあって、負けるはずがないと高を括っていた」

 ただ、その事しか頭になかった。

「―― その結果が、コレだ」

 心の内に隠れていた楽観が、自らの首を絞めて、今の状況がある。
 一歩間違えれば、―― 否、あの不可解な奇跡が起こらなければ、自分は間違いなく死んでいた。

 ―― 負ければ死ぬ。

 それは、ゲームが始まって一番最初に宣言された、この世界のルール。
 このゲームに囚われた者達にとって、もっとも重要で絶対的なルール。
 そんな簡単な事すら、さっきまでの俺は忘れかけていた。

 感覚が麻痺していたのはリーファだけじゃない、俺もだったんだ。

 この二週間、何度か危ない目に遭った事もあったが、それでも死を覚悟するような目には一度も遭わなかった。
 多少格上の相手だろうと、リーファと二人でなら問題なく対処する事ができてしまっていたからだ。
 そんな日々が感覚を鈍麻させ、いつしか、自分が死ぬはずがないなどと、そんな錯覚を抱くようになっていた。

 そんな事、あるハズがないのに…

 イルファング程度が相手なら、全力を出すまでもない。
 心のどこかで、そんな風に思っていた。完全に相手を侮っていた。

 全ては、己の慢心が招いた結果だったのだ。

「だからこそ、もう出し惜しみはしない。ここから先は全力だ。俺の全てをもって… ―― お前を倒す」

 イルファングを睨みつけながらそう宣言すると、カズヤは右手を剣指の形にして縦に振りメニューウィンドを表示させた。

 そして、上体をギリギリまで傾け、地を這うような低い軌道でイルファングに向かって駆け出す。
 右に持った剣は左腰に据え、イルファングの巨体が射程圏内に入ったその瞬間、カズヤはソードスキルを発動させた。
 片手剣基本突進技、《レイジスパイク》。
 スキルの発動と同時に、カズヤの全身が薄青色のライトエフェクトに包まれ、彼我の間にあった十数メートルの距離を、瞬時に駆け抜ける。

 対して、迎え撃つイルファングは、グルルと獰猛な唸り声を上げると、両手で握っていた野太刀を左肩に担ぎ、前傾姿勢になった。
 カタナ突進技、《風早》。
 左肩に担がれた野太刀が、ギラリと薄赤色に輝く。
 と同時に、イルファングは爆発したかのような踏み込みで、カズヤへと突進する。

 瞬く間に両者の距離がゼロとなり、左下から斬り上げたカズヤの剣と、右上から振り下ろされたイルファングの野太刀がかち合い、甲高い金属音と共に大量の火花が散る。
 互いに繰り出した剣技の押し合いに勝利したのは、 ―― カズヤ。

 野太刀を弾き返され、イルファングが大きく仰け反る。
 相手の見せたその明確な隙を見逃す事なく、カズヤはその土手っ腹に左水平斬り《ホリゾンタル》を叩きこんだ。
 自身の右腹部を深々と斬り裂くその斬撃に、イルファングがたまらず悲鳴を上げる。と同時に、ボスの四段目のHPバーが目に見えて減少するのが見て取れた。

 自らに痛撃を与えたカズヤに憎しみのこもった眼差しを向け、反撃しようとイルファングが野太刀を振りかぶるも、しかしそれが振り下ろされるよりも早く、カズヤが次の斬撃を繰り出していた。

 垂直斬り《バーチカル》が、イルファングの頭頂部から股下まで斬り裂く。
 さらに、左からの《スラント》。重ねるように、右からの《スラント》。

 流れるような連撃で相手に反撃をさせる暇を与えず、次から次へとソードスキルを繰り出し続けるカズヤ。
 ソードスキル特有の薄青色のライトエフェクトが乱舞するその様は、あたかも青い竜巻のようだった。


 これこそが、カズヤの奥の手。 ―― 《剣技連携スキルコネクト ver. SAO》。
 原作主人公の編み出したシステム外スキル《剣技連携スキルコネクト》を彼なりにアレンジし、SAOで再現したものである。

 ソードスキルがヒットした瞬間、予め開いておいたメニューの下部にある《クイックチェンジ》のアイコンをタップ。
 すると、それまで装備していた愛剣がかすかなエフェクトを残して消失し、逆側の手に現出する。
 それを握りしめて新たなソードスキルのプレモーションに入り、発動した剣技のシステムアシストに身を任せて攻撃。再び《クイックチェンジ》。
 後は、ひたすらそれの繰り返し。

 左右の手の切り替えを、自力ではなくスキルmod《クイックチェンジ》で行っているので、難易度は原作のそれよりも大分低いとは考案者である彼の言。

 口で言うだけならば意外と簡単そうにも思えるが、実際にそれを実行に移すためには、相当な集中力が必要となる。
 確かに、《クイックチェンジ》によって装備フィギュア自体が変更されるため、本家のようにコンマ一秒の誤差すら許されないと言うほどのシビアさはないのだが…
 それでも、装備が消失してから現出するまでのタイミングを完璧に把握していなければならなかったり、剣技での攻撃とメニューの操作を同時に行わなければならなかったりと、その難易度の高さは折り紙つきである。

 そんな芸当を何度も繰り返し行えている時点で彼の異常性は明白なのだが、その事に彼自身が気づく事はなかった。


「せえぇぃっ!!」

 《スラント》、《ホリゾンタル》、《バーチカル》と、隙の少ない単発ソードスキルを立て続けに繰り出していくカズヤ。
 その猛攻を受けているイルファングは、ただなす術もなくガリガリとHPバーを削られていく。

 そんな攻防をどれほどの時間繰り返していただろうか。
 極限まで集中し、神経を尖らせ続けていたカズヤに、もはや正確な時間の感覚はなかった。
 一度でも反撃を受けたその瞬間に即死するという極限状態が、カズヤに限界以上の集中力をもたらしていた。
 そして、今この瞬間、彼は数分間が一時間とも二時間とも感じるようになっていた。

 速くっ… もっと速くっ…! どこまでも、どこまでもっ! 限界を超えたその先までっ!!

 彼は、ただひたすらに、一心不乱に、目の前の敵を倒すためだけに、剣を振り、剣技を放つ。


 いつまでも続くかと思われていたその時間は、けれど唐突に終わりを迎える。
 集中力の限界が訪れてしまったのか、ついに彼が、目測を誤りメニュー操作に失敗してしまったのだ。

「―― しまっ!?」

 その痛恨のミスに、カズヤは思わず毒づく。
 即座に意識を切り替えリカバリーを行おうとするがしかし、その隙を見逃すほど甘い相手ではなかった。

 操作ミスを犯したその瞬間、イルファングはカズヤの封殺攻撃を断ち切る横薙ぎの一撃を繰り出してきたのだ。

「ちぃっ! ―― うおおぉぉぉっ!!!」

 その攻撃を、カズヤは大慌てで剣を引き戻す事で防ぐ。
 間一髪で剣の引き戻しが間に合った事と、イルファングの攻撃を受けたその瞬間、衝撃に逆らわず自ら後方へと逃れたおかげで受けるダメージを最小限に抑え、ギリギリのところでやり過ごす事はできたが…
 その代償として相手との間合いを大きく広げられ、再び仕切り直しとなってしまった。

 再び封殺攻撃を行うために息つく間もなく間合いをつめようとするカズヤであったが…
 しかし、彼の剣が再び届く間合いまで近づく頃にはイルファングが野太刀を大きく振りかぶり、ソードスキルのモーションに入っていた。

 ソードスキル《幻月》。
 同じモーションから上下のどちらかの斬撃をランダムに繰り出すというフェイントの要素を含んだ剣技で、攻撃が上段下段のどちらから繰り出されるのかは、実際に発動するまで判断する事ができないという厄介な特性を持ったスキルである。

 そして、この場で《幻月》を使われるという事は、カズヤにとって致命的と言ってよかった。
 なぜならば、彼のHP残量は先程の攻防のおかげで、もはや数ドット分しか残っていない。
 それこそ、相手の攻撃がわずかにかかすっただけでも、カズヤのHPは十二分に全て削り切られてしまうだろう。
 にもかかわらず、ここへ来てこのフェイント剣技である。現状の危うさなど、もはや語るべくもない。

 これまで、圧倒的な優勢を誇っていたかのように見えていたのは、ひとえにカズヤが相手の反撃を完全に封殺できていたからにすぎないのだ。
 ひとたび反撃を受ければ、直撃でなくとも終わってしまう。それが今のカズヤの実情だった。

 二者択一、外れれば即死という究極の選択を前に、けれどカズヤは欠片もためらう事なく自らキルゾーンへと飛び込んでいく。

 直後、イルファングの《幻月》が発動し、振り上げられた野太刀が頭上から振り下ろされた。
 かと思われた次の瞬間、薄赤色の軌跡がクルリと半円を描いて真下に回り、下段から跳ね上がる。

 それを見て、カズヤはニヤリと笑みを浮かべる。

「悪いな、ワン公。何故だか知らないが俺は勘が良くってな、今まで一度も選択問題をハズした事がないんだよっ!」

 そう言って彼の放った《バーチカル》が、自身に迫りくる野太刀を叩き落とす。
 その強烈な一撃に耐えられなかったのか、イルファングが自らの得物を取り落とファンブルした。

 得物を失い、反撃の手段をなくしたイルファングへ一気呵成に攻め込もうとしたカズヤは、けれど相手が上体を反らして《雄叫び》のモーションに入ろうとしているのを見て、不快げに鼻を鳴らした。

「苦し紛れか、そう言うルーチンが組み込まれているのかは知らないが… 同じ手に、二度も引っかかるわきゃねぇだろぉがよぉっ!!」

 そしてカズヤは、剣を右肩に担ぐように構えて、左足で思い切り踏み切る。

 片手剣突進技、《ソニックリープ》。
 同じ突進技である《レイジスパイク》よりは射程が短いものの、軌道を上空にも向けられるという特徴を持つソードスキルである。
 本来の敏捷力では考えられない加速がカズヤの背中を叩き、彼の身体を斜め上空へと砲弾のように跳び上がらせた。
 そして、《雄叫び》のモーションに入っていたイルファングの顔面を下から切り上げる。

 更に、剣技によって加速した勢いをそのまま利用してイルファングの頭上を飛び越え、背後に着地。

「おおおおぉぉぉーーーーーっ!!!」

 次いで、裂帛の気合と共に振り向きざま片手剣二連撃技《ホリゾンタル・アーク》で背面を二度斬りつけ、《クイックチェンジ》。
 そして、止めとばかりに片手剣二連撃《バーチカル・アーク》で、右肩口から左肩口までV字の軌跡を描きながら斬り裂く。

 モーションキャンセルのヘッドアタックに続き、痛烈な四連撃をバックアタック補正込みで叩きつけられ、ついにイルファングのHPゲージが全て消失した。

 直後、イルファングの巨躯が力を失い、ガタンという音を立てて膝をつく。

 ―― オオォォォーーーーー……

 そして、イルファングがオオカミに似たその顔を天へと向けて、細く高く吼えた。
 同時に、その身体にピシッと音を立てて無数のひびが入る。

 そして、アインクラッド第一層フロアボス、《イルファング・ザ・コボルトロード》は、幾千幾万の硝子片となり盛大に爆散した。

 カズヤは、誇り高きコボルト王のその散り様を、いつまでも見詰め続けていた。


【 Congratulations !  Winner is KAZUYA !! 】


 紫色のシステムメッセージだけが、単独でのフロアボス撃破という快挙を成し遂げた彼を祝福するかのように瞬いていた。




  *    *    *




「勝った、な…」

 コボルト王の最後を見届けた体勢のままボス部屋の真ん中で突っ立っていた俺は、誰にともなくつぶやいた。

 その直後、緊張の糸が切れてしまったのか、足腰に力が入らなくなり俺はドサリと音を立ててその場に座り込んだ。
 そのまま両足を投げ出し、後ろ手をついて天を仰ぐ。

「はっ、はははっ…
 はぁ~… なんていうか、もう本気で疲れたわ」

 それこそ、俺が生身だったら脳の神経の一本か二本くらい、焼き切れていてもおかしくないほどに。
 同じ事をもう一度やれと言われても、絶対に無理だ。次は確実に死ねる自信がある。
 こんな無茶をやらかすのはもうこれっきりにしようと、俺は心に固く誓うのだった。

「にしても、本気でボロボロだな、俺…」

 そんな事をぼやきながら、今の自身の姿を見下ろして、思わず苦笑を浮かべる。

 愛剣のアニールブレードは刃毀れだらけで、耐久度は限界ギリギリ。
 もしも、あと数合打ち合っていたら、それこそ武器消失アームロストしていたかもしれないくらいだ。
 あの状況で武器消失とか、マジ笑えない。良くぞ持ち堪えてくれたと、感謝の意をこめて俺は愛剣を軽くなでる。

 次いで防具はといえば、こちらもまた見るも無残な有様だった。
 いつの間にやら、ハードレザージャケットが耐久限界を迎えて消失ロストしていたようで、インナーがむき出しの状態になっていた。
 おまけに、そのインナーに関しても、ボロボロのヨレヨレである。
 まぁ、何が原因かと言えば… まず、間違いなくあのスキルラッシュだろう。
 というか、あんなのをまともにくらってよく生きていられたもんだな、俺。

 まさに奇跡、か… 本当にギリギリの勝利だった。
 特に、最後のアレには、もう本気で肝を冷やされた。
 あのタイミングでまさかの操作ミス。
 もしもあの時、一手でも対処を間違えていたら、この場に立っていたのは俺じゃなくてヤツだったに違いないだろう。

 けれど、“もしも”は“もしも”でしかない。 ―― 勝ったのは俺だ。


「にしたって、ここまでやって、ようやっと百分の一なんだよなぁ…
 つか、割に合わないだろ、コレ… いやマジで」

 こんなのがまだ、九十九回も残っているかと思うと、心底、憂鬱な気分になってくる。

 まあ、アレだ。
 全体から見れば小さな一歩だが、SAOプレイヤーにとっては偉大な一歩であるとか、そんな風に思っておけばいいよ、たぶん。

 それに、全てのフロアボス攻略戦に俺が参加しなきゃならない必要なんてないだろうしさ。
 つか、フロアボスと一騎打ちする機会なんて早々あるもんじゃないだろうしさ。
 何より、バカ正直に百層まで付き合う必要もない訳だけだしさ。


 何はともあれ、この段階で第一層を攻略できたのはかなり大きな意味を持つだろう。
 なにせ、原作では一ヶ月かかったのを、半分の二週間に短縮したんだから、各所にいろいろな影響が出るのは間違いない。

 そもそも、俺とリーファというイレギュラーが入った事により起こった齟齬が、一体どれほどのものになるのかすら予想がつかないのだし。

 幾人かの死んでいたハズの人間が生き残る代わりに、原作よりもレベルが低い状態で第二層に挑む。
 それが、吉と出るか凶と出るかは、神の身ならぬ俺には知る由もない。

 原作では、まる二年という時間をかけ約四千人もの犠牲者を出した末にクリアされたこのゲームが、この世界ではどのような結末を迎えるのか…
 そんな事は、ゲームマスターである茅場晶彦にだって分かりはしないだろう。

 今の俺にできる事と言えば、一プレイヤーとしてこのゲームのクリアを目指して進む事だけだ。
 一秒でも短く、一人でも少なく。より良い未来を目指して。

 別に、俺にキリトさんの代わりが務まるだなんて思い上がった事をいうつもりはない。
 けれど、彼のいないこの世界では、たぶん俺が動かなければゲームがクリアされる事はないだろう。
 だったら、俺がやるしかないじゃないか。

 役者不足だなんて事は、とっくの昔に理解している。だけど、それでもやらなきゃならない時がある。
 力不足を嘆いている暇なんて、もう一秒だってありはしない。そんな暇があるのなら、レベルを上げる努力をしろ。
 俺の力が根本的に足りないと言うのなら、余所から持ってくればいい。
 全てを一人でやらなければならない必要もなければ理由もないのだ。だから、利用できるものは、なんだって利用すればいい。
 カンニングだろうが、チートだろうが、悪知恵だろうが気にしない。
 泥臭くとも、意地汚くとも、卑怯卑劣と罵られようとも、俺は絶対に生き残って必ずこのゲームをクリアしてやる。

「……だから、せいぜい首を洗って待っていろよ、茅場晶彦」

 きっとどこかで、こちらの様子をうかがっているであろうあの男へ向けて、俺は宣戦を布告した。



「……ん?」

 と、ボス部屋の入り口の方から駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
 リーファか? と思った次の瞬間 ――

「―― ぅおっと!?」

 いきなり飛びつかれて押し倒されそうになった。
 体勢的にかなり危うかったが、根性でなんとか持ち堪える。
 もしも、このとき俺が後ろ手をついていなければ、なす術なく彼女に押し倒され、固い地面に後頭部を強打し、床の上を転げまわっていた事だろう。

 ……まあ、嘘だけど。
 ペイン・アブソーバがあるから、たとえ後頭部を強打したってそこまで大げさな痛みは感じません。

 だがまあ、痛くはなくともダメージになっていた可能性はあったわけで…
 下手をすれば、残り少ないHPを削り切りかねなかったというのは事実。
 なので俺は、下手人に対して軽く文句を言ってやる事にした。

「おい、勘弁してくれよリーファ。俺のHPはまだレッドなんだぞ。妹に押し倒されて死亡とか、そんなの笑い話にもならないだろうが」

 そんな俺の軽口に、けれどリーファからは反応が返ってこなかった。

「……ん? リーファ? おい、どうかしたのか?」

 ここへ来てようやく俺は、彼女の様子がおかしい事に気づく。

 俺の首に手を回しヒシッと抱きついているリーファの身体が、小刻みに震えていた。
 そして、耳元では彼女の口からしゃくりあげるような嗚咽が聞こえていた。

「もしかして、お前、……泣いてるのか?」

 俺はやや戸惑いながら、リーファに問いかける。

 すると ――

「―― バカッ!!」

 肩に手を乗せ、グイと身を起こしたリーファが、開口一番罵声を浴びせてきた。

「死んじゃったかと、思った…」

「……リーファ?」

「あた、し… お兄ちゃんが、本当に死んじゃったんじゃないかって、思ったんだからっ…!」

「…………」

 大粒の涙をこぼしながらこちらをにらんでくるリーファに気圧され、俺は思わず口をつぐむ。

「どう、して? なんで? 大丈夫だって言ってたじゃん! 危険はないって言ってたじゃん!
 なのに、なんでだよぉ…」

 なじる様に責め立ててくる彼女に、返す言葉が見つからなかった。
 自分の力を過信していたつもりは毛頭なかったけど、多分に楽観視していた事もまた事実だったからだ。

「ヤダぁ… ヤダよぉ… 死んじゃ、ヤダっ… いなくなっちゃ、ヤダっ…!」

 そして、その楽観が油断を生み… 結果、俺は死にかけるハメになった。

「あたしを、一人に、しないでぇ…」

 いつかの様に泣きじゃくる妹を前に、俺はただ彼女を引き寄せ、抱きしめてあげる事しかできなかった。
 胸にすがりつき、一人にしないでと繰り返すリーファの背に手を回し、彼女を強く抱きしめる。

「ごめん。悪い、すまない、許せ」

「うぅ… ばかぁ…」

 そう謝りながら、俺の胸に顔をうずめるリーファの頭を軽くなでつける。

「でも、生きてる。俺は生きてるよ、リーファ」

「……おにぃ?」

「だから大丈夫だ、心配いらない。俺はどこにも行かないし、お前を独りぼっちになんかしない」

 自身の不甲斐なさに歯噛みしながら、俺は今一度、自らに誓いを立てる。

「約束しよう。……賭けてもいい」

 俺は、もう二度と生を諦めたりはしない。
 腕の中にいるこの子を、決して手放したりはしない、と ――


 ………………


 その後しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したリーファに、俺はストレージから取り出して実体化させた“それ”を差し出した。

「えっと… これは、何?」

 手に持つ“それ”と俺の顔を交互に見ながら訊いてくる彼女に、俺は苦笑を浮かべながら答える。

「まぁ、あれだ。今回不安にさせちまったお詫び、みたいなもんかな」

「お、おぉ… お詫びなんて、お兄ちゃんにしてはずいぶんと気が利くじゃん」

「うっせ! なんだ、コラ。いらないんなら、それ返せ!」

「えへへっ、やーだよー」

 いつまでも尾を引くような性格をしているリーファじゃないけれど、今回は全面的に俺が悪いという事もあり、ご機嫌取りの一つでもしておこうかと思い立った次第である。
 なのでここはとりあえず、『女性のご機嫌取りをするなら、まずは贈り物』という親父殿のありがたい教えを実践してみたのだ。

 こうして嬉しそうに笑ってる彼女の顔を見る限り、どうやら親父殿の教えは間違っていなかったようである。

「……でも、お兄ちゃん。こんなのいつの間に買ってたの? あたし、お兄ちゃんがこんなの持ってたなんて知らなかったよ?」

「そりゃそうだろ。だってそれ、さっきのボスの撃破報酬でもらったもんだし」

「ふ~ん… ―― って、はぃっ!?」

 俺から手渡された“それ”を、矯めつ眇めつ眺めていたリーファが発したその疑問に俺が軽い感じで答えると、いきなり彼女が素っ頓狂な声を上げてきた。

「うえぇっ!? ボ、ボス撃破報酬って… それ、ものすごいレアものなんじゃないの? あたしがもらっちゃっていいの?」

 などと言って、目を白黒させながらアワアワしている妹の頭を、なだめる様にポンポンと叩く。

「いやまあ、レアっちゃレアだけど… 別にそこまで気にするようなもんじゃないって」

 とかなんとか口では言いつつも、その実、“ものすごいレアもの”どころの話じゃなかったりする。
 なにせ“それ”は、他のゲームならそれほどでもないのだが、SAO内で考えればとんでもなく有用な能力を持っているものなのだから…

「……そうなの?」

「応ともさ。……それとも、このお兄様の言葉が信じられないと?」

 だが、俺はそんな事などおくびにも出さず、いまだに納得いかなげな顔をしているリーファに鷹揚にうなずき返した。

「そ、そういう訳じゃないんだけど…」

「なんだなんだ、そんな遠慮すんなって、らしくないぞ。なんだったら俺がつけてやろうか?」

「……へ? え、えぇーーっ!?」

「ほれ、貸してみろ」

「―― ちょ、まっ!?」

 そう言って俺がリーファから“それ”をとって首の裏側に腕を回すと、なぜか彼女は金縛りにでも遭ったかのように硬直するのだった。

「ままま、待ってよ、おにぃ! 顔、近いって! 顔がっ!」

「はぁ? 今更そんなん気にするような仲でもないだろうが。もうちょっとで終わるから我慢しろ」

「が、我慢しろって言われても…!? あ、あわっ… あわわわっ…」

 何やらあわあわ言っているリーファを無視して、俺は“それ”を彼女の首に巻きつける。

「よっしゃ、これでOK。あとで装備フィギュアにセットするのを忘れるなよ? つけてるだけじゃ、効果は反映されないからな」

 そう言ってリーファを開放すると、何故か彼女はその場に両手をついてガックリとうな垂れる。

「お、乙女の純情をなんだとっ… おにぃのバカっ… アホっ… 鈍感魔神っ… 朴念仁っ…」

 そして、何やらぶつぶつと言いながら地面を殴りだす。
 いきなり奇行に走り出した妹の姿に、若干ビビりつつ俺は首をかしげる。

 一体、何があったし…

「というか、他人の事に関しては必要以上に鋭いクセに、自分が絡むと途端にからっきしになるってなんなの?
 キャラ作り? わざとか、わざとなのかっ!? ハーレムものの鈍感系主人公気取りかっ!?」

 ……いやまぁ、なんだ。
 よくわからんが、女子には意味もなく地面を殴りたくなるようなときがあるのだろう。きっと、たぶん、めいびー…
 理解のある兄としては、ここは見て見ぬフリをしつつそっとしておいてやるのがせめてもの情けだろう。

 という訳で、なにやら御乱心中の妹が落ち着くのを、俺はやや離れた場所から見守る事にした。


「はぁ… なんていうか、お兄ちゃんに乙女心を理解しろって言うのが、ドダイ無理な話だったんだよね」

 と、しばしのち、我に返った様子のリーファが盛大にため息をついてきた。

「おい待て、妹よ。その件に関しては、全くもって否定できる気がしないのは事実なんだが…
 目の前でそこまであからさまにため息をつかれると、さすがの兄でも結構傷つくぞ」

「むしろ、お兄ちゃんはもっともっと傷つけばいいと思よ。……この妹殺し」

「―― なぜにっ!? ていうか、妹殺しって何っ!?」

「そんな事はどうでもいいんだよ。
 ていうかお兄ちゃんは、もっともっと乙女心について学ぶべきだと思う。主に、あたしのために。
 他所の女の子にも気軽にこんな事してるんじゃないかと思うと、あたしは気が気でなりません。

 ……えっと、やってない、よね?」

 おずおずといった様子で訊ねてくるリーファに、俺は眉根を寄せながら答えた。

「お前の言う“こんな事”ってのがどんな事を指してるのか知らんが…
 そもそも、リアルにはお前と母さん以外に異性の知り合いなんていない件。
 ていうか、むしろ同性の知り合いすらいない件。……いない件っ」

 べ、別に悔しくなんてないんだからねっ!
 俺にはネットがあるもん! ネットでなら俺はヒーローだもん!

 ……あれ、おかしいな? なんだか、視界がぼやけてきたぞ…?

「……あぁ、うん。そう言えばそうだったね。お兄ちゃんはそういう人だったね、うん」

 ひとのトラウマを盛大にえぐっておいて、なぜか呆れ顔になる我が妹。 ―― テメェの血は何色だ。

「あっ、そうだ! せっかくお兄ちゃんにつけてもらったんだし、早速装備しよっと」

 そして、あからさまに話を変える我が妹。

 ……いやまあ、ね? いいんだけどね? 別に、気にしてないし? ……くすん

 などと考えながら、俺はリーファが装備フィギュアを開いて“それ”を装備するのを眺めていた。


 俺がリーファにプレゼントした“それ”の名前は、《チョーカー・オブ・ファング》。
 見た目は牙を模したトップのつけられたチョーカーで、“一度だけ致死ダメージを無効化する”という能力を持ったアクセサリーだ。

 まあ、一言でいえば、この手のRPGではお決まりの身代わりアクセサリーである。
 身代わり以外の効果がないので、普通のゲームでならばステータス上昇効果のあるものよりも重要度の劣る、あれば嬉しいけどなくても特に困らない木っ端アクセサリー扱いが関の山なんだろうが…

 ―― しかし、これが一度でも死んだら終わりのデスゲームとなると、その価値は180度ひっくり返る。

 何せ、一度だけとは言え“死”から逃れる事ができるのだから、その価値は計り知れないだろう。
 金で命が買えるのならば、それをためらう者などいないだろうからな。
 それこそ、“殺してでも奪い取る”とか言い出すヤツが出てきても不思議じゃないレベルだ。
 まあ、本当に殺した場合、目的のアクセサリーがロストしちゃうんだから何の意味もないんだけどさ。

 とはいえ、無駄に波風を立たせる必要はないので、このアクセサリーの効果内容を誰かに言うつもりはない。
 それに、普通に考えればあり得ないのだけれど、頭のオカシイヤツというのはどこにだっているものだ。
 そういったヤツらに粘着されるのは、精神衛生上よろしくない。
 身を守るための装備の所為で身を危険にさらすなんて、本末転倒もいいところだからな。


「……そう言えば」

 メニュー操作を終えたリーファが、ふと顔を上げてもらした。

「あたし、お兄ちゃんからこういうのプレゼントされたのって初めてかもしれない」

「ん? あぁ~、そう言えばそうだな」

 リーファのその一言に、俺もうなずき返す。

 俺からリーファにプレゼントするものなんてのは、基本は食い物。
 あとはまぁ、誕生日に手作りの小物やらぬいぐるみやら人形やらを贈ったくらいか。
 服だのアクセサリーだのをプレゼントした事はない。

 ていうか、小学生相手にそういったものをプレゼントするという発想自体、俺にはなかった。
 だって、この年頃なら普通、男も女も関係なく色気よりも食気が優先されるだろ。
 そもそも、小学生の妹の誕生日に服やらアクセやらを贈る兄とか、どんだけマセてるんだよ。違和感バリバリじゃん。

 ……なんて思ってしまうのは、俺の中の人がおっさんだからなのだろうか?
 むしろ、最近の若い子の間では、服を贈り合うのが普通だったりするのか?

 ……う~ん、どうなんだろ? 同世代の子の感覚が俺には理解できん。 ―― 基本、ボッチですからねっ!!

 などと自分の同世代の者とのジェネレーションギャップについて考えていると、リーファがツンツンと俺をつついてきた。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん」

「あん?」

「ど、どうかな? コレ、似合ってるかな?」

 そう言って、期待のこもった熱い視線を向けてくるリーファ。

 ……ふむ。
 妹からそんな視線を向けられたのならば…
 妹を溺愛している兄としては、その期待に応えない訳にはいくまいっ!

 だから俺は、リーファの質問に親指を立てながらこう答えた。

「バッチリ似合ってる。すっげぇ可愛いよ」

 ……いやまぁ、似合ってるのはマジだけどな。
 なにせ、ウチの妹は何を身につけても可愛い。異論は認めない。
 文句があるヤツは、どっからでもかかって来いやっ! 戦争だっ!!

「―― にゃっ!?」

 と、俺の答えを聞いたリーファが、ボッとでも音が鳴りそうな勢いで顔を赤くした。

 うぉっ!?
 すげぇ、さすがはVR世界… リアクションが派手で、実にわかりやすいな。
 つか、こういう感情の動きってどうやって判断してるんだろ?
 カデ子さんが脳波の変化とかを監視でもしてるのだろうか?

「~~~っ!! お、おにぃっ! いつまでもこんなところで油売ってないで、さっさと次に進もうよっ!!」

 俺がそんな事を考えていると、顔を真っ赤にした彼女がクルリと背を向け、第二層へつながる扉へと向い歩き出した。

「……あいよ」

 まったく、自分から訊いてきたくせに、それで恥ずかしがってるんだから世話がない。

 そんな妹のリアクションに苦笑を返しながら、俺は彼女のあとを追いかけた。


 そして、ずんずん進んでいるリーファに追いつき、横目で彼女の様子を探ると ――

 リーファは、にやにやした顔で首に巻かれたチョーカーのトップをいじっていた。

 ふむ… たかがプレゼント一つでここまで上機嫌になるとは…
 我が妹ながら、チョロイというかなんというか。
 思わず、泣いたカラスがなんとやら、なんて言葉を思い出してしまった。

 と、俺の視線に気づいたのか、リーファがちらりと視線だけをこちらに向けて一瞥した。

 そして ――

「……お兄ちゃん、ありがと」

 ぼそりと、聞こえるか聞こえないかの声でそうつぶやいた。
 だから俺は、耳の先まで赤くしている彼女に向けて微笑み、こう返した。

「どーいたしまして」




  *    *    *




 ―― 第一層のフロアボス撃破。

 その吉報は、瞬く間に第一層中を駆け巡った。

 その事実は、いまだ《はじまりの街》に引きこもる多くの者たちに明日への希望を、街を飛び出し迷宮区を目指し戦っていた者たちに多大な驚愕を与えた。
 そして、ごく一部の者が、「あのバカめ」とつぶやいた。

 デスゲームが開始されてから二週間が経過した今も、現実世界からのアクションが何もないという事実を前に絶望していた多くの人々が、歓喜した。
 いつかこのゲームをクリアできるかもしれないと、誰もが希望を抱いた。
 外部からの救出と言う希望の絶たれた今でも、まだ自分たちが助かる可能性はあるのだ。

 その日から、ゲーム内の雰囲気が少しずつ変わっていった。
 絶望感漂う暗くふさぎ込んだものから、希望を抱いた前向きなものへ。

 例えそれが、どれだけか細い藁のようなものだったとしても、希望があるのならば人はどこでだって生きていけるのだ。

 けれど、そんな雰囲気の変化に真っ向から対峙しようとする者も、またいた ――


 ……………


 そこは、はじまりの街のとある宿屋の一室。
 大した広さもないその室内の、その床面積の半分近くをふさいでいるベッドの上で、一人の少女が膝を抱えてうずくまっていた。


 ―― 第一層のフロアボスが倒されたらしい。

 初めてその話を耳にした時、一番最初に思ったのは「だからなに?」という一言だった。

 だってそうじゃない。たかだか、百分の一歩進んだだけで、他に何を思えというの?

 だからこそわたしは、今のこの街全体に広がっている、妙に浮足だったかのような雰囲気が気に入らない。

 そもそも、一層突破するのに二週間かかるというのなら、百層すべてを攻略するのには単純計算で四年近くかかる事になる。
 つまり、たとえゲームがクリアされてこの世界から解放されたとしても、それは四年も後の話。

 そんな状態で現実世界に帰れたとして、一体何になるというの?
 それとも、今外で騒いでいる連中は、そんな簡単な事にも気づけないほどバカなの?

 だいたい、玉手箱を開けてしまった浦島太郎が、その後、幸せな余生を送れたなどと思う人間がどれほどいる?
 そんな人間、いるハズがない。
 そして、それと同じ事が今のわたしたちにも言える。

 仮に、このゲームをクリアできて、現実世界に帰還できたとして。
 けれど、ゲームの中で無為に過ごした四年もの時間を、わたしたちは一体どうやって取り戻せばいいというの?

 そんな方法など、どこにもありはしない。過ぎ去ってしまった時間は、決して戻ってきたりはしないのだから…

 故にわたしたちは、“四年分の遅れ”という重荷を背負いながら、その後の人生を生きていかなければならない。
 あいにくと、人生というものは、物語と違ってバッドエンドだからそこでお仕舞い、という事にはならないのだ。


 最悪だ… 最悪だっ… 最悪だっ…!

 あの時わたしは、どうしてあんな気まぐれを起こしたのだろう?
 なぜあの時、わたしは自分のものですらない新品のゲーム機なんかに手を伸ばしてしまったのだろう?

 それは、この世界に囚われて以来、何百何千と繰り返してきた自問だった。

 もともと、このゲームを購入したのは自分ではなく年の離れた兄だった。
 けれど、その兄はゲームの正式サービスが開始されるまさにその日に海外へ出張する事になってしまったのだ。

 最初は、単なる好奇心だったと思う。
 あるいは、巷で話題になっているVRMMOというものに触れて、エゴイスティックな優越感に浸りたかったなんて思いがあったのかもしれない。

 けれど、それは致命的な間違いだった。
 そして、それに気づいた時には、もう何もかもが手遅れになっていた。

 あの日、わたしは全てを失った。

 思えば、わたしの十五年の人生は、戦いの連続だった。
 幼稚園の入園試験に始まり、これまで大小様々な試練を乗り越えてきた。
 両親の期待に背いた事など、一度たりともなかった。
 一度でも敗れれば、自分は無価値な人間になると思い定めた上で、その全てに勝ち続けてきた。

 けれど、そんな風にしてこれまで重ねてきた努力も勝利も、その全てが今は無価値な物に成り下がってしまった。

 ―― 人生の脱落者。今のわたしは、まさにそれだった。


 二週間、待った。
 わたしはこの二週間、ほんのわずかな希望にすがりながら待ち続けてきた。

 けれど、現実世界からのアクションはいまだ皆無。
 そしてたぶん、もうこれ以上いくら待ったとしても、その結果が変わる事はないだろう。

 なぜなら、ここまでなんの反応もないという事はつまり、このふざけた世界を作り出したあの男の方が、警察よりも上手だったという事に他ならないからだ。
 もっとも、だからと言って警察を責めるつもりもない。
 何せ、相手は一万もの人質の命を握っている凶悪犯だ、それは警察だって慎重にならざるを得ないだろう。
 人質を殺されてしまっては元も子もないのだ。軽率な事などできようハズもない。

 以上から、外部からの救出と言うわたしたちにとって唯一無二の救済は、期待できない。

 ならば ――
 わたしたちに残された選択肢は、“ゲームの中で死ぬ”か“現実に戻って死んだように生きる”かの二つしかない。

 だったら、わたしは前者を選ぶ。バッドエンドを迎えた後の人生なんて、まっぴらごめんだ。

 わたしは、このゲームに、この世界に、そして何よりあんな訳の分からない男なんかに負けたくない。
 屈する事など、わたしの矜持が許さない。
 わたしが終わるその瞬間まで、わたしはわたしのままで在り続けたい。

 ―― だから、街を出よう。

 こんなところで膝を抱えていたって、助けがくる事などあり得ない。
 だったら、己の能力全てを振りしぼって、学び、鍛え、戦おう。
 その果てに力尽きて倒れるのならば、少なくとも、過去の気まぐれを悔んだり、失われた未来を惜しんだりはしなくてすむハズだから。



 故に、走れ。突き進め。そして消えろ。

 あたかも、大気に焼かれて燃え尽きる、一瞬の流星のように ――





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 ―― アインクラッド第一層編・完

 初っ端から超展開、キタコレーーー!!


 と言う訳で、怒涛の第5話後編をお送りしました

 待ってくれていた方には、ずいぶんとお待たせして申し訳ありません


 第一層のフロアボスを撃破し、二層へと歩を進めた二人っ!
 そして、ついに動き出した謎の少女Aっ!
 二週間もの時間を短縮した結果が、吉と出るか凶と出るかっ!
 その答えは ――

 アインクラッド第二層編へ続くっ!!



 感想返しは、感想掲示板の[271]へ










――― おまけ

< 設定のノート ~ チラシの裏 ~ >

○ クエストのランク
 《限定ユニーククエスト》:ゲーム内で一人しか達成する事のできないクエスト
 《個別エクストラクエスト》:各個々人が一度しか達成する事のできないクエスト
 《汎用コモンクエスト》:いつでも誰でも何度でも達成する事のできるクエスト


○ スキル
 ・武器スキルは初期スキルやら熟練度解放スキルやらの設定が曖昧でワケわかんなかったので、武器スキルの熟練度によって解放される派生スキルはなしという方向で
 ・それに伴い、両手剣スキルや細剣スキルは最初から習得可能
 ・カタナスキルは、体術スキルと同様エクストラクエストをクリアする事で習得
 ・エクストラスキルは通常のスキルとは別扱いで、スキルスロットを消費しない
 ・生産系のスキルも設定が錯綜していてよく分からなかったので以下のように捏造

 ―― 《鍛冶》:金属装備補修、金属装備強化、金属精製ができるようになる
      《斬撃武器作成》:鍛冶の派生スキル 斬撃属性の武器を作成できるようになる
      《刺突武器作成》:鍛冶の派生スキル 刺突属性の武器を作成できるようになる
      《打撃武器作成》:鍛冶の派生スキル 打撃属性の武器を作成できるようになる
      《貫通武器作成》:鍛冶の派生スキル 貫通属性の武器を作成できるようになる
      《軽金属鎧作成》:鍛冶の派生スキル 軽金属属性の防具を作成できるようになる
      《重金属鎧作成》:鍛冶の派生スキル 重金属属性の防具を作成できるようになる

 ―― 《裁縫》:布・革装備作成、布・革装備補修、布・革装備強化ができるようになる

 ―― 《細工》:装飾装備作成、装飾装備補修、装飾装備強化ができるようになる


○ カズヤの使ったシステム外スキル
 《武装転換ソードスイッチ》:メニューを表示したままにしておき、ソードスキル発動中にスキルmod《クイックチェンジ》を用いて装備を換装する
 《硬直破棄ディレイキャンセル》:《武装転換》を用いる事で、本来ならば発生するハズの技後硬直ポストモーションを省略する
 《剣技連携スキルコネクト》:《武装転換》と《硬直破棄》を組み合わせる事で、本来ならば連携する事のできないソードスキルを連続で繰り出す




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