《はじまりの街》を後にした俺たち二人は、草原を全速力で駆け抜け、深い森を慎重に分け入って、《ホルンカの村》へと辿り着いた。
村に着いた俺たちは、すぐさま武器屋へ向かった。
そしてそこで、クラインと共に狩りをしていた時に手に入れた素材アイテムなどをまとめて売り払い、装備を整える事にした。
まず防具は、ほとんど防御力のない初期装備である麻のシャツから、そこそこ防御力のある革のハーフコートに替えた。
本当だったら、リーファにはレザーコートよりも多少防御力の高い革鎧の方を装備させたかったのだが、懐事情的な理由により断念せざるを得なかった。
もっとも、『おそろい!』だの、『ペアルック!』だの騒いで喜んでいるリーファの姿を見ていると、仮に革鎧を買えたとしても素直に装備してくれたかどうかは定かではない…
次に武器だが、こちらに関しては買い替えるつもりはない。
というか、この村の武器屋には片手直剣である《ブロンズソード》しか売っていないので、両手剣使いのリーファはそもそも武器を買い替える事ができない。
それに、この村で受ける事のできるクエストの報酬で、《ブロンズソード》よりも強い片手直剣を手に入れる事ができるので、正直買い替える必要なんてないのだ。
武器屋での用事を済ませた俺たちは、次に隣にある道具屋に向かい、そこで所持金の許す限りポーションを買い込んだ。
そして最後に、村の奥にある一軒家に向かい、そこで先ほど言っていた報酬で片手剣を入手できるクエストを引き受ける。
以上で、村での用事を全て終えた俺たちは、クエストのキーアイテムである《リトルネペントの胚珠》を求めて、森の中にあるリトルネペントの群生地帯へと向かったのだった。
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第4話 なんかいろいろとはじまってしまった日
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「―― 見つけたっ!」
索敵範囲内に現れたリトルネペントへ向かい、俺はダッシュで近づいていく。
木々の間をすり抜けて、ついに視認可能な距離にまで近づいた時、相手も接近する俺に気づいたようで、二本のツルを威嚇するように高々と掲げていた。
けれど、俺はそんな相手の反応にも構う事なく、そのままの速度で突き進んでいく。
俺が相手の攻撃範囲内に入った瞬間、奇声を上げながらネペントが右のツルを俺めがけて振るってきた。
それを確認した俺は、慌てず騒がずツタの動きに注目し、その軌道を見切る。
そして、身をかがめる事でツタの一撃をやり過ごし、そのままの勢いでヤツの懐へと飛び込んだ。
「せぃっ!!」
懐に入り込んだ瞬間、俺は擦れ違い様にネペントの弱点である胴体部と脚部のつなぎ目に、ブーストをかけたソードスキルをたたき込む。
手応えは十分。見れば、満タンだったネペントのHPバーはその7割ほどが削られ、残り3割程度にまで減っている。
そして、俺の攻撃を受けたネペントは、スタン状態に陥りこそしなかったものの、大ダメージを受けた影響で大きくのけ反っていた。
その隙を見逃す事なく、後から追いついてきたリーファがネペントにトドメの一撃を加える。
「やぁっ!!」
リーファの繰り出したソードスキルが残った3割を削りとり、ネペントがポリゴン片へ爆散する。
接敵から撃破までの時間は実に十数秒。まさしく秒殺である。
乱獲どころか、POP枯渇なんて言葉が笑い話じゃすまないレベルの狩り効率であった。
「よし、次っ!」
だが俺は、勝利の余韻に浸る間もなく再び索敵範囲内を精査し、次の獲物の動向を探るのだった。
ホルンカの西の森に来てからずっと、こんな風に2確でネペント乱獲してる俺たちだけど…
信じられるかい? 相方であるウチの妹、別にベータテスターでも何でもないんだぜ?
リーファが足手まといになるだなんて、誰が言った?
足手まといなんて、滅相もない。この妹は、やはりとんでもないバトルジャンキーでした。
そしてそれは、デスゲームの開始が宣言された今でも全く変わりありませんでした。
ていうか、戦闘では常に自分の命がベットされているこの状況下で、初めてモンスターを見つけた時の反応が、欠片も尻込みする事なく自分から飛びかかっていくってどうなの?
その反応に、むしろ俺の方が驚いたわ。
おまけに、戦闘中俺が指示を出そうと呼びかけると、すぐに指示通りの反応をするんだ。 ……俺が指示を出す前に。
曰く、「なんか、顔見ればどうして欲しいのかがなんとなく分かる」とのこと。
―― ウチの妹は、エスパーか何かですか?
以心伝心やら、阿吽の呼吸なんて言葉があるけど、今のリーファはまさしくそんな状態だった。
おかげ様で、俺たちコンビの経験値効率は、ソロプレイのそれに匹敵するどころか凌駕すらしそうな勢いで爆走中なのであった。
この森にやって来てからおよそ10分ほどが経過し、俺たちは30体近い数のリトルネペントを屠っていた。
そして、その撃墜スコアは今まさに、一体分加算されようとしている。
「リーファっ!」
「―― うんっ!」
ターゲッティングしたリトルネペントが腐食液噴射の予備動作を行っているのを見取った俺が背後を走るリーファに呼びかければ、即座に了解の返事が返ってきた。
ネペントから腐食液が発射されるぎりぎりのタイミングを見極め、発射される直前に、俺が左へ、リーファが右へジャンプして回避。
そして、相手を挟み込むような立ち位置になった俺たちが同時に剣を振りかぶった。
―― 気合一閃。
「らぁっ!」
「やぁっ!」
俺たちの放ったソードスキルが、同時にリトルネペントの弱点に直撃。
ソードスキルのエフェクト光に輝く刀身が、ネペントの茎部に食い込む一瞬の手応えを感じた直後 ――
乾いた快音が響き、リトルネペントの胴体部が脚部から切り離されて宙を舞った。
満タンだったHPゲージが瞬時に赤く染まり、急速に減少していく。
そして、ゲージがゼロになったと同時に、リトルネペントの巨体が青く凍りつき、爆散した。
と同時に、軽やかなファンファーレが二重に鳴り響く。
そして、俺とリーファの身体が金色のライトエフェクトに包まれた。
どうやら、今のネペントで、俺たち二人の経験値がレベルアップ必要量に達したようだった。
突然の事態に驚き、目を白黒させているリーファの姿を見て、思わず苦笑。
「レベルアップおめでとう、リーファ」
「レベルアップ? これが?」
呆気にとられたような顔で訊ね返してきたリーファにうなずき返し、俺は剣を腰にはいていた鞘に収める。
そして、メニューからステータスウィンドを開き、加算されていたステータスアップポイントを全て筋力に振った。
「ねぇ、お兄ちゃん」
と、俺のメニュー操作を見て同じ事をしていたリーファが声をかけてきた。
「このステータスアップポイントって、筋力と敏捷力のどっちに振ればいいの?」
「筋力」
「全部?」
「全部」
「敏捷力の方には振らなくていいの?」
「ああ」
リーファの問いかけに、俺はうなずき返した。
とは言え、これは別に、筋力極にしろという訳でも、永遠に敏捷力を上げるなという訳でもない。
ただ、筋力は直接与ダメ被ダメに関係するステータスなので、短期的に生存力を高める場合、筋力だけを上げていった方のが効率がいいのだ。
故に、安全マージンであるレベル10になるまでは、ステータスアップは全て筋力に振るべし。
それ以降は、まあ、個人の自由でいいと思う。
というような事を一通りリーファに説明していると、背後からパンパンパンという手を叩く音が聞こえてきた。
その拍手の音に驚き、振り返ればそこにヤツがいた。
革鎧と円形盾を身につけ、俺と同じ初期装備のスモールソードを手にした、俺よりもやや身長の高い同年代ほどに見える少年。 ……確か、名前は《コペル》だったか。
原作で、キリトさんの覚醒に一役買った元ベータテスターであり、胚珠欲しさにキリトさんをMPKしようとして失敗した危険人物でもある少年だ。
同じ狩場で、同じモンスターを標的にして狩りを続けていれば、いずれは会う事もあるだろうとは思っていたけれど、まさかこんなにも早く出会う事になろうとは…
やっぱりこれ、絶対なんか働いてるよね? たぶん、大宇宙の大いなる意志的な何かがさ。
「何、今の二人技っ!? バッと散開したと思ったら、ネペントめがけてエックスぎりとか何それっ!? ソードスキルに連携技なんて実装されてなかったハズだよねっ!?」
なんて事を考えていたら、手を叩いていた少年がやや興奮した面持ちで俺の方へ詰め寄ってきた。
そんな少年の反応に圧倒され、俺は思わず一歩後退る。
「あ、あぁ、多分… 少なくとも、俺は連携技のソードスキルなんて知らないな。さっきのあれだって、ただ同時に攻撃しただけだし」
……というか、食いつき良すぎるだろ、コペル。
エックスぎりとか… まぁ、確かにそんな感じだったけど、またずいぶんと懐かしいもん持ち出してきたな、おい。
「だよね。 ……って事は、純粋にプレイヤースキルなのかぁ」
そんな俺の答えに、少年は感心したようにはぁと嘆息した。
「って、あぁ、いきなり不躾だったよね、ごめん」
呆気にとられている俺の姿を見て、我に返った様子の少年がバツの悪そうな顔で頭をかいた。
「まだ誰もいないと思っていたのに、既に先客がいた上、いきなりあんな場面を見せられて、思わず興奮しちゃったんだ」
そう言って、やや恥ずかしそうな顔で笑う少年。
「えっと、遅まきながら、レベルアップおめでとう。ずいぶんと早いんだね、てっきり僕が一番乗りかと思っていたけど」
「あぁ、まあ、な… あのチュートリアルが終わってから即行で来たから」
「なるほど、それじゃ敵わないのも納得だ」
俺の言葉にそう返すと、少年はあははと朗らかに笑った。
そんな少年の笑顔を見ながら、俺は内心で首をかしげる。
はて? コペルってこんな性格だったっけ?
正直、MPKの危険人物って印象しか残ってなくて、どんな性格だかほとんど覚えてないんだけど…
今のところ、見た感じ、ただのゲーム好きの好青年にしか見えない。 ……本当にこいつ、危険人物か?
「片手剣使いっていう事は、キミも受けているんだよね、《森の秘薬》クエ」
「あぁ、あれは俺たち片手剣使いにとって、必須のクエストだし」
そんな少年の問いかけに、俺は首を縦に振って答えた。
先の村で受ける事のできる《森の秘薬》クエストの報酬は《アニールブレード》という。
この片手剣は、しっかりと強化していけば三層の迷宮区辺りまで十分に使う事のできる優れものなのだ。
「なら、ここで会ったのも何かの縁だし。せっかくだから、クエ、協力してやらない?」
「へ?」
「って言おうと思ったんだけど… でも今の光景を見せられた後じゃ、完全に要らないお世話だよね。二人でネペントを2確できるなら、僕がいたって邪魔にしかならないだろうし。
それなら、むしろ別々にやった方のが効率は良い」
まあ、確かに。
超攻撃型の俺とリーファのコンビに、盾持ちバランス型のコペルが加わったとしても、狩り効率はさして上がる事はないだろう。
「まあ、今の調子で二人がガンガンネペントを乱獲し続けてくれれば、その分《花つき》の出現率も上がるだろうから、このクエスト意外に早くクリアできそうだね」
「いいや、そんな事しなくても、もっと手っ取り早くクリアする方法があるぞ」
「手っ取り早く?」
その俺の発言にキョトンとした顔を見せる少年をしり目に、俺はメニューを操作しアイテムストレージから“それ”を取り出す。
それを見た、少年が驚愕の声を上げる。
「《リトルネペントの胚珠》っ!? どうしてそれをっ!?」
「いや、この森に来て一番最初に戦ったのが《花つき》だったんだよ。で、そいつから出てきた」
「最初にって… ものすごいリアルラックだね、キミ」
そういってガックリと肩を落とす少年。
「って、そうじゃないよっ! 胚珠が出たんなら、どうしてクエストを達成させてないのさっ!?」
「どうしてって、そんな事したら胚珠が出なくなるだろ?」
「いや、それはまあ、そうなんだけど…」
「別に、スモールソードのままでも2確できてるし、わざわざ村に戻るのもめんどくさいじゃないか」
「そう、かなぁ?」
それに、俺の武器をアニールブレードに新調すると、まず間違いなく1確狩りになってしまうだろう。
そして、SAOでは、パーティの経験値分配率は戦闘での貢献度によって決定する事になっている。
つまり、俺が1確狩りなんて始めた日には、リーファに全く経験値が入らない事になってしまうのだ。
俺だけが強くなっても仕方がない。リーファを置いてきぼりにしてしまっては意味がない。
せっかくコンビを組んでるのだから、二人で強くなっていかないと。
「で、話は戻るんだけど、 ……あんたなら、いくら出す?」
「は?」
その俺の発言に、ポカンとした顔を返す少年。
「だから、あんたはこの《リトルネペントの胚珠》にいくら出すのかって訊いてるんだ」
「……あ、あぁっ! なるほど、そう言う事かっ!!」
呆けていた彼の顔に理解の色が広がる。
「あはっ… あはははっ あーっはっはっはっはっ!」
かと思ったら、少年は急に笑い出した。
「あぁ、なるほどなるほど。つまりそれが、キミたちのやり方なんだね。他人のいない今の内に集めておいて、需要が増えてきたら高く売り払う、と。《森の秘薬》クエの胚珠なら多少ふっかけたとしても、買う人はいるだろうしね。報酬のアニールブレードには、それだけの価値があるから。 ……なんともはや、実にらしいやり方だ」
ひとしきり声を上げて笑っていた少年は、笑い終えるとそんな事を言いながらニヤリと俺に笑いかけてきた。
その“らしい”という言葉にかかるのが、ネットゲーマーなのかベータテスターなのかは分からないが、どうやら俺の言葉の真意は十分彼に伝わったらしい。
もともと俺は、顔も知らない他人に配慮してやる気なんて毛頭ない。
けれど、犠牲にしたりするよりは、上手に利用する方のが旨味は大きいのも確か。
なにせ死んでしまったらそれきりだけど、生きていれば何度でも利用する事ができるのだから。
つまり何が言いたいのかと言えば、「MPK、ダメ絶対」。
「そうだね… うん、僕なら10k出すよ」
「10k、一万コルか… まあ、まだゲームが始まったばかりだし、そんなもんだろうな。 ―― OK、商談成立だ」
そう言って差し出した俺の手を、少年が握る。
「とは言っても、まだ10kなんて持ってはいないんだけどね」
「知ってる。まあ、ゆるりと貯めてくれればいいよ。 ……もっとも、10k貯まるよりも胚珠が出る方が早いだろうけどな」
「はははっ、確かに今の状況ならそうかもしれないね」
「なにはともあれ、10k貯まるか胚珠を出すかしたら一言メッセージを送ってくれ。俺の名前は、 ……《カズマ》。でもってこっちは《リーファ》だ」
「……カズ、マ? あれ、どこかで聞いた事がある様な…」
「ひ、人違いだろ。似たような名前なんていくらでもあるだろうし」
その名前を聞き、不思議そうに首をかしげる少年を見て、俺は慌てて誤魔化した。
ベータ時代、俺の名前は良くも悪くも、というか主に悪い意味で有名だった。
なにせ、わずか二ヶ月しかなかったテスト期間で二つ名がついたりしたくらいなのだから。
《狂人》、あるいは《変人》。それが俺につけられた二つ名だった。 ……イメージ、悪すぎんだろ。
まあ、正直なところ、命名理由は自業自得以外のなにものでもないんで、あまり文句も言えないんだけどさ…
……あぁ、SAOを始めたばかりの俺は、どうしてあんなにハッチャケてたんだろうか?
とっさに口をついた偽名にすら疑問を抱かれるとか、本名をそのまま伝えていたら一発でバレていたに違いない。
というか、一体どこまで広まってるんだよ、俺の悪名は。
「それもそうか。僕は《コペル》。よろしくね、カズマ、リーファ」
「あぁ、よろしくな、コペル。あっ、それと、メッセージはリーファの方に送ってくれないか? 俺の場合、送られてきた事に気づかないかもしれないからさ」
「え? ま、まあ、それは別に構わないけど…」
「じゃあ、すまないがそれで頼む」
どうやら上手い事誤魔化されてくれた様子の少年 ―― コペルに、俺はホッと胸をなで下ろした。
「っと、そうだな。ここで会ったのも何かの縁。お兄さんが、お前さんに良い事を教えてやろう」
「お、お兄さんって…」
正体がバレなかった事に気を良くした俺がそんな言うと、コペルは顔をひきつらせた。
そりゃまあ、こんなナリした俺にお兄さんだなんて言われても反応に困るだろう。
中の人的に考えれば、お兄さんどころかおっさん呼ばわりされても不思議じゃないんだけどなぁ
「まあ、聞けよ。《隠蔽》スキルってのは便利だけど万能じゃない。特に、視覚以外の感覚を持っているモンスター相手には効果が薄いんだ。たとえば、リトルネペントとかな」
「へ、へぇ… そうだったのか。知らなかったよ」
そんな俺の言葉に、別の意味で顔をひきつらせるコペル。
「それともう一つ、隠蔽スキルを使ったままプレイヤーに近づくのはマナー違反だ。特に今は、あのチュートリアルの所為で誰もがなにかしらピリピリしてるだろうから尚更に、な。最悪、PKと間違えられたって文句は言えないぞ?」
そう言って、隣に控えているリーファの方へ視線を向けた。
彼女は、コペルが現れてから今の今まで、剣を抜いてこそいないもののずっと臨戦態勢で彼の行動をつぶさに観察してたのだった。
それこそ、彼に少しでもおかしな挙動が見られれば、すぐにでも斬りかかれるようにと。
……つか、ウチの妹、この世界に適合するの早すぎだろ。本当、どうしてこうなった?
そんなリーファの様子を見たコペルは、降参するように軽く両手を上げて首を振った。
「忠告、心より感謝するよ」
「いえいえ、どういたしまして」
* * *
コペルと別れてからも、俺たちはネペントの乱獲を続けていた。
倒した数は、100を超えた辺りから数えるのを止めていたので正確なところはわからないが、その3倍くらいは軽くいっている事は間違いないだろう。
おかげ様で、《花つき》を倒した数も片手では収まらない数になっていたし、それと同じ数だけ胚珠も手に入れる事ができた。
あとついでに、コペルの方も胚珠の入手に成功したとのメッセージも送られてきた。
けれど、長時間乱獲し続けた代償として、少し前からネペントのPOPが追いつかなくなってきているようだった。
いわゆる、POP枯渇状態というヤツだろう。
そのおかげで、索敵するのに無駄に時間を取られるようになってきた上、俺たちのレベルもあれから2つ上がって4になっていた所為で、ネペント狩りの旨味自体が薄れてきていた。
―― そろそろ、潮時だな。
そう考えた俺は、リーファに声をかける。
「おい、リーファ。そろそろ村に戻ろう」
「ん、りょーかい」
俺の言葉にうなずき返してきたリーファを引き連れ、俺は一路、村へと戻る道を歩き始めた。
二人がかりの乱獲が功を奏したのか、その後、俺たちは一度もモンスターとエンカウントする事なく村に帰り着く事ができた。
時刻は、夜の九時。どうやら、あのチュートリアルからおよそ三時間ほどが経過していたようだった。
さすがにこれくらいの時間が経てば多少は心を落ち着ける事ができるようになったのか、村の広場には数名のプレイヤーの姿があった。
けれど、他のプレイヤーたちと楽しくおしゃべりをするという気分じゃなかった俺は、彼らに気づかれないように裏道を通って村の奥にある一軒家へと向かった。
目的地に辿り着いた俺たちは、すぐさま依頼人である奥さんに胚珠を手渡してクエストをクリアする。
そして受け取った剣をストレージに格納すると、俺は近くにあった椅子にどさっと腰を下ろした。
「どうかしたの、お兄ちゃん?」
そんな俺を見て、リーファは不思議そうな顔になった。
「クエストはクリアしたけど、イベントはまだもう少し続くんだよ」
「ふぅん?」
俺がそう答えると、首をかしげつつもリーファは俺の隣の椅子に座った。
しばらく二人で並んで、かまどの鍋を混ぜている奥さんの後姿を眺めていると、ふとリーファが口を開いた。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん? なんだ?」
「ここで死んだら、あたしたち、本当に現実でも死んじゃうのかな?」
「…………」
ポツリ、リーファの口からこぼれ落ちたその質問は、多分、今このゲーム内にいる全てのプレイヤーが抱えている疑問の一つだろう。
本来なら、もっと早い段階で訊かれてもおかしくなかったその問いかけ。
それが今になってようやく彼女の口をついて出たのは、一体どういう心境の変化だろうか。
あるいは、ただ単に今までそんな事を考える余裕がなかっただけなのかもしれない。
チュートリアル直後にはじまりの街を出て、危険なフィールドを抜けて村に辿り着いて、その後は延々とネペント狩り。
それはもう、常に緊張のしっぱなしで、気を抜く余裕もなかったハズだ。
と言うか、よくもまあ、こんな強行軍に素人のリーファがついてこれたものだと感心してしまう。
「さて、な… 多分、本当の意味でその答えを知っているのは、この状況を作り出した茅場晶彦本人か、あるいは実際に死んじまったプレイヤーだけだろうな」
「……そっか」
SAOがデスゲームになっているという事を、俺は原作知識から知ってはいるが、けれども果してそれがこの世界でも適応されているのかどうかは分からない。
あるいは、ゲーム中に死んだプレイヤーは、ナーヴギアに脳を破壊されるなんて事もなくゲームから解放され、現実世界へと戻っているのかもしれない。
けれどそれは、ゲーム内に囚われている俺たちには決して知る事のできない事だ。それこそ、実際に死んでみない事には…
「だけど、俺は死ぬつもりなんてないぞ」
「……お兄ちゃん?」
「そして、お前を死なせるつもりもない。絶対に守り抜いてみせる。 ―― 絶対に、だ」
「お兄、ちゃん…」
そう言って俺がリーファの手を握りしめると、彼女の方からも俺の手をキュッと握り返してきた。
「いつか、このゲームをクリアして現実世界に戻ったら、二人そろって母さんに“ただいま”って言うんだからな」
「そう、だね。きっと、そうしようよ。生き抜いて、二人で一緒にお母さんのところに帰ろう。お兄ちゃん」
そんな風に俺の言葉に同意しながら、リーファは俺の肩にコテンと頭を乗せてくるのだった。
そんなこんなで、ポツポツとリーファと会話をしていると、俺たちの視線の先で奥さんが棚から木製のカップを取り出して、鍋の中身をそれに注いでいた。
そしてそれを大事そうに捧げ持ち、奥のドアへと歩いていく。
そんな様子を見ていた俺は、隣のリーファを促して立ち上がると、奥さんの後を追った。
奥さんの後についてその部屋に足を踏み入れれば、待っていたのはベッドに横たわる7,8歳程度の少女。
少女の枕元へ辿り着いた奥さんは、右手をのばすと彼女の背中を支えて起き上がらせる。
そして、手にしていたカップの中身を、奥さんは少女へ丁寧に飲ませていく。
カップの中身をこくこくと飲み干した少女は、気のせいか先程よりもほんの少し頬の赤みが増しているように見えた。
そんな少女に対して奥さんが何事かを伝えると、彼女は入口のほど近くで立ち尽くしている俺たちの方へ視線を向けてきた。
そして、にこりと微笑みながら告げた。
「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
………………。
「ねぇ、お兄ちゃん」
先程の一軒家を後にして道具屋へ向かう途中、リーファが声をかけてきた。
「ん?」
「SAOって、変なゲームだね」
「は?」
「なんか、NPCがNPCじゃないみたいって言うか… さっきのクエストの母子だって、本当に生きてるみたいだったし…」
まあ確かに、リーファがそんな風に思うのも無理ない事だろう。それくらい、SAOのAIプログラムは本当に秀逸だった。
もっとも、AIはプログラムだから生きていない、と言うのはどうなんだとも俺なんかは思ったりするのだけれども。
少なくとも、この電脳世界において、俺たちと彼らの間に、一体どれほどの違いがあるというのだろうか?
などと、益体もない事を考えていたら、再びリーファが口を開いた。
「お母さんも ――」
「ん?」
「お母さんも、さっきのあの人みたいにあたしたちの事、心配してるのかな?」
「そりゃまあ、してるだろうな。特に直葉に関しては、原因はさて置いても、母さんがSAOをもらってこなけりゃ巻き込まれる事はなかったんだからな」
「そう、だよね…」
俺の答えを聞いて肩を落とすリーファ。
「どうしたんだよ、リーファ? もしかして、ホームシックにでもなったか?」
なにやら落ち込んだ様子のリーファに、俺が多少おどけてそう訊ねると、彼女はコクリとうなずいた。
「……うん、そうなのかも」
「は?」
「さっきの二人を見てたら、あたし、ものすごくお母さんに会いたくなっちゃった…」
「……そ、そうか」
からかい半分、挑発半分で投げた球を、まさかのド直球で返され、俺は思わずどもる。
「だから、お兄ちゃんっ! こんなゲームさっさとクリアしちゃおうよっ!」
「あ、あぁっ! そうだなっ!」
「うんっ! そうと決まれば、ガンガンレベル上げしようっ! やるぞっ! おーっ!!」
「おーっ! ―― って、ちょっと待てっ! ……もしかして、それって今からか?」
気合十分なリーファにつられて拳を上げつつも、ふと我に返った俺が慌てて訊ねると、彼女は何を当たり前の事をとでも言わんばかりの顔になった。
「思い立ったが吉日、鉄は熱い内に打て、って言うじゃん。それに、一分一秒無駄にできないって言ってたのはお兄ちゃんの方だよ?」
「いやいやいや、確かにそれはそうかも知れんが、だとしてもお前、今何時だと思ってんだ。こんな時間にフィールドに出て、お前は一体どこで寝る気なんだよ?」
そんな俺の言葉に、けれどリーファはふふんと鼻を鳴らして答えた。
「心配ご無用だよっ! 道具屋さんに寝袋が売っていたのは確認済みだからねっ! それさえあれば、何の問題もなしっ!!」
「なん…だと…!?」
どうして寝袋なんて売ってるんだっ!? ベータ版の時にはそんなもん売ってなかったじゃんっ!
……というか、もしかして、コイツ、フィールドで野宿するつもりなのか?
「う~んっ! 寝袋で野宿だなんて、本当、久しぶりだね、お兄ちゃんっ! あれかな? おじいちゃんの“しゅぎょー”で行った“やまごもり”以来かな?」
なにやら、今にもスキップしそうなくらいにウキウキしている妹を前にして、俺は全てを諦めた。
直情発進! 暴走特急☆直葉ちゃん、参上である。
一体何が彼女のスイッチを押してしまったのかは分からないが、こうなってしまった直葉を止められる者なんていない。
俺にできるのは、コイツの気がすむまで好きにやらせる事くらいだ。
野宿、かぁ… 今から俺が、いくらその危険性を説いたところで、ここまで盛り上がってるこいつが考えを改める事はないんだろうなぁ…
…………本当、どうしてこうなった。
* * *
白亜の個室に並べられた二台のベッド。
そのベッドの上に横たわっているのは、十代半ばほどの年頃の少年と少女だった。
頭部を無骨なヘッドギアに覆われ、深い眠りについている二人。
そして、そんな二人を見つめているのは、二人の ―― 桐ヶ谷和人と桐ヶ谷直葉の母親である桐ヶ谷翠その人である。
悪夢の事件が始まったあの日から、今日でちょうど二週間が経過していた。
その事を、もう二週間と取るか、まだ二週間と取るかは人によりけりであろうが、彼女にとっては間違いなく後者であった。
この二週間、彼女を苛み続けていたのは、いくつもの後悔。
どうして自分は、あのとき、娘にSAOなんかを勧めてしまったのだろうか?
どうして自分は、あのとき、息子が娘を迎えに行こうとするのを止めなかったのだろうか?
そもそも、どうして自分は、SAOベータテスターの応募なんてしてしまったのだろうか?
どうして? どうして? どうして?
胸の内に去来するのは、いくつものIF。
あのとき、たった一つでも、今と違う選択肢を選んでいれば、こんな最悪な状況に陥る事はなかったんじゃないだろうか?
SAO事件をニュースで知り、娘と二人でまるで他人事のように恐ろしい事件だねと言い合ったり、ネットゲームに傾倒しつつある息子にあんたも気をつけなさいよと注意を促したり、そんな風にしていつもと変わらない日常に戻っていく。
そんな未来があったんじゃないだろうか?
けれど、どれだけ後悔しようとも、どれだけ望もうとも、現実は変わらない。
二人は今もこんこんと眠り続け、自分にはただただそれを見ている事しかできない。
運命のあの日から、ろくに眠る事もできず、また食事をとる事すら億劫になっていた彼女は、目の下にくっきりと大きなくまをつくり、頬はやせこけ、顔色は蒼白。
もはや、はたから見れば、ベッドの上の二人よりも彼女の方が、よっぽど重篤患者に思える様な状態になっていた。
自分が今、かなりの無茶をやらかしているという自覚はあった。
けれど、心配なのだ。けれど、不安なのだ。
もしも自分か少し目を離した隙に、もしも自分が眠ってしまっている間に、息子が、娘が、その命を絶たれてしまったらと、そう思うだけで恐怖が自身の身体を苛むのだ。縛りつけるのだ。
この場から、一歩だって離れる事はできない。眠りにつく事なんてできやしない。
もはや心身ともに限界に達していた彼女を、けれどギリギリのところで支えていたのは、あのときの息子の言葉だった。
『しばらくしたら、多分とんでもないニュースが流れだすと思う。でも、心配しないでほしい。直葉の事は、俺が絶対に連れて帰って来るから。だから、信じて待っていてほしいんだ』
よくよく考えてみるまでもなく、それはおかしな発言だった。
それではまるで、事件が起こる事を予め知っていたかのようではないか。
けれど、彼女にとって重要なのはそんなところではない。
今の彼女にとって重要だったは、ただ一言。
―― 『直葉の事は、俺が絶対に連れて帰って来るから』
息子が、和人が、そう言ったのだ。そう約束したのだ。
そして、あの子がこの手の約束を違える事は絶対にない。
だから、和人はきっと直葉をあの世界から連れ帰ってきてくれる。
そう、信じている。
だから、今はただ、それだけを心の支えとして…
―― バタンッ!
「……え?」
唐突に響いた、乱暴にドアの開かれる音に驚き振り返ると ――
「峰嵩、さん…?」
決してこの場所に現れるハズのない、最愛の人がそこにいた。
「え? どうして、峰嵩さんがここに…?」
「はぁ、はぁ… 今回の事、ニュースで、聞いてっ… 大慌てで、駆けつけたんだっ…」
その疑問に、ゼイゼイと肩で息をしながら答えてくれたその人を、私は信じられないようなものを見るような目で見ていた。
「そんな… でも、仕事は…?」
「上司に無理言って、一ヶ月間休職扱いにしてもらった」
「休職って… そんな事したらっ」
「―― 会社なんかよりも、キミや和人たちの方が万倍大事だっ!!」
それでも続けようとした私の抗議の言葉をかき消すように、彼はピシャリと言い放つ。
「遅れて、すまない。肝心な時にそばにいてやれなくて、本当にすまない」
そして、私の目の前まで来ると、そう謝りながら抱きしめてくれた。
「あっ… あぁ…!」
強引にかき抱いてきた温かいその腕に包まれて、 ―― 私は泣いた。
とうの昔に枯れ果てたと思っていた涙が、けれど次から次へとあふれ出てきて、私は彼にすがりつきながら泣いた。
「和人がっ…! 直葉がっ…! あ、あぁっ! ああぁぁぁーーーー!!」
―― 絶望も、悔恨も、不安も、恐怖も、決してなくなった訳じゃない。
けれど、私はもう一人じゃない。
今はただ、その想いだけに満たされていた。
「こんなにボロボロになって… この、バッカヤローが」
ポツリと紡がれた彼のその罵声は、けれど、どこか優しく私の耳に響いたのだった。
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今回、現実世界サイドの話をちょこっと入れてみたが、むつかしぃ…
というか、基本的にシリアスなシーンを書くのがすごくむつかしぃ…
という訳で、第4話をお送りしました。
よし、74層にワープして一気にSAO編を終わらせちまおうっ!
そんな風に考えていた時期が俺にもありました…
……正直、ワープは無理ぽ
ていうか、現状からそこまで飛んだ時、リーファがどんな進化をとげているのかが全く想像できんかった
あれだよね、原作であんな荒技ができたのは、きっと基本的にキリトさんがボッチだったからだよね
二年分の人間関係とかその他もろもろを考えながらワープさせるなんて、作者の力量じゃ無理だったんだぜ…
と言う訳で、素直に一歩一歩進んで行く事にします
多分、次回はアリア編に突入、……かしら?
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――― おまけ
< 設定のノート ~ 桐ヶ谷直葉(もはや別人) ~ >
○ブラコン妹 ―― 桐ヶ谷直葉 (きりがや すぐは):リーファ/Leafa
オリ主くん転生憑依の影響を最も大きく受ける事となった人物。
生まれた時からずっとカズヤくんに育てられてきた為に、
原作の彼女とは似ても似つかない存在となってしまった。
小学校の作文で、将来の夢は“兄ちゃんの嫁さん”と大真面目に書いたほどのブラコン。
その後、担任の先生に兄妹では結婚できないと諭され、大泣きした過去を持つ。
曰く、お兄ちゃんは優しくて、強くて、格好良くて、頭良くて、素敵なの。
……何その完璧超人。
・パーソナルスキル
『兄魂』:《キモウト一歩手前》
兄が近くにいると通常の5割増しの実力を発揮できる。
兄の顔を見れば何を考えているのか大体分かる。
兄に好意をよせるオンナを直感的に察知する事ができる。