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No.35475の一覧
[0] 【ネタ】転生先がキリトさんだった件。これからどうしたらいいと思う?(SAO_転生憑依モノ)[みさっち](2012/11/24 14:43)
[1] 第1話[みさっち](2012/11/29 00:24)
[2] 第2話[みさっち](2013/05/20 00:20)
[3] 第3話[みさっち](2013/05/20 00:20)
[4] 第4話[みさっち](2013/05/20 00:21)
[5] 第5話 前編[みさっち](2013/05/20 00:22)
[6] 第5話 後編[みさっち](2013/05/20 00:22)
[7] 第6話[みさっち](2013/05/20 00:23)
[8] 第7話[みさっち](2013/05/27 19:20)
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[35475] 第1話
Name: みさっち◆e0b6253f ID:560afcc0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/29 00:24

 その日、俺は一人寂しくリビングで昼食を食べていた。

 妹の直葉は、剣道少女よろしく、学校の剣道場で部活に精を出している。
 母さんは、仕事のない休日は基本的に昼過ぎまで寝ている。
 父さんは、海外に単身赴任中で、もうかれこれ一年ほど顔を見ていない。

 故に、今日の俺はボッチ飯。買い置きの菓子パンを、モソモソと口に運ぶ。
 まぁ、だからという訳でもないのだが、今日の俺はなんともアンニュイな気分に浸っていた。

 暇つぶしにとつけたテレビでは、SAOの特番が放送されていた。
 というか、今日に限っていえば、多分どこの局でもこんなもんだろうな。
 ものは試しとばかりにチャンネルを変えてみても、SAO、SAO、SAO。

 さすがは、全世界中から注目を集めているVRMMORPGなだけの事はある。

 SAO、マジパネェ…

「……つか、このお姉さんも、まさか今自分が解説しているゲームが、ほんの数時間後にはデスゲームになってるだなんて、思ってもみないんだろうなぁ」

 テレビの中で、「私も欲しかったー」などと言っているレポーターの女性を見ながら、俺はポツリとつぶやいた。





 ―― 2022年11月6日。

 今日この日より、のちに史上最悪のネット犯罪と呼ばれる事になるSAO事件が始まる。





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  第1話  チキンな俺がSAOをプレイするわけがない

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 何の気なしに眺めていたテレビから時計へと視線を移せば、現在の時刻は12:42。
 気づけば、ゲーム開始までの残り時間は、既に30分を切っていた。

「……アイツらも、今頃はきっとナーヴギアかぶって準備万端スタンバってるんだろうなぁ」

 ボヤくようにつぶやいた俺の脳裏に浮かんだのは、ベータテストをプレイしていた時に知り合い、幾度もパーティを組む事になったフレンドたちの姿だった。


 SAOのベータテストは、たったの2ヶ月という短い期間であったにもかかわらず、そんな事が吹き飛ぶほど濃密な時間を俺に提供してくれた。

 広大な世界、難解なダンジョン、凶悪なモンスター、流麗なソードスキル、そして、圧倒的なリアリティ。
 数多のネットゲーマーたちの求めて止まないものが、そこにはあった。
 それこそ、俺が今までプレイしてきたいくつものナーヴギア対応ソフトなど児戯に等しかったとすら思えるくらい、SAOはスゴかった。

 あんな代物が、ほぼたった一人の力で創り上げられたと言うのだから、本当にすごい。
 茅場晶彦という男が、多方面の有識者たちをして超ド級の天才だと言わしめるのにも納得がいくというものだ。
 ……その思想はともかくとして。

 おかげで、SAOにログインした俺のテンションは常に上げ上げ状態。
 そのままの勢いで、アインクラッドの大地を縦横無尽に駆けずり回っていた。

 無駄に一晩中、街にあった訓練用のカカシを殴りまくってみたり。
 フロアボスに、一人でバンザイ突撃を敢行してみたり。
 両手に武器を持って、システム的には意味のない二刀流ゴッコをしてみたり。

 最初の二週間くらいは、ずっとそんな感じの事をやっていた。
 傍から見れば、ただの痛い子にしか見えなかった事だろうな。

 とは言え、来る日も来る日もそんな事をやっていれば、いい加減ネタも尽きてくる訳で。
 はっちゃけるのにも飽きてきたし、そろそろ真面目に冒険するか、なんて思っていたところで出会ったのが、ユウ、レイ、ジョーの3人だった。

 寡黙な盾騎士のユウ。
 陽気な長槍使いのレイ。
 ヘタレンジャーのジョー。

 なんとなく声をかけたことから始まった関係だった。
 けれど、気があったのか、波長があったのか、気がつけば俺と彼らはいつの間にやら固定パーティを組む程に深い仲になっていた。
 そして、俺は彼らと共にクエストを攻略し、いくつものダンジョンを踏破し、背中を預け合いながらボスと戦った。

 三人とも、なかなかに愉快で気の良いヤツらだった。
 だからこそ、リアルではボッチ街道まっしぐらだった俺の中で、彼らが親友と呼んでも差し支えないほどの存在になるのに、そう長い時間はかからなかった。

 彼らは、俺がこの世界に転生してきて初めてできた親友になった。

 そりゃまぁ、ネットの世界でなら、友人の10人や20人はいた。
 でも、その関係は所詮、無機質な文字のやり取りでしかなかった。
 親友と呼べるほどに深い仲になった相手は、1人もいなかった。
 こちらの都合上、オフ会に参加する訳にもいかなかったので、尚更に。

 そんな俺にとって、現実と見紛うばかりのSAOのリアリティは、まさに青天の霹靂と言って過言ではなかったのだった。

 楽しかった。
 偽りの仮面アバターなのだと分かってはいても、直接顔を突き合わせて笑いあったり、バカ話で盛り上がったり、時に額を突き合わせて喧嘩したり。
 そんな風に、普通の友達付き合いができる事が、俺にはこの上なく楽しかった。

 家族以外の人間とは事務的な会話以外した事のなかった十四年のボッチ生活は、自分でも気づかぬ間に俺の心をかなりのレベルで蝕んでいたようだった。

 だから俺は、彼らと一緒に遊ぶ為に、自分でも思ってもみないくらいSAOにのめり込んでいく事になった。
 もともとは単なるミーハー目的で始めたハズだったSAOに、気がつけば昼夜問わず、それこそ寝る間も惜しむレベルでログインするようになっていた。

 夏休みが終わるまでは、食事と入浴の時間以外はほとんどずっとログインしていた。
 新学期が始まってからも、睡眠時間は学校で確保し、家に帰ったら即ログイン。
 そんな生活を続けていた所為か、フレンドたちからは「お前はいつログインしたってここにいるな」なんて苦笑されたりもした。

 そんな夢のような時間が終わったのは、今から一ケ月ほど前の事だった。
 そして、夢から覚めた俺は、とある一つのとてつもなく重大な事実と向き合う事を余儀なくされた。

 ―― SAOは、デスゲームである。

 それは、動かしようのない純然たる事実だった。

 ベータ版SAOは、たとえゲーム内で死んだとしても、多少のデスペナルティを支払うだけですぐに復帰する事ができた。
 けれど、今日から始まる正式版は違う。
 正式版SAOでは、ゲーム内で死んだ場合、使用者の脳がナーヴギアによって破壊されるようになっているのだ。
 そして、内部からの自発的にログアウトする手段は一つもない。
 加えて、外部からナーヴギアを取り外すなどの手段で強制終了しようとした場合には、ゲーム内で死んだ時と同様の処置がされるようになっている。

 つまり、“生きて現実世界に帰る為にはSAOを完全攻略しなければならない”というデスゲームに作り変えられているのだ。

 製作者本人の手によって…
 『真の異世界の具現化』という彼自身の願いを叶える為に…


 ぶっちゃけた話、俺にはキリトさんなしでSAOがクリアできるなんて思えない。
 仮にクリアできたとしても、それは原作以上の時間をかけ、原作以上の犠牲者を出して、となるだろう。
 原作のようなショートカットクリアが行われる可能性は、まずあり得ない。
 二刀流を取得するプレイヤーが一体誰になるかは分からないが、その誰かさんにキリトさん並の働きを期待するのは無茶と言うものだろう。

 つまり、“SAOをプレイする” ≒ “死ぬ”という実に解りやすい等式が結ばれる訳だ。

 クリアの見込みのないデスゲームに参加するなんて、バカのする事だ。そんなの自ら死にに行くようなものだ。
 俺は死にたくない。だから、そんな代物に手を出そうだなんて気にはならない。

 けれど、ユウたちは違う。
 ベータテスターだった彼らは、まず間違いなく今日これから始まるSAOをプレイするだろう。
 それが自身の命をも脅かすデスゲームなのだという事を、知る由もないのだから…

 だが、もし仮にここで俺が彼らにSAOはデスゲームなのだと知らせたとしても、そこに何の意味があるだろう?

 そんな与太話を信じる者などいやしない。
 前世での原作知識なんて、明確な根拠のない情報なんて、誰も信じたりはしない。
 そんな不可解な情報で、彼らを止める事なんてできやしない。

 ―― だったら、俺は一体どうすればいい? どうすれば彼らを助ける事ができる?

 なんだかんだで買ってしまった正式版SAOのパッケージ。
 こいつを、SAO事件対策本部の菊岡氏に提供する?

 なるほど確かに、未使用のパッケージ品があれば、なにか捜査の手助けになるかもしれない。
 けれど、それだけだ。多少捜査の手助けになったところで、あの男の創ったゲーム ―― 世界をどうにかできるだなんて思えない。

 独力で茅場晶彦の居場所を突き止めた神代女史。
 彼女の事をリークする?

 なるほど確かに、それならば彼女を通じて茅場を逮捕する事ができるかも知れない。
 けれど、それには何の意味もない。たとえ茅場が捕まったとしても、それでデスゲームが終わる訳じゃない。
 何より、彼が事前に宣言していた通りに全てのプレイヤーを殺してしまうかもしれないという危険性もある。


 覆水盆に返らず。
 こぼれた水を盆に戻す事などできはしない。
 事が起こってしまってからでは、何もかもが遅すぎる。

 結局、事前にデスゲームが始まる事を止められなかった時点で、SAOの参加者が解放される方法なんて一つしかないのだ。

 ―― すなわち、ゲーム内で茅場晶彦本人を打倒する事。

 そして、それを踏まえた現状で俺に選ぶ事のできる選択肢は、実のところ二つしかない。

 一つは、SAOに参加せずゲームがクリアされる事を祈って待つこと。
 一つは、SAOに参加し親友と共にゲームのクリアを目指すこと。

 親友を見殺しにするか、自分も一緒に死ぬか、二つに一つだ。


 ……そんな二択、どちらも選べるハズがないじゃないか。


「―― ちっ」

 思わず、舌打ちがもれる。

 こんな事になるんなら、ベータテストになんて参加しなければよかった。
 一年我慢して、ALOが発売されるのを待てばよかった。
 あるいは、調子に乗ってパーティプレイなんかせず、最後までソロを貫き通せばよかった。

 そうすれば、こんな気持ちになる事もなかっただろうに…


 死ぬのは嫌だ。だけど、見殺しにするのも嫌だ。


 全てを丸く収める事のできる第三の選択肢があればいいのに。
 そうすれば、みんなが笑い合う事のできるエンディングを迎える事だってできるハズなのに。

 ……けれど、そんなものは何処にもありはしない。


 ―― この世界に主人公ヒーローはいない。




  *    *    *




 時刻は、ついに13時を回って、13:05。

 結局俺は、親友を見殺しにする方を選んだ。

 いや、選んでなんかいないか。
 時間切れの結果、そうなってしまったというだけだった。

 ……最悪だな。

 結局のところ、俺には共に死地に赴く勇気も、非情に切り捨てる強かさもなかったと、そういう事なんだろう。
 というか、たかだか前世の記憶を引き継いでいるだけの平凡な中学二年生に求めていいレベルの選択じゃないと思うんだ、コレは。
 こんな選択、大の大人にだって選べやしないだろう。

 そんな言い訳じみた事を思いながら、俺はSAOのサービス開始のカウントダウンを終えたテレビの電源を落として席を立つ。
 そして、食べ終えた菓子パンの袋を丸めてゴミ箱へ捨てた。


 胸の内にくすぶっている罪悪感は、いまだに俺を苛んでいる。
 今ならまだ間に合う。その気になれば、すぐにSAOを始める事ができる。彼らのもとへ向かう事ができる。
 そんな風に考えている自分が心の片隅にいるのを感じる。
 見殺しにするのを仕方ない事だと諦めているチキンな俺を、それでいいのかと叱責する声が聞こえてくる。


 だからこそ、今は何かをしていたかった。
 手を動かしている間だけは、何も考えず、その事だけに集中していられるから。

「とは言うものの、これから一体何をしようか?」

 予定のない休日の過ごし方に、俺は頭を悩ませる。

 普段の俺だったら、それこそネットの巡回をしたり、某大型掲示板に書き込みをしたり、ネトゲをプレイしたりする訳なのだが…

 今日一日くらいはネットに触れたくない。
 理由なんて言うまでもない事だろう?
 気分転換をしたいハズなのに、更に憂鬱な気分になるとか、一体何がしたいんだよ。

 ……とは言え、ネットという選択肢をなくしてしまうと、途端に手持無沙汰になってしまうのが俺の悲しいところ。
 普段、自分がいかにネットに依存して生活しているのかを思い知らされる。

「……ふむ。いっその事、素振りでもしようかね」

 最近、ご無沙汰だったし。
 それに、汗の一つでも流せば、多少はこの煩悶とした気持ちも収まるんじゃないだろうか。
 倒れるまで、無心でただひたすらに剣を振り続ける。……うん、それもありだな。

 そんな風に考えをまとめ、俺が道場に向かおうとしたところで、妙にフラフラした様子の母さんがリビングにやってきた。

「あ~ やっと終わったわ~」

 そんな事を言いながら、母さんは盛大な溜息をついて、ぐったりとちゃぶ台に突っ伏した。
 その姿を見て、俺は我知らず苦笑を浮かべる。

 俺は、母さんのその心底疲れ切ったような様子から、職場から持ち帰ってきた仕事を今の今までやっていたのだろうと当たりをつける。

 まったく、たまの休日だって言うのに、相も変わらずご苦労な事である。
 と言うか、この人の場合、もうほとんどワーカーホリックの領域なんじゃないだろうか?
 仕事に打ち込むのは結構な事だけど、あまり根を詰めすぎて倒れられても、それはそれで困るんだけどなぁ…

 そんな事を考えながら、俺は母さんに声をかける。

「母さん、昼飯はどうする? 今だったら、俺が何かテキトーに作るけど?」

「お願い~」

「あいあい」

 ちゃぶ台に突っ伏したままの体勢で手を振る母さんにうなずき返すと、俺はキッチンに向かった。

「まったく、もぉ… あの子ったら、他ならぬこの私の娘だってのに、どうしてあそこまでPCオンチになれるのかしらねぇ…」

 母さんが何やらぶつくさと愚痴っているのが聞こえてくるが軽くスルー、下手に突っついて噛みつかれても困るしね。
 そして、キッチンに辿り着いた俺は冷蔵庫を開いた。

 ふむ。見事に何にもないな。
 そう言えば、最近はSAOの事ばかりで、買い物にすら満足に行ってなかった気がする。
 桐ヶ谷家の家事をほぼ一手に引き受けている俺がこの体たらくなのだから、冷蔵庫の中のこの惨状もむべなるかな。
 米に関しては、冷凍庫に小分けに冷凍していたのがあるから、これを解凍すれば問題ないだろう。
 あとはまぁ、とりあえず卵が何個かあるから、何か適当に卵料理でも作ればいいか。
 “TKG(卵かけごはん)用”などというラベルが貼ってあるのは見ないふり。あれは料理でも何でもない。

 そんな風に考えをまとめると、俺は卵をいくつか取り出し調理を始めた。

 ジューッという卵の焼ける音を聞きながら、ふと俺は、あんなにも千々に乱れていた自身の心が、いつの間にかすっかり落ち着いているのに気づいた。
 何故だろうと首をかしげる。

 リビングには、だらしない姿でちゃぶ台に突っ伏している母さんがいる。
 そして、そんな母さんの為に昼食の準備をしている俺がいる。

 そこまで考えたところで、ふっと答えに思い至る。

 ……あぁ、そうだ。そうだった。これが俺の日常だった。
 私生活だと意外なほどにだらしない母さんや、しっかりしているようで意外に抜けてるところのある妹の世話を焼くのが俺の役割だったじゃないか。

 最近、SAOの事ばかり気にしていた所為で、こんな大切な事を失念してしまっていた。

 俺の望みは何だったのか。俺が本当に守りたいものは何だったのか。
 そんなの、考えるまでもない。

 幼かったあの頃に抱いた誓いは、今もこの胸の中にある。

 そうだ。俺はこの日常を守りたい。
 母さんや直葉を悲しませるような真似はしたくない。
 だからこそ、SAOをプレイする訳にはいかない。
 何故なら俺は、原作で二人がどんな想いをする事になるのかを知っているから。

 なんか、母さんや直葉を出しにするみたいで気が引けるけど、それが今の俺の素直な気持ちだった。

 迷いは晴れた。

 三人を見捨てる事への心苦しさは、きっと消える事はないだろう。
 けれど、それでも俺は、俺の日常を守る為にSAOをプレイしない。
 時間切れで流された結果としてではなく、自分自身が選んだ結果として。

 それが俺の選択だ。

 そんな風に心の中で決意を固めていると、リビングにいた母さんが突然大声を上げた。

「―― って、和人っ!?」
「うぉっ!?」

 不意打ち気味なその大声にかなり驚き、慌てて振り返れば、母さんがドッタンバッタン音を立てながらキッチンに顔を出してくるところだった。

「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと、和人っ! アンタ、こんな時にこんなところで、何を呑気に料理なんてしてんのよっ!!」

 今にも掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってくる母さん。

「いや、何を呑気にって… そりゃ、母さんの昼飯を作ってるからだけど?」

 そんな母さんの様子にやや引き気味になりつつも、俺はそう返した。

「いやいやいや、そうじゃないでしょ。ゲームはどうしたのよ、ゲームはっ! アンタ、今日がSAOの本運用開始の日だって知ってるでしょ? なのに、どうしてアンタがここにいるのよっ!」

「どうしてって…」

 まあ確かに、母さんはベータテスト期間中に俺がどれだけ無茶な事をしていたのかをよく知っている。
 そんな俺が正式運用の開始したSAOをプレイしていないのだから、そりゃ驚くのも無理はないのかもしれない。

 ……でも、だからって、こんなに取り乱すほどの事だろうか?

 なんとなく疑問に思いつつも、ひとまず俺は妙な具合に興奮気味な母さんを落ち着かせる。
 そして、デスゲーム云々の事は誤魔化しながら、今日はSAOをプレイする気はないという事を伝えると…

 何故か母さんが、「うわぁ~、やっちまった~」とでも言いたげな顔になった。

「なぁ、一体どうしたんだよ、母さん。なんか俺がSAOをプレイしないと不都合な事でもあるのか?」

 なにやら嫌な予感を覚えつつ俺がそう問いかけると、母さんが気まずそうな顔で頬をかいた。

「いやね。今、直葉がSAOをプレイしてるのよ」


 …………………………は?


「そこでアンタの事を探してると思うんだけど… どれだけ探したって見つかる訳ないわよね。アンタ、ここにいるんだし」

 え? なんだって? この人は今、何て言った?

「というか、アンタがプレイしてないなんて思ってもみなかったわよ。おかげで予定が狂っちゃったわ。おまけに、今日はプレイする気はないとか… う~ん、どうしたものかしらね? 呼び戻そうにも、ナーヴギアにリンク中の相手に外から連絡する手段なんてないし。……いっその事、ナーヴギアを外して強制終了させちゃおうかしら?」

「―― ちょ、ちょっと待ってくれよ、母さんっ!? 直葉が、直葉がどうしたって?」

 眉根を寄せながらとんでもない事を口走った母さんに、俺は泡を食ったような勢いで詰め寄った。

「へ? あ、いやだから、SAOで、いもしないアンタの事を探してるんだってば」

 直葉が、SAO…?

「い、いやいやいや、何をバカな。そんな事、あるハズないだろ?」

 だって、そんなシナリオ、俺は知らない。

「SAOの初期出荷分は限定一万本。そりゃ、ベータテストに比べれば倍率も大分下がってるだろうけど… それにしたって、素人がそう簡単に手に入れられるような代物じゃない」

 あいつがプレイするのは、SAOじゃなくてALOのハズじゃないか。

「一万本の内、千本はベータテスターが優先購入権を持ってたし、ウェブ予約分は数分で即完売、店頭販売分も徹夜組が三日も前から行列を作っていたってニュースにもなったくらいだ。直葉がSAOを買える要素なんて、万に一つもありはしないじゃないか」

 だから、アイツがSAOをプレイするハズがない。できるハズがない。

 けれど、そんな俺の否定の言葉は、続く母さんの言葉を前に、もろくも砕け散った。

「そこら辺はまあ、蛇の道は蛇って言うか、パソコン情報誌編集者の面目躍如ってところかしら? ……おかげさまで、随分と大きな借りを作らされるハメになったんだけどね」

 などと遠い眼をして語る母さん。

 たかが、ゲームソフト一本。されど、ゲームソフト一本。
 全世界が注目する史上初めてのVRMMORPGを融通してもらうとか… 母さん、一体何をしたんだ?

 ……いや、この際そんな事はどうだっていい。
 問題なのは、母さんが実際にSAOをどっかからもらってきてしまったという事か。

「……ていうか、たとえゲームがあったとしても、自他共に認めるゲーム嫌いでPCオンチな直葉が、どうしてSAOなんてやろうとするんだよ? ネットワークゲームとか、アイツが一番嫌いなジャンルじゃないか」

 アイツのPCオンチっぷりは、兄である俺が一番よく知っている。
 なにせ、アイツは自分の部屋に置くPC端末ですら、そのセットアップからメールアカウント、その他もろもろの設定まで、全て俺に丸投げしてきたくらいなのだ。
 おまけに、携帯端末だって通話機能とメール機能以外満足に扱えないレベルだし。

 それに、原作で直葉がALOを始めたのは、SAOに囚われてしまった兄の事をもっと知りたいと考えたのがきっかけだったと記憶している。
 だったら、今の彼女にゲームをプレイしようだなんて考える理由なんてない ――

「そんなの、アンタがやってたからに決まってるでしょ」

 ―― ハズだ…

「…………って、は? え、俺?」

 母さんの言ってる言葉の意味が分からない。

 俺がSAOをやってたから何だってんだ?
 どうしてそれが、アイツもSAOをやりたがる理由につながる?
 別に俺はまだ、デスゲームに囚われてなんかいないぞ?

 困惑する俺に向けて、母さんが呆れ顔でため息を一つ。

―― 『お兄ちゃんをゲームに取られた』

「あの日、馬鹿みたいに深刻そうな顔をしたあの子の第一声がそれだったわ」

 ……俺をゲームに? なんだそりゃ?

「この世の終わりみたいな顔して一体何を言い出すのかと思ったら、それよ? 本当、笑っちゃうわよね。……まあ、あの子があそこまでアンタに依存するようになっちゃった原因は、間違いなく私や峰嵩さんにあるんだから、あまり笑ってばかりもいられないんだけど、ね」

 そう言って、母さんは口元に苦笑いを浮かべる。

「だから、私は言ってやったのよ」

―― 『取られたんなら、取り返してきなさい。その為に必要なものは、全部母さんがそろえて上げるから』

「……おかげで、私はここ一週間くらい、ほとんど不眠不休の大忙しよ。あのPCオンチにものを教え込むのには、本当に骨が折れたわ。なんせ、ほんのつい今し方まで、あの子のアバターの設定やらなんやらを手伝ってたくらいだし」

 そして、サービス開始と同時にあの子にナーヴギアをかぶせて今に至る、と言って母さんは話を締めくくった。

「というか、今回の事の原因は8割以上がアンタの責任なんだから、ちょっとは私に感謝しなさいよ」

「俺の、責任…?」

「そりゃそうでしょ。和人ったら、ベータテスト期間中は、寝ても覚めてもSAOの事ばかり。終わったら終わったで、今度は呆けた顔でどっか遠くを見てたり、憂い顔でため息ついたりで、こっちからいくら話しかけたって無反応。そんなの、直葉じゃなくたって不安になるわよ。それでなくても、あの子はアンタにべったりなんだから」


 それはつまり、俺がSAOに傾倒し過ぎていた所為で、直葉はSAOがプレイする事になったと?


「って、あ、あーっ!! 焦げてる、焦げてる! めっちゃ焦げてるってば、和人!! あぁ、私の昼飯がぁーーっ!!」

 火にかけたままだったフライパンからモクモクと黒煙が立ち上っているのを見て、母さんが悲鳴を上げた。

 大慌てで駆け寄ってくると、コンロのスイッチを切った。
 そして、胸をなで下ろしながら安堵の吐息をひとつ。

「まったく、もぅ… 一体どうしたのよ、和人。 ―― って、アンタ、本当にどうしたのよ? 顔、真っ青よ?」

 心配そうに俺の顔を覗き込む母さんに、けれど俺は返事を返す事ができなかった。


 そう言えば、最後に直葉と会話をしたのはいつの事だっただろうか?

 その問いに対し、すぐに答えを出せなかった自分に愕然とした。
 以前は、それこそ毎日のように会話をしていたハズだったのに…

 学校での事や、道場での事。嬉しかった事、悲しかった事。楽しかった事、くだらなかった事。
 ほとんどの場合、しゃべるのは直葉の役割で、俺は聞き役に徹してばかりだった。
 けれど、それでも表情をころころと変えながらその日1日あった事を伝える直葉を見ているのは退屈しなかった。
 そんな時間が、俺は好きだった。

 それなのに、ここ最近、彼女と会話した記憶が少しもなかった。

 そして、理解した。

 俺がSAOにかまけていた所為で、どれほど直葉を寂しがらせていたのかを。
 俺がうだうだと悩んでいた所為で、どれほど直葉を不安にさせていたのかを。

 その所為で、本来なら彼女が関わる事のないハズだった事件へと巻き込んでしまったという事を。


 だったら、今の俺にできる事なんて一つしかないじゃないか。


「なあ、母さん。今から直葉を迎えに行ってくるから、アイツのアバターネームを教えてくれないか?」

 いくらゲームの中だと言っても、顔も名前も知らないような相手を探し出すのは不可能だ。
 さすがの直葉でも、リアルと同じ容姿のアバターで実名プレイなんてとんでもない真似はしてないだろうし。……してないよな?

 というか、そう言えばアイツはどうやって俺を探しているんだ?

「え? あぁ、えっと、“リーファ”よ」

 リーファ、ね…
 まぁ、考えたのが同一人物なんだから、そういう事もあるだろう。

「……ねぇ、和人。本当に大丈夫なの? 顔色さっきよりも悪くなってるわよ? ほら、直葉だって子供じゃないんだし、しばらくしたら諦めて戻ってくるわよ。だから、アンタが無理して今迎えに行く必要なんてないのよ?」

 しばらくしたら戻ってくる、か…
 そうだよな。普通だったら、そう思うよな。

 ……でも、そうじゃない。そうじゃないんだよ、母さん。

「なあ、母さん」

「な、何よ、あらたまって?」

 真っ直ぐ母さんの目を見て問いかける俺に、母さんがキョトンとした顔になる。

「しばらくしたら、多分とんでもないニュースが流れだすと思う。でも、心配しないでほしい。直葉の事は、俺が絶対に連れて帰って来るから。だから、信じて待っていてほしいんだ」

「は? え? あ、あんた、一体何言って ――」

 戸惑う母さんに背を向ける。

「……いってきます」


 ―― 向かう先は、巨大浮遊城≪アインクラッド≫。


 囚われのお姫様を助ける為に魔王の城に立ち向かうだなんて、なんだか大昔からあるオフゲーRPGの鉄板みたいな展開だよな。

 そう考えると、なんだか少し笑えた。




  *    *    *




 ナーヴギアの稼働状況を表すLEDインジケータ。
 三つあるLEDライトの左端、大脳接続をモニターしているそれは、今も煌々と青く輝いていた。

 ナーヴギアをかぶりベッドに寝ている直葉を見下ろしながら、俺はホッと胸をなでおろす。

 ―― よかった。直葉は、まだ生きている。

 ゲーム開始からまだ1時間も経っていないのだから、そう滅多な事は起こらないだろうとは思っていた。
 けれども、実際にこの目で確かめるまでは安心なんてできはしなかった。
 なんせ、これから助けに行こうと思っている相手が既に手遅れな状態になっていただなんて、そんなの笑い話にもならない。

「直葉…」

 俺は、眠る直葉の頬を軽くなでた。

「ごめんな、直葉。不甲斐ない兄貴で、ごめんな。こんな事に巻き込んじまって、ごめんな」

 それは後悔。それは謝罪。それは告解。

「―― でも、守るから。絶対に、守るから」

 そして、それは誓い。


 俺はその場に腰を下ろすと、ベッドのふちに背を預けてナーヴギアをかぶる。
 本当だったら、自分の部屋に戻り、きちんとベッドに寝た状態でログインする方がいいのだろうけど、なんとなく今日はここからログインしたい気分だった。
 感傷以外の何物でもないんだろうけど、今は少しでも彼女の近くにいてあげたかった。

 だから俺は、直葉の手を握りしめながら目を閉じた。


 なんとも不思議な心持だった。

 これから俺が向かうのは単なる仮想世界じゃない。
 仮想での死が現実の死に直結している、史上最悪のデスゲーム“ソードアート・オンライン”。
 一度入ってしまったが最後、ゲームがクリアされるまで、生きて脱出する事の許されない不条理な世界。

 にもかかわらず、今、俺の心はこれ以上ないくらいに凪いでいた。
 この土壇場に来て肝が据わったのか、あるいは自棄っぱちになったのか。
 それは、自分でも判らなかった。

 でも、悪くない。

 不安がない訳じゃない。
 でも、一度覚悟を決めたらなら、あとは自分がなすべき事をやるだけだ。
 ただひたすらに、前だけを見て駆け抜けるのみ。

 クリアへの道筋は既にできている。
 考えるべき点は二つ。
 一つは、ヒースクリフの正体を告発するタイミング。
 一つは、ヒースクリフとの一騎討ちに勝利する為の戦略。

 前者はともかく、後者に関しては相当うまい事やらないと達成は難しそうだけど、それでもやるしかないんだ。

 この世界に、英雄キリトはいない。

 俺はキリトさんじゃない。
 俺にキリトさんの代わりなんて務まらない。
 彼の様な、六千人を救った英雄になれるだなんて思っちゃいない。

 だけど、たった一人の妹くらいは守ってあげられるような、そんな兄貴でありたい。

 たとえ、本当の兄妹ではなかったとしても。
 たとえ、本当のキリトさんじゃないニセモノだったとしても。

 それでも、直葉は俺の妹で、俺は直葉の兄貴だから。
 このつながりだけは、嘘じゃないから。

 絶対に守る。絶対に死なせない。絶対に連れ帰る。

 これは俺の誓い。これは俺の決意。

 そして、これはこの世界への宣戦布告だっ!!


「―― リンク・スタート!」




  *    *    *




 遊びの時間モラトリアムは終わった。
 さあ、命を賭けた本当のゲームを始めよう。

 これは、とある天才の狂気が作り出した異世界に囚われたる人々の織りなす物語。

 現実となったゲームの世界で、彼らは一体何を成し、何を得るのだろうか?

 ―― その答えを、今はまだ誰も知らない…





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 リーファ・イン・アインクラッド。

 そう言えば、直葉がSAO事件に巻き込まれる話ってないよねぇ
 そんな思い付きから生まれたのがこの話。


 作者は、キリトさんヒロインズの中では、リーファが一番好きです。 ポニテ (*´ω`*)
 故に、リーファのいるSAOをっ! リーファがメインヒロインのSAOをっ!! そんな話があったっていいじゃないか!!


 もし、話の流れに不自然な違和感を覚えてしまったならごめんなさい。
 全ては作者の筆力不足のいたすところでございます。

 正直、作者自身、あまり納得がいっていない部分もあるのですが…
 でも、作者の足りない頭ではこれが精一杯。
 本来いなかったはずの人間を無理矢理押し込んだ訳なので、そこら辺は割り切って考えてもらえるとありがたいです。

 こまけぇこたぁいいんだよ、そう言ってくれるあなたが好きです。



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