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No.35457の一覧
[0] 【ネタ】魔法先生ネギま!351.5時間目的な逆行物の導入だけを書いてみた(多重クロス)[Leni](2016/01/16 17:35)
[1] 第一幕「2025・7/1」(前)[Leni](2014/07/17 12:35)
[2] 第一幕「2025・7/1」(後)[Leni](2012/10/13 11:01)
[3] 第二幕「1997・7/1」[Leni](2012/10/13 14:03)
[4] 【ネタ】逆行物の導入を終えたのになぜか迷子になった野良精霊の動揺を書いてみた[Leni](2012/10/15 15:26)
[5] 導入ですでに話の目的が達成されて書くことがなくなった第四話[Leni](2014/07/17 16:00)
[6] この主人公は魔改造なのか351時間目の順当なアフターなのか(クロスもあるよ)なその五[Leni](2014/07/19 00:40)
[7] 六:スカイウォーカー・フロム・コウガ(前)[Leni](2014/07/21 07:19)
[8] 六:逆行・トリップものは主人公以外に同条件キャラがいると作品の魅力半減するよね(後)[Leni](2014/08/04 12:43)
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[35457] 六:スカイウォーカー・フロム・コウガ(前)
Name: Leni◆d69b6a62 ID:df6b2349 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/07/21 07:19

『ニシコクブンジ。ニシコクブンジ。中央本線はお乗り換えです』アナウンスを聞き人混みをかき分ける。旧首都東京の西半分をエリアとするニシタマ・シティ。その東端にある駅で私達は電車を降りた。中央本線はお乗り換え。アナウンス通りにここからは路線を変えなければならない。

「くあー、電車ってしんどいなー」そう背伸びをしながら声を絞り出しているのは、小学三年の少女、長谷川千雨だ。麻帆良中央駅から電車で三十分。実際短い電車旅行だが人混みに慣れていない彼女にとっては疲れを覚える一時だったようだ。

『とりあえずこれで無事トーキョー入りだ。体調は悪くねぇか』大人サイズの精霊体――アストラルボディで千雨の手を引きながら私は言った。「ん、だいじょぶ」千雨の答えに私はほっと胸を撫で下ろす。しかし場所が場所だ。今日は一日、千雨の体調を気にしてやらんといかん。

 秋葉原へ行きたい。そう千雨のヤツが言い出したのはいまから四日前のことだ。千雨の住む麻帆良学園都市から秋葉原は、そう遠く離れていない。電車に乗れば一時間程度。そんな距離だ。千雨はちうネットの路線情報を見て、そう難しくはないと判断したのか、半日で行って返ってくる計画を立てた。

 だがその計画に私はストップをかけた。『トーキョーを甘く見ちゃいけねーぜ』千雨の予定には問題点があった。麻帆良と秋葉原は距離的に近い。しかし、土地的には近い場所とはとてもいえないのだ。

 この世界の人々は魔法の存在を知っている。その事実に、この世界にやってきたばかりの私は2035年の地球を思い出した。火星緑化計画を成功させるためにネギ先生と私達は、世界に魔法の存在を公開した。人々は魔法という新技術に触れ、少しずつ科学文明との融和を図っていた。そんな時代。

 しかしこの世界は違う。魔法は人類史のはじめから人と共にあった。大地を開拓し人類がその勢力図を広げていくとき、人の手にあったのは鉄器ではなく魔法の力だった。生きるために、そして住むために人は魔法を使い、土地を改造していった。

 その結果、いつしか土地は魔法的な力を帯びるようになっていた。例えば麻帆良学園都市。あの地は神木の存在する霊地というだけではなく、日本の西洋魔法使い達の本拠地とも言える場所であり、都市全体が西洋魔法を使いやすいような土地に変わっている。

 人が住み、その生活様式や風俗で土地自体の性質が変わる。前の世界ではなかなかみなかった概念だ。そして、前の世界の歴史では起きなかったことがある。この世界では第二次世界大戦中、言詞爆弾(ヴォンド・ボンベ)などという魔法系兵器が世界各国で爆発したというのだ。

 言詞爆弾とは、言葉の爆弾だ。物理的な破壊ではなく、概念的な破壊をもたらす。先ほど言った、土地が帯びる魔法的な力を滅茶苦茶にしてしまうのだ。その結果、首都東京一帯は大変貌を遂げることとなった。

 この土地では、あらゆる矛盾が許容される。物理的に、宇宙的に、魔法的に矛盾しているあらゆる現象がこの東京では起こる、らしい。見えないものが見える。いないはずのものがいる。起こりえないことが起こる。非現実的すぎるこの旧首都を人々はゼノン・トーキョー……矛盾都市と名付けた。

 そんなクソッタレな土地に旅行しに来たのが、この向こう見ずな小三幼女千雨である。心配だ。この世界の東京が私の理解の外にある、そのことも心配だが、それ以上に病気が心配だ。病気とは当然中二病とかのことではない。秋葉原だからってさすがにそれはない。旅行者にかかる病が心配なんだ。

 この世界の土地は、魔法的、霊的な力を帯びている。そんな世界なので、土地を移動したときに霊的な格差があまりにも大きいと、人は体調を崩してしまうことがある。

 概念格差から来る遺伝詞の興奮以上がどーたらなどと、旅行ガイドに載っていた。旅行は病気にかかる危険性があるんだ。ちなみにガイドは千雨が秋葉原に行きたいと言い出した後、アストラルボディにインストールした。

 麻帆良は日本最大の魔法都市。東京は世界に名を連ねる“土地強度”を持つ矛盾都市。霊的格差は当然ながら大きい。無計画に行き来するとまず体調を崩すだろう。単なる風邪なら私も放っておいたが、この病、悪化すると言障という死の病に発展する危険性があるみたいだ。さすがに無視できない。

 そこで私は、千雨が安全に秋葉原観光を行えるよう旅行計画を立てた。経路は遠回り。強行軍とならないよう一泊二日。保護者は大人サイズに実体化させた私。麻帆良学園都市の外でなら、私も霊的世界から本体の大部分を引っ張ってこれる。

 その旅行計画にそって行動した結果、現在私と千雨はニシコクブンジ駅にいる。トーキョーは東西で二つに地区分けされている。その西側がニシタマ・シティであり、東側に渡るための駅がニシコクブンジっつーわけだ。

 秋葉原は東側のカンダ地区にあるのになぜニシタマにいるのかというと、ニシタマの方が麻帆良との霊的格差が少ないためだ。

 ニシタマは東側と比べ自然が多く、精霊の力が強い。精霊の力とは西洋魔法の力だ。麻帆良の土地と親和性がいくらかある。まずここで昼食を取って千雨の身体を馴染ませてやる予定。

「麻帆良と実際ちがうなー」駅を行き交う人々を眺めながら千雨が言った。「異族(グラソラリアン)が少ない」異族は獣人、妖怪、魔人といった人以上の知性を持つ人以外の生物のこと。麻帆良は魔法世界との関わりが深いので、実際魔法世界人が多い。猫耳少女がリアルにいる。

「でも変なのがいる」千雨は私の手を引きながら駅の一画を見た。妙にぴかぴか光る不思議な集団だ。『あー……今日は快晴だからなぁ。あれはきっと夏日だな』「なつび?」『太陽の光』「光の精霊か?」『いや、日の光そのものだ。近づくなよ。日射病にかかっちゃかなわん』私はそっと千雨の手を引いた。

 ここはすでにゼノン・トーキョー。矛盾の力に満ちた土地だ。季節や風、音に光といった観念的なものが住人として住み着いている。昔から詩やポエム、ハイクといったものには春や夏といった観念的な存在を擬人化して表現したりする。

『人のように表現できるなら、それは人と同じ』そんな矛盾だらけの主張がこの土地では成立してしまう。なので駅の窓の下にたむろしている彼らは、擬人化された夏日そのものなんだろう。開幕からわけわかんねーとこ見せてくれるなぁ、トーキョー。

『そんじゃ飯にすっか。海から遠いから江戸前スシってわけにはいかんが、何食いたい』「えーと、トーキョーラーメンかな」『そうすっか。でもなんでラーメン?』「寮の食事にでない」『そりゃ食いたくなるな』私は千雨と会話を交わしながら公衆電話機をハックして、グルメガイドをダウンロードした。







 街のラーメン屋で昼食を食べ終え、どこか眠たげになった千雨を連れてコクブンジ駅のエレクトレインに乗り込む。エレクトレインとは、矛盾都市トーキョー独自の列車だ。

 麻帆良にも魔法の力で動く路面電車などがあるようだが、こちらはひと味違う。矛盾の力がなければ存在しない、一種の観光プレイスだ。

 この列車はすごい。車輌ではなく線路が動く。エレクトレインは音楽を奏でる機械であり、その音色に合わせて線路が生まれる。無限軌道。その上に車体を載せて移動するんだと。なんたる画期的なシステム! 魔法世界でもここまで謎めいた乗り物は存在しない。

「うーん……、眠い……」動き出した列車の振動が心地よいのか、椅子の上でしょぼしょぼと目を伏せる千雨。コクブンジからカンダ地区に行く路線には途中乗り換えはない。

 三十分ほどの短い旅だ。寝かせてやっても良い。だが私は千雨に言った。『観光したいなら目開けて窓の外見てな』「んー?」

 私の言葉に従って、千雨は目をこすり、靴を脱いで椅子の上に膝立ちになる。そして窓に張り付いて外の風景を眺めた。流れていくニシタマ最東端の町並み。とりわけ特筆すべきこともない風景。だがある瞬間。「ワッ!」千雨は驚きの声をあげる。突然目の前に空が広がったからだ。

「スゴイ!」この光景に目はすっかり覚めたのか、千雨は大きく目を見開いて列車の下の風景を眺めている。ここは東京大断層。東東京とニシタマ・シティを縦に真っ二つに分断する巨大な断層だ。「スゴイ!」千雨が再び言う。『ああ、スゴイ!』私も予想以上の光景に驚きを隠せなかった。

「なんだここ?」窓から目を離さず聞いてくる千雨に、私は念話を返す。『これは東京大断層だ。窓の下に見えるのは落ちてきた空だ』

 東京大断層。インストールした観光ガイドによると、これは地殻の断層ではなく、地上に空が落ちてきてできたものらしい。とはいっても愛で落ちてきたわけではない。

 第二次世界大戦、米国は東京大空白襲で東京の東側一帯に“空白”を落とした。破壊は三鷹から八王子まで続き、大量の“空白”を浴びた大地は陥没した。その大地の落下にともない空も根こそぎ落ちてきたという。この大断層は地殻の断層ではない。地上に落ちた空が下に広がっているんだ。実際奇怪。

 東京大断層の東西の横幅は三十キロメートルほど。途中に駅もないので、十分もしないでその光景は終わる。千雨は残念そうに窓から身体を離した。

「次おりるまでどれくらい?」脱いだ靴を掃き直しながら千雨が聞いてくる。『あー、二十分はあるか』「そっか」そう言って千雨は今度こそ目を閉じて眠りに入った。やれやれ、無防備なこった。

 観光旅行っつーのは八歳のガキにはまだはやいと思うんだよな。他にはない場所を訪れて感動を得る、っていうのは元の場所での生活が常識になっていてこそ成り立つものだ。この年頃だと、まだ普段の日常でも新鮮な体験なんて山ほどある。

 だから子供の夏休みなんてのは観光なんかより、遊んで楽しめる旅行の方が絶対良い。海水浴だとか遊園地だとかキャンプだとかな。でも、そんなとこに連れていってくれる親はこいつには身近にいないわけだ。火星。遠すぎる。

 今回はこいつが秋葉原に行きたいってんでこの一泊二日の旅行を組んだが……保護者代わりとして他にもいろいろ遊びに連れて行ってやったほうがいいんかね。私がこの世界の麻帆良にいる理由は、こいつの面倒を見てやりたいからだ。親代わりと言っても差し支えない。

 そしてできれば、この世界の素晴らしさをこいつと楽しめていければと思う。自分にとっての正しい現実を手に入れるためにこの世界に訪れた私が出会ったのは、この世界は現実なんかじゃないと否定し苦しんでいた幼い私。インガオホー。二人でそんな正しくて間違っている現実を一つ一つ楽しんでいけたら。

 ――なんてハイクめいたことを考えているうちに、エレクトレインはトーキョー駅を越え、カンダに到着する。『カンダ地上ーカンダ地上ー』千雨は私に寄りかかり眠ったままだ。起こさないように千雨をおんぶして列車を降りる。

 平日の正午過ぎということで、トーキョーの中心地近くながら人通りはそこまで多くない。カンダはカンダ・ミョージン・ジンジャやイナリ・シュラインで有名な江戸のアトモスフィアが残る町だ。とはいっても、ここは戦後復興で新しく作られた地上東京。江戸っぽいのは観光客向けのアピールだ。

 周囲を見渡してみても、老人や外国人、異族などの観光客と見られる人が多数。それでいて子供の姿はほとんど見られない。そんな場所がカンダエリアっつーわけだ。

 ジンジャの他にある観光名所としては、時館というものがある。これは、“世界の時間を管理する”巨大な時計塔で、矛盾都市トーキョー最大の名所として観光ガイドに載っていた。前の世界にはなかった場所だ。

 この時館が地球全ての時間を操っていると言われており、第二次大戦の空白襲の際も念入りに標的から外されたという。この時計台の鐘が四時を知らせれば、他の時計とどれだけ差があろうとも世界中が四時になるのだ。怖い!

 時館の時計が止まれば地球の時間は止まるだろうし、針を戻せば時間は過去に戻るだろう。と観光ガイドには書かれている。こんなものがあれば、私も超のやつも時間移動に苦労しなかっただろうなぁ。世界の時間が巻き戻されるから、パラレルワールドなんて発生しねーし。

 まあそんな時館だが、千雨のヤツは興味を示さないだろう。時間の重要さだとか大切さなんてのは、小学三年生にはそうそうわかるもんじゃない。観光しても興味は示さないだろうな。カンダ・ミョージンやイナリ・シュラインなんてもっての他だ。

 しかしスケジュールは一泊二日である。千雨の体調を考えると日帰りは考えられなかった。何度もトーキョー入りを繰り返していればそのうち半日で麻帆良とここを往復できるようになるだろうが。

 そんなわけで予約していたカンダの安旅館にチェックインし、寝入っている千雨をザブトンの上に寝かせた。室内備え付けの緑茶パックで淹れたお茶をのんびりのんで一息ついていると、やがて千雨は昼寝から目覚めた。

『オハヨ!』「ん、オハヨー」ぐぐっと背伸びをしたあと、何かを探すように床に手を伸ばす千雨。『メガネならつけたままだぞ』「ん……」千雨は顔に手をやると、安心したように息をついた。

 こいつがつけているのは伊達メガネだ。赤面症で対人恐怖症な千雨が、他人との間に精神的な距離を作るためのペルソナめいた小道具。人間社会の中で生きるためには実際必要。

 しかし今の私には不要。完全に精霊になった今の私は、人間の頃の形を模したアストラルボディは仮の姿でしかない。本当の自分を見せない状態なら、私は中学三年の時に伊達メガネなしで人と対面できるようになった。成長だ。

「今何時?」メガネのつるを指先で弄びながら千雨が聞いてくる。私はアストラルボディに標準電波を受信させる。『午後三時だな』麻帆良の結界から解放された今の私は、電波時計めいた時刻合わせなど片手間でできる。

『夕飯まで時間があるけどどうする?』今日の午後は、千雨をトーキョーの霊格に馴染ませるための予備日みたいなものだ。予定は組み込んでいない。「遊び。遊びに行く」『観光か? ここから軽く行くならやっぱり時館がいいか』

 私の提案に千雨はいいや、と首を振る。「アキバがいい。トーキョー・アキバ・ストリートがいい」『それは明日でいいだろ』「いやだめだ。アキバに行くんだ」千雨はかたくなな姿勢を見せていた。……まあ別に構わないが。

『そうか。じゃあ行くか。旅館の人に夕食はいらねーって言っておかないとな』「ヤッター!」両手をバンザイし、千雨が私に駆け寄ってきた。やれやれ完全に保護者だなーこれ。私は遠い昔の魔法世界を幻視した。







 第二次大戦時の東京大空白襲は、コクブンジに東京大断層を作っただけではなく、東京の東側一帯をその空白投下で破壊した。大量の空白を浴びせられた土地は、概念的に大陥没を起こし、東京東部一帯は標高マイナス三キロメートルまで沈下した。

 東京東部は首都機能の集中した大都会だったが、その大陥没で完全に崩壊してしまった。だが日本人はたくましく、戦後ネオサイタマという新しい首都を得た後、驚異的な速度で東京の復興をはじめた。

 破壊されキロ単位で陥落した廃墟都市の上空に、日本人は新しい土地を建設した。標高ゼロメートルの人工都市。地上トーキョーと呼ばれる新都市だ。

 一方、三キロ落下した地下トーキョーにも、人々は十分残っていた。放棄されたカンダ地下地区では、戦火から生き残った人々を相手に闇市が開かれた。世間の目は完全にネオサイタマと地上トーキョーの建設に向いていた。そんな中で文字通りのアングラめいた闇市は密かに賑わった。

 戦後復興はやがて進み、放棄されたはずの地下トーキョーにも再開発の手が伸びる。地上トーキョーが世界向けのビジネス・シティとして芽を伸ばしており、そんなシティで働くサラリマン向けのベッドタウンとしてこの地下トーキョーが注目されたのだ。

 時代は変わり、人の層も変わる。そんな時の流れに逆らうことなく闇市も取り扱う商品を変え、生き残り続けていた。いつしかカンダの人々は元闇市のことをこう呼ぶようになっていた。トーキョー・アキバ・ストリートと。

 そんなネットから仕入れたであろう千雨の熱心な解説を聞きながら、この世界のアキバ・ストリートも前の世界の秋葉原と同じ歴史を辿っているのだな、と私はぼんやりとした感想を抱いた。

 エレクトレイン・エレベーター。地上トーキョーと地下トーキョーを結ぶ三キロメートルの垂直降下の旅路を終え、私達はアキバ・ステーションから出た。そして眼前に入ってきた光景を見て、どこか胃もたれに似た感覚を得た。

 都市計画など欠片も考慮されていないであろうプレハブ店舗が、横に上にとみっしり並んでいる。それらの店舗にはぼろくさい看板が、ネオン文字、あるいは達筆なペンキ文字で無秩序に飾り付けられている。

 そして遥か上の天井。三キロメートル上空では、地上トーキョーの地盤である鋼鉄製の底部が青い夏の空を塞ぐように視界に覆い被さっていた。

 ストリートを行く人々は、身体を義体換装したサイボーグだったり、精霊動力で動くロボット――自動人形だったりと、麻帆良ではまず見かけない独特の文化をただよわせる姿をしている。

 なんとサイバーパンクめいたアトモスフィアであろうか。だがここは未来の都市ではない。れっきとした1997年の光景だ。スッゲーな。

「行こうぜ」雰囲気に飲まれ憶していた私の手を引き、千雨がアキバ・ストリートに足を踏み入れた。そうだ、こんな雑多な光景なんて、2025年の香港でも十分見てきたじゃねーか。何をびびってんだ私は。

「機械」「安い」「部品」「最高そして」「実際安い」……様々な宣伝文句の書かれたテナントを歩を進めた千雨は見入っていた。目の輝きが尋常ではない。巨大なアニメキャラの書かれた看板のあるアニメショップではなく、真っ先に電子機械ショップを覗きに行く当たりがさすが私だ。

 人間時代、半精霊時代の私はアニメオタク及びコスプレオタクだったが、それ以上に機械オタクだった。好きなものはコンパクトで性能の高い電子機器。ノートパソコンも大画面のものより省サイズ高性能のものが良い。

 私が単なるアニメオタクだったなら、ネギ先生との仮契約で出たアーティファクトは、きっと無数のコスプレ衣装を取り出せる衣装箱とかそんなものになっていただろう。しかし実際に手に入れたのは、あらゆる道具とネットワークを支配する電王の杖だった。

 千雨は間違いなく長谷川千雨である。特に原体験というものがないのに電子機器に惹かれる。そんな人間だ。

「スッゲースッゲー」私の手をぐいぐいと引っ張って先へと進もうとする千雨。手が離れないのは、私が現実干渉させた手を強く握りかえしているからだ。『おいはしゃぐと迷子になるぞ』そう言いつつも、私はここにいる間絶対に手を離さないつもりだ。

「なんねーよ。お前は私のお母さんかっつーの」私の物言いに不満そうに声を荒げる千雨。『お母さんじゃねぇが私はお前だ。私はお前。お前は私』「ちっ。それいわれたらかなわんっつーの」納得してくれたのか手を引っ張る力を弱めてくれた。

「ドッシャー!」「アバーッ!」そんな私達の歩く先で、なにやら騒がしい人の群れが道を塞いでいた。「ドッシャー!」そんな人垣の中心にいるのは、機械装甲を身に纏った二人の男だった。男達は、それぞれ手に持った機械製の武器らしきものを激しく打ち付けあっている。

「こんなところでストリートファイトか?」いぶかしむ千雨。『ん……あれは……』アキバ・ストリートでのストリートファイト。その理由に思い当たった私は、アキバの野良ネットをハッキングしてとあるWEBサイトへとアクセスした。

 パンツァーファイト:アキバ・ストリート 16:42開始

『あれはパンツァーファイトだな』「なんだそれ」聞いたことがない、と首をひねる千雨。『機械装甲と魔法技術を融合させたパンツァーっていう戦闘技能者がいてな。そいつらが得点を奪い合って戦う競技がアキバでは人気みてーだ。魔法使い志望が多い麻帆良では馴染みがないっぽい競技だな』

 パンツァー。前の世界にはなかった魔法機械系統の戦闘能力、および戦闘能力者だ。機械装甲の鎧『重甲』と機械武器『ツール』を霊的エネルギーで動かして戦うものらしい。

 パンツァー同士で戦闘を行い、その勝敗で点数を足し引きしていきランキングを作るパンツァーリーグ。そんなのがゼノン・トーキョーでは開催されているみたいだ。

 電気街アキバ・ストリートはそんな競技者達が製品やパーツを求めて集まる、パンツァーの楽園であるとガイドブックには載っている。野良試合なんて危険極まりないように見えるが、パンツァー達を応援する観戦者の様子を見るに、ここではチャメシ・インシデントのようだ。

 千雨は数十秒ほどパンツァーファイトを眺めた後、興味を失ったように再び店の方へと体を向け直した。戦闘試合はお気に召さないようだ。私もバトルの類はそんなに好きじゃねぇ。昔、魔法世界でいろいろ怖い目にあったからな。

 私の手をまた強い力でぐいぐいと引っ張り、怪しい看板が掲げられた電子機器の店へと足を踏み入れる千雨。「完成品重点」「実際安い」「小さい」「スゴイ」「合法」そんな張り紙がプレハブ的な建物の壁に貼られている。

『今日は旅館に帰って泊まるから、買わずに下見だけな』「えー」『今日見るだけ見て、一番安いのを明日買う』「かしこい!」そんな私達の入店を店内に鳴り響く奇妙な電子サウンドが迎え入れた。

 ブンブンブブブブンブ、ブンブンブブブブンブ。ドンツクブブーン。どこか不安を増幅させるような店内BGMが、商品の怪しさを加速させている。

「アイヤ、可愛らしいお客さんネ。何をお求めか」首から上を機械化したサイボーグの店主が私達を迎え入れる。千雨は入店前のテンションの高さから一転、びくりと体を震わせて店主の視線から逃れるように私の陰に隠れた。この対人恐怖症め。

『特に何かを探してるわけじゃねぇんだけどな。何かこうコンパクトで高性能なのが何かないか興味本位で見て回ってんだ。冷やかしだな』「そりゃお客さん、良い店来たヨ。うちの店コンパクトさが売りだからネ」店主はカタカタと笑い、壁に貼られたチラシを指さした。「小さい」とそこには書かれている。

 なるほど。この世界の電子機器がどんなものか、適当に見せて貰うとするか。古代から魔法が人類史に存在する以上、前の世界にはない独特な製品にお目にかかれるかもしれん。

「お嬢さんにはこれなんかどうネ。ヘアピン型小型ラジオ。鉱石ラジオだから電源いらずで、骨伝導でクリアな音声が聞けるヨ」ファッション用としてはいささか無骨なヘアピンを私達の前に見せてくる店主。

『今時ラジオなぁ……』情報メディアとしていささか時代遅れな代物がいきなり登場だ。ラジオ電波は精霊として直接受信できちゃったりするので私にとっては完全に必要ないものだ。

 一方、千雨はどうなのかと精霊視界で様子を伺ってみると。「スッゲー……。これがあればじゅぎょう中でもラジオが聞ける……」めっちゃ気に入っていた。

「お買い上げカ?」ヘアピンを手にとって様々な角度から眺める千雨を見て、店主がカタカタと笑う。

『いや、今日は単なる下見で、何も買う気はねぇ』「気に入ったのを明日買うんだ!」ちょ、ちょっと千雨さん? 店主にそういう余計なプラス情報を与えても良いことはねぇぞ。

 店主はまたもやカタカタと機械の顔を打ち鳴らしながら別の商品を取り出してきた。「これ一番のお勧めネ。コンパクトソーラーパネル」A3サイズのコピー用紙程度の面積を持つ太陽電池を店主が取り出してきた。「ここコンセントの刺し口ネ。窓際にこれを置けば、家電を使っても電気代いらずヨ」

 千雨はまたもや商品に興味津々だ。電気代いらずって、寮生だから元々気にする必要ねぇぞ。それにだ。『これバッテリーついてねーから、ちょっとでも曇ったら刺さってる電化製品使えなくなるぞ』「ダメじゃん! 不良品だ!」きっと店主を睨み付ける千雨。だが店主はちっとも怯まない。

「そんなことないヨー。これは一年を通じて売れるロングヒット商品ヨー」『へえ、どんなやつに売れるんだ』「春光、烈日、秋陽、愛日。あとは晴朗ネ」「売れ筋かー」『全員太陽じゃねーか! そりゃそいつらには天気関係なく売れるよ!』太陽が地下東京まで買い物に来るとは、矛盾都市は恐ろしい。

 その後も店主はいろいろな商品を勧めてくるが、どれも何かしらの欠陥を抱えた商品ばかりだった。「最初のラジオヘアピンが一番良かったな」『そうな。でも正直あれ絶対周波数合わせるのむずいぞ……』あのサイズの鉱石ラジオが、つまみで簡単にチャンネル合わせなんてできるだろうか。

 まあまだ一店舗目だ。他の店も見て回るとしよう。千雨の手を引きプレハブ店舗を後にする私達。「明日来てネ」店主の言葉を聞き流してストリートへと再び足を踏み入れる。

「アイエエエ! アイエーエエー!」そんな私達を迎えたのは、耳をつんざくような叫び声だった。

 何事か。声の方向を精霊アイで注視する。次の瞬間目に飛び込んできたのは、想像もしない壮絶な光景だった。ストリートの地面が、真っ赤に染まっている。血だ。尋常な量ではない。そしてその血の赤の上に、人が二人倒れていた。

 死んでいる。機械装甲を身に纏った人間二人が、頭の中身を地面にまき散らし横たわっている。先ほどファイトを行っていたパンツァー達だ。

 相打ち? それはない。パンツァーファイトは死傷者が出ないよう、厳重なリミッターをかけることが厳命されている競技だ。設定された数字上の装甲値を削り合うそんな戦い。あんなネギトロめいた光景を生み出すはずがねぇ。

 これは競技外の第三者による凶行だ。そう、死体の横に立ち、手を血で赤く染めている修道服を身に纏った一人の女性がこの光景を作りだしたのだ!

「アイエエエ……アイエエエ……」ファイトを見守っていたであろう観客達が、突然起きた惨劇に驚きの悲鳴を上げている。日中のツジギリめいた殺人。日本人には馴染みがなさ過ぎる狂気の光景に、逃げ出すことすら思いつかないようであった。

「ああー……」修道服の女が、死体の機械装甲に手を触れながらなにやら呟いた。「アンブッシュのたった一撃で上位ランカーが潰れるとは、ねぇ……」女が触れた死体の装甲がどろりと溶けるように消滅していく。何事か。「せっかくニンジャの力を手に入れたのに、カラテの力試しもできないなんて」

 女の口からニンジャという言葉が出た瞬間のことだ。女の周囲で呆然と立つだけだった観客達に、突如パニックが広がった。

「ニ、ニンジャ? ニンジャ! アイエエエ!」「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」「コワイ!」観客達は一様に恐怖にかられた表情に変わり、失禁しながら修道服の女の周りから逃げ出し始めた。

 修道服の女はと言うと。「カラテ。試そうかしら、うん」そう言うや否や、恐怖のあまりへたり込み逃げ遅れた観客へと突如襲いかかったのだ!

「イヤーッ!」「アバーッ!?」修道服の女の手刀による突きが、逃げ遅れた一人の男の胸に命中する。胸に大きな穴を開けた男は、胸と口から血を吹き出しながら吹き飛んだ。一方、女はそれで終わりとせず、再び逃げ遅れた人達へと襲いかかる。

「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」次々と女の手刀によって倒れていく観客達。いずれも一撃で胸を貫かれ即死している。

「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」女はやがて走って逃げる人までも追い始め、アキバ・ストリートは血の海となった。なんてツキジめいた光景か!

 私ははっとする。そうだ、逃げなくては。ここには千雨がいるんだ。私は横にいる千雨を見る。「アイエエエ……」なんてことだ。千雨は失禁し、がくがくと震え腰を抜かしているじゃねぇか。

 これじゃ逃げられない。いや、元々小学三年生の子供の足なんかじゃ、手を引いたところでろくな速度は出ねぇ。私は両手で千雨を抱きかかえると、脇目もふらずその場を逃げ出した。

 私は精霊だ。超常的な力を持っている。でも、風や水といった自然精霊じゃない。アストラルボディが出せる物理的な力はとても貧弱だ。

「イヤーッ!」「アバーッ!?」なんてことだ! よりにもよって、女は私の逃げる方向へと向かってきている。足に電子の力を込めるも、ちっとも速くなんてなりやしない。「イヤーッ!」「アバーッ!?」そしてとうとう、私と女の間に壁となる生きた人がいなくなった。

 女は驚異的な速度で私の元へと近寄ってくると、回転スシチェーンのスシ職人の作業めいた所作で手刀を突きいれてきた。「イヤーッ!」『ンアーッ!』インパクトの瞬間。私は腕に抱えていた千雨を持てる限りの力を振り絞って、横にあるフートン露店ショップへと放り投げることに成功した。

「む、あなた……」私の胸を貫く女の手刀。だがその感触に女は違和感を感じ取ったようだ。

「肉がない……霊体か!」そう、精霊は物理的な力で傷つけることが出来ないのだ!『詞変(ワードアクセル)、二十五万詞階(オクターブ)の遺伝詞よ!』女が腕を引く前に、私は胸を貫通している女の腕にお返しとばかりに指を突き入れた!

『イヤーッ!』物質世界への影響力を持たない情報精霊の私が持つ、もう一つの魔法の力。それは、人間だった頃に覚えた風水だ。「グワーッ!」癒しと変化の力を持つ風水が、女の体内遺伝詞を滅茶苦茶にかき回す。

 さらに追い打ちだ。私は女から離れ、次は地面へと指を突き入れる。『詞変、二百八十二万詞階の遺伝詞よ!』アキバ・ストリートの土地に宿る遺伝詞を私は読み取る。

 遺伝詞とは万物の持つ情報だ。風水はそれを読み取り自在に変化させる。魔法の才能なんかあるわけがない私が風水なんて技能を覚えられたのも、この遺伝詞と風水の仕組みのおかげだ。情報を読み取りプログラミングする。完全に私向け。「イヤー!」アキバの地から私は兵器を呼び出し、女へ投擲した。

“空白”。東京空白襲で地上に落とされた米軍の兵器。それを私は大地から再生した。対人用ではない大規模破壊用の対地兵器、目に見えない大量の“空白”だ。避けることすらできねぇだろ!

 だが。「イヤーッ!」女は手刀を横に払うように一閃した。たったそれだけの動作で眼前に迫った空白を切り裂いてしまった。

 こいつは……本当にヤバイ! 私は咄嗟に周囲の電子機器類を全て掌握。そのエネルギーを使って、霊的世界にある私の本体を全て地上に引きずり出した。さらに、周囲一体を眷属の電子精霊で埋め尽くす。

「……電気街に宿る電気の精霊さんってとこかしら」臨戦態勢に入った私に、女は距離を取って両の手を合わせ頭を下げる妙な体勢を取った。「ドーモ。シスター・マリィです。ようやくカラテを試す相手が見つかったわ」彼女が取っている体勢。それはオジギだ。

 これはまさか……伝説の神話存在であるニンジャが戦いの前に必ず行うという所作、アイサツなのか。私はいつでも風水を行えるよう構えを解かぬまま、これに返した。『ドーモ。シスター・マリィ=サン。電子の王(エレクトリウム・レグーノー)です』

 それにしてもこいつは何者だ。単なる通り魔にしてはタチが悪すぎる。そんなことを私が考えていると、シスター・マリィは突然語り出した。「ニンジャになれたのはいいのだけど、カラテを使う機会がなくてどうしようかと思っていたの」なんのことだ。

「カラテを鍛えないといざというとき困るでしょう?」でしょう、と言われてもこっちが困るわ。「なのにパンツァーどもはどいつもこいつも弱くて弱くて……。でも今日は運が良かった。大物の精霊、しかも人間の使う風水を覚えてるレアもの。殺しがいがあるわ」

 ……なにがニンジャは実在しないだ、麻帆良歴史研。ニンジャが操るという体術カラテを使い、ニンジャを自称する絶対強者が実際目の前に現れやがったじゃねぇか!

『ちう様、あいつの情報ヒットしましたです!』呼び出して情報解析を任せていた七部衆から、念話が届く。『シスター・マリィは“重甲狩り”って呼ばれてるパンツァーですー。他のパンツァーを襲撃して重甲やツールを奪って、闇市にパーツを流してる指名手配犯ですー』

 指名手配犯とか襲撃とか、なんだそのマッポーの世めいた響きは。現代日本で聞く言葉じゃねぇぞ。『でも今のあいつは重甲をまとってないですぅ』『ニンジャ的制約でもあるんじゃねーの。知らんけど』そんな念話が裏で交わされているのを知るか知るまいか、ニンジャがゆらりと動く。

 突きの構え。だが私はヤツが動く前に先手必勝と攻撃を開始した。電子機器の演算力を使った魔法エミュレート。無詠唱の『雷の暴風』だ!

『イヤーッ!』旋風で渦巻く稲妻の群れが、ニンジャ女に襲いかかる。「イヤーッ!」だがしかし、常人では出せない魔力をつぎ込んだ魔法は、あろうことか手刀の立った一振りで霧散してしまった。

『イヤーッ!』続いて『魔法の射手』1024矢をまたもや無詠唱で解き放つ。四方から襲い来る魔法の矢は完全に逃げる道無し!「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」女が精霊の目でも捉えられない速度で腕を振るうと、まるで壁にでも阻まれているかのように魔法は全て弾かれてしまった。

 そしてなんたることか。ニンジャ女は少しずつ私へと歩み寄ってきているではないか。顔に悪魔めいた笑みを張り付けて!

『エゴ・エレクトリゥム・レーグノー!』今度は全力で情報魔法を放つため、無詠唱ではなく全ての詠唱を念話で世界に響かせる。演算によって再現する魔法は、私の知る最大の一撃。

『契約により我に従え、高殿の王! 来れ、巨神を滅ぼす燃え立つ雷霆! 百重千重と重なりて、走れよ稲妻! 千の雷!』対軍用の広域破壊魔法。それを私は目の前のニンジャ女一点に集中させた。

 地下トーキョーに小さな太陽が生まれた。まばゆい光をまき散らす千本の稲妻がニンジャ女ただ一人に向けて落ちる。直撃したら肉体など破片すら残らないであろう。だが。「イヤーッ!」圧倒的なはずの暴力の塊を女は手刀の一撃でもってはじき返してしまった。

「ワザマエ! しかし私には届かない! ハハハ、ハハハハハ!」女はいつのまにか密着しそうなほどに近づいてきていた。「血中カラテをたぎらせ、森羅万象を突く。なるほどこれがカラテの神髄か!」女は悪魔めいた笑みを顔全体に浮かべ、手刀を作った。

「イヤーッ!」私の身体を衝撃が襲う。物理的な物質には影響を受けないはずのアストラルボディの胸に、大きな穴が開いた。『ンアーッ!』遅れてやってきた衝撃波に、私のアストラルボディは大きく吹き飛ばされた。

 今の一撃は、最初に受けたただの突きとは違う! 霊体に影響を与え破壊する生命の力、“気”が宿っていた。なんということだ。続けざまに放った魔法を手刀で弾くうちに、魔力を貫く気の力を身につけたとでもいうのか。

 胸に開いた大穴は塞がる様子がない。霊体に傷を受けたのだ。痛みは感じないが、明らかに重症だった。

『ちうたまーむりですー。かないっこないですー逃げましょうー』『一人ならそうしたけどな……』千雨を置いて逃げるわけにはいかなかった。いつから私はこんな熱血になってしまったのか。でも戦いを放棄して身内を見捨てるなんてとても無理。『差し違えてでもやってやる』そんな強がりを私は言った。

「今の一撃は良かったなぁ……もう一度この感覚で……」「アイエエ……アイエエ……ちう、ちうぅ……」「……この感覚で、うん、試して見るわね。次は余計な衝撃波も出ないように」ニンジャ女は、遠くにはじき飛ばされた私ではなく、すぐ横のフートン露店に座り込んでいる千雨の方へと身体を向けた。

 なんということだ! この女、決着もついていないのに私ではなく近くにいる千雨を標的に選びやがった!

『千雨、逃げろ!』「アイエエエ……」私が念話を飛ばすも、腰が抜けて失禁している千雨は立ち上がることすらできそうになかった。

 ニンジャ女が手刀を作る。その指先には強烈な気の力が満ちあふれていた。あの手が突き出されたら、千雨はなすすべもなく死んでしまうだろう。「イヤーッ!」ナムサン!『――ちうたま、即席矛盾プログラム起動しますー!』

 私はお前。お前は私。

 次の瞬間、ニンジャ女の手刀は宙を切っていた。逸れたのではない。ましてや千雨が自分の力で避けたのでもない。女の手刀は、私の胸に開いた大穴を通りすぎていた。

 七部衆はニンジャ女の攻撃の瞬間、ある即席プログラムを起動させたのだ。効果は、私と千雨の位置を入れ替えるというもの。戦いに参戦できない電子精霊達が、何かできないかと今この場で作りだしていた戦闘プログラムのうちの一つだ。

 私と千雨はどちらも長谷川千雨。なのでその存在をまるっきり入れ替えても数学的に何も変わっていない。そんな矛盾した現実をトーキョーの力を呼び起こして実行させた。その結果、千雨は私が吹き飛ばされた場所に転移して、千雨が受けるはずだったニンジャ女の手刀を私が胸に受けたのだ。

 ともあれ、隙ありだ。『詞変、三千五百万詞階の遺伝詞よ!』胸の大穴にすっぽりと収まっている女の腕をがっちりと掴み、風水。『イヤーッ!』持てる限りの力で、ニンジャ女の体内を構成する遺伝詞をかき乱し変貌させた。「グワーッ!」女の身体が大きく跳ねる。

『戦いの途中によそ見をするのはよくないな。注意一秒怪我ずっと。インガオホー』手刀でどんな魔法も弾くなら、どうにか手刀をかいくぐって魔法を当てればいい。そんな唯一の勝算が、思わぬ形で達成された。

「アバーッ!」体内をかけめぐる風水の力にニンジャ女は叫び声を上げる。彼女の体内では、アキバ・ストリート中からかき集めた三千五百万詞階の電子の遺伝詞が暴れ回っている。鬼神兵一匹分に相当する量の遺伝詞だ。肉体を構成する遺伝詞はばらばらに引き裂かれて電子に変わってしまうだろう。

 だが相手はニンジャだ。万が一と言うこともある。とどめをさすことにしよう。『エゴ・エレクトリゥム・レーグノー。来れ虚空の雷、薙ぎ払え。雷の斧!』七部衆達が地脈から汲み取ってきた魔力を使い、魔法を発動する。ギロチンめいた形のまばゆい雷が、頭上から落ちてきた。

「イヤーッ!」だがなんということか! 風水によって体内を狂わされていたはずのニンジャ女が手刀を振り上げて雷の斧を消し飛ばした!

「イヤーッ!」そして返す刃で私に振り下ろされる手刀。『ンアーッ!』身を捻って直撃を避けようとするも、アストラルボディの左肩に命中。肩から左腕が切り離され、腕が地面に落ち霊的世界に還っていく。私は咄嗟に転がってニンジャ女から距離を取った。

『なぜだ。なぜ生きてやがる』ニンジャ女は五体満足なまま大地の上に立っていた。身体を駆け巡っていたはずの風水の力は、いつのまにか鎮静化している。「フフ、フフフ!」不敵に笑うニンジャ女。ニンジャとは不死身なのか?

「ニンジャソウルを宿した私の身体は、すでにニンジャ新陳代謝によってカラテ戦士の身体に変貌しているのよ! 風水など効かぬ!」絶望的な説明台詞に私はうちひしがれた。ニンジャとはやはり神話的存在なのか。

「しかし精霊とは不死身なの? 胸をつらぬいて腕を飛ばしても生きているなんて」確かに私は重傷ながら生きている。肉の身体がないので痛みを感じない。そして精霊は環境があるかぎり不滅の存在である。しかし完全な不死身ではない。

 霊的世界にある私の本体をほぼ全て呼び出しているこの状態でアストラルボディを破壊されたとしたら、それは物質世界での死にも等しい。

 新しいボディを生み出すまで、霊的世界で長い眠りにつかなければならんだろう。しかし千雨を守りきるまで、私は眠りにつくわけにはいかなかった。

 周囲に顕現している無数の電子精霊達に指示を与える。物質世界に干渉し、千雨を遠くへ運べ。物理的な力を出すために必要な力は、七部衆達が汲み取っている地脈の魔力を使うべし。

 私の指令に、精霊達は一斉に動く。ニンジャ女の目にもその様子は見えているだろう。しかし彼女は私から目を離さなかった。

 戦いの途中によそ見をしない。格下を侮る油断はすっかり無くなっているようだ。私はそんな中、七部衆達から供給されていた魔力を使わずにこいつと戦わなければならない。西洋魔法のエミュレートなしということだ。実際辛い。「頭を潰せば死ぬかしらね」そんな呟きとともに手刀を作る女。サツバツ!

『詞変、一千八百万――』「遅い!」私が風水の準備に入ろうとした瞬間、ニンジャ女はすでに私の懐の中にいた。ワン・インチ距離。「カラテが使えない。それがあなたの敗因。イイイヤアーッ!」手刀が頭を貫こうと目の前に迫る。

「Wasshoi!」だがその死の刃が私に届くことはなかった。突如響いた謎の掛け声と共に、ニンジャ女が大きく吹っ飛んだのだ。

 ニンジャ女はきりもみ回転しながら吹き飛び地面に叩きつけられるも、一度大きく回転すると驚異的なバランス感覚で地に二本の足を付けて立ち構えた。

「く、スリケンだと!?」なんということか。ニンジャ女の右腕に、手裏剣と言うべき金属塊が突き刺さっていた。

「いやはや遅くなったでござるな。どうにもこの都市は気の流れが読みにくくてかなわんでござる」私とニンジャ女の間に立ち塞がるように、何者かが空の上から勢いよく降りてきて、音を立てることすらなく華麗に着地した。

 何者か。それは忍者だった。ニンジャではない。赤黒い和風の忍者装束を身に纏った長身の女性。前の世界で見た、忍者の姿だった。

『……長瀬?』私はここにいるはずのない人の名を呼んだ。長瀬楓。白き翼として、魔法世界で苦難を乗り越えた仲間の名前だった。「うむ。拙者が来たからには安心するでござるよ、千雨殿」それは紛れもなく長瀬の声に違いなかった。


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