まえがき:何故か妙に話数が増えたので2014/07/21にチラシの裏から赤松健板に移動しました
けどやっぱりネタ以外の何ものでもないので2016/01/16にチラシの裏に戻しました
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出席番号25番 長谷川千雨
大学卒業後ガチ引きこもりのネット廃人に。
とはいえ、今でもネギに重要な信頼を置かれているうえに、“裏でも色々やっているようである”。
元ISSDA特別顧問。
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「千雨さん。僕と本契約を結んで下さい!」
二年ぶりに顔を合わせた“英雄”がそんなことを突然言った。
中国は香港の一等地。私が十五年間引きこもり生活の拠点として使い続けてきた、一人用の楽園だ。
別の言い方をすると快適なマイホームである。
「……ネギ先生、ここでは千雨と呼ぶなと何度もいってるだろーが。香港の私は千雨じゃなくて“ちう”だ」
この楽園の主である私の名は長谷川千雨――ではなく、ちうである。
現在の国籍は中国。香港在住。仕事は自宅警備員兼風水師。歳は……四十を間近にしたおばはんだ。ちなみに未婚である。
「それなら、いい加減僕のことを先生と呼ぶのもやめてください」
「じゃあ何と呼べと? ISSDAのCEOか? もう顧問は辞めたから敬称はつけねーぞ」
「そうじゃなくてですね! ネギ、と呼び捨てでお願いします」
ぷりぷりと起こる目の前の美男子。
彼はネギ・スプリングフィールド。人類を宇宙に進出させ火星をテラフォーミングさせるという大事業を行っているISSDAの最高責任者だ。美男子である。中身はとっくに三十路を越えたおっさんだが、見た目も言動も若者然としている。
なんだかなぁ。世間では偉大な魔法使いとか立派な魔法使いとか言われているが、ガキだった頃となんもかわっちゃいねー。
多分ここでこっちが意地を張ると拗ねるな。もしくは泣く。いやさすがに泣くことはないか。
「で、“ネギ”」
「はい!」
うわ、すっげー嬉しそう。なんなんだこいつは。いい歳したおっさんが。
「本契約ってなんだ。ISSDAにはもう戻らねーぞ。私が特別顧問としてやれることはもういい加減ねーよ。契約更新は無しだ。私はこのまま最期の日まで香港で引きこもりライフを満喫するぞ」
私の言葉に、きょとんとした顔をするネギ先生。
ガキ丸出しの表情だ。しかし見た目二十代の美男子がこの顔をすると色々反則だ。
自堕落ライフで女として枯れきった私にはすでに効力は無いが、そこらの婦女子がこの顔を見るとなんかもういろいろなものを刺激されて色恋沙汰や何やらで面倒なことになる。なった。
「えっと、本契約ですよ」
「なんの契約だ。契約書は?」
「魔法の本契約ですよ!」
「はあ、何かの儀式魔法か?」
さっきから何を言ってるんだこいつは。
ネギ先生と私に関係のある契約と言ったら、テラフォーミング事業のISSDAの事くらいだ。
二十数年前この事業がスタートしたばかりのころ、私は仕事に追われるネギ先生の手伝いをちょくちょくとしていた。
相談役とでも言った役目だろうか。事業が始まるもっと前、魔法世界を巡る戦いで私はいろいろ合ってネギ先生を横で支える役割をしていて、そして宇宙事業が始まった後もそんな私とネギ先生の独特な関係が続いたわけだ。
そして事業が本格的に大きくなってISSDAという事業団体が発足して、私は気がついたら特別顧問という役職に就かされていたのだ。その契約満了期間が一年前。元々この香港を拠点に半引きこもり生活をしていた私は、宇宙事業が完全に軌道に乗ったのに満足して完全な引きこもり生活をスタートさせたのだ。
なので、今日ネギ先生が宇宙からはるばる香港になんてやってきたのも、私を再度引き込もうとしているのではないかと推測したわけだ。何か違うっぽいが。
「……言い方を変えます」
そういってネギ先生は軽く咳払いを一つすると、私の目を真っ直ぐと見つめてくる。
な、なんだよその視線は。
「長谷川千雨さん。僕と魔法使いの従者の契約を正式に結んでください。……そして、僕と結婚してください。愛しています」
「……はあああああ!?」
寝耳に水だった。別に寝てやしないが。
◆
パクティオー。魔法使いとその従者によって結ばれる契約。魔法使いは従者に魔力と魔法の道具を与え、従者はその力をもって魔法使いを守る。
契約には仮契約と本契約の二種類がある。
仮契約はいわゆるお試し期間で、何人とでも契約を結ぶことができる。ただし、パクティオーの儀式によってもたらされる魔法の道具――アーティファクトが出現するとは限らない。
本契約は正式な主従の契約。とはいってもどちらが上でどちらが下というものではなく、対等なパートナーとしての契約だ。魔法使いは従者に力を与え、従者は魔法使いを守る。その関係をいずれかが死ぬまで続けるという契約だ。原則として一人一つの本契約しか結ぶことが出来ない。
そして、比較的平和な現代では魔法使いが戦いのためにパクティオ―を行うということは少なく、一般的な魔法使いの間において本契約とは魔法使いの男女間における結婚を意味する。
ということをつい先ほどまで忘れていた。
いや、私もネギ先生とは仮契約を二十数年前に結んでいるし、パクティオーカードのアーティファクト『力の王笏』には日頃からお世話になっている。しかしだ。契約の意味する内容までは覚えてなかった。
仕方ない。うん、これは仕方ない。
私が普段触れているのは最新の情報魔法と、風水街都香港で広まっている東洋の風水五行の術で、古典的な西洋魔法に触れる機会はここのところ全然無かったのだ。しょうがない。パクティオーカードを便利な服装着替え道具と思い込んでいても仕方がない。
で、だ。
男女間の本契約は一般的な西洋魔法使いでは結婚を意味する。
そして私は今ネギ先生から本契約を持ち込まれているのだ。いや、それどころかはっきりとプロポーズをされた。……うん、わけわかんねー。
「本気か」
「本気です!」
「何故私なんだ」
「好きだからです!」
「いや、そうじゃなくてなんで私のことが好きなのか聞きてーんだが……」
「それは……」
あーもうなんだこれ。
何が悲しくて思春期の少年少女みたいなやりとりをしなくちゃいけないんだ。
こういうのは中学時代にとっくに卒業したはずだ。私も、ネギ先生も。
ぼんやりと遠い二十二年前の記憶を掘り起こす。
ネギ先生が“先生”だった短い一年間。先生が担任として赴任していた3-Aの生徒達はことごとくネギ先生の仮契約――キスの餌食になった。
相手は十歳の子供先生。でもクラスメイト達の何人もがネギ先生に異性として惹かれ、なんかまあいろいろあってガキのネギ先生を中心としたハーレム状態ができあがっていた。
そして当然のように出てくる問題。「ネギ先生の本命はだあれ?」それを巡ってさらにいろいろあったわけだが、結局ネギ先生は自分の好きな人を誰にも明かさず3-Aは卒業を迎え解散した。
そしてその本命は私達が高校を卒業したときに明かされるのだが……まあ当時のネギ先生が誰を好きだったかは、今の状況から考えると割とどうでもいい話だ。
宇宙開発の責任者としてネギ先生は成長し、いろんな人々と触れあう機会があったはずだ。子供時代の恋なんてとっくに忘れていてもおかしくない。
しかし現在のネギ先生は独身だ。公式上は。正直愛人や隠し子の一人や二人居てもおかしくないと邪推していたんだが……それが突然の告白だ。どうしろってーんだ。
「ネギ、あんたの周りには器量よしな良い女が山ほどいるだろ。それがなんでこんな引きこもりのダメ人間に愛をささやいてるんだ」
「ち、千雨さんはダメ人間なんかじゃないですよ!?」
「ちうだ」
「あ、はい、ちうさんはダメ人間なんかじゃないですよ」
言い直すなや。
確かにダメ人間だけどこう繰り返し言われるとすっげー責められてる気になる。確かにダメ人間だけど。
「ダメ人間だよ。香港商店師団(ホンコン・ヤード)のヤツラに聞いてみればいい。口を揃えていうぜ。風水師のちうは働けるのに働かない腐れNEETだって」
香港は混沌とした地だ。古くから魔物が跋扈し、それを裏社会の風水師や五行師などの東洋の魔法使いが退治してきた。
魔法の存在が世界に公開された現在では、魔法使い達は公的な組織を立ち上げて怪異と戦っている。この地で風水を学んだ私も現在香港商店師団に風水の魔法使いとして登録されているのだが、ガチの引きこもり生活を送っているので職場に顔を出すことはない。
「でもでもですね、ちうさんはISSDAの顧問として僕をずっと助けてくれた人でですね」
「もう辞めただろ」
私が香港に住んでいるのは、この地に魔法世界に通じる東アジアのゲートがあったからだ。
ISSDAは火星にある魔法世界を救うための宇宙開発事業団。事業開始直後は人類に火星まで飛ぶ技術力などなく、当初は魔法世界からこちらの世界の火星に対し魔法を使ってアプローチすることで、テラフォーミングの下地作りをしていた。
大学卒業後の私は、ネギ先生の手助けをするため魔法世界に最も近い場所の一つである香港に住居を移した。この地を選んだのはゲートのある土地で一番ネット環境が整っていたからだ。私のアーティファクト、そしてそこから発展して習得した情報魔法は情報ネットワークがなければ何の役にも立たない。
まあそんなこんなで十と数年の月日をこの香港の地で過ごしてきたわけだ。
「それでも! ちうさんは今でも僕の大切なパートナーなんです!」
ははっ抜かしおる。ネギ先生の仮契約相手は今や三桁台に突入してるだろーが。
「それにあの日僕は言いました! ちうさんにはいつも傍にいて欲しいって!」
「明らかにニュアンスが変わってるだろうが!」
ああ、言われたよ。そんなこと言われたよ。魔法世界の中枢で。
でもそのときはそんな愛の言葉として言われたわけじゃない。
「そのときから、僕はずっとちうさんのことが好きでした」
「ガキの頃の話だろうが。忘れろ。お前にはもっと相応しい女がごまんといるだろ。こんな四十路間近のババァ捕まえて言う台詞じゃねーよ」
「そんなことありません! ちうさんは今も美しいままです」
「まあ見た目だけならそうだろーが。知っての通り私は人間を辞めたからな」
「……へ?」
あん? 思わぬリアクションが。
「……言ってなかったか? 今の私は人間じゃねーぞ」
「き、聞いてないですよ!?」
あるぇー? おかしいな。親しいやつらはみんな知ってるはずなんだが。
……あー、あー、そうだ。宇宙や魔法世界をあっちこっち移動してばかりのネギ先生とは直接顔を合わせることは滅多になかったな。通信越しにする会話はいつも特別顧問としての仕事上の関係だった。
「私はだいぶ前に身体を半分電子精霊……いや、情報精霊に変換してるんだよ。そっちのほうがネットにダイブインしやすいからな。いつまでもアーティファクトにおんぶにだっこじゃいられねーよ」
「半精霊……!? そんな……」
「驚くようなことじゃねーだろ。闇の魔法のせいで吸血鬼になったネギよりはずっとまともだ」
「は、はいすいません」
「いや別に責めてやしねーが……」
あの日ネギ先生が闇の魔法を選んだことについて、責める権利も義理も私にはこれっぽっちも存在しない。
ちなみにネギ先生は十歳の頃に不老不死の吸血鬼(のような闇の生物)に変化しているが、その変化は前例のないわけのわからないものらしい。なので不老の癖に歳を取って青年に成長し、そして若い青年の姿のまま歳を止めている。都合の良い体である。
一方私は身体を精霊に変換した二十代中盤の姿のまま不老になっている。半精霊である。完全な精霊になれば不老だけでなく不死の存在になるが、世界に組み込まれてしまい魔法で召喚されない限り現実のボディを保てなくなる。今日まで私には人間としてやることがあったため完全な精霊にはまだなっていない。
「まあ要は見た目に騙されんな。今の私はクソババァだ」
もっとも、歳を止めた外見通り、私の内面はクソガキみたいなものだと思っている。
何せ社会にろくに触れず香港でずっと引きこもり生活をしていたんだ。人間として成長する余地がこれっぽっちもねえ。……なんか自分で言っててすごい情けなくなってきた。
「……見た目も中身も関係ないですよ」
と、ネギ先生が再び真面目な顔をこちらに向ける。
あ、これはいかんな。例のアレだ。数々の婦女子を陥落してきた天然ジゴロモードの兆候だ。
「ちうさんは僕の初恋の人ですから」
「ひぐっ……!」
思わずにやけそうになった頬を全力で止める。
歯を食いしばって無表情を保ち、鼻で静かに深呼吸して赤面しないよう努める。
「僕はあなたが好きです。……ちうさんが高校を卒業したときも同じことを言いましたね」
ああ、そうだ。
3-Aの間で騒がれた“ネギ先生の本命”。
それがネギ先生の口から明かされたのは、3-Aの生徒ほとんどが進んだ麻帆良学園本校女子高等部の卒業式の日の出来事だった。
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麻帆良学園本校はエスカレーター式の学校だ。
初等部入学から大学までよほど落第しない限り進学できる。
麻帆良にある大学は本校系列の麻帆良大学だけではなく、それぞれの進路に合わせて工科大学や芸大、国際大学などさまざまな進学先が用意されている。
麻帆良に住む学生はよほどのことが無い限り麻帆良の大学を選ぶ。
しかし、私は違った。私の選んだ進学先は麻帆良ではなく、アメリカの大学だった。
MIT。マサチューセッツ工科大学。米国屈指のエリート校だ。
私は最先端の情報工学を学ぶために、麻帆良の遠くアメリカへと渡ることを決めたのだ。
当時の科学界は大きく揺れていた。日本を中心とした宇宙進出とテラフォーミングの分野が活気づいていた。だが悲しいかな、宇宙関連技術ばかりが日本では推し進められ、私の得意なネットワーク技術は時代に置き去りにされそうになった。そしてアメリカも置き去りにされそうになった。
というのも、宇宙開発のスポンサーはいいんちょこと雪広あやかの実家で、雪広財閥はネギ先生の火星開発に協力する大前提として日本の国益を優先させていた。世界各国、そして魔法世界各国から優秀な人材が集められていたが、国そのものの協力関係は当時まだ薄かった。
さらには、アメリカは魔法的に後進的な国だった。アメリカ大陸発見の性質上、古くから根付いた独自の魔法文化というものが存在しなかった。なので『魔法世界の救援』という宇宙開発事業に対して、アメリカの裏魔法社会は大きな動きを見せなかったのだ。
さもありなん。
結果としてアメリカの科学界は宇宙関連技術に大きく後れ、その代わりに宇宙関連技術以外の分野で発展をしようという風潮ができはじめていた。
長くなったが、とにかく私は宇宙開発とは関係ない情報通信分野を学ぶためにMITを進学先として選んだわけだ。
ネギ先生の手助けをするならその選択は間違いだ。が、ぶっちゃけ私は自分を磨いてネギ先生の助けになろうなんて気はさらさらなかった。
そういうのは宮崎とか綾瀬とかのネギ先生ラヴァーズに任せておけば良い。実際、かつての魔法世界での戦いでは、私はネギ先生を見守るだけのポジションを貫き通して、自らを成長させるということを一切しなかった。どうやら私は自分自身のためでしかやる気を出せない人間らしい。
私がアメリカに進学するということは、高等部三年時、かつての中等部3-Aのクラスメイト皆が知っていた。
まあそりゃそーだ。3-Aの中では成績は下から数えた方が早かった頭の悪さだったのだ、昔は。それがMITなんていう名門校に行くための猛勉強を高等部の三年間でしていたのだから、目立って当然だった。いろいろ言われた。ネギ先生を捨ててアメリカに行くなんて、とかも言われた。知らねえっつーの。
しかし宇宙開発事業に大忙しだったネギ先生は私のそんな状況を知らなかった。ネギ先生はそもそも本職の教師でも何でもなくて、魔法の修行のために教師をやっていただけだ。
そして魔法の修行なんてやっていられる場合じゃなくなった以上、麻帆良に留まって教師を続ける理由がない。なので私はネギ先生と麻帆良で顔を合わせる機会は少なかった。パクティオーカードを使っての遠距離相談にはしょっちゅうのっていたが。
私が日本を離れアメリカに行くことをネギ先生が知ったのは、高等部の卒業式の日だった、らしい。
麻帆良にいれば、ネギ先生と私はいつでも会おうと思えば会える。そのはずが、私は地球の裏側の大陸に行く。そんな事実にネギ先生は衝撃を受けたらしい。まあもっともMITの入学式は春ではなく夏なので、急いでアメリカに発たなければならない理由はなかったのだが。
そして、突然ネギ先生は昔騒がれた“本命”を明かしたのだ。「千雨さん。僕はあなたが好きです」と。
私が返した答えは「そうか。私は先生のことは嫌いじゃない。だが好きでもねーな」だ。
ネギ先生が私のことを好きなのは、当時何となく察しが付いていた。私がアメリカに進学したのはそんなネギ先生から逃げる思いがあったのかもしれない。
好きでもない、と返したが、多分私はネギ先生のことが好きだった。
それでも私はネギ先生を振った。私はネギ先生と共に歩むわけにはいかなかったから。
当時の私には、ある目的があった。――そしてその目的は現在の私の目的でもある。まだ果たされない数十年の目的。しかしそれが果たされる日は近い。
「――ああ、今の私もあのときと同じことを言うぞ。あんたのことは嫌いじゃねえ。だが好きでもない」
今のこれは当時と違う本心だ。
ガキの頃の恋心を何十年も引きずるほど私はロマンチストじゃない。
「はい。でも僕はあのときに伝えられなかったことがあります。長谷川千雨さん、僕はあなたを愛しています。……僕と本契約を結んでください。そして、結婚してください」
あのときに伝えられなかったこと。
まあようはそういうことだろう。あのとき私はネギ先生に好きと告白されただけだ。付き合ってくれと言われてない。返事を求められたわけでもない。
しかし、今ネギ先生は私に必死にラブコールを送っている。
はっきりと好きじゃないと告げたのにそれでも結婚してくれなんて言ってやがる。
「……なあ、なんで今なんだ? 今日この日に告白してきたんだ」
こんな子供みたいな愛の言葉を受けるには私は歳を取りすぎた。
今更結婚してくれなんて言われても困る。もう恋に憧れるような歳じゃないし、目的のために私は人間を捨ててしまった後だ。
あの高等部卒業の日に同じことを言われていたら、きっと違う未来もあっただろうに。
「去年までちうさんはISSDAの特別顧問をしていました。そして先日、新しい特別顧問が選出されました」
「それがどうした」
「……いつの間にかこの組織は大きくなりすぎていました。まあ、なってくれないと困ったんですけど。火星のテラフォーミングなんて、子供の頃の自分の発想ながらスケールが大きいですね。あ、自分の選択を間違っているなんて思ってませんよ。僕はこのまま魔法世界を救います」
ふう、とネギ先生はため息を一つとる。
まあ組織が馬鹿でかくなったことには同意する。まあ軌道エレベーター、月面緑化、火星都市、魔法公開なんて大事業を次々と成功させているんだから当然の結果ではあるが。
「僕は今やCEOです。事業の発案者、先導者というだけではなく組織のトップという意味での最高責任者です。そんな僕が、特別顧問という重要な役職の人に、特別な感情を向けるわけにはいかなかったんです」
「すっげー今更だな。私の顧問選出なんて完全な身内人事じゃねーか」
「はい。身内人事です。でも、ちうさんは特別顧問として完璧な結果を残してくれました。身内人事だと思われないくらいに」
「……まあアーティファクトの性能だけは高かったからな」
特別顧問なんていっても基本的に香港で引きこもって、ネットを通じてあれやこれやと情報を集めて組織の幹部達にその情報を渡してやるだけの仕事だった。
ちなみに給料は破格で引きこもり生活をしていても何ら生活には困らなかった。
「ちうさんの仕事は上手くいっていました。それが、僕の個人的な想いで、け、結婚なんてしてしまったら、組織が立ち行かなくなってしまうんです……」
「ほー」
つまりCEOと特別顧問が事実上の身内になんてなったら、組織の私物化やらなんやらで騒がれて問題になると。
元々が私的な組織みたいなもんだったのに面倒なこって。
「そんなことまで考えて告白の時期を待つなんてまー、あのクソガキが大人になったもんだ」
良い意味でも悪い意味でもな。
ああ、ちなみに私は今でもクソガキのままだ。自分のことしか考えてねえ。
「そうです。僕はもう大人になりました。ちうさんに手を引かれるだけの子供先生ではないんです。だから、僕と結婚してください」
いや何回それ言うつもりだよ。
はっきり結婚するつもりはないと告げてもいつまでも食い下がりそうな勢いだ。
やっかいなところがエヴァンジェリンに似やがったなこの吸血鬼。
「二十年前のあのときからずっと想いは変わらずってわけか?」
「はい」
「で、再度言うのを今日この日まで機会を待っていたってわけか?」
「その通りです」
「そうか……」
昔の私ならここで「言うのがおせーよ」とぶん殴っていただろうか。
でも今の私はネギ先生への好意の熱なんてものはとっくに冷めてしまっている。伊達に引きこもりのネット廃人はやっていない。人生に対していろいろな熱意が冷めてしまっている。
今の私を突き動かしてるのは、そのときからずっと心に打ち込まれた一つの目的だけだ。
「私もな、ネギに対して言う機会を待っていたことがあるんだ」
ここで、私は初めてネギ先生に対してこちらから話を切り出した。
疑問の表情を浮かべるネギ先生に向けて、私は一枚のカードを突き付けた。それは私がこの二十二年間共にし続けた一枚のカード。ネギ先生とのパクティオーカードだ。
「ネギ・スプリングフィールド。私との仮契約を破棄してくれ」
→第一幕「2025・7/1」に続く