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No.35052の一覧
[0] 閃光の明日は(SAO二次創作)【マザーズ・ロザリオ編開始】[YY](2014/02/21 22:57)
[1] SAO1[YY](2012/09/19 22:01)
[2] SAO2[YY](2012/09/09 17:26)
[3] SAO3[YY](2012/09/17 18:10)
[4] SAO4[YY](2012/09/21 21:44)
[5] SAO5[YY](2012/09/17 18:09)
[6] SAO6[YY](2012/09/19 22:14)
[7] SAO7[YY](2012/09/21 21:46)
[8] SAO8[YY](2012/09/27 21:25)
[9] SAO9[YY](2012/10/12 21:34)
[10] SAO10[YY](2012/09/25 20:39)
[11] SAO11[YY](2012/09/27 19:48)
[12] SAO12[YY](2012/10/01 20:06)
[13] SAO13[YY](2012/10/01 23:29)
[14] SAO14[YY](2012/10/05 21:04)
[15] SAO15(終)[YY](2012/10/05 21:05)
[16] ALO1[YY](2012/10/12 21:33)
[17] ALO2[YY](2012/10/14 23:02)
[18] ALO3[YY](2012/10/18 19:36)
[19] ALO4[YY](2012/10/20 21:25)
[20] ALO5[YY](2012/10/20 21:33)
[21] ALO6[YY](2012/10/27 00:51)
[22] ALO7[YY](2012/10/31 19:17)
[23] ALO8[YY](2012/11/03 19:11)
[24] ALO9[YY](2012/11/06 23:03)
[25] ALO10[YY](2012/11/13 20:05)
[26] ALO11[YY](2012/11/13 20:05)
[27] ALO12[YY](2012/11/16 19:29)
[28] ALO13(終)[YY](2012/11/24 01:53)
[29] 追憶のSAOP1-1[YY](2013/08/26 00:20)
[30] 追憶のSAOP1-2[YY](2012/12/19 19:10)
[31] GGO1[YY](2012/12/30 09:33)
[32] GGO2[YY](2012/12/24 15:32)
[33] GGO3[YY](2013/01/18 00:03)
[34] GGO4[YY](2013/01/18 00:04)
[35] GGO5[YY](2013/02/22 21:18)
[36] GGO6[YY](2013/02/17 07:15)
[37] GGO7[YY](2013/02/22 21:18)
[38] GGO8[YY](2013/03/04 22:35)
[39] GGO9[YY](2013/04/09 22:47)
[40] GGO10[YY](2013/04/23 19:43)
[41] GGO11[YY](2013/05/15 20:33)
[42] GGO12(終)[YY](2013/08/26 00:19)
[43] 追憶のSAOP2-1[YY](2013/08/26 20:13)
[44] 追憶のSAOP2-2[YY](2013/08/30 00:30)
[45] 追憶のSAOP2-3[YY](2013/09/07 20:25)
[46] エクスキャリバー1[YY](2013/10/09 19:49)
[47] エクスキャリバー2[YY](2013/11/17 22:06)
[48] エクスキャリバー3[YY](2013/11/17 22:04)
[49] エクスキャリバー4[YY](2013/12/24 20:17)
[50] エクスキャリバー5(終)[YY](2014/08/25 23:07)
[51] マザーズ・ロザリオ1[YY](2014/02/21 22:56)
[52] マザーズ・ロザリオ2[YY](2014/08/27 00:00)
[53] マザーズ・ロザリオ3[YY](2014/09/06 18:13)
[54] マザーズ・ロザリオ4[YY](2014/09/20 23:06)
[55] マザーズ・ロザリオ5[YY](2014/11/04 20:16)
[56] マザーズ・ロザリオ6[YY](2014/12/11 22:23)
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[35052] 追憶のSAOP2-2
Name: YY◆90a32a80 ID:b9264a49 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/08/30 00:30


 どうしてこうなった。
 そう自分に深くツッコミを入れたくなるほど頭を抱えたい……が今は誠意を示す為に背筋をピンと伸ばして部屋に備え付けられている椅子に腰掛けている必要がある。
 こうなることはわかっていた……はずだ。前回の時もそうだが《所有アイテム完全オブジェクト化》は本当に全てのアイテムをオブジェクト化する……ので万一他人に見られたくない物がストレージにある場合はヤバイ。
 かつても同じように全てをオブジェクト化させ、彼女の不興を買ってしまったのだった。
 もっとも今回は前回と違い自ら下着の山々に手を触れるような真似をせず思いとどまったのは成長したと言える。たぶん。
 ちなみにキリトは結婚した時にストレージが共通化されていたので、見ようと思わなくても彼女がどんな物を持っているか目に入ってしまったことがある。
 さらには現実での《そういうこと》により彼女の下着の嗜好を少しばかり把握しているので、下着の山を見て何となく「ああアスナっぽい」と納得してしまえたのは仕方がないことだったりする。
 そのアスナは今、大量の装備品やアイテム、そして下着類を再度ストレージ内に放り込み、見つかった自身の愛剣である《ウインドフルーレ》を抱きしめてベッドに腰掛けている。
 アスナが下着をストレージに仕舞う際、「ストレージ内の同一アイテムは整頓してもランダム整理だから一杯持っていてもあまり意味は無いぞ」という台詞を飲み込んだのは間違いではないだろう。
 同一アイテムの差別化はほとんどされない。武具ならば耐久値によって幾分の差が発生するだろうがSAOでは一番外側の装備しか耐久値が減少しない為、下着が戦闘中に消えるというような最悪な事はまず発生しない。
 またSAOに限らずフルダイブ型のゲーム、仮想世界には実際の老廃物的発生は皆無な為衛生的においても問題は発生しない。
 よって形や色が違う物なら多少の差別化は可能だろうが全く同じ物の場合下着等に限ってはストレージを圧迫するだけでさほど利点は得られない……というのが男視点から見たゲーム攻略者の意見ではある。
 だがしかし待って欲しい。よくよく思い出してみれば同じ物があっただろうか。あれだけ多種多様に大量の下着を持っている意味は先の論から相変わらず無いわけではあるが《差別化》という点においては、同じ物が無い場合無意味と言えなくもないではないだろうか。
 つまり、当初は同じ下着を一杯持っていても、ストレージ内に収納してしまえばどれがどれだかわからなくなり、極論同じ物を再び装備、穿くことになってしまうわけだが、どれ一つとして同じ物が無かった場合はその限りではない。
 薄れゆく記憶の中で、あの下着の量はざっと二週間分はあると推測したはずだ。むむ。ではそれだけ別種の物が山になっていただろうか。
 ふと湧いた疑問にキリトが本気で悩みそうになった時、彼女から棘の含まれたような鋭い声が発され急遽思考を霧散させる。

「いろいろ考えたんだけど」

「は、はい」

「私の感じている怒りと剣が戻ってきた嬉しさを天秤に乗せると、一層の黒パン代くらい分だけ嬉しさが勝っているから、貴方にはタダで黒パンを貰った程度の感謝をしておくことにするわ」

「ど、どうも」

 あの一層ではひたすら安いパンを奢った程度の感謝。
 いや、まぁ食料をタダもらえたというのはそれなりに嬉しい物だ。恐らく。
 うん、そう思っておくことにしよう。これ以上考えるのはコワイ。

「ところで」

「は、はい!」

「そもそもなんで私の居場所わかったの?」

「え? あ、それは……」

 目を少し細めて、ジッと見つめられる。その目は信頼と懐疑で揺れているように見えた。
 考えてみれば当然かもしれない。しかし素直に話しても納得はしてもらえないだろう。
 ここはやむなく方便を使うことにする。

「《索敵スキル》のスキルModに《追跡》っていうのがあるんだ。これであまり時間が経っていなければ特定プレイヤーの足跡を追えるんだよ。あ、《Mod》ってのは《モデファイ》のことでようするに派生スキルのこと」

「……そう」

 嘘は言っていないが、実際にはまだ《追跡》は使えない。そこまで《索敵スキル》の熟練度は上がっていないのだ。当然と言えば当然で、今はまだ一層をクリアしたばかりでレベルもスキルもかつてほどの熟練度はない。
 この《夢》がいつまで続くかはわからないが、《追跡》を使ったという嘘をついた以上かつてアスナに「地味すぎて頑張りたくない」と言わしめた《索敵》スキルの熟練度を底上げしておく必要があるかもしれない。
 キリトの説明に少しだけホッとしたアスナは、ようやく警戒心を薄めてキリトに向き直った。

「一応、ありがとうと言って置くわ」

「ど、どうも」

「……ぷっ! 貴方「はい」か「どうも」しか言えないの?」

「え? あ、それは……」

「あははは! 壊れた玩具じゃないんだからそんな同じ台詞を何度も言わないでよ」

 アスナが笑った事にキリトは安堵する。どうやら彼女の精神は持ち直したらしい。
 こうやって笑うアスナを見られるのはこの時期では相当珍しい。ドロップ率コンマ一桁台のレアアイテムと同等の確率と言っても過言ではないだろう。
 空気が和やかになったところで、キリトは簡単に武器の強化詐欺について説明した。
 何故知っていたのか、ということについても言葉無き言及を視線で求められたがそこはなけなしの意志力で《ベータテスター》だからと答える。
 悪の《ビーター》だから、と言う事が出来れば少しは気も楽だったかもしれないが幸か不幸か《ビーター》という蔑称はここでは無かったことにされている。
 その為、《ベータテスター》だから詐欺の可能性を考えたと説明した。全容はまだわかっていないから鍛冶師の彼を捌ける材料も足りない、ともつけ加えて。
 アスナは若干不満そうだったが今度こそ納得してくれた。「そもそも忠告を聞かなかった私も悪いから」と己にも非があるとした上で。
 実際には詐欺に合った場合、九割方騙された方に非は無いと言ってもいい。どう考えたって騙す方が悪い。
 騙す側がよく言う「騙される方が悪いんだ」などという戯れ言を支持するほどキリトの心は《ビーター》色に染まってはいない。
 だが複雑な事情から鍛冶師の彼を絶対悪に出来ず、かといって非のないアスナに非があると認めるのもキリトにはしっくりこない。
 なので、しいて言えば今回悪かったのは自分だと思うことにした。

「それにしても、ちょっと勿体なかったなあ」

「何が?」

「少しは強化素材持っていたの。だから焼け石に水程度でも使っちゃえ! と思って全部投入したんだけど……結局全部なくなっちゃった」

「あぁ、そっか。そうだよな……」

 アスナの気持ちはよくわかる。
 今回は目的の為に狩りを長くしたわけではないのだろうが、それでも自分が稼いできたアイテムが無駄に消えることは悲しい物だ。
 これが《強化》を目的として散々素材集めをしたあげく、強化に失敗した日などは目も当てられない。その武器がレア物で《強化試行上限数》が残り少なかったりしたら何を言わんやである。
 なので、本当に軽い気持ちで、キリトはそれを口に出していた。

「なんなら素材集め手伝おうか?」





 どうしてこうなった。
 そう自分に深くツッコミを入れたくなるほど頭を抱えたい……が今はそんなことをしているといつ来るかわからない決定的チャンスを逃してしまう恐れがあるので集中する。
 目前には蜂型の飛行小型Mobである《ウインドワスプ》がブゥーンと音を立てて浮いている。
 《ウインドワスプ》は全長五十センチほどで、現実にいれば間違いなく撤退推奨の世界最大昆虫だろう。
 アスナに軽い気持ちで素材集めの手伝いを申し出たらすんなりと「ならお願い」と頼まれてしまった。
 申し出たのはこちらなのだから別にそこは驚くことではない筈なのだが、あまりにも軽い返事だった為に思いの外拍子抜けしてしまう。
 とりあえずそうと決まれば早速とばかりに狩り場へと一緒に向かい、素材狩りを始めたのは既に二時間以上ほど前のことだ。
 《ウインドワスプ》は毒針を持っていて、それに刺されると二、三秒はスタンする。その際はお互いにフォロー、さらにエリアを南下しすぎると面倒なMobの《ジャグド・ワーム》生息域に入ってしまうので気を付けること。
 そんな説明をしてアスナが頷き、いざ狩りスタート。RPGの醍醐味である苦しく長い、だが必須な時間が始まった。
 その狩りに暗雲が立ち込み始めたのは開始三分程度というかなり早い段階だった。
 二、三匹程狩った所でだいたいのコツを掴んだらしいアスナが懐かしい提案をしてきたのが事の始まりだ。

「ねえ、先に五十匹狩った方が食事を奢ってもらうことにしない?」

 思わずクスリ、ときたその提案を断る理由は無かった。
 何だかんだであの時もこうやって勝負をしたものだ。夕食後のデザートを賭けて。
 今回は既にケーキを食べた後なのでこれ以上の巨大出費はない────はずだ。そう思えばかなり気楽ではある……のだが。
 ここでキリトの負けず嫌い魂にも火がついてしまったのだから頂けなかった。
 かつて負けたという記憶が「次こそは」というハングリー精神を彼にも芽生えさせていた。
 五十匹を狩り終え冷静になった彼が最初に思ったことは「大人げないことをした」という感情だった。
 アスナはすっかりとご機嫌を斜めにしながら残りの《ウインドワスプ》を狩り続けている。
 その差なんと七匹。七匹もの大差をキリトはアスナ相手に付けてしまった。
 終わってから実感する。「しまった!」と。それもそのはずである。
 今回キリトは負けるわけにはいかぬと最初から《体術》スキルを惜しみなく使った。
 加えて、七十五層まで辿り着いた彼のゲームにおける数値化されない熟練度……戦闘経験による通常戦闘能力のレベルやシステム外スキルを遺憾なく発揮させ戦いを進めた。
 当時ではこのモンスター相手に急所を当て続けることは困難極まる力量だったが、今のキリトはそこまで労せずとも狙いを定め当てる事が出来た。
 おかげで武器のキャパシティ的にはクリティカル率にかなりのボーナスがついているアスナの剣よりもクリティカルを連発し、ほほ初手から二手の間にウインドワスプを仕留めていた。
 結果七匹という圧倒的差をつけての勝利。言ってみればキリトはこことは比べものにならないほど手強いモンスターと戦ってきた実績があるのだからある意味では当然とも言える。
 そうこう思っているうちにアスナも予定数をクリアした。キリトが五十匹ノルマを終えたところで手を休めた為、その分湧き出し(ポップ)が早まった結果、ペースが上がったのだ。
 だがやはりというか、美貌の細剣(フェンサー)様はご機嫌斜めなようで眉間に眉根を寄せて何やら考え込んでいる。

「……」

「え、えっと……アスナ?」

「……っかい」

「え?」

「もう一回! 勝負しなさい! あと五十匹!」

「え、ええええええ!?」

 キリトの驚愕を他所にアスナは再びポップした《ウインドワスプ》目掛けて渾身の細剣用ソードスキル《リニアー》を放つ。
 良いリニアーだ。細剣術でも基本技である《リニアー》はその敏捷値が高ければ高いほど威力も底上げされる。
 だがそれとは別個にスキルを放つ際、的確に自身の仮初めの肉体、アバターを動かしてブーストを加えるシステム外スキルを応用することによってその威力やキレは数段飛躍させることが出来る。
 キリトの知る今のアスナ程ではない。だが当時から彼女の戦闘センスは群を抜いていたと言っていい。
 その彼女は今めらめらと可視化できそうなほど燃え上がっていた。ここで先の話にようやく戻るのである。
 どうしてこうなった、と。
 実際には理由などハッキリしている。要約するならついうっかり「頑張り過ぎちゃった、てへ☆」ということだ。
 しかしよもやこれほどアスナが負けん気を発揮するとは想像も出来なかった。
 全力を最初に出したのはやはり失敗だったかもしれない。かといって手を抜こう物なら、

「本気でやってよね。本気じゃないってわかったらもうワンセット追加だから」

 と睨まれ、手を抜くことも難しい。
 だが本気でやれば先と似た結果になるであろうことは想像に難くなかった。
 むしろそうでなくてはキリトの立つ瀬がない。言わば彼は中身だけでも《七十五層プレイヤー》なのだ。
 二層にきたばかりの初心者(ニュービー)とは年季が違って当然なのである。
 だがそのまま本気でやれば負けをこじらせたアスナに「もう一回!」と言われエンドレスにもなりかねない。
 あれ? これどちらにせよ詰んでね?

「四匹目!」

 アスナの奮闘する声が聴覚システムを刺激し、既に四匹のアドバンテージを取られてしまっていると気付かされる。
 先よりもハイペースだ。まさかこの短時間でそこまでの効率化を身につけたというのだろうか。
 先の戦いでついた差は七匹だが、三匹差となると決して侮ってはいけない数字だ。
 そう考えるとジッとはしていられない。結局、キリトも負けることはそれなりに嫌いだった。
 手前五メートルほど先にポップした《ウインドワスプ》めがけてダッシュし、片手剣用ソードスキル《バーチカル・アーク》を繰り出す。
 このソードスキルはV字を描くように斬りつける二連撃攻撃のスキルで、基本技である《スラント》よりも威力がある。
 当初はじっくりと相手の攻撃を見極めていたが、今のキリトなら低層フロアのモンスター相手にそこまでする必要は無かった。
 ズバンズバン! と確かな手応えを得つつワスプを斬りつけ、六割程ワスプのHPを減らす。
 キリトはそのまま反動で少し下がったワスプへとさらに一歩を踏み出し、地を蹴り飛ばした。
 勢いに乗った身体に上半身の捻りを極限まで加え、再びキリトの《アニールブレード》はスキル特有のライトエフェクトを発する。
 片手剣用ソードスキル《レイジスパイク》。片手剣用ソードスキルの中でも基本技の一つで突進攻撃に分類されるこのソードスキルは空へと逃げようとするワスプの弱点を正確に突き刺し、その姿をポリゴンのガラス片へと変貌させた。

「一匹目!」

 叫ぶのと同時に右端にもう一匹ワスプがポップしたのを見やり、身体を無理矢理捻る。
 再び《バーチカル・アーク》をお見舞いしたところだが、ソードスキルには使用後の冷却(ク-リング)が必要であり、高位のスキルになればなるほどその時間は長くなる。
 《バーチカル・アーク》はしばし使えない。そこでキリトは一度拳を握り、スキル特有の仄かな赤いライトエフェクトを発生させた。
 そのまま一息でワスプまで距離を詰めると、鋭く左拳を突き出してワスプに放つ。《エクストラスキル》である《体術》の基本技《閃打》。
 《閃打》を受けたワスプはふらふら、と一秒程度ダメージにフラついたように停滞する。《体術》はその技の特製として僅かに相手の動きを止めることが出来るものがある。
 一瞬の硬直を見逃さぬよう、すかさずキリトは斜めにワスプを切り捨てた。ライトエフェクトが綺麗な光帯を作りだし、斬られたワスプがブブゥン……と弱々しい音を奏でる。
 今の片手剣用ソードスキル《スラント》による攻撃でワスプの残り体力はおよそ三割強といったところまで落ちる。それを僅かな間に確認しつつキリトはグッと足に力を込めて地を跳び、宙でワスプを蹴り飛ばした。
 蹴る前の足にはライトエフェクトが宿っており、蹴られたワスプは吹き飛びつつその姿をバリィンとガラスの割れるような音と共に砕け散らせる。《弦月》と呼ばれる《体術》の一つだった。
 キリトはそのまま空中で一回転してから着地を成功させ「二匹目!」と名乗りを上げる。
 その一瞬の攻撃に見入るようにして固まっていたアスナはハッと我に返ったようにきょろきょろと周りを探り、ポップしたワスプに向かっていく。
 四匹のアドバンテージが一瞬にして半分。油断や観戦をしている暇などアスナには無かった。





 狩りを終えてウルバスへと戻った二人は、早速と絶賛不機嫌絶頂時であるアスナの奢りによるディナーへと繰り出した。
 アスナの不機嫌さから最初キリトは「やっぱり奢りは良いよ」と断ったのだが麗しの細剣使い(フェンサー)様ことアスナは「負けは負けだから奢るわよ!」と半ばヤケッパチでキリトの申し出を蹴り飛ばした。
 帰ってくる途中もあの手この手でご機嫌を取ろうと思ったのだが、何をしていいのかもわからずキリト自身もやや途方にくれていた。
 果てには、あれ? なんで俺狩り手伝ったんだっけ? ああ、自分から言ったんだった……と自問自答までしてしまう始末。
 本気を出せと言ったのは彼女だ。しかしやはり手加減すべきだっただろうか。だがそんな真似をすれば余計に不興を買った気がする。
 結局二回戦も軍配はキリトに上がった。その差……僅か一匹。
 アスナの見違えるような怒濤の追い上げはキリトも舌を巻くほどだったが、悲しいかな。
 経験の差というものはいかんとも埋めがたい。やはりキリトの方が一枚上手だった。
 それでも一匹差まで追いすがったことは、一回戦が七匹差だったことを考えれば驚嘆に値する。先に四匹狩っていたのだとしても。
 当時ならそこまでの差は無かった。どっこいどっこいと言っても差し支えなかっただろう。
 そう思うとなんとなくキリトは自分が《チート》を使っているような錯覚に囚われる。何せ七十層以上もの戦闘記憶というアドバンテージを持っているのだから。
 ある意味ではLA取りまくりの《ビーター》よりも性質が悪いかもしれない。そう考えると益々悪いことをした気になってくる。
 しかしアスナはアスナで負けた事に悔しさからイライラしているものの、負けを認められない……ましてや自分から持ち出した賭けを無効にするというような理不尽な真似は彼女の中の性格が許さなかったらしい。
 故に、この悶々とした感情の吐き出し先が見あたらず、溜め込むことでキリトの不安を煽るという悪循環が成立していた。

「ごちそうさん」

「……どういたしまして」

 キリトは何の変哲もないNPCレストランでステーキを注文し、ぺろりと平らげる。味も値段もそれなりな、当たり障りのない物を選んだつもりだ。
 ここでわざと安い物を選んでもアスナのプライドが刺激されるだろうし、かといって《トレンブル・ショートケーキ》のような物を頼めば新たな波風を立てかねない。
 終始ぶすっと膨れっ面だったアスナの顔もようやく険が薄れてきたところにそんなことをすれば全てがパアである。
 NPCレストランを後にし、特にアテもなく広場へと歩く。空は既に夜の帳に包まれていてそこかしこでトーチの明かりが夜闇を照らしていた。

 いつまでこうしていればいいんだ?

 なんとなく気まずい空気からキリトが打開策を張り巡らせていると、アスナが溜息を吐いた。
 ちら、と振り返ると彼女は真っ直ぐにキリトを見つめている。
 何かしたかな、とふと自身の行動に失敗が無かったか省みていると、アスナに声をかけられた。
 ぎくり、と緊張する。

「ねえ」

「ん?」

「今日はありがとう。それと、悪かったわね」

「あ、いや別に……」

 アスナの殊勝とも取れる言葉にホッと胸を撫で下ろし緊張を解く。
 アスナの顔にはもう不機嫌さは残っていなかった。

「貴方が凄いってことはわかっていたつもりだけど、本当につもりだった」

「そんなことないさ、アスナもたいしたものだよ」

 これはおべんちゃらでもなんでもなく心からそう思う。逆にこっちは卑怯なほどの戦闘経験アドバンテージがあるのだ。
 むしろそれに迫りつつあったアスナこそ驚愕されるべき成長速度と言える。
 もっとも低層フロアのMob狩りだけで一概に語れるほどSAO……アインクラッドという世界は浅くはないが。

「でもキリト君とはかなり差があるわ」

「それは……」

 ここで謙遜することを、彼女は良しとしないだろう。
 彼女がもともとそういう性格だというのは久しぶりにこの頃の彼女と付き合ってみてよく思い出される。
 途端、米神にズキッと何か痛みのようなものが奔った。この《夢》の中で何度か経験したことのある、不可思議な現象。
 警告……ではない。ただ《正解》をもう少しで引き当てられそうな、そんな予感がある。
 キリトが一瞬自分の中に埋没していると、いつの間にかアスナは決意したような目になっていた。
 
「だからキリト君」

「え、えっと……?」

「しばらく貴方と行動を共にするから」

「……へ?」

「貴方の技術を学ばせてもらうの」

「え? あ、いや……へ?」

「何か問題ある?」

「無いけど……でも、え?」

「決まりね。しばらくよろしく」

 アスナに強引にそう押し切られる。なんだか既視感がある。
 前にもこんな事があったような気がする。ああ、そうだ。あれはクリア間近の最前線あたりだ。
 三日と空けずに彼女は現れ、半ば無理矢理にパーティを組み、一緒に行動した。
 活発な彼女に引かれるようにして日々を重ね、気付けば惹かれている自分を自覚した。
 きっと、本当はもっとずっと前から彼女には惹かれていた。それを自覚することが無かっただけで。
 当時は、彼女が自分に構うのは自分に対する哀れみのようなものだと思うことにしていた。トップギルドである《血盟騎士団》への勧誘の可能性も百パーセント捨ててはいなかった。
 けど、そんな打算……彼女には無かった。彼女の掠れ掠れの声は、とても小さく、嗚咽で途切れ途切れだったのに良く覚えている。

『私、キリト君といるのは……哀れみなんかじゃないから』

『情けでもないし、攻略会議で指揮を預かる身だからとか、そんな打算的なことでもない』

 彼女の告白は、キリトの中で決して褪せることなく宝石のように輝いていて残っている。
 この気持ちを形容するのは難しい。嬉しいと言えば嬉しいが、嬉しいとだけ表現するのはまた何か違う気がする。
 ポン、とサウンドエフェクトを立てて目前にメッセージがポップした。

【ASUNAよりパーティの誘いが届いています。参加しますか?】

 キリトはフッと表情を緩めてYESのボタンをタップし、パーティメンバーになることシステム的に了承する。
 どんな経緯にしろ、アスナと行動を共に出来る理由が出来たのは喜ばしいことだ。
 アスナは了承された旨のメッセージを自分のウインドウで確認すると、くるりと踵を返した。
 恐らく宿に戻るのだろう。振り返り様の彼女の頬が少し弛んでいたように見えたのは見間違いではないと思いたい。
 キリトは彼女の背中が見えなくなるまで見送ると、自分も先程取った宿へと戻ることにした。
 特に特徴もない小さな宿屋。【INN】が目印の低サービス店だけあってベッドも硬い。
 一応二層の美味しい拠点スポットを探しに行っても良いのだが、今日はもうそれなりに面倒なのと一度コルを払ってしまった為に「もったいない」という感情が湧き上がり、さっさと休むことにする。
 部屋へと戻り、ノブをタップして施錠を確認。圏内故にさほど警戒することもないがここではこうするのが癖になっていた。
 それに圏内だから百パーセント安全というわけではない。二層ではまだ無かったが、上層に上がっていくにつれ《睡眠PK》などの手口も発見され、犠牲者が出ている。
 こういった自衛はSAOでは当然とも言えた。
 キリトはベッドにどさりと腰掛け、装備を外していく。加えてアスナではないが下着を変更し、シャツにハーフパンツといったようなラフなスタイルになった。
 キリトも下着はアスナほどではないが戦闘用、就寝用、日常用と三種類程度揃えていて、就寝前にはこうして着替えるのが日課になっていた。
 相変わらず眠気は襲ってこないが、横になって目を瞑るだけでも違うだろう。キリトはギシッと音を立てて硬いベッドに横になり、目を閉じた……ところでドアがノックされる。
 誰だ……? と訝しむ間もなく《施錠》したはずのドアが開かれた。

「え……?」

 馬鹿な! と飛び起きたのも束の間、侵入者の姿を見てホッと安堵する。
 侵入者は……見覚えのあるウールケープでその身を隠していた。侵入者がバサッとそのケープを取ると、やはりというか、ケープの中身はロングブラウンの……アスナだった。

「不用心ね、鍵くらいかけときなさいよ」

「かけてあったよ。パーティメンバーは初期設定だと《ギルド・パーティメンバー解錠可》だから今アスナは開けられたんだ」

「あ、そうなの」

 ふぅん、と納得したような声を出して、きょろきょろと部屋を値踏みするように見渡す。
 一体何をしに来たのだろう。来る前にせめてインスタントメッセージでも送ってもらえれば出迎えるくらいはしたのだが。
 いやその前にこの設定を弄り忘れてる自分にも喝を入れ直して久々にシステムの総チェックをすべきか。
 いやいやそれよりも……とキリトが混乱していると、少し残念そうにアスナは呟いた。

「普通ね」

「へっ?」

「一層みたいに良い所に泊まっているのかと思ったわ」

「ああ、そういうことか」

 何となくアスナの考えをキリトは察した。何処まで一層での出来事が改変されているのかわからないが、一層で泊まっていた部屋にアスナを招待した事実は変わっていないらしい。
 恐らくは仄かな期待を寄せて部屋を尋ねに来たのだろう。居場所がわかったのもパーティメンバーだったからだと当たりをつける。

「ご期待に添えず申し訳ないな」

「別にそこまで期待していたわけじゃないわよ。そっちはついでみたいなもの」

 予想が外れたことに首を捻る。では一体彼女は何の為にここを尋ねに来たというのか。
 まるで想像もつかず、キリトは素直に尋ねることにした。

「じゃあどうしたんだ?」

「言ったでしょ、貴方としばらく行動を共にするって」

「言ったけど……」

「だから来たのよ」

「……?」

「ベッドは一つしかないみたいだし、当然女の子に譲ってくれるわよね?」

「え? あ、はぁぁぁぁああああ!? ちょ、こ、ココに泊まる気か!? アスナの宿は!?」

「さっき引き払って来たわよ」

「なんで!?」

「貴方からいろいろ学ぶ為。さっきも言ったでしょ」

 いや。
 いやいやいや。
 そのりくつはおかしい。
 思わず喉まででかかった言葉をグッと飲み込む。
 アスナの突然の来訪に始まる奇想天外な行動力には流石に驚きを禁じ得ない。
 当初のアスナにここまでの行動力があっただろうか。よしんば行動力を認めたとしても男の部屋に無理矢理泊まりに来るほど異性への……自分への警戒が薄かっただろうか。
 そこはかとない違和感を拭えない。

(《今の》アスナならそんなに不思議じゃないけどこの頃のアスナは……っ!)

 ズキン、と脳髄を刺激するような感覚。痛みが酷いというわけではないのに、やたらと大きく響く。
 視界も一瞬だけ歪んだ。今、何かとてつもなく《重要な事》に触れた気がする。この《夢》を左右するほどの何かに。
 さらにズキンとした痛み。今何を考えた? 何が《引っかかった》?
 この痛みのような不思議な《合図》とも取れる感覚は、何か決まった事柄に反応している。そんな気がする。
 もう少しで、何かを掴めそうな、そんな予感がある。

「うぅむ」

「何を悩んでいるのよ」

「……え?」

 アスナの声にふと我に返ると、そこにはムスッと少々お怒り気味の閃光様──と呼ばれるのはまだ先の事だが──が仁王立ちしていた。
 これはまずい。ここでお怒りを受けるのは非常によろしくない。もし本当にしばらく一緒に過ごすなら余計な波風は極力避けたい。
 相手がアスナなら特に。

「い、いやあなんでもないよ、ハハハ……あ、ベッドどうぞ」

 キリトは「ハハハ」と渇いた笑いを浮かべながらベッドから立ち上がり、アスナにベッドを譲る。
 アスナは少しだけ複雑そうな顔をしながら譲られたベッドに腰をかけて、今更ながら申し訳なさそうな顔で口を開いた。

「……迷惑なら隣の部屋を別に取るけど」

「と、とととんでもない!」

 キリトはブンブンと強く首を振った。これが現実なら一瞬で目眩を起こしそうなほどその勢いは強い。
 アスナは少しだけ気まずそうな顔をしながら「そう」と短く答えてメニューウインドウを弄り出す。
 アイテム整理をしているのだろう。拠点を変えるということは拠点に溜めておいた荷物の引っ越しも同時に意味する。
 それらを無作為にストレージに入れてしまうと、いざ必要なアイテムを探す時に苦労してしまうのはよくある話だ。
 自動整理機能はついているが、自分に合うよう個人カスタマイズするのは珍しくなく、むしろ普通とも言える。
 キリトはホッと内心で息を吐き、小さめのソファーに腰をかけた。同時に今日の寝床はここかな、と考える。
 このソファーはベッドよりかは幾分柔らかいが如何せん小さい。キリトは大柄な方ではないが、それでも横になれば身体全ては収まらない。
 備え付けのベッドは狭くて硬いと言ってもベッドはベッド。ソファーで寝るよりは幾分マシな睡眠を取れるだろう。
 かといってベッドで寝たいとダダをこねる気はキリトには無い。性格上女性相手に意見をしにくいというのもあるが、アスナを床なりソファーで寝かせるよりは良いと思えるからだ。
 安っぽい男のプライド、というよりは惚れた弱みと言うやつだろうか。
 もしここにいるのが今のアスナだったなら、誘われれば狭くとも一緒のベッドで寝ていたかもしれないな、とキリトは頬を弛ませる。

「何を考えているの?」

「え?」

 突然のアスナの言葉にヒヤリとする。
 声には棘があり、凍てつく視線が突き刺さるように感じる。

「随分とだらしない顔していたわよ」

「そ、そうかな? 気のせいじゃないか?」

「そうかしら? まるで女の子のこと考えているような……そんな顔だったけど」

 ぎくぎくっ! と心の中で擬音を奏でる。
 何故わかったのだろうか。そう言えば昔からアスナは変に鋭いところがあった。
 ジトォ~~~っとした探るようなアスナの冷たい視線が引きつったキリトの顔を貫通する。
 こういう時は素直に白状するのが一番なのだが、流石に「はい実はそうです」と言う度胸はない。
 ここで仮に「アスナのことを考えていたんだ」と言えばどうなるだろう?

 引かれる? 
 嫌われる? 
 流される? 

 それとも……頬を赤らめる?

 キリトにその自信は無かった。 
 だがこうして黙っていると何故か浮気を咎められているような錯覚に陥る。実際にはそんなことはないのだが。
 今日何度目かの気まずい空気が乾燥しないはずの喉奥をカラカラにし、キリトに再び高速度の思考を要求する。
 すでに本日の営業は終了しましたと休眠モードだった脳は今や昼間アスナに再会した時のようにフル回転し……一つの《策》を発見した。

「と、ところで今日は良いのか?」

「……何が?」

 ジトッとした視線は相も変わらずキリトの顔を貫通し、まるで奥の壁すら見えているんじゃないかと言うほど鋭い。
 怒らせるような真似は一切していないはずなのだが……とたじたじになりつつもキリトは捻り出した秘策を口にする。

「この街には確か、《隠れ銭湯》があったんだけど」

「………………」

「ひ、非常に見つけにくい場所だから、そんなに人も来ないんじゃないかな、ハ、ハハ」

「………………」

「ハハハハ……」

「………………………………………………行く」





 どうしてこうなった。
 これまた本日何度目かのこの問いをキリトは自分に投げかけた。
 ちら、と後ろを振り返ると大きく《湯》の字が描かれたのれんが一つ。標記のほとんどがアルファベットを用いられているこの世界では比較的珍しい漢字が用いられたオブジェクトだ。
 恐らくこれはこれ一つで背景オブジェクトとして認識されているのではないだろうか。そんな益体もないことを考えつつ視線を元に戻す。
 それ以上あちらへ視線・思考を向けることは許されない。何故ならそれが彼女の《絶対命令》だからだ。
 《ウルバス》の東広場から北へしばらくNPCの住宅街を抜け、無意味で閑静な路地を西へ東へと彷徨い歩いた先に、大きめの家の住宅街が広がる一画が存在する。
 ほとんどの家のNPCは何の情報もくれないただの《飾り》──世間話程度はしてくれるが役立つ情報は皆無──なのだがこのうち一軒だけは少し違う。
 珍しくもない灰色の屋根をしたその家には老婆が一人揺り椅子に座っているだけで、やたらと長ったらしい攻略や何らかのクエストとは一切関係ない世間話をしたがる。
 大抵はその話を途中で切り上げて出て行くのだが、このお婆さんの話を最後まで聞くと──時間にしておよそ六百秒、つまり十分はかかる──「暇なら息子夫婦のお店で休んでいくといい」と勧められるのだ。
 この話を聞くと、先程までは何も無かった奥の部屋に地下へと下る階段が出現する。階段を下りると、そこは古式ゆかしい日本の銭湯のような風景が広がっているというミスマッチな場所へ辿り着く。
 番台には気っ風の良さそうなお兄さんが首にタオルを巻いて座っている。恐らく彼がお婆さんの息子さんなのだろう。お婆さんの語る設定では息子夫婦だそうだが奥さんの姿は見られない。
 「こんなところにどんな客が来るんだよ!」というツッコミをベータテスト時代はしたものだがゲームには往々にしてよくあることでもある。突っ込んだり気にした方が負けなのだ。
 もっともここは、デスゲームと化す前のSAO……ベータテスト時代では入浴後になんらかの《支援効果(バフ)》があるわけでもなく、わざわざ風呂に入る意味など無かった──ナーヴギアでも水回り環境は苦手らしく仮想世界で入るなら現実で入浴した方が気持ちが良い──為に《無駄スポット》と呼ばれ注目されずさほど広まることは無かった場所だ。
 その無駄スポットがよもやこんなところで役に立とうとは。
 長い長い間の後に「行く」と言ったアスナを引き連れてキリトは十分ほどの苦行を耐え、アスナの視線が一段と厳しくなってきたところでようやく地下へと降りることが出来た。
 大きい煙突が無かったけど何処から蒸気やら煙が出ていくんだよ、とか地下なのに排水は大丈夫なのか、などといったツッコミどころはあるが、それもやはり《所詮はゲーム》としか言いようがない。
 それがゲームの良いところであり、悪いところでもあるだろう。リアルに近づけつつ、リアルではありえない事をやる。言わばそれはもう《お約束》なのだ。
 だが、降りて番台で料金を払った所で気付く。奥へ入るのれんが一つしかない。

「ねえ、これってもしかして」

 アスナの不安そうな声に、キリトも流石に冷や汗をかく。
 《無駄スポット》と思っていたせいで当時たいした情報の収集もしなかった。
 一度念のために確認には来たが、入浴まではせずに立ち去ったので深く気にしていなかった。
 しかしここはもしや公共浴場と呼ぶにはかなり致命的な欠陥があるのではなかろうか。それすなわち、

「まさか、風呂って男女分かれていないのか?」

 混浴という実にけしからんシステム。これは考えようによってはとても恐ろしいことだ。
 混浴と聞けば聞こえはいいかもしれないが、このSAOにはハラスメントコードが存在する。
 システムに行為がハラスメントと認識されれば、程度にもよるが相手の通報によって対象者は一層の黒鉄宮にある牢獄(ジエイル)へと送られる。
 一度牢獄に送られたプレイヤーは、そう簡単には牢獄から出る事が出来ない。犯罪者……オレンジプレイヤーは特に出ることは叶わないだろう。
 問題なのは、それだけハラスメント規制をしっかり設けているのに混浴があるということだ。
 もし、異性が入っているのを知らずに入ってしまったら、極論それだけで黒鉄宮行きになる恐れもある。
 何も知らずに入った方からすると事故のようなものだが、それで黒鉄宮に送られては割に合わないにも程があるではないか。
 ヒースクリフ、いや茅場晶彦……なんて、なんて恐ろしい物を作ったんだ!

「キリト君、もしかして混浴って知ってたの?」

 冷たい、氷の矢のような声がキリトに突き刺さる。
 今、アスナの中ではキリトの評価がだだ下がりになっているに違いない。
 キリトは身の潔白を必至に証明する必要があった。

「ないないない! そうだって知ってたら最初に言うよ! 《トレンブル・ショートケーキ》に誓って!」

「……そう。今キリト君の信用は凄く下がっているけど、《トレンブル・ショートケーキ》は信じられるから……信じておくことにするわ」

 今アスナの中では、キリト < トレンブル・ショートケーキ の序列になっているようだ。
 ケーキに負ける信頼度というのは悲しむべきか、相手があのケーキならやむなしと達観するべきか。
 キリトが引きつった笑みを浮かべていると、アスナはのれんをくぐってからキリトに口を開いた。

「それじゃ見張り頼むわね」

「へ? 見張り? 何の?」

「決まってるでしょ、私が入浴中に男の人が入ってこないように。女性だったら気にしないから」

 アスナはスタスタ奥へと進み、消えていく。
 こんな所にそうそう人が来るかなあ、とは思っていても口には出さないだけの対人スキルはキリトにも残っていた。
 それに万一、ということもある。ここに彼女を連れてきたのは自分な以上、やむを得ないだろう。
 だがしかし、やはりこう思わずにはいられない。どうしてこうなった、と。



 幸いにして、あるいはやはりと言うべきか、アスナの入浴中に他の客は来なかった。
 おかげでキリトはおよそ一時間近くをのれんの前で突っ立っていたことになる。何故女子はこうも風呂が長いのか、とは言わない。
 妹もそれなりに長いことを実体験としてキリトは経験している。
 それに、長く待っただけの甲斐がゼロだったとも言い切れない。
 宿屋への帰り道、今のアスナはウールケープを被らず外気にブラウンの美しいロングヘアをさらしていた。
 露出した肌には艶が宿り、ホクホクとした湯気エフェクトをうっすらとだけ立ち上らせている。
 どういう設定なのか、SAOでは水濡れによるエフェクトはハイスピードで乾燥されるはずなのに未だアスナの髪は湿っているようにも見えた。
 どうしてこう、お風呂上がりの女性は艶やかで色っぽいのだろう。現実での彼氏からの贔屓目を抜きにしても、やはりアスナは美しいと思える。

「なあに?」

「……いや。綺麗だなと思って」

「……っ!」

 アスナはスタスタとスピードを上げて先に進んでしまう。
 言ってから、キリトも少しばかり恥ずかしくなってきた。本当ならこんなこと言うつもりじゃなかったのだ。
 つい、口から本音が滑り出てしまった。かつての自分ならその言葉さえ出ない程他人とのコミュニケーションが苦手だったのに。
 相手がアスナだから、ということもあるだろう。彼女と過ごし、育んだ感情が彼を彼女に対してオープンにさせている。
 もっともそれは無意識下の話であって、意識して言おうとしても中々言える物ではない。先の宿屋でのように。
 キリトは照れつつも足を早めた。どんどん先に進むアスナにかなりの距離を離されてしまっている。
 せっかくだからせめて隣を歩きたい。それくらいの我が侭は許してもらえるだろう……たぶん。
 そう思い、キリトが早足でアスナに近づいたのは、丁度中央広場の当たりだった。
 その時、ふと見覚えのある青い髪のプレイヤーを目端に捉えた。ドクン、と心臓が一際大きく脈動する。
 立ち止まって振り返ると、そこには最早記憶の霞に消えかかっていたプレイヤーがいた。

 ディアベル。

 キリトは彼をある意味英雄だったと捉えている。それほどまでに、彼はこのゲームクリアに貢献した大きな存在だった、と。
 懐かしむ気持ちと、なんだか後ろめたい気持ちがぶつかり合って、どうしていいのかわからない。
 アスナから聞いてわかっていたつもりでも、いざ直面すると思考がフリーズしてしまう。
 幸い夜で暗いせいもあって向こうは気付いていないようだ。
 彼の向かう先では見覚えのあるメンバーが数人ディアベルを待っていた。
 ありえたかもしれない光景。そんな言葉が浮かんで来る。もし彼が生きていたなら、自分の生き方も何か違っていたのかもしれない。

「どうしたの」

 その時、横からアスナの声がした。
 思ったよりも呆けていたようで、先に行っていた彼女は心配し、もしくはシビレを切らせて戻ってきたのだろう。
 前者であって欲しいと思いつつ視線でディアベル達のことを伝え、アスナも「ああ」と納得する。

「そう言えば、あの人達は明日辺りフィールドボスに挑むんじゃないかしら」

「そうなのか?」

「ちょっとだけどそんな話を聞いたわ。情報屋さんから二層の情報は早めに出ていたからある程度知られているし、一層で足踏みした分安全マージンはそれなりにあるだろうから一気に駆け抜ける、って言っていたもの」

「なるほど」

「今朝貴方と会う前にちょっと話を聞いたけど、フィールドボスの場所もわかっているから、今日は精一杯レベリングとクエストこなして明日倒しに行くって意気込んでいたわよ」

 アスナの話を聞いてふむ、と考えだす。
 前回よりもやや性急ではあるが、問題はないだろう。
 問題があるとすれば最後にベータの時と違い、《キング》が出てくることだが、わかっていれば対処のしようはある。
 あとでアルゴにその可能性を示唆しておくべきか、それともそれを教えてくれるクエストを探しておくべきか。
 既にキリトの中では《夢》かどうかなど関係なく、思考はSAOに居た時の物になっていた。

「とりあえず、それなら明日は彼らの戦いを見に行こうか。流石に参加はさせてくれないだろうし」

「なんで?」

「なんでって……あ、そうか」

 一瞬アスナの疑問がわからなかったが、その意味を瞬時に理解する。
 そういえばこの世界では《ビーター》騒動が無かったのだった。
 だったら何も後ろめたいことはないんじゃないか? いきなり自分も参加させてくれ、というのはややぶしつけだが拒みはすまい。
 もう叶わないと思っていたディアベルと一緒の攻略。それに惹かれるものが無いと言えば嘘になる。

「じゃ、じゃあ参加してみようかな」

「そう。まぁ私は参加しないけど」

「え? なんでだ?」

「さっき言った朝に会った時、それとなくフィールドボスの話になって、ラストアタックボーナスについて少し揉めたの。それで私はじゃあ参加しない、って啖呵切っちゃったから」

 一体どんな会話が繰り広げられたことになっているんだ、と思いつつとりあえず納得しておく。
 しかしそうなると自分だけ参加するのもなんとなく後味が悪い。
 それにアスナが波風を立てるほどの何かがラストアタックボーナスであったのならどのみち自分も似たような事に巻き込まれそうだ。
 恐らくはキバオウ辺りがLAボーナスはこっちに回せ、などと言ってきたのだろう。
 そう思うとわざわざトラブルの種になりにいくのも馬鹿らしい。

「それじゃやっぱ俺もいいや」

「……ふぅん」

「なんだ?」

「別に」

 アスナは鼻で返事をすると「帰りましょ」と踵を返した。
 その声色は今日一番に優しくて。なんとなく急に機嫌が良くなったように感じられる。
 アスナは振り向かずにスタスタと宿に向かっていく。慌ててキリトはその後を追い始めた。
 アスナの歩みは銭湯を出た時のようにゆっくりだ。だがキリトには、その足取りがどことなく軽いように見えた。


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