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No.34934の一覧
[0] ソードアート・オンライン 逆行の黒の剣士(SAO)[陰陽師](2012/11/26 22:54)
[1] 第一話[陰陽師](2012/09/16 19:22)
[2] 第二話[陰陽師](2012/09/16 19:26)
[3] 第三話[陰陽師](2012/09/23 19:06)
[4] 第四話[陰陽師](2012/10/07 19:11)
[5] 第五話[陰陽師](2012/10/15 16:58)
[6] 第六話[陰陽師](2012/10/15 17:03)
[7] 第七話[陰陽師](2012/10/28 23:08)
[8] 第八話[陰陽師](2012/11/13 21:34)
[9] 第九話[陰陽師](2012/12/10 22:21)
[10] 外伝1[陰陽師](2012/11/26 22:47)
[11] 外伝2[陰陽師](2012/10/28 23:01)
[12] 外伝3[陰陽師](2012/11/26 22:53)
[13] 外伝4(New)[陰陽師](2012/12/10 22:18)
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[34934] 外伝1
Name: 陰陽師◆c99ced91 ID:e383b2ec 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/26 22:47

「……あっ」

朝、キリトはゆっくりと目を開き、驚きの表情を浮かべた。
自分の隣で、布団をかぶりすやすやと眠る少女。見た瞬間、きれいだと心の底から思ってしまった。
キリトの隣で幸せそうな寝顔を浮かべる少女、アスナ。その顔を見ると、知らず知らずのうちにキリトも穏やかな表情が浮かぶ。

昨日はあの後、二十二層の主街区の宿を借りて、そこに一泊した。
本当ならあの家に戻りたかったが、今は購入資金がないため諦めるしかなかった。

(そういえば、昨日は一緒のベッドで寝たんだっけ……)

別に昨日はそう言うことはしていないのだが、離れ離れになりたくないとお互いが思っていたこともあり、こんな状況になった。
と言うよりも、二十二層にいる時はずっと二人で一緒のベッドを使っていた。それを考えると、この状況は今さらな気もする。

(あれ? そう言えば、俺ってアスナの寝顔ってあんまり見たことない?)

新婚の二週間はほとんどすべて、アスナの方が先に起きていて、彼女の寝顔を見た覚えがなかった。
そう思えば少し、いや、かなりもったいない事をしたと思った。なぜ自分はこの寝顔を見るために少しでも早起きをしなかったのか。

(けど、本当に夢じゃないんだよな……)

アスナを起こさないように、少しだけ彼女の顔に触れる。夢じゃない。確かに彼女はここにいる。
あの頃に戻ったかのようだった。荒んでいた心が癒される気がした。寝顔を見ているだけなのに、なぜか飽きない。このまま何時間でもこうしていたい。そんな気さえしてくる。

「んっ……」

そんな時、不意にアスナが声を漏らす。ゆっくりと瞼を開けるアスナ。

「おはよう、アスナ」
「あっ、おはようキリト君……って!」

何かに気が付いたアスナはガバッと上半身を勢いよく起こした。
それを見たキリトは何もそんなに驚かなくても。と言うか、そんな反応されるとなんだけへこむと朝からブルーになった。

「な、なんでキリト君が私より先に起きてるの!? って、あのね、違うの! 驚いたのは驚いたけど、これはそのね!」

キリトの反応にあたふたとするアスナに、キリトは少しだけ噴出した。
逆にアスナはキリトの反応にどこか頬を膨らます。

「もう。なんでいつも起きるの遅いのに、今日は早いのよ」

ぶつぶつとアスナは小言を漏らす。せっかく久しぶりにキリト君の寝顔を見ようと思ったのに、これじゃあ台無しだよー、と漏らしたのは幸いにもキリトに聞かれることはなかった。

「ごめんごめん。なんか最近のくせかな。睡眠時間をずいぶん削ってたから」
「危ないよ、それ。前の私みたいに倒れちゃうよ。あの時はキリト君が運んでくれたからよかったけど」
「大丈夫だよ、もう無理はしないさ」
「絶対だからね」

念を押すようにアスナが言うと、キリトもアスナとの約束を破る気はないよと笑う。
不意にアスナの頬にキリトは手を伸ばした。

「キリト君?」
「夢、じゃないよな、アスナ。本当にアスナはここにいるんだよな?」

どこか怖がっているようにも見えるキリトに、アスナはその手を自分の手で覆い、優しく微笑む。同時にもう片方の手をキリトの頬に持っていく。

「夢じゃないよ。大丈夫。私はここにいるから。もうどこにも行かないから」

アスナの言葉を聞き、キリトはまた涙を流した。心配そうにアスナはキリトに近づくが、キリトは大丈夫と自分の目元をぬぐう。

「ごめん、みっともないところ見せて。なんだかずいぶんと涙腺が緩んでるみたいだ」
「キリト君は一人で無理しすぎなんだよ。今までずっと一人で全部抱え込んで……」

アスナはキリトを抱き寄せ、そっと両手でキリトの頭を抱きかかえた。

「もう大丈夫だから。キリト君は一人じゃないから」
「……ああ。ありがとう、アスナ」

アスナの腕に抱かれながら、キリトは目を閉じる。
戻ってきた非日常の中の日常。
キリトは願う。こんな日がいつまでも続くことを。
キリトは決意する。もう二度と彼女を失わないと。
アスナも同じだった。
もう二度と離れない。この人と一緒に現実世界に帰ると。
二人は、もうしばらくお互いのぬくもりを感じ合っていた。




「さてと。できればアスナとゆっくりあの新婚生活の続きをしたいけど、そう言うわけにもいかないか……」

キリトとアスナは着替えた後、簡単な食事を取り、装備を確認する。

「そうだね。今は時間を無駄にできないし、できる事はやっておきたいものね」

キリトもアスナも名残惜しいが、先に片づけておかなければならない問題を片づけることにした。

「やっぱりキリト君はあのスキルを?」
「ああ。あれがないと、何も始まらないから」

また監視される可能性を考え、できる限り危険な単語は出さないように気を付ける。
アスナもキリトが何を求めているのか知っている。

二刀流。
ヒースクリフこと茅場晶彦を倒せる可能性のあるユニークスキル。これがなければ、神聖剣を打ち破り、ヒースクリフを倒すことは限りなく困難だろう。

「それに最前線に復帰するためにも、レベル上げは行っておきたい。ハブられてるけど、五十層の攻略には戻るつもりだったから」

今は三十八層が攻略されたから、まだしばらくは時間がある。しかし第五十層はクォーターポイントであり、ボスの力を知る身としては、できる限りのスキルとレベルを上げておきたい。

欲を言えば、それまでに二刀流を取得したいが、それは高望みしすぎかもしれない。
すでにアスナとはフレンド登録を行っている。当然その先の結婚と言う選択肢を考えている。いや、それは当然だと二人は思っている。

しかし今は少し待ってほしいと、キリトはアスナに切り出した。
それを聞いたアスナはまるでこの世の終わりのような顔をした。キリトはあわててフォローを入れる。

「い、いや、違うぞアスナ。結婚するのはする! それは絶対! でももう少し。ほんの少しだけでいいから待ってくれ! 頼む!」

とキリトは掌を合わせ、アスナに頭を下げる。必死のキリトの様子に何かを感じたのか、アスナもわかったとこの場は引き下がった。

「うん、待ってるから」

と笑うアスナの顔が印象的だった。

(結婚指輪買うまで待ってくれって、さすがに言えないからな)

キリトもすぐにでも結婚したかったが、彼も男である。好きな女の子にはそれなりの物を送りたい。
前回は手持ちの財産をほとんど換金して何とか家と指輪を購入したが、今のキリトはあまり手持ちがない。しかもあれはアスナから出してもらったものもある。
昨日アスナと合流する数日前に、キリトは不必要なアイテムをすべて売り払っていたのだ。しかもその金のほとんどはほかの弱小ギルドや軍に渡している。

まさかこんな風にアスナと合流して結婚しなおすとは考えていなかった。以前のバーサーカー状態のアスナ以上に攻略の鬼となり、必要最低限のもの以外はすべて、それこそ食事や宿も空腹が紛れれば、雨風がしのげればそれでいいと考え、金もアイテムもすべて放出していた。
ゆえに金がない。貯蓄もない。アイテムもない。

甲斐性無と思われるのは嫌なので、せめて指輪代くらいは自分で稼ぎたかった。結婚してストレージ共有になれば、自分の力だけで指輪を購入するのも難しくなる。
できなくもないが、共有のストレージのアイテムを売ったお金で購入と言うのは、なんとなくプライドに触る。

(少しくらい見栄を張りたいからな。くそ、エギルにあれを売るのをもう少し後にすればよかった)

そうすればすぐにでも指輪の代金を用意できたと言うのに。しかも前以上のものをアスナにプレゼントできたと言うのに。
今さらエギルに割増しで金を請求もできないし、彼の場合は儲けのほとんどを他のプレイヤーの育成に当てているので、手元にも残っていないだろう。
キリトは自分に当たる以外にできず、悔やんでも悔やみきれない状況だった。

「どうしたの、キリト君?」

様子がおかしいキリトにアスナは声をかけた。

「あっ、いや、何でもない」

何とか誤魔化すキリトにアスナは変なのと、不思議な顔をする。

「と、ところでアスナの今のレベルってどれくらいだっけ?」
「私? 今のところ四十四だよ。安全マージンは十分とは言い切れないけど」

と言うことは昨日キリトがいた迷宮区には安全マージンぎりぎり、下手をすれば足りないレベルで突撃してきたのか。

「いや、アスナ。さすがにそのレベルであそこに来るのは無謀じゃ……」
「……そうだね。でも少しでも早くキリト君に会いたかったから」

そう言われると何も言えなくなる。うれしい反面、もしも彼女に何かあったらと考えてしまう。ただアスナは前の二年間の経験と知識もある。それならば、多少のレベル差は何とかなるかもしれない。

「アスナ。その、うれしいけどこれからはやめてくれ。君にもしものことがあったら、俺」
「うん。もうしないから。絶対にキリト君を残して死なないよ。約束したもの」

アスナの言葉にキリトもそうだなと答える。

「俺も約束破らないようにしないとな」
「絶対だからね、キリト君」
「ああ、わかってるって。じゃあしばらくはレベル上げだな」
「そういうキリト君は?」
「俺? 俺は今は六十五だよ」

その言葉を聞いて、アスナは絶句した。現在の最前線は三十八層である。安全マージンを考えるなら十の上積みが必要だったが、キリトはその二十以上も上であった。

「い、いくら何でもレベル上げすぎじゃない?」
「ハブられる前は最前線、それ以降は昨日までずっと、レベル上げをしやすい場所とかで活動してたからな」

睡眠時間や食事の時間をはじめ、ありとあらゆる無駄と思われる時間を削った。βテスト時代、そして一度目のアインクラッドで得た知識、経験を生かし、どこまでも効率化した結果、ここまでのレベルへと到達した。
もし一度目ならば、同じ時間をかけても効率の問題などで、ここまでのレベルには到底到達しなかっただろう。

「そう言うアスナだって、前線に来てないはずなのに、異様にレベル高いじゃん」
「私の場合も同じかな。それなりに知識はあったから。さすがに睡眠時間とかはあまり削ってないけど」

アスナも一度目の知識があるため、効率よくレベルを上げられたようだ。元々彼女も初心者でありながら、非常に高い適性を持っていた。その気になれば、この程度のレベル上げも余裕なのかもしれない。

「それでキリト君は前線に戻る前に、どれだけレベルを上げるつもりなの?」
「最低でも八十。欲を言えば八十五以上まで上げたい」

前回、シリカを助けた時は最前線が五十五層でキリトのレベルは七十五であった。最低でも、そのレベル以上にまでは達しておかなければ、クォーターポイントのボスと戦うには心もとなかった。
しかしあれはゲーム開始から一年以上後での話だ。今はその半分の時間でそのレベルに到達しようとしている。無茶苦茶だと思われなくもない。

「そっか。私の場合、今の倍近くまで上げないとダメなんだね」
「ああ。二人だと経験値も分散されるけど、ある程度の無茶もできるから、それほど難しくはないかな。それでもかなりの時間を費やさないとダメだけど」

いくら効率化と穴場スポットを知るからと言って、それだけで簡単にレベルが上がるわけもない。まあ経験値がいいねらい目のモンスターも知っているが、その数もそこまで多くはない。やはり時間をかけるしかないのだ。

「たぶん最前線が五十層になるには、まだあと最低でも二、三カ月は必要だと思う。それまでに俺はあと二十、アスナは四十を目標にしよう」
「うん。わかった。じゃあこれからは余計に時間を無駄にはできないね」

笑うアスナにキリトは苦笑する。本当なら、あの新婚生活の時のように、二人でゆっくりと毎日を遊びほうけていたい。
でもそれはできない。現実世界のリミットも存在するし、何よりも二人で現実世界に戻ると約束したのだから。

しかしそれにしてもアスナはうれしそうである。レベルホリックでもないのに、何がそんなに彼女のテンションを上げているのか。

「えっ? だってこれからは毎日、ずっとキリト君と一緒にいられるじゃない」

言われ、一瞬ぽかんとした顔をしてしまった。
そしてああ、そう言えばそうだよなと、今さらながらに気付かされた。
レベル上げだろうがなんだろうが、アスナと一緒にいられる。それを考えると、なぜか顔が赤くなってしまう。

「あっ、キリト君。顔赤くなってるよ」

どこかからかうように言うアスナに、そんなことないと反論しながらも、そっぽを向いてしまった。アスナは余計にくすくすと笑う。
ちくしょーと内心で漏らすが、アスナに口で勝てそうにない。なんか前にもアスナの家で似たようなやり取りがあった気もする。あの時もからかわれた。

「あはは、ごめんごめん、キリト君。機嫌直して」

アスナはキリトの腕に自分の腕をからめてくる。どうにもアスナに主導権を握られてしまっている。いや、前からか……。

「はぁ。こうやって俺はアスナにしてやられ続けるんだろうな」
「もう、拗ねないの」

たしなめるアスナにキリトは、拗ねてないですよと唇を尖らせる。
二人はたわいもない会話を続けながら、街を歩く。かつてのあの時が戻ったかのように、二人に穏やかな時間が流れるのだった。




「あ、アスナ! その、二週間も待たせてごめん。そ、それでその……俺と結婚してください!」

二週間後、レベル上げを続ける傍ら、必死でアスナに送る指輪を買う資金を集めていたキリト。
今まで手つかずでいたレアアイテムの眠る場所だとか、先日までは見向きもしなかった、アイテムがたくさん落ちているダンジョンなどにも赴き、キリトは貪欲に集めまくった。

当然、アスナも一緒だったが、レベル上げの一環と今後のためとかほかのプレイヤーや軍に回すからと、色々と理由をつけた。
アスナも自分がこれだけアイテムを集めるのには、それ以外にも理由があると気が付いているかもしれないが、指輪購入のためとは気が付いていないはず。
いや、気が付いていないで欲しい。

そしてキリトはようやく、ついに念願の指輪を手に入れた。エギルに頼ってもよかったが、いろいろ聞かれそうだったので、別方面に頼ることにした。
と言ってもさすがにビーターである自分が結婚指輪を買いに来た、などと噂になればそれだけで今の時間を失いかねない。できるならアスナの事は前線に戻るまで隠し通していたい。

ゆえに慣れない変装までして、買い付けに出向いた。ちなみに買い付けの際の服装はフルアーマーでもバンダナでも、マスクでもなく、前に二十二層でアスナが主釣りの際にしていた格好に近かった。
さすがにビーター黒の剣士が、こんな格好で指輪を買いに来るとは誰も思っていないだろう。指輪はすんなりと入手できた。

ストレージ共有になる前に、レアアイテムや高額のアイテムをアスナに見つからないように入手し、それを換金し指輪の代金に充てた。
これもまたエギルとは別の店である。その時はビーターの悪名を使い、いつもなら安く売り払う所を、適正値かそれよりも少し上の値段で買い取らせた。

しかしこんなに緊張したのは、いつ振りだろうか。買い出しから始まり、アスナへの求婚。
あの一回目の時、よく言えたものだとかつての自分を褒めてやりたい。
今も声が震えているし、指輪を出す手も震えている。アスナに拒否されるとは全く、これっぽっちも思っていないが、それでも緊張するものは緊張するのだ。

頭を下げているため、アスナの顔は見えない。
どれだけ時間が経っただろうか。たぶん数秒程度なのだが、キリトにとっては永遠にも思えるほど長い時間に感じた。
何の反応もないことに、キリトは冷や汗を流しだす。

あれ、ひょっとして待たせすぎたことに怒ってらっしゃる?
遅すぎるよ! と怒られるのも覚悟しながら、恐る恐る、キリトは顔を上げる。もしかしたら、言葉も出ないくらいにご立腹なのかと思ったが、予想に反して彼女は大粒の涙を流していた。

「お、おい、アスナ? な、なんで泣いてるんだよ?」

すすり泣き、目元を自分の掌で拭っている。そんなアスナの姿に、キリトは慌てふためいてしまった。

「ひっく。だって、キリト君が私にもう一度、プロポーズしてくれたんだもん」

それに指輪までと小さく呟く。アスナもある程度予想はしていたのだろうが、やはり実際に言われるのでは、まったく違う。しかもあまり甲斐性があるとは言えないキリトが、自分に内緒で指輪のプレゼントまでしてくれた。アスナには涙を堪えることができなかった。

泣きじゃくるアスナが泣き止むまで、キリトは困った顔をしながらも、ずっと彼女の体を抱きよせ、彼女のぬくもりを感じ続けた。
しばらくして、泣き止んだアスナは、表情をただしキリトにこう告げる。

「不束者ですが、またよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく、お願いします」

この日、再び二人は夫婦となった。




あれからさらに二週間。レベルも順調に上がり、レアアイテムや資金も順調に集まった。
ストレージが共有になったので、二人にアイテムなどの面では隠し事はできない。
しかし二人には何の問題もない。アイテムの秘匿など、彼らには意味がなかったからだ。

「もう少しで目標額に届くかな?」
「たぶんな。エギルに頼めば、ある程度は高く買い取ってくれると思うから大丈夫だろ」

目下、二人にはある目標があった。レベル上げと並行し、あるものを購入するための資金を集めていた。

「………ようやくまた、あの家に住めるんだね」
「ああ。それでいつかユイも入れて三人で住もう」

二人の、いや三人の思い出の場所。あの場所をもう一度。攻略を目指すなら、あの場所は不要なのかもしれない。切り捨てるべき場所なのかもしれない。
かつての、一人の時のキリトならば、迷わず切り捨てただろう。
しかしアスナと合流した今、それを切り捨てることはできなかった。

もしかしたら足を止めてしまうかもしれない。二度と、あそこから出たくないと思ってしまうかもしれない。
でも……。
キリトの視線に気が付いたアスナは、優しく微笑みかける。彼女もキリトの視線の意味に気が付いている。

「大丈夫だよ、キリト君。私達は逃げるために、あの家に戻るんじゃない。前に進むために、乗り越えるためにもあの家が必要なんだよ」

アスナの言葉に、そうだなと同意する。切り捨てるのでも、逃げるのでもない。それを持ったまま、前に進む。
アスナを、ユイを、そして自分自身を犠牲にせずにこのゲームを攻略する。今度こそ失わずに、ヒースクリフに勝利しこのゲームをクリアする。

「やっぱりアスナは強いな。俺なんかよりずっと」
「前にも言ったけど、そんなことないよ。キリト君の方がよっぽどすごいよ。知ってる? 軍とかはじまりの街でのキリト君の話?」
「知らないけど、どうせビーターの悪名とか悪い噂とかだろ」

かなり派手に行動したからなとキリトは呟く。実際に前以上に悪役を演じたし、公になってはいないとはいえ、ラフィン・コフィンを殲滅までした。
あれの犯人はキリトだと、もっぱらの噂であるし、事実なのだから反論のしようもない。

「違うよ。それも確かにあるけど、半分以上の人はキリト君に感謝してる。キリト君とアルゴさんの情報のおかげで、大勢のプレイヤーが助かったんだよ。ガイドブック、クラインさんに渡したでしょ? あれがすぐに広まってね。クラインさんが必死に叫んで、大勢の人に伝えたの。βテスターがくれた情報がある。死にたくなかったら、これを見ろって」
「その話、アルゴから聞いたよ。俺のおかげって言うよりもクラインのおかげだよ。あいつが必死にみんなに伝えてくれなかったら、いくら情報があっても無駄だった」

野武士面の男の顔を思い出す。死者の数が少なくなったのは、キリトの情報だけではない。クラインがそれを大勢に伝えてくれたのと、それをアルゴが重版し、より大勢に回したからだ。
βテスターの死者も、前回は一月で三百人に上っていたが、今回は攻略が進むのが早かったうえに、キリトの情報のおかげで、その数は現在で総勢百人にまで減った。

それでも百人が死んだ。これはβ版の情報を過信しすぎていたからもある。正式版ではほんのわずかだが、変化が起こっていた。それが徐々に彼らを罠に嵌めるように襲い掛かった。本当に茅場晶彦と言う男は悪辣である。

また同じβテスターであるキリトの情報など、自分も知っているし、当てになどしないと言うプレイヤーも多かったからだ。
逆に一般参加者はキリトの情報を受けて、あまり無茶な行動を起こさなかった。だから死者が大幅に減ったのだ。

「もう、すぐキリト君は自分を卑下する」
「別に卑下してるわけじゃないけど……。それに俺は褒められたいからとか、感謝されたいとかでやったんじゃないから」
「それでもだよ。キリト君の悪い噂も多いけど、キリト君の活躍とキリト君のおかげで死なずに済んだ人とか、大勢いるよ。あと悪い噂を本気で信じてる人って、実はあまりいないみたい。それに前線でも結構人助けもしてたんでしょ?」
「どうだったかな……」

キリトの反応にアスナはキリト君らしいねと微笑む。

「軍とかほかのギルドとかでもキリト君に助けられたって人、多いから。私もそうだし」
「あれは少し違うような……」

あれは当然のことをしたまで……いや、自分がそうしたいから、アスナを死なせたくなかったから、もっと言えばアスナをあのような状況に追い込んだのは、キリト自身だったから。

「ごめん。嫌なこと思い出させちゃって」
「あっ、そんなことないって。俺はもう引きずってないし、アスナも気にしないでくれ」

どうやら表情に出ていたらしい。キリトは即座に否定し、アスナを安心させる。

「まっ、別に噂なんて今さら気にしないからな。前ならともかく、今はアスナもいるし。けどアスナの悪口はなぁ……」

もし言っている奴がいれば、すぐにでもビーターの悪名で黙らせるのだが。

「もう。ダメだよ、そんなことしちゃ。余計にひどくなるし、そもそも私もキリト君と同じでそんなもの気にしないから。私としてはそんな誹謗中傷よりも、キリト君と一緒にいる方が重要なんだから」

だからキリト君も気にしないでと言う。キリトも渋々ながら、わかったと言う。

「さて。じゃあ俺はエギルの所に行ってくる」
「私も一緒に行こうか?」
「うーん。一緒に来てほしいのは山々だけど、絶対アスナを連れて行くといろいろ聞かれる。どうせ後でほかの連中にも知られて説明するんだったら、二度手間になって面倒だし余計な詮索されるのも嫌だから今は秘密にしておきたい」

キリトとしてはエギルが漏らすとは思えないが、二人で一緒にエギルの店に入ったところを見られれば、ほかのプレイヤー達が騒ぎ出すだろう。
ただでさえ、アルゴに見つからないように細心の注意を払っていると言うのに、不用意にアスナを連れて行けば、アルゴをはじめ、ほかのプレイヤーに見つかりかねない。

(アルゴの場合、もしかすれば気が付いてるかもしれないな。接触してこないところを見ると、まだ情報を売ってないってことだろうけど)

アルゴにバレれば、即座にアインクラッド全体に広がりかねない。売れる情報なら、自分の情報でも売るような女である。
ビーターのこんなおいしい情報を、彼女が黙っているはずがない。

(口止めしとかないとな。そもそも口止めできるかな。また金が飛んでいく)

アルゴへの対応を悩みつつも、キリトはアイテムを持って、エギルの店へと赴くのだった。



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