「はあ、はあ……。」
「はあ、さっさと降参してくれない?
私は黒魔術師だけど、無用な殺生はしない主義なんだよ。
……そうだ、今なら《終わりなき休息の器》と料金の5倍、いや3倍くれたら、私がお前のことを殺したって嘘の報告を教団にしといてあげるよ。
どうだ?」
「っつ!
何処まで俺を侮るつもりだ!!」
「って、いってもなあ。
ぱっと、頭を覗いた限りじゃ……。」
「くくっ、それ以上言うな。
今のこいつは、お前の言葉で揺れ動くような状態ではない。」
ニウはゲンの激昂している様子に、あきれつつなだめようとするもゲンの様子はかたくなに変わらない。
その様子をみて、肩にいる《チフス鼠》があざ笑う。
無論ゲンは降伏する気などさらさらなく、頭にあるのはいかに目の前にいる強敵、ニウを打倒すことである。
ゲンの頭は怒りに燃えながら同時に、自身の取れうる戦略を冷静に考えていた。
そして、勝つために、今までの状況を整理する。
自分が呼び出した、小悪魔、《煮えたぎりの小悪魔》は確かに強いとは言えない。
しかし、それはあくまで、小悪魔の中でということ。
それこそ、相手が女子供であったら何人相手にしても勝てるであろうし、相手が魔術師であっても、(自分のような)一流の魔術師でもない限りそう簡単には対処できないはずだ。
そして、そんな《煮えたぎりの小悪魔》よりも強い《灰口の猟犬》。
特に《灰口の猟犬》は、戦闘の際にその口から出される火球は、たとえ鎧を着てようと、相手を一撃で火だるまにし、殺害することができるのだ。
どちらも一撃で倒すこの女は、おそらく強さで言えば、アヴァシン教の《聖戦士》しかも《審問官》クラス、いや、下手をしたらそれ以上。
先ほどつかった、鉄製の投擲武器――彼はそれの正しい名称を知らないが――おそらく『アーティファクト』の武器に、それを悠々と使いこなす技量。
そして、自分の呼び出した異形を一撃で仕留めるような、呪文も使える。
その上、あの女の言うことが嘘でなければ、そう、自分の頭を覗かれたのなら、自身の取れる戦法がすでにばれてしまっているかもしれない。
明らかにこの女は、こんな田舎の町にいていいような強さではない。
つけ入るすきと言えば、あいつがいつでも自分のことを殺せるのに、それをせず、油断をしているということくらいである。
……いずれにせよ、そうなると取るべき戦法は一つ。
自身の最大火力で、あの女がわかってても防げないような攻撃であの女を倒すこと。
そう、自身の呼べる最大の《クリーチャー》を呼び出すこと。
しかも、今まで呼び出したことのない、あのお方、あの《悪魔》を呼び出すしかない!!
《悪魔》は強力な力を持つ(らしい)が、それを呼び出す術式、必要となるマナの量、どれも規格外である。
できれば、こんな機会ではなく、長期間かけてじっくり呼び出すつもりであったが、致し方がない。
ゲンはそう覚悟を決めると、立ち上がり、ニウの顔を強く睨みつける。
「……何考えているかは知らないけど、決まった?」
ニウの方は相変わらずやる気のない顔で、ゲンを見ている。
その態度に苛立ちを感じながら、ゲンはニウに向かって高らかに叫ぶ。
「ああ、きまった!
……貴様を殺す算段がなあ!!」
【ネタ】MTG転生物【TS転生物】 1-3 後半
「はああ……!!」
突然、雄たけびをあげ、そのまま力強く詠唱を始めるゲン。
その様子をニウはゲンの闘志がなえていないことを悟り、溜息をつく。
先ほどまでは、ニウの様子を観察しながら詠唱を唱えていたゲンだが、詠唱に集中しているのか、ニウの方を見向きもしない。
やけに力の入った言霊で、その詠唱が完成する。
「わが名に従いいでよ!暴虐なる悪魔の手足たちよ!!《暴動の小悪魔》」
その詠唱が終わるとともに、激しい爆音と共にそれは現れた。
彼らは、理性を持たぬ邪悪の化身。
それの笑い声は人々を不快にさせ、その行いに生産的なものは何一つとしてない、それが《小悪魔》という存在である。
彼らの容姿は赤い体表に長い耳、双角と《煮えたぎりの小悪魔》に似通っているものが多い。
しかし、彼らは明らかに《煮えたぎりの小悪魔》の小悪魔とは違うことが一目瞭然である。
その体格は《小悪魔》という名に反し、成人男性のそれよりも大きく、筋肉質。
口には鋭い牙がずらりと並び、頭には牛の物より、そして、《煮えたぎりの小悪魔》よりもはるかに立派な角が見える。
そして、最大の違いは、その《小悪魔》が『三匹』であることであろう。
そう、《暴動の小悪魔》は《一にして三》という《小悪魔》。
この《暴動の小悪魔》はゲンが今まで呼び出したことがあるクリーチャー中では、最も強い者なのである。
彼らは《煮えたぎりの小悪魔》や《灰口の猟犬》とは違い、炎を生みだしたり、火を吐くといった特殊な能力は持たない。
かわりに彼らの持つ武器はその強靭な肉体と、あふれんばかりの残虐性である。
呼び出された小悪魔らというには少々大きすぎる彼らは、あるものは叫び、あるものは手に持った棍棒を素振りして、暴れだせる時を今か今かと待ち構えていた。
「……へえ。」
《暴動の小悪魔》の召喚を見ていた、ニウは興味深そうにそれを見つめた。
そして、それらを打倒すための呪文を唱えはじめたが、ニウの肩にのっていた鼠がそれを遮った。
「……おい、契約主よ。
そう簡単に呪文ひとつで奴ら殺してしまうのは、少々もったいなくないか?
ここは、黒魔術の先輩として、目の前にいる男に格の違いを見せてやろう。
それに、どうせ《小悪魔》というのは、図体ばかりでかくて弱い奴らなのだ。
ならば、あいつらの生餌にはちょうどよくはないか?」
肩にのった鼠は、イイ笑顔でニウにそう言った。
その顔は、人とは違う顔でありながら、明らかに良くないことを考えているのが丸わかりである。
ネズミの言葉を聞きニウは、今まで唱えていた呪文の詠唱を止め、思い出したかのような顔をする。
そして、ニウは困った顔をしながら言った。
「……それもそうか。
となると下準備のため、別の呪文が必要だなあ。……めんどくせえ。」
「まあ、そういうな。
そういう細かい手間暇や配慮が、召喚主と被召喚者の良好な関係を築くのだよ。」
「へえ、初めての契約の時、真っ先に騙そうとしたお前が言うんだ。
まったく、どの口がそういうんだか。」
鼠の言葉に反発しながらも、先ほどとは違う呪文を唱え始めるニウ。
そのニウの様子は、まるで目の前に呼び出された《小悪魔》達が見えていないかのように、焦りなどは一切が見受けられなかった。
一方ゲンは、床に座り込み、できるだけニウから遠い位置の壁に背中を預け、息も絶え絶えである。
今か今かとゲンからの指令を待つ《暴動の小悪魔》の活発なさまとは対照的に、ゲンの顔は青白く、いつ倒れても不思議ではなかった。
それもそうである。この《暴動の小悪魔》はゲンが今まで呼び出したどの異形よりも、召喚に必要なマナが多いのだ。
これの召喚の困難さときたら、ゲンが初めてこれを召喚したときは、召喚までに約半年をかけ、実際に召喚をしたときはマナ浪費からの疲労から数日間寝込んだほどである。
いくら今回、マナ補助用アーティファクト《終わりなき休息の器》があったとはいえ、すでに今日唱えた呪文は三つ目。
彼のマナはとっくに切れかけており、倒れない方が不思議なのである。
しかし、それほどの疲労であろうと、ゲンは倒れない。
そう、今まではこの強力なクリーチャーである《暴動の小悪魔》をよびだし、使役できただけで満足だったが、今回は違う。
おそらく、目の前にいるこの女には、この《暴動の小悪魔》でさえ敵わないであろう事をゲンは悟っていた。
そして、ゲンは、あらんかぎりの力を込めて叫ぶ
「《暴動の小悪魔》たちよ!!
目の前にいる女を殺せ!!俺に近づけるな!!
今から俺はかの御方を呼び出す!!奴の指一本俺に触れさせるなぁぁぁ!!!!」
その声が発せられるや否や、《暴動の小悪魔》は一斉にニウに向かって突撃していった。
あるものはその爪を振り上げ、あるものは床に落ちていた椅子を振り上げ、人とは違うその荒々しい鳴き声を上げてである。
そう、ゲンにとって一見恐ろしくも頼もしいこの《小悪魔》、今回ばかりは壁で囮、
いわば、『時間稼ぎ』である。
ゲンが考え、召喚したことがあるクリーチャーの中で最も時間稼ぎに適したのがこいつである。
彼が推理するに、目の前にいる女―ニウが得意とする魔術は、おそらくは『衰弱』の魔術であろう。
ゲンは文献でしか読んだことがないので実際にどのような物かは今回見たのが初めてである。
本によると、衰弱の魔術は黒魔術ではわりと一般的であり、物理的攻撃では殺しにくい、《再生》力のウーズやスライム、スケルトンであっても相手を腐らせたり、病気にさせることにより殺し尽くすことができるらしい。
その反面、ドラゴンや狼男と言った元から強い生命力を持つクリーチャーには効果が薄く、殺しきれないという欠点を持つそうだ。
そういう場合、その黒魔術師は、衰弱の魔術で弱った敵を殺すため、とどめに別の手段を持っていることが多いらしい。
以上の情報から、ゲンは推測する。
目の前にいる女は『衰弱』の魔術を使い、とどめに《刃のブーメラン》を使うといった戦闘スタイルだと考えるのが妥当だ。
その点《暴動の小悪魔》は特殊な能力は持っていないが、その生命力の高さはかなりの物。
こいつらなら、あの女の『衰弱』の呪文に耐えきれるはず!!
そう、そうして稼いだ時間でこの呪文を完成させ、あの《悪魔》を呼び出せばいい。
《悪魔》は《小悪魔》とは比べ物にならないほど強力な生命力の持ち主。
彼ならば、あの小娘の使う《衰弱》の魔術など歯牙にも掛けず、一方的にあの小娘を殺すことができるはずである!!
ゲンの考えがまとまったその瞬間、ちょうど《暴動の小悪魔》達が彼らの獲物に向けて攻撃をふるう。
そして、運命の瞬間、《暴動の小悪魔》の攻撃がニウに届くか届かないかの瞬間、ニウの呪文は完成する。
「……《死の重み》」
その呪文により、ニウの体から放たれた紫色の魔力が《暴動の小悪魔》の体に纏いつく。
ニウの呪文の効果により、《小悪魔》は眼には見えない何かに押しつぶされるかのように、皆倒れ伏してしまった。
そう、《小悪魔》の爪はニウには届かなかった。
「(……っつ、やはりこうなるか。
だが、目的は達成したぞ!!)」
《暴動の小悪魔》は《死の重み》の呪文により、その身を床に預けていたが、彼らは何と、再び立ち上がったのだ。
その顔は未だ闘志にあふれ、ニウを殺さんとギイギイと喚き立てている。
そう、《小悪魔》達はニウに攻撃はできなかったものの、ニウの呪文を耐えきったのである。
「(よし、これでこちらからは攻撃できないものの肉壁は残った。
こいつらで時間を稼ぎ、呪文を完成させる。)」
ゲンの考えている通り、《小悪魔》達の足取りは、病人のようにふらふらしており、今彼らが攻撃しても、ニウに傷を与えられないどころか、まともに当てる事すら厳しいであろう。
しかし、かれらの大きい体は壁になり、このような狭い室内に、三体もいるのでゲンに向かって直接《刃のブーメラン》を当てるのは困難。
ゆえに彼女は《暴動の小悪魔》を殺してからでないと彼には攻撃できない。
だが、ゲンが考えるに、ニウが《小悪魔》達を殺すには、もう衰弱の呪文を《暴動の小悪魔》に唱えるか、三度《刃のブーメラン》を投げる必要がある。
いくら彼女が強大な魔術師と言えども、もう一度呪文を唱えたのなら、マナ不足による疲労を見せるはず。
仮に《刃のブーメラン》でとどめにさすにしても、あのような近距離で、しかも三体同時に仕留めるのは至難の業。
どちらにせよ、自分が唱えようとしている呪文の時間は十分に稼げる!!
そう、ゲンは考えていた。
だがしかし、現実はとことんゲンにとって厳しかったようだ。
「……《貪欲なるネズミ》に《チフス鼠》達。さあ出ておいで。
餌の時間だ。」
何時の間にやら別の呪文を唱え始めていた、ニウの呪文によりそれは現れた。
彼女の右手からは発せられる黒いマナにより、そのからは人の靴ほどの大きさの灰色のネズミがぼとぼとと落ち出ていく。
反対に彼女の左手から発する紫のマナは、右手のそれより小さい浅黒いネズミが、右のそれとは比較にならない速度で召喚されてゆく。
そう、ゲンの予想に反し、彼女は再び『衰弱の呪文』を唱えるのではなく、《鼠の召喚の呪文》を唱えたのであった。
わざわざ黒魔術を使って呼び出したクリーチャーが《鼠》というのは、《吸血鬼》、《狼男》、《ゾンビ》と化け物ぞろいの【イニストラード】では、一見心もとなく感じられるだろう。
ゲンも彼女が《鼠》を召喚し始めたのを見て、多少彼の予想とは違ったものの、彼の中で【彼女は衰弱の呪文以外にまともな呪文を唱えられないで】という仮説を立てて、時間稼ぎの成功を確信し笑みを浮かべた。
ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼと
……しかし、その仮説は間違いであることをすぐに彼は悟った。
その鼠の数は、初めは、彼女の足元をうろつく程度の数であったそれは、瞬く間に彼女の腰あたりの高さまで山を作るほどになった。
そのあまりの鼠の量に、彼は一瞬我を忘れていて、彼が《悪魔》を呼ぶ詠唱を止めなかったのは奇跡であった。
そのあまりの光景に、彼の意識は薄れかけ、召喚した小悪魔達も、その鳴き声を止めてしまっている。
「……ん。これくらいでいいか。」
彼女がそう言うと、彼女の両手からマナの光が途絶え、ネズミの召喚が止まった。
ゲンが我に返った頃には、部屋の半分はその二種類の鼠で覆い尽くされていた。
それらは一様に、ウゾウゾと動き回り、そこかしこから甲高いチューチューという鳴き声が聞こえる。
それらの眼は、彼女の肩にのっている《鼠》とはちがい、理性の光の感じられない野生の眼をしていた。
ニウが咳払いをすると、今までばらばらに動いていた鼠が一様に動きを止め、いっせいにゲンたちの方を見る。
何千何百もの《鼠》も瞳にさらされたゲンは、自分の背中に冷や汗がたれているのを感じる、手にも今まで掻いたことがないくらいの汗が握られていた。
しかし、ゲンにとって、その鼠以上に恐ろしいのが、これ程の大量の《鼠》達を召喚しながら汗ひとつ掻いていないニウであった。
彼女は動くことすらままならない《小悪魔》達とゲンを指差し、肩にのっている《鼠》と共に言う。
「「さあ、いけ。」」
そして、その掛け声とともに、その黒い絨毯となっていた鼠の集団が、《暴動の小悪魔》達を襲いかかる。
ネズミたちが《小悪魔》達の足元まで来たかと思ったら、あっという間に三匹とも転倒させられ、その身は《鼠》の群れの中へと埋もれてしまった。
その中から聞こえるのは、ネズミの歓喜の声、肉の千切れ、骨が削れる音。
そして、あれほど頼もしく聞こえた《小悪魔》の咆哮は、今やくぐもり、悲鳴に変わり、それさえも弱くか細いものになっていった。
もし仮に《小悪魔》たちが万全の状態であったら話は違ったであろうが、今彼らは《死の重み》の呪文を喰らい、まともに反撃、いや、逃走すらできない状態である。
あえて彼らの抵抗する力を取り除き、生きたままネズミに貪り食わせるさまは、いっそ殺してからネズミの餌にした方がまだ慈悲深く見えるほどえぐいものであった。
ネズミに埋もれた《小悪魔》の体積が半分になるころには、《小悪魔》の声が消え、もはやネズミが発する音のみとなり、数分もしないうちに小悪魔がいた痕跡はなくなってしまった。
「さて、これでいいか。」
ニウがそういうと、今まで小悪魔がいたあたりに固まっていた鼠たちが、一斉に次の獲物へと視線を向けた。
あらゆる意味で追い詰められたゲン。
目の前で起こった悲劇への恐怖の為か、彼が《悪魔》召喚のために唱えている呪文の声は、初めは力強いものであったのに、今ではか弱く、頼りないものとなっている。
自分の状態と彼女の余裕ぶりに、ゲンの心は折れかけ、呪文に込めるマナも尽き掛けていた。
ニウはゲンの方を見やり、今までとは違う力強く、はっきりとした声で言った。
「最後の警告だ。
あきらめろ。
お前では私に勝てないよ。」
ニウの言葉はどこか諭すような口調であり、その眼は今迄のゲンを侮るような眼とはまた違っていた。
ゲンはこのような目で見られたことが過去にあった。
そうだ、あの時の眼だ。
「(違う、ちがう。
そうじゃない。
俺は天才なんだ。憐れまれるような人間ではない!!)」
ゲンはニウの眼を見て思い出す。
「(そうだ!あの時だ!
初めて黒魔術が成功したとき!両親が俺に向かってバカなことを言った時に眼だ!!)」
ゲンは幼い時から、いつも両親と比較されて育った。
周りから言われることは、大抵『両親ように立派になれ。』『君の両親は素晴らしい人だ。』『もっと両親を見習え』というようなことであった。
彼自身あまり商才がなかったのも、原因であろう。
彼は次第にどんどん周りから馬鹿にされていった。
それ故、彼はほかの人との交流を嫌っていった、『なぜもっと自分を見てくれないのか』、『自分は両親の付属品ではないのに』。
そのような中、彼を認めてくれるのは、皮肉にも原因である彼の両親だけであった。
両親だけがいつもこういってくれた。
『あなたはあなた。』『あなたはもっと私達にはないような、別の才能を持っているはず』『自分の好きなように生きなさい。』
その言葉を支えにして、彼は生きていった。
そんなある日、彼は父が取引をしている商店が変わった本を手に入れたので、それを両親に売ろうとしているのを見つけた。
両親はその内容を理解できなかったらしく、単に汚らわしい内容の本だとして、突き返していた。
しかし、こっそりとその本の内容を覗いていたゲンは、その本がただのおぞましい内容の本だとは思えず、両親に秘密でこっそりとその本を購入した。
そして、彼は理解した。この本が魔導書であることを。
彼は喜んだ。
そう、これだったのか。これこそが自分の持ちうる才能。
両親はこの本を理解することができず、自分のみがこの本の内容を正確に理解することができた。
この本に書いてある魔導を熟知することができれば、今まで自分を侮っていたやつ全員見返してやることができる、そして、両親にも……。
それからという物、彼は日夜その本について研究を重ねた。
その必死な様子は、両親を不安にさせたようだが、彼自身特に気にしていなかった。
そして、研究がひと段落したとき、彼は自身の研究成果として《小悪魔》の召喚をして、それ親に見せた。
もちろん彼は両親にそれを見せるかどうかは大きな葛藤があった。
もしかしたら自分という存在を親に恐れられるかもしれない、黒魔術に手を染めた自分を汚らわしく思われるかもしれない。
しかし、結果として彼は《煮えたぎりの小悪魔》を両親の目の前で召喚した。
だが、彼の行動に対する両親の反応は彼の予想に反した者であった。
「(……よくも思い出させたなあ!!)」
ゲンの脳裏に、はっきりと彼が両親を殺した時の興奮がよみがえる。
それと共に、今まで枯れかけていた彼女への闘志がよみがえり、呪文も力強いものへと変わった。
今まで壁に寄りかかっていた体を起こし、震えた足で立ち上がる。
彼に呼応するかのように《終わりなき休息の器》の灯火が高く燃え上がり、体にマナがあふれるのを感じる。
今までに感じたことがないほどのマナを感じる、いまならどんな魔術でも行使できると確信する。
そして、あらんかぎりの力を込めて叫ぶ
「我は汝を力を欲する者!!犠牲を払いて召喚する!!《灰口》に潜みし《小悪魔》達の主、《灰口の悪魔王》!!」
彼の後ろの空間が割れ、そこからは赤い灼熱の光景が見え、強い硫黄のにおいが漂う。
その空間のふちに手を掛け、火の粉と共に、大人の胴ほどもある腕が伸びる。
家の柱ほどある鉄斧をその手に携え、その背に生えるは薄く焦げたかのような煤けた黒い翼。
その身を灰で汚れた黄金の鎧で纏い、その頭は牛頭骨のような形をしており鋭い角と焼け焦げた鬣が見える。
《灰口の悪魔王》。
ゲンの呪文によって呼び出された《悪魔》である。
《悪魔》はこのイニストラードにおいてですら、めったに見れるクリーチャーではない。
それこそ多くの人々は彼らのことを《おとぎ話》の存在だと思っているだろう。
しかし、当然それは間違い。
彼らはこの世界の地下奥底に存在し、《灰口》と呼ばれる火山の火口のような、火に覆われた地獄との出入り口を利用し、太古から人々と秘密裏に交流してきた。
その強さは、《小悪魔》などの比にはならず、その賢さを持って《黒魔術》を流布し、人間の堕落と衰退に大きく貢献してきた。
呼び出された《灰口の悪魔王》のその威圧感は凄まじく、召喚主であるゲンでさえ思わず平伏してしまいそうになる。
実際にその威圧感を受けてしまっている《鼠》どもはさっきまでの騒ぎっぷりはどこえやら、皆一様に静まりかえ、わずかに震えているのが分かる。
「くっくっくっ……、はっはっはっ
クーハッハッハ!!
できたぞ!できたぞ!
やはり俺は天才!とうとう俺は≪灰口の悪魔王≫の召喚に成功したぞお!?」
デンは上を向きながら、そう高らかに叫んだ。
そう、彼は心の何処かで自らの力では、≪灰口の悪魔王≫を呼び出すことが不可能ではないかと疑っていた。
彼は一族代々魔術師という訳ではない、単に偶然黒魔道書を読めただけの人間である。
体内に存在するマナも足りない、特別なアーティフアクトも持っていない、金もなければ、捏ねもない。
もしかしたら自分は[井の中の蛙]なのではないか。
自分はとるに足らない、[残念な子]なのかもしれない。
いや、《黒魔術》に踊らされて『親殺し』までさせられた、ただの愚か者なのではないかと。
しかし、ゲンのそのような後ろ向きな考えは《灰口の悪魔王》のその威圧感を肌に感じればわかる。
そんなことはないんだと。
なぜなら、自分はこのような力強い《悪魔》を召喚することができるのだから。
彼は《灰口の悪魔王》の召喚の成功による、昂揚感をそのままに、それに命令を下す。
「さあ、いけ!《灰口の悪魔王》よ。
貴様の力を見せつけろォォォォ!!」
そう言いながら、ゲンは意気揚々にニウを指差す。
だが、彼の高揚感は彼女の眼を見た瞬間、溶けて消えてしまった。
その眼に浮かんでいるものは、《灰口の悪魔王》への恐怖ではないし、人を嘲り笑うような微笑でもない、そして両親が自分に向けたような眼ですらない。
悲しいような、こちらを慈しむような……。
刹那の間、ゲンには時間がゆっくりに感じられ、ニウの口が動くのがはっきりと分かる。
【バイバイ。】
それは親友を見送るかのような、別れを惜しむかのような短くもはっきりとした言葉。
「(美しい……。)」
それがゲンの脳裏に浮かんだ最後の言葉であった。
室内に、ぼりぼりという咀嚼音がし、床には大きな血だまりができている。
ニウの右手には紫色の魔力光が見え、彼女は先ほどゲンによって呼び出された《灰口の悪魔王》をじっと見据えていた。
その《灰口の悪魔王》というと、その口にはやせ形の男の姿、そう、ゲンの亡骸がその口には合った。
自らを召喚した召喚主を食べ終え、《灰口の悪魔王》はニウの方を向く。
「……ほお。
その顔を見るに、おぬしは儂の召喚に生贄が必要なことを知っていたな。
ならば、何故こやつには教えてやらんかったのか?」
そう言いながら、《灰口の悪魔王》は口を開け、自分の口内を指差す。
その口内は、まるで闇が広がっているかのように、漆黒であり、一切のものが見えなかった。
ニウは、油断なく《灰口の魔王》を見据え、右手を向けながら言う。
「どうして、自分を殺そうとする奴にそこまで教えてやる必要が?
それに、教えてやってもそれを信用したとは到底思えなかったし。」
「ふむ。それもそうか。」
その答えを聞いた《灰口の悪魔王》とニウの肩にのっていた《鼠》が大きな笑い声をあげた。
あまりの五月蠅さにニウは《鼠》に「うるさい」というものの、どちらも止まる気配がなかった。
黒魔術の多くは強い効果を持つ反面、その使用者に何か犠牲を求めるものが多い。
たとえば血、たとえば記憶、果てには魂までもである。
その中でも最も一般的であるのが《生贄》である。
そう、《灰口の悪魔王》の召喚には《生贄》が必須であり、ゲンはそれを用意していないがゆえに喰われた。
彼がそれを知らなかったのは彼が魔導書を理解しきれるほど賢くなかったからか、もしくはその魔導書にそこまで書いていなかったからなのか、今となっては不明である。
「それでこれからどうするつもり?
おとなしく、元いた場所に変えるのなら何もしないけど、殺すつもりならこちらにも考えがある。」
「ふむ、この程度の音でギブアップか?
軟弱だぞ。我が契約者よ。」
一通り《悪魔》達が笑い終えた後、ニウは静かにそう言った。
しかし、その反面《鼠》はニウのまじめな様子に茶々を入れ、一方の《悪魔王》も笑いながら顎に手を当て、二種類の鼠の群れを見た後、ニウの方を、そしてその《呪文》を見据えながら軽い口調で言った。
「ふむ。お前のような強気な女を殺すというのは、なかなか興が乗るが……。
ふむ、今回は分が悪そうだ。やめておこう。」
「まあ、こいつ、実は男女だがな。」
度重なる《鼠》の茶々入れに業を煮やしたニウが、空いた手で肩にいる《鼠》を叩き落とそうとするも、するりと躱された。
それと共に、ニウはひそかにほっと息を吐いた。
《悪魔》と言う種族は隙あらば人をだますため油断ならないが、ひとまず殺り合う事はなさそうだと。
彼女の右手にある呪文は、彼女が使える呪文の中でもことさら強力な物である。
とはいえ、彼女は目の前にいる《灰口の悪魔王》が《不死》であることを前世の知識で知っている。
もし前世の知識すべてが正しいのなら、《不死》と言えども、その実二回連続で殺せば完全に殺しきることができるのだが、いまここでそれが真実であるかどうかを試す気は到底ないというのが彼女の本音であった。
しかし、そう言ってからも《悪魔王》は一向に消える気配を見せず、ニウを見つめながら、何やらぶつぶつと独り言を言っている。
「……帰らないのか?」
ニウは《灰口の悪魔王》に向かっていぶかしげに尋ねた。
声を掛けられた《灰口の悪魔王》はその場で大きく手を叩く。
そしてその顔は、骨であるのになぜか楽しげに見える。
「うむ!決まった。
既に別の悪魔とも契約しているようだが、ここで出会ったのも何かの縁。
どうだ、わしと《契約》しないか?」
「はあ?」
そして、やけに間の抜けた声が《アモス商店》内にコダマした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
・・
・
日は進み、三日後の早朝。
ニウとデアは再び、初日に来た酒場兼飯どころの店に来ていた。
「いや~、まさかここ以外どこも閉まっているなんてねえ。
まあ、ここの飯はうまいから全然文句はないけど」
「そもそも、こんな早朝にあいてる店の方が珍しいだろう。」
「ははは、今日は仕込が早く終わっていてな。
運がよかったなあ、嬢ちゃんたち。」
店内では、店主とニウの話しが盛り上がる
この村に滞在する最終日、事前に宿屋の方ではなく、せっかくの旅先なのだから、どこかの店で食べようとニウは提案した。
が、出発は早朝、そのため開いている店はほとんどなく、偶然この店がだけが運よく空いていたのだ。
「せっかく、また来てくれたのにベンのやつも運がねえなあ。
後で話してやろう。
きっと悔しがるだろうな。」
「いやあ、さすがに今回は前回みたいに宴会を開くつもりはないし、酒をおごってあげる事もないよ~。
こんな朝から、しかも旅立ち前にお酒を飲むほど図太くないしね。」
「……あいかわらず、この嬢ちゃんは。
まあ、いっか。」
どこか的外れなニウの答えに、微笑する店主。
会話の一連の流れを、なぜかむっつり顔をして聞いていたデアは、流れが一段落付いた時にニウに向かって話しかけた。
「そういえば、結局ニウは《アモス商店》を訪ねたのか?
四六時中、街中を巡ってたようだが。」
「……ん~。
それが初日の昼間に一度訪ねたけど、無視された。
居留守だか、本当にいなかったかはわからんが。」
「って、嬢ちゃん、あんた俺の忠告を無視したのかよ。
まったく、いい根性してるぜ……。」
食事を食べながら、一瞬答えに詰まったものの、いつもと変わらない調子で答えるニウ。
そして、店主は忠告をしたのに無視されたことに対して、怒りよりもむしろ呆れが浮かんでしまった。
しかし、それもつかの間、店主は突如真剣な顔になり、宙を見ながら静かに語った。
「……昨日、奴の家に《アヴァシン教会》の《審問官》が訪ねたらしい。」
彼はニウ達の方とは逆の方を向きながら、淡々としゃべり続ける。
「結局、ゲンのやつは見つからなかった。
だが、店の中は、それはひどいものだったらしい。
燃え焦げた室内に、壊れた家具。
残りわずかな資産に、多数の血だまり。
そして、大量の《ネズミ》に食い荒らされたかのようなびりびりの書籍、怪しい魔導書、不浄なアーティファクト。
とどめに倉庫にあったのは、ギャザとメリーの亡骸だそうだ。
明らかに何かあったのはわかるが、ゲンが黒魔術を行使した証拠やゲンの行方は分からなかいそうだ。
幸い、ギャザとメリーの亡骸はきれいなままで、《アヴァシン教会》の《審問官》が直々に《司祭》に頼んで、立派な墓を作ってくれるらしい。」
店主の体が震えているのが分かる。
「けど、けど、どうしてこうなっちまったんだ!!
ギャザとメリーは立派ないい奴らだった!
ゲンだって、商才はなかったが、親にべっとりだったが、それでも根はよく、親思いの奴だった!
何がおかしくてこうなっちまったんだ!!」
店主の眼から涙がこぼれ、その手は強く握られ、小刻みに震えてるのが分かった。
口は強く閉じられ、その顔には無念の表情が浮かび上がっている。
デアは、その店主の悲しげな背中を見ながら静かに言う。
「……祈ろう。」
デアは首元にある《アヴァシンの首飾り》を握り、ニウも食事の手を止める。
「ギャザとメリーの両名が《祝福されし眠り》につけることを。
そして、ゲンに《大天使アヴァシン》の加護があらんことを。」
デアはそう言うと、静かに手を組み、目をつぶり、静かに呟く。
「どうか、彼らが大地で永遠を過ごしますように……。」
彼が《イニストラード》特有の祝福の言葉を言い、静かに祈った。
それに従い店主が、そして、ニウも静かに手を組んだ。
……どうか、貴方がたが大地で永遠を過ごしますように
次元世界【イニストラード】
銀の月が浮かぶ、恐ろしき夜の狩人たちが住まう世界。
心弱きものから消え、真の強者のみが生き残る美しくも残酷な世界。
そして、この世界では、このような事件、日々起こっている在り来りな悲劇の一つにすぎないのであった。
★★★★★★★★★★
貪欲なるネズミ (1)(黒)
クリーチャー — ネズミ(Rat)
貪欲なるネズミが戦場に出たとき、対戦相手1人を対象とする。そのプレイヤーはカードを1枚捨てる。
1/1
このネズミらにとって敬意を表すべきものなんか何もない。 何を見てもエサだと思うんだから。
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★★★★★★★★★★
灰口の悪魔王 (2)(黒)(黒)
クリーチャー — デーモン(Demon)
飛行
灰口の悪魔王が戦場に出たとき、あなたが他のクリーチャーを1体生け贄に捧げないかぎり、それを追放する。
不死(このクリーチャーが死亡したとき、それの上に+1/+1カウンターが置かれていなかった場合、それを+1/+1カウンターが1個置かれた状態でオーナーのコントロール下で戦場に戻す。)
5/4
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真エキスパッション『ラヴニカへの回帰』が販売されましたね。
先日、それで対戦しました。
早速更新しました作者です。
多くの感想、実にありがとうございました。
感想はすべて読ませていただいてますし、アドバイスも参考にしていきたいと思っています。
正直、この小説を読んでる人の多さにびっくり。
そして、なにより[MTG]を知らないのに、わざわざ読んでくださる方の多さに二重にびっくりしております。
この小説の目標の一つとして、「MTGの面白さをもっといろんな人に広げたい。」「知ってる人、知らない人どちらも楽しめる物を書きたい。」という物があるので、この事実をとてもうれしく思いました。
少しでも《MTG》について、興味を持った方は公式サイトなどを調べてみてください。
カードの絵とテキストを確認するだけでも結構時間がつぶせます^^
さて、次回は間幕、いわば日常+解説回になる……
まえに、MTGが分からない人向けの、もっと簡単な解説になると思います。
おそばせながら、今回の文章には独自解釈やオリジナルな要素、最強物要素等が含まれています。
以上の要素が嫌いな人はご注意ください。
『おまけ』
俺「6パックシールド戦やろうぜ。(その場で開けた6パックだけデッキを組み、で対戦する遊び方)」
友1、2「「おk」」
友1「あ、神話レア出た。」友2「俺も。」
(神話レア=レアの中のレア、1パックにつき1つ入っている、ただのレアとは違いめったに入っていないレアカード。だいたい6,7パックに一個出る)
俺「マジ?」
友1「あ、レアfoilでた。」友2「あ、俺は神話foilだ。」
(foil=通常とは違って光ってるカード。やっぱり1パックにつき一個入ってるとはry。そして、6,7パックにry。foilはカードの内容は完全ランダムの為、それでレアが出るのはすげえ珍しい。ましてや、有用で神話レアのfoilとなると……。)
俺「oh……。」←どれも普通のパック+決定打のカードなし。