ここから数話(30話まで)は番外編的な話になります。
しゃらくさい話になりそうですし、
別に読み飛ばしてもらっても、話はつながりますので。
愛だとか恋だとか、かったるいと思う人は読み飛ばしたほうがいいかもしれません。
◆◇◆◇◆
「トリステイン万歳!」
誰かが言いました。
「アンリエッタ王女万歳!」
誰かが叫びました。
トリスタニアは嘗てない喧騒に包まれていました。
アルビオン軍に勝利したトリステイン軍。そしてそれを導いたアンリエッタ王女を先頭とした凱旋パレードは、熱狂的に迎えられました。
トリスタニア中の人間がアンリエッタを見ようと狭い路地いっぱいに詰めかけ、パレードを見つめながらアンリエッタやトリステインを称える言葉を叫んでいます。
誰もが興奮していました。
しかしそんな賑やかな様子を、静かな様子で見つめる者がおりました。
捕虜となったアルビオン軍の貴族達です。
捕虜とはいえ、貴族にはそれなりの待遇が与えられます。
杖こそ取り上げられましたが、拘束されることなくその身は半ば自由でした。
勿論見張りの兵が近くに置かれていますので逃げ出すことは不可能ですし、そもそも逃げ出そうとすればその貴族の家名は地に落ちますので、名誉を重んずる貴族たちは逃げようなどとは微塵も思いませんでした。
そんな貴族の一団の中、レキシントン号の艦長、ヘンリ・ボーウッドは、隣に居る男をつつきながら言いました。
「見ろよ、ホレイショ。聖女様々のお通りだぜ」
ホレイショと呼ばれた貴族は肥えた体を揺らしつつ答えます。
「女王に即位か…女王の即位はハルキゲニアでは例が無いな」
「ホレイショ、歴史をよく勉強していないな?嘗てガリアで1例、トリステインは2例…いや、今正に3例目だな」
ボーウッドのその言葉にホレイショは小さく笑いました。
「歴史か、なるほど、我々はまさにトリステインの歴史的な一ページの犠牲になったわけだな。さしずめあの光はその装飾かな?」
「ああ、たしかにあれには驚いたな」
ボーウッドはそう言いました。
レキシントンの上で輝いた光は、見る見る間に広がり、艦隊を炎上させただけでなく、その動力である「風石」を消滅させ、船を地面へと落としました。
驚くべきことはそれで直接の死人が発生しなかったことです。あの光は船こそ破壊しましたが、人間自体を殺すことはなかったのです。
無論その後の混乱や攻撃でそれなりの犠牲は発生しましたが、戦艦一つが墜落したにしてはかなり少ない犠牲だったのは確かです。
「確かトリステインの守護竜の放つ奇跡の光だったかな?あんな光は見たことも聞いたこともないよ…でも、僕はそれよりも恐ろしく感じるものがある」
「ほう?それはいったいなんだね」
「あのもう一匹の竜、つまりガーゴイルのほうさ」
「あ、あれか」
そういてホレイショはそのガーゴイルの姿を思い出しました。
あのガーゴイルはあの奇跡の光やそれを放った竜に比べれば、理解の範疇に収まるものでした。
素早く動き。強力な力で次々と飛竜を屠るそれれはたしかに凶悪と言えましたが、たとえばガリアのような魔法人形の技術に長けた国であれば、国内に二、三体は保有していることでしょう。
しかし、問題なのはそれが、今まで軍事的弱国だと思われていたトリステインで、それも国の外れの小さな田舎村にあったことです。
「未知の魔法でもなく、謎のマジックアイテムでも無く、隠されていたトリステインの秘密兵器でも無い。あれこそ正に昔からある何の変哲もない魔法だ。その魔法に一時的とは言え我々は圧倒された、あんなガーゴイルがもう二、三体居たら、あの奇跡の光無しでも我々は負けていたかもしれない」
「だろうね」
ホレイショは顔をしかめながらそう言いました。
「あのガーゴイルが現れるまでの時間はあまりにも短かった。どう考えてもこの首都を守っていたのではなく、あの辺りに予め配置されていたのさ」
「たしかに、我々があの村の近くに到着した直後にアレは現れたね」
「つまり、魔法の地力においても我々は負けていたんだよ。たとえあんな秘密兵器無しでも、トリステインは十分に我々と戦えたんだ」
「我が祖国は、恐ろしい敵を相手にしたものだ…」
諦めにもにたため息と共に、ホレイショはそういうのでした。
「なあもしこの戦が終わって、国に帰れたらどうする?ホレイショ」
「軍人は廃業するよ。杖を捨てたって構わない。あんな恐ろしいドラゴンやガーゴイルと戦う可能性のある仕事だけは断固としてお断りだね」
その言葉にボーウッドは笑いました。
「気が合うね、僕も同じ気持ちだよ」
そう言って二人は力なく笑いました。
◇◆◇◆
『伝説の二匹の双竜によって、トリステインは守られた』
あの戦争での出来事はそう発表されました。
そこに、人間の功績は語られることはありません。
ルイズが虚無の魔法を使ったことは勿論、テオがゴーレムを扱ったことさえも隠匿されました。
ルイズとテオの手柄は『無かったこと』として処理されました。
それに対してルイズはさして反応を見せませんでした。
ルイズはもともと功名心を持って戦いに参加していたわけではありませんし、そもそも自分が虚無の魔法使いであることを公にすることに忌避感を感じていましたから、この処理は彼女にとっても良いことでした。
しかし、問題はテオです。
彼は功名心はありませんでしたが、戦争に参加したいという明確な意思を持ってゴーレムを出しています。それを無かったことにされては、テオの心中は穏やかではありませんでした。穏やかでないどころか、はっきりと彼の心は怒りで溢ていました。
実際のところテオはこの状況を予想していました。
テオはトリステインという国が戦争の手柄を自らのものにするだろうと、事前に予想していました。ですから実際にそうなった時。それを受け入れることは出来ました。
ただ受け入れる事ができるのと、怒りが湧き上がることは別問題です。
テオは怒りを表に出すようなことはしません。
確かに、その言葉や行動の節々に苛立ちが見えましたが、それはエルザやエンチラーダにしかわからない程度にとどまっていました。
彼が怒を見せない理由は、怒りを露にすることは貴族的で無いと思っていたからです。
こんな時、今までの彼のとる行動は基本的に2つでした。
一つはふて寝して、夢の世界へと現実逃避すること。
怒ったところで事実は変わらないのですから、一時的とはいえ忘れてしまうのは心の健康上決して悪いことではありません。
そしてもう一つはヤケ食いでした。
不愉快な気分を、愉快な気分で上書きするという、健康に被害を及ぼしつつも、心の平穏には有効な手段です。
テオは基本的にこの2つの方法でいつも不快な気持ちを紛らわせています。
本当なら彼がその気になればその力でもって大抵の問題は解決が出来るでしょう。しかし、彼は不本意な状況をあまり自ら変えようとはしませんでした。
彼は自身の目的のためには手段を選ばないような人間ですが、不愉快であるという理由で、まわりに当たり散らしたり、無理矢理にその状況を変えようとはしないのです。
それは彼の理想とする貴族像から離れて居るからです。
貴族でありたいという『目的』のために、彼は自分の欲求を『犠牲』にしているのです。
ふて寝やヤケ食いが、貴族らしいかと言われればそこには疑問が残りますが。
しかし、それでも気に入らないことに対して、いちいち騒ぐような人間よりはよっぽど貴族的であるとテオは考えていました。
本来ならば。
今回も彼はふて寝かヤケ食いをするはずでした。
少なくともエルザは、テオの様子をみて、この後彼がその二つの行動のドチラかをすると考えていました。
しかし。今回は、そうなりませんでした。
ブツブツと不機嫌そうにしていたテオは、突如としてこう言ったのです。
「悩む暇があれば少しでも状況打開に動くべきだな」
そう言ってテオは動きました。
「何処に行くの?」
エルザは不思議そうにそう聞きました。
不機嫌なテオが部屋にこもらずに行動を起こす。
それはエルザが知るかぎり初めてのことでした。
「少し外にな。戦争に備えて訓練をする。今回の手柄は逃したが、それでも次のチャンスは逃さないようにせねばならん」
そう言ってテオは、部屋から出ていくのでした。
普段のテオらしくない行動。
つまり。それは。
それは。テオにとって『戦争』が。
とても大切な『目的』であるということでした。
◇◆◇◆
陽の光に照らされたベンチに、2つの影が寄り添うようにありました。
それはサイトとシエスタでした。
そして今、サイトはシエスタから、あるものをプレゼントされています。
そのあるものとは。
「すごい、マフラーだ!」
そう言ってサイトは喜びました。
「暖かそうだなあ」
「ええ、ほら、あの竜の羽衣…ヒコウキでしたっけ?アレに乗る時が寒そうでしたから…」
「そうなんだよ…風防を開けると寒いんだよな」
そう言いながらサイトはそれを首に巻きました。
季節はすっかり暖かくなっていましたが、空の上は寒く、そのマフラーは飛行機に乗る際には大いに活躍しそうでした。
そのマフラーを首にまくと、ふと、その端に何やら黒い毛糸で文字が書かれているのが、サイトの目に入って来ました。
「これなんて書いてあるの?」
「え?ああ、それはその…サイトさんの名前です」
「へえ」
そう言ってサイトは其の文字をしげしげと見つめました。
異国の文字で書かれた自分の名前は、なんだか不思議な感情を彼に与えたのです。
そしてその直ぐ隣に、別の文字が書かれているのにサイトは気が付きました。
「あれ?こっちはなんて書いてあるの?」
「えへ…私の名前です、何となくかいちゃいました。ご迷惑だったかしら?」
「いや、全く迷惑じゃあない!」
そう言ってサイトは首をちぎれんばかりの勢いで左右に振りました。
「すごく嬉しい、だって、シエスタが俺なんかのためにわざわざ編んでくれたんだぜ」
そう言ってサイトは喜びを露わにしました。
其の喜びようときたら、相当なもので。はしゃいでいると言い換えてもいいほどのものでした。
なにせサイトは女の子からプレゼントをもらうのは初めてでした。
まあ、男の子からは少し前から剣のプレゼントを貰っていますし、更に2人女の子からも剣のプレゼントをされているのですが、それはサイトの中ではノーカウントということになっていました。
一人の男として、彼はやはり女性から最初にプレゼントされるべきは、剣のような武骨なものではなく、こういった如何にもプレゼントらしい存在であって欲しかったのです。
「でも良いの?ほんとにもらって、後で返してって言わない?」
サイトがそう言うと、シエスタは小さく笑いました。
「言いませんよ。あのね。私、アルビオンが攻めてきた時すごく怖かったの。でも戦が一段落したと思ったらサイトさんが直ぐにやってきてくれて…あの時、私、すごく、すごく嬉しかった。ほんとよ?だから私…私…」
そう言って頬を染めるシエスタに、サイトも同じく頬を染めました。
そして。
ボゴンと大きな音と共に、サイトの意識は反転しました。
「ぐぺ!!!」
「え?サイトさん?あれ?…え?サイトさん!?!?!?!?」
◇◆◇◆
「ほう、命中だ。なかなか良いコントロールをしているではないか」
サイトとシエスタのベンチから離れること十数メイルの位置でテオの声が響きました。
「あのエロ犬!」
続いてルイズの声も響きました。
そう、サイトの意識を反転させた原因は、ルイズの投げた石でした。
それは、少し離れた位置から二人の様子を監視していたルイズが、あまりに二人の雰囲気が親密になったことに嫉妬して投げたものでした。
「まあ、メイジ的な攻撃手段ではないが、印地は有効な攻撃方法の一つだ。誇っていいレベルだな」
そう言ってテオはルイズに対して拍手を送りました。
「っていうか、テオ?貴方の掘った穴に入っておいて言うのは何だけど…何やってるのよ貴方?庭の隅っこにこんなデカイ大穴なんてあけちゃって。あのね?いちおう教えておいてあげるけど…こんなに深く掘っても、トリュフは出てこないわよ?」
「君は吾をどれだけアホだと思っているのだ?吾がトリュフを探すためにこんな大穴を開けるわけなかろうが」
「…?じゃあなんでこんな大穴を開けたのよ?」
ルイズは不思議そうにテオにそう尋ねました。
隠れるのにちょうといいからと、ルイズが入っているその大きな穴は、テオが掘った物でした。
都合がよいので使ってこそ居ますが、何故にそんなところに穴を開けているのか、ルイズには理解ができませんでした。
「見て判らんか?塹壕戦の練習だ」
「何バカのことしてるの?」
「…いや、別にバカなことではあるまい、戦争が始まったのだ。それよりはっきり言ってバカのことをしているというのでは君のほうだよルイーズ。自分の使い魔を見はり、石を投げる。戦闘訓練でも無くそんな事をするのはバカなことではないのかね?」
テオのその言葉にルイズは言葉がつまりました。
「こ…これは仕方ないのよ!あいつってば、私の相談にのりもしないで一日中いちゃいちゃいちゃいちゃ………」
「だったら面と向かって叱ればよいだろう?隠れて石を投げる意味が判らん」
「見つかったらかっこ悪いじゃない」
「見つからなくてもかっこ悪いだろうが」
「うぐ…」
テオの言うとおりでした。
誰かに見られようが見られなかろうが、ルイズのしていることはみっともないことであることには変わりありません。
「つまり貴様は、糞ガキに惚れているんだろう?」
「ちちちちちっち!違うわよ!!!!」
「うお!怒鳴るな…、塹壕の中は意外と声が響くんだぞ?」
「違うわ、違うからね断固として、絶対に、私が、あんな使い魔のことが好きになるなんて、ありえないんだからね!!!」
「分かった分かった…全く下らない」
吐き捨てるようにテオはそう言いました。
その言い草に、少しばかりルイズはムッとしました。
「確かに馬鹿なことをしたとは思うけど…そんな言い方をされる筋合いは無いわ」
「いや…悪い。勘違いをさせたな。吾が下らないと言っているのはだ、君の行動ではない。君を突き動かすその感情。言うなれば愛そのものに対していっているのだ」
「?愛?」
「そう、愛。そんな物のために振り回されるのは下らないと思わないかね?」
テオは両手を振り上げながらそう言いました。
それは、まるで。
まるで、愛という存在を憎み切っているような様子でした。
「テオ…。こんなツェルプストーみたいな事を言うのはあまり好きでは無いけれど。愛は…愛は大切なことよ?」
ルイズは諭すようにそう言いました。
愛。
今までテオが愛を与えられず生きてきたことはルイズも知っています。
ですからテオが愛と言うものに対して批判的なのも理解は出来ました。
ですが、それに賛同は出来ません。
愛という存在は大切であるとルイズは考えていました。
比較的孤独に生きてきた彼女でさえ、沢山の愛を与えられて生きてきています。親から、姉妹から、友人から。与えられた愛は彼女の心を満たし。そしてその素晴らしさを彼女は理解していました。
ですから、目の前で愛を否定するテオに対して静かにそれを否定するのでした。
しかし、テオはその言葉に対してバカにしたように鼻を鳴らします。
「はん。
巷には愛が溢れている、
やれ、永遠の愛。
やれ、無償の愛。
やれ、素晴らしき愛。
愛、愛、愛、あい、アイ。
道端では男女が愛を語り。
酒場に行けば歌い手は愛を歌い、
教会では祝詞や説法で愛を唱える。
愛こそ正義、愛こそ絶対、愛こそすべて。
誰もが、愛を良いものだと言い、そして求めている。
まるでそれに異を唱えることは許されないかのように、誰もが愛を崇拝している。
だが吾は言ってやる。
この世のすべての人間が、言えずにいるだろうから、せめて吾だけは断言してやろう。
愛なんぞ。この世には存在しない」
「・・・何言ってるのあんた?」
存在しない。
愛をくだらないと断ずるならばわかります。
愛が嫌いだというのならばそれも理解できます。
しかし、愛という概念そのものを否定するテオに、ルイズは呆れ返った声を出しました。
「言葉のとおりだとも。
もし、巷で言うように。
愛が絶対で、永遠で、不変なものであるならば。
それはありえないことなのだよ。
何故ならばこの世の中には不変なものなどないのだから。
人が愛だと言っているのは、所詮は肉欲だったり、快楽だったり、恍惚感だったり、あるいは崇拝や、依存性を、ただ『愛』だと勘違いしているに過ぎないのだ。
単に、信じたいだけなのさ。
この世に『愛』という素晴らしい物があって。そして自分もそれを手に入れることができるとな。
君やあのメイドがあの男に感じているその感情も、愛なんてものじゃあない。親近感や、尊敬、恩義や。あと、思春期特有の異性に感じるドキドキ感だ、屈折した性欲と言い換えても良い。
親近感は相手の性格や好みの変化と共に消える。尊敬も相手次第。恩義はいずれ薄れる。思春期特有のドキドキ感は、思春期の終焉と同時に無くなるさ。結局のところ一時的な気の迷いなのだよ。
所詮は愛なんぞと言うものは思い込みや勘違いだ。時間とともに消えて行くものだし、何かのきっかけで跡形もなくなくなったりもする。
つまりは幻想だ。ありはしないフィクションの存在だよ。
そんなもののために時間を割くくらいなら、もっとするべきことがあると思うのだがな」
それは嘘や冗談や負け惜しみではなく。本気で言っている様子でした。
まるで地球の大人がサンタクロースを信じないように。
テオは『愛』という存在を信じていないのです。
「貴方…寂しい男ね」
そんな言葉がルイズの口から漏れました。
「褒め言葉だな。吾は孤高である」
そう言ってテオは笑いました。
そんな彼に対して。
ルイズは何を言えば良いのかわからなくなってしまいました。
正直な話、彼がどんな思想をもとうと、ルイズには関係の無いことです。
彼が愛を信じなかったからといって、ルイズが何かしら不利益を被るわけでもありません。
しかし。
愛を信じないテオの存在を。
ルイズはなんだかとても寂しく感じました。
だから、何か彼にかけるべき言葉は無いだろかと。彼女が考えたところで。
聞き覚えの有る声が聞こえました。
「なんで君等は穴の中にいるんだね?」
驚いて声のしたほうを見ると。
掘られた穴の上からギーシュがこちらをのぞき込んでいました。
「え…あ」
「塹壕戦の練習だ」
焦るルイズとは対照的にテオがあっさりとそう言いました。
「塹壕戦の練習?なぜ?」
「そりゃあ決まってるだろ?戦争が始まったのだ。それともお前は何か?戦時であるにもかかわらず、何もせずにいつもどおりか?国を守るべき貴族がこの状況で何もしないのか?」
「そそそそそ、そんなことがあるわけが無いじゃないか。これでも僕はグラモン家が一人、ギーシュ・ド・グラモンだ!僕の心は常に戦場にあるとも!ああ!あるとも!」
「であれば、間違ってもその口から『なぜ?』なんて疑問が出るべきではないな?」
そう言われてギーシュはワタワタと焦りました。
なにせグラモン家は軍人の家系です。テオの言うとおり、何故なんて疑問はふさわしくありません。
「そ…それは…あれだとも…あれだ!…僕はこう言いたかったわけだ!『なぜ』この僕を誘わなかったのかとね」
「…ふむ。まあ、たしかに…訓練は複数でしたほうが効率的ではあると思うが…」
「そうだ、そうだとも。さあ、僕もやるぞ!ガンバルぞ!来るべき戦場に向かって、ともに練習しようじゃないか!僕ら三人、心は常に戦場だ!」
そう言ってギーシュはピョンと塹壕へと入りました。
「え?ちょっと…私はちが…」
「さあ、そうと決まれば塹壕を掘り進もうじゃないか、仮想敵は何だね、メイジの突撃部隊かね?それとも星型要塞かね?」
「だから私はちが…」
「あそこでボテボテと歩いている平和ボケした小太りはどうだ?」
「ちょっと、ひとの話を聞きな…」
「ああマリコルヌか。いいだろう、あのたるみきった後ろ姿に総攻撃だ」
「ねえ…」
「では行くぞ!」
「わ…」
「さあ、ルイズも!」
そう言ってギーシュはガシリとルイズの服を掴むと。
そのまま彼女を引きずるようにしてマリコルヌへと突撃していくのでした。
◇◆◇◆
長いこと気絶をしていたらしく、痛む頭をさすりながらサイトが部屋に帰ってこれたのはもう夕方になってからでした。
サイトが部屋に入るとルイズがベットのうえに正座して窓のほうを見ていました。
その仕草は、普段通りのそれでしたが。
その雰囲気はいつもと大きく違って居ることにサイトは気が付きました。
「遅かったじゃないの、今まで何処で何をしていたのかしら?」
姿勢を変えずにルイズはそう尋ねました。
「広場で、シエスタとあってたんだ。プレゼントをくれるって言うからさ。そしたら突然何かがぶつかってきたらしくて。まあ、殆ど記憶に無いんだけど…」
「へえ、そうなの、それは大変だったわね。それはそれとして、ちょっと話があるから、そこに座りなさい」
「え?あ、うん」
そう言ってサイトはその場に正座しました。
何やらのっぴきならない雰囲気を感じて、その頬には汗が滴りました。
そんな彼の方に、ルイズは振り返りました。
そして振り返ったルイズを見て。
サイトは驚愕しました。
夕日に照らされた、そのルイズの姿は。
泥だらけでした。
「ど、どうしたルイズ、泥だらけじゃないか」
「だれの、誰のせいでこうなったと思ってるのよ~!!!」
ルイズの叫び声と同時に。
久々の爆発魔法が、サイトに向かって放たれました。
◇◆◇◆
その日からルイズとサイトのこういった喧嘩はだんだんとエスカレートしていました。
ルイズがサイトに辛く当たることが多くなったのです。
しかし、それはルイズがサイトの事が嫌いになったからではありません。
むしろ逆。
ルイズはサイトを求めていました。
と言うよりは、ルイズが求めていたのは『理解者』でした。
自分が使う魔法の正体を知り、戸惑い、不安なルイズはその不安を癒してくれる存在を求めていました。
そして。その理解者となり得る可能性が一番高い人間がサイトに他ならなかったのです。
ですから、ルイズはサイトが、自分を理解してくれることを求めていました。
自分の不安を理解し。そして、共に歩んで欲しい。
しかし、そんな彼女の願いは叶えられませんでした。
サイトは、ルイズに理解を示すどころか、彼女にやさしい言葉をかけることもしません。
それどころか、ルイズ以外の女性と親しげにしてルイズをないがしろにすらしています。
ルイズは悲しみと同時に怒りを感じました。
そして、その彼女の怒りは。
直接サイトへと向かうのでした。
大きな音が響きました。
こと、魔法学院において、それはべつに不思議な事でも無ければ珍しいことでもありません。
メイジが集まるその学園では、攻撃魔法や魔法の実験や、或いは秘薬づくりや、時には使い魔の習性などにより、とても大きな音が響きわたることが多々あります。
ですから、生徒たちはその大きな音に対して、さしたる関心を示すことはありませんでした。
ただ一人。
サイトを除いて。
「死ぬ!死んでしまうわい!」
そう叫びながらサイトは逃げていました。
何から?
勿論ルイズからです。
「待ちなさいよ!」
ルイズはそう叫びながらサイトを追いかけますが、待てばサイトに大変な災難が降りかかるであろうことは、その怒りの様相から明白でした。
ですからサイトはその言葉を無視して必死で逃げました。
それこそ全速力で。
ガンダールヴの力を持つサイトの素早さはそれはそれはすごいもので。
ルイズとサイトの距離はドンドンと引き離されていきます。
そして、しまいにはサイトはルイズの視界から消えてしまいますが、ルイズは諦めはしませんでした。
ここ最近ではこのやりとりは珍しい物ではありません。
サイトがシエスタやキュルケと親しげに行動し、それに嫉妬したルイズがサイトに対して攻撃を行う。
ルイズは鬼の形相でサイトを追いかけますし、
サイトは必死の形相でそれから逃げようとします。
周りはすっかりその様子に慣れてしまいそれに対して特に気にする事はありません。
ただ、そのやり取りに巻き込まれないように、その二人からある程度距離をおこうとします。
相当に空気が読めない人間でも無い限り、彼女たちに声をかけようとはしないでしょう。
そう。
相当に空気が読めない人間でもなければ。
「何をしとるんだ?ルイーズ嬢」
テオが鬼の形相で走るルイズにいつものように声をかけました。
「あ゛!?」
「えらく急いでいるじゃあないか?」
ルイズはテオに構わずサイトを追いかけようかと思いましたが、直ぐにあることを思いつき、彼にこう言いました。
「テオ、アンタ人を探したり追いかけるのって得意?」
つまり、テオという猟犬を使ってサイトを捕まえようと考えたのです。
「?…さあ、追いかけたことが無いからわからんが、移動速度と気配察知には自信が有るぞ?」
「サイトを探しだしてメッタンメッタンのギッタンギッタンに出来るかしら?」
「ほう、それはまた、心踊る提案だな。まあ、主人たるルイーズ君の許可が降りたのだ、リクエスト通りにボコボコにしてやろうじゃないか」
そう言ってテオはその場で目にも止まらぬ速さでパンチの素振りをしました。
ルイズの提案はテオの気持ちを動かしたらしく、彼は大乗り気です。
「ではフハハハは、何処だ小僧!」
そう言いながらテオは車椅子をウイリーさせながら、凄いスピードで走りだしました。
こうして壮絶なる鬼ごっこに、猟犬が一匹追加されました。
この大きな戦力増強に、ルイズはサイトの捕縛を確信し…
そしてその直後。
「ってブレーキ!!!」
と言う声とともに大きな衝撃音や金切り声が響くのを聞き。
やはり頼れるのは自分一人であると理解するのでした。
◇◆◇◆
サイトが逃げ込んだのはモンモランシーの部屋でした。
いま彼女の部屋にはギーシュがいて、二人が会話をしているところにサイトが乱入してきました。
「かくまってくれ!!!」
そう言うやいなやサイトはその部屋のベットに飛び込みました。
「おい!モンモランシーのベットだぞ!出ていきたまえ!」
「なに!?何なのよアンタ!勝手に人の部屋に!」
ギーシュとモンモランシーがが彼に文句を言いますが、サイトはそんな二人にか細い声でこう答えました。
「頼む…殺されそうなんだ……」
「殺されそうって…」
その時でした。
「ここかあ!!!」
そう言ってルイズが飛び込んできました。
ルイズは超人的な感覚によってさいとの居場所を突き止めたのです。
「オブ!!」
モンモランシーは飛び込んできたルイズに突き飛ばされて、そのまま顔を床にぶつけました。
「ルイズ!?」
ギーシュが叫びました。
「何?何なの?」
起き上がりながらモンモランシーがそう叫びました。
「ウルッさいわね!サイトは何処!?」
フウフウと肩で息をしながら血走った目を見せるルイズの剣幕に、ギーシュとモンモランシーが顔を見合わせました。
そのあまりにも恐ろしげな形相に、ギーシュとモンモランシーは無言でベットの方を指さします。
「サイト?出てきなさい」
サイトは何も答えませんでしたが、ベットの上がプルプルと震えました。
ルイズはテーブルの上のグラスをおもむろに取ると、その中身をあおりました。
「ぷは!のどが渇いたわ。こんなに疲れさせるまでご主人様を走らせるなんて、これは相当のお仕置きがひつようねえ」
そう言ってルイズはサイトの隠れているベットへと近づいていきます。
コツ
コツ
と、ルイズの歩く音が部屋に響き。
それが近づくごとに、サイトの震えも大きくなっていきます。
そして。
ルイズの手が、ベットの布団に差し掛かり。
そのまま行けば、ルイズがその布団を剥がす、その寸前に。
「あいててて…全く全身傷だらけだ…とは言えやっと見つけたぞ。おい、この部屋からあの坊主の気配がするんだが?」
そう言いながらあいたままの部屋の入口から一人の男がその部屋に入ってきたのです。
そして。
「…え?」
その声に振り返ったルイズが、バッチリとテオを見てしまうのでした。
◆◆◆用語解説
・女の子からのプレゼント
原作でもキュルケからの剣がなかったことにされてる。
あるいはキュルケは「女の子」としてはカウントされていないのだろうか・・・。
・印地
早い話が投石。
たかが石投げと思われるが、戦いにおいてこれが意外と有効である。
まず石は手に入りやすく調達が容易であること。
有効射程距離も広く、達人になれば弓矢よりも遠くに飛ばせる場合があるほど。
投擲に使う道具も素手で投げる他、布や革など比較的単純な物で良い。衝撃が鎧の上からでも通る。
近年であまり重要視されないが覚えておいて損は無い戦闘法なのは確かだ。
実際、第二次大戦におけるインパール作戦の例もあるし。
某アカンベーおじさんも石が第4次世界大戦の主力武器になると明言している。
・トリュフ
別名黒いダイア、セイヨウショウロとも呼ばれる。地下50cm程度かそれより上に形成される。美味しいらしが、筆者は食べたことは無い。
・塹壕
塹壕戦が戦争で頻繁に使われるようになったのは、かなり近代である。特に有名なのは第一次大戦だろう。具体的には1900年代に入ってからの戦争での塹壕戦のイメージが強い。
しかし、塹壕自体はそれより昔から存在している、それこそ紀元前から。有名所でも、627年のハンダクの戦い、1503年のチェリニューラの戦い、1568年からのオランダ独立戦争、1855年クリミア戦争、日本でも室町時代以前から使われている戦法である。稀に「戦国時代にタイムスリップしたら、塹壕戦取り入れて俺圧勝wwwwwwwi」といった話を聞くが…まあ頑張れ。
まあメイジの戦法は魔法による飛び道具の応酬のような戦いかただとすれば、我々の世界における中世~近世以上に塹壕が活躍した可能性は高い。
・星型要塞
多角形の要塞。日本では五稜郭などが有名。
ヨーロッパでは比較的メジャーな要塞のタイプ。死角が少ないので守りやすい。
・あい、アイ
霊長目アイアイ科アイアイ属
・素振り
`___
|| |サイト?ぼこぼこにしてやんよ
||∧_∧|
||( ・ω・)=つ≡つ
||(っ ≡つ=つ
(二二◎ )◎
γ⌒ヽ|━━||ヽ
ゝ_゜.ノ」━||ノ
・ブレーキ
テオの車椅子がどのようなものかは不明だが。
車椅子のブレーキは自転車のそれとは違う。
自転車のブレーキが『握る』のワンアクションに対して。車椅子のブレーキは『握る』、『ロックから外す』、『タイヤに押し当ててブレーキをかける』の3アクション必要である。というのも、車椅子は高速移動するように作られていないから。